……少しですけどね
歓迎会の後、俺は帰路に就いていた。
辺りは既に真っ暗で、人っ子一人見当たらない。ずいぶん遅くなってしまったようだ。
「そうだ、誰もいないんだったら――クイーン、実体化していいよ」
言った瞬間、辺りの雰囲気にそぐわないドレス姿のお姫様が現れた。やっぱり見える相手との方が断然話しやすいな。
「この時代の音楽はどうしてこんなに騒々しいのでしょうか…。耳がおかしくなるかと思いました」
出てきたばかりなのに、クイーンは頭を抱えてぼやいている。俺にしてみればこれが普通なんだが、どうやら好みに合わなかったらしい。やっぱり古い時代の英霊なんだろうか。って、英霊はみんなそれぐらい古いか。
木暮は最近のキーの高い流行歌を歌いこなし、周りから喝采されていた。
ちなみに俺はもっぱら手を叩くことに徹し、完全なる空気として過ごした。
「どうしてこんなに俺と違うんだろう。一体どうすればあんな風に振舞えるんだ…」
「また愚痴を言っていますね。そんなに後ろ向きでは幸運の方から逃げていますよ」
「はぁ、そうかな…」
クイーンが優しげな口調で話してくる。今のメンタルではそんな事でもありがたい。
「そうです。あなたは多少空回りしている感じはありますが、悪い人ではありません。先ほどもこちらの事を考えてたまに話しかけてくれていたでしょう?」
「ま、まぁそうだけど」
実はヒマつぶしのためにやっていたというのは内緒だ。
「そういう細かいところまで気を使えるところ、私は嫌いじゃありませんよ」
クイーンはそう言って、花のような満開の笑みを浮かべた。
「く、くく、く、」
「どうしました?突然下を向いて」
「クイーンが、俺に、優しい言葉を…」
「なんなのですかそのリアクションは!こっちがちゃんと心配しているのに、あんまりじゃないですか!」
「ありがとう〜〜〜〜〜」
俺は感極まって、クイーンの身体に飛びつこうとして、
「わっ、ち、ちょっと寄って来ないで、触らないでください!」
彼女の蹴りを食らって、地面に頭っから突っ込んでいた。
「それで、これからどうしますか。とりあえずは自宅の周りを偵察するのが無難だと思いますが」
クイーンが少し赤くなった顔でそんな真面目な事を言ってきた。そうだなぁ、やっぱりとりあえずは…。
「いや、とりあえずはジョーと合流する。一人よりは二人の方がいいだろう?」
当たり前の事を言ったつもりなのに、クイーンは
「あまり賛成できませんね。今からでも取り止めに出来ません。」
と反対してきた。
「どうしてだよ、21人も参加してるんだぞ。一人でも仲間が多いに越したことはないだろう」
「その考えが甘いと言っているのです。この戦いで聖杯を手に入れられるのは一人だけなのでしょう?いつ裏切られてもおかしくない状況ではないですか。」
「ジョーを疑うのか?あいつは絶対に仲間を裏切ったりするようなことはしない…とは言い切れないけど、利害が一致している間は信用できる。残り参加人数が10名程度になるまでは大丈夫だ」
それまで生き残ったら、後はこっちが先に裏切るだけだ。
「本当に大丈夫なのでしょうね。裏切られた時の為に準備をしておいてください」
問題ない。裏切られることを前提に計画を立ててある。
道沿いに歩き続ける内、たくさんの花が植えてある鉢植えが見えてきた。あれが待ち合わせ場所である喫茶店の目印だ。
まだあいつは来ていないようだ。店内には店員さん以外誰もいない。
「おかしいな、あいつは時間だけは守る男のはずなんだが…」
クイーンを霊体化して店に入り、席についてコーヒーを注文する。日本にはおいしいコーヒーを出す店が少ないが、この店はその少ない店の一つだ。日本のコーヒーは香りが弱いんだよな…。
その直後、
「おお遅かったな。15分も遅刻とは、日本人は時間にルーズらしいな」
突然真横から声が聞こえた。
「わっ、わわっ、お前、一体何処から!ついさっきまで居なかったのに!」
何故だ!振り返れば奴がいる…。新種の呪いでもかけられたのか!
「もう聖杯戦争は始まっているんだぜ。生身で来るとは、警戒が足りないんじゃないのか。」
このむかつく喋り方は確かにジョーのものだ。一体どこから声を出しているのだろう。その割りには使い魔らしき物は見当たらないが…。
俺がきょろきょろしていると、注文したコーヒーが運ばれてきた。とりあえずコーヒーを飲もうとして手を伸ばしたその時、カップが宙に浮くが早いか中身がなくなった。
「なるほど、透明化していたわけか。確かにハイレベルな魔術だが、俺が頼んだコーヒーはホットだぞ」
次の瞬間『熱い!』という声と共に奴が現れた。当然周りの人間には、突然空気中から奴の体が現れたように見えるわけで…。
「睡眠結界、展開(スリーピング・ビューティー)」
ウェイトレスさんたちが騒ぐ前に、ジョーが魔術を唱え結界を張る。彼女たちが眠ったのを確認してから、ジョーが口を開いた。
「クソッタレが、それならそうと先に言え。これだからお前は信用ならんのだ」
堂々と文句を言い出した。自分のせいでそんな目に遭ってるのに何て言い草だろうか。
「それで、お前が召喚した英霊を見せてくれよ」
無視して話を続ける。情報は可能な限り引き出したい。(こちらの情報は可能な限り公開したくない)
魔術師のクラスというからには、やっぱりオーソドックスな格好をしているはずだ。英霊になるぐらいだから、すべての元素を操作できるとか、錬金術を究めたとか、並大抵の魔術師には絶対にできないようなことを平然とやってのけるような凄い奴に違いない!
「お前はやはりバカだな。魔術師としての常識も知らないのか?」
やれやれ、とでも言いたげな感じで肩をすくめてみせるジョー。
「かっこつけて自分の姿を見えなくして、調子に乗ってるような奴に常識について語られたくないんだが…。まぁいいや、それってどういう意味だよ」
「魔術的防護が全くなされてない場所で、そんな話をすること自体が危険だと言っているんだよ。」
「ああ、なるほど…」
言われてみればそうだ。今は聖杯戦争中、どこでどんなヤツに見られているか分かったもんじゅない。
そんな状況でこの話題を話すのは、まさしく自殺行為だと言えるだろう。
「全くです、本当にお前という者は、いちいち教えてやらなければ分からないのですか」
「クイーン、お前自分で霊体化してるときは話さないって言ったよな?なんでこんな時だけ口を挟んで来るんだよ」
むしろ俺をフォローするべき所だろう。責める時だけ口を挟んでくるなんて卑怯だ!
「それならどこで話せって言うんだよ。そこが不安だっていうのなら最初から俺の家に集まれば良かったじゃないか」
「そんなことをしたらお前にいきなり裏切られちまうだろうが…。俺は初日敗退だけはしたくねぇ。少しでも自分の実力ってやつを発揮したいんだよ。元々そんなものがないお前には関係ないかもしれないけどな」
失礼な、そんなことはしない。せいぜい腕から“穏便な方法”で令呪をもらうだけの事じゃないか。
「それじゃ行こうか、なに、ちゃんと用意はしてある。目はつぶっておいた方が身の為だぞ。」
「え、行くってどこに」
「Let’s go my field!」
こっちのセリフを無視してジョーが高らかに呪文を叫ぶと 、突然足もとに幾何学的な巨大魔方陣が現れた。
「しまったっっっ!!罠です!速く逃げて―」
クイーンが俺に警告しようとしたその時、俺は全身に強烈な痛みを感じた。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!」
全身の魔術刻印が真っ赤に輝き、息をするだけでも苦しさを感じる。全身から毒液を注ぎ込まれるような感覚に、俺は一瞬で意識を奪われた。
〜『これ以上私のマスターに近づくな。もしこれ以上近づいたら―。』
『おいおい、そう殺気立つなよ。別に俺はそいつに危害を与えるつもりはない。今コイツを殺したら、ここからの戦いで勝ち上がれなくなる』
『あんな事をしておいて、よくもそんな口を聞けますね。私の力が万全なら、今すぐあなたを切り捨てているところです』
『仕方ないだろ。俺だってここであいつの魔術刻印(おさがり)がイカれちまうとは思ってなかったんだ。あれは不慮の事故、単なる偶然だよ。』
『偶然!あなたはマスターの体の魔術刻印の力がなければ、この魔法陣が起動しない事も、それに伴うリスクも、しっかり把握していたはずです!』
『おいエンプレス、それ以上騒ぐな。作業に集中できんだろうが』〜
「ハッ!?」
目を開けると、巨大なシャンデリアが浮かんでいた。
ここはどこだろうか。俺の知り合いのこんな趣味が悪いやつといえば…。
「ジョー!お前な、いつか裏切られるだろうと思っていたが、まさか初日に仕掛けてくるとは思わなかったぜ!この報い、しっかりその身に受けてもらうからな!」
記憶が戻ってきた。そうか、俺はコイツのせいで1日に2度も気絶する羽目に…。
「お、起きたか流星。そろそろだろうとは思っていたんだがな、俺が思っていたよりもお前は丈夫だったようだ。喜べ、予想より5分も早いぞ」
ジョー(悪魔)は、ふりかえってからいつも通りのイラつく態度で接してきた。
「ふざけるなよ、テメェ人をこんな目に合わせといて、その態度は何だよ。あまりにもなめてないか」
「罠にかかった方が悪い。それに俺は別にお前を殺すためにこんな仕掛けをしたわけじゃないぞ」
心外そうな顔をするジョー。じゃあ何のためにこんなことをしたんだろう。
「俺の屋敷に移動する時、お前が死なない程度で可能な限り苦しむようにする為だ」
「そんなこと言われて俺が喜ぶとでも思ってんのか!」
やっぱり外道だ。何かわけがあるのかと思った俺が馬鹿だった!
「流星、お前の力を見せる時です。とっとと片を付けてしまいなさい!」
「そうだよな。お前みたいなヤツ、ここで終わらせてやるぜ!」
珍しく意見が一致した。あれ、でもクイーンのセリフになんか違和感が…。
「おいこら、静かにしろって言ってるだろうが!いい加減にしろよ!」
そんな中響く聞いたことのない声。一体誰だ?
声のした方を見ると、古代ギリシャ人っぽい恰好をした妙な男がいた。
手にはハンマーやのみを持っている。彫刻でもやっていたのだろうか。
「マジシャン、今は大事なところです。口を挟まないでください」
「いやおかしいだろ。やれやれ…。昔は俺が仕事中だと聞けば、ギリシャ中の人々が注目したもんだ。間違っても作業の邪魔をする奴なんていなかった。それが今はどうだ、こんな小娘ひとりすら黙らせられないと来ている。落ちたもんだよな」
男は自嘲的な口調で語りだした。クイーンのセリフから判断すると…。
「お前がマジシャンか。こいつを潰せばいいってことだよな。」
見る限りそう強そうでもないし、二人がかりなら何とかできるはずだ。
「おい行くぞ、マジシャン。返り討ちにしてやろう」
こちらを思いっきりにらむジョー。どうやら殺る気になったようだ。
「加速、開始(ラッシュ・バースト)!!!」
呪文を叫び、背中からあふれ出す圧倒的な力で、思いっきりジョーに突っ込む。速度は完璧、威力も十分。喧嘩は先手を取った方が勝ちだ!
「ちっ。call shield!」
ジョーがそういったとたん、ジョーの前に巨大な盾が現れた。
勢いのまま飛び出した右手を、そのままそこに叩きつける。高い金属音が響き、会心の一撃はあえなく防がれた。
「ハッ、魔力を集める事しか出来ないくせに、俺の魔盾を破ることが出来るとでも思ったか。所詮お前はその程度だ!」
上から目線で嘯くジョー。その余裕もここまでだ!
「今だクイーン!全力で攻撃を叩き込め!」
その余裕ぶった態度が命取りになる。これが魔術師だけの戦いではなく、サーヴァントがいる事を忘れていたようだな!
「クッ!マジシャン、抑え込め!」
「無駄だ!今更間に合うわけがない!」
互いにサーヴァントに呼びかけようと、目線をずらして―――
俺たちは、椅子に座って見物しているクイーンと、無言で石にハンマーを振るうマジシャンを見た。
戦わないサーヴァントってのも味があると思うんですよね。
嘘です。次ではちゃんと戦います。