ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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 こんにちは、砂鴉です。
 今回の幕間は……完全なシリアス一直線なストーリーでお送りします。暗黒大陸編の後日談、穴埋めのお話です。ですが、舞台はまったく違います。

 それでは、どうぞ。


幕間その5:最強の行く道 前編

 雪深い森の中。数体のゾイドが猛吹雪の中を突き進んでいた。

 縦に大きな背びれを持ち、さりとて全体的な体高は低く抑えられている。背びれには申し訳程度のガトリングビーム砲が装備されているも、直接戦闘にはさっぱり不向きなゾイドだ。

 それもそのはず。このゾイドの役割は、背びれに備えたレーダーによる強行偵察なのだ。

 ゲーター。

 ゼネバス帝国で開発され、ディメトロドンの登場まで帝国の強行偵察隊を支えた小型ゾイドだ。大型のディメトロドンが数を減らして戦場から姿を消した今、ゼネバス帝国のゾイドを吸収したガイロス帝国が所有する唯一の偵察専門のゾイドだ。ディメトロドンやゴルドスといった大型の偵察ゾイドの持つ一個の力に対し、小型が持つ数の力で競り合ってきたゾイドである。

 

「くそっ、なんだよこの雪吹! 前も後も何も見えねぇ! こんな時に敵と鉢合わせするのは御免だな」

 

 ゲーターのパイロットの一人が愚痴った。周りは猛雪吹、雪だらけだ。この天気ではカメラはまるで役に立たない。偵察能力に特化したゲーターだからこそ、レーダーやセンサーはまだ生きているものの、普段の半分の性能しか発揮できなかった。

 

「そう言うなって。戦場なら警戒必須だが、ここはデルポイ大陸だぜ? 敵なんていやしないだろ」

「なこと言ったってよぉ、野生ゾイドはいるだろ。『野生の王国』だぜ、ここは」

「まぁな。だけどさ、野生の奴らはこっちを警戒して全然姿を見せねぇ。気にするだけ無駄だろ」

「お前たち」

 

 軽口をたたくゲーターのパイロットを、通信先から上司と思しき女性の叱責が責めた。ゲーターのパイロットは突然のそれにびくりと反応する。

 

「ここに何をしに来たか忘れたのか? 我らテラガイストのため、戦力の確保が使命だ。ガルド様の命令を忘れるな!」

「す、すみません! レイカ様!」

 

 まだ後方にいるだろうレイカの機体を思い、ゲーターのパイロットは委縮した。同時に、ゲーターそのものも恐怖で震えた。

 レイカの機体は、特殊な機体だ。暗黒大陸の戦いでプロトタイプがPKに貸し与えられ、その戦闘データを踏まえて完成した次世代ゾイド。ゲーターと同じく大きな背びれを有するが、それは味方を守護するための情報収集ではなく敵を攪乱、あわよくば洗脳してしまう極めて攻撃的な電波を有していた。

 ジェノザウラーで立証されたティラノサウルス型ゾイドの力。それに匹敵する力を有するスピノサウルス型ゾイド、その野生体を用いることで完成した強力なゾイド。

 ダークスパイナー。

 それが、ゲーターたちをまとめるレイカの機体だった。そして、現在のテラガイストの主力機でもあった。

 

「目標はこの先。グローバリー台地に眠ると伝わるゾイドの確保。若しくは、台地の占領。今回の任務はその下調べ。だが、敵対する人間がいないからといって油断するな。足元をすくわれるぞ」

「はいはい、分かってますよ」

 

 軽口で答えるゲーターのパイロットは、楽観的だった。猛吹雪が辛いのは自分たちだけではない。この地で生きる野生ゾイドにとってもこの雪吹は脅威だ。襲撃などほとんどありえない。そう、確信すらしていた。

 それが、慢心であるとも気づかず。

 

 

 

「レーダーに反応?」

 

 ゲーターのレーダーが何かを捉えた。雪の降りしきる森の中を突き進む、高速の何かだ。

 野生ゾイドだろうか。僅か程度の警戒心を抱き、レーダーの反応した方向に顔を向ける。そして、次の瞬間――

 

 ゲーターの身体は、真っ二つに切り裂かれて爆発四散した。

 

「敵襲!」

「逃げろ! ゲーターじゃ敵わない!」

「護衛のヘルキャットは早く出ろ!」

 

 護衛として随伴していたヘルキャットが速やかに前に出た。ゲーターからデータを受け取り、正体不明のゾイドを仕留めにかかる。だが、そのヘルキャットすら一蹴された。

 

「速い! 速すぎて追いつかな――うわぁぁあああ!」

 

 森の木々の隙間を縫うように白銀の陰が踊り、次の瞬間には僚機が爆発する。そして、間髪入れずにもう一機が屠られる。森の中は忽ち地獄絵図と化した。テラガイストメンバーの阿鼻叫喚が響き渡る。

 

「総員下がれ! 私が出る」

 

 被害を重く見たレイカが進み出た。ダークスパイナーは野生ゾイドの持ちうる警戒心と勘をフル稼働させ、その上電子戦ゾイドとしての索敵能力も全開で起動する。森の中、不安定で入り組んだ地形を高速で移動する謎のゾイドを捉え――

 

「そこだ!」

 

 両肩のマシンガンを撃ちこんだ。絶対の自信を持って放った一撃だが、弾丸は全て躱された。その上、何者かは躱した射線を横に見ながら背部のブレードで切り込んできた。

 

「甘いぞ!」

 

 だが、ダークスパイナーはその程度で沈黙するほど安い獲物ではない。一回り小柄な敵機を掴み取ろうと両爪と牙を展開し――しかし危険を悟った敵機はとっさに跳ぶことで回避する。ダークスパイナーの背中を足場に高く跳び、後方に待機するゲーターとヘルキャットの掃討に移った。

 

「くそ、あれは――野生ゾイドではないな! 何者だ!」

 

 野生ゾイドとするには戦闘ゾイド相手に戦い慣れている。そして、そこに人の意志も混ざっている。ダークスパイナーの直感を読み取ったレイカは謎のゾイドを追いかけながら叫んだ。

 

『この先には、近づかないで』

 

 返ってきたのは。明確な拒絶の意志だった。何人たりともこの先の台地を踏ませない。その意思が強く伝わってくる。

 

「そう言う訳にはいかない。ガルドのためにも、必ずや目的を果たして見せる!」

 

 ダークスパイナーは腰を深く落とし、前傾姿勢で背びれを持ち上げた。背びれが怪しく揺れ、周囲に強力な電波が荒ぶり始めた。

 ダークスパイナーのジャミングウェーブだ。強力なジャミング波をぶつけることで、敵の戦闘制御(コンバット)システムの制御を奪い取り、自らのコントロール下に治める悪魔のような兵器。並みのゾイドでは、抵抗できるはずがない。だが、

 

 ジャミングウェーブは起動しなかった。

 なぜ? レイかは素早く思考を巡らせ、気付いた。襲撃者の足の爪は、鋭利な刃物だ。それ自体が武器であり、敵を切り裂く必殺の爪(ストライクレーザークロー)だ。ダークスパイナーは一度襲撃者に背中をとられた。飛び乗り、踏み台にされたのだが、その際にジャミングウェーブを破壊されていたのだろう。これでは、ジャミングウェーブは使えない。

 

 加えて、敵の機動力は圧倒的だ。戦闘に際しても、強力な近接戦闘能力に加え、雪の上という戦場に精通している。雪上戦闘という点だけを言っても、不利は明らか。

 

「撤退だ!」

 

 レイカは素早く判断を下す。これ以上の戦闘は悪戯に部下を失うだけ。敗北する。それが分かったからこそ、速やかに撤退すべきなのだ。

 ヘルキャットが進み出て煙幕を張る。その隙にゲーターは戦場を離脱し、ダークスパイナーは牽制しつつも、殿を務めた。

 敵機は、もう追ってこなかった。こちらが引いて行くのが分かると、悠然と足を止め、木々の隙間から見定めるようにこちらを睨んでいる。二度とここに近づくな、とでも言わんばかりに。

 白に包まれた森の中、尖った耳と黄金に近しい輝きを放つ頭部が特徴的。身体は雪に同化してしまう、白銀の機体色の美しい獣型ゾイド。

 

()()()が、くそぉ!」

 

 悔しげに歯ぎしりし、レイカも戦場を離脱する。

 

 

 

 中央大陸デルポイ。冬の森の中に、幻獣と見まごう銀の妖狐の甲高い声音に混じり、どこかで落雷のような地鳴りの轟咆が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 中央大陸デルポイは、惑星Ziのほぼ中央に位置している。

 季節は夏と冬の二つで、季節の変わり目は短い。だが、温暖湿潤な気候であり、過ごしやすい恵まれた環境を持っている。西方大陸にたどり着いた地球人の先祖のほとんどが西方大陸に根を張ったが、多くの住民はデルポイにも流れて来ていた。

 

 しかし、西方大陸との交流が盛んになることはなかった。

 それはなぜか。

 答えは、中央大陸の気候にあった。

 中央大陸の気候は確かに温暖で穏やかだ。だが、それは大陸東部に限った話だ。中央大陸の中心部は巨大な山脈が横たわっており、それが中央大陸の気候を二分していたのだ。

 大陸西部は西側からやってくる偏西風により乾燥した気候に包まれ、非常に厳しい乾燥地帯と化している。人もゾイドも、暮らすには非常に厳しい環境だ。

 逆に東部は、大陸中央に聳える山脈により偏西風を阻むことで、温暖湿潤な環境を保つことに成功したのだ。

 

 そして、理由はもう一つ。

 嘗て、中央大陸では()()()()()()が大暴れをしていた。中央大陸に住んでいた野生のゾイドたちでは太刀打ちできず、戦闘機獣として改造されたゾイドでさえ、まるで歯が立たない。そうして、中央大陸は人の進入を拒むようになった。

 そのとあるゾイドが機能を停止した後も、中央大陸にはそれに刺激された強力な野生ゾイドが自分たちの領域を確立。人々の進入を拒み、結果的に人類の文明が根付くには厳しい大陸と化したのだ。

 やがて幾人もの冒険家が中央大陸を訪れたが、すでに野生ゾイドの王国と化していた中央大陸を再び人の手に取り戻すことは不可能に近かった。荒れ果てた大地で力強く生き続けたゾイドたちには、様々なゾイドを従えた人間の手でさえ服従させることができなかったのだ。

 結局、デルポイに残った人々は野生ゾイドたちに怯えながら、ひっそりと緩やかな文明の発達を余儀なくされた暮らしを細々と続けるほかなかった。

 

 いつしか、デルポイの大地は人が踏み入ることの許されない大地と噂が立つ。それゆえ、『野生の王国』と呼ばれるようになったのである。

 

 

 

 中央大陸デルポイは、中心部を貫くように山脈が横たわっている。中央大陸の最高峰を有する山脈であり、この大山脈がそのまま中央大陸の気候を作りだしていた。

 そんな山脈地帯から東に数十キロ。そこには大きな台地が存在する。台地の上には生き物――ゾイドの亡骸のようにも見える小山があり、二本の太く長大な巨岩がそそり立つように聳えている。周囲には特殊な磁場が発生し、訪れたゾイドを狂気に包み込む正体不明の地帯だ。そこは、野生ゾイドすら近づけない不可侵領域であった。

 数少ない現地住民がつけた名は、グローバリー台地。

 

 そのグローバリー台地に、一体のゾイドが舞い降りた。いや、舞い降りたではなく、墜落したのだ。

 フラフラと立ち上がるは、燃え盛る炎のような真紅の翼を持ったゾイド。四肢の所々には鈍く輝く銀色の装甲を纏う。頭部は黒く、覗く牙は並の大型ゾイドの装甲ですら易々と砕いてしまいそうなほどに鋭い。

 翼に四肢、トカゲのような頭部に長い尻尾。その姿は、まさしくドラゴンだ。

 

 ドラゴン型ゾイドの頭部が開かれ、中から一人の男が転がり落ちた。短めの白い短髪。分厚いコートを着込んだ、見るからに狂暴そうな風貌の男だ。腰には刀を帯刀しており、寄らば斬るを地で示していた。

 彼の名はジーニアス・デルダロス。ニクスの戦いから辛くも逃げ延びた、自称最強のゾイド乗りだ。

 

「……はぁ、はぁ……クソが」

 

 唾を吐き捨て、ジーニアスは頭を抑えながら立ち上がった。表情は暗く、今にも倒れそうなのは目に見えている。

 

「なん、なんだよ、ここはよぉ……聞いてねぇぞ。デルポイに、こんなとこがあるなんてよぉ……」

 

 ジーニアスはニクスの戦いから離脱し、しばらくはテュルク大陸に身を潜めていた。だが、ギルベイダーが倒れたことにより自身の居場所が無くなったことを知ると、速やかに大陸から離脱した。

 自身はニクスの反逆者だ。それくらいの自覚はあり、またニクスの掟を身に染み込むほど知っているジーニアスにとって、同じ大陸に潜伏するのは危険すぎた。

 

 速やかに脱出し、潜伏先として選んだのがデルポイだ。

 ジーニアスは、元々冒険商人の息子だった。幼いころは両親に連れられ、惑星Ziのあらゆる大陸を旅してまわっていた。

 当時の記憶を思い出し、すぐに思い当たったのが、野生ゾイドの王国である中央大陸デルポイだ。屈強な野生ゾイドたちが生息し、他大陸からの干渉が少ないデルポイは潜伏先としてもってこいだ。問題点としては、狂暴な野生ゾイドに殺されてしまわないか。

 しかし、ジーニアスにとってそれはむしろ歓迎できる。

 ジーニアスは最強を目指す者として、自身の力不足を思い知らされた。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の面々に敗北したことを機に、自身を見つめ直す必要があると強く感じたのだ。

 野生ゾイドたちとの戦いで己を鍛えられるであろう中央大陸は、ジーニアスの目的を果たすためにも絶好の場所だったのだ。

 

 だが、

 

「っっっ……頭いてぇ……風邪? なわけねぇ。風邪なら、もっとマシだ」

 

 言いつつ、雪舞う天気に耐え切れずくしゃみをする。そして、正体不明の頭痛に混ざってぼんやりとした感覚もあった。いちよう、風邪もひいているのだろう。

 山脈地帯を越え、ちょうどグローバリー台地上空にたどり着いた時にそれはジーニアスを襲った。激しい頭痛。感覚に襲いかかる違和感。吐き気。自身を保てない何か。そして、耳に木霊し続けるノイズ音。

 

 ――こいつぁ……魔の三角海域(トライアングルダラス)の時もそうだ。微妙にちげぇけど、自分が保てねぇ。イライラする。腹が立つ。クソッタレがぁ……。

 

 耐え切れず大の字に倒れると、ガン・ギャラドがジーニアスを見下ろしていた。狂暴凶悪。自身が認めたゾイド乗り以外は八つ裂きにするとまで謳われた黒龍。しかし、その眼はどこか心配そうにジーニアスを見つめている。

 

「……なんだよ。んな目ぇ、すんな。憐れんでんのか? ……ざけんじゃねぇ。その目をやめろガン・ギャラド。ユニア(あいつ)と、()()()()()を思い出す……!」

 

 精いっぱいの虚勢。しかし、それすら襲い来る頭痛には無力だった。少しずつ、ジーニアスの意識は闇の中に溶けて消えた。

 

 耳に木霊するノイズ音に混じって、獣型ゾイドの駆動音が微かに響いた。

 

 

 

***

 

 

 

 なんでオレなんかを拾ったんだよ、クソババア。

 そう言った途端、拳骨代わりの大剣(クレイモア)が振り下ろされるのは、日常茶飯事だった。咄嗟に転がって一撃を躱し、腕を鉄化させて殴りかかるも、大剣(クレイモア)を握る手とは反対側の空いた手で受け止められ。投げ飛ばされるのもいつも通りだ。

 

 大丈夫? ジーくん怪我してない?

 うるせぇ! てめぇは邪魔なんだよ! つか、どっから入りやがった、泣き虫が!

 

 数少ない言葉を交わせる少女に暴言をぶつけ、少女は泣き出し、クソババアから再び大剣の制裁を喰らう。

 

 あれは何時の頃だっただろうか。ジーニアスは、当時から何一つ変わっていない。対して、いつも心配して駆け寄ってきた泣き虫の少女は、すっかり様変わりした。黒龍と対をなす天馬に認められるほどに。

 

 ひとしきり制裁を喰らい、指の一本すら動かせなくなった。少女が駆け寄りジーニアスの傷を手当てする。ピクリとも動けず、癪に思いながらジーニアスはそれをおとなしく受けた。

 そして、家主である女性は大剣を肩に担ぎ、得意げに笑った。いい運動になった、と。

 

 身重の癖にバカやりやがる。オニババァが。

 誰のためにやってやってるか、分かってんのかい? ジーニアス。

 はっ、後悔させてやらぁ。テメェの黒龍は、必ずオレの物にしてやる。オレは、『最強』になるんだからなぁ

 今の『最強』はあたしだよ。骨身に刻みつけてやらないといけないのかい?

 ジー君、アリエルさん、もうやめてよぉ……。

 

 再び少女が泣き出しかけ、アリエルと呼ばれた女性は表情を取り繕った。鬼のようだった形相が、母のような優しいものに変わる。

 

 ごめんね。この馬鹿が養ってやってるあたしに刃向かうから。

 頼んだ覚えはねぇ。

 は? まだやる気?

 てめぇに負けたつもりはねぇぞ!

 もうやめてよぉ!

 

 少女の訴えにようやく矛を収め、ジーニアスは意識を沈めた。疲れた。寝る。そう言い捨てて。それも、いつものことだった。

 かすかに開いた視界に残る、今にも泣きそうな少女。そして、相変わらず鬼としか思えない巫女服を着た女性。

 

 在りし日のジーニアスの日常は、まだ記憶の奥底にこびりついている。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた時、ジーニアスは見慣れないベッドの上にいた。柔らかい布団は二度寝したくなるほど。窓から降り注ぐ日航はうららかで温かい。いつかの日々を思い出させてくれる、穏やかな世界だった。

 意識がはっきりすると同時に、ジーニアスは跳ね起きる。

 

 ――クソババア。うるせぇよ。

 

 意識を無くす前まであった頭痛は、きれいさっぱりと無くなっていた。だが、代わりに記憶という名の痛みが、ジーニアスを襲った。

 

 ――るせぇ……ババアが、あんたは、もう越えた。ガン・ギャラドをオレの物にした時に、アンタはもうオレの下に成り下がったんだよ。

 

 拳を握りしめ、記憶を抹消する。過去に囚われるよりも。やるべきことがあるのだ。

 ジーニアスが居るのはどこかの部屋の様だ。木材を荒く使った手作り感満載の机。同じくベッド。それに棚。窓から小屋の外壁を確認すると、小屋すらも完全な手づくりであることが分かった。職人の技術を用いたのではなく、素人が見よう見まねで作った小屋。そんな雰囲気だ。

 

 ――まずは……物色か?

 

 現在地が分からず、状況もさっぱりつかめない。不用意に出るより、まずは自分の居る場所の状況を把握すべきだ。そう考えたジーニアスは、目についた机の引き出しを乱暴に開く。

 

「……手紙? これしかねぇのかよ」

 

 引き出しに入っていたのは手紙一枚だけだ。探ってみると筆記具がいくつかあるが、それ以外に目ぼしいものはない。手紙の裏表を確認するも、宛名どころか差出人すら書かれていない。

 躊躇なく、乱暴に封筒を破り、中身を覗く。

 

「――あーーーー!!!!」

 

 中身に目を通し始めて十秒ほどだろうか、背後から大声が上がった。振り返ると一人の少女、いや女性が立っている。

 髪は長く、キツネ色でツインテールに縛ってある。その下に覗く瞳は藍色で、大きく活発な印象を抱かせる。服装は寒冷地仕様なのか厚手だ。

 

「あ? テメェがオレをここに連れ込ん――」

「それ見ないでぇえええええ!!!!」

 

 掻き消された問いの答えは、必殺の左ストレートだった。

 

 

 

 

 

 

「もう! 人の部屋を勝手に物色とか酷いよ!」

「ほったらかしにしたテメーが悪い」

 

 殴られた頬を赤く染め、痛みを堪えながらジーニアスは憎まれ口を叩く。そして、内心彼女の身体能力に驚きもしていた。

 ジーニアスはニクスでの特訓を経て、対人戦でも相当な技量を有している。しかし、そのジーニアスが反応できなかったのだ。同年代と乏しき、一人の女性の拳を。

 実に驚きで、最高に屈辱的だった。

 

「オイ女」

「ねぇ、呼び方くらいちゃんとしてよ。さっき教えたでしょ。私の名前は――」

「知るか。オレが呼びたいように言って何が悪い」

「あなたサイテー」

「そればっかりだな。口は俺の方が上か?」

 

 からかうように言い放つ。彼女は返事を返さなかった。諦めたように深くため息を吐く。

 

「で、ここはどこだよ」

「グランドバロス山脈の中腹。私の家」

 

 グランドバロス山脈は、中央大陸を東西に別つ大山脈の一つだ。大陸のほぼ中央に位置し、険しい山脈地帯のため移動は容易くない。

 ジーニアスが潜伏を考えていたのは中央大陸の山中であり、過ごしやすい東部の山脈地帯は絶好のポイントだ。後は、しばらく食いつなぐための食料や水の確保が出来れば問題ない。

 部屋の中を見渡すと、日用品その他多くの物が手づくりと思わせ、しかし一部に外部から持ち込まれただろう物があった。

 中央大陸は野生の王国と呼ばれているが、少なからず人間の集落も存在した。エウロペの二大国家が治める都市部には到底及ばず、昔ながらの暮らしを守り続けているニクスの集落にすら劣るが、集団が暮らす場所くらいは存在する。ジーニアスの記憶の奥底には、両親に連れられてデルポイを旅した時の記憶が残っていた。

 

「近くに、集落はあるのか?」

「向こうの山。グラント山の中腹に集落があるよ。この近くなら一番大きい」

「そうか。……しばらく身を隠すなら悪くねぇな」

 

 ぼそぼそと呟き、思考をまとめる。

 ジーニアスの最終目標は、エウロペに居るだろう名だたるゾイド乗りとの戦いだ。そのために、ジーニアスはこのデルポイで傷を癒すつもりでいた。

 ニクスでの戦いと、魔の三角海域(トライアングルダラス)で感じた不調。さらに、数日前墜落するまで縄張りを侵されたと感じた野生ゾイドの猛攻を捌き続けたのだ。さしものジーニアスと伝説に名を残す黒龍ガン・ギャラドであろうと、限界だった。

 山中で適当な潜伏箇所を定め、そこに身をひそめる。食料は適当に狩猟採集で済ませるか、いざとなれば旅人を装ってグラント山にあるという集落に溶け込めばいい。

 

「――分かった。じゃあな、あばよ」

 

 周囲の環境と自分の置かれた状況。それを訊き出したジーニアスは立ち上がる。

 思い出すように頭痛が響く。だが、これ以上ここに留まっている余裕もなかった。ガン・ギャラドは小屋の傍に停めてあるらしい。自分以外に動かせないはずのガン・ギャラドをどうやってここまで連れ込んだのかも気になったが、考えるのは面倒だ。

 

「待って」

 

 だが、去りかけたジーニアスの腕を彼女の左手が掴んだ。

 

「あなた、今病気でしょ。外出たら……」

「うるせぇ、オレの身体は、オレが一番良く知ってらぁ」

 

 振り返り、掴まれた腕を払う。同時に立ち眩みが襲ってくるが、それを自力で弾く。

 

「ここまで運んでくれたのには礼を言う。だがな、人の助けを受けるなんざ、真っ平御免なんだよ。オレぁ、最強の男だぜ? 人の手なんざ借りねぇ」

「……袖振り合うも多生の縁」

 

 彼女の呟いた言葉が、ジーニアスの耳に残る。

 

「あ?」

「おじさんが、私を拾ってくれたおじさんが教えてくれた言葉。小さな触れ合いでも、それは昔――前世から繋がる運命だって言葉」

 

 まるで大切な志を語る様に、彼女は目を伏せながら呟く。下がった目線に沿って彼女の頭身も下がり、ジーニアスの目に机の上の写真立てが映った。写真に写っていたのは、いかにも穏やかで優しい気質な、四十・五十代の男だった。

 そして、彼女が語った諺は、偶然にもジーニアスが知っている言葉の一つでもあった。嘗て、密かにニクスを訪れた東方大陸シャクジからやってきた旅人が語った言葉だ。

 

「まさか、オレとお前がそんな大層な仲だって言いてぇのか? 阿呆くせぇ」

「違う。どんな小さなことであれ、出会いは大切。二度とないかもしれない繋がりを、簡単には断ち切れないの。だから、あなたを拾った以上、あなたの体調が万全になるまで面倒見る」

「……ざけんじゃねぇ」

 

 苛立ちが、ジーニアスの胸中を駆け巡った。彼女が出した考え方は、ジーニアスがついひと月前に見出した『孤独な最強』の価値観を叩き潰すものだ。

 必要以上の助けを受けることは、『最強』である己を否定する。独りで生き抜くことも、『最強』である証明なのだから。

 

「オレがこのまま死んだとして、それはオレの責任だ! 誰かの手を借りるなんざ、お断りだ! 邪魔すんなら……」

 

 ジーニアスはゆっくりと両手を広げる。

 

「オレと()()()()か?」

 

 見せつけるように広げた両手をゆっくりと硬化させる。鉄色に染まった両手を見せつけ、壮絶な笑みを顔に張り付ける。そして、向き合った女に凄む。彼女は息を飲み、しかしそれ以上の驚きを示しはしなかった。

 

「オレはこういう奴だ。このオレをここに留めてぇんなら――殺す気で来いや!」

 

 ここまで言いつければ、彼女も怯んで邪魔をしないだろう。好き好んで女を殴る趣味は、ジーニアスにはない。平和的解決といえば聞こえはいいが、ただの脅しだ。しかし、現状これが最善策だろうとジーニアスは思っていた。

 しかし、

 

「あなたを倒せば、あなたはここに留まるのね」

 

 彼女は何か考え込むように俯く。顎に指を当て、しばし黙考すると、徐に顔を上げた。そこにあったのは、先ほどまでの無邪気さが残る山中の女ではなく、いっぱしの狩人だ。小柄だが、油断できない野生の狩人(キツネ)を思わせる。

 

「分かった。相手してあげる」

 

 決然と言い放つ彼女の右袖が、窓から吹き込んだ風にふわりと舞った。

 




 えー、なんと今回は3本立て。前、中、後編の三つに別けてお送りいたします。
 ではでは、また明日。

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