ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 こんにちは、砂鴉です。
 今回の幕間の主役はカール・ウィンザー。彼とある人物の出会いのお話です。
 妄想戦記が元ネタであり、じつはとある方から作ってみてはと提案されていたお話でした。第三章が終わり、ようやくこのお話が書けました。


幕間その2:博打と女と戦いと 前編

 む、俺様がなぜ女好きか、だと?

 はっはっは、面白いことを訊いてくれるではないか。そんなもん、決まっておろう。男はみな、女を求めるのだ。楽しいだろう? 女といると。

 ただ、もう一つ理由がある。それはだな、女を相手にするのは、戦いなのだ。いや、人生とはそこに秘める事柄全てが戦なのだ。

 

 男とはみな、戦いを求めるのだ!

 

 そう、教えられたのだよ。俺様の師匠にな。

 

 (部下からの質問に対するカール・ウィンザーの答え、より)

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 西エウロペ大陸の都市エリュシオン。そのさらに西側には、白の砂漠(グレイラスト)と呼ばれる砂漠地帯が広がっている。砂漠地帯は広大で、遮蔽物も何もない。白の砂漠(グレイラスト)はエリュシオンを統括する鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が演習に活用しており、今日も鉄竜騎兵団の団員たちがゾイド戦の訓練に明け暮れていた。

 

 

 

 砂漠の細かな砂を巻き上げ、一体のゾイドが駆けた。前傾姿勢の小柄な機体。頭部はヘルメットをかぶったように丸く、機体の各部はくすんだ赤色と黒の機体色に包まれていた。背中には湾曲した鋭利な刃――カウンターサイズを装備し、突き出した爪は小型ゾイドのものとしてはあまりの強力な格闘性能を誇るハイパーキラークロー。

 格闘戦に特化させ、射撃兵装の一切を廃したその装備はいっそ潔いと言っていいほど。

 ガイロス帝国軍の新世代主力小型ゾイド、レブラプターだ。

 

 レブラプターの周囲には数体のゾイドが展開している。襟巻が特徴的なレブラプターよりも小型な恐竜型ゾイド、ディロフォースである。

 その状態から察すると、ガイロス軍と鉄竜騎兵団の小型ゾイド同士による演習ではないか、そう予測が立てられるだろう。だが、実際にはそうではない。

 

 レブラプターのパイロットは、一人の少年だ。ゴーグルをかけ、豊かな黒髪を後ろで縛った少年。ゴーグルの奥から覗く眼光は鋭いが、まだまだ険が足りない。少年を脱し、青年へと成長すべく背伸びをしている、そんな年頃のあどけなさが残されていた。

 少年はレブラプターのモニターをじっと睨み、やがて小さくため息を吐く。

 

『……降参です』

 

 少年が呟いた敗北宣言。それを皮切りに、戦場だったそこは一気に緊張感を取り払った。ディロフォースのパイロットたちが互いの健闘を称え、レブラプターに乗った少年にアドバイスを送る。

 演習後の緊張を廃した空気。相変わらず砂漠の空は雲一つないが、それでも戦いの後の涼しさが駆けていた。

 そこに、戦場をはるか後方から見守っていたゾイドが姿を現す。漆黒の機体は、未だに正式採用の装甲が決まらないため金属生命体の金属的肉体を晒したままだ。レブラプターやディロフォースと体格は似ているが、大きさは比べるべくもない。太く強靭な尻尾に脚。全てを屠り喰らう狂暴な顔つきは、機体名にも冠された「バーサーク」の言葉が相応しい。

 

「うむうむ、今日もいい汗をかいたなぁ! 検討は後にして、ひとまず帰還しようではないか! 砂漠の熱さは、体に毒だ!」

 

 あなたの暑苦しさの方がよほど毒だ。

 などという言葉は当然言える訳もなく、漆黒の狂竜のパイロットの言葉に、部下であるディロフォースたちはゆっくりとエリュシオンに向けて歩み出した。

 それを見送り、狂竜はレブラプターに近づいた。

 

「なかなか、形が出来てきたではないか? リュウジ」

『ウィンザー隊長。……ありがとうございます』

 

 凶竜――バーサークフューラーに乗る部隊長、カール・ウィンザーの労いに少年――リュウジ・アカイは曖昧な表情で返した。

 

「む、どうした。随分と浮かない顔だな。なにか、悩み事か?」

『いえ、そういうわけでは。ただ……』

 

 あいまいな部分で言葉を切り、リュウジは視線を泳がせた。迷っているようなその視線に、しかしウィンザーは返す言葉もない。いや、なにを告げてやればいいのか、さっぱり見当もつかない。

 

 ――また、サファイアに訊いてみるか。

 

 分からない対応など、とりあえずサファイアに訊けばなんとかなる。ウィンザーが、暗黒大陸の独立任務で覚えた数少ない教訓だ。所詮、自分は頭を使うことには向かないのだから。

 

 リュウジのレブラプターの歩幅に合わせ、バーサークフューラーは細かい砂粒を踏みしめ進む。以前サファイアに教えられた対応といったら、とりあえず、悩みがないかそれとなく探りを入れるくらいか。

 

「むぅ、そう言えば、お前が俺様の部隊に入ってもう一ヶ月か」

『はい』

「どうだ。少しは慣れたか?」

『えっと……部隊の皆さんは、すごくいい人です。ウィンザー隊長と同じで、気さくで、面倒見も良くて、それに……』

 

 その先の言葉は、なんとなくウィンザーでも察することが出来た。

 リュウジ・アカイは、元はガイロス帝国のとある町で奴隷だった少年だ。隷属され、人とも言えぬ扱いを受け、生きる希望など無きに等しい状態だった。偶然その町に立ち寄った鉄竜騎兵団に保護され、当初はエリュシオンに作られた孤児院で暮らしていた。その後鉄竜騎兵団への入団を希望し、ヒンター・ハルトマンが親代わりになる形で引き取られ、今に至るというわけだ。

 ウィンザーも奴隷という存在がどのようなものか、鉄竜騎兵団に所属している内に嫌というほど思い知らされた。リュウジが住んでいた町――アレスタの町を奴隷制度から解放した戦いに、ウィンザーも参戦していたからだ。また、ガイロス帝国では自身の同僚がゼネバス系の人種だったために、他の部隊から不当な扱いを受けていたこともある。

 暮らす環境が変わり、周りの人からの対応も大きく違う。暮らすようになって一月だが、困惑は抜けきらないのだろう。彼の中に、奴隷時代の慣習が根強く残っているのだから。

 

 今までとまるで違う環境に放り出された時の戸惑いは、ウィンザーにもよく分かった。と思いたい。

 

「ふーむ……リュウジ、一つ、昔話でも訊いてくれないか?」

『え?』

 

 ウィンザーの唐突な言葉に、リュウジが困惑する。それは、実はウィンザーも同じだった。ウィンザー自身、己がこのような話を切り出すことになるとは考えてもいなかった。過去は過去、今は今。そう割り切っているからこそ、ウィンザーはウィンザーなのだ。過去を一々掘り返すのは、らしくない。そう言ったことは、今でも悩みを抱えて生きるあの男の方がよほど似合っている。

 

「俺様と、俺様の師匠の出会いだ。いい機会だからな、お前に話してやろうではないか。いいか、誰にも話すなよ、これは、リュウジにだけ話すのだからな。いいか! 絶対だぞ!」

『は、はい!』

 

 再三に念を押すウィンザーは、いつも炎をともしている瞳に僅かな憧憬を映し、言葉を切り出し始める。

 

「あれは……俺様が若僧で、世間知らずな馬鹿兵士だった頃だ……」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ウィンザー家は、ガイロス帝国の主要な名家の一つである。といっても、シュバルツ家やハルトリーゲル家などと言った名門に並ぶような、優秀な士官を輩出してきたわけではない。ウィンザー家が名を連ねて来たのは、兵役ではなく資産の面で、だ。

 主にガイロス帝国製の武器やゾイド、その武装などの商売で財を成し、一大資産家として名を挙げた。軍事に直接手を出したわけではないが、ガイロス帝国の戦争を裏で支援し続けたという実績を有している。

 

 そして、名家の息子たちは背負った名前だけでも大きな力を持つ。その多くは首都の防衛部隊に回されている。首都の防衛といえば聞こえはいいが、戦争は共和国との国境でのいざこざが主であり、さらに停戦条約が結ばれた末期では首都を巻き込むような大規模な戦闘はなかなか起こらない。特に停戦条約を持ちかけたのは共和国のルイーズ大統領であり、その大統領が帝国の首都に奇襲をかけるというアクションを起こすことも考えられない。

 つまり、首都の防衛部隊は、言ってしまえば名前だけのお飾りの素人でも勤まる任務となっていたのだ。資産家の息子で、ロクにゾイドを扱った戦闘に出たことがないだろう者たちでも十分な任務。

 

 当時のウィンザーも、そんな立場であった。

 

 

 

「ね~ぇ、いいの? あなた、お仕事の最中でしょう?」

 

 服装の所々から艶めかしい肌が覗く妖艶な女性。その肩に手を回し、若かりしカール・ウィンザーはふてくされたように笑った。

 

「はっ、気にするな。どうせ首都の周辺を巡回するだけのつまらん任務、やる価値もない。それよりも、こうして君たちと時間を過ごした方が、よほど有意義だ。そうだろう?」

「きゃっ、嬉しい」

「ふっ、君の赤い瞳、妖艶な魅力。君との出会いと今宵の思い出を表すには、ヨルガオの花が相応しいだろうな」

「あら、なぁにそのヨルガオって?」

「白い花弁の、可愛らしい花さ。花言葉は、楽しい『夜の思い出』さ」

 

 首都ガイガロス。夜のとばりが落ちた町の一角のクラブ。ウィンザーの行きつけのクラブだ。

 資産家の長男として何一つ不自由のない暮らしをし、決まりごとのように首都を巡回するだけの任務。ゾイド乗りとして活躍する夢も、親によって戦闘から遠ざけられては達成できない。この頃のウィンザーは、はっきり言って腐っていた。

 ロクに勉学を身につけることもなく、時間が空いたらクラブに通い続ける日々。資金は父の資産が湯水のごとく溢れ、しかも戦時中ということもあって仕事は降って湧いてくる。そこにウィンザー自身の巡回任務の報酬もあった。ウィンザーからしてみれば、毎月使い切れないほどの小遣いが湯水のごとく湧いてくるのだ。金に困ったことなど、何一つない。

 

「ふっふっふ、さぁ、今日も一晩飲み明かすぞ! みな、好きなだけ頼むがいい!」

 

 ウィンザーは今日も豪遊を楽しむ。金の心配をする必要などない。戦時中とはいえ、停戦条約のおかげで情勢は比較的安定している。摂政から黒い噂が聞こえてくるが、戦火とはまるで正反対の場所に立っていたウィンザーにはまったく関係の無いことだ。

 ……所詮自分は名家の跡取りで、歴史に残るような大戦とは縁もゆかりもない。自身を失う――跡取りを失うことによって慌てふためくことになる親によって、危険からは遠ざけられてしまうのだ。

 鍛え上げたゾイド乗りとしての腕を、情熱を発散することは出来る筈もない。この先、こうして腐っていくだけだ。なら、もう腐った人間として生を終えてしまおう。

 少なくとも、この時のウィンザーはそう思っていた。

 

 そんな時だった。個室の扉が開かれ、一人の男が現れた。店の者以外が来るはずもない。そう確信していたウィンザーは、訝しげな視線を男に投げた。

 老年の男だ。退役にはまだ早いが白髪の多い頭髪。深い皺が掘り込まれた顔つき。そこから、男の年を五十代くらいと予測する。右目は閉じられており、その上には鋭い切り傷が刻まれている。右手には古めかしい木製の杖。片目を失っているのだろう。

 服装はガイロス帝国の士官服。それも、佐官のものだ。胸元にある印から、男が中佐の階級であることが分かった。

 

 ――どこの中佐殿だ?

 

 ウィンザーの階級は、少尉である。士官としてはまだ新米もいいところ。これは、ウィンザーがまだ兵役に入ってまだ一年であるからだ。

 ただ、だからと言って口調を改めるつもりはウィンザーにはなかった。何と言っても、カール・ウィンザーはウィンザー家の長男、跡取り息子なのだ。ガイロスでも名が知れた資産家、その息子である自分が、一佐官である相手になぜ態度を改めねばならんのか。

 ウィンザーは立ち上がり、男に歩み寄りながら厳しい口調で告げる。

 

「おい、ここは貸し切りだぞ。部屋を間違えている。さっさと――」

 

 そこまで言い切り、ウィンザーの視界は反転した。一拍遅れ、女性たちの悲鳴が響く。

 数秒、何が起きたか分からず瞼を開いては閉じる。遅れてやってきた痛みで、自身が投げられたのだと分かった。それを理解した瞬間、ウィンザーの脳は沸騰する。

 

「き、貴様ぁ! この俺様を、ウィンザー家次期当主のカール・ウィンザーをいきなり投げ飛ばすとは! いい度胸ではないか――!?」

 

 言いつつ殴りかかり、今度は男の拳が己の顔にめり込んだのが分かる。一蹴で襲いかかる激痛が、まるで初めて感じた痛みと思い込まされ、どこか新鮮な想いが胸中に木霊する。

 

 大の字に倒れたウィンザー。突然の事態に困惑し、両者の顔を見比べる女性たち。喧騒がじわじわと湧き始める中、男は右手で付いた杖でコツコツと地面を叩いた。

 

「あいや、失敬。よもや、これほど失礼極まりない駄男が、カール・ウィンザー卿とは思わなんだ。こいつぁ、申し訳ねぇ」

 

 男は帽子を外し、杖と一緒に提げながら、ウィンザーに礼をした。

 

「あっしは博打と戦場に生きる誇り高きゾイド乗り、ハインケル・サーベラーと申しやす。あんたの士官学校でのお噂を聞き、あんたをあっしの部隊に迎えようと参上しやした」

「な、なにを言って……」

「ああ、もう上の許可は採ってありやす。こいつが、異動の命令書でござんす。今日にもガイガロスを発って頂きたいと、人伝に訊きながらここまでたどり着いたんですがねぇ」

 

 

 

 これが、カール・ウィンザーが生涯の師と慕うこととなる男、ハインケル・サーベラーとの出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 サーベラー中佐の指揮する部隊は、最前線にほど近い国境沿いに布陣していた。ここで共和国とのにらみ合いを続け、かなりの時が経つと言う。

 グスタフのキャノピーから外を眺め、ウィンザーは思った以上に僻地に飛ばされたものだと辟易した。

 

「なんだここは、砂と埃ばかりではないか。なぁ、あんた」

「あっしは、いちようあんたの上司でござんす。その辺りは、弁えて頂きたい」

「くっ……サーベラー中佐。この辺りに町はないのか――ないのでしょうか」

「街。ということは、遊び場が欲しいと言うことでしょうか。なれば、ないと言うしかございやせん」

「なんだと!」

 

 思わず立ち上がり、グスタフのキャノピーに頭をぶつける。鈍い痛みが頭を駆け抜け、歯を噛みしめてその痛みを堪えた。

 

「大丈夫ですかい?」

「む、ぐぐぐ……俺様のことはいい! それよりも、街がないと言うのは本当か!」

 

 頭を抑えつつ、ウィンザーは怒鳴り声で詰め寄った。

 

「へぇ、戦争の最前線ですから。ご覧の通り、あっしらのキャンプがある程度です。ああ、山一つ越えたら村がありやしたねぇ。ただ、あそこはおすすめしやせんよ。村人の心が閉じこもって、余所者を受け付けてくれりゃぁしやせんので」

 

 ウィンザーは持参した地図を広げ、現在地を確認する。サーベラーの言っていた村は、僅かばかり記憶にあった。共和国の遺跡調査隊が国境を踏み越えて侵入し、オーガノイドを奪取せんと襲ったことがあると言う。サーベラーの言っている村が心を閉ざしているとは、それが原因のはずだ。

 それはともかく、村しかないと言うのは由々しき事態だ。これでは、毎日のように欲を満たしていたウィンザーの習慣が音を立てて崩れ去る。

 

「あ、あの……サーベラー中佐」

「うん、まだ何か?」

「その……あれの処理はいかがすれば……」

「ウィンザー殿。それがこんな最前線に来てくれると思いで? ご自分で、どうにかしなされ。そもそも、戦争の状況下でそのような心配を成される奴は、よほどの馬鹿としか言いようがありやせんな。そんなこと考える奴は、あっしの部隊には一人もいやせん」

「なっ……」

「ついでに言えば、お酒などの嗜好品もそうそう補給されやせん。あっしらは本隊から嫌われておりやすから、補給もケチられとりやす」

 

 思わず足元が崩れ去りそうな衝撃を受け、ウィンザーは「どかっ」とグスタフの座席に腰を落とした。これまで毎日のように酒を飲み、女に囲まれて生きてきた。ウィンザーにとって、唐突にその二つを奪われることは、命を奪われることに等しいことである。

 絶望を顔に張り付け、真っ青な表情で外を眺めるウィンザーに、サーベラーはあることを思いつく。そして、俗っぽくウィンザーの耳元に顔を近づけた。

 

「ウィンザー殿。なれば、あっしがあんたに極上のはけ口を教えてしんぜやしょう」

「……それは?」

 

 サーベラーの態度にどこか怪しいものを感じつつ、ウィンザーはその先の言葉を待った。

 

 

 

「胸を躍らせるゾイド戦と、賭博でござんすよ」

 

 

 

***

 

 

 

「なんか、今とだいぶ違いますね」

「ああ、俺様は相当変わったぞ」

 

 今日の訓練は終了。巡回などの任務があるものを除き、ウィンザーの部隊はプルトン湖での水浴びに興じていた。ウィンザーとリュウジは昔話に一段落つけ、ウィンザーの発案で水浴びをしていた。うだるような熱気に包まれた砂漠での演習を終え、その後は狭いコックピットに揺られながらエリュシオンに帰還したのだ。昔語りを続けるにも、一度気分をすっきりさせてしまった方がいいと考えたのだ。

 そして、これまたウィンザーの提案で水浴びに参加した者たちは湖の往復を命じられている。当然リュウジも湖往復で体力を使い切ったのだが、それを頭の片隅に置きながらも、ウィンザーの昔語りが頭を離れなかった。

 

「今のウィンザー隊長って、戦い一筋じゃないですか。一体何があったのですか?」

「なに、簡単なことよ。帝都周辺では味わうことのできない緊張感に塗れる日々が、俺様の感覚を大きく変えたのだよ。もともと、熱い戦いを求めていたのは否定できんしな」

 

 同じ様に湖の往復をしたのだが、そこは流石に隊長――であり筋肉馬鹿――のウィンザーだ。皆が疲れ果てて畔に腰を下ろしていると言うに、一人だけ泳ぎ切った後のスクワットに興じることにした。

 

「共和国とにらみ合いを続けながらの国境警備。時には上からの命令で領土を侵略した共和国側の掃討任務に就かされることもあった。命の取り合い削り合い。そんな日々が、俺様に刺激をもたらしてくれたのだよ。そして、俺様を一人の戦士へと成長させてくれたのだ」

 

 すっきりした表情で語るウィンザーからは、その経験がどれほどのものだったかを如実に表れているだろう。

 リュウジは振り返り、今の自分を想う。リュウジは奴隷だった。抗いたくも抗えず、与えられる苦痛に脅え、ただ従順に過ごす日々だった。その中で密かな反抗心を身に着け、しかしそれを発揮できないと己の無力を嘆く毎日。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に拾われてからは、彼らに恩を返そうと自身も所属することを決意した。その根底には、無力感にさいなまれ続けた奴隷の日々が大きく関わっている。

 抱いた想いは、理由をつけども変わらぬただ一つ。

 

 『強くなりたい』

 

 奴隷で、消耗品のように酷使されていた毎日に鬱屈し、いつか自分の力を認めさせたいと願う野心。そんな想いが、今のリュウジを取り巻いている。

 ウィンザーが帝都で腐っていた日々は、あんがいリュウジの奴隷の日々に近かったのかもしれない。自身の力を発揮できない、誰にも期待されずに過ごす日々とは、人を腐らせてしまうのだ。

 

「ただ、師匠とも別れる時が来た」

 

 ふいに零れた言葉に、リュウジはふりかえる。ウィンザーは、重く瞳を閉ざしていた。

 

「ウィンザー、隊長?」

「俺様が師匠の部隊に配属され、一年が過ぎた頃だ」

 

 

 

***

 

 

 

 ウィンザーが僻地に飛ばされて一年が経過した。大きな戦闘が起こることはなく、サーベラー中佐指揮の下、前線の主要拠点を転々とする日々が続く。

 その日々はウィンザーにとって退屈極まりない――ものとなるはずだった。

 

「いやー今日もいい汗をかいた! なぁ!」

「ただの演習だろうが。汗かきすぎて実戦で滑るなよ」

「はっはっは、俺様がそのようなミスをすると思ったか!? 甘いぞ馬鹿者が」

 

 共和国の部隊とにらみ合いを続ける傍ら、サーベラーの部隊では毎日交代で選ばれた者によるゾイド戦の演習が行われていた。一対一の決闘のようなものだ。

 本来なら、いつ戦闘が始まるかも分からない最前線ではご法度だ。唐突な開戦で、演習でゾイドを故障していたなどという言い訳が通ずる訳もない。むしろ、そんな言い訳をしたからには極刑が下されても仕方ない。

 だが、今は状況が少し違った。戦争中といっても停戦条約が結ばれている。加えてへリック共和国からは積極的に帝国の領土を侵略しようと言う意思はほとんどない。むしろ、攻め込む意志を見せているのはガイロス帝国の方だ。

 開戦のきっかけを作るのはこちら側。それが間接的でも直接的でも、戦争をふっかけるのは帝国側だ。その有無が分かれば事前に通達が――極秘で――入るはずなのだ。だからこそ、今は何も起こらない。

 緊張の抜きすぎは問題だが、サーベラーは向こうから攻めてくることがないと見抜いていた。ならば、ゾイドを多少使ってしまっても大きな問題はない。むしろ、訓練にもなる上、ゾイドの戦闘意欲を発散させることにもなる。一石二鳥だ。そして、もう一つ。

 

 最近の乗機モルガのコックピットから降りたウィンザーが背部コンテナの補助コックピットに乗っていた同僚に労いの言葉をかけていると、数人の同僚が駆け寄ってきた。

 

「さすがだぜウィンザー! おかげで今日も儲かった」

「一年前はとんだボンボンが来たと思ったが、すっかり様変わりだなぁ。ま、俺たちは儲かればそれでいいんだけどよ」

「もっと俺様をほめたたえるがいい。ふっふっふ、はーっはっはっはっはっ!」

 

 高笑いを響かせるウィンザーに兵士たちは口々に礼を言う。

 これが、サーベラー中佐の部隊で行われている個人戦闘演習のもう一つの側面だ。休息中の兵士のみだが、どちらが勝つかに所持品やお金を賭けることが出来る。要するに、ゾイド戦による賭博である。

 

「おや、今日はウィンザー卿の大勝利でござんすか」

「む、中佐! どうだ? 中佐も俺様に賭けて大勝利だろう?」

「いや、大敗でござんす」

「なにぃ!?」

 

 苦笑いを浮かべながら後頭部を掻くサーベラー。その言葉は、彼がウィンザーが勝つことに賭けなかったことを示していた。

 

「サーベラー中佐! なぜ俺様に賭けんのです!」

「いやぁ、あんたは勝ち星を重ねて、賭けをしてもみんながあんたの勝ちに賭ける。博打にならんでしょう? だから、あっしはあんたが負ける方に賭けたんですよ」

「ぐぬぬ……俺様の実力が信用できんとそう言う事か!」

「いやいや、そんなことは。しかしね、男ってやつぁ、時にはでっかい夢を見上げてそこに賭けるもんですよ。男の大一番ってやつでさ」

「その大一番で俺様が負けることに賭けんでください!」

 

 「いやいや、今回は負けたがねぇ」と笑いながら言ったサーベラー中佐は、ちらりと補給部隊の方に視線を投げた。

 サーベラー中佐は時に上官にも文句を言うことがあり、ゆえに上官からの評判は悪い。その所為か、サーベラー中佐自身が白状するように補給の質が良くない。食料などもあまり味の良いものはなく、酒などと言った嗜好品は一滴も入ってこない。

 それはゾイドや武器も同じで、兵装は一昔前の銃がほとんど。ゾイドに至っては最前線であるにもかかわらず、帝国最大の大型量産ゾイドのレッドホーンすらない。サーベラー中佐の乗機も、パイルバンカー装備のイグアンである。

 

 だからこそ、今日補給されたゾイドに、ウィンザーは目を疑った。

 グスタフのトレーラーに乗せられてキャンプに運び込まれたのは、念願の大型ゾイド――レッドホーンである。それも背部にビームガトリングを追加したBGカスタムである。内部機構にも手を加えた指揮官、エースパイロット向けのダークホーンではないが、それでも十分すぎる補給である。

 

「あのレッドホーン。カールさん、あんたが使うと良い」

 

 さらに告げられたセリフに、ウィンザーは二重で驚いた。

 レッドホーンは大型ゾイドであり、その主任務はイグアンやモルガと言ったガイロス帝国の機甲部隊の指揮機である。通常ゾイドの部隊とは、主力となる大型ゾイドが部隊の指揮に当たり、小型中型のゾイドがその下で動く。むろん例外はある。同サイズのゾイドで組織された部隊も数多く、逆に指揮機をあえて小型にすることもありえた。しかし、それはあくまで作戦によるものであり、一般的ならば定石で動くことが最善だ。定石を崩すことは、敵の裏をかける反面、予想を外した時のリスクも大きい。

 つまり、ウィンザーの居る部隊でレッドホーンを使うならばサーベラー中佐が相応しい。

 加えて、軍属になって一年目のウィンザーはまだ二十歳。大型ゾイドのパイロットとしては若すぎるくらいだ。はっきり言って、異例中の異例である。

 

「おかしいと思いますかい? そんなこたぁねぇですよ。あっしは、あっしの相棒が気に入ってんですよ。こいつが死ぬ時まで、他の奴に浮気するこたぁできやせん。そして、あっしはあんたの腕前を買ってるから、こいつを任せるんですよ」

 

 ウィンザーの表情から疑問を察し、サーベラーは苦笑交じりに話し出した。

 

「それに、あんたはモルガを使ってやすが、毎回毎回無謀な突撃で生傷が絶えねぇ。しかし実力はうちの部隊で抜きんでている。適材適所ってやつですよ。あんたには、レッドホーンが似合ってやす」

「中佐……」

「今度でけぇ戦がおっぱじまるみたいでねぇ、頼みやすよ。カール・ウィンザー卿」

 

 普段から細められているサーベラー中佐の右目が、かすかに開く。そこから覗くのは、白く光を灯さない、しかし信頼に満ちた瞳だ。たった一年の付き合いだが、その付き合いで見出した恩を返すべく、ウィンザーは頷いた。

 

「う、うむ。任せてもらおう! 中佐!」

「それでこそ、あんただ。さて、早速だが軍議がありやす。皆を集めてくださいよ」

 

 にっこりと笑いながら告げられた指示に皆が動く。素早く伝達され、キャンプで思い思いに過ごしていた部隊のメンバーはすぐに集結した。

 ハインケル・サーベラー中佐の指揮下にある部隊は、イグアンとモルガを中心にした小型ゾイドの強襲戦闘隊。その数は通常兵装のイグアンが二〇、同モルガが一五、サーベラー中佐の愛機であるパイルバンカーを追加装備したイグアンPBが一。そして、今回補給されたレッドホーンBGが一だ。

 

「さぁて、今回の戦闘は久しぶりのでっかい戦だ。ここで勝てればあっしら帝国の領土は一気に広がる。もちろん、共和国側もこっちの動きを察知して防衛線を敷いてやすよ」

 

 この時、へリック共和国の事をそのまま「共和国軍」と呼ぶものは珍しかった。最近摂政の座まで上り詰めたギュンター・プロイツェンの思想の元、ガイロス帝国はエウロペの支配を揺るがすヘリック共和国を「反乱軍」と呼び、明確な差別意識を植え付けられていたのだ。

 故に、多くの将校がそれに倣って共和国の事を「反乱軍」と呼び捨てている。逆に「共和国」と呼ぶものは、異端児扱いだ。

 

「あっしたちの役割は、先陣だ。レッドホーンが補給されたのもそのためでしょうね。こいつの突破力で向こうの戦線に風穴を開ける。そこに、ウチの主力部隊がなだれ込むってぇ策だ。策と呼ぶには、かなり短絡的ですが、まぁ正攻法が効果的ってのは、これまでの戦いでも証明されてきた事。武力は、あっしら帝国が上ですからね。上層部がなにやら考えてるかもしれやせんが……まぁ、戦場のあっしらがお堅い上層部の考えに踊らされるこたぁねぇ。戦いとなれば勝つ。勝ちにこだわる。あっしらの勝利に、あっしらの命を賭ける。それだけでござんす」

 

 サーベラー中佐の砕けた説明を頭に留めつつ、ウィンザーは始まる戦闘を頭の中に描いていた。

 予定通りに戦闘が始まるならば、自分たちは突撃部隊だ。真っ先に敵陣に切り込み、大戦果を上げる。

 それだけ分かれば、ウィンザーには十分だった。サーベラー中佐の下でゾイド戦の醍醐味を知ったウィンザーは、こうした心躍る戦場こそを求めていたのだ。図らずも、サーベラー中佐の元に出向かされたために鬱屈した気分を発散でき、そして待ちに待った大戦が目の前に迫っていた。いや、ひょっとするとサーベラー中佐は鬱屈していたウィンザーを見抜いて引き抜いたのかもしれない。

 サーベラー中佐は、帝国内では屈指の嫌われ者だ。だが、馴染みやすいその性格から慕う者も多かった。ウィンザーの親も、その一人なのだ。

 この戦いに勝つことが出来れば、自身を変えてくれたサーベラー中佐への恩を少しは返せる。そしてなにより、求めていた大戦なのだ。

 ウィンザーは、来る戦いに向けて湧き上がる高ぶりと武者震いを我慢できずにいた。

 

 そして、カール・ウィンザーの未来を左右する第二次エウロペ戦争最大の戦いが、幕を開ける。

 




 ハインケル・サーベラー。
 彼は妄想戦記での設定ですと、レイヴェンラプターを駆る「黒騎士」の異名を持った老齢のゾイド乗りです。
 本作ではどういうわけか「騎士」ではなく「武士」っぽくなりました。イメージは、戦国無双の島津義弘に仁義と愛着を加えた感じです。
 どうしてこうなったの?と言われましたら、キャラを練ってる時に久しぶりに「ONE PIECE」の動画を見て藤虎さんに惚れてしまったとか……まぁそんなとこでして(苦笑)

 後編もよろしくです。

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