ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 2月です。2月といえば、バレンタインですよね。つまり、恋の時期です。

 ってわけで、今回はコイバナって感じの話にしました。正確には、初恋ですかね。恋愛経験ナシの私が書くんで、大したことはありませんが。
 で、主役は誰か。それは、読んでからのお楽しみということで。

 ではどうぞ。
 


幕間その4:野蛮に恋する 前編

 今日、士官学校に新しい生徒が入ってきました。定期入学じゃなくて、半端な時期に入ってきたすごく有名な人。

 相棒の銀色のオーガノイドを連れて、たくさんの視線に晒されて緊張気味だった彼は、ちょっと慌てながら挨拶しました。

 みんな、どんな人なのか興味深々です。だって、みんな彼よりも、私よりもずっと年上。年下の、だけど英雄なんて噂が飛び交う彼に向ける気持ちは、期待と警戒。

 

 だけど、私は違いました。挨拶をして、頭を下げた彼が姿勢を正した時、偶然だけど目があったと思うんです。その顔を見た瞬間、その炎を宿したような瞳で射抜かれた瞬間、私は反射的に気付いたんです。

 心臓が飛び跳ねて、一気に脈拍が上がる感覚。熱を持ち、ドキドキが止まらない。胸に灯ったこの気持ちは……一目惚れ? ううん、

 

 これが、初恋なんだなって。

 

 

 

 ヘリック共和国士官学校のある生徒の日記、より

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

「……奇襲というのは、戦闘に置いて極めて重要な戦法だ。敵の出鼻を挫き戦の主導権を握る。互いに互いの位置がつかめていない状況下では、いち早く敵の陣を見つけ出し陣形を乱す。戦の終局までを見切り、敵側の思考を奪い去れるかが重要となる。今回君たちに予習してきてもらった戦闘記録を見てくれ。結果は、我が軍が辛くも勝利を飾った。だが、儂は敗北であったと言いたい。この戦いでのゼネバス軍の作戦は、非常に良くできた奇襲であった」

 

 しんと静まり返った室内に、老齢の男の言葉が良く響く。ペンを走らせる細やかな音がアクセントとなり、ページをめくる乾いた音がそれを一層際立たせた。

 

「この戦いで、ゼネバスの部隊は所有しているイグアンの背中に鹵獲したプテラスの翼を装備させた。皆も知っての通り、イグアンは我が軍のゴドスを徹底的に解析された結果、対抗機種として生み出されたゾイドだ。故に、その基本設計から容姿までかなり酷似している。加えて、プテラスの足に使用されているパーツは費用削減のためにゴドスのものが流用されていた。つまり、ゴドスとプテラスは、コアは違うものの基本設計はかなり近い。この特性を活かすことで、ゼネバス軍はイグアンをプテラスと誤認させたのだ」

 

 老齢の男が話し終えると、着席する若者たちの中から一筋の腕がすっと挙げられた。老齢の男が合図すると、その若者は立ち上がって話し始める。

 

「あの、いくら見た目が酷似していると言っても、ゴドスとイグアンでは装備やカラーに違いがあります。コックピットの形状も大きく違うのに、見間違えるものでしょうか?」

 

 若者の質問に、老齢の男は満足そうに頷いた。

 

「良い質問だ。確かに、この二機を見間違う筈がないと思うだろう。だが、戦況を見てみるといい。我が軍はこの時プテラスの援軍を待っていたのだ。そこに現れたプテラスに酷似したイグアン。それも夜間だ。遠目に間違えたとしておかしくはない。これは一杯喰わされたと言うべきだろう。鹵獲した機体をそのまま使うのではなく、あえて自軍のゾイドを改装する。敵の目を欺くと同時に、自軍に敵と誤認させず、また自軍の士気を向上させもした。奇襲作戦として、模範の一つであると儂は思う」

 

 老齢の男の答えに若者は納得し「分かりました」と一言告げて着席する。男はザッと視線を巡らせ、他に質問がないか確認する。しばし時間を置き、質問がないと確信すると、次の項目について話すべく口を開き、

 

「……んがっ、くぁぁ……」

 

 なんとも気持ちよさそうないびきが、室内に響いた。

 

「…………」

 

 外された男の視線が再び室内を総舐めにする。天井から室内を俯瞰するように眼光が駆け巡り、やがて一つの机を注視する。男はゆっくりと歩を進め、ある少年の傍に立った。

 それを少年の後ろの席で見ていた彼女は、この後の展開を想像しどうしたものかと心中で慌てる。

 

「……んがぁ……」

 

 男が立ってもまだ、少年は目を覚まさない。周りの若者たちが恐々と見守る中、男はゆっくりと手に持っていた分厚い本を高々と掲げ、

 

「んがっ!!」

 

 その背表紙を、少年の頭に叩きつけた。

 

「いてて……あれ、えっと……って、おっさん!?」

「良い夢を見ていたようだな、バン。寝覚めはどうだ?」

 

 口端を持ち上げるのは先ほどまで教鞭をとっていた本日の臨時教師。共和国きっての戦術家、クルーガーだ。

 

「今日は儂の戦術論を教えてやろうと言うのに、お前さんはのんきに昼寝か?」

「あ、いや……だってよぉ、昨日教科書読んでたらすっかり眠くなっちまって……。だけど、読んでこねぇとおっさん怒るし――いでっ!」

「軍学校に入ったらおっさんではない、クルーガー大佐と呼べ! 口の聞き方がなっとらんぞ!」

「二度も叩くなよ! しかも角で殴っただろ! すっげぇ痛いんだぜ!」

「ならば居眠りなどせず、しっかり聞いておけ!」

 

 言い訳を始めるバンに苦言を洩らすクルーガー。今日何度目か、数えることも諦められたそのやり取りに、他の若き共和国兵士の雛は諦めのため息を溢す。ただ、背後に座る彼女だけはそわそわと忙しなく様子を見守った。

 

「バン。今日教えた戦術に対し、お前の感想と対策を用紙五枚に書き連ねて持ってこい」

「はぁ!? 何でそんなに……」

「しっかり聞いておけば、二時間で済む内容だ。一分一秒でも遅れたら、明日のトレーニングのメニューを血反吐吐くほどのものに変更するよう伝えておく」

「ちょ、ちょっと待てよ! そんなの訊いてな――」

「おっと、もうこんな時間か。今日は終わりだ。全員、今日の戦術について用紙一枚にまとめて持ってくるように」

「おい、俺のと量がちが――」

 

 バンの反論は訊きいれられることなく、クルーガーは教室を後にした。他の者たちも荷物を片付け、ぞろぞろと教室を離れていく。閑散とした室内に、昼食を告げるチャイムが空しく響いた。

 チャイムの音に紛れてバンの背後の席に着いていた彼女は――リーリエ・クルーガーは小さく、気付かれないように息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 数週間前。

 リーリエはとある喫茶店に一人で座っていた。待ち合わせ場所は間違っていないから仕方ないが、喫茶店に一人というのは内気なリーリエにとってなかなかに苦痛である。

 早く、早く来ないかな。そんな意識が深層から漏れだし、リーリエはそわそわと辺りを見渡した。

 ちらりと外を見ると、ぱたぱたと駆け足でやってくる一人の女性の姿が見えた。髪はウェーヴのかかった明るい栗色。水色のチューブトップにホットパンツと言った、なかなかに露出度の高い服装である。とてもではないが、リーリエにはあのような奇抜な格好は出来ない。ちなみに、リーリエ自身は訓練生の制服である。

 

「おっ待たせ~、ごめんね~待たせちゃって」

「い、いえ、お久しぶりです。ブルーガー先輩」

「そんなに畏まらなくてもいいじゃない。後々、あたしは階級では下になるんだから」

「す、すみません」

 

 恐縮するリーリエをよそに、ブルーガーはレモンティーを注文するとリーリエの対面の席に座った。

 

「あ、そうだ! ハンマーヘッドの開発成功、おめでとうございます」

「あーそれね。皆に言われるわ。でも今度からはテストパイロットじゃなくて正式に海軍所属よ。平和になったからいいけどさー、また争いとか嫌よ。戦争に駆り出されたくないからテストパイロットになったのに」

 

 そう言ってブルーガーは背もたれに身体を預け、大きく伸びをした。布面積の少ない格好の上、無防備なポーズをとられれば否が応でもそのスタイルの良さが強調される。身長がそれなりにあり、良く引き締まった体格。そして出るところは出て、締まるところは締まったプロポーション。同性のリーリエとしては羨ましいことこの上ない。

 不躾な視線を見抜かれたのだろうか、ブルーガーが意地悪く笑みを浮かべる。

 

「大丈夫よ。リーリエにはリーリエの魅力があるじゃない」

「なんですか、それ……?」

「ロリ巨乳メガネっていう素敵なアピールポイントが……」

「こ、こここ、こんな真昼間にこんな場所で何言いだすんですかぁ!!!?」

 

 その瞬間、リーリエが感じ取った悪寒は気のせいではない。先ほどまで無関心を装っていた周囲の空気が、一斉にこちらに向いた。

 

「ま、挨拶はこの辺にして……」

「今ののどこが挨拶なんですか!?」

 

 恨めしそうに半眼で睨むリーリエを余所に、ブルーガーは届けられたレモンティーのストローを咥え、美味しさを表現するように表情を綻ばせた。リーリエもひとまずミルクティーを口にし、心を落ち着かせる。

 

「それじゃ、リーリエのデート大作戦についてだけど――」

「もう少し声を潜めてください!」

 

 落ち着けるわけがなかった。

 

「も~リーリエが騒ぐから注目の的よ。あたしたち」

「うぅ~私の所為なんですか?」

「そうよ」

 

 悪びれる様子もなく、ブルーガーはさも当然と言いたげに頷いた。

 

「さて、それじゃさっそくだけど……お相手の、バン・フライハイトくんについて、あたしなりに調べて来たわ」

 

 そう言ってリーリエは封筒を差し出した。促されるまま、中身に目を通すと、A4用紙三枚にバンの出身から誕生日と言った個人情報。そして、軍学校に入るまでの戦績などと言った事細かな情報が記されていた。

 リーリエは「軍をやめて探偵でもやっていけるのでは?」と思ったが、口に出すのは止めておく。芽生えた恋路についての悩みを打ち明けたのはリーリエの方であり、その成果にケチをつけるのは悪い気がするのだ。

 

「あたしの所感なんだけど、このタイプの子は積極的にアタックあるのみよ」

「そうなんですか?」

「そう! 彼は恋愛とかまったく考えてない朴念仁だから、こっちからアピールして気を引くしかないのよ!」

「えぇ~でもぉ……」

 

 そう言われるが、積極的という言葉ほどリーリエに似合わない物はない。見るからに内気で、自分の意見を押し出すと言う行動が似合わないリーリエは、自分自身で思い知るほどにそういった事柄に飢えているのだ。はっきり言って、全力で避けたい。

 だが、

 

「そのための助っ人も連れて来たのよ」

 

 そう言ってブルーガーは窓の外を示す。そこには、もう一人リーリエの知り合いである女性が居た。黒い短髪がさっぱりとした印象を与え、服装も長袖長ズボンとどこか落ち着いた印象を与える。

 

「ブリジット先輩? それから……」

 

 現れた女性は共和国空軍所属、マミ・ブリジットだ。

 そして、彼女は細腕で二人の男を引き摺っていた。その二人も見覚えがある。彼等は――良くも悪くも――共和国軍内では認知されやすい人物だ。

 一人は前髪だけ金髪に染めた――本人曰く気に入っているらしい――苦労性っぽい印象の男、トミー・パリス。もう一人は、共和国に七人しかいないレオマスターの一人。その中でも最も若いレイ・グレック。

 

「え、えぇえ!? パリス中尉にグレック少尉!?」

「バンと知り合いらしいから連れて来たのよ。これでいい? ブルーガー」

「ええ、ばっちり!」

 

 片目を閉じてブリジットに合図をするブルーガー。そして、ブリジットは乱暴に二人の男を腕の力で投げ、強引に椅子に座らせた。

 

「なぁオイ、どういうことだよコレ」

「ブルーガー軍曹、ブリジット少尉。いったいどうして俺たちが連れてこられたんです?」

 

 混乱している様子から見るに、二人は事情の説明もなしに連れてこられたらしい。

 そして、当事者であるリーリエを余所にブルーガーがパリスとレイに説明を始める。その説明を聞き、パリスは分かりやすいほどに興味深げな表情を見せた。対照的に、レイは何か苦虫を噛み潰すような表情だ。

 

「よぉーし話は分かった。このトミー・パリスが君の恋路を応援しようじゃないか」

「さっすが、トミー君は話しが早いわ」

「当然」

 

 あっという間に意気投合するパリスとブルーガー。この二人は知り合いであり、お互いの性格は大体熟知しているのだ。

 

「なぁトミー。でもバンは……」

 

 レイが遠慮がちに口火を切ると、パリスが素早くその肩に手を回す。そして、何事か囁くと、レイはバツが悪そうに口を閉じた。

 

「それで、彼はあんまり外に出るような人じゃないから、リーリエが外に連れ出してあげればいいのよ。買い物~とかいって理由付ければいいわ」

「荷物持ちか。バンも苦労するな」

「あ、トミー君。この後いろいろ買うから付き合って」

「俺もかよ……」

 

 そんな調子で、話し合いは一時間ほど続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 講義が終わった後、リーリエが食堂に顔を出すと、目的の人物は呻きながら席に着いたところだった。

 

「くっそー、クルーガーのおっさんめ、何で俺ばっかり宿題が多いんだよ」

 

 へリック共和国軍学校。その食堂で、バンは愚痴を吐きながら昼食のうどんを啜る。

 

「グゥオ?」

「ああ、悪いなジーク。最近ほったらかしで。授業のゾイド戦じゃ、お前もライガーも使っちゃダメだもんなぁ」

 

 隣で首をかしげるジークの頭を軽く撫でる。ジークはさして気にしてない風に外を眺めた。

 軍学校の食堂は、第一印象と違って開放的だ。石造りの建物から不安はあったが、大きく作られた窓から日光がまんべんなく取り入れられ、また多くの訓練生を養うために机も多い。訓練生だけでなく、学校に勤めている教導官、並びに職員も利用するためだ。そして、それだけの人数が使用することの反動か、席はすぐに埋まってしまう。

 だが、バンの周りは不自然に人がいない。そもそも、バン自体が軍学校内では浮いていた。

 それも当然だろう。半端な時期に入ってきた少年。ガイガロスでの戦いで大変な功績を生み、幻と言われたオーガノイドを連れている。その上、乗機は共和国での量産が成功するまで専用機(オンリーワン)だったブレードライガー。何もかもが違い、皆が警戒するのも無理のない話である。

 

 まるで特待生のような扱い。当然ながら、ゾイド乗りとしての腕前は入学当初から抜きんでている……かに思われていた。

 

 実際は違った。

 バンはこれまでジークのフォローの下でブレードライガーに乗っていた。いくつもの修羅場を抜けたことで、ジーク無しでもいくらか操縦することは出来たが、もう一つの問題が生じていた。

 ブレードライガーという機体そのものである。

 量産が成功し、その機体性能――OSのあるなし問わず――が明らかになると、その特異性は如実に表れた。格闘戦に特化した基本設計。射撃兵装はショックカノンとブレード基部のパルスレーザーガンのみで、単純な砲撃戦ではシールドライガーに武装の量で劣る。シールドライガーよりもさらに増した機動性はそのまま高速ゾイドの扱いにくさという問題に直結し、バンを大いに苦しめた。それは傍から見ても明確だった。

 

 そして、そのギャップは周りの訓練生――リーリエ含む同じクラスの者たちにとっても同じだった。終戦に貢献した英雄。そんな噂が飛び交う中に入学していたバンは、良くも悪くも注目されていた。

 だが、実際はゾイド乗りとしての腕前は軍学校で鍛えられている彼らの中の上くらい。機転を利かせた戦闘そのものは目を見張るものがあったが、軍隊の中での戦術的な動きとなるとボロが目立たないはずがない。座学はとことんダメで、戦術論の授業では居眠りの常習犯。

 

 つまるところ、期待外れもいいとこであったのだ。

 突出した腕前だった場合、それはそれでバンを孤立させる要因になったかもしれない。だが、期待外れ――とまではいかないが――のレベルを見せられたことも、訓練生が関わりを無くすようにした要因である。

 小さな村で育ったバンにとって、こうして避けられるのは大きな負担である。実際、入学当初は心労が祟って体調を崩したこともあった。クルーガーに入らぬ心配をかけたことも否定できない。

 そんなバンは、今も距離を置かれている。相変わらず慣れない生活だが、それでもバンは軍学校をやめようとはしなかった。

 

 そこには、きっとバン自身が秘める何かがあるのだろう。

 それを信じているリーリエは、意を決して今日もバンの下に歩み寄る。

 

「あ、あの、バンくん。ここ、いいかな……?」

「おうリーリエ、いいぜ」

「ありがとう」

 

 バンの言葉に少女は嬉しそうに表情を綻ばせ、バンと対面する位置に座った。

 少女のお昼はバンと同じうどんだ。材料費の問題か、食堂のメニューでは一番安い。

 

「いただきます」

 

 少女は手を合わせ、うどんを啜り始める。バンも同じように食事を続行し麺を啜る。

 ずるずるずるずる。うどんを啜る音だけが、二人の間に響き続けた。

 

「……なぁリーリエ」

「え、な、なに?」

 

 うどんを食べ終わったバンが少女――リーリエ・クルーガーに声をかけると、リーリエは慌てた様子で居住まいを正した。慌てたせいか眼鏡がずれ、しかもその眼鏡は湯気をたっぷり浴びて真っ白だった。

 

「……見えてんのか?」

「え? あ、ほ、ほんとだぁ! ちょっと待ってね」

 

 ポケットから眼鏡ふきを取りだし、リーリエはレンズの湿気を拭き取る。やけに焦っているようで、力が入り過ぎた。今にも割れてしまいそうな勢いである。しかし、リーリエは気ばかり焦ってしまい空回りだ。

 

「……ふぅ、よし。そ、それで? なにかな、バンくん……」

 

 リーリエの態度はいつもこのように慌て気味だ。それはリーリエ自身も分かっており、しかし制御することのできない感情の所為だ。そんなリーリエの態度を、バンは一瞬不審に思ったようだが、熟考することなくパシンと両手を合わせた。

 

「頼む! クルーガーのおっさんの宿題手伝ってくれ!」

 

 来た。

 いつものことだ。バンは士官学校の座学にさっぱりついて行けず、また、同じ士官学校の生徒からは距離をとられている。よって、必然的にバンの近くにいることが多くなったリーリエに助けを求めて来るのだ。

 いつもなら、リーリエは少し引き気味で、緊張しながら「分かった」と言う。少しでもバンに近づきたい彼女は、どうにか接点を作ろうと彼女なりに必死なのだ。だが、今日ばかりはいつも以上に緊張する必要があった。

 胸元に手を当て、小さく深呼吸する。そして、

 

「いいよ」

 

 「ほっ」と安堵の息を洩らす。それはバンであり、そしてリーリエもだった。だが、ここで緊張の糸を切らす訳にはいかない。リーリエが緊張していたのは、自身がこの後に発する言葉があるからだ。これまでのさりげないアピールから一転、奥手な彼女にはない積極的なアピールが求められている――もとい、強要されている。

 

「あ、その、バンくん!」

 

 なんだろうとバンは続きを待つ。視界の端ではジークがバンの鞄を持ち上げ、興味津々といった様子で中身を覗き込んでいた。ジークは何を漁っているのだろう。バンの私物だとしたら――気にならないと言えば嘘になる。

 ジークのマイペースな行動に「ジークが鞄漁ってるよ」と話を逸らしたくなる。だが、それで損をするのは自分だ。ごそごそがさがさ。ジークが鞄を漁る音がリーリエの耳に木霊する。

 

「その代わりと言ってはなんだけど……あの、えっと」

「ああ……」

「今度の休みの日! お買い物に付き合ってくれないかな!!!!」

「ああ……え……?」

 

 「ばさっ」と何かが落ちた。鞄を漁っていたジークが落としたのだ。しかし、ジークは自分が鞄を落したなど露ほども気づかず、あんぐりと口を開けてバンとリーリエを見つめた。

 

「…………は?」

 

 ある日、さして特別でもない日のお昼のことだった。ヘリック共和国首都、ニューへリックシティは、快晴である。

 




 今回の物語、最初はバンの士官学校生活を書こうと思ってたんですよ。で、気付いたらデートのストーリーに切り替わりました(笑)
 そういや序盤の戦術論。思いつくネタがアレくらいしかなかったもので書いたんですが、あの見方って大丈夫だろうか。私自身、戦術関連の知識はだいぶ欠落してる自覚があるので。なのに戦争もの書いてるって言うね(笑)

 気づいたら今回も2万字近くのお話に。結果、前後編に別けました。
 後編は明日の同じ時間です。
 それでは。


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