ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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おまけ:兄貴と姉貴 後編

「おい……起きろ」

 

 体を揺すられる感覚が、意識を揺り起こした。重い瞼をこすって、ぼやけた視界にバンダナの少年を映す。

 

「ん、アイン?」

「外が騒がしい。行くぞ」

 

 それだけ告げると、双眼鏡を片手にアインは小走りで階段の方に向かう。マリアもぼんやりとした意識を叱咤し、どうにかその後を追った。

 階段を上る途中、「ドスン」と心臓に響くような衝撃を感じ、寝ぼけていた意識が覚醒する。慌てて駆け上がると、アインが「伏せろ」と短く言い放った。指示に従ってしゃがみ、アインの傍につく。眼下では、シールドライガーが伏せっていた。その横腹からはもうもうと黒い煙が立っている。

 

「な、なにがあったの!?」

「奴らだ。もう帰ってきやがったか」

 

 アインから双眼鏡を預かってのぞき込む。遠く、地平線の彼方から一機のゾイドがこちらに向かっていた。深紅の装甲、どっしりとした四足恐竜型。頭部にそそり立つ鋭く大きな一角。

 

「レッドホーン!?」

「その長距離狙撃カスタムか。シールドライガーの作的範囲外から狙撃しやがったんだ」

 

 ゆっくりと遺跡に向かって歩みを進めるレッドホーン。その傍には、従者のごとき芋虫型ゾイド、モルガも付き添っている。こちらも背部にビーム砲を装備した機体だ。空にはドラゴン型飛行ゾイド、レドラーの姿もあった。

 

「盗賊どもだ。俺と同じ、お宝が目当ての連中さ」

「アイン、知ってたんでしょ。なんで昨日教えてくれなかったの!」

「奴らが戻ってくるのは、もう二日はあると踏んでたんだ。くそ、意外と早えじゃねぇか」

 

 アインは仕方なく盗賊たちとのいざこざを語った。

 アインが遺跡に侵入して二日経ったころだ。どうにか遺跡から脱出することを計画していたアインは、この日、脱出に踏み切った。シールドライガーには奥の手の対ゾイド電磁地雷――ゾイドの機能を一時的にマヒさせる――をしかけ、その隙に逃げ出す手はずだった。だが運悪く遺跡のお宝を目当てにしてきた盗賊団と鉢合わせし、彼らから逃げているうちにシールドライガーが復帰してきたのだ。盗賊たちはシールドライガーに手ひどくやられ、アインはもう一度遺跡に逃げ込むしかなかった。

 その盗賊たちが、体勢を立て直して戻ってきたのだ。シールドライガーに負わされた傷も完全に復旧していることだろう。

 

 遠距離からの狙撃でシールドライガーは手痛いダメージを負った。戦闘は不可能だろう。それはつまり、盗賊たちの行く手を阻む最大の障壁が排除されたということ。盗賊たちが、遺跡内に踏み込んでくるということ。

 

「くそっ、厄介なことになってきやがった。これじゃ逃げられねぇ!」

「あの人たちが入ってくるのとは別のところから逃げれないの?」

「この遺跡。案外頑丈で形もしっかりしてやがる。お前が入ってきた穴が唯一の出入り口だ」

 

 つまり、遺跡から逃げ出すにはどうあがいてもただ一つの出入り口から出ねばならないということ。そして。盗賊たちは目当てのお宝をアインが持っていると知っており、何が何でもアインたちを探し出しに来るだろうということ。

 今から急いで遺跡を出て、アインのゾイドを呼び出したとして、乗り込んでいる隙にレッドホーンの狙撃で叩かれる。レッドホーンの強力な狙撃では、とても太刀打ちできない。

 

「奴らが忍び込んで来たら、入れ替わる形で逃げるか。いや、ここが袋小路てのは向こうも分かってる。入り口で張られる。拳銃も持ってたから、正面対決は不利。奴らから奪うか? 使ったことねぇよ、土壇場ならリスクはできる限り避けてぇ。けど四の五の言ってられねぇか……」

「アイン……」

「ちっ、心配すんな。お前は村まで送り届ける。いざとなったら俺のゾイドをもってけ」

 

 そういうとアインは懐から小さな機械を渡した。アインのゾイドを呼び出すキーだ。

 

「待って、それじゃアインが」

「うるせぇ、黙ってろ。……中で各個撃破するか。それで奴らの武器をうまく使うしかねぇな」

 

 マリアの横で、アインは考えていた。どうにかしてこの窮地を脱する方法を、()()()、無事ウィンドコロニーまで逃げおおせる方法を。

 アインはぶっきらぼうで、目つきの悪い不良少年だ。けれど、その根っこは他人を見捨てられないとてもやさしい、尊いもの。最初は警戒心剥き出しだったが、たった一日でそれも薄れていた。

 アインは優しい人だ。たった一日一緒にいただけのマリアを、どうにかして逃がそうと試行錯誤している。

 なら、

 

 ――お父さん!

 

 心の中で、マリアは祈る。

 強かった父、弟のあこがれる、世界で最高の父。最高のゾイド乗り。その魂は、弟だけじゃない。私にだって受け継がれている。

 

「アイン」

「なんだよ」

「この遺跡の中のこと、アインは知り尽くしているのよね」

「当然だ」

「教えて。どこで待ち伏せたらいいかとか、なにをしたらいいか」

「ああ? 何言ってんだお前。お前みたいなぬるい奴はこういう場には合わねぇよ、俺に任せとけ」

「私だって! 私だって、村を守ったお父さんの娘なの。あんな人たちに、最初から背を向けて隠れてるだけじゃない」

 

 じっと、アインの目を見つめる。アインも同様だった。本気か否か問われているような気がして、マリアはまっすぐ見つめ返す。

 

「奴らに捕まったら、ただじゃ済まねぇぞ。ロクな目に遭わねぇ」

「うん」

「ぶん殴られて、足とか腕とか銃で撃たれて、もっと痛い目見るかもしれねぇ。最悪、どっかに売りとっばされるか――死ぬか」

「分かってる。隠れてたって、アインの言ったとおりにしかならない」

 

 やがて、しわが寄っていたアインの額から、それがなくなった。代わりに、得意げな笑顔が覗く。

 

「仕方ねぇ。あんたの憧れの英雄の親父に恥じぬ戦い、見せつけてやるか。弟がうらやむくらいの派手な土産話をしてやれ!」

「いつかゴジュラスに乗るのよね。なら、レッドホーンなんかに負けられないでしょ!」

 

 どちらともなく、瞳が煌めいた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 入り口から入ってしばし奥に進んだ場所は、先日のシールドライガーとの追いかけっこの衝撃で瓦礫が散乱していた。二階に向かう階段はその部屋にあり道は二手に分かれる。その一角には、アインが身を潜めている。マリアは二階だ。

 以前遭遇したアインの経験を踏まえると盗賊たちは三人組で、おそらく一人が入り口に陣取り、他のメンバーで侵入してくる。つまり、遺跡の中に踏み入ってくるのは二人。この二人を外の一人に気づかれることなく制してしまえばいい。二人から拳銃を奪ってしまえば、こちらには二丁の拳銃が握られる。扱える必要はない、脅しに使えればいい。

 

 やがて、踏み入ってきた二人は、周囲を警戒しながら二階へと上がってくる。二手に分かれてくれれば各個に叩くことを狙えたが、彼らは一部屋ずつ確実にしらみつぶしする方法を選んだらしい。それはそれで想定内だ。そして、マリアの正念場である。

 

 彼らが二階に上がってきたタイミングで小石を投げる。カツンと、乾いた音が響いた。

 

「おい」

 

 柱の陰に隠れながら、マリアは盗賊たちの様子を窺う。

 

「小僧! でてきやがれ!」

 

 ガンと発砲音が唸り、石柱を叩いた。初めて生で聞く銃の発砲音に、マリアの心臓が強く跳ねた。悲鳴が口から零れる。

 

「……小僧、じゃねぇ?」

「誰だ、出てこい!」

 

 緊張で頭が回らない。けれど、それを精一杯の気持ちで抑え込む。深呼吸し、逃走経路を確認、脳内でシミュレートし、大きく息を吸い込む。その決意を遮るようにもう一発、銃声が鳴り響き、銃弾が床を叩いた。マリアの隠れる石柱の横。足元だ。

 もう、これ以上は無理だ。

 

 ――お父さん! 私に、少しの勇気を!

 

 覚悟を決め、駆けだした。背後から「なっ、おい待て!」とだみ声が投げつけられるが、かまわず走る。今にも背中を撃たれるんじゃないかと思うが、事前にアインから言われたことを信じ、ただ走った。

 たどり着いたのは行き止まり、そこではっとなって振り返る。その態度から、盗賊たちはマリアがやみくもに逃げてここに来たのだと思い込んだらしい。

 

「おいおい、なかなかかわいいじゃねぇの」

「お嬢ちゃんどっから来たんだい。おじさんたちが、家まで送ってやるよ」

 

 口々に下卑た言葉を投げかけてくる。マリアは足元の瓦礫をとった。必死の攻勢――の演技だ。

 

「そんなもん意味ねぇよ、こいつが見えねぇのか?」

 

 そういって見せびらかすように銃をちらつかせた。もう一人は描く隙もなくしっかり構え、付きつけてくる。そして、そのまま一歩一歩と迫ってくる。

 

 ――あと三歩、二歩、一歩……今!

 

 二人が部屋の真ん中に来た直後、その足元が崩れる。

 

「――なあっ!?」

 

 一人が唐突の出来事に対処しきれず、そのまま床下に消えていく。だがもう一人は落ちずに済んだようだ。マリアは歯噛みし、改めて覚悟を決める。

 

「それっ!」

 

 持っていた瓦礫を男の脛めがけて投げつけた。注意をそがれていた男はその瓦礫を避けられるはずもなく体勢を崩す。その背後に回り込み、全力で突き落とす。

 

「うあっ!?」

 

 悲鳴を上げて落下していく男。落下した彼を待っていたのは、鉄パイプを構えたアインだった。

 

「よぅ、ドチンピラども」

 

 大の男二人と言えど、体勢を大きく崩したところに荒んだ環境にもまれ育ってきたアインの攻撃を食らえばただでは済まない。先に落ちた男を制したアインに後頭部を叩かれ、もう一人もたまらず気絶した。

 

「アイン! 大丈夫!?」

「おう! いくぞ!」

 

 アインは男たちから拳銃を拾い上げ、一つを駆け付けたマリアに投げ渡すと一気に走り出す。マリアもそれに追走した。目指すは遺跡の出口。これだけの騒ぎを起こしたのだ、入り口に張っていた男も様子を見に入ってくる。そこまでも、アインの計算の内だ。

 

「おい、どうし――ガキ!」

 

 入り口に張っていた男はアインの顔を見るや憤怒の形相で殴り掛かってきた。好都合だ。アインは持っていた鉄パイプを男に投げつけ、それをしのいだ男の腹に飛び蹴りをくらわす。

 

「走れ! 止まるな!」

 

 男のマウントをとり、その顔面に力いっぱい拳を叩きつけながらアインは叫んだ。言われるがままにマリアは遺跡を飛び出す。

 入り口を飛び出したところで「あっ」と言葉を詰まらせた。シールドライガーだ。横腹から黒煙を立ち昇らせるその機体は、周囲に設置された円筒缶から発せられる電気の檻に囲まれていた。聞いたことがある。大型の野生ゾイドの捕獲に用いられる捕獲装置だ。円筒缶一つ一つから発せられる電気がゾイドの身体を麻痺させ、完全にその動きを封じる。捕獲の際に()()()として用いられる装置だ。

 

 傷つき、動きも封じられたシールドライガーの無念が伝わってくるようだった。そして、マリアはその姿につい足を止めてしまう。思考を奪われる。それが致命的だった。

 

 マリアの目の前に一人の男が現れた。いったいどこから、などと思案する余裕もない、男はマリアの腕をとり、もう片方の腕で首を絞める。

 

「いや! 放して!」

「そうはいかねぇ。あのガキの仲間だろ。逃がさねぇよ」

「テメェ! マリアを放せ!」

「おっと、そうはいかねぇ」

 

 アインが叫びながら拳銃を抜くが、それより早く、マリアの頭に男の銃が突き付けられた。アインの鉄パイプのはったりではない。本物だ。ひゅっ、と喉を空気が通り抜ける。

 

「はっ、残念だったなぁガキが」

「くそ、いったいどこに」

 

 そういいながらアインは視線をレッドホーンに向け、悟ったような顔になる。レッドホーンの背中には、偵察用のビークルがある。ずっとそちらに乗っていたのだ。

 

「おら、そいつを捨てな」

 

 後ろからアインに顔面を殴られた男がやってくる。人質をとって状況が好転したからか、煙草を咥えながらだ。

 

「それとも、あのかわいいお嬢ちゃんの頭に風穴が空くのが望みか?」

「ちっ」

 

 アインが拳銃を投げ捨てる。それが、敗北の証になった。煙草の男に後ろから殴られる。アインが投げつけた鉄パイプで、だ。砂漠に落ちた鉄パイプが、砂地を赤く染めた。

 

「お返しだぜクソガキどもが! リーダー、こいつらどうします?」

「さぁてな」

 

 リーダーと呼ばれた男は、マリアを片手で締めながらアインに歩み寄った。そして、アインの頭を足蹴にした。

 

「宝はどこだ」

 

 アインは男を睨みつけながら、ポケットから巾着袋を取り出す。

 

「くれてやるから、見逃してくんねぇか?」

「ふん、バカ言え。女は売り飛ばし、テメェはここで死ぬんだよ。まぁ、その前に」

 

 煙草の男がアインの手から巾着袋を取り上げる。そして、遺跡の中から出てきた二人にアインを捕まえさせた。膝立ちのアインに、男は煙草を手に持ちながらゆっくり近づく。

 

「大人をなめ腐ってくれた報いだ。たっぷり地獄を味合わせて、殺してやるさ」

 

 手に持った煙草を、アインの右目に近づけた。焼き潰すつもりだ。

 

「アイン! 放して、ちょっと!」

 

 なされることを察したマリアはどうにかして助けようと男の腕の中でもがくけれど、マリアの力では男の締めを解くことはできない。

 マリアの力ではこの状況を打破することはできない。そうしている間にも、アインの右目にゆっくりと煙草の先が迫っている。アインの動悸が、荒い呼吸が、心音が、離れているマリアにも伝わってくる。

 

 ――助けて、誰か! お父さん!

 

 心の中で助けを求めるも、それに答える者はいない。ここには、マリアと、アインと、盗賊たちと、動けないシールドライガーしかいない。

 

 

 

 ……しか?

 

 違う。

 もう一人、いや、もう一機だけ。この場に存在した。

 そして、それを呼び寄せるものは、マリアのポケットの中にある。

 

 マリアは右手で男の腕に抵抗しながら、左手をポケットに忍ばせた。目的のものはすぐに握りこめる。ボタンらしきところを手探りで探し、見つけたそれを押し込む。

 

 ――お願い! 届いて!

 

 できることはもうそれだけ、マリアは祈った。

 

 

 

 果たして、その祈りは届いた。

 

 ズン、という音と共に、大地が揺れる。アインの右目と煙草の先の距離は1ミリといったところで、その動きが止まった。

 

「なんだ?」

 

 男たちが戸惑う。呼応するかのようにまたしても振動。それは、あっという間に彼らの足元に到達した。

 地面が揺れる。地震と間違うほどの揺れに、アインを捕まえていた男二人の拘束が緩んだ。アインはすぐさま伏せ、転がってそれから抜け出すと、走り出した。マリアの元へ。

 

「マリアを、放せぇッ!!」

 

 捨てられていた鉄パイプを握りこんで肉薄。大地の鳴動に足を取られたリーダーの顔面に、思いっきり叩きつけた。もんどりうってあおむけに倒れるリーダー。その腕の拘束から逃れたマリアの手をとり――ついでに宝の入った巾着袋も拾い上げた。マリアも離さないようにとアインの手を握り返す。

 

「手ぇ放すんじゃねぇぞマリア!」

「ええ!」

 

 アインは迷うことなく揺れの最も激しい場所に向かう。

 砂漠の砂地が盛り上がり、アインとマリアを乗せながら、地中からそれは現れた。

 

「ステルスバイパー!?」

「俺の相棒さ」

 

 アインは得意げにニヤリと笑った。長大な体躯を持つヘビ型ゾイド、ステルスバイパーのコックピットにマリアと共に滑り込み、操縦桿を握りこむ。

 

「さぁて相棒、とっととずらかるぜ!」

「待ってアイン、ライガーも」

「あ? しょーがねーな」

 

 アインの操縦を経て、ステルスバイパーは砂地にもう一度潜り込むとシールドライガーへと向かう。そしてその機体を拘束している捕獲装置の土台を地中から崩した。

 拘束の解けたシールドライガーは、しかしまだ動けそうになかった。「グルル……」と唸りながら、砂地をひっかいている。

 

「……宝は、あとで返してやる。今は逃げさせてくれよ」

 

 アインはシールドライガーにそう呟くと、その場を離脱すべくステルスバイパーを進ませた。盗賊たちに痛手を負わせたが、不意を突いたに過ぎない。特にレッドホーンの射程圏外に逃げるには、一秒すら惜しい。

 

 ステルスバイパーの前方が爆発する。レッドホーンの長距離射撃だ。長射程の二連装砲の威力は、直撃すればステルスバイパーなどひとたまりもない。だが、アインはその年に見合わぬ腕前のゾイド乗りだった。連続して撃ち込まれる砲撃、追撃に入ったモルガの射撃、そのすべてを躱しきった。

 

「はっ、どしたどした! 当ててみろよチンピラどもが!」

 

 ゾイド乗りとしてはマリアはからっきしだ。父に乗せてもらった経験しかない。もちろん、操縦桿はおろか後部座席でのサポートの経験すらない。けれど、ステルスバイパーがかなり無理をしているのだけは分かった。

 

「アイン、このままじゃ」

「逃げ切る! ぜってー逃げ切ってやる! また、また亡くすなんて、そんなのは御免だ!」

 

 言いつつ、アインは機体を反転させた。レッドホーンにモルガ二機、そのすべてから逃げ切るのは絶望的だ。ただ、モルガの砲撃を沈黙させれば、可能性は上がる。このまま逃げに徹するよりは、遥かにマシだ。

 逃げ続けていたステルスバイパーが急に反転したことで、照準が狂う。その隙を逃さず、ステルスバイパーの両頬に備えたヘビーマシンガンが火を噴いた。しかし、モルガの頭部にすべて弾かれる。

 モルガの頭部は小型ゾイドの装甲としては規格外の厚さだ。アインもそれは理解している。牽制で頭部に撃ち込み、側面に入り込む。長い体躯のステルスバイパーは、方向転換も自由自在だ。砂漠や森を主な戦場としているため、その地形適正も相まって一機を仕留めた。

 だが、この隙にレッドホーンのレーダーがステルスバイパーを捉えていた。モルガに集中し、意識が外れていたのも、レッドホーンになびく風となる。

 

 その刹那だった。レッドホーンの巨体が揺らいだ。側面から強力な体当たりを食らい、機体のバランスが崩れる。倒れこむまではいかないが、射撃体勢は大きく崩れた。

 

「シールドライガー!?」

「あいつ……」

 

 マリアとアインは息をのむ。今だ煙を噴きながら、しかし、両の脚で体を支え、レッドホーンに食らいつくシールドライガーの姿。

 シールドライガーの視点からすれば、それは守るべき遺跡を荒らし、自身を穢した賊に対する報復だったのだろう。あるいは、獅子の意地をかけた反撃か。

 

 だが、重傷を負った身でレッドホーンと力比べとなれば、レッドホーンにも分があった。

 ライガーも負けてはいない。獅子の誇りにかけて、勇名を馳せたトレジャーハンターの愛機として、負けられない。

 レッドホーンの横腹に突っ込んだ鼻先を突き上げ、レッドホーンを横倒しにするとその腹を踏みつける。そして、猛々しく吠えた。

 

「やるじゃねぇか!」

 

 感心した様子でアインが呟く。獅子の誇りにかけて、遺跡を穢した不埒ものを、ライガーは成敗したのだ。

 勝利の雄たけびが響きわたる。

 ライガーの歓喜を耳にしながら、マリアは戦いが終わったことを実感した。

 

 ――お父さん。私も、強くなってるよ。

 

 アインに頼りきりだったのは否めない。けれど、弟のように一人で村を飛び出し、アインと力を合わせて悪人をやっつけることができた。これで、死んだ父も安心するだろうか。

 

「アイン。ライガーに宝を返しに行きましょう」

「このまま奪っちまってもいいんだがなぁ」

「だめよ。ちゃんと返さないと、そう決めたでしょ」

「そうだったか?」

 

 冗談めかして呟きつつ、アインはステルスバイパーを遺跡に向かわせる。

 

 

 

 その瞬間だった。

 シールドライガーの背が爆発した。

 

 

 

 それは、空からの砲撃だった。

 仰ぎ見る二人の視界には、深紅のドラゴン型ゾイドの姿がった。レドラーだ。盗賊たちの持つ最後の一機。

 

「マズい! 逃げ切れねぇ」

 

 アインが呻く。空戦ゾイドの速度は地上のゾイドの速度を遥かに凌ぐ。絶対的なアドバンテージがレドラーにはあった。

 

「地中に潜ったら」

「ダメだ! まだレッドホーンが生きてる! レーダーですぐ見つかっちまう!」

 

 アインの言うとおりだった。シールドライガーに押し倒されたレッドホーンだが、とどめを刺される直前にライガーが倒れたため、息を吹き返していた。どさくさで制御装置(コンバットシステム)も回復したのだろう。もがきながらもどうにか体を起こしていた。

 終わったと思ってからの急戦。戦闘に意識を引き戻すよりも早く、臨戦状態のレドラーが迫った。叩きつけられる砲火が、傷つき年季を重ねていたステルスバイパーを容赦なく引きちぎる。腹部から真っ二つに叩き切られ、頭部を含めた機体前方部は砂漠を派手に転がり、やがて止まった。

 

「アイン!」

「くそ、すまねぇ、さすがに限界だ」

 

 機体が激しく回転したことで、アインの身体にも限界が来た。頭から出血している状態で操縦を続けてきたのだ。

 

「ううん、もう、無理しないでいいから」

「ははは、たくっ、ヤキがまわったもんだ」

 

 キャノピーにはゆっくりとこちらに迫るレッドホーンと、油断なく上空を旋回するレドラーの姿があった。

 万事休す。

 マリアもアインも、最期を覚悟する。

 

 

 

 ふと、砂漠の大地がかすかに揺れた。

 

「なに……?」

 

 最初にそれに気づいたのは、マリアだった。次に気づいたのは、高性能レーダーを持つレッドホーン。

 

「リーダー! レーダーに反応が、すげぇ速さで何かが迫ってきてる!」

「ああ? 何かってなんだよ。まさかライガーがまだ生きてやがったのか?」

「ちげぇ。けど、時速240キロ。こいつぁ――」

「なにぃ!? と、とにかく迎撃だ! 急げ!」

 

 レッドホーンが反転、レドラーも急降下し攻勢に出るが――レドラーが()()()()()()()

 

 マリアも、アインも目を疑う。それは盗賊たちも同様だったろう。砂塵を巻き上げ――砂嵐を巻き起こしやってくるゾイドは、深緑の色をした、虎だ。

 

「まさか、セイバータイ」

 

 リーダーのセリフは最後まで続かず、レッドホーンは目前まで迫った深緑の虎に八つ裂きにされる。襟巻を砕かれ、足を引きちぎられ、頭部を投げ飛ばされ。レッドホーンであった痕跡すら残さぬほどに引きちぎられていった。

 

「――おい……生きてるか」

 

 ザザと電子音を交えながら、セイバータイガーからの通信が届く。

 

「ああ、なんとか」

「そうか。オレはウィンドコロニーってぇとこからガキ一人探せって頼まれてんだ。そこにいんのか?」

「は、はい!」

 

 思わぬところで故郷の名が出て、マリアは弾かれたように答える。

 セイバータイガーは歩み寄り、コックピットを開いた。乗っていたのは薄紫色の髪をした青年だ。賞金稼ぎ、だろうか。

 

「どうやら無事みてぇだな」

「はい」

「なら、そっちのボウズの手当てをしといて待っててくれるか。野暮用がある」

「用ですか?」

「あいつに、引導を渡してやらねぇとな」

 

 そう言って、青年が示したのはシールドライガーだった。傷つき、今にもゾイドコアが停止しそうな状態ながら、ゆっくりとこちらに向かって進んでいる。キャノピーの奥の瞳には、さっきとは別種の、妄執のような炎がともっていた。

 

「引導って、どうして!?」

「あいつは、もう駄目だ。なら、俺とタイガーで最期を迎えさせる。それが――」

 

 コックピットが閉じられ、セイバータイガーが駆けた。その刹那、青年が呟いた言葉を、マリアは反芻する。

 

「ライバルの務め……って?」

「まさか、こんな幕引きとはな」

 

 アインが、駆けていくセイバータイガーの背を目で追いながら、呟いた。

 

「あのライガーの主はトレジャーハンター・ジャッド。その宿敵と噂されたタイガー乗りの賞金稼ぎ、奴は――」

 

 

 

***

 

 

 

 アインの荷袋の中にあった治療器具を取り出して応急処置をしていると、セイバータイガーがやってきた。伏せの体勢をつくり、そのコックピットから青年が飛び降りてくる。

 

「さっきレーダーで見た。あんたの迎えが来てるぜ」

 

 そう言って青年は親指を背後に向ける。砂漠の向こうから、特徴的な長身のゾイドが見える。ブラキオスだ。ウィンドコロニーの土木工事に使われている水陸両用ゾイド。

 

「ありがとうございます。アイン、一緒に」

「いや、俺はいかねぇ」

「アイン!?」

「相棒がこの有様じゃ村まで送れねぇ。だから礼はいらねぇ。それとあんた、頼みがある」

 

 そうアインが話を振った相手は、タイガー乗りの青年だ。

 

「俺を連れてってほしい」

「あ? んでだよ」

「俺は、こんなんじゃダメだ。もっと強くありてぇ。盗掘はやめだ、俺は賞金稼ぎになる。自分(テメェ)も護衛対象も守り通せるくらい、強くなってやる。だから、鍛えてくれよ」

「……オレに教えを請おうなんざ、馬鹿な奴だ」

「そう思ってくれていいさ」

 

 青年はつっかかってくるアインの眼差しを正面から受け止める。やがて「いいぜ、好きにしろ」と告げた。その言葉を受け止め、アインはマリアを見た。

 

「アイン……もう、行っちゃうの?」

「ああ、マリアのお守りはきついからな」

 

 アインは、昨日今日の出来事を経て賞金稼ぎになると決めたのだろう。その理由は、もしかしたら……、少し、自分の想像が当たってるといいなとマリアは思う。

 

「ねぇアイン。もし立派な賞金稼ぎになったらさ。また来てくれない。私の弟を、見てほしいの。あの子突っ走ってばっかりだから、誰かに見ててもらわないとだめだと思う。きっと、アインなら」

「……マリアみたいな意地っ張りなのをか? 骨が折れるぜ」

「私、そんなに意地っ張りだった?」

「ああ、親父に固執してる業突く張りだ」

「なにそれ!」

「ははっ、そのままだ」

 

 軽口をたたき、お互いに笑った。

 たった一日。それだけの経験なのに、もっと長く一緒にいた気がする。

 

 ブラキオスから声が聞こえる。ウィンドコロニーの大工だ。村の人たちが帰ってこないマリアを心配して、賞金稼ぎの青年と一緒に探しに出てきてくれたのだ。

 もう行かないと。

 

「マリア」

 

 駆けだしかけたマリアを、アインが呼び止める。

 

「やるよ」

 

 ぶっきらぼうに差し出されたのは、シールドライガーが守っていた宝だ。

 

「でも、これ」

「ライガーの形見だって? いいだろ、あいつはもう死んだんだ。俺たちの、戦いの想い出ってことで、持っといてくれよ」

 

 そういわれると、なぜだかしっくりくる気がした。それに、シールドライガーも譲ってくれているような気がする。自身の傍で、誇り高い戦いに飛び込んだ勇気ある者への選別として。

 

「うん」

 

 受け取った巾着袋を握りしめる。ぎゅっと握りこみ、決意を固める。

 

「アイン!」

「なんだよ」

 

 今度はマリアから。面倒そうに振り返るアイン。その体に飛び込み、抱きしめ、彼の頬に、顔を近づけた。

 

「なっ――!!」

 

 ばっと飛び離れたアインに。マリアははにかむような笑みを見せる。

 

「私はマリア・フライハイトよ。忘れないで! また会いましょう!」

 

 告げて、後は振り返らない。なぜなら、砂漠の熱い陽光で真っ赤に染まった顔を見せたくなかったから。

 

 

 

 

 ブラキオスに乗り込むと、そこには大工だけでなくマリアの弟もいた。

 

「姉ちゃん! 心配したんだぜ、いったいどこまで――あいてっ!」

「バン! あんたが返ってこないからでしょ! 姉ちゃん、あんたを探してこんなとこまで来たんだからね!」

「えー、俺の所為?」

「まったくもう!」

「がっはっは。まぁ、無事で何よりだ。けどマリアちゃん、この馬鹿が心配だからって勝手に出ていくんじゃねぇぞ。そういう時は俺やレオンに任せとけ」

「はーい」

「あれ、姉ちゃん顔赤くね――」

「うるさい! なんでもない!」

 

 バンから顔を逸らし、マリアは振り返った。

 まだ、あそこには彼がいる。次に会うのはいつだろう。何年後だろうか。

 たぶん、私はもうバンを追いかけて村を抜けだすことはない。それよりも、バンの帰ってくる場所を守っておかなきゃ。

 いつかは、あの人がやってきてくれる場所を。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「忘れ物はない?」

「ないない」

「お土産のジャガイモは持った?」

「持ってるよ」

「フィーネちゃんによろしくね。今度は絶対連れてきなさいよ」

「もちろん」

「その時は遅れないでよ。ねぇちゃん腕によりをかけたごはん準備しとくから」

「ああ、楽しみにしてる」

「それから……」

「だぁーー! もう!」

 

 次々といわれることに応え、バンも限界に来たのだろう。叫びながら腕を上に伸ばし、「ねぇちゃん!」と怒鳴った。集まった村人たちはおかしそうに笑っているが、そんなことは今更気に留めない。

 

「俺そろそろ行かないと、次の任務のブリーフィングがあるんだからさ!」

「ああ、ごめんごめん。あんたってやっぱり心配で」

 

 姉がしっかりしてて、責任感があって、心配性なのはバンだって解ってる。それくらい成長したのだ。けれど、それに長々と応えていられるかどうかは、また別の話だった。

 

「じゃあねバン。GFのみなさんにもよろしく言っといてね」

「うん」

「それから」

 

 そう言って、マリアはバンの肩に手を置く。昔の調子で頭をなでようと思ったが、もうそれも無理な身長差になった。お父さんに似て、立派な男に育ったものだ。

 

「英雄だろうが救世主だろうが、あんたがねぇちゃんの弟に変わりはないんだから。しっかりやんなさいよ」

「分かってるよ」

 

 少し恥ずかしそうに、バンは言った。

 各地でその肩に似合わない名声を叫ばれているバン。今は、彼がそんな周りに押しつぶされないかが心配だった。いつまで経っても、自分はこの子を心配し続けるのだなと思う。

 

「それじゃあ……っと、忘れてた。ちょっと待ってなさい」

 

 不思議そうにするバンを待たせて、マリアは家の中に駆け込む。自室に駆け込み、タンスの中にしまっておいた手のひら程度の巾着袋を取り出す。

 戻ってくると、バンは村の顔役である神父と村長と話していた。村にとどまっていたのは一日ほど。その間に村中への挨拶を済ませ、破損していた村の建物の修繕を手伝っていたからそのお礼だろうか。

 

「ねぇちゃん。どうしたんだ?」

「これ、持ってきなさい」

 

 持ってきた巾着袋を。バンに差し出す。

 ジークが意味ありげにそれを見つめたのに気づき、小さく頷き返す。

 

「なにこれ?」

「お守り。前に帰ってきた時に渡そうって思ってたんだけど、渡しそびれちゃったから」

「今更お守りって……」

「いいの。ほら時間ないんでしょ。行った行った」

 

 最後に村人全員にあいさつし、バンはブレードライガーに乗り込む。ジークがその上に乗り、ライガーは大きく吠えると走り出した。

 

 

 

 バンの姿が見えなくなるまで見送った後、その場は解散となる。

 マリアも残していた仕事にかかるかと自分の家に向かった。すると、玄関の前に一人の男が立っているのに気が付いた。

 いかにもな男だ。背は高く、眼帯をつけ、目つきが悪い。まさかもない、盗賊のような男だ。

 けれど、マリアは警戒を解くことにした。額に巻いた()()()()()()()()()に気づいたのだ。

 男の方も、マリアに気づき泳いでいた視線をぴたりと合わせてくる。ああ、面影がある。それに、噂で聞いた有名な『隻眼の賞金稼ぎ』に似た容姿。とすると、彼が『英雄の相棒』だろう。

 

 約束を、守ってくれたんだ。

 

「よぅ」

 

 片手をあげて、慣れ親しんだものに接するような調子で彼はあいさつした。

 まったく、こっちが忘れていたらどうするつもりだったのか。

 

「やっと来たのね。あの子、もう立派に育っちゃったわ」

「要望通りだろう」

 

 男はにやりと得意げに笑った。ということは、もう気づいているらしい。

 

「そうね。ありがとう」

「ははっ、残念ながら、最初はお宝連れてるガキって認識だったぜ。奴も性質の悪い悪党としか思ってなかったろうな」

「そうなの!?」

「気付いたのはレッドリバーの戦いだ。どことなく、無茶して成し遂げちまう辺りで、あんたを思い出した」

「お父さんに似て育った、自慢の弟だもの。納得の戦果じゃない」

「ブラコンもほどほどにしろ。……まぁ、見所があったのは確かだな」

「ホントに?」

「ああ。お前の弟って気づかなくても、俺は絶対に入れ込んでた。大したヤロウだ」

 

 遠くを見る視線は、バンが去っていった方向に向けられていた。おそらく、彼も遠くから見送っていたのだろう。

 

「報酬、いる?」

「そうだな。俺のゾイドの補給、それにしばらく分の旅支度、頼めるか?」

「ええ、もちろんよ。村長に掛け合ってあげるわ」

 

 なにせ、村一番の有名人の恩人なのだ。きっと、彼がむずがゆくなって悲鳴を上げるくらい恩赦があるだろう。

 

「そうそう、村の自警団って仕事もあるけど、どうかしら?」

「勘弁してくれ。一か所にとどまるのは柄じゃないんだ」

 

 流浪の賞金稼ぎが一番気楽だ。そう肩をすくめて告げる彼。確かに、そんな日々が彼にはぴったりだろう。けど、今日一日くらいは、家に招待しても断りはしない。彼もそのために来てくれたのだ。

 そう思いたい。そうであるはず。

 

 だって、彼は、私の最初で最後の旅の供。

 ほんの一日の、ボーイ・ミーツ・ガールを演じた仲。

 

「それじゃ、村長のところに案内するわ。アイン」

「アイン、か」

「どうしたの?」

「ああ、それ、作った奴なんだ。ホントは……」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 彼女が、走り去っていく。

 たった一日過ごした相手。けれど、生涯忘れないだろう経験をした。

 たぶん、最初で最後の、ボーイ・ミーツ・ガールって奴だろうな。

 ふっと横を見ると、紫髪の男が笑っていた。嫌味ったらしく。

 

「なんだよ」

「別に。なんだかおもしれー場面に出くわしたと思ってな」

「うるせぇ」

「はっ、何すかしてやがる。夕日みてぇに顔染めやがって」

「赤くねぇよ!」

「ひゃはは! ……さて、オレはレッツァー・アポロス。テメェの名は?」

「さっきあいつが言ってただろ。アインだ」

「はっ、そりゃ適当につけた偽名だろ。ガキの盗掘屋のこたぁ知ってんだ」

 

 ニヤニヤと笑う薄紫色の髪をした青年、レッツァーに言われ、アインはそっぽを向きながら、唇を尖らせて答える。

 

 

 

「……アーバインだ」

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、成長したアインはウィンドコロニー近くにやってきた際、運命に導かれ、オーガノイドを連れた彼の少年と出会うのだが……。

 

 

 

 それは、有名な話である。




 明日のエピローグを持って、今度こそ本章は完結です。
 後書きも含めてお楽しみに。

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