ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 こんにちは。
 今回も飲み会ネタでお送りします。結構使いやすい飲み会ネタです。
 騒がしいですよ。
 皆さんはお酒を飲み過ぎないように。
 私? 私はすぐに酔いが回って最初だけ少々騒がしく、そしてすぐに静かになる人です。そのまま寝てしまいます。完全には寝落ちしないのですが……とりま、ジョッキ一杯か二杯程度で眠気に襲われました。
 あ、どうでもいい。

 それではどうぞ。


幕間その3:国を越えて

「おーい、こっちにも一杯くれよ!」

「俺もだ。もっと酒もってこい!」

「つまみがたりねーぞ!」

 

 喧騒が響き、怒号が飛び交う。しかし、その中に雰囲気を害するような本当の悪意という者は存在しない。どれもが陽気で、軽々とした調子の喧騒だった。

 

「あーもう、やっかましいわね! 今作ってるから待ってちょうだいな!」

 

 負けじと怒鳴り返すは店の女将。立場的に言えば副店長だ。

 彼女は盆の上に麦酒の入った瓶を乗せ、棚から数本のコップを移すとそのまま卓に運んだ。キュポッという子気味のいい音と共に栓が開けられ、心地よい音がコップに注がれていく。

 

「はいお待ちどう! 少しは遠慮しなさいよ、今日は上客が来るんだから」

「なに言ってんだよディンさん。お客様は神様だろ? 俺たちを邪険にすると店がつぶれちまうぜ?」

「おあいにく様。うちはあんたたちみたいな馬鹿飲みどもが居なくてもやってける信用があるの。あんたらに逃げられても、十分採算は採れるのさ」

「なんでい、つまんねぇ」

 

 愚痴る様に呟く常連客は、しかし真っ赤に染まった顔に愉快な笑顔を覗かせていた。

 

 

 

 『居酒屋アダム』は今日も大繁盛だ。常連である気のいい帝国兵が足しげく通い、とっぷりと更けた夜の町を喧騒でにぎわす。一部ではこの居酒屋があるから「皇帝の避暑地」とも云われる風の都の雰囲気がそがれる、などという悪態も聞こえていた。だが、それ以上になじみの客の高評価を受け、またガイロス軍に属する高官の目にも止まっている。何度かそういった者たちの社交の場となった時もあり、『居酒屋アダム』が潰れることはそうそうありえない。

 そして、女将であるオルディ・ディンも毎日の忙しさに翻弄されていた。

 オルディは少し前まで店長であるアダムスの安請け合いの尻拭いという形で暗黒大陸に出向いていた。正確には、暗黒大陸へ向かう鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の臨時艦内料理長、という形でだ。

 艦の料理人というのはオルディには初体験であったが、アダムスとは旧知である鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の面々の御蔭か、普段と変わりなく仕事を終え、数日前にやっと店に帰還した。

 戦争に向かった艦の料理人という立場は、得るものは多かったが気苦労も多かった。オルディ自身も、つい昨日自分の作った料理を絶賛した兵が翌日の戦闘で亡くなったという経験をしてきたのだ。

 心が深くえぐられたかといえば、実はそうでもない。オルディはガイロス帝国の海軍に所属していたこともあり、戦争での別れは経験済みだ。それは停戦条約下の小さないざこざで起きた小競り合いだったが、戦争に大も小もない。憎しみ、命を懸けて戦い、そして永遠の別れを経験する。

 

 ――あれを考慮すれば、小さな居酒屋の女将ってのは悪くないもんね。

 

 戦争が終わり、次は帰らないかもしれない相手に料理を出すと言う経験は大幅に減った。居酒屋アダムを訪れる客は大方帝国軍所属の兵士であり、客が死んでいくことが無いとは言い切れない。だが、それでも、あの経験を再び繰り返すよりかは断然マシだった。

 

 ――意外と天職だったのかしら?

 

 そんな思考が過り、オルディは少し愉快な鼻歌を口ずさみながら注文の料理を作り始める。

 

 

 

 そして、またガラガラと扉が開かれる音が響いた。

 

「あ、いらっしゃーい。もうほとんど埋まってるけど、適当なとこ座ってちょーだい」

 

 オルディはいつもの調子で新たな来店客に言葉を投げ、自身の手元から目線は外さない。だが、来店客の視線が自分に向いているのだと気付き、顔を上げた。

 

 現れたのは、金髪の青年だ。目元は柔らかく、顔立ちは申し分ない。ゴツイ者が多いと言われる兵士だが、現れた男はガイロス帝国に所属している中でも類稀なイケメンである。普段はキッチリしているであろう軍服を、しかし喧騒が入り乱れる店に合わせてか適度に着崩している。堅物な印象を与えるだろう軍帽を外しているのも、また好印象だ。

 店内に僅かにどよめきが走る。それは、現れた男がガイロス帝国でも相当名の知れた人物であるからこそ、だ。

 男の背後には連れであろう三人が立っている。一人は、同じくガイロス帝国所属だろう男性。黒の短髪で、しかし引き締められた表情から彼の実直な性格が垣間見えた。というより、この人物も常連の一人である。

 もう二人は帝国兵ではない。灰色の動きやすさを重視した野戦服のような格好は、へリック共和国の軍服だ。一人は金髪角刈りの大男。もう一人は、その部下と思しき薄い緑色の髪をした真面目そうな男。

 

 先頭に立つ男が僅かに表情を和らげたのを見て、オルディも女将の営業スマイルから馴染み相手の遠慮ない笑顔に表情を変えた。

 

「あら、シュバルツ中佐じゃない。珍しい」

「やぁディン。奥の部屋に予約を取っているはずだが、いいかい」

「ええ。店長が腕を振って、まだかまだかって待ちわびてたわ」

 

 軽くウィンクをしてみせ、オルディは奥の部屋に四人を通す。

 

「でも珍しい顔ぶれねぇ。シュバルツ中佐とガーデッシュ大尉はいつもの事として、ランザーダック中尉がいないじゃない」

「ギュデムは暗黒大陸で友を得たのでな、まだ向こうの駐留軍に留まっている」

「指揮も任せて来たってことかしら? 奥さんが心配してたらしいわよ。店長に心労をぶちまけてさ」

 

 藪をつつくようなオルディの言葉に、ガーデッシュ・クレイドは小さく苦笑を浮かべた。ガーデッシュが下がった代わりに、今度はシュバルツが口を開く。静かについてくる共和国兵士を示した。

 

「彼は共和国のロブ・ハーマン少佐。それから副官のオコーネル大尉だ」

「ああ、まーた共和国の人連れて来たのね」

「また?」

「前にもね。店長の馴染みって――ほら、エリウス教官。あの人が共和国のお偉方を連れて来てね」

「ほぅ」

 

 シュバルツは興味深そうに笑みを深めた。そうこうしている内に店の奥、予約客にのみ開放する畳の間にたどり着いた。

 ここは店長であるアダムスが店を買い取った際に最初からあった部屋だ。東方大陸に伝わる地球の島国の文化を強調し、畳の上に机を置き、客は座布団に直接座る形となる。障子を開ければ、風の都の景色を一望でき、またその名の通り心地よい風が酔いを優しく癒してくれる。

 居酒屋アダムのもう一つの側面、普段なら接待などで使われるような特上の部屋だ。それを知り合い同士の飲み会で使うのだから、流石帝国の名門シュバルツ家の男だ。

 

 すぐに店長であるアダムスが料理を持って現れ、簡単にコースの説明を済ませるとオルディと共に引き下がった。この部屋は、客が思う存分語らうための場所だ。例え店員といえど、用もないのに居座ることはない。

 

 オルディとアダムスが去り、部屋に残された四人の男は誰とも云わず笑いあった。とりあえず宴を始めようと言う形でそれぞれのコップに酒を注ぎ、そして掲げた。

 

「今日は国の垣根を越え、思う存分羽を休めるとしよう。かんぱい」

「「「かんぱい!」」」

 

 シュバルツの音頭に乗り、四人の言葉が唱和される。

 そしてガイロスとヘリック、国の垣根を越えた男たちの飲み会は賑やかに始まったのである。

 

 

 

***

 

 

 

「カール。お前、自分用のゾイドを持っているが、あれはどうしたんだ?」

 

 店主アダムスの作る絶品料理に舌鼓を打ちつつ、ハーマンが問いかけた。

 

「どうした、とは?」

「いや、俺たち軍属のゾイドは、ほとんど軍から支給されたものだろう? だが、お前はセイバータイガーやアイアンコングを自分の専用機として扱っているじゃないか」

 

 ハーマンの問いかけはもっともだ。普通、軍に属する者は専用機を持つ者は少ない。現に、この場に居るハーマンとオコーネルはそれぞれの戦況に合わせ、軍から支給されたゾイドを使用している。

 例外があるとすれば、それだけ問題のあるゾイドを使用しているか、逆にパイロットとしての腕がエースと呼ばれるものに匹敵、若しくはそれ以上の場合だ。共和国で言えば、シールドライガーDCS-Jを有するレオマスターが挙げられる。

 支給される量産ゾイドを利用するというのにはもちろん理由があり、それは軍事力を落さないために他ならない。

 専用機となれば、それ専用の改装、改修のためのオーダーメイドパーツを必要とする場合がある。また、パイロットとゾイドを限りなく合わせるため、他のゾイドやパイロットではその性能を発揮しきれないといったデメリットが多く存在する。

 どのパイロットがどのゾイドに乗ろうと一定以上の成果を挙げ、またパーツ面でのコストを抑える。軍が専用機を主流としないのには、こういった側面があるのだ。

 名門シュバルツ家の長男とはいえ、シュバルツが専用機を有する理由をハーマンは知りたがった。

 

「別に大した理由ではないさ。私は、私がどの作戦にも適した――どんな戦況であれオールマイティーに対応できるようにしていった結果、今のセイバータイガーやアイアンコングの装備に行きついたのだよ。使い勝手のテストも兼ねて、私の専用機という扱いになっているのさ。上層部にも、私の仕様で量産の目途を立たせるよう進言してある。いずれ、ガイロス軍の標準装備の中に私の仕様が追加されるさ」

 

 それは軍事的に言ってもいいことなのだろうか。横で聞いていたオコーネルはそう心中で思ったが、口にするのは止めておいた。シュバルツは帝国軍の顔ともいえる有能な軍事だ。今の言葉にも、いずれ公開されるから今口にしても問題ないだろうという打算が含まれている。

 

「ふふっ、よく言うな。ガトリング砲が好きだから、ではなかったか?」

 

 そこで、静かにコップの中身を飲んでいたガーデッシュが口を挟んだ。

 

「ガーデッシュ殿」

 

 シュバルツが咎めるようにその名を呼ぶが、当のガーデッシュに口を噤むつもりなど毛頭ない。

 

「ん? なんだ? それは」

「以前、シュバルツとゾイドの武装について語ったことがあってな。ガトリング砲については随分と熱く聞かされたよ」

「その話はよしてくれ!」

「ほぅ、面白いことを訊いたな」

 

 にやりと笑ったハーマンに機嫌を良くし、ガーデッシュはさらに続ける。

 

「それに、こいつはほら、お前たちが妬くほどのイケメンという奴だ。だから、ガイロス軍内部では『ガトリング皇子』なんてあだ名が――」

「ガーデッシュ! 頼むからもうやめてくれ!」

 

 シュバルツが焦った口調で咎め、ガーデッシュは笑いながらシュバルツのコップに酒を注いだ。この流れるような対応は、流石に年季が違う。今日の参加者で一人四十代であることも、貫禄が出ていた。

 

「そういうロブはどうなんだ。色々なゾイドに乗っているらしいが、これはというものはあったのか?」

「これはというゾイドか。それならば、ゴジュラスを置いて他にはないな!」

 

 空になったコップを机に置き、ハーマンはエリンギの天麩羅を掴むと口に放り込んだ。口内に肉厚なエリンギの触感が広がり、カラッと揚がった衣のサクサク感が酒を進める。

 

「カールも見ただろう! マウントオッサでお前たち帝国軍を撃退した俺とゴジュラスを!」

「ああ……あれか」

 

 戦争終結の直前のことだ。共和国最大の砦、マウントオッサ要塞まで迫ったシュバルツの軍は、確実に要塞を落せる戦力を積んでいた。シュバルツ自身も愛機であるアイアンコングSSに乗り込み、万全の体制だった。逆に共和国の命運はまさに風前のともしびだった。

 それをひっくり返したのがハーマンとゴジュラスだ。要塞の目の前まで迫っていたモルガを中心としたシュバルツの軍を、圧倒的な火力で追い返したのである。通常のゴジュラスであればシュバルツにもやりようがあった。だが、ゴジュラスは長射程キャノンを装備したmk-2仕様であり、接近する前に主力部隊を大きく削られることが容易に想像できたそれは、シュバルツに撤退を踏み切らせるのには十分過ぎた。

 

「予想はしていた。だが、長年戦場に現れていなかったゴジュラスだ。焦りは禁物だと理解していたはずだが……やられたよ」

 

 当時の戦い。共和国最強ゾイドの出現に、自身も思わず上ずった声を上げてしまった苦い記憶を思い返し、シュバルツは苦笑いを浮かべながら酒を呷った。

 だが、ハーマンの言いたいことは当時の戦闘の事ではなかった。

 

「そうじゃない! あの時のゴジュラスの力だ!」

「ゴジュラスの力?」

「ああ。あの時の俺は、お前たちを倒すことに躍起になっていたんだがな、後で思い返してみれば、あの経験は俺の価値観を変えてくれたように思う」

「ハーマン少佐……?」

 

 オコーネルの不思議そうな呟きに、ハーマンは笑みを浮かべながら続けた。

 

「ゴルドスでは感じられない力強さ。シールドライガーにはない威圧感。プテラスに乗っていたら分からない重量感。ゴジュラスは、まさにゾイドの中のゾイドだ!」

 

 熱く語るハーマンの顔は、若干赤く染まっていた。早くも酔いが回って来たのか、ハーマンはさらに饒舌になって続ける。

 

「俺は戦争に勝つためにゾイドに乗っていた。その想いは今も変わらん。戦争でなく、へリック共和国の人々の平和を守るために、俺はこれからもゾイドに乗り続ける。だがな、あの日ゴジュラスに乗って、その経験を思い返しながら帝都で再びゴジュラスに乗った。その二回の搭乗で解ったんだ。俺は、ゾイド乗りの本分を忘れていた気がする。ゾイドは兵器だ。だがそれだけじゃない。あの小僧のような考え方だが、やはりゾイドは良いものだと思ったよ。それにだ! ゴジュラスは俺たちの先祖、地球移民が来る前から惑星Zi原住民に神格化されていたほどのゾイドだ。帝都でのデスザウラーも一部では信仰の対象になっているという噂もあったが、ゴジュラスも引けをとらん。ドクターディから聞いたんだが、嘗てはデスザウラーすら歯牙にもかけないゴジュラスの『王』が存在したとか。惑星Ziにとってゴジュラスはそれだけの重要な意味を持つゾイドだ。」

 

 酔いに任せて語ったハーマンの言にシュバルツは興味を覚えた。

 ヘリック共和国にとってゴジュラスが軍事からも民間からも重要視されているというのは知っている。まさに共和国の象徴だ。だが、歴史の面から見ても重要な立ち位置にあったとは初耳だ。惑星Ziの歴史に悠然と輝くゴジュラスたちの『王』という存在。実に興味をそそった。

 言葉を切り、ハーマンは酒で下を湿らす。そして、万感の思いを込めて言い放った。

 

「ゴジュラスこそ、惑星Zi最高のゾイドだ!」

 

 それが、ある種の爆弾であると気付きもせず。

 

 

 

「ゴジュラスが、最高のゾイドか」

 

 静かに耳を傾けていたガーデッシュが、コトリと音を立ててコップを置いた。

 

「訊いた話だ。ゴジュラスは野生の意識が強く、なかなかにパイロットを受け入れてくれん暴れ馬のようなゾイドだと」

 

 静かに、淡々と告げるガーデッシュの言葉は、水面を打った水滴のように、波紋を広げた。

 

「何が言いたい……?」

 

 ハーマン問いかけは、僅かに怒気が含まれている。

 

「そんな暴れ馬のゾイドを、どうして最高のゾイドと言えるのだ? 聞き分けのないゾイドを無理やり従わせるなど、馬に鞭をくれてやるように、乱暴で無粋だ」

「なんだと?」

「それと比べ、アイアンコングはどうだ。気質はおとなしく、どんなゾイド乗りでも非常に乗りやすいと好評だ。戦闘面で見ても、アウトレンジからの戦術ミサイルを有し、接近戦ならば厚い装甲に火力、そしてハンマーナックルで並みのゾイドに後れを取らん」

 

 笑みを深め、ガーデッシュはさらに語る。

 

「大型ゾイドにありがちな速度面の問題も、マニューバスラスターで解決されている。何より彼らは防衛線を好む。民を守るために己を盾に戦うコング。好戦的で、野蛮なゴジュラスとは正反対だ」

「貴様……」

「貴殿の言い分もあるだろうが、私はアイアンコングを押させてもらう。コングこそ、惑星Ziで最も優れたゾイドだ」

 

 言い切ったガーデッシュの表情はどこかすがすがしい。逆に、ハーマンはわなわなと拳を震わせていた。互いに眼は座り、いつちゃぶ台返しが起きてもおかしくない。両者ともかなり酔いが回ってきているのだろう。理性よりも感情が先走り、自制が追いついていない。

 

「いかんな……オコーネル君。ロブを止めてくれるか。私は、ガーデッシュ殿を抑えよう」

「わ、分かりました」

 

 面白そうに展開を見守っていたシュバルツがゆるりと言を洩らし、それに応じてオコーネルがハーマンを宥めにかかる。

 互いに譲らぬゾイド談義は、宥めるのも一苦労だった。

 

 

 

 それから十分。互いが推すゾイドを持ち上げ、それぞれのゾイド愛を認め合わせることでどうにか二人は矛を収めた。小さな溝が出来てしまったが、その程度ならば穴埋めはいくらでもできた。

 

「オコーネル君。ロブは普段もこういったことがあるのか?」

「いえ、自分が確認している中では初めてですよ。ハーマン少佐がここまで熱を入れるのは」

「なるほど。ロブは、随分とゾイド好きなのだな」

「ええ、おそらく、バン・フライハイトの影響かと」

「ああ、あの少年か」

 

 シュバルツの脳裏には一人の少年が浮かんだ。初めて出会ったのは、プロイツェンの思惑に踊らされ、望まぬ戦線の火蓋を切った戦闘。共和国の国境最前線にあるレッドリバー前線基地だ。バンの活躍により、シュバルツは自身の部隊を撤退させる指示を下すことができ、無駄に血を流さずに済んだ。それから帝都での戦い。シュバルツの記憶にも新しい。

 

「それと、自身の不運を嘆いているのか」

「ん? どういうことだ」

 

 ため息を吐くように吐き出されたオコーネルの小声。含みを持たせたそれがシュバルツの耳にこびり付いた。オコーネルは左手を口の横にやり、わざと聞こえるような小声でシュバルツに言う。

 

「いえ、ハーマン少佐なんですがね。あるゾイドとの相性がすこぶる悪いんですよ。これまで何度かそのゾイドに乗って出撃したのですが、撃墜されなかったのは一度きりとか……」

「――オコーネル。お前、何を話してるんだ」

 

 もうほとんど語りきったようなものだが、オコーネルの背後にハーマンが立った。直情的な性格だろうハーマンには珍しい、静かな怒りを灯しているようにも見える。だが、調子に乗ったオコーネルの口は止まらない。酔いが、それに拍車をかけている。

 

「それでいてゴジュラスに乗った時の興奮が忘れられず、すっかりゴジュラスに一目惚れ。そして一向にうまく乗れないそのゾイドのことは藪蛇のように嫌って……」

「オコーネル!」

 

 ハーマンはオコーネルの首に腕を回し、もう片方の手でがっちり押さえるとそのままオコーネルを締め上げた。

 

「お前! 人が気にしていることをべらべらと……!」

「な、なんですか! いつもいつも表面上は平静を装って陰でグチグチ。この機会に開き直ればいいんですよ!」

「うるさい! 共和国研究部もとっととレイノスやサラマンダーの量産を成功させて配備すればいいんだ。貧弱なプテラスなんぞに頼っているから、帝国のレドラーに後れを取ったりしたんだよ! どうせストームソーダーの量産は難しいのが分かってるんだから、嘗ての機体を復権させればいいんだ!」

 

 ハーマンが吐き捨てる言葉から、シュバルツはハーマンが嫌っているゾイドというのをなんとなく理解した。それでも、実際に配備で割り当てられた時は文句の一つも言わずに任務に当たっているのだろう。酒が入っているから、ハーマンもオコーネルも愚痴を吐き出しているのだ。

 

「はっはっは、共和国の上下関係は愉快そうでよいではないか。帝国はギスギスとして空気がマズイ、なぁシュバルツよ」

「ガーデッシュ殿。あまり、そういった発言はいただけませんよ」

「嫌われ者の貧乏くじ引きに言われることではないな」

「それは……引きが悪かったと言いましょうか……」

 

 バツが悪そうに顔をしかめたシュバルツ。それを横目に、ガーデッシュは満足そうに端を取り、近海でとれた新鮮な魚の刺身を醤油につけ、口に放り込んだ。

 

「今宵、貴殿らが参加してくれて、私もホッとしておるのだ。シュバルツは、上官とのいざこざが絶えない性質でな」

「ガーデッシュ殿!」

 

 感慨深げに天井を仰ぐガーデッシュ。その眼尻には、若干涙が浮かんでいるようにも見えた。

 

「ハーマン殿、オコーネル殿。貴殿らは、少佐と大尉であったな」

「む、そうだが……それがいかがしたのだ?」

 

 突然階級の話で、それが前の話とどうつながるのか分からず、ハーマンは疑問気に続きを促した。

 

「シュバルツはなぁ。まだ三十にも満たぬ年の癖して中佐だ。士官としてはこれ以上ないほど優秀なのだが、名家の跡取りであり出世街道を猛進。これが、どういうことか、軍属の貴殿らならば分かるであろう?」

「……なるほど」

 

 シュバルツは今年で二十八歳だ。普通、一般的な士官は三十代から四十代でやっと佐官クラス。戦時下だったこともあり、昇進の機会は多かったように思えるが、実際は停戦条約が存在していた。昇進まで話が持ち上がるような大規模な戦闘は少なく、若くして佐官まで上り詰めることが可能な者は数が限られる。

 そんな中で、シュバルツは二十代という若さでありながら中佐まで上り詰めた。その上、家系は長年ガイロス帝国に尽くしてきた名門シュバルツ家。ついでに、シュバルツ自身ガイロス軍内でも少ない美形のイケメン。

 

「苦労したなぁカール。お前の心情、俺にはよく分かるぞ」

「ロブ……なんだその同情めいた目は。それからガーデッシュ殿! 余計なことを言わんでください!」

「はっはっは、ついつい話したくなってな。ハーマン殿、オコーネル殿。今後も、こいつの愚痴り相手になっていただきたい」

「承知した」

「ハーマン少佐も似たようなものですから、私もお付き合いしますよ」

「ロブ! オコーネル!」

 

 シュバルツが声を荒げ、三人が笑いながら酒を呷る。尽きぬ話題にうまい酒、そして居酒屋アダム名物の揚げ物を始めとした肴が拍車をかけ、愉快な笑い声はいつまでも続く。やがて、話題は男ばかりが集まったこの時だからこそのそれに移っていく。

 その話題を最初に切りだしたのは、顔を真っ赤に染め、すっかり酔いが回っただろうガーデッシュだった。

 

「ところで、ハーマン殿とオコーネル殿は、良い女性(ひと)はいないのか?」

「「ぶふぉ!!!?」」

 

 唐突な話題振り。しかも、その内容が内容だけに、問われた二人は思わず酒を噴きだした。折よく店長であるアダムスがつまみの追加で枝豆を持ってきていたこともあり、慣れた手つきでおしぼりを差し出した。

 

「し、失礼。ガーデッシュ殿、いきなり何を」

 

 机の上に垂れたアルコールを拭き取り、ハーマンは呼吸を整えながら訊き返す。

 

「いやなに、ハーマン殿は今年で二十九、オコーネル殿は二十七でしたな。そのくらいでしたら、そろそろ所帯を持ってもいい頃合いかと思いましてな」

 

 にこやかに笑い、ガーデッシュは追加された枝豆を片手で持ち、その腹を指で押さえて枝豆を噴きださせる。元気よく飛び出した枝豆は、陽気な調子のガーデッシュに従う様に口に飛び込んでいく。

 

「そ、それは……ガーデッシュ殿はどうなんだ! あなたは確か四十五でしょう!?」

「今年で娘が十二、息子は十になる」

 

 にこやかな笑顔で答えるガーデッシュ。その満面の笑みは、この日一番の最高の笑顔であった。

 

「昔は一緒に風呂にも入っていたのですがな、数年前から娘が嫌がるようになり、感化されてか息子も離れていく。寂しいものだが、子の成長を感じられるのはやはり親の特権というものですなぁ。はっはっは」

 

 それを横目で見つつ、シュバルツはガーデッシュの新たな一面を見た気がする。彼が結婚し、子を儲けていることは当然知っていた。だが仕事場――兵士としての彼は、実直な部隊の長という印象が強い。家庭の話など、これまで一度も口にしなかったほどだ。

 そう言えば、以前から飲みに誘われることはあったが、これほど陽気な酔い方をしているガーデッシュを見るのは初めてだ。

 

「この間、久しぶりに帰ったら妙に懐かしく思いましてなぁ。妻や子に泣きつかれ……しかし、帰ってこれてよかったと心底思ったものです」

 

 ガーデッシュは任務で暗黒大陸に向かい、九死に一生を得た。しばしの間は連絡もつかず、残された家族の心労は計り知れない。そして、それはガーデッシュも同じだろう。任務中に家庭の話題を出さない彼だが、心中はどこまで追いつめられていたことか。

 

「待ってくれる者が、守る家族がいるのは、大変だが、良いものだ。貴殿らも、そういった者たちを早いとこえるに越したことはない」

 

 ガーデッシュの言葉には、親だからこその幸せと、それを納得させるだけの力があった。

 

「ですが、我々は兵士です。守るものは自国の民であり、それだけでも十分な重みでしょう」

「ふむ、オコーネル殿の言うことも一理ありますな。我ら兵士の本分は敵を倒すことにあらず。属する国の民を守る事こそ、我らが兵士として戦う意味でしょう。それもまたよし」

「いえ、ハーマン少佐の受け売りです。レッドリバー戦線でおっしゃられていましたから。あの絶望的な戦況の中『我らが踏ん張らねば、せっかく復興した共和国も終わりだ』と。少佐の国と国民を思う気持ちが強く感じられましたよ」

「おいおい、やめてくれ」

 

 目の前で賞賛の言葉を並べられ、ハーマンは気恥ずかしさを隠すためにさらに酒を呷った。吸収されていくアルコールが意識に薄幕を張り、ぼんやりとしたいい気分にしてくれる。ああ、気持ちよく酔えているじゃないか。そう、ハーマンは己の意識の幻想を自覚した。

 

「――まぁ、少佐にも良い女性(ひと)はいるみたいですが?」

 

 幻想は、あっさり砕け散った。

 

「――んぐっ!!!? ごほっ、がはっ、ごほごほほっ……」

 

 ハーマンは勢い良くせき込み、シュバルツがコップに水を注ぐと素早くそれをひったくる。豪快に呷り大きく息を、それと同時に酔った感覚も吐き出し、唐突に爆弾を投げ放った部下を見た。

 オコーネルは、にやにやと笑みを浮かべていた。顔はこれ以上ないほど真っ赤で、目は上司に向けてはならないほどに据わっている。

 マズイ。ハーマンの直感がそう叫ぶが、オコーネルは止まる気がしない。

 

「ですよねぇ、ハーマン少佐」

「オコーネル! お前、水飲め! そして酒を全部吐き出して来い!」

「まぁ待てロブ。お前こそ落ち着け」

 

 ゆるりと助け船を差し出すシュバルツにハーマンは少し安堵を感じた。よかった、ガイロスの若き中佐殿はまだ冷静だった、と。ハーマンは、今日ほどのシュバルツが味方になってよかったと思ったことはない。

 

「さて、オコーネル君。続けてくれたまえ」

 

 味方なんていなかった。

 

「カール!」

 

 泣きたい気持ちで叫ぶハーマン。周りを見ると、なぜか当たり前のように居座っている店長のアダムス。開けっ放しの障子の影に隠れるようにして聞き耳を立てる女将のオルディ。そして、そもそも焚き付けた張本人であり止める気など毛頭ないガーデッシュ。

 ここは、敵陣のど真ん中である。

 

「あの人は、確か少佐の幼なじみと聞きましたが……どうなんですか?」

「そ、それは……あいつは喧しいだけだ。毎度毎度、俺に無茶をするなだのなんだのと……」

「ほぅ、幼なじみか。なかなか、興味をそそられる単語だな、ロブ」

「理想の恋の一つの形ですな。まさか、これほど身近にそのような種が転がっていようとは」

 

 慌てて弁明を図るが、どうやら逆効果だったらしい。オコーネルは口を止める様子がなく、シュバルツとガーデッシュは面白い種を見つけたと言わんばかりに笑みを深めた。

 

「先日なんて、あの人が少佐の元に押しかけ――」

「だぁーっ! もうやめろオコーネル!」

 

 我慢できなくなったハーマンはオコーネルの口を押え、力技で封じにかかる。それを面白げに見守る者たちは、やはり味方ではない。このままではあることない事、根掘り葉掘り引き抜かれてしまいそうだ。そう確信したハーマンは、一瞬でも味方と思った裏切り者に矛先を向けることにする。

 

「お、俺の話はもういいだろ! それよりだ! カールはどうなんだ!」

 

 怒号と共に吐きつけた言葉は、得意げに笑っていたシュバルツの表情を――一瞬だが――ピシリと固まらせる。しかし、シュバルツは表情の硬直を微塵も察知させず、動揺の様をおくびにも出さず口を開いた。

 

「別に、私はそんな浮ついた話など……」

「そんなわけあるか! 先ほどガーデッシュ殿が言ったではないか! お前は……言いたかないがイケメンなんだろう!? だったら、そう言った話題の一つがあってもおかしくない!」

 

 半ば確信だった。しかし、シュバルツは日ごろガイロス帝国内でそう言った妬みを受けているからか、こういったことの対処も心得ているらしい。シュバルツは涼しい顔で「フッ」と得意げに笑みを浮かべた。

 

「仕事の上で食事に行ったことは何度かあるが、どれもこれも、根も葉もない噂に過ぎんよ。いつもいつも、そうやって噛みついて来るものが多くて――」

「そういえばシュバルツ殿。ハルトリーゲル家の彼女はどうなのだ?」

 

 だが、今日は居合わせたものが悪かったらしい。

 

「ぐっ……」

 

 優雅に酒を口に含んだ瞬間、シュバルツは喉を詰まらせ、手で口元を覆った。その動揺した姿が、ハーマンに反撃の機会を与えた。

 

「居るんだな! やはり居るんだな! そうだな!」

「ごほっ、いや、そんなことは……」

「ハルトリーゲル家は、シュバルツ家に並ぶガイロス軍の名門一族だ。家同士の仲も良く、シュバルツ殿は、確か軍学校の後輩だったと?」

「ガ、ガーデッシュ殿……!」

 

 必死に弁明しようとするシュバルツだが、ガーデッシュに先手を打たれた。投げられた火の手は油に落ち、あっという間に広がっていく。

 

「貴様、俺にあれだけ言っておいて……お前も十分俗に塗れているじゃないか!」

「い、いやそれは――」

「ハルトリーゲル家の彼女は、確かガイガロスでの戦いで重傷を負っていたな。私の妻は軍の病院の看護婦長なのだが、見舞いに来るシュバルツの姿を何度も見たと……」

「ガーデッシュ!」

 

 敬語で話すことも忘れ、シュバルツは非常に珍しいほどに怒鳴った。若干目元に涙を浮かべているのは、咳が止まらないからだろう。水を注ごうと水差しを持つが、すでに中身はハーマンが飲み干していて空だった。それ以前に、咳き込むと同時に震える手では水差しが震え、溢してしまうだろう。

 

「おや、水が切れたか。アダムス、水を頼む」

「少々お待ちください」

 

 顔をニヤつかせながら話を聞き入っていた店長アダムスがやっと立ち上がった。柱に手をかけながら部屋を辞する。

 

「おっとそれから」

 

 店内靴を履き直したところで、アダムスは何かを思い出したように人差し指を立てた。振り返った時に覗いたその表情は、悪戯を閃いたガキ大将の目つき。

 

「客との雑談で話すいいネタが見つかったよ。ご提供、感謝いたします」

「気にするな」

 

 気概なくガーデッシュが答える。だが、肝心の話題提供者は、当然ながらそんな言葉を吐けるはずもなく、

 

「「ふざけるな!!!!」」

 

 二人の絶叫が、店内を揺らしたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 アダムスが持ってきた水で頭を冷やし、先ほどまでの喧騒はだいぶ薄れた。肴はほとんど食べ尽くされ、かといって追加を頼むにはもう遅い。

 

「さて、ではそろそろ真面目な話をするとしようか」

 

 完全に冷静さを取り戻したシュバルツが告げると、ハーマンとガーデッシュの目の色が変わった。僅かに漂わせていた眠気と酒気はどこかへと吹き飛んだ。

 

「……うぅん」

 

 オコーネルを除いて。

 

「おい、オコーネル」

「いや、彼には伝えなくてもよかろう。我々三人だけで、把握しておきたい」

 

 オコーネルを起こそうとしたハーマンをシュバルツがやんわりと制した。すっかり酔いが回ってしまったオコーネルを寝かせ、三人は机を介して向き合う。

 

「話というのは他でもない。最近、常に話題に上がるだろう『連中』のことだ」

 

 含みを持たせたシュバルツの言葉。それは、ハーマンとガーデッシュの思考にある者たちを浮かび上がらせた。

 

「ガーデッシュ殿は、此度の暗黒大陸での事件で直接会っているとか。それから、ハーマン少佐も関係者と顔を会わせていることだろう」

「シュバルツ中佐。それはこちらの極秘情報だろう。どこから仕入れたのだ?」

「深くは語れん。ガイロスの機密にかかわるのでな」

 

 ハーマンの視線に険が混ざる。

 

「和平の条約が結ばれたとはいえ、私がヘリック共和国に全幅の信頼を置くことはありえない。それは、ハーマン少佐も同じだろう」

「…………」

「だが、私はあの戦いを通して、ロブ・ハーマンは信頼に値すると確信を持った。だからこそ、今日この場に招いたのだ」

「……何が言いたい」

 

 直接は告げないシュバルツの態度に、ハーマンの疑惑はさらに募る。だが、それを露わにしたところでこの話題は進まない。仕方なく、ハーマンは一定の警戒を残しながら続きを促した。

 

「では……ハーマン少佐は、連中のことをどう思っている?」

「……奴らの目的は亡国の再誕。それは、ルイーズ大統領とルドルフ陛下の前で、あの男が白状した。それに、嘘偽りはないと思う」

「それは私も同意見だ。そうか。お互い、あの会談の場に出席していたのだったな」

 

 二人の口から出た会談とは、ガイガロスでの戴冠式の後、ガイロス帝国とへリック共和国の首脳会談の話だ。あの場には両国の主要な者たちに加え、もう一つ別の団体が参加していた。話題に上がったのは、その者たちである。

 

「疑惑はない。私はそう思っていた。だが、ガーデッシュ殿から気になる話を訊いてな」

 

 そう言って、シュバルツは目線をもう一人の人物に向ける。

 ガーデッシュはじっとハーマンを見据え、見定めるようだった。やがて、小さく息を吐き出すと、言葉を紡ぐ。

 

「暗黒大陸調査の際、私は彼らに救われた。感謝している。そして、彼らを疑うような真似は心苦しい。だが、無視できぬことが一つだけあった」

 

 ガーデッシュは記憶を手繰るように目を瞑る。そして、短い黙考の末、一気に吐き出した。

 

「レイヴンだ」

 

 シュバルツの目元が微かに動き、ハーマンが息を飲む。

 

「共和国にも噂程度は流れていたのではないか。あの戦いの場で、レイヴンらしき人物と、黒いオーガノイドを見たと」

 

 ほぼ確信しているだろうガーデッシュの眼差しを受け、ハーマンはしばし迷う。

 実際、その話は事実だ。共和国の中でレイヴンの顔まで知っている者は限られるが、特徴の一つである『黒いオーガノイド』の目撃情報は多く寄せられている。

 ガイロス帝国は嘗てレイヴンが属していた場であり、顔を知っている人物も多いだろう。その主要な人物である二人は、ほぼ確信していると言っていい。そして、今日の飲み会の真の目的は、これについての情報交換だったのだ。

 

「……共和国では、一部の人間のみが知る重要機密だ。一般の兵には知られていない」

()にも、か?」

「ああ、少し探りを入れたが、あいつはあの場に居てレイヴンと顔を会わせていないようだ。もし会っていたら、宿()()()()()()が見逃すはずがない」

「なるほど。やはり彼は、そして彼を従える連中は、相当なやり手だ」

 

 苦笑しつつシュバルツは水で口を湿らせる。

 

「レイヴンについてだが、ガイロス帝国軍の上層部が直接問いただしたらしい」

「ほぅ。それで、あの男はどう答えた?」

「素直に白状したそうだ。ただ、レイヴンは『解離性同一性障害』を患い、その後あることをきっかけに廃人と化した、と」

「事実か?」

「いや、直接顔を会わせることは叶わなかったそうだ。だが、我々の諜報員の一人が実際に彼を見つけたそうだ。どうやら、最近できた傭兵団が匿っているらしい。連中の深淵に潜んでいるだろう、彼の下だ」

 

 シュバルツが話す一言一言を、ハーマンは一つ残さず脳味噌に刻み込んだ。

 彼らの言う通りレイヴンが廃人同然ならば、警戒する必要はないだろう。だが、危険人物である彼がもし再び覚醒したら、今の平和を乱す最大の敵となりうる。

 

「もう一つ」

 

 ハーマンが思考を整理しているその時、ガーデッシュが口を開いた。

 

「彼らは、ジェノザウラーを所有している。これがどういう事か、分かるな」

「ジェノザウラー……」

 

 暗黒大陸へ向かう決め手となったゾイド。帝国はこのゾイドの危険性を熟知しているからこそ、話題に上がる『彼ら』に実態の解明を依頼したのである。そして、ジェノザウラーは特異な出自を持つことから、とある予測を成り立たせた。

 

「暗黒大陸に現れたPKのジェノザウラーは、『連中』がもたらした。つまり……まさかPKの裏で糸を引いていたのは『連中』である、と?」

「確証はない。それに、それで『連中』にメリットが存在したのか謎だ。『連中』にとってPKが邪魔な存在で、それを始末するならジェノザウラーを与える理由がない。だからこそ、私は何か見落としをしていると思ってならない。蜥蜴の尻尾切りだとしても、それにしては連中の犠牲が多すぎる。解せないことが多いな」

「帝国と共和国が既知していない見落とし、か」

「連中だけが知っていること。連中が口を割らない隠された存在。なにやら、きな臭いものを感じないか? ハーマン少佐」

「確かにな」

 

 話題の中心にある『連中』は、ハーマンとシュバルツにとって得体のしれない存在だ。ガイロス帝国とヘリック共和国の戦争を裏から見守ってきた彼ら。裏から操ってきた男(ギュンター・プロイツェン)を打倒するために、自らも裏側に潜んできた影の部隊。その真意は、本当に亡国再誕だけなのだろうか。何か、まだ他に思惑があるのではないか。それとも、まだ彼らは裏側で戦いを続けているのだろうか。戦争が終結した、平和なはずの惑星Ziで……。

 

「一つ、よろしいか」

 

 思考の海に沈んだ二人を、ガーデッシュの言葉が拾い上げる。二人の視線が向いたのを確認し、ガーデッシュはゆっくりと口を開いた。

 

「これから話すことは、私の私情が挟んでいる。ここまで憶測と噂で述べて来たが……、私には、彼らがこの平和を乱す輩であるとは思えんのだ」

 

 ガーデッシュは両者の瞳の奥を見据え、己の魂を籠めるような口調で話す。

 

「彼らは、まだ何かを隠している。だが、それは彼らが目指す亡国再誕のため。このエウロペの大地で、よりよい世界を作るためなのだ。彼らが腹の底に据えている土台となる『信念』だけは、見間違わないでほしい。彼らの姿を直に見た私だからこそ、言わせてくれ」

 

 頼む。

 そう言って、ガーデッシュは頭を下げた。直に見たからこそ、彼らの信念を目の当たりにしたからこそ、縁もゆかりもなかった相手のために、ガーデッシュは頭を下げたのだ。

 

「まぁ、警戒するに越したことはないが、信頼がゼロってわけじゃないからな」

「今日の会は、情報共有のためのものだ。彼らを疑い、貶めようと考える者は、この場にはいないさ」

 

 ハーマンが苦笑しながら呟き、シュバルツは「この場には、な」と含みを持たせる言葉を吐きつつ、しかしその表情に嘘はないと思わせた。

 

「さて、気難しい話はここまでとしよう。我々の意志が確認できれば十分だ。そうだろう?」

「そうだな。……飲み直すか?」

「うむ、そうしよう」

「ああ、気分がそがれてしまった。ロブ、オコーネルを起こせ。話を訊かなかった罰に一発芸をやらせようじゃないか」

「それはいい! おいオコーネル、起きろ!」

「ふわ……なんですか、ハーマン大尉」

「俺はもう少佐だ!」

「ん? ロブはつい最近まで大尉だったのか。ガーデッシュ殿と同じだな」

「ほう、私と同じか。よし、共和国の大尉殿の苦労話でも訊こうではないか」

「少佐だ!」

 

 再び始まった賑やかな酒宴は、結局閉店間近まで続く。

 どこでも見られるような男たちの酒宴。しかし、今だからこそ見られるものである。

 

 なぜなら、彼らは嘗ていがみ合い、戦い合った、戦争で出会った仲なのだから。

 

 平和な世の中になったからこそ飲み明かせる幸せを甘受し、これからもこの平和を守ってみせると誓い、彼らは飲み明かすのだった。

 




 いかがだったでしょうか。
 やたらとメタな、現実のファンの間で飛び交うネタも盛り込んだ、かなりはっちゃけた内容になってしまいましたが。また、僅かほどですが頂いたオリキャラのネタも使用させていただきました。本人はいませんが、存在は明記させましたよ。

 それでは

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