第二章『幼帝戴冠編』の開始です!
第11話:新たな依頼
帝国と共和国の長きに渡る戦争は終わった。
もっとも、それは表面上だ。帝国は皇帝の死という一大事に見舞われ、その上で実権を握った皇太子ルドルフにより強引に終結させられたようなものだ。
この平和は一時的なものに過ぎないかもしれない。それでも、人々は喜んだ。長きに渡る戦争の終結を。そして願った。この平和が、長きに渡る戦乱の世の終わりであることを。
ニューへリックシティ。
へリック共和国の首都であるここは、まさにお祭り騒ぎだった。つい数日前も進行してきた帝国軍の撃退で祭に酔いしれていたが、今回はその比ではなかった。
当然だ。首都の目前――ニューへリック湾にまで押し寄せた帝国軍を撤退せしめたのだ。その上、両国の首脳同士で変わらぬ和平の約束がなされている。この出来事に、人々は喜び、歌い、踊った。
「今日は祝いだ! メニュー全品半額だ! さぁ存分に食ってくれ!」
気の良い店主がテーブルに料理を並べる。見るからに美味しそうな肉のステーキ。たっぷりの野菜スープ。焼き立てふかふかのパン……。でき立てホカホカの料理に、卓に着いた二人は目を輝かせる!
「「いっただっきまーす!!!!」」
がっつくようにして、目の前の料理に挑みかかる。一つ一つが絶品の味付けで、普段からひもじい食生活だった二人はすっかり堪能する。
「なぁおやじ。ホントに半額なんだよな? 今更通常価格で払えつったって金がねぇぞ!」
「なに言ってる! お客様は神様だ! そんな罰当たりなことはしねぇ! たーんと食ってくれや!」
「サンキュー!」
「おいしー!! 普段はこんなの食べれないよ! ねぇロージ?」
「当然。旅から旅に、放浪し続ける俺らに贅沢は敵だ」
喋りつつも、ものすごい勢いで平らげ、あっという間にテーブルの上は空いた皿で埋め尽くされた。
「――まったく、ここまで食うとはなぁ……まぁ今日だからいいんだけどな」
店主はにっこりと笑いながら食後のコーヒーを差し出した。ロージと呼ばれた青年はそれを少し飲み、満足げに息を吐く。
「ふぅ。ごちそうさま。うまかったよ」
「ごちそうさまー」
向かい合って座る少女は同じように出されたジュースを美味しそうに飲み干す。
「いやいや、気持ちのいい客に会えて俺も嬉しいよ。君たちは……兄妹なのかい……?」
「ん? ああ、そうだよ」
「へぇ、随分年の離れた兄妹だなぁ……名前は? ああいや、客の名を聞くもんじゃねぇか」
店主が頭を掻きながら苦笑する。
「気にすんな。俺はローレンジ・コーヴ。賞金稼ぎだ。んでこっちが妹の――」
「フェイトです」
あの出会いから二年、二人は今も旅を続けていた。
***
「悪いなニュート。待たせちまって」
「キィ? キィキィ」
「そんなことないよー、だって。ニュートは優しいねぇ」
フェイトがニュートに頬ずりし、ニュートも嬉しそうに甘えた声で応える。それを一歩引いた距離から眺め、ローレンジは視線を周囲に向けた。お祭り騒ぎは相変わらずで、オーガノイドを気に掛ける人はいない。だが、いくつかこちらに目を光らせている者もいる。
「さて、そろそろ行こうか。フェイト」
「はーい。行こっ、ニュート」
二年前だ。ローレンジとフェイトが出会ったのは。
フェイトの育ての親から世界を見せてあげてほしいと頼まれ、ローレンジは以前の職から賞金稼ぎに転向。決して平穏ではない――むしろ危なっかしい――が、それでも昔よりは充実した日々を過ごしている。
今日もそうだった。あることから傭兵として雇われ、だが終戦というめでたい出来事にとびつき、雇い主から勝手に離れてきた。自由気ままな賞金稼ぎの暮らし。結局、こっちの方が合っていたのだと最近のローレンジは思っている。
「ねぇロージ。勝手に離れてよかったの? あの軍人さん、怒らないかなぁ?」
「なこと言ってもさ、あっちに着いて行ったって、暗ーい葬儀ごとに巻き込まれるんだぞ。だったら、こっちで平和の祭りを満喫した方がいいだろ?」
「うーん、ちょっと不謹慎かな?」
「それじゃあへリック国民みんなが不謹慎になっちまう。流れ流れる俺達はこれでいいの」
「ふーん」
二人は数日前まで、ガイロス帝国に雇われていた。最前線に赴いていた第一装甲師団に従軍し、へリック共和国最大の要塞――マウントオッサ要塞攻撃部隊に居たのだ。
しかし、ガイロス帝国前皇帝――ツェッペリン二世が死去したのをきっかけに、部隊から抜けてきた。そして、今に至るのである。
「ロージ! あれ美味しそう! ねぇ買って買って!」
「へいへい。えーっと……ああパパオ飴か。おっちゃん、それ一つ」
「あいよ」
パパオの実に溶かした砂糖をまぶした祭の定番ともいえるアメ菓子を受け取り、フェイトに渡す。
「キィ~……」
「いやニュート。お前は食えねぇだろ」
「ニュートも食べる?」
「やめとけ、ニュートが壊れるかもしれないぞ」
店主から受け取ったパパオ飴を大事に両手で持ち、目を輝かせて少しずつその味を堪能する。ローレンジも先ほど買ったカステラ菓子を口に入れ、柔らかい食感を味わっている。
そんな二人の視線の先では、共和国ゾイドを模した神輿のようなものが通りを進んでいた。主力である大型機のゴジュラスにゴルドス、果てはゴドスやガイサックと言った小型ゾイドを模したものまであった。
帝国との戦闘があったのは昨日のことで、共和国国民は一晩でこの祭の準備を整えた。へリック共和国はけっこう祭り好きなのかとローレンジが錯覚するほどの準備の良さである。
「戦争の後始末とか大変だろうに。まぁ今日くらいふざけたいってとこか」
そう感想を吐きつつ、都市のどこかには陽気に酒を飲む共和国の兵士もいるのだろうと思い、僅かに笑みがこぼれた。
「今日くらいは楽しめばいいんだよね」
「そーゆーことだな」
「じゃあさ! あっちで美味しそうなお菓子あったから買って!」
「まだ食うのかよ!?」
そんなこんなで、二人は終戦のお祭り騒ぎを楽しんでいた……のだが。
「……見失った」
ローレンジが少し目を離した隙に、フェイトとニュートの姿が見えなくなっていた。周囲は人でごった返しており、まだ十歳のフェイトの姿はそうそう見つけられない。
「まずいな。フェイト達がもしも襲われでもしたら……被害者が出かねない」
フェイトの身の安全はそこまでしていなかった。この二年間、一緒に旅をしてきた中でローレンジはフェイトに身を守る術を教えている。実際にそれで窮地を免れたこともあった。なにより、フェイトの傍にはニュートがいる筈だ。
ニュートはローレンジよりもフェイトに懐いており、ゾイド戦の最中でもない限りはフェイトの傍に付きっきりだ。さらに、ニュートはいざとなればその凶暴性がむき出しになる。普段はおとなしい分そのギャップはかなりのものだ。一般市民程度なら簡単に蹴散らせる。下手をすれば共和国兵相手でも十分だ。
だからこそ、フェイト達に詰め寄って被害が出た後のことをローレンジは心配した。とにかく、聞いてみるが一番かと思い辺りを見渡し、手近なところに居た少年に尋ねる。
「なぁ君、ちょっと聞きたいんだけど……」
「ん? なに?」
先ほど買ったものと同じ、パパオ飴を食べていた少年が振り返る。黒髪の、如何にも気合一筋といった風な少年だ。その少年の横には、美しい色合いの銀色のゾイドが居た。大きさは人間より一回り大きい程度。ニュートが二足歩行すれば、ちょうど同じくらいの大きさだ。
――こいつもオーガノイドか? こんな町中で見るとはな。
「なぁ、なんかよう?」
「あ、っと……この辺でさ、女の子見なかった? 十歳くらいの、緑色の髪をした」
「女の子? いや、俺は見てないぜ。ジークは?」
「グゥオ?」
「見てないってさ。フィーネ?」
「さっき……あっちの方で見かけた」
銀色のオーガノイドに気を取られていたが、少年の横には金髪の少女もいた。あどけなさの残る顔立ちの、美少女と言っていい可愛らしい少女だ。どこか遠くを見るような目で人ごみの向こうを示す少女からはおとなしい少女という印象を覚える。
――なんか、雰囲気がフェイトに似てるような……いや、あいつと性格大違いだな。第一印象的に。
「分かった、サンキュ」
「ああ――あ、俺たちも手伝おうか?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとな」
簡単に礼を告げ、ローレンジはその場を去る。その姿は、あっという間に雑踏の中に消えた。
「……何か慌ててたけど、大丈夫か?」
「さぁ……あ、アーバイン、ムンベイ」
「おいお前ら、迷子なってんじゃねぇぞ!」
「もう~探したのよ。そろそろ行きましょう」
「おう! んじゃ、ゾイドイヴ探しの再開だな!」
***
「あ~あ、こっちか?」
ローレンジは人込みを避け、一旦路地裏に入り込む。もしかしたらフェイトが来てるんじゃないか? そんな淡い期待からだった。そして、それは正解だった。
「――っ」
直感だけで横に飛び退く。背後から何者かがナイフを片手に忍び寄っていた。ギリギリまで近づき襲いかかろうとした者の攻撃。しかしローレンジはそれをあっさり躱し、逆に足払いをかけて転ばせる。すぐさまナイフを弾き飛ばし、流れるような手つきで拳銃を取り出し相手のこめかみに付きつけた。
先ほどまでののんびりした顔つきから、一気に冷めた目つきに変わり、襲撃者を睨みつけた。薄い紫色の長い髪をした男だ。
「いったい何の用だ。俺に――」
「――そこまでだよ」
棘のある女性の声。銃を離さず声のした方を向くと、フェイトの首に片手を回し銃を付きつけた女性がいた。紫色のパイロットスーツを着込む、かなりの美人だ。
その傍らにはもう一人、黄色い髪の巨体の男がいる。その足元にはニュートが電気鞭で打ち倒されていた。
「噂の賞金稼ぎ。まさか本当にガキを連れてるとはね」
「御託はいいからフェイトを離せ。じゃないとこの男が――」
「その前にこの子が死ぬ。不利なのはあんたのほうさ」
グイッ、と銃がフェイトの頭に押し付けられた。それにフェイトは怯える。
……のだが、そのあからさまなわざとらしさに、心の中でローレンジは笑い、嘆息する。
――はぁ、ダメだ。フェイトが変な方向に育ってる気がする。
おそらく油断させて隙を突く気なのだろう。およそ十歳の少女――子供が考えることじゃない。無論、ローレンジがいざという時のために教えた事なのだが。
――まぁ、活用させてもらうかな。
ニュートに目を向ける。こちらも倒れたフリをして合図を待っているようだった。
「へいへい。これでいいか?」
銃を落とし、両手を上げて肩をすくめて見せる。倒れていた男が立ちあがったのが音で分かる。
「こんなもんか? なぁヴィオーラ。やっぱりこいつに協力させるのは……」
「そうだね。この程度じゃ足手まといにしか――」
ヴィオーラと呼ばれた女性の拘束が緩んだ瞬間、フェイトが思いっきりその手を噛んだ。痛みでさらに緩む拘束。それに仲間の男たちが気を取られた一瞬の隙を突いて、ローレンジは男の膝の裏に蹴りを入れて転がす。ニュートも尻尾で巨漢の男の背中を打ち据え、打ち倒す。
「こいつっ」
起き上がろうとする男の腕を踏みつけ、女性が落とした拳銃と自分が転がした拳銃を拾い上げ逆に突きつける。薄紫の髪の男と女性が同時に動きを止めた。形勢逆転だ。
「ふぅ――フェイト。勝手に離れるなよ。こーゆーことになるから」
「ごめんなさ~い。でもロージが助けてくれたよ」
「毎回こんなことされてたら、心臓がいくつあっても足りねぇよ……で?」
隙を見せないよう警戒しつつ、襲ってきた三人を睥睨する。
「何の用だ? さっきの口ぶりからすると、俺に何かを手伝わせようってコトらしかったけど、誰が足手まといだって?」
「……ちっ、しょうがないね。アタシたちの負けだ。……アンタに頼みがある。今回のは……ガキを連れてるっていうから心配でね、試させてもらったのさ」
「要件」
「……あたしはヴィオーラ。そいつはビアンコで、こっちがジャッロ。元はデザルトアルコバレーノって盗賊団だった者さ」
「盗賊団……」
フェイトが小さく呟く。ローレンジがこれまで多数の盗賊を倒してきたのを知っているから、その同類と見たのだろう。少し、冷めた声音だった。
「実は、アタシたちのリーダーだったロッソが帝国に捕まってね。どうにか助けたい」
「……つまり、脱獄の手助けをしろ、と?」
「いや、脱獄の準備は整ってるさ。ただ、せっかく脱獄させるんだ。一つプレゼントを送ってやりたくてね。それを手に入れる手伝いをしてほしい」
「へぇ。わざわざ人に頼るってことは、ずいぶん大胆なプレゼント作戦なんだな。――だが、俺が盗賊団の依頼なんて汚いコトに手を染めるとでも?」
「アンタが腑抜けた噂から黒い噂までいろいろ引き摺ってるのは知ってる。それはかなり広まってるよ。裏社会でも落ちぶれたあたしたちに手を貸したってアンタの評判は落ちないと思うけど?」
ローレンジは銃を突きつけたまま思考を巡らす。だが、それにさした時間はいらなかった。うん、と一つ頷くと拳銃を下ろし、腰にしまってその意向を告げる。
「いいぞ。どんなプレゼントかは知らないが、手伝ってやる」
こうして、今日のローレンジ達の仕事は決まった。
***
「それじゃあ四日後、帝国領で落ち合うってことかい?」
「ああ。レドラーとモルガでも、強行すればすぐだろ? それに、もともと俺は保険なんだろ?」
「まぁね」
ヴィオーラたちとの話を終え、ローレンジたちは再び雑踏に戻る。このまま一緒に帝国領に行っても良かったのだが、その前にヘルキャットの整備を終えておきたかった。だから……
「皆に会うのも久しぶりだね。前に会ったのは二年前……だっけ?」
「ああ、二年ぶりだ。またメンバーが増えてんだろうな。とにかく、待ち合わせの時間までもうすぐだし早く行くぞ」
「はーい」
「キィ!」
若干早歩きになりつつ、二人はニューへリックシティを後にする。
二人の家族ともいえる組織、
本章は一話ごとの話が第一章よりも長くなっている時が多々あります。
一万字越えの話もありますので、ご理解の上読んでいただければ幸いです。
さて、次回はいよいよ