「やべぇ、なんで遅刻寸前になってんだ!」
学校への道を全力でひたすら走る。時刻は午前8時10分。遅刻するかどうかの瀬戸際という所だ。最初は余裕だったのに!早めに学校に行けば良かった。
「ちゃんと起こしてくれって頼んだだろ!もう時間無くなっちまってるじゃねぇか!」
「ちゃんと起こしましたよ。そしたらあなたが何度も『う〜ん、あと十分寝かせて…』って言うからその通りにしたまでです。」
必死な態度のこちらに比べて、霊体のまま話しかけてくるクイーン。余裕綽々という態度がひたすらむかつく。
「いや言ったよ、確かに言ったけどさ、そこはこう、応用を利かせるというか何というか…」
しゃべりながら学校前の坂を駆け上がる。ここを上りきれば後一息だ。
この程度の運動でもほとんど眠れていない体には堪える。息が上がり、眩暈がしてきた。普段からあまり運動していないせいかな…。
時計を見て時間を確認する。タイムリミットまで後2分、このペースならぎりぎり間に合う!
「よし、ここでラストスパートだ!」
走るペースを2段階ぐらいあげると同時、辺りに人がいないのを確認して、小さい声で呪文を唱える。
「加速、開始(ラッシュ・バースト)!」
呪文を唱えると魔力が出てきて、いろんな魔術が使える。……なんて仕組みなら苦労しないんだが、生憎とそんなうまい話はない。このセリフは自己暗示みたいな物だ。
自分の背中からジェットが噴き出すのをイメージして、その通りになるよう魔術回路に魔力を通す。
要はかっこつけてただの魔力の塊を放出しているだけだから楽なもんだ。
代々の当主から受け継いだ魔術刻印は、よっぽどの事がないと使わないように心掛けている。俺の魔術回路より遥かに強力なのは分かっているんだけど、何か他人頼りな感じがして嫌なんだ。……というかそれ以上に強大すぎて、俺のテクニックじゃ扱いきれないというのが正しい。前併用した時は気づくと隣町にいたからなぁ。
一気に周りの風景が高速で流れていく。このスピード感あふれる感じがたまらない。
「待ってください!このままでは―――おや、あれは何でしょうか。馬なし馬車とは、これは一体―」
クイーンの声を無視してさらに速度を跳ね上げる。頬に感じる風が心地よい。
車やバイクを追い越し、学校の校門が一気に近づいてくる。それを駆け抜け、あっという間に校舎の壁が目の前に―――
「って、止まれねぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!」
加速魔術を解除して、全力でブレーキをかける。このままじゃあっという間に打撲死体の出来上がりだ。まだ聖杯戦争も始まってないのにこんなことで死んでたまるか!
その時足元から軽い音が響き、俺は足が浮いていく感触を味わう。
「あ」
そのまま恐ろしい速度で頭部が地面に激突するのを、まるで他人事のように俺は受け入れていた。最後まではっきりしていたのは、後からやってきたクイーンがわざわざ実体化してまで『だから言ったのに』と言わんばかりにこっちを見る目だった。
―――やぁ、やっとこちらに来たようだね。どうしようもない劣化品。
君が生まれるまでどれだけの時を過ごし続けた事だろうか。
無意味に過ごし続けた月日がようやくこれで報われる。
僕が作り出したこの舞台,少しは楽しんでくれると嬉しいな。
それじゃ、せいぜい頑張ってくれよ?―――
「ハッ!?」
目を開けると、明るい天井が広がっていた。
「大丈夫?学校の壁に頭からぶつかった奴がいるって大騒ぎになってるわよ」
心配そうな顔をした保健室の先生が上から顔を覗き込んでいる。どうやら一命は取り留めたようだ。
「よ、良かった〜。本当にもうこれで終わりかと思った」
生きているというただそれだけの事をとても嬉しく感じる。今世界全てが俺の事を祝福している!
「おお、神よ。この幸運に感謝します」
「大丈夫じゃなさそうね…。病院に連絡した方がいいのかしら」
「それじゃ先生、俺もう大丈夫ですから。授業受けてきます。」
ベッドから起き上がって教室に向かって走り出す。授業にこれ以上遅れるわけにはいかない!
「ちょっと、待ちなさい!って、もう聞こえてないわよね…」
それぞれの教室の窓からはみんなが真面目に勉強しているのが分かる。俺も急がないと。
「すいません。遅れました」
自分の教室の扉を開け中に入る。周りからの視線が痛い。
「おお流星、思いっきり頭を打ったって保健の先生から聞いたが…」
「頭っから壁に突っ込んでったんだろ〜。お前らしいよな」
「思ったよりピンピンしてるんだね。もっとボロボロになってると思ったのに…」
クラスメイトからの多種多様な反応を聞き流しながら自分の席に座る。
「流星君、大丈夫?まだ寝てた方がいいんじゃない」
隣の席から、アニメっぽい女の子の声が聞こえてきた。
彼女の名前は森野一花。黒縁の眼鏡がトレードマークの、俺の友達だ。
それにしても、いつも一人で本を読んでいる彼女まで知っているなんて、思った以上に自分の失敗は知れ渡っているみたいだ。
「もちろんだよ。見ての通りの健康体。いつも通りだ」
伊達に魔術師やってるわけじゃない。きっとこけた時に衝撃を緩和する魔術を発動させたんだ。
もっともそれでも気絶してしまっている辺り、まだまだ修行不足ともいえる。
「そう、それならいいんだけど。そうだ、学校に転校生が来たんだよ」
「は、この時期に?」
四月ならいざ知らず、今は七月だ。親が急に転勤でもしたんだろうか。
「うん、そうなんだ。木暮疾風君って名前」
彼女の指差した先を見ると、見慣れない顔の少年がこちらに笑顔を見せていた。
「やぁ、こんにちは」
爽やかな笑顔、線の細い顔立ち。うん、文句なしのイケメンだ。
それにしても、なんというか…。余りにも典型的すぎやしないだろうか。
突然やってきたかっこいい転校生。どこかありがちな展開だ。
「かっこいいよね、ここからクラスの中の誰かと学園ラブコメが始まったりしないのかな」
「相変わらず夢見すぎだ…。そんなのは二次元の中で十分だよ」
少しイライラしながら俺は突っ込みを入れた。あまりにもありきたり過ぎる。
「もう少し期待しようよ。もしかしたら、って所が面白いんじゃん」
「どこがだ?寧ろ自分には絶対にありえないって事を自覚して、暗い気分になるだけだろ。」
「揺るがないねぇ~。そんな風だからモテないんだよ。」
「な、それとこれとは別―」
「さーて、授業聞かなくちゃ。」
そう言って彼女は、ニヤニヤしながら黒板の方に向き直った。好きなだけ言っといて、話を聞く気はないのか!
―ま、とは言ったものの、これは確かに。ラノベやアニメなら、ここから色々なイベントが起き、きっと楽しいラブコメ空間(俺はモブ枠)が始まるところだ。
「―――違和感を覚えますね。何故でしょうか、どこか普通の人間ではないような気がしますね」
「な、何だ!ってクイーンか。いきなりしゃべりかけてくるなよ。びっくりするじゃないか」
聞こえないように小さな声でささやく。復活してから一言も話してなかったからすっかり存在を忘れていた。
「私がいつ話そうが私の自由です。そんなことよりも、お前はあの男にしっかりと目をつけなさい。あの様な空気を周りに纏っているものは何か良からぬことを考えています。」
いつになったらこの上から目線の口調は治るのだろうか。サーヴァントとマスターの関係って、対等とは言えなくてももう少し親密なものだと思うんだけど…。
俺はその場の平和な雰囲気に流され、木暮が向けている視線の不自然さに気付かず、
「そんなに気にすんなよ。こんなあからさまなところにそんな変な奴がいるわけないだろ。」
なんて、呑気なことをクイーンに言っていた。
もう聖杯戦争は、とっくの昔に始まってるっていう事に気付かずに―――。
よく学園もののドラマでは、転校生がやってくると苛められたり無視されたりする描写がある。
リアルではそこまで大袈裟でなくても、なんとなく話しかけづらいのは確かだろう。
そう思っていたからだろうか、木暮がすぐにクラスに溶け込んでいったのを見て、俺は少し驚いていた。
一体どういう手段を使ったのかは分からないが、気付くと元々このクラスの中心人物だったかの様な扱いを受けている。周りではたくさんのクラスメイトが元気よく騒いでいて、とても楽しそうだ。
下手すると、いや普通に俺よりも遥かにクラスに溶け込んでいる。まぁ容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群と三拍子そろっていれば嫌う理由がないような気がするが。
個人的にはその人心掌握術を少しでも教えてもらい、友達を一人でも増やしたいところだ。
「おい、ちょっといいか。」
昼食を食堂で食べた後、のんびり図書館で借りた本を読んで至福の時を過ごしていた俺に、後ろから大石が唐突に声をかけてきた。
「あん、なんだよ?」
よっぽど怪訝そうな顔をしていたのだろうか。おかしそうな表情をされた。
「放課後にさっそくみんなで木暮の歓迎会をしようと思うんだけど、お前も来ないか。」
「誘ってくれるなら行くけどさ、俺とお前ってそんなに仲良かったっけ?」
こいつとはそこまでの面識はなかったはずだ。交友関係も違うし、普段も話す事はほとんどなかったはずだが…。
「いや木暮がな、『誘える奴は全部誘っといてくれ』って言うんだよ。そうでもなけりゃお前なんて呼ばれるわけないだろう。」
何がおかしいのか、そいつはそこで盛大な高笑いをしやがった。
「そうか、そうだよな…。」
皮肉を言っているつもりならまだしも、素で言っている様に見えるのが泣ける。
「それじゃ、4時までにカラオケ“SING“でな。」
こっちの心の中に渦巻く暗い思い(殺意)に気付かず、それだけ言って大石は去って行った。
木暮さんはご想像の通り聖杯戦争に関係しています(予定調和)