ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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幕間その2:博打と女と戦いと 後編

 ほぅ、あっしがなぜ賭博好きか、ですか?

 なかなか、面白いことを訊いてくれますなぁ、あんた。理由なんて、難しいもんはありやせん。人は皆、何か熱中できるものを求めるのです。楽しいでしょう? そういったことをしている時は。あっしは、それが賭博だっただけでござんす。

 しかし、そうですねぇ、もう一つ理由を申しやしょうか。賭博は、戦いなんですよ。

 

 男とはみな、戦いを求めるのでござんす!

 

 (部下からの質問に対するハインケル・サーベラーの答え、より)

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 一週間後、戦闘は起こるべくして起こったと言えよう。

 形だけとなってしまった停戦条約の下、各地で小競り合いを繰り広げていた帝国と共和国は、いかに相手の隙をついて敵の領土を奪い取るかに終始していた。国境線は奪い奪われ、およそ生身の人が入り込む余裕などありはしない。

 そして、ついに帝国は大戦に踏み込む決意を固めたのだ。

 四〇年近く前から続く戦争の歴史は、史上最大と呼ばれる「エレミアの大戦」へと集約するのだ。

 

 そもそもの戦争の発端は、ZOIDS歴――ZAC二〇四八年に始まったヘリック共和国と、共和国から独立した大統領ヘリック二世の弟、ゼネバスが興したゼネバス帝国の戦争だ。これを、第一次エウロペ戦争前期と呼ぶ。

 エウロペを二分するこの戦いに、当時ヘリック共和国とは別に発展を遂げていたガイロス帝国はゼネバス帝国を裏から支援した。その目的は、ゼネバス帝国が戦争に敗れ、崩壊することを見越してのものだった。そして、戦線の火蓋が切られたZAC二〇四八年より六年後、ZAC二〇五四年にゼネバス帝国は敗北、崩壊した。

 ゼネバス帝国の崩壊後、ガイロス帝国皇帝であり覇王と呼ばれた男――ガイロスは戦争で疲弊したへリック共和国に宣戦布告を行った。ヘリックとゼネバスの戦争で疲弊させ、残った方を始末することでエウロペの統一を成し遂げる計画だったのだ。ゼネバス帝国に援助したのは、単純に新興国であったゼネバスの国力を底上げし、戦争を互角に持ちこませるためだった。

 こうして始まった第二の戦争が、後に言う第一次エウロペ戦争の後期である。

 両国ともに崩壊したゼネバス帝国の領土や民を吸収し、戦争は再び荒れることが予想された。だが、それは意外な形で決着を見る。

 ZAC二〇五六年。惑星Ziにあった三つの月のうちの一つ、そこに遥か彼方の宇宙より飛来した彗星が衝突したのだ。割れ砕けた月の破片は惑星Ziの大地に突き刺さり、直撃を受けたデルポイ大陸、並びにニクス大陸は多大な被害を被った。大地が沈み、僅かながら生きていた現地住民の大半が命を散らしたと伝わっている。

 エウロペは幸いなことに破片の飛来が少なく済んだ。しかし、他大陸に比べれば少ないというだけであり、惑星Zi全土を襲った天変地異はガイロス・ヘリック両国に多大な被害をもたらした。

 月が一つ消え、その破片が大量に降り注いだ惑星Ziは、類を見ない規模の磁気嵐に包まれることとなる。エウロペに存在する「レアヘルツの谷」と呼ばれるゾイドの暴走を誘発するエリアに匹敵するほどに磁気が乱れ、電子機器の類はロクに機能しない。ゾイドの制御(コンバット)システムも狂い、戦争の続行は事実上不可能だ。

 

 こうして、第一次エウロペ戦争は天からの裁きという形で幕を下ろしたのである。

 

 惑星Ziには嘗て高度な文明が存在した。しかし、これは突如として滅亡しており、後にZAC元年と定められたこの時期の異常事態を『第一次惑星Zi大異変』と呼ぶ。これに倣い、彗星飛来によって引き起こされた惑星Ziの天変地異は、『第二次惑星Zi大異変』と呼ぶこととなる。

 

 惑星Zi全土を覆った第二次惑星Zi大異変。

 これを受けた両国は即刻戦争の中止を決定。休戦協定を結び、それぞれの国力の回復、復興に集中することとなった。

 大異変が落ち着いたZAC二○七六年。ガイロス帝国からの宣戦布告を機にヘリックとガイロスは戦争を再開。それから十六年、いつ終わるとも知れぬ長き戦いは、続いていた。

 互いの国力・戦力の不安もあり、戦争は小規模だ。休戦と開戦を繰り返し、互いの憎しみだけを高め合う不毛な戦い。国境線、またはそこから一歩踏み込んだ敵国領土内での破壊活動、エウロペ各地に散らばる古代の技術の争奪戦など、小さな戦はいくつもあった。

 

 だが、此度の戦闘はそれまでと大きく違った。

 互いが持ちうる軍の五割を投入する戦い。国境線やそこを越えた位置での戦いはあちらこちらで巻き起こった。ゾイド戦におけるもっともポピュラーな地上戦、敵の裏をかくために海中を進んでの海戦。山岳地帯での遭遇戦。両国の戦闘は熾烈を極め、南エウロペ全域にまで波及する戦いとなった。後に「第二次エウロペ戦争」最大にして最後の大激突、戦場の一つとなったエレミア砂漠の名を用い「エレミアの大戦」と呼ばれることになる戦いの始まりであった。

 

 

 

 サーベラー中佐の率いる小隊は共和国領エレミア砂漠の防衛線へ足を進めていた。細かい砂粒に足を取られる砂漠という戦場は、力強く大地を疾駆する二足歩行ゾイドに対しては厳しい戦場だ。サーベラー中佐の部隊で言えば、主力であるイグアンが足を取られてしまう。

 だが、そこは事前に把握していたこと。イグアンは背部にフレキシブルスラスターを備え、その推進力を活かすことで砂漠でも一定の機動力を確保することに成功していた。加えて、本作戦の主力はイグアンではない。イグアンの役割は前衛が敵を蹴散らし、作りだした道を駆け抜けることで敵の懐に入り、内部から一気に撃ち崩すことだ。

 本当の最前線は、砂漠に適したモルガの役割であり、彼の独壇場だった。

 

「オラオラオラァ!!!! 俺様の前に立ち塞がる共和国のクズどもが、一気に蹴散らしてくれるわぁ!!!!」

 

 威勢のいい口上を垂れ、ウィンザーは新たな愛機であるレッドホーンを突撃させる。ゴドスやガイサックといった小型ゾイドが中心の共和国軍防衛線は、レッドホーンの重く力強い突進にあっさり蹴散らされる。

 砂漠戦を得意とするガイサックが砂中に潜り、レッドホーンの足元から奇襲を仕掛けようと試みる。だが、レッドホーンに備えられたレーダーは素早くガイサックの位置を探知した。そして、その情報は素早く僚機にも伝えられた。

 砂中のガイサックが聞き苦しい悲鳴を上げながら砂漠の下で爆発する。砂漠戦でガイサックが利用されるのは当然の事。対策として、こちらもモルガを砂中から接近させて砕いたのだ。

 奇襲は相手に見つからないからこそ奇襲である。見つかってしまえば、息を潜めて待ち構えていようと「飛んで火に入る夏の虫」である。

 

「よしよし、今ですよ。ここを確保しやしょう」

 

 遅れて敵陣に切り込んだサーベラーのイグアンPBがパイルバンカーを鋭く突きだし、レッドホーンの背後を突こうとしたゴドスを貫く。

 普通、中佐相当の指揮官であれば部隊の全体指揮に当たるものだ。サーベラー中佐が前線の、それも戦場の真っただ中で中隊指揮に当たるのは、彼の帝国内部での立場を物語っていた。

 

 一気に瓦解する共和国の第一防衛線。その余りの手ごたえの無さにウィンザーは拍子抜けを覚えた。

 

 ――なんだ、待ちに待った実戦だというに、これでは普段の演習よりも気が抜けるではないか。つまらん。

 

 手元の操縦桿を握り込み、顎下の高圧濃硫酸噴射砲を噴きだす。陣地での防衛を行っていた共和国の歩兵が泡を食ったように逃げ惑った。

 第一防衛線を突破し、この勢いに乗るべきだと誰もが思う。サーベラー中佐の部隊の役割は突撃、並びに味方の露払いだ。一つ目の防衛線が突破されたことに共和国側が対策を講じる前に、より多くの被害を敵側に与えることにある。そうして作りだした時間は、共和国の手をこまねさせ、味方を敵の本陣に近づける貴重な時間となり得る。

 

 そして、ウィンザーのレッドホーンの勢いに乗った彼らが共和国の防衛線を半分まで突破した時、それは現れた。

 体高はレッドホーンの倍以上。キャノピーの奥に覗く真紅の瞳は激戦を前に歓喜に打ち震えていた。機体の半分ほどはあろうかという長大な尻尾に、モルガの装甲すら簡単に握りつぶしてしまいそうな鋭い爪。そして、レッドホーンの頭を噛み砕かんと獰猛に開かれた口にずらりと並んだ肉食竜の鋭い牙。

 共和国最強のゾイド。ゴジュラスである。

 

「こいつぁ……真打登場ってことかい? ウィンザー、あんたとあっしであれを押し込む。いけるかい?」

「うむ、まかせろぉ!!!!」

 

 サーベラーの部隊は破竹の勢いで突撃戦を敢行している。敵のみならず味方すら恐れるほどの先行ぶりだ。ゴジュラスの出現は、これ以上突破されてはマズイという敵側の指揮官の早計だろう。ウィンザー以下の部隊メンバーはそう判断し、それぞれのゾイドを相手すべく戦いに出向いた。

 ウィンザー自身も共和国最強を謳うゾイドの出現に戦意が鰻上りだ。振るわれる尻尾に対し、レッドホーンの頭部、クラッシャーホーンを叩き込む。

 たっぷり遠心力を乗せた尻尾がレッドホーンの頭部を揺らし、コックピットが悲鳴を上げる。だが、ウィンザーはにやりと笑みを浮かべた。

 

「ふっ、この勝負は俺様の勝ちだ!」

 

 クラッシャーホーンはゴジュラスの尻尾に深々と突き刺さる。簡単には抜けないそれに、さしものゴジュラスも大地に足を踏ん張らざるを得ない。そこにレッドホーンの背中を踏み台にしたイグアンPBが飛び込んだ。フレキシブルスラスターを全開にし、レッドホーンという踏み台を得たイグアンPBは高々と跳躍、右肩に担ぐように装備したパイルバンカーの穂先を、ゴジュラスの背中に突き立てた。

 

【ガアァァア!!!!】

 

 自身の半分もないイグアンから痛打を受け、ゴジュラスの瞳に怒りが混じった。向きを変えながら左腕を背中側に回し、ARZ20mmビームガンが放つ。だが、イグアンは素早くフレキシブルスラスターを全力起動。マグネッサーシステムの応用が含まれるスラスターにより機体をさらに浮かし、ゴジュラスを踏み台にしてあさっての方向に逃れた。

 むろん、一度痛打を受けた相手をゴジュラスが逃すはずがない。パイロットの意志か、それともゴジュラスという機体が持つ狂暴性故か、ゴジュラスは逃れたイグアンPBに向けて腰の70mm2連装ヘビ-マシンガンの銃口を向ける。

 

「させるかっ!」

 

 しかし、そこでウィンザーのレッドホーンBGが動いた。背部のビームガトリングを起動させ、吐き出される弾丸をゴジュラスの背中に一点集中で叩きこんだ。

 高出力のビームガトリングを喰らい、しかしゴジュラスは倒れない。そこは共和国最強のゾイドと言えよう。

 眼前のゴジュラスは対射撃兵装に適した装甲の強化を施しているらしい。至近距離からの射撃に耐え切って見せた強靭さから、サーベラーは判断する。

 

「しかし、妙だ」

 

 ゴジュラスの改装を見て、サーベラーは疑問を感じた。

 ゴジュラスは格闘戦ゾイドだ。長射程キャノン砲を装備した遠距離使用も存在し、そちらが今のゴジュラスの主要な生産ラインとして確立されている筈でもある。現に届けられる各戦線の報告から上がっているゴジュラスは全て長射程キャノン砲を装備したmk-2仕様だ。

 違和感はもう一つ、レッドホーンBGのビームガトリング砲に耐えて見せたことで発覚した対ビーム性能。それは本来ゴジュラスが持つべきものではない。格闘戦が主力のゴジュラスの持ち味は、巨体に似合わない俊敏性と瞬発力である。そもそも格闘戦を主眼に置いた通常兵装のゴジュラスに対ビーム装甲を持たせる意味は薄い。

 レッドホーンの背部からミサイルが撃ち込まれる。ゴジュラスの腕を直撃するが、やはり大した痛痒は感じられなかった。対弾性能も相当に強化されている。

 

「このゴジュラス。なにかありやすねぇ」

 

 疑惑が少しずつ湧き出していく中、サーベラーはふと自身の部隊の周辺で同じように突撃を任せられた部隊の報告を注意深く聞いた。

 サーベラーの部隊を筆頭に、横に広がる様にして防衛線を突破している。しかし、共和国側の防衛は、しっかりしているようで網目が広い。いくつかの部隊からは、ゴドスやガイサックが最近帝国でも利用され始めた自動操縦(スリーパー)である報告も届いている。そして、サーベラーの部隊から横に行けばいくほど防衛線の守りは堅固になっていた。まるで、共和国の防衛線の中に帝国の突撃隊で『円』を作らせるように。

 

「こいつぁ、まさか!」

 

 サーベラーの疑惑が確信に変わった瞬間、周囲から爆音が轟いた。

 

 

 

***

 

 

 

 共和国側、エレミア砂漠の防衛拠点。そこで、一人の男が双眼鏡を覗き込みながら立っていた。

 男の双眼が見つめる先は共和国が十にも分けて張り巡らせた防衛線。その中に、円を形作る様にして帝国の突撃部隊の殺戮の跡が生まれていた。いや、正確には、鉄屑処理の跡だ。

 

「クルーガー大佐! 帝国軍は、予想通り一気に突撃してきた模様です」

 

 キャンプで報告を受け取ったまだ若さの残る金髪角刈りの男の言葉に、クルーガーはゆっくりと頷いた。

 

「……重砲隊に合図を。罠にかかった帝国の猪どもを、一気に叩き潰してやれ」

「はっ!」

 

 すぐさま合図の狼煙が挙げられ、拠点の背後に控えていたゾイドたちが一斉に太い方向を上げた。ゴジュラスの長射程キャノン砲を装備したゴルドスキャノン。榴弾装備のカノントータス。二機のカノントータスを連結し、一つのキャノン砲を装備したカノントータススーパーキャノン仕様。そして、ゴジュラスmk-2量産型。

 一斉に火を噴く大火力の砲撃は、事前に通達された通りに帝国軍が作りだした円の中に集中砲火を叩きこんだ。

 

「これで、帝国軍の突撃戦力を大幅に削れるだろう。向こうの主力は?」

「はっ。高速戦闘隊、並びに奇襲攻撃隊がゲリラ戦を展開。敵勢力を分断できている模様です」

「分かった」

 

 作戦は順調だ。これで帝国の突撃部隊と主力を分断でき、波状攻撃を阻害することに成功した。突撃隊の命運は乏しく、なんとか帝国の主力に対し消耗した状態でぶつかることは避けられた。

 これは、勝てたのではないか? そんな予感が金髪の男の脳裏を過る。僅かに笑みがこぼれた。

 

「ハーマン中尉」

 

 そこに、クルーガーは鋭く切り込んだ。

 

「まだ終わっとらんよ。次は、帝国の主力が相手になる。そもそもの戦力差は我々の不利。波状攻撃を阻害したことでなんとか正面から互角に戦う戦力を残せた。だが、裏を返せば、我々はようやく帝国に対して互角に戦える土俵に立てたわけだ。戦場では、一瞬の油断が命取りだ。気を抜くな」

「はっ、失礼いたしました」

 

 敬礼するハーマンを手で諭し、クルーガーは双眼鏡から視線を外さない。忙しなく視線を戦場に投げ、何かを探すように戦場を浚った。

 

「大佐……?」

「油断は禁物だ。『奴』がこの場に居るならば、必ずこの包囲網を越えてくる。ワシが幾重にも張った戦術、その全てをねじ伏せるのが『奴』だ。その時に『奴』を防ぐ手段がなければ、崩壊するのは我々だからな」

「奴……とは?」

 

 ハーマンの問いに、クルーガーは答えなかった。双眼鏡で戦場を確認し、持ち込まれたプテラスからの映像に目を通す。

 

「やはりもう戦場から消えてしまったのか、エリウス。……儂としては、ありがたいのだがな」

 

 安堵するような、しかしどこかさびしげな雰囲気を漂わせ、クルーガーは呟いた。

 

「ここは断じて突破させんよ。ダンの忘れ形見は、儂が守ってやらねばな。ウィンドコロニーには、一人足りとも通さん」

 

 僅かに残った敵への情を全て斬り捨て、クルーガーは鋭い眼光を戦場に走らせた。

 

 

 

***

 

 

 

「……こいつぁ、不味いのを喰わされやした」

 

 サーベラーは苦々しく呟いた。降り注ぐ砲弾は共和国の陣地からのもの。共和国軍が得意とするキャノン砲の火力による重砲撃の嵐だ。このままこの場所に留まれば、跡形もなく吹き飛ばされてしまうだろう。

 すぐさま撤退すべきだが、それを拒んだのは、皮肉にも自らの突出した位置だった。

 円の端を押し広げるように切り込んだサーベラー中佐の部隊は、防衛線の深くまで入り込んでしまっていた。敵陣の真っただ中だ。その上、周囲は計画的に崩させたのだろう、共和国の防衛線ががっちりと待ち構えている。遠距離からの砲撃に周囲からの包囲射撃。帝国軍の突撃隊は、コロシアム会場に投げ込まれた剣闘士に仕立てあげられたのだ。罠に飛び込んでしまった帝国軍は、ギャラリーたちから嬲られ、殺されるだけだ。

 そして、

 

「このゴジュラスは、最初からここで暴れ回るために射撃耐性を強化してたって寸法ですかい。流石は共和国の知将『戦場の魔術師』、あっしらの負けでござんすな」

「何を言っとるか中佐!」

 

 苦笑し、冷静に戦況分析するサーベラーにウィンザーは言葉を叩きつけた。降り注ぐ弾丸にレッドホーンは武装を破壊され、ビームガトリングはもう使えない。部隊のメンバーも散り散りで、命の保証はない。いや、すでに死へ向かうだけだ。

 初めての戦場、というわけではない。しかし、まさか待ち望んだ戦場でこれほどの大敗を、そして死に瀕するなどウィンザーは思ってもいなかった。頭を過る死の文字が、恐怖を底上げする

 

「それは、あっしのセリフ。ここほど博打の正念場がありやすかい?」

 

 だが、サーベラーはそんな場にあって不敵に笑った。

 

「中佐、何を……?」

「いいですかい、ここは大博打の場ですよ。賭けるもんはあっしらの命。あっしらは自分の命を賭けの景品に出し、勝ちゃぁいいんですよ。今は向こうが勝ちを上げ、あちらさんは重ね賭けをしとりやす。もし向こうが勝てば、あちらさんは今以上のデカい景品を獲得できる。ですが、負ければすべて泡と消える。それは一度負けたあっしらも同じこと。幸い、あっしらの元手はまだ残っとりやす。こっから、一気にデカい名声勝ち取らせて頂きやすかい?」

 

 そう言って、サーベラーは共和国防衛線の一部を示した。ゴドスやガイサックが包囲した帝国軍を嬲り者にしており、その戦い方には余裕が見える。

 

「向こうさんは勝ったも同然と気を抜いていやす。やつらに、帝国軍兵士の意地って奴を見せてやりやしょう。あっしらはただでは死なない。どうせ死ぬなら、あっしら一人当たり向こうさん一〇〇くらいは命を頂かないと、釣り合いが取れないってねぇ」

 

 サーベラーのイグアンが鈍い咆哮を上げた。己を奮い立たせ、戦場にある最後の命を燃やすように、雄々しく雄叫びを上げる。

 

「みなさん! 覚悟ぉ決めなさいや! これより、あっしらは敵陣に切り込みやす! 最初の突撃の勢いはまだ残っていやしょう! そいつで、共和国の防衛線をズタズタに切り裂いてやりやすよ! この戦に、あっしらの証を刻み込みやす! 己の命を抱え、命を賭けてデカい名声勝ち取ったら、あっしらの勝ちですよ!」

 

 これまで聞いたこともないようなセリフ。サーベラーが掲げた道は、まさに博打だった。

 負ければ己の命が途絶え、勝てば命を失わないばかりか負け戦にありながら敵軍に多大なダメージを与えた名声を勝ち取れる。だが、何もしなければ命は潰えるも同然。共和国に捕虜として捕まれば、その先は周知のとおりだ。

 それでも躊躇する者はいた。しかし、サーベラー中佐の一言が全てを纏め上げる。

 

「あっしはガイロスに名の知れた博打のサーベラー! 命を賭けた博打で負けたことなど、これまで一度もありやせん! あっしは、あっしの命を賭けに出し、あんたらの命を救いやしょう! 決して失わせはしやせん! ハインケル・サーベラー生涯最大の大博打、負けるとお思いですかい!!!?」

 

 

 

 

 

 

 共和国防衛線の者たちは、達観した面持ちで戦況を見守っていた。

 

「さすがだよなぁクルーガー大佐。こんな馬鹿げた作戦、誰が思いつくよ」

「ああ、わざと敵を引き入れるってのは分かるけどさ。策を悟られないようにゴジュラスを捨てるんだぜ? あのゴジュラスを切り札じゃなくて囮に使うんだ。奇策だよ」

 

 防衛線の内部で荒れ狂うゴジュラス。実はそれも自動操縦(スリーパー)だ。突撃隊の注意を引き付けるため、制御装置を外したゴジュラスを突破された防衛線に放り込み、そこをゴジュラス諸共重砲劇で駆逐する。ゴジュラス自身を回収できるよう強化を施したとはいえ、共和国の守護神であり象徴ともいえるゴジュラスをこのように扱うなど普通では考えられない。

 

「でも、けっこう苦心したらしいぜ。クルーガー大佐。軍の上層部や大統領に作戦を説明して、共和国の命運を繋ぎ止めるためにって頭を下げてまでこの作戦を通したとか」

「他にもあるんだろ。大佐の策が」

「まぁな、訊いた話だと――っと、破れかぶれの馬鹿な帝国ヤロウが来たぜ」

 

 話を中断し、兵士の指がトリガーを引き絞った。ゴドスの腰に装備された小口径荷電粒子砲が火を噴き、迫るレッドホーンの足を掠めた。

 

「あれ?」

 

 外したか?

 そう感覚を鈍らせた兵士は、しかし次の小口径荷電粒子砲を発射することはできなかった。レッドホーンの背中を飛び越えて襲いかかったイグアンの四連装インパクトガンが、キャノピーごとコックピットを粉砕したからだ。

 

 

 

 サーベラー中佐の部隊はそのまま引き下がることをしなかった。下がったところですでに包囲されており、また防衛線の突入口は相応のゾイドで蓋をされているはずだ。現に突入口から脱出を図った部隊が突撃戦に適した共和国の名機、バッファロー型ゾイドのディバイソンによって蜂の巣にされている。

 背後に引いたところでディバイソンの火力では蹴散らされるのがオチ。ならばどうするのが適切か。サーベラーが選択したのは、横に広がっている共和国の防衛線を斜めに引き裂くことだった。突入した真後ろでなく、真横の防衛線に突撃をかけたのだ。

 

 予想通り、横の防衛線の兵士たちは勝ち戦に安心しきっていた。共和国兵士の油断を着いた突撃は成功し、サーベラーの部隊は防衛線を真横に引き裂いて行く。

 その先頭に立つのは、ボロボロのクラッシャーホーンを振り上げるレッドホーンである。

 

「よーし! いいぞレッドホーン! 俺様たちが砕けるのが先か、共和国が崩れるのが先か、大一番の勝負だぁ!」

『おいおい、すっかり中佐に毒されてんなぁ。ま、俺ら全員だけどな。最後まで付き合うぜ、ウィンザー!』

「やかましいわ! 目の前の連中を叩き潰すことに集中しろぉ!」

『おおさ!』

 

 勢いは止まることを知らず、レッドホーンは当たるを幸いに敵ゾイドを蹴散らし、歩兵の陣を踏み越えていく。

 

「よしよし、いい感じですよ。しかし油断は禁物、あっしらはまだ敵陣のど真ん中ですよ」

「ど真ん中に突っ込んでいるからなぁ!」

 

 言いつつ、ウィンザーのレッドホーンは次のゴドスを放り投げた。

 だが、いかに勢いがあると言っても周囲二七〇度は敵だ。レッドホーンは少しずつ、確実に手傷を負っていた。そして、横のゴドスが勢いに乗せたキックを叩き込もうと足を振りかぶる。

 だが、そのゴドスがキックを当てることは叶わなかった。最後尾からそれを見据えていたカタツムリのようなゾイド、マルダーの加速ビーム砲が突き刺さったのだ。

 

「油断禁物ですよぉ~。ウィンザーさんのレッドホーンが要なんですからぁ、よろしくお願いしますねぇ~」

 

 どこか間延びしたような声で語りかける女性。彼女はサーベラーの部下ではない。この戦いのために徴兵された傭兵団の一人だが、突撃部隊に配属され、乱戦の中で仲間と逸れたらしい。後方支援が主任務のマルダーでは生き残れる可能性は万に一つもない。だから、生き残れる僅かな可能性に縋ってサーベラーの無謀過ぎる敵陣突破に合流したのだ。

 彼女だけではない。共和国の罠に嵌り崩壊した部隊の生き残りが、僅かな可能性に賭けてこの突破に同調している。その数は、開戦時のサーベラー中佐の部隊に匹敵する数に上った。

 

「もう少しで敵陣を突破できるかと。みなさん、踏ん張りどころですよぉ」

 

 サーベラーの言葉にレーダー画面を覗く。確かに、もう少しで防衛線を斜めに切り裂き、この無謀な突撃に終わりを見せていた。やっと終わる、数人の兵士が安堵で息を吐いた。そこを逃すほど共和国は甘くない。

 

「――あぐっ」

「どうした!」

 

 通信に響いたのは、合流した傭兵の声だった。緊迫したそれにウィンザーが背後を振り返ろうとするが、それは許されない。歯がゆい想いの中、サーベラー中佐からの声が届く。

 

「ゴジュラス。あっしらに狙いを定めてやすね。こいつを振り切らねえと、あっしらは逃げ切れやせんなぁ」

 

 ゴジュラスは追いつきついでにマルダーを咥え、硬い装甲を噛み砕いた。バラバラとマルダーの装甲が散らばり、最後にコックピットがガランと大地を殴りつける。ゴジュラスほどの高さから大地に叩きつけられ、パイロットの生存は絶望的だ。

 

「カール、合図をしたらゴジュラスの左足に突進を頼みやす。みなさんはここを突破、急ぎなさいや!」

 

 言うが早いか、イグアンPBが飛びだした。振るわれるゴジュラスの尻尾がついでとばかりに共和国ゾイドを蹴散らし、襲い来る。イグアンはそれを飛び越え、四連装インパクトガンを連射した。圧縮された空気弾が撃ち出され、ゴジュラスの太い左足を殴りつけた。そして、イグアンは落下の勢いを活かしてパイルバンカーをゴジュラスの左足に突き刺す。

 

「カール!」

「任せておけぇえ!!!!」

 

 パイルバンカーを機体から切り離し、イグアンが飛び離れた。そこにレッドホーンが飛び込む。クラッシャーホーンを振りかざし、ここまでに幾多のゾイドを蹴散らした突進力をそのままに、ゴジュラスの左足に体当たりをぶちかます。

 

【ガァ、ガォオオオオ!!!?】

 

 ゴジュラスは、執拗に受けた左足へのダメージに耐え切れず、大きく横に倒れた。

 

 

 

 ゴジュラスを倒した。しかし、それは倒れた衝撃で一時的に行動麻痺に追い込んだだけだ。ウィンザーとサーベラーは素早く踵を返し、その場を脱するべく駆け出す。

 

「――おや……こいつぁ、やられやしたね」

 

 しかし、現れた次のゴジュラスによってその望みは絶たれた。

 

「またゴジュラスか。厄介な」

「いやいや、人生最後の賭けはここになりそうで」

 

 若干の諦めを感じるウィンザーに対し、サーベラーはここからが楽しいと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。どこまでも博打にすべてを賭ける笑みの中、サーベラーの口はそのセリフを紡ぎ出した。

 

 

 

「カール。あっしはここで殿となりやしょう。あんたぁ、脱出しなさいや」

 

 その言葉は、半ば予感していた。

 サーベラーは言っていた。自身の命を賭けの景品に差し出し、部下の命を勝ち取ると。

 

「イカサマは嫌いですが、あっしも一部隊の将。部下を死なせるわけには、いかないのでねぇ」

 

 逃がすものかと近づくゴジュラスに、パイルバンカーを失ったイグアンは挑みかかる様に一歩踏み出す。

 

「賭けの結果はどちらかの総取り。しかし、向こうさんが勝って得られる景品は、あっしの命だけでござんす」

「中佐……」

 

 ゴジュラスに立ち向かうイグアン。その姿は、巨象に立ち向かう子犬も同然だ。

 

「カール。あんたぁ、生き延びなさいよ。あんたなら、どんな賭けにも勝てる、あんたの好きな女を守り通せる、そんな最強の男になれやす。あっしは、あんたの将来が楽しみで仕方ない」

 

 ウィンザーは、レッドホーンの背を向けさせる。突破までの壁はあと少し。それを突破するには、レッドホーンに残された力が必要なのだ。

 

「カール。あっしの博打にいつも付き合ってくれたみなさんを、よろしく頼みやすよ」

「……はっ、任せておけ。博打のハインケル・サーベラー――いや、師匠!」

 

 そして、背を向けた二人の男とゾイドは駆けた。雄たけびを上げて

 

「あっしの名はハインケル・サーベラー! 博打と戦場に生きる誇り高きゾイド乗り! この一勝負、最後まで楽しみましょうやぁあ!!!!」

「俺様の名はカール・ウィンザー! 愛と戦いに生きる誇り高きゾイド乗りよ! 今宵最後の熱い勝負、さぁさぁ俺様を楽しませて見せろよぉお!!!!」

 

 

 

 後日、エレミア砂漠に参陣したガイロス帝国の部隊は撤退。ウィンザー率いる生き残りは、本国への帰還途中に謎の部隊と邂逅。そのまま合流することとなった。

 そして、彼らを逃がすことに成功したハインケル・サーベラー中佐の行方は、知らされることはなかった。

 また、この戦いの結果両軍は多大な損失を被ることとなり、戦争は再び膠着状態となった。共和国のルイーズ大統領が再び停戦条約を結ぶよう働きかけなかったら、六年後のZAC二〇九七年に和平が結ばれることはなかっただろう。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ウィンザーの自室は訓練用具が山のように置いてあった。懸垂用の器具にダンベル。握力を鍛えるためのハンドグリッパー。また、片隅にはトレーニングマットが敷かれ、しかしそれも使い古されてボロボロだ。自室が出来て数日ほどだが、ウィンザーの日ごろの鍛錬のほどが窺える。

 そして、そんな部屋にある机は不自然なほどにぴかぴかだ。使われた形跡すらない。新品同然である。その上に置かれた花瓶には、一輪の菫が飾られていた。部屋の主と惨状を見るに、明らかなミスマッチである。

 

「む、来たかリュウジ」

「はい」

 

 部屋の主。燃え盛る真紅の短髪を地面に向け、逆立ちの体制のまま腕立て伏せを行っていたウィンザーは軽い動作と共に立ち上がった。

 

「突然呼び出したのは他でもない。お前の配置換えだ」

「配置換え、ですか……?」

 

 開口一番に用件を話し始めるのは、やはりこの男の一本気な性格故だろうか。

 

「昨日、俺様の昔話をしてやっただろう? サファイアに相談したのだが、お前にはお前にあった師匠が居ると思うのだ。そいつに、お前のことを話しておいた」

 

 唐突に出された配置換えという言葉に、リュウジは昨日のことを思い返した。

 ウィンザーが話した過去は、自身が一本気なゾイド乗りとして成長した軌跡だ。腐ったまま帝都の警備につくのではなく、自らの心の底にあった戦いに赴きたいという闘争心。ウィンザーがサーベラー中佐の下に就いたのは、その闘争心を満たし、腐らずに成熟した己という存在を確立するために必要だった。

 おそらく、ウィンザー自身がそこまで考えてこの話をしたわけではなかろう。ウィンザーの補佐も務めるサファイアが、今の状態を見越してそう進言したのだ。ウィンザーは、それに従ったに過ぎない。

 

「明日からはそっちに移動してもらう。お前も、俺様のように打ち込む何かが見つかるはずだ。そして、それは今後の俺様たちに必要不可欠なことだと確信している」

「はい……」

 

 ウィンザーの言葉に応え、しかしリュウジの中には不安があった。唐突に告げられた移動は、見方を変えればウィンザーに捨てられたとも取れる。だが、そうではない。そう確信できる材料は、ウィンザー自身が話した過去にあったのだ。

 

 ――ウィンザーさんは、僕を成長させるために僕の移動を促したんだ。そして、迷わせないようにあの話をしてくれた……あ。

 

 訊かされた話を思いだし、リュウジは一つ思い至ることがあったことに気づく。

 ウィンザーが話した過去の話は第二次エウロペ戦争最後の戦闘、エレミアの戦いで終わっていた。エレミア砂漠の戦場を脱したウィンザーたちは、ゲリラ戦闘に転じていたヘリック共和国の高速戦闘隊と奇襲攻撃隊に阻まれ、本隊に合流できぬまま南エウロペの北海岸に逃げ延びた。そこで、ウィンザーは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に合流し居間に至っている。

 そして、話の中で、ハインケル・サーベラーは二度と出てこなかった。

 

「あの、ウィンザーさん」

「む、どうした? 不安か? 心配するな、あいつはあれで面倒見がいい。俺様に匹敵する腕前だしな。熱い毎日が期待できるさ」

「いえ、そうではなくて……」

 

 口ごもるリュウジの態度に、ウィンザーは頭の上に疑問符を浮かべるように首をかしげた。完全に何が何だか分かっていないというとぼけた顔だ。

 本人は気にしていないのだろう。だが、それでもリュウジには自覚があった。思い出すのも辛い、別れの記憶を離させてしまったという自覚が。

 なぜなら、エウロペの大戦の話を始める時のウィンザーの顔が、少し陰っていたから。

 

「……あの、ごめんなさい。僕、その…………」

「ん? なんだ、はっきり言えばよいではないか」

「は、はい。その……」

 

 

 

 その時だ。ウィンザーの私室の扉がノックされた。

 リュウジが吐き出しかけた言葉を飲み、ウィンザーは何の気もなく「おう、入れ」と扉の奥に声をかけた。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは長身の女性だ。以前はつやのある黒い長髪だったが、今は透けるような薄紫の美しい髪色に変わっている。染めたのではなく、薄紫の今の髪色が素なのだとか。髪の下から覗く、全てを見透かすアイスブルーの瞳が印象的だ。

 

「やぁサファイア。どうした? まだティータイムには早いぞ? 今日はハルトマンがとびっきりの紅茶を持ってくると話していたのだが」

「ティータイム? ああ、そう言えばそうでしたね」

 

 キラリと擬音が付属しそうな仕草でウィンザーは言うが、サファイアはいつものようにあっさりと流した。その対応にウィンザーが肩を落とすも、これも普段通りらしく、サファイアはウィンザーの机の前まで歩み寄った。

 

「こちらが届いておりまして。あなた宛です」

「俺様宛?」

 

 机の上に出されたのは、通信技術が発達している惑星Ziでは珍しい手紙だ。それも、細長い棒に紙を巻きつけた巻物である。

 格式ばった内容の連絡では、今でも手紙で書くことがある。現に、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の外部組織として立ち上げられた傭兵団も、長となった青年が協力要請の手紙をしたためて送っていた。

 ただ、巻物というのは珍しい。時代錯誤というか、ともかく今の惑星Ziでは滅多にないだろう連絡手段だ。

 

「ほう、誰からだ?」

「手紙が付属していました。確か……そう、ハインケル・サーベラーという方から……」

「ぇ、ぇえええ!!!?」

 

 その名前が告げられた瞬間、素っ頓狂な叫びをあげたのは無論リュウジである。

 驚いた拍子にサファイアは持っていたハガキを落とし、ウィンザーは広げたばかりの巻物を机の上に落とす。

 

「な、なんだリュウジ。びっくりするじゃないか」

「あ、い、いえ、すみません。ってちょっと見してください!」

 

 リュウジはウィンザーの机に跳びつく勢いで駆け寄り、広げられた巻物の文面に目を落とす。その差出人名は、少々読みにくい。以前、ヒンター・ハルトマンに教えてもらった『行書』という書き方だ。漢字などの地球の東洋文化の文字を続け書きする書き方だが、差出人の人物はそれを惑星Ziの言葉にも当てはめて使っているらしい。

 そして、形は崩れているものの、差出人の名前を読むことが出来た。『ハインケル・サーベラー』と。

 

「あ、あの、サーベラーって、ハインケル・サーベラーって、ウィンザーさんの」

「うむ、俺様の師匠だ。どうした? なにをそんなに驚いている?」

「あ、その……だって、サーベラー中佐は……エレミアの戦いで、えと……戦死したんじゃ……」

「戦死? 師匠が? おいおいリュウジ、なにを馬鹿なことを言っているのだ? 師匠が死んでいるなどある訳なかろう」

「だ、だって……」

 

 リュウジは必死に昨日聞かされた話を思い出す。

 ハインケル・サーベラーは、ウィンザーたちを逃がすために共和国の防衛線に残り、殿を務め、そして……。

 

「サーベラー中佐は、ウィンザーさんたちの撤退を確認したのちに投降されたそうです。その後、共和国で捕虜として過ごされ、去年の暗黒大陸での動乱の後に帰国されたんですよ」

 

 積み上げられたブロックの隙間を補う様に、サファイアが補足説明を付け加えた。それにより、リュウジの思考も混乱を鎮められた。

 

「……え? えっと、それじゃぁ……なんで教えてくれなかったんですかぁ、ウィンザーさん」

「なぜと言われても、話す理由がなかったからな。俺様がお前に言いたかったのは、良い師匠の元に就くことがお前の望みを叶えるだろうということだ」

 

 要するに、自分では叶えられないから後任に丸投げするのか。そんな身もふたもない突っ込みが脳内を過り、しかしそれを叩きつける気力はリュウジに残されていなかった。

 

「じゃぁ、なんであんなに話辛そうにしてたんです?」

「それは、俺様が記憶するに、師匠が唯一負けた瞬間だからだ。俺様が思うに、師匠はガイロス帝国の中でもかなりの腕のゾイド乗りでな。イグアンを使い共和国の者どもを相手に負けなしだった。一か八かに賭ける戦い方で、常に勝ちを掴みとってきたのだ。そんな師匠の唯一の敗北、軽口で話す訳にはいかんだろう」

 

 ウィンザーは苦々しく語る。そして、その言葉に含まれた感情から、リュウジにはハインケル・サーベラーがどれほどの人物かさらに気になった。ウィンザーは、言ってしまえば相当な変わり者だ。そのウィンザーがここまで評価し、認めたゾイド乗り。おそらく、その尊敬の度合いは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)総司令官のヴォルフに勝るとも劣らない。

 

「ウィンザーさん。サーベラー中佐の賭けは命を賭けたもの。彼は自身の命を賭けに出し、あなたを救ったのです。恥じるよりも誇るべきでは?」

「いや、生き残ったということはだな、師匠は賭けに勝ったというに差し出すはずだった命を拾ってしまったのだ。これは師匠が言うにイカサマともとれるそうだ。真の勝負師はイカサマを嫌う。恥に変わりはない」

「なるほど、失礼しました」

 

 サファイアの言葉には素直に「うん」と頷くウィンザーが反論を溢す。その対応からも、ウィンザーがサーベラーを強く師事していることが窺えた。

 

「そう言えば、(ふみ)の内容は? 差し支えなければ、私も耳にしておきたいのですが」

「ふむ……ガイロス帝国に潜んでいたPKの生き残りがジェノザウラーを保持していたらしい。ガイロス軍は、これを軍の所属に加えたいとか……」

「ジェノザウラーを――ああ、なるほど。我々がジェノリッターを保有していることが露呈していますから。ガイロス軍としては、匹敵する戦力を備えておきたいのでしょう。敵に回せば恐ろしいですが、一転味方となれば頼もしいことこの上ない」

「む?」

「ザルカ博士の技術力の御蔭で、我々の戦力は大幅に向上しました。ですが、彼の技術力がもたらしたものは、我々にガイロス・ヘリックを上回る軍事力を与えかねません。BF(バーサークフューラー)の量産と、新型のライオン型ゾイド製造が一時ストップしたのも、両国の軍部から圧力がかかったためです」

「ジェノザウラーのテストも、その一環と?」

「そういうことです。暗黒大陸の一件を経て我々への印象はだいぶ緩和されましたが、同時に軍の上層部が疑惑を抱く結果にもなりました。レイヴン――いえ、ジョイスの件もそう。我々への風当たりは劇的に改善されたとはいえません」

 

 サファイアが告げる内容は、なかなかに深刻だ。

 暗黒大陸への進出は両国の一般人からの印象を改善した。また、ニクス大陸との交流に関しても、鉄竜騎兵団《アイゼンドラグーン》が優先して行える交友関係も築けている。

 しかし、合流したガイロス・ヘリック両国の軍部には鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の進んだ技術力を見せつける形にもなった。レイヴンの件もあり、暗黒大陸の戦いで得た成果は、メリットと同じくらいのデメリットが存在している。

 

「ふむ……。それで、師匠は俺様にジェノザウラーのテストを見てほしいと言っているのだ。万が一に備え、ジェノザウラーを知る者に現場に立ってほしいと」

「それならばアンナさんが適任ですが……よいのではないですか? 久しぶりにお会いしてきたいでしょう?」

「だろう! よし、決まりだ!」

 

 少し落ちくぼんだ空気は一転、ウィンザーの快活な笑顔により払拭された。すでにウィンザーの気持ちは再会へと羽ばたいており、どんな自分を見せつけるかでいっぱいだ。

 そして、そんな姿を見つめ、リュウジは思う。

 ウィンザーが紹介する人物は、何度か顔を見たことはある。しかし、面と向かって言葉を交わしたことは一切ない。彼は鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に所属しているものであれば誰もが知っている。だが、その顔を見たものは数少ない。いや、正確に言えば、帝都での一件の後に入団した者の大半が彼と顔を会わせたことがない。

 ベールに包まれた、しかし総司令官のヴォルフに最も近いと言われる彼。果たして自分はその人とどのような関係を築くのだろう。

 

 ウィンザーとサーベラーのように、語り合える師弟関係となれるのだろうか。

 

 期待と不安。馳せる想いは相反し、リュウジの胸に滞留し続けた。そして、彼との出会いをきっかけに、リュウジも物語の渦中へと飛び込んでいくのだが、それはまだ先の話である。

 




 冒頭にあります惑星Ziの戦歴についてですが……バトストの戦歴を私なりにアニメに合わせられるように弄ったものです。ヘリックVSゼネバスが短いと言われそうですが、南エウロペの小さな領域で何年も戦争やってられないだろうと考え、だいぶ省略した次第です。突っ込みどころ満載でしょうね(汗)
 本作の年表は……要望あれば公開しようかな。一様作ってはあるんですよ。ZAC元年くらいからの奴が。ただ、ネタバレも含みそうなんで作成に注意を払ってます。

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