恋愛とは、ちょっとズレた気がしました。
タリスは日も昇っていない早朝に執務室にやってくると、日課である新聞を広げる。
タリスは
「最近は……やっぱりこのネタばかりね」
一面にでかでかと書かれているのはヴォルフとアンナの結婚報道。
自治都市エリュシオンを束ねる市長であり、そして新帝国樹立の暁には初代皇帝とその皇后様なのだ。連日の紙面を飾るにはふさわしいネタである。
ただ、タリスにとっては、自身の友人の結婚話がいつまでも紙面に載っており、なんとなく嫌味な気がするのだ。
「……私は、いつアンナに追いつけるのかしら」
結婚など所詮は夢物語。そんな夢を見るよりも、今日の生活(食)をどうにかしなければ。
PKに引き込まれるまでは夢を見る余裕など欠片もない日々を送っていたのだ。それが、今はこうして思いを寄せる相手からの言葉を待つ余裕を持ちつつ日々の業務に当たっている。そう思うと、少し申し訳ないような、嘗ての困窮がこそが夢の出来事だったように思う。
「……ローレンジはいつ……無理ね」
想い人は
別に、タリスは彼らを嫌っているわけではない。彼らのことは十分に理解しているし、そんな二人を引き入れたローレンジの心境だって解ってるつもりだ。もっと言えば、彼らを迎え入れることにローレンジに真っ先に同意したのは他ならぬ自分だ。
ただ、騒乱後の落ち着きのない情勢下で必死になってきた反動か。それともPK時代の数少ない友人の結婚を目の当たりにしたからか。どうして私は、と言う感情を制御するのが難しくなっているのは定かではない。
「まったく、少しくらい話せてもいいじゃない」
あの騒乱の最中にローレンジに発破をかけることはあった。そんな時、タリスは『頭領と副長』という関係でなく、『想い人と自分』という立場で話をした。
けど、それでは少し満足できない。
昨日のご飯はどうだった。
おいしいコーヒー豆が入った。
メンバーの○○がこんなことをした。
意味なんていらない。
ただその日あったことを語り合うだけでいい。
一切の価値のない無駄会話で構わない。
最後にそんなくだらない会話をローレンジとしたのは、もうどれくらい前のことだろうか。
「……あら?」
ぼんやりと記事を目で追っていく中、ページをめくったところで一つの記事が目に付いた。
傷ましい事件の記事だ。義賊団
「これって……」
覚えがある。
事件の犠牲となった義賊は、
義賊と呼ばれている通り、その評判もいい。
戦時下の裏で暴虐を尽くしていた幾人もの悪党を懲らしめており、多数の民から支持されてきた。
弱気を助け、悪を挫く。
当然ながら、
『あれはあれの解釈で動いてる。無茶することもあったが、あいつらの正義に沿って動いてんだ。俺があいつらを貶す理由はない』
当時ローレンジが引き受けていた仕事は
特に後者の仕事については、ローレンジと彼らで目的が共通することもあり、手を組むことも多々あったらしい。
そんな彼らが突如として壊滅した。かなり大きな事件だったのは間違いなく、一ページ内のかなり多くの枠を割いてその記事が記されていた。彼らが拠点としていた場所は見るも無残らしく、拠点の壁面や床のあちこちには鮮血が飛び散っていたらしい。
「おや、それもう記事になってんのかい」
「誰!?」
突然投げかけられた声に、新聞を放り捨てて立ち上がった。
聞き覚えのない、嗄れ声だ。声の主に見当はつかず、だからこそタリスは警戒心を逆立てる。流れるような動きで片手は腰のホルスターに伸び――
「おっと。そう警戒しなさんな。なにもとって殺しに来たわけじゃないんだからさ」
首筋に冷たい感触が走る。銃口だ。それが首に押し付けられた。たったそれだけで、ぴたりと動きを封じられてしまう。この部屋にいたのは自分一人、のはずだった。いつの間に侵入されたのだろう。
「いったい、何者です?」
「そうさね。今日のところはおせっかいなババアってことにしておこう」
タリスはどうにか視線を彼女に合わせる。それだけでも背筋が凍り付きそうなほど恐ろしい。なのに、そこに居るのは本人が語る通り一人の老婆でしかなかった。
全身を覆う旅用の外套で容姿は定かでない。けれど、その喉から紡がれるしゃがれた地声に、皺だらけで節くれだった拳銃を握る手。タリスよりも一回り小さな背格好。なんとなくその年は想像がつく。
「ではお聞きします。その世話焼きのお婆さまが、このようなところに一体何用ですか?」
「ふぅん。弟子に免許皆伝を言い渡しに来たのさ。あの子、ひとまずコブラスとケリつけたみたいだからね。山超えたご褒美に言葉を授けに来たんだが」
「弟子、コブラス……まさか、ローレンジの!?」
「察しがよくて助かるよ。肝心のあいつは?」
ローレンジはいない。数日前にふらりと出ていった。「野暮用だ」と呟いて、それ以上の言葉は残さなかった。
老婆に対する答えを模索すること数秒。その間に老婆は不在を悟り「はっ」と短く笑声を響かせた。
「いない、か。ならあんたに伝えてもらおう。あいつに、あんたが来るべき時が来たと思ったなら、あたしの言葉を授けな。あんたが脚色しても構わないよ。その代わり必ず伝えるんだ」
「な、なにを……」
「いいかい、あいつは――」
ローレンジは、『最高の殺し屋』だよ。
頭領の師匠がやってきた。それはもう
血も涙もない、悪鬼の生まれ変わりの様だとか。
身長二メートルを超える大柄な男で頭領の嫁(暫定)を手籠めにしようとしたとか。
はたまた頭領とは十ほど年が離れているものの、師弟の仲を超えた禁断の愛を誓っていたとか。
しばらくの
そんなある日のことである。
「頭領っ!」
駆け込んできた男の焦燥を見るまでもなく、ローレンジは椅子を蹴り立つ。彼自身も焦っているだろうが、その様子を部下には見せない。無論、それは副長のタリスも同じこと。数刻前の報告を脳内で反芻しながらローレンジに続く。
「なかなかどうして、気分も優れねぇって時に嫌がらせかクソッタレが」
部下には見せないが、ローレンジは少々疲れ顔だった。実のところ、今日帰ってきたばかりなのである。帰ったらあらぬうわさで集落内が浮足立っていて、それを把握する前にこの騒動だ。肉体的にも精神的にも、ローレンジは疲労困憊であった。
ローレンジは足早に外へ出る。すると、待っていたように黒髪の青年がやってくる。レイヴンだ。
「ローレンジ、俺が――」
「悪い、お前はどっかに隠れててくれ」
「なぜだ」と表情で問うレイヴンに、ローレンジはがしがしと自分の頭をかいた。
「奴はこれ見よがしにこっちに向かってやがる。当然ヘリックもガイロスもすでに知っているはず。お前のことをうちが庇ってるのが公になったら余計に面倒だ」
「だが、奴はまっすぐここに向かっている。エリュシオンではなく、ここだ。なら、奴の狙いは……」
「前に話してくれたことが確かならお前との闘争、だろうな。それ以外に理由が思い当たらねぇ。けど、ここは抑えてくれ」
「どうする気だ」
「シラを切り通す。現状でも厄介だらけなんだ。これ以上疑惑ふっかけられたら対処しきれねぇ。ジェノブレイカーも格納庫の奥に隠したし、なんとかするさ」
なおも言い淀むレイヴンの相手をやってきたリーゼとフェイトに任せ、ローレンジはまっすぐ
争う意思は見せない。それは、やってきた敵対者に対して穏便に済ませようという意思の表れで、それでいて警戒心を限界まで示したのはどこかで見張っているかもしれないガイロス、ヘリックの手のものへのアピール。
本当に、厄介なタイミングで来てくれたものだ。そうタリスは内心で独り言つ。
見上げるは上空。呆れるような晴天の下、サンサンと照りつける太陽光を遮って漆黒の
ニクスの守護者、黒龍ガン・ギャラド。
闘争の果て、最強の頂を見据える男が、再びローレンジ達の前に立ちはだかる。
その時だった。それに気付いたのは。
タリスが気付くことができたのは、ほんの小さな偶然が重なった結果だ。
ローレンジの言っていた二国の間者が近くに潜んでいるのではないか。そんな予感が頭を過り、上空のガン・ギャラドから目を逸らし、周囲を見渡す。
だからこそ、気づくことができた。
その場の全員の意識が上空に向けられている。その隙を突き、気配を殺し、しかし迷いなく短刀を片手にかけてくる存在がいたことに。
「ローレンジ!」
叫び、謎の襲撃者から庇うようにタリスは身構える。
だが、すぐさま反応したローレンジはタリスを突き飛ばし、自らも胸に備えたナイフを抜き身とし、襲撃者と相対した。
ギィンと鋼と鋼がぶつかる嫌な音が
それで終わるはずもなく、襲撃者はナイフを引くと膝蹴りを見舞った。ローレンジはナイフを持つ手とは逆の手で受け止め、衝撃を殺すべく飛び離れる。そして流れる動作で腰の拳銃を抜き放った。セーフティを外し、足裏を地面に擦らせながら構える。
しかし、襲撃者の足が速かった。構えられた拳銃はさらに距離を詰めた襲撃者の強烈な蹴りでローレンジの腕ごと明後日に弾かれる。ローレンジは「ちっ」と小さく舌打ちし、銃撃を諦めると自らも距離を詰める。
そこからは至近距離での格闘だ。
強烈な足技で攻め立てる襲撃者に対し、ローレンジもどうにか応じる。だが、はた目にも苦戦しているのは明らかだった。
少しでも援護になれば。タリスは自らも拳銃を抜き、襲撃者に向けた。だが、もつれあうように格闘する両者を前にすれば、容易に引き金を引けない。誤ってローレンジにあててしまう可能性のほうが高い。
「副長、手出しは無用ですよ」
いつの間にか傍らに来ていたのか。ヨハンがタリスの拳銃を抑えた。
「どうして」
「あれ、かなりの手練れです。どうやら右腕がないようですが、それを考慮した独特なバランスを取っている。慣れない体の動かし方の所為で動きが読みづらい。頭領も攻めあぐねているんだ」
ならなおさら援護が必要ではないか。そう視線で問うも、ヨハンは首を横に振る。
「我々の援護は邪魔になるだけです。頭領に任せたほうがいい。それに……あれの動き、かなり崩れているが、どことなく頭領に似ている。基礎は同じじゃないか? 俺とも……」
後半の言葉の意味はタリスには分からない。ただ、戦闘行為に関しては――悔しいが――ヨハンのほうが断然詳しい。専門家と言っても過言ではない。そのヨハンの言は信じよう。
二人の問答の間にも襲撃者とローレンジの闘争は続く。振るわれる刃と拳。まるで舞うような戦闘に二人の戦闘は、見る者に有無を言わせぬ圧倒さがあった。
だが、それもやがて終わりが訪れる。襲撃者の強烈な蹴りが、ローレンジの刃をはじいた。負けじとローレンジも応戦するが、その時には襲撃者の短刀を握りしめた拳が胸を打った。肺の空気を押し出され、せき込むローレンジ。一瞬、空気が凍りつく。凍りついた空気のまま、襲撃者は地を蹴り、短刀を逆手にローレンジに飛び込む。
刃が凪がれる。その
だが遅い。すでに必殺の間合いに入った襲撃者の腕が大きく振られ――
次の瞬間、襲撃者は短刀を捨て、ローレンジを抱きしめた。
「……え?」
飛び出した格好のまま、タリスはその状況に思考を止めた。体も動かない。それは現場の全員が同じだった。先ほどとは別の意味で、場の空気が凍りつく。
「やっと会えた」
やがて、片腕できつくローレンジを抱きしめた襲撃者は、囁くように言葉を零す。そして、ローレンジも満足そうに「はっ」と笑声を響かせ、小さな笑み浮かべる。
「ずいぶん刺激的なこった。今更何しにきやがった」
「あなたに会いに、じゃダメかな」
「ならフツーに来い。下手な小細工いらねーよ」
ゆっくりと抱擁を解き、襲撃者は目深に被ったフードを下ろす。亜麻色のツインテールが
人懐っこい緑色の瞳を輝かせ、表情を見せた彼女は笑った。
「やっと会えた、ローレンジ」
「たくっ、コブラスといいお前といい、登場が刺激的過ぎんだよ」
やれやれと肩をすくめ、ローレンジは優しく笑む。
「久しぶり、ティス」
***
「あれ、頭領の兄弟弟子なんだって?」
「頭領ってこないだ夜襲かけた凄腕の殺し屋に鍛えられたんだよな。じゃ、あんな可愛い子も殺し屋なのか」
「嘘だろ!? どっかの村の看板娘とかじゃなくて!?」
「デルポイから来たらしいぜ」
「デルポイって、あの野生ゾイドの巣窟か」
「秘境の美女って奴だな」
「あんな娘が嫁になってくれたら、俺賞金稼ぎやめたっていい」
「俺も」
「高望みすんなよ。俺らなんかになびいてくれるわけないぜ」
「それに頭領並につえぇぞ。見たか? あの頭領を片手でさばいてたぜ」
「あーだめだ。頭領ってバケモンだろ。それと渡り合える時点で人間じゃねぇ」
「でも可愛いよなぁ」
「あぁ……」
遥かデルポイの中央山脈からやってきた頭領の兄弟弟子。その上、ニクスの守護龍を従えたジーニアス・デルダロスと対等に会話ができる稀有な女性。話題の種にならない訳がない。
一部では頭領の幼馴染だとか、秘めた恋心を遂げにやってきたのだとか、そんな浮ついた噂まで立ち上る始末だ。
デススティンガーの被害による復興が進む時勢、少しずつ平穏な時を取り戻しつつあるエウロペだ。そういった浮かれ気分の噂が立っても仕方ないとは思う。
ただ、とタリスは思った。
少しばかり、その噂が気に入らない。
「失礼します」
頭領の執務室。タリスの主な仕事場であるそこに入ると、すでに二人は席に着いていた。
頼まれた珈琲を準備する傍ら、二人の会話がタリスの耳に入る。
「でも少し不満かな」
「あ、何がだよ」
「九年ぶりなのに、ローレンジ驚いてくれなかったんだもん。もうちょっとオーバーリアクションがあってもよかったじゃない」
「あのなぁ、それなら事前に生存報告なんざしなけりゃいいんだ」
「え? なにそれ?」
「お前がジーニアスに頼んで持ってこさせたんじゃねぇのか? これ」
「知らないよ。――って、まさかあいつ! 私に無断で勝手に出したの!?」
「なかなかこっぱずかしい事書いてあったなぁ。えーと――」
「やめて音読しないで!」
「ははっ」と笑うローレンジの顔は穏やかだ。自然体な、当たり前の笑顔。ただ、それでも顔の端々には内面の疲労が目に見えていた。
どうぞ、と珈琲の入ったカップを置き、一礼して部屋を辞する。そして部屋から去る、ように足音を響かせ、実際は戸の傍に立ち聞き耳を立てる。
久しぶりに再会した頭領の旧友。ともなると自分は邪魔でしかないだろう。こうして聞き耳を立てるのも失礼に当たるのだろうが、抑えていられなかった。
「デルポイに居るんだろ? 何やってんだよ」
「グローバリー台地、覚えてる? あそこの守り人、かな」
「変わったことやってんなぁ。そこって俺たちの修行場だったけど、なにがあんだよ。奥にはZiマザーなんて呼ばれてるご神体があったけどさ」
「うーん。私も詳しくは。でも雷神様が眠ってるわ。ジーニアスに聞いたら、こっちでは轟雷の魔神って呼ばれてたみたいだけど」
タリスはその言葉に息を飲んだ。『轟雷の魔神』。暗黒大陸で聞いた、
それはローレンジも同じだろう。「おいおい……」と呆れ口調を漏らしているが、その言葉の内側には彼の驚愕の感情があった。
しかし、ローレンジは魔神の話題についてはそれ以上触れようとしなかった。デススティンガー、そしてデスザウラーの一件が解決したため、再び蒸し返すようなことはしたくないのだろう。ローレンジ自身、その渦中にいたと言っても実際は蚊帳の外に限りなく近い立ち位置だった。バンやフィーネならまだしも、ローレンジはこれ以上それらとかかわりを持つ気もない。
古代ゾイドとあればフェイトも強く反応していただろう。しかし、フェイトはD騒乱の一件以来、古代ゾイド人に関することに向ける熱を失いかけていた。あの一件はもう一区切りついている。それ以上に、これからの
ローレンジとティスは、互いに取り留めのない話題に華を咲かせた。九年もの間連絡もつかず、生きているかも不明という有様であったが、互いに空いた時間の溝は、再開した瞬間に埋められてしまったような、そんな距離感であった。
あるいは、もう二人の間での決着はついているのだろうか。
ティスは、ローレンジの兄妹弟子だ。フェイトの前の、妹分に当たる人物でもある。そして、ローレンジが消えぬ傷を自らに負った、その原因でもある少女だ。
あの傷がローレンジをどれほど蝕んだかはタリスもよく知っている。だからこそ彼女の襲来はローレンジにとって良くないものだと思っていた。
ことに、今日という日は、ローレンジの精神状態が平常ではない。
大丈夫、なのかな……?
「タリス!」
少し考えていただけのつもりだったが、意外にも時間がたっていたらしい。唐突に呼び掛けられ、意識が現実に引き戻された。
戸は空いていないが、ローレンジの声には確信があった。立ち聞きしていたことはとっくにばれていたようだ。観念し、ひっそりと部屋に入る。
「ここの案内、してやってくれよ」
ローレンジは、なぜか眉間にしわを寄せながら、吐き捨てるように言った。
「馴染みの方でしょう。あなたがしては?」
「そんな気分じゃなくなった。……あー、少し、考え事がな」
苛立ってる。
見ればすぐわかった。聞き耳を立てていながら、タリスは今になるまでそれに気付かなかった。荒げられた声音も聞こえなかったが、それほど自分は思考に耽っていたのだろうか。だとしたら、少し情けない。
「えっと、よろしくお願いします」
少しはにかんで告げる狐のような彼女は、どこかさびしげにそう告げるのだった。
***
ティスは兄とともにデルポイの山奥で暮らしているが、引きこもっているというわけではないらしい。とある地の守護の役目を果たすためにも離れる訳にはいかないが、それでは世情に疎くなってしまう。
常に世を見、世界の行く末を知るべし。師と呼ぶ人物から教えられた心得に従い、彼らは兄妹の片方が守護者としてその地に留まり、もう片方がデルポイ中を、さらにはエウロペまで旅して周り、情報を更新していこうと決めていた。
約二年前までは兄のカイが旅に出ており、ジーニアスがやってきた時期に旅してまわる役目を交代したのだとか。そうしてエウロペにやってきた際、風の噂でローレンジが傭兵団を立ち上げていると聞き、流離っていたジーニアスと利害の一致から
襲撃をジョークと言い張るあたり、ローレンジに近い妙な常識はずれを感じる。
また、彼女の双子の兄であるカイは以前の旅の中でヘリック共和国軍と接触しているらしい。彼女たちの愛機であるキツネ型ゾイド――ミラージュフォックスの情報も共和国に伝わっているようだ。
ヘルキャットに近しい特性を有する彼のゾイドが共和国で運用される可能性もあるだろう。
「あ、ここ景色いい~!」
一通りの集落の案内を終え、タリスとティスは
屋根の上でサボって寝ているヨハンだったり。事務仕事をほったらかして保護している子供たちと遊んで――本人は訓練と言い張るが――いるローレンジだったり。せこせこ落とし穴を作っている自称
「ローレンジいいなぁ。こんな穏やかなとこでみんなに囲まれて、幸せそう」
「そう、ですか……」
「うん。私たちと一緒の時は、優しいけどおっかない部分があったから。あれでコブラスに似てる戦闘狂なんだよ、ローレンジって。でも……これでよかったんだ」
高台を吹き抜ける風に飛ばされた彼女の言葉は、やはり寂しげだ。そして、彼女が胸の内に秘める想いを、タリスは少しばかり理解できる気がした。
「頭領とは、何を話していたので?」
「気になるの?」
「彼が、少し苛立っていましたから」
「そっか……」とティスは景色に視線を投げながら呟いた。
しばし、物思いにふけるようにぼんやりと
「コブラスのことを、ね」
コブラス・ヴァーグ。ローレンジの最初の弟弟子であり、ティスと彼女の兄とも同門だった。ただそれ以上のことは、タリスは知らない。
惑星Ziを壊すと宣言したり、その一環でデススティンガーの案件でもヒルツ等に協力したり。また、フェイトの話ではゾイドイヴについても何か知っている風だったと言う。
ただ、その行動はどうにも謎だらけだ。結局のところ彼が何者で、本当は何を目指していたのか。その真意はまったく分からない。
「ローレンジにさ、コブラスは今も迷い続けてるんじゃないかなって、話したんだ」
「迷っている?」
「うん。コブラスが今の感じになっちゃったのはあの時……師匠の指示で、私たちが直接、本気で戦った時。劣勢になったコブラスをあの子のオーガノイドが取り込んで、それから私たちにも分からなくなっちゃったの。あの子がどうしてあんな風になっちゃったのか。昔はさ。ずっと素直な子だったんだよ。私たちと技を磨いて、その成果を試すときはいっつもキラキラした目をしてた。でも、あの子が本当に望んでたのは……」
ティスは言葉を切り、目を瞑る。瞼の裏に映った光景を馳せ、達観した表情を見せた。
「だとしたら、コブラスの迷いを断ち切れるのは、ローレンジだけ。そう話したんだけどね」
つい、そんな軽い――言葉にするほど軽いものではないが――想いで訊いたことをタリスは少し後悔した。これは、ローレンジとティス、そしてコブラス。彼等兄弟弟子間での問題だ。自分ごときが踏み込んでいい話題ではない
「ローレンジも、コブラスについては色々考え込んじゃってるのかなー。あんなことがあったからしかたない、か。私も、ジーニアスに会わなかったら、こっちに来ようと思わなかったし」
「あはは」と苦笑し、ティスは髪を梳いた。同時に吹き抜ける風が、彼女の亜麻色のツインテールをなびかせる。
「けど、ローレンジ今はそれどころじゃないみたい」
哀しそうに、目を伏せながらティスは言った。
「たぶん。またやっちゃったんだよね」
「……はい」
ティスの言葉の意味を察して、タリスは肯定の答えを出す。流石は妹弟子。九年も離れていたというのに、ローレンジの変化を目ざとく感じていた。
「誰をやったのか、あなたは分かる?」
「おそらく、嘗て懇意にしていた義賊の方々を、全員」
ティスは「あーあ」とため息交じりに零す。呆れたように、そして今日一番の悲しみを籠めて「……もう、私じゃ救ってあげられない、か」と呟いた。
「ローレンジさ、自分の信条に誇りを持ってる。赦せない、どうしようもないってなったら、本当に容赦ない。ホントは寂しくて哀しいのに、絶対に意思を曲げない。どんなにつらくても」
「知ってますよ。見ましたから」
タリスの脳裏にこびりついた鮮血の記憶は、今でも鮮明に覚えている。
どんなに取り繕おうと、決して消し去ることのできない、ローレンジ・コーヴと言う男の本当の姿。
また、どこかで吹き荒れたのだ。
あの悲しみの大風が。
「タリスさん」
ティスが振り返り、歩み寄る。そして、タリスを抱きしめた。
「私の想い。ぜんっっっぶ籠める! だから、ローレンジをお願い!」
木枯しの様だった彼女は、渋る