大晦日にちなんで書き上げた年越しのお話。鉄竜騎兵団の賑やかな年末をお楽しみください。
クリスマス・年末に関わらず無淵玄白さんの『異星最強の『神装機獣』』とか、影狐さんの『ZOIDS学園』が投稿されているのを横目に、早く出したいよぉ!!私もその波に乗りたいよぉ!!とか思い、今日を待ち焦がれていました。やっと、投稿できます。
ではでは、本作の今年最後の一本です。
どうぞ。
降り注ぐ太陽光が滞留する空気を温め、水分を急速に奪い去る熱風が町を駆け抜ける。太陽はだいぶ傾いたものの、熱砂の気候が支配する西エウロペの暮らしは油断が出来ない。
「……暑い」
「ええ。……毎年毎年、この時期はいつもこれ」
買い物袋を両手に持つ、金髪をさっぱりと流した青年が射すような太陽光に愚痴をこぼすと、同行者からその感想が返ってくる。
エウロペ大陸は惑星Ziでも南に位置する。そしてロクに知識がなくともなんとなく想像出来るだろう。極地でもない南の大陸は、総じて温暖だ。
「でも、夜になったら一気に冷えるんだろうな」
「ええ。それがここの気候だから、仕方ない事だわ」
西エウロペ大陸の地形は山々に囲まれている。夜ともなれば山から吹き降ろす風で一気に冷え込むだろう。また、街の近くにはプルトン湖、ヒッポクレネ湖と二つの湖があるが、これが厄介だ。日中は熱風が湖に向かって流れ、湖水に気温が吸収されていくのだが、夜となれば陸と水上の温度は逆転。今度は湖に滞留した気温が冷やされた陸に向かって吹き込んでくる。
海陸風のことだ。ここでは湖だから、陸風と湖風だろうか。
どちらにせよ、熱容量の高い湖の風は、日中と比べて温度が低い。要するに、夜は寒い。
「……重い」
「ええ。やはり――」
「――「ええ」じゃねぇ」
ここまでの会話の流れ流されそうなところで杭を打ち、金髪の青年――ローレンジは顎で両手に持った買い物袋を示した。
「俺さぁ、怪我治ってからそんなに経ってないんだぞ? なのにどーしてこんな大量の荷物を持たされてるんだ?」
「文句ならあなたの親友に言ったら? 発端は、我らがヴォルフ・ムーロア様よ」
「イヤミったらしいなぁオイ。つっても、その辺りは同意だ。で、タリス」
できるだけ清々しい表情を作り、ローレンジは隣を歩くオレンジの髪を肩口で切りそろえた如何にも真面目そうな女性――タリスの顔をじっと見た。斜めから差し込む日差しがオレンジの髪を眩しく彩り、夕日でタリスの顔がほんのり赤く染まって見える。そのまま赤い瞳を見つめ続けようとしたが、ふいとタリスは視線を逸らした。
「なに? 持たないわよ?」
「何も言ってねぇぞ俺」
ふてくされたような呟き。そこにタリスが畳み掛けて来た。
「まさか、か弱い女の私に荷物持ちになれと? あなたはそれほど情けない男だったかしら?」
「いや、俺さぁ、まだ怪我が完治したわけじゃ……」
「このあいだフェイトちゃんに治ったと言って組手やってたわね」
「………………可愛くねぇな、お前」
「その言葉とは縁遠いと自負してるわ」
すまし顔のタリスの言葉に、ローレンジはこれ以上言葉を重ねることに無駄を感じる。少なくとも、荷物をいくつか持ってくれると言う展開にはならない。
――元レーサーだった癖に、なーにがか弱い女だか。
大量の荷物を重そうに持ち直し、ローレンジはぼんやりと空を見上げた。茜色に染まった空は、どうしてこうも感傷的な気分にさせてくれるのだろうか。
組織の長と副官。そんな立場になった二人だが、タリスの態度はそれとはどこか違う気がする。面倒事を始末してくれて入るが、力仕事はほとんどローレンジだ。少し、悲しくなってくる。
口を閉じ、視界に映った巨大な建造物にローレンジの思考は移動を始めた。
これから始まるのはとある行事。タリスのような軍属だった者にとっては――いや、真っ当な職業に就いている者や所帯持ちの人間にとっては、毎年当たり前のように行って来ただろう。もっと言えば、ローレンジのような放浪癖がある人間でもある種の決まりごとのようにそれをやっていた者は居る筈だ。無頓着だったローレンジの方が例外なのだ。
徐々に大きくなる
「年越しって、なにするんだよ……」
***
「そろそろ年越しの時期だな」
ある日の事。暗黒大陸での後始末を片付けた
ローレンジは自身の伝手を頼って傭兵団を立ち上げ、
「年越し?」
疑問符を含んだローレンジの問いに、ヴォルフは顔を綻ばせながら頷いた。
「ああ。まぁ、今年も内輪で済ませるだろうな。ルイーズ大統領やルドルフ陛下を呼べれば各国との親睦を深められる……とも思ったが、向こうは向こうで、国内での年越しの宴を催さねばならんだろう。我々も、我々で行うとしようじゃないか」
「年越しかぁ。コロニーに居た時以来だなぁ」
「ああ、フェイトとローレンジは根無し草だったからな。今年は、目いっぱい楽しむといい」
「うん!」
ヴォルフの言葉にフェイト胸元に提げた蛇と短剣が掲げられたペンダントを揺らしながら嬉しそうに頷いた。そして、ヴォルフとフェイトはそのまま年越しの宴の話に入っていく。
「フェイトの故郷は、アースコロニーだったか。村ではどんな感じだったんだ?」
「えっとねぇ、村のおばさんたちが総出で料理を作るんだ。一年に一度だからって、行商の人から高い食べ物を取り寄せたりして、普段は食べれない物をいっぱい食べるんだ。それから……そうそう、夜になったらみんなで酒盛り。子供はジュース飲み放題。わたしは、いっつも寝ちゃうんだけどね」
「そうか。やることは我々もさして変わらんよ。ただ、村とは規模が違う。団員を集めて盛大に……いや、今年はこうして町があるからな。それぞれ、所帯持ちもいることだ。家族でささやかにさせるのもいいかもしれん。今年は、それぞれ親しい者同士で個別にやらせるのがいいかもな」
「えーみんなでじゃないのー?」
「最初はそう思っていたのだがな。我々もこの一年で大きくなった。団員全員で行うとなると、大企業の忘年会規模になる。皆が皆気を使い、心が休まらんだろう」
「ふーん。……あ! ってことはさ、仲のいいみんなで集まってやろうってこと!?」
「うむ。それがいいかもしれん。我々は……ああ、どうせ内の幹部クラスの者たちは大概独り身だ。その辺りを集めて……」
次々と飛び交う話は、明るいものだ。普段は国造りに没頭し、ロクな休息が無い者が多い
ヴォルフも日頃の心労を癒せ、フェイトは最近周りの者たちが忙しく動いていることもあり、退屈な日々が続いていた。そんな日々を一気に打破するたった一日の楽しみ。年越しに寄せる期待は、否が応でも高まった。
ただ、
「……な、なぁ」
出し抜けに響いた乾いた声音。それを発した人物は、傍らで丸くなる純白のオーガノイドの頭を撫で、引き攣った表情を浮かべていた。
「ロージ?」
「どうした? そんな間抜けな顔で」
声を発した張本人。ローレンジは先ほどから一切会話に加わっていない。挙動不審にニュートの頭を撫で、呼吸を整えるように息を吐き、そして告げた。
「なぁ、さっきから盛り上がってるとこ悪いんだけどさぁ……、年越しって、何すんだ?」
「「……え?」」
フェイトとヴォルフの声が見事にハモる。
奇妙な空気が流れ、隣同士で座っているはずのローレンジとフェイトの間に大きな谷間が出来たような錯覚すら感じられた。
「い、いや、だってよぉ、年越しつっても、結局日が変わるだけだろ。毎日毎日繰り返してんのに、わざわざ宴をやる理由があんのか?」
「「………………」」
正面と真横から白い目が突き刺さる。
「な、なんだよ」
「ローレンジ。お前は意外と風情がないな」
「ひょっとして、ロージと旅してた時に年越しで何もしなかったのって、知らないから?」
ヴォルフからは侮蔑が、フェイトからは純粋な疑問が突き刺さる。二対の視線に耐えかね、ローレンジはニュートの頭の上で拳を強く握り込んだ。
「い、いや、知ってるさ! 大体この時期になると仕事の依頼とかなくなってよ! みーんなイソイソと宴の準備をするんだ。知ってるさ! それが年越しの風習って奴なことくらい! けどよ! 所詮日が変わるだけだぜ! わざわざ祝う意味が分からねぇよ!」
何か変なことを口走ってしまったのだろうか。ローレンジは慌てて弁解すべく、必死に脳をフル回転させ言い訳を始める。だが、それはすでに遅い。
「そう言えば、お前とは年越しの祝いをやった覚えはないな」
「旅してる時も年越しなんて一度もやってないよね。もしかして、ホントに知らないのぉ?」
「んだよフェイト。そのにやけ顔は」
「別に? そっかぁ、ロージは年越しを知らないのかぁ……ふんふん」
得意げな表情を浮かべるフェイトになぜかくやしさを覚える。考えてみれば、人生経験からしてローレンジの方が知識は多く、また一つの村で暮らしていたフェイトと違ってローレンジは幼いころから各地を放浪してきたのだ。経験や知識で、フェイトに勝られた覚えなどただの一度もない。
「ふんふん、それなら! わたしがしっかり教えてあげるよ。ね、ロージ?」
「くっそ、なんか腹立つぞ……」
わなわなと拳に力を籠めニュートの頭を抑えるローレンジに、フェイトは得意顔で説明を始める。
「年越しのお祝いっていうのは、今年も一年無事に過ごせました。来年も元気に過ごせるよう頑張りましょう。ってみんなの無事を祝う日のことだよ」
「……ふーん」
「地域によって意味合いは異なるがな。我々は、以前東方大陸シャクジから来た冒険商人と繋がっていてな。向こうの慣習が興味深かったのでな。それに倣って、年神を迎える準備なども行っている」
ヴォルフの追加説明はなんだかよく分からなかったが、要するに「無事新年を迎えたからおめでとう」ということなのだろうか。そんな風に、ローレンジは脳内に片隅に記憶をとどめた。
「なんとなく分かったけどよ、ヴォルフ。『興味深いから』でいいのかよ。ゼネバス式の年越しはどうだったんだ?」
「ご老人に訊いたところ、我が祖父ゼネバス・ムーロア皇帝は他文化を取り入れることには難色を示していたらしい。我流を貫いていたとか。ただ、東方大陸に伝わる地球の小さな島国の文化には興味を示されていたとか。年神を迎えることは、その島国の文化だそうだ」
「さいで」
ヴォルフの解説は、おそらく後付けだろう。説明するときのヴォルフの目がやけに輝いていた所から、大方先に東方大陸の文化の取入れを考え、その後に裏付けとなる証拠を求めた。ヴォルフとのかかわりが深いローレンジだ。その辺りは、表情で察せるほどになっている。
「でもさぁ、ロージなんで年越しの祝いやらなかったの? わたしと二人だけでも面白そうじゃん?」
「そもそもやる意味が無かったからさ。それに、俺自身年越しなんてすっかり忘れてたよ」
「むー! ……あ、ってことはさ、今度の年越しが初めてってことだね! 今回はわたしがしっかり教えてあげるよ、ロージ!」
「あー、まぁそうさせてもらうわ」
曖昧な返事を返しつつ、ローレンジも内心では気持ちが高まっていた。フェイトと出会うまでは、そういった楽しげな事柄から自ら遠ざかっていた。師匠の下で修業していた頃も、毎日が修行の毎日でイベント事には無頓着。
話を訊く限りは、以前やったヴォルフの誕生日会のような宴と変わりないが、それでも面白そうなことに変わりない。
そんなローレンジの思考は僅かばかり表情に表れ、それは同じくらい付き合いの長いヴォルフにも伝わる。
「よし、では今月末だな。二人にも準備を手伝ってもらうぞ。詳しいことについては後日伝える。頼んだぞ」
こうして、
***
エリュシオンの中心よりやや北方、そこに
普段ならヴォルフの忠臣たちが働きづめ、加えて下働きの者たちが行きかっているのだが、今日に限っては誰もいない。今日は年末。ヴォルフが休暇を伝え、下働きの者たちすら全て払ってしまったのだ。
ガランとした官邸のエントランスを直進し、ローレンジとタリスは調理場に向かう。
下働きの者は皆休み。それはつまり、年越しのごちそうを作る料理人すらこの場にはいないのだ。年明けに食べる「おせち料理」とやらの下準備は大方済ませているらしく、それはハルトマンの担当だった。そのハルトマンは、ヴォルフから政務を受け持ち(奪い去ったとか)宴までにそれを片付けると執務室にこもっている。ならばこの調理場に居るのは、一人しかいない。
「ヴォルフー持ってきたぞー……って」
「ありがとう。そこに置いといてくれ」
振り返ったヴォルフの格好はいつもと違った。普段ならばきっちりとした団服、嘗てゼネバス帝国で使用されていた軍服を改良したものなのだが、今日のヴォルフは私服の上に三角筋にエプロンと言った、要するに家庭の料理パパ(若い)みたいな状態だ。御丁寧に正妻(ほぼ確定)――アンナまで同じようにエプロン姿である。長い茶髪は三角筋の中にしっかり納められ、普段と一風変わった姿は割と様になっていた。二人とも現在の役職でなければ、どこにでもいるような仲のいいカップルである。
「おい、まさかとは思うが、年越し蕎麦ってのをお前が作るのか?」
「悪いか?」
にこやかで、そしてさわやかな笑みを浮かべるヴォルフ。なんとなく、嫌な予感しかしない。
「お前さぁ、料理できたっけ?」
「皇帝たる者、料理の一つも出来なければ勤まらんよ。任せておけローレンジ。とびっきりの年越し蕎麦を作ってやろうではないか」
ちらりと持ってきた材料を乗せた台の上には、市販の料理本が置かれていた。御丁寧に手打ち蕎麦だ。僅かばかり頭痛を覚え、タリスの方に視線をやる。すると、彼女は彼女で額を抑えながらアンナと話していた。
「アンナ、あなたが作るの?」
「ええ、ヴォルフの手伝いだけどね。久しぶりの手料理、腕がなるわ」
自信たっぷりに頷くアンナ。だが、ローレンジからすれば、沈痛そうに額を抑えるタリスから嫌な予感しかしない。アンナが蕎麦粉を取りだし調理台に戻っていくのを確認してからローレンジはタリスの元に近寄った。
「なぁタリス。アンナってさ、俺は料理してるとこ見たことないけどよ……どうなんだ?」
「ええ……。PK所属当時の話だけど、相当なアレ。怒らせたり凹ませたりすると際限ないので皆黙っていたけど、あれはヤバいわ」
タリスの言葉に、ローレンジは思わずつばを飲み込んだ。普段丁寧な言葉遣いのタリスが「アレ」と遠回しな言い方をし、「ヤバい」という汚い言葉遣いをしたのだ。これは、覚悟を決めねばならない。
――おい、そりゃねぇだろ。正直、初めての年越し蕎麦ってのを楽しみにしてたのに……。
方や料理経験皆無のヴォルフ。方や前評判だけでアウトなアンナ。この
「タリス。今日の参加者、何人だっけ?」
「私たち四人にフェイトちゃん。ズィグナーさん。それからサファイアさんとウィンザーさん。エリウスさんとザルカさんに……ハルトマンさんもこちらに来られるとか」
「十一人か。蕎麦の材料は……うん、大量に買ったから問題なし。タリス、お前料理の腕に自信は?」
「PK所属当時、アンナの料理の口直しと言われてわ。まかせなさい」
素早く、小声で打ち合わせを済ませ、そして二人の間で結論が出る。
小さく頷き合い、タリスとローレンジはそれぞれの相手に話を持ちかけに行った。
「……む? 何か始まるのか?」
その光景を、遅れてやってきたズィグナーは不思議そうに眺めるのだった。
パタパタガシャガシャ。階段を下りる少女の足音と、それに追従するオーガノイドの足音が人気のない官邸に木霊する。
「部屋の準備はオッケー。後はサファイアさんがやってくれるから……私はザルカさんを呼んでくるのと、あそうだ!」
一階まで下り、そこでフェイトは向きを変えた。まっすぐザルカのゾイド研究所に向かうはずだった足を返し、厨房に向かう。ヴォルフとアンナが本日のメイン、年越し蕎麦を作ると張り切っていたのはつい二時間前の記憶だ。
ヴォルフは料理の経験が少ないらしいが、アンナは以前嗜んでいたと言っていた。実際に作ったところを見たことはないが、少しは出来るのではないだろうか。とすれば、期待してもいいのだろう。
フェイトはそこまで不安に思ってもいなかった。料理の心配など露ほどもしていない。精々「出来てたらつまみ食いだ♪」程度の思考で突入するのだ。
蕎麦という食べ物をフェイトは食べたことはない。ただ、以前どこかの町で食べた「うどん」に近いものなのだろう。そんな軽い感想を持ち、フェイトは何の気もなしに厨房の扉を開き、
「…………あれ?」
「キィ?」
ニュートと共に、予想と違う光景に首をかしげた。
厨房は広い。官邸に勤める者たちに向けた「まかない飯」を振舞うためだが、それだけでもそれなりの広さを必要としている。調理台もいくつかあるのだが、そのうちのひとつでヴォルフが蕎麦を打っていた。アンナはコンロの前で鍋を睨みつけており、おそらくスープを作っているのだろう。
それはいい。おかしいのは、買い出しに出ていたはずのローレンジとタリスまで蕎麦を打ち、スープを作っていることだ。そして、厨房のちょうど中心で居心地悪そうに両者を見比べているズィグナーが居ることも。
――ロージ、またタリスさんと一緒だ。
部屋の飾りつけや片づけを進んで引き受けたのはフェイトだ。だから買い出しにタリスがついて行ったことに文句をつけるつもりはない。強いて言えば、やっぱりローレンジと一緒に買い出しに行けばよかったと軽く後悔したくらいだ。
買い出しが終わったら部屋の準備を一緒にする筈だったのに、どうしてまたタリスと一緒なのだろう。少し、フェイトの心にもやがかかる。
――ううん。今それは置いといて……。
自分でも理解できない感情のことはともかくとする。フェイトはニュートを引き連れてまずズィグナーに駆け寄った。ローレンジの元に出向かなかったのは、彼の身体から近づき難いオーラが発せられているような気がしたからだ。
「ズィグナーさん。これ、どうしたの?」
「フェイトか。……殿下――いや、ヴォルフ様とアンナが、意地を張られてな」
「ヴォルフさんが?」
ヴォルフは基本的には冷静な人物だ。自身を、相手を理解し最善の手を打つ。難しい言い方ではフェイトは理解しがたいが、少なくとも『下手を打つ』人間ではない。
フェイトがヴォルフの方を見ると、ヴォルフは楽しげに――しかしどこか闘志を燃やしてそばを打っている。
「最初は、ローレンジとタリスが手伝いを申し出たのだ。だが、ヴォルフ様とアンナはそれを断ってな。二人とも、今日は自分たちが作るのだと言って譲らぬ」
「ふーん」
「終いには、アンナがタリスを挑発してな。所詮、自分よりうまく作れぬのだから見とけ、と」
「それで?」
「タリスの本性が解かれたようだ」
一度言葉を切り、ズィグナーは軽く咳払いをすると口調を改めた。
「『かなり、頭にきました』とな」
初老のズィグナーの声真似は到底似合わないものだが、フェイトにもその一言がもたらした重さは心胆寒からしめるほどだった。
「私は、ここで審判役だ」
「それは……えっと……」
ご愁傷様です?
フェイトの頭に、そんな言葉が過った。
フェイトは頬を軽くかき、音を立てないよう足音を忍ばせて両者のそばを確認する。
ヴォルフは切り分けに移っていたが、包丁の使い方が慣れていない。太さがバラバラだ。逆にローレンジは、旅の中でフェイトたちに振舞っていただけあり、見た目は問題なし。
スープも確認する。こちらは女性人の担当なのだが、どちらも色がおかしい。うどんと同じような色ならば、ほんのりキツネ色ではないかと思うが、とてもそうには見えない。
「…………」
「…………」
顎に指を当てながらフェイトが戻ると、ズィグナーは何か助けを求めるような視線を向けていた。年上の、それも四十代の大男が情けない……のだが、フェイトにもそうしたい想いは少しばかり理解できた。
「……わたし、ザルカさん呼んでくる。ニュート、行こっ」
「キィ~」
「ま、待ってくれ! 味見を一緒に――」
「ズィグナーさんごめんなさい。ザルカさん呼んでこなくちゃいけないから。わたしいくね」
ズィグナーが決死の想いで手を伸ばす。だが、それは踵を返したニュートの尻尾であっさり弾かれた。
ごめんなさい。そう心の中で謝りつつ、フェイトはつまみ食いしなくてよかったと心底安堵しつつ、厨房を後にした。
ズィグナーの渋い声音で「Help me~~!」と聞こえたが、きっと気のせいだ。
その後の経緯は、ズィグナーを大の蕎麦嫌いにさせるには十分なことだった。
***
出来上がった蕎麦をどんぶりに入れ、人数分の蕎麦が出来上がるとそれを二階へ持って上がる。これは力自慢のウィンザーが請け負った。片手の上に盆を乗せ、その上にどんぶりが六杯。もう片方には五杯。見てるだけでも溢しそうで、しかしウィンザーは汁一滴も溢さない意外な繊細さを見せつけた。
「どうだいサファイア。俺様の華麗で力強い姿は?」
「どちらでもいいので、くれぐれも溢さないようお願いします」
「ふっ、愚問だな。俺様がそのような無様な真似、するはずがなかろう?」
得意げに言い張るウィンザーだが、その配膳は見事と言うほかない。その後ろでは、フェイトが肩を落としながら階段を上がる兄を見上げていた。
「ロージ、元気出したら?」
「うるせぇ。俺の、精根込めて打った人生初めての蕎麦が……台無し」
ローレンジは恨みがましい目をタリスに向けた。そのタリスはといえば、こちらは素知らぬ顔だ。だが、その表情は僅かに揺らいでおり、困惑がうかがえる。
「なぜ、私のスープではダメなのかしら……」
どこか遠い瞳は、現実を映していない。そして、魂が抜けたような有様なのは、こちらも同じだった。
「蕎麦とは、難しいものだな。いや、それ以前に私の鍛錬不足か」
「ヴォルフは気にする必要ないわ。でも……どうしてダメなのかしら」
アンナのフォローにちらりと目線をやると、アンナは大きくため息を吐き出した。自分の作ったスープでズィグナーの顔色が妙になったことを気にしているのだろう。
「そりゃ駄目だよね」
意気消沈の両者を眺め、フェイトは大きく言い放つ。
「タリスさんはタバスコを瓶ごと、アンナさんは砂糖を袋ごと入れるんだもん」
結論から言えば、スープ担当者の味覚が常人ではなかったのである。
加えて、ローレンジの蕎麦は見た目はいいものの、所詮は素人が背伸びしたようなもの。ヴォルフに至っては問題外。触感がゴムだった。
要するに、料理担当者が最初から終わっていたのだ。これでは、審判のズィグナーも浮かばれないだろう。
「でもよかったぁ。ハルトマンさんは料理上手だね」
「昔から、紅茶に合わせるスコーンを手作りしていてね。そこから発展して、料理はよくやるようになったんだ」
手をタオルで拭き、階段の踊り場の窓ガラスで髪型を確認しながらハルトマンが答えた。七三分けにこだわりがあるのだろうか。思わずぐしゃぐしゃにしたくなるのをぐっとこらえた。代わりに、ニュートの頭を乱暴に撫でた。
「キ、キィィ~?」
「ごめんね。なんかわさわさしたくなっちゃった」
ニュートは「今日のフェイト、テンション変だなぁ」とでも言う様に首をひねる。
ズィグナーが料理対決の被害を受けたその時、様子を見に来たハルトマンが呆れながら料理を引き受け、残っていた残された時間で精いっぱい腕を振い、なんとか年を跨ぐ前に年越し蕎麦を人数分作ることが出来たのである。
そして、二階の広間の扉を開くと待ちぼうけだったザルカとエリウス卓についていた。二人は待ちくたびれた様に机を叩く。
「遅いぞ! 一体何をしていたらこれほど遅れるのだ!」
「年寄りを待たせんじゃねぇよ。先に酒盛りを始めるとこだったぜ?」
「まぁ……色々あったんですよ」
サファイアが達観した面持ちで答える。大体の者なら、それで何かを察して黙るだろう現に、後ろから意気消沈で現れた四人を見たエリウスは小さく苦笑する。だが、生憎ザルカにはそう言った常識は通用しない。
「まったく。さぁ、さっさと食べようではないか。メシを済ませてから静かに新年を迎えるのだろう? もう二十三時だぞ」
「そうですね。ヴォルフ様、いつまでも凹んでないで、あなたの言葉が無ければ始まりませんぞ」
ズィグナーに急かされ、ヴォルフもなんとか面持ちを正す。
普段は会議のために使われている円卓だが、この日は宴の会場だ。それぞれの前には食欲をそそる衣をまとったエビのてんぷら。それを乗せた蕎麦が並べられ、卓の真ん中には付け合せに用意された湖の魚の刺身や茸の煮物、野菜のおひたしなど。普段食べているものとは一風変わった、しかし風情ある食卓が並んだ。
「……料理の道は奥が深い。私も、まだまだ勉強が足りぬな」
「ヴォルフ様。反省は後に。それより、早く挨拶をしてしまいましょう。でないと……」
ヴォルフが自身の思考から現実に意識を戻すと、円卓を囲んだ皆は思い思いに話を始めている。
「こらフェイト、まだ食うな」
「えー、でもおなかすいたー」
「我慢を覚えないと、一人前の女性になれないわよ」
「タリス、一人前の女ってなに? むしろあたしが訊きたいんだけど」
「サファイア、どうだったかな? 俺様の勇士は――」
「ええそーですね。すごかったですねー、はい」
「おう、なかなかいい酒じゃねぇか。こいつ一瓶、まるまるワシが飲み干していいのか?」
「おっとエリウス、今日はワタシも飲みたい気分だ。さっさと注げ。ワタシが注ぎ返してやる」
「蕎麦……これは、紅茶には合いそうもないな。む、緑茶ならばいけるか。いやまて! あの蕎麦粉、あれで茶を注いでみると――そば茶? 良いかもしれん……?」
ガヤガヤとにぎわう円卓の間。普段ならば真面目な会議に使われるこの場所だが、今日ばかりはどんちゃん騒ぎの会場として、心逝くまで使えるだろう。
この場に集まったメンバーは、年の差はあれど、全員今後のネオゼネバス帝国を形作るに欠かせない存在だ。
暗黒大陸での戦いでは、大きな成果があった。だが、その分負担が増えたことも事実だ。また、まだ話してはいないが、新たな議題・問題が発生してもいた。頭を抱えたくなる問題だ。各国からの疑惑を払拭するための戦いだったはずが別の目線から新たな疑惑を生んでしまったのだから。
議題は山済みだ。
だが今日は、今日ばかりは、心から信頼できるメンバーと共に新たな年を迎えようじゃないか。
これからの発展を祈って。
大望の成就の時、そこから末永く続く、追い続ける夢の果てへ向けて。
「皆! 遅くなってしまったが、これからの健勝を祈って――ってフェイト、まだ食べないでくれ! ウィンザーも釣られるな! あ、エリウス! ザルカ! まだ飲むな! 音頭をとってないぞ! ってハルトマンはどこへ行く! 茶葉は後にしてくれ! まったく、なんで今日に限ってやりたい放題なんだ……」
「今日だから、だろ?」
「今日くらい、リーダーと部下の立場は無視して楽しみましょうよ、ヴォルフ」
笑いながらコップを持ち上げたローレンジとアンナ。その様子につい苦笑を洩らし、ヴォルフもコップを持った。その動きに釣られ、自然と円卓の皆がコップを掲げた。そして、ヴォルフの言葉を合図に、唱和する。
「……ああ、皆、来年もよろしく頼むぞ! かんぱい!」
「「「「「「「「「「かんぱーい!!!!」」」」」」」」」」
エリュシオンのあちこちで、粛々と新年を待ちわびる静けさが漂う中、官邸の二階が喧騒に包まれる。それは、
「「「「「「「「「「来年もよろしく!!!!」」」」」」」」」」
今年の一月六日より投稿を始め、約一年間お世話になりました。
来年もどうにかこうにか頑張って執筆に精を上げるので、どうかお付き合い下さい。
あ、それと宣伝をさせていただきます。
小説家になろうにて『僕とメリーさんの怪異相談』という小説を投稿しています。気になった方、よければ読んでください。こちらは明日――元旦投稿で完結します。
向こうでもPNは同じなので、気軽に一読していただければと思います。
では最後に一言、
読者の皆様、良いお年を! 来年もよろしくお願いします!