ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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幕間その5:最強の行く道 後編

 グローバリー台地は、雪が積もっていた。一面の白が、周囲で暴れ狂ったゾイドたちの亡骸を覆い隠していく。静寂に包まれた白の大地。それが、今のグローバリー台地であった。

 

 そんな台地の上を数体のゾイドが進んでいた。淡い緑と毒々しい紫の機体色が特徴のゾイド。二足歩行の恐竜の様な身体付き、背中に張り出した背びれがユラユラと揺れる。スピノサウルス型ゾイド、ダークスパイナーだ。それが二機。

 そして追従するようにセイバータイガーが五機。彼らは一心にある一つの場所を目指している。台地の上に築かれた山。二本の角をもった生物のような姿をした小高い山を、彼らは目指していた。

 

「……油断するな」

 

 ダークスパイナーを駆るバイザーを付けた青年が、短く注意を促す。冷淡に、淡々と告げられた男の声音は、降りしきる雪の寒さにも劣らず部下の精神を引き締める。数体のセイバータイガーが周囲に視線を流し、警戒を強めた。

 

「あまり離れるな。ダークスパイナーの妨害電波外に出ると、たちどころに制御を奪われるぞ」

 

 事前に報告されていた情報を受け、セイバータイガーのパイロットたちはごくりとつばを飲み込んだ。数ヶ月前、この地の調査で足を踏み入れた仲間がゾイドと共に狂気に狂ってどこかへ消えて行った姿が、脳裏に深く刻み込まれていた。

 もう一機のダークスパイナーがバイザーの男のダークスパイナーに近づく。

 

「……ガルド。そっちはどう?」

「良好だ。やはり、ダークスパイナー()()の妨害電波で、このヘルツをいくらか弱められる。――まだ足りないようだがな。保険をかけておいてよかった」

()()に入ったとしても、少しくらいなら大丈夫ね」

「お前たちが遭遇した銀毛狐のことか。心配いらん。ダークスパイナーも戦闘に向けられる」

 

 二人の会話を引き裂くように、ダークスパイナーのレーダーが何かを捉えた。微細な、小ゾイドか何かとも思えるものだった。だが、その瞬間にバイザーの男――ガルドの目に熱がこもった。

 

「来るぞ!」

 

 短く吐き捨て、ダークスパイナーの足を止める。雪に深く足を沈め、鋭い眼光を周囲にはなった。

 ()()と違い、今日は隠れるところの無い平地だ。森の木々で錯乱しながらの蹂躙を味わったからこそ、今日は一切の迷いを廃していた。ここまで隠密活動で攻め込めたのは、奇跡といってもいい。幾度とこの地をめざし、その度に銀毛狐に阻まれてきた。別働隊を作って一度だけこの地にたどり着いた時は、大地の洗礼により壊滅を味わった。

 今日は、これ以上ない準備を整えた。失敗するはずがない。

 

 緊張の瞬間だ。降りしきる雪の白が、緊張を研ぎ澄まさせる。そして、ガルドの緊張が極限まで高まった瞬間、それは現れる。

 

 突如、台地の雪が盛り上がり、中から真っ白なゾイドが駆けだした。不意を突かれたセイバータイガーの一機の肩口に前足の爪を叩きつける。そして、駆け抜け様に後ろ足でセイバータイガーの顎をカチ割った。

 

「逃がすな!」

 

 ガルドの指示に反応し、セイバータイガーが駆けた。二機が襲撃者の後を追い、もう二機が砲撃で援護を行う。

 ダークスパイナーも援護射撃を開始するも、襲撃者は捉えられない。雪原という不安定な地面を軽やかに跳ね、駆け抜ける。セイバータイガーが脚を取られて動きが鈍っているのとはまるで違った。

 雪原という戦場に慣れている、それだけではない。機体自体がセイバータイガーよりも軽く、高性能だ。こんな機体、ガルドはこれまで見たこともない。

 

()()()め。やはりここまで来るのだな」

『すぐにここを離れて! でないと――私が、あなたたちを……!』

 

 必死の声音に、ガルドはやはりこの場が大地が銀毛狐の守る地であると確信した。

 

「ガルド、私が――」

「君は下がっていろ。あと五分だ。持ちこたえろ!」

 

 叫びつつ、それが難しいのはガルドも分かっていた。襲撃者は尻尾から電磁ネットを射出し、動きの鈍ったセイバータイガーの一機を封じる。その上、煙幕を張る事も出来た。慣れない地形での錯乱戦法に部下が翻弄されるのは、目に見えていた。

 雪原を駆けていた機体が、向きを変えた。こちらに向かっているのだ。ダークスパイナー、ガルドの機体が総指揮官であると見抜いたのだろう。

 標的(ターゲット)を見抜き、速やかに掃討する。鮮やかな戦闘方式(スタイル)は見事と称えたい。

 だが、ガルドは易々とその爪牙にかかるほど容易い得物ではない。

 

 振り向いた時にはすでに爪が眼前に迫っていた。しかし、ガルドは冷静に対処する。突き込まれる黄金の爪を、ダークスパイナーの長い口で噛み抑える。

 

 見出したのは、以前レイカがレーダーで捉えた姿よりも美しかった。雪原を駆け抜ける白銀の機体色。背部に背負った翼のような刃(ウィングブレード)が黄金に輝き、激しい戦意がモニター越しに叩きつけられる。

 

遺跡(ここ)()()()というわけか。なるほど、できる!」

『あなたたちは何者。ここに一体何の用!』

 

 通信から吐き捨てられた言葉は、予想に反して若い女性のものだ。てっきり屈強な男かと思っていたが、なるほど、銀毛狐によく似合う。

 

「大したことではない。ここにあるという()()を確保しておきたくてね、我らの野望のためにも――!」

 

 危険を感じ、咥えた狐を放り投げる。狐の爪が輝きを増し、今にも引き裂かれそうだった。勘による判断だが、それが間違っていなかったとガルドは安堵する。

 

『兵器? ――まさか、()()()のこと?』

 

 女性の言葉にガルドは不敵な笑みを浮かべた。確信が持てた。『雷神』と呼ばれているようだが、やはり、ここに眠っているのは『()()』で間違いない。

 

『あれは関わってはいけないものよ。誰も近づけてはダメって、おじさんはそう言ってたもの。――すぐにここから出て行け!』

 

 女性の言葉に怒気が混じり、銀毛狐もそれに応えるように背中のブレードを展開する。刃に力が宿り、銀毛狐の全身が輝いて見えた。

 まさしく必殺と言える一撃。当たれば、いくらダークスパイナーと言えど真っ二つに切断されるだろう。だが、ガルドは焦らない。理由は簡単だ。もう、()()()なのだから。

 

 

 飛び掛かる刹那、銀毛狐は突如狂ったように倒れた。地面に伏せ、起き上がろうともがくが起き上がれない。まるで、己の意志と身体の動きがかみ合わないようなちぐはぐさだ。

 

「え!? ()()()()()!?」

 

 女性は焦って愛機を呼ぶが、愛機は苦しく呻いて答えられなかった。その背中を、ガルドのダークスパイナーが踏みつける。

 

「フッ、君の相棒に何が起きたか、教えてやろう。実はな、地中にはあるゾイドを潜ませておいたのだ。そいつには、()()()()()()のダークスパイナーが見せたほどではないが、集団でゾイドの機能を狂わせる電波を発する機能がある」

『ゾイドを狂わせるって……まさか』

「君のゾイドはこの地が発するような自然的な狂気の電波(レアヘルツ)には耐性があるようだが、ゾイドが発する独自の洗脳電波(ジャミングウェーブ)には耐性が無いようだな。おかげで、君を抑えることが出来た」

 

 グローバリー台地はゾイドを狂わせる異常電波地帯だ。それを阻害するには、それのために戦闘ゾイドに仕込まれた電波防壁(パルスガード)を作動させる必要がある。だが、作動させた状態での戦闘はほぼ不可能に近い。エネルギー消費が激しく、戦闘で電波防御(パルスガード)が乱れてしまう。

 これが、ガルドが見出したこの場での戦闘シミュレーション。敗北の台本だった。

 その対策としてガルドが持ち込んだのは、ダークスパイナーで狂気の電波(レアヘルツ)を阻害しつつ、もう一体のゾイド群を用いて銀毛狐を制御不能に追い込むことだ。

 

「君のゾイドは興味深い。ぜひとも、持ち帰って調査したいところだ。エウロペにも似たような狐ゾイドが存在したから、量産も考えられる。我らの戦力増強にな」

『……そんな』

「長年、ここの守護をご苦労だった。これからは、我々テラガイストがここを管理しよう。……君は、ここで眠っているといい」

 

 ガルドのダークスパイナーが口を開ける。内部には砲塔が仕込まれていた。ガルド専用のダークスパイナーは、直接戦闘にも十分な力を発揮できるようカスタムされているのだ。

 砲塔にエネルギーが溜めこまれる。荷電粒子砲とは少し違い、エネルギーを圧縮した火球弾だ。しかし、中型ゾイドである銀毛狐を消し飛ばすには十分な火力だ。

 

「さらばだ」

 

 冷酷に告げ、ガルドの指がトリガーを引き絞る。

 

 その瞬間――狂気の咆哮がグローバリー台地を揺るがした。

 

 

 

***

 

 

 

 ダークスパイナーに踏みつけられ、思うように体が動かせない。二重の拘束を与えられた銀毛狐の中で、彼女は死を覚悟した。

 

 一度は覚悟していたその瞬間。しかし、運命は彼女に役割を与えるかのように、それを回避させた。

 以前の死の瞬間、()()は彼女に永遠の安らぎを与えることを躊躇し、その戸惑いが少年の手元を狂わせ、致命傷を避けられた。その後、逃げた少年に代わり、彼女の命を拾う人物をその場に現れさせた。

 奇跡とさえ思った。そのおかげで、彼女は命を拾い、命の恩人に報いるために、彼の役割を引き継いだ。

 

 だが、それも終わりだ。守りきれず、むごたらしく殺される。

 

 彼女は別にいいとも思った。一度は死んだはずの命だ。いつか潰えたとしても、それは仕方ない。

 

 デルポイの地で暮らし始め、多くの知り合いを持った。恩人であるおじさんの言葉に感銘を受け、多くの人々と関わりを持った。嘗て一緒に過ごした者たちとは生き別れたままだが、それ以上の知り合いを得た。

 だから、後悔はない。

 

 ――そういえば……。

 

 おじさんの教えには、もう一つあった気がする。知り合った多くの縁は、いつか自分を助けてくれると。それがどんなに細く、結ばれたばかりの縁だったとしても、きっと助けになると。

 

 

 

 それは――今、この時なのだろうか。

 

 上空に現れた黒龍の禍々しい咆哮が、グローバリー台地を揺るがした。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 咆哮が全ての視線を上空へと持ち上げる。それを一身に浴びながら、黒龍は不敵に笑った。背中の砲塔におびただしいエネルギーを蓄え、黒龍と共に青年は笑う。獲物を見つけた恐竜のように、獰猛な歓喜を滲ませた。

 

「さぁ……刻もうぜ。オレの、『最強』の名をよぉ!」

 

 黒龍は――ガン・ギャラドは背中の砲塔に溜め込まれたそれ(エネルギー)を解き放つ。上空から光の大河が降り注ぎ、グローバリー台地を嬲った。

 

「逃げろ!」

 

 ガルドの指示が飛び、セイバータイガーが逃げ惑う。ダークスパイナーもその場を跳び離れる。セイバータイガーの一機を光の中に消し去り、黒龍は再度吠えたてながら宙を舞った。そして銀毛狐の傍に舞い降り、久方ぶりの戦闘に歓喜の咆哮を上げる。

 

「よぅ、女ぁ……ボロボロじゃねぇか、だらしねぇ」

「あなた……なんで……!」

「言ったろ。オレは戦いたくてうずうずしてんだよ。それに、テメェに言うことが出来た」

 

 咆哮を沈めると、ガンギャラドは代わりに口内の炎を解き放つ。周囲の雪を溶かし、地中に潜んでいた土竜たちを引きずり出す。現れた土竜は、背中に真紅のブレードを備えた小型のゾイドだ。ブレードは怪しげに光っており、ここから電波を発していたとうかがえる。

 

「悪いな。お前らの小細工は、黒龍サマには通用しねぇぜ! 伝説上のゾイドを舐めて貰っちゃあこまるな!」

 

 洗脳電波(ジャミングウェーブ)などどこ吹く風と言わんばかりにガン・ギャラドは炎を吐きつける。強烈な熱風と炎が土竜を嬲り、鉄塊を通り越してどろどろに融かす。

 こちらを窺うダークスパイナーとセイバータイガーに睨みを効かせつつ、睥睨する。

 

「さて……なぁ女。お前、後ばっか見てんじゃねぇよ」

「え? なにを」

「あの手紙のことだ」

「え!? まさか、勝手に見――」

「――いいから訊け! どこの誰だか知らねぇが、昔の奴に出す気もねぇ手紙書いて、女々しいったらねぇ。袖触れ合うのもなんとやら――だったか? ならオレから言わせろ。過去を見るな。過去は過去だ」

 

 ジーニアスの言葉に、彼女は口を噤んだ。何か思うことがあったのか、そんなことは、ジーニアスにはどうでもいい。言いたいことを言えれば、それでいい。

 

「過去はもう終わったことだ。そんなことを言うんなら、先を見てろ。次の出会いとやらを期待するんだな。過去を見続ける奴に、先はないぜ。分かってるだろうがよ。……少なくともオレは、死んだ知り合いの事なんざ顧みる気はねぇ。全部、終わったことなんだよ。腹立つ事だろうと、振り返ってても仕方ねぇ!」

「どうして……そんなこと……?」

「どうして? さぁな。後ばっか見て、昔の約束なんてクソなことに固執して、それに執着して死んでった馬鹿野郎を知ってるからな。二の舞見るのは御免なんだよ、ムカつく。……で、お前はなんだ! この先どうする!」

 

 吠える。なぜこうも熱くなっているかはどうでもいい。とにかく、自分の記憶の中にあるそれと同じ悲劇がまた起こる事だけは、嫌だった。二の舞を見るなど、過去を見たくないジーニアスにとって最悪なことだ。

 

「オレの目標は『最強』になることだ。そいつはオレが! オレ自身に誓ったことだ! テメェはなんだ! テメェの言う恩人との約束に生きるだけがテメェの人生か! そんなつまんねぇこと言うなら、壊すぜ! テメェを! オレがな!」

 

 

 

「……勝手なこと、言ってくれるね」

 

 銀毛狐がゆっくりと起き上がった。まだ洗脳電波(ジャミングウェーブ)の影響が残っているのだろう。だが、その程度では屈しないという主の想いに応えるかのように、狐は甲高い声音で吠える。自身を縛る電波とそれに操られる制御装置(コンバットシステム)を、自ら切り離す。

 

「私がここを守るのは自分の意志よ! ヤードおじさんから託されたからじゃない。雷神様が目覚めたら惑星Ziは終わる。それをさせないためにも、私はここを守る! あなたの言う通り、これは誰に言われたからでもない、私がやりたいから。この先もずっと!」

「そうかい。その意思確認ができれば、十分だ!」

 

 ガン・ギャラドが翼を羽ばたかせ、粉雪と共に炎を吹き飛ばす。黒龍と銀毛狐はダークスパイナーとセイバータイガーによってすっかり包囲されていた。だが、負ける気はしない。

 黒龍と銀毛狐が同時に吠えた。黒龍は禍々しく、銀毛狐は神々しく。それだけで、包囲した者たちは委縮した。

 たった二機の咆哮だというに、それは辺りを睥睨し、ひれ伏せさせる。まるで、格の違いを見せつけるかのように。

 黒龍――ガン・ギャラドは太古から生きる伝説のゾイドだ。太古の時代に強大過ぎるゾイドを封じた実績を持つ、まさに生きる伝説。そして、隣り合いながら、銀毛狐は見劣りしない。むしろ、並び立つことである種の均衡を保っているようにも見えた。

 

 ――なるほど、だからここの守護者ってわけか。

 

 痺れを切らしてセイバータイガーが飛びだした。必殺のキラーサーベルを輝かせ――口内に黄金の爪を叩きつけられて沈黙する。その背後をダークスパイナーの胸部キャノンが狙う。だが、それより早くガン・ギャラドのパルスキャノンが足元を揺らし、照準を狂わせた。

 

「テメェが総大将か。さぞかし強いんだろうなぁ……オレの最強への糧になってもらおうか!」

「キサマ……ニクスの守護者だな。なぜこの場に現れたかは知らんが――邪魔をするな!」

 

 空中で宙返りし、スピードに乗ってガン・ギャラドは突進する。粉雪を巻き上げ、雪原を駆ける龍と化してダークスパイナーに突っ込んだ。

 対するダークスパイナーは、甘んじてそれを受け止めた。雪が舞いあがり、激しく後退する。それを受け入れつつ、ダークスパイナーは牙をガン・ギャラドの翼の根元に叩き込む。

 押し合いだ。互いの力が、均衡を保った。

 

「そんな攻撃、こいつに通じると思ってんのか!?」

 

 嘲笑し、ジーニアスはガン・ギャラドの力を解放するトリガーを引く。内蔵されたディオハリコンの力がガン・ギャラドの中を駆け巡り、赤い装甲を紫へと変化させていく。同時に、ガン・ギャラドの力も増していく。

 だが、

 

 ――っぐあ!?

 

 ジーニアスの頭が激痛を訴えた。トライアングルダラスを越えた時と同じ、グローバリー台地へと降り立ったときとも同じだ。正体不明のノイズ音が鳴り響き、耐え難い苦痛がジーニアスを支配する。

 同時に、ガン・ギャラドの制御も困難になった。

 堪らず操縦席のパネルに頭を打ち付け、ジーニアスは頭を抑えた。

 

「……くそっ、またかよ……! いってぇ……」

 

 パイロットの制御を失い、ガン・ギャラドの動きが僅かに鈍った。その瞬間を、ガルドは見逃さない。すかさずガン・ギャラドを地面に叩きつけ、その翼を踏み砕いた。

 

「形勢逆転、だな。ダークスパイナーは電子戦ゾイドとしては破格の力を有している。キサマが知らない訳ではあるまい?」

「るっせぇよ。……頭がガンガンする、クソが……」

「……フン」

 

 ダークスパイナーがガン・ギャラドを蹴りあげた。二転、三転と横転し、衝撃でコックピットが開き、ジーニアスの身体が投げ出された。

 

「ニクス最強、だったか。他愛もない。これで終わりにしてやろう」

 

 しくじった。遠くで銀毛狐の彼女が何か叫んでいるが、ジーニアスには届かなかった。だが、何か忘れていると思い出させるきっかけにはなった。それは――

 

 

 

 次の瞬間、ダークスパイナーの肩に担がれたマシンガンがジーニアスとガン・ギャラドを嬲った。

 

 

 

 その光景を、彼女はセイバータイガーを屠りながら見た。自分の声は届かなかったのだろうか。彼には、逆転するカードがあったというに。

 ただ、彼女の胸の内から湧き上がった想いは、それとはかけ離れたものだ。知り合い、言い合いをしたものの、言葉を交わした。そんな人物が、目の前で消し飛んだ。その光景が――彼女の感情を揺さぶり起こす。

 

「……あなたたち――許さない、絶対に!」

 

 彼女の知る()()()()には否定された、聞きたくもないと言わせた言葉だが、今の自分の気持ちをストレートに表すには、これ以上なかった。

 

「よくも……よくも!」

 

 最後の一機となったセイバータイガーが飛び掛かるも、それは一瞬のうちに切り裂かれた。銀毛狐は背部の刃を展開し、さらにエネルギーを過剰に放出することで実体なき刃を作りだした。

 雪を蹴り飛ばし、一直線にガルドのダークスパイナーに向かって駆けた。

 

「なにっ!?」

 

 セイバータイガーがこれほど早く全滅させられるのは想定外だったのだろう。ガルドは慌て、しかしすぐに冷静を取り戻しダークスパイナーの武装を放出する。マシンガンに二連キャノン砲。口内に仕込まれた火球弾も打ち放ち、迎撃に移った。

 だが、通じない。その全てを回避され、さらにダークスパイナー自体が恐れた。迫りくるそれは、過剰放出されたエネルギーを刃に見立てる。それは、狐の尾にも見えた。

 

 その姿は、幻の存在とも謳われた銀毛九尾の狐。

 

「ガルド!」

 

 敗北を覚えたガルドの眼前に、もう一機のダークスパイナーが割り込んだ。攪乱に集中していたはずだが、敵機にはもう通じないと考え加勢に来たのだろう。

 

「レイカ、来るな!」

 

 思わずガルドは叫ぶ。銀毛狐の必殺の一撃は、いかにダークスパイナーといえど耐えられない。だが、その叫びは遅かった。

 一瞬のうちに間合いへと飛び込んだ銀毛狐が駆け抜け、レイカのダークスパイナーは四肢を切断され、首を切り落とされ、八つ裂きに斬り捨てられた。

 

「レイカ!」

「ガルド! 今よ!」

 

 斬り捨てられた首の中。機能を無くしたコックピットの中でレイかが叫ぶ。すぐにガルドはその意図を察した。ダークスパイナー一機を破壊することにエネルギーを使い果たした銀毛狐は、もう戦闘に加われない。

 風と雪煙を振り払い、最後の攻勢とばかりにガルドのダークスパイナーは口を開く。火球弾で銀毛狐を倒し、邪魔者を排除するのだ。

 

「我々の勝ちだ。守護者どもよ!」

 

 犠牲は多かったが、この戦いでの勝者は自分たちだ。そう確信し、ガルドはトリガーを引く――、

 

 

 

 しかし、火球弾は放たれない。

 

「何故だ!」

 

 モニターを睨み、異常を探す。その正体はすぐに割り出された。砲塔に異物が突き込まれ、いや、砲塔が破壊されたことでセーフティが作動し攻撃できないのだ。しかしいったい誰が?

 

 

 

「忘れてねぇか? オレは最強だぜ!」

 

 その声は、ダークスパイナーの口内からだった。

 

「ジーニアス!」

 

 彼女が歓喜のままに叫んだ。

 ジーニアスだ。ガン・ギャラドにマシンガンの脅威から庇われた彼は、思い出した補聴器を身につけることで自由を取り戻した。そして、右手に握りしめた刀をダークスパイナーの口内砲塔に突き刺し、さらに鋼鉄化させた腕で砲塔を破壊したのだ。いくらジーニアスが特異な力を持っているとはいえ、あまりに化け物じみていた。

 

「この……バケモノがッ!!!!」

「はっ、オレは、生身でも最強なんだよ。最強のバケモノで構わねぇぜ。知らねぇのか? 小型ゾイドの装甲なら、オレは素手で壊せるんだぜ。砲塔程度、わけねぇ。予習不足だったな」

 

 ジーニアスは、にやりと得意げに笑う。

 ガン・ギャラド諸共戦闘不能に追い込んだかに思われていたが、ジーニアスはまだ健在だ。ガン・ギャラドの方は、翼に加えて足も砕かれたおかげで身動きを取れない。だが、パイロットの脅威は未だに衰えていなかった。

 

「ちぃ……だが! まだだ! 我らはここで魔神を手にする! 我らの目的のためにもな!」

「テメェらの目的なんざ知ったこっちゃねぇ! オレは最強の足掛かりにテメェらを倒す! それだけだ!」

「雷神様は絶対目覚めさせない! 私たちの平和を、壊させはしない!」

「邪魔をするな! ガルドの野望を阻むものは、私が許さない!」

 

 四者四様。ガルドが、ジーニアスが、銀毛狐の彼女が、レイカが叫ぶ。それぞれの想いを言葉に乗せ、限界の戦いは最終局面へ突入しようとしていた、――その時だった。

 

 

 

 グゥオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

 グローバリー台地を、いやデルポイ大陸そのものを揺るがすような大音響の咆哮が解き放たれた。音波だけで銀毛狐は吹き飛び、ガルドのダークスパイナーはレイカの入ったダークスパイナーの頭部を捕まえながら後方に弾け飛ぶ。そして、口内から零れ落ちたジーニアスは雪にもみくちゃにされながら転がって行く。

 

「がぁぁああああ!!!!」

 

 ジーニアスは叫んだ。飛ばされたことではなく、頭に走った激痛からだ。まるで脳味噌を金鎚で殴られたような、頭蓋骨ごと頭を叩き砕かれたような、想像を絶する激痛がジーニアスの頭を駆け抜ける。

 それはジーニアスだけではなかった。銀毛狐の彼女も、だ。そしてガルドたちも、ジーニアスほどではないにしろ激痛に苛まれた。

 

 グゥオオオオオオ!! ゴォオオオオオオオオオオ!!!!

 

 轟咆はまだ止まらない。厚く積もり固まった雪を弾き飛ばし、大地を揺るがし、大気を激しく振動させた。その圧倒的な力は、彼女にある可能性を想起させる。

 

「これって……まさか!?」

 

 そして、ジーニアスも、この感覚に覚えがあった。激痛の中で確かに感じる、精神を鷲掴みにされたような気持ち悪さ。五感の全てが、本能から屈服することを強制するような、圧倒的な力の差。そう、つい数ヶ月前にも、それを間近で体感していたはずだ。

 

「おい、おい……案の定ってか? グローバリー台地は――()()()()()()()()ってことなんだな!」

 

 そして、その場の者たちは見た。

 台地にあった小山が鳴動し、崩れる様を。山から突き出した岩の柱の様な物体が、激しく()()する様を。

 

 山が崩れ、武骨な姿が現れる。それは、一体の生物の姿をしていた。

 まず目に付くのはドリルのような角。それは太く、長い。一本がゴジュラスを凌駕する太さを有しており、それが二本。さらにその間、中間の下にはもう一本の鋭い一角が。大地に突き刺せば、惑星Ziの中心部まで貫く大穴を穿つのではないかと錯覚してしまいそうなほど、太く、長く、鋭い剛角だ。

 地の底からせり上がる巨大な一枚岩は、重厚な脚だった。それ一つが砦一個に匹敵する太さと重々しさ併せ持つ、巨大な脚だ。

 四足歩行の横に長い体形は、巨大すぎる身体を支え疾駆するには相応しい。背中には巨大な砲塔が二門、衝撃砲と思しき武装がさらに二門。加えて、機体側面には無数の内臓ミサイルと思しき武装が施されていた。さらに、背中には唸りを上げて回転する巨大なローラーが備えられていた。機能はデスザウラーの荷電粒子吸入ファンのようにも思えるが、しかし桁違いの大きさだ。そして、すぐにその考えの過ちに気づかされる。それは、ガラガラと錆びた重厚な鉄と鉄が軋むような爆音を立てながら回りだし、共鳴するように巨体に力が充満する。それの役割は攻撃のためのエネルギー吸収装置ではなく、艦船に備えられたピストン式の動力炉と同様だ。デスザウラーやギルベイダーとはまた違う、巨体な四足歩行が生み出す安定感と他の追随を許さない重量感。それを支える莫大なエネルギー源が、このローラーにあった。

 動く要塞。それがかのレッドホーンを表す言葉ならば、これは“動く城塞都市”はたまた“地上の大戦艦”とでも言えばいいのだろうか。無数のゾイドと要塞。一個の国が持つ戦力と戦闘設備の全てを束ねることでようやく、このゾイドに匹敵する。そんな予感がした。

 それの目が金色の輝きを帯び、生気を取り戻したように口から白煙を吐き出した。シューと音を立てて吐き出された煙からは、これほどの存在でもなお、一個のゾイドであることを再認識させた。そう、惨禍の魔龍(ギルベイダー)と同じように。

 

 ジーニアスは確信する。間違いない。これが、魔龍や魔獣に比肩した、嘗て太古の世界で覇権を巡り争ったゾイド、最後の一体。

 

「雷神様――マッドサンダー!」

 

 銀毛狐の彼女が呟いた名が、全てを物語っていた。

 

 現れたるゾイドは、『轟雷の魔神』の異名を持つ最強ゾイドの一角。

 

 地を駆ける大魔神。その名を、『マッドサンダー』。

 

 

 

 

 

 

「お前たち! なにしてるんだ! 早く逃げろ!」

 

 その声は、新たな乱入者の者だ。見ると、もう一体の銀毛狐がその場に現れた。

 

「早く逃げろ! ここに居ると危険だぞ!」

「でも()()()!」

「離れればじきに落ち着くって話だ! そこのあんたも、早くしろ!」

 

 現れた青年と思しき声に有無を言わさず怒鳴られ、流石のジーニアスも戦おうという意思はなかった。ガン・ギャラドのコックピットに滑り込み、再生し始めた翼を羽ばたかせて戦場を離脱する。

 ガルドとレイカ、その部下たちもさすがに状況的に不可能だと察したのだろう。速やかに戦場を離脱する。

 

 

 

 すべての者が泡を食って逃げ惑う様を尻目に、マッドサンダーは地面にドリルの双角を突き立て、グローバリー台地の地中へとその身を沈めて行く。その前に、マッドサンダーは煩わしげにもう一声、吠えた。

 

 グゥゥゥ……。グオオオオオオオオ! グゴァアアアアアアアア!!!!

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 デルポイに封じられたゾイド、マッドサンダーは、正確には封じられたわけではなかった。

 

 デスザウラーはある方法の下に封じられ、その後にギルベイダーが巫女の儀式というシステムの下、眠りに就いた。

 そうして次はマッドサンダーの番であるとされたのだが、マッドサンダーはあろうことか大地に大穴を穿ち、海中を突き進んでデルポイの大陸に渡った。そして、ひとしきりデルポイの地で自由気ままに暴れたマッドサンダーは、自ら眠りに就くことを選んだ。すなわち、苦労の末封じたのではなく、暴れ牛のように暴れ回った末、疲れて自ら眠りに就いたのだ。

 そうして、マッドサンダーは長い時間眠り、偶に目覚めてはデルポイを破壊し、また眠るという循環を繰り返した。

 今日のデルポイを作りだした、デルポイで暴れ回ったゾイドとは、マッドサンダーのことだったのである。

 今回の目覚めは、自身の近くで激しい戦闘が行われたために()()()()()一瞬目を覚ましただけというものだ。そして、目覚めたのは実に数百年ぶりだとか。

 

「はた迷惑な古代ゾイドだな、おい!」

 

 その話を聞かされたジーニアスは、憤慨と呆れを混ぜ込みながら言った。

 

「つまりだ! お前らがあそこを見張ってんのは、マッドサンダーが目を覚ます前兆を確かめるためってわけか?」

「ええ。だからあそこでの戦闘は避けたかったの。あそこで暴れたら、『雷神様』を刺激して起こしてしまうから」

「今日のは――まぁ寝相が悪かった、みたいな感じだな。また眠りに就いたから、しばらくは放置していても問題ないだろうな」

 

 二人の補足説明を聞きつつ、ジーニアスは心底あきれ果てた。

 破滅の魔獣はコアを本体から分離するという形――他にも封印の要があったと伝わるが――で封印され、惨禍の魔龍は長年続けられた封印の巫女システムの下に管理されていた。同種の存在だというに、轟雷の魔神はまるで手の付けられない猛獣を恐々と見張っているようなものだった。とてもではないが、同じ存在とは思えない。

 

「俺達は、跡継ぎのいなかったヤードおじさんから雷神様を見張るよう頼まれたんだ。恩人の頼みだし、身寄りのなかった俺たちに行く場所なんてなかった。だから、これが俺たちの役目なんだ。誰にだって出来ることじゃないし、誇りをもってやってるよ」

「そうかい。オレはもう付き合ってらんねぇや」

 

 スケールの大きい出来事に唐突に巻き込まれたと思ったらこれだ。あまりにも馬鹿馬鹿しい幕引きに、さしものジーニアスも面倒くさいと思い始めていた。

 

「どこ行くの?」

「オレの頭痛って、ようするにあいつの(いびき)が頭に響いてただけだろうが。こんな寝られねぇとこに居られるかよ」

 

 グローバリー台地で起こる頭痛は、マッドサンダーが半休眠時に起こすノイズ音が原因だ。それは――言い換えれば鼾そのものだった。マッドサンダーのそれはゾイドにとって不快な音らしく、ガン・ギャラドのように古代ゾイドに耐性があるならまだしも、普通のゾイドでは不愉快この上ない。そして、ゾイドに近しいゾイド人の先祖返りであるジーニアスには、これが強く作用していたのだ。

 投げやりに答え、ジーニアスは愛機の足元に歩み寄った。すっかり再生を果たした脚と翼をみやり、移動には問題ないことを視認する。

 

「もう、行っちゃうのね」

「オレは最強を目指してんだ。一か所に留まってらんねぇよ」

 

 唾を吐き捨てつつ、ジーニアスはコックピットに座る。ちらりと二人を見やると、その背後のゾイドが目についた。白銀の機体色をしたキツネ型ゾイド。背部武装は違うが、それ以外は全く同じ。雪の白に紛れる白銀は、まるで雪の中で幻覚を見ているようだった。

 

 呼び名は、そう、幻覚の狐(ミラージュフォックス)。それが相応しいか。

 

 ミラージュフォックスの足元で、二人がこちらを見上げている。青年の方は兄らしい。髪色は違うが、兄妹の関係を結んだ、といったところか。妹の彼女が、何か言いたげにこちらを見上げている。

 しばし考え、ジーニアスはコックピットから立ち上がった。

 

「おい、ティス!」

 

 彼女――ティスがはっと顔を上げた。名前で呼んだのは、初めてだ。

 

「テメェには負けっぱなしだからなぁ。次来た時は、オレが勝つ! 負け越しは認めねぇぜ!」

 

 いつものように嘲笑するような笑み。そのはずが、なぜかティスは嬉しそうに笑顔を返した。たぶん、自分は久しぶりに邪気の薄い笑みを浮かべたのだろう。腹が立つ。

 

「私に勝てるかな? とっても強い師匠に鍛えられたんだよ、私たち」

「そういうことなら、今度来た時は俺も手合せ願おうかな」

 

 ティスの兄――カイも面白そうだと苦笑しながら言った。

 ティスの得意げな笑顔が、記憶の中のユニアと重なった。もう見せることはなかった屈託のない笑顔。ユニアからは消えたが、ティスには、まだ残されている。それが、なんとなく……、

 

 ――んなわけあるか。

 

 無言のままコックピットを閉め、ガン・ギャラドは今度こそ飛び立つ。一気に高度を上げ、兄妹の姿は瞬く間に白の中へと消えた。

 

「またな。ティス、カイ」

 

 出会った二人の名を小さく呟き、ジーニアスとガン・ギャラドはデルポイ西部へと向かう。

 

 

 

「袖振り合うも多生の縁、か」

 

 ジーニアスはティスの言葉を小さく繰り返した。

 以前、ジーニアスは『仲間と共に目指す最強』に敗北した。それを否定する想いは、まだ深い。そんな最強を、ジーニアスは認めない。独りで勝ち続ける、それこそが最強なのだ。

 ……ただ、“踏み台”にする“知り合い”は、あってもいいのではないかと思う。いずれ、全員倒すのだから。他の奴に倒されたら困る。

 

 己に最強の姿を見せたアリエル・バレンシア。ジーニアスの助力になると誓い、散って行ったユニア・コーリン。それは全て過去のもので、彼らが見せた力や想いは、全てジーニアスの糧だ。そして、この数日でできた縁も、多少なりともジーニアスの経験、糧になっただろう。

 

「オレは独りで最強を目指す。出会った奴らは、全てオレの糧だ」

 

 見出した最強への道筋を胸に、ジーニアスは空を駆けた。

 




 さて、ジーニアス主軸のおまけ話はいかがでしたでしょうか。
 今回登場となりました『轟雷の魔神』ことマッドサンダーですが、こんな設定で登場と相成りました。本編で大暴れしてくれたorする予定の魔龍や魔獣と遜色ない強力なゾイドで、まさしく最強の一角を占める存在です。ちなみに、私は書いてる時にモンハンのウカムルバスをイメージしていました。手出ししなければ問題ない。ただ、いざ目覚められれば手に負えない、そんなバケモノです。

 本作のゾイドは生命体であることを強く押し出した描き方なんで、機械で兵器であるという描き方はしていません。正直、この部分はバトスト好きのゾイダーの方々に受け入れられ難い部分ではないかと思ってるんですよね。
 先日、Pixivの方でゾイド小説を読んだ時、私の書き方との違いを実感してそんなことを考えました。

 それでは、

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