ガリル遺跡。
古代ゾイド人が残したという太古の文明の遺跡だ。
ローレンジとフェイトも、あちこち痛んでボロボロの遺跡群に足を踏み入れた。この辺りに向かったというロッソとヴィオーラ――が連れて行ったルドルフを追って。
彼らが遺跡に足を踏み入れたという確証はない。ただ、ローレンジ達にとってもガリル遺跡は訪れたい場所であったため、こうして足を運んだのだ。
もっとも……。
「やっぱ目ぼしいものは持って行かれた後だな。これを見る限り」
「うわぁ……こんなおっきなものがあったのかなぁ?」
遺跡の最奥部。そこには、巨大な穴があった。何か、とても大きなナニカが掘り出された跡。それが、大型ゾイド一機分はあろうかという巨大な穴だ。
「こんなにおっきなの、誰が持って行ったのかなぁ?」
「持って行ったのは……帝国軍、だろうな。他に考えられねぇや。ま、取りこぼしがあるかもしれないし。それに、可能性は低いがロッソたちが潜伏してるかもしれない。探してみよう」
ここにたどり着く前、ローレンジたちは破壊されたレブラプターを発見した。スリーパー仕様のそれが破壊されていた理由は不明だが、それがこの遺跡に忍ばさせられていたということは、帝国軍が外部からの侵入者を排除したかったからに他ならない。
その理由は、おそらく……。
「……プロイツェンか。ってか、あいつぐらいしかいないよな。これに興味を持つ奴とか」
欠片を拾い上げ裏表をよく観察し、次いで壁に描かれている一体のゾイドの姿を眺めながら呟く。
ローレンジは足元に散らばっている遺跡の欠片を丹念に調べた。もっとも大きな成果が調べられなかったのは残念だが、それ以外にもなにか手がかりになる者があるかもしれないからだ。
二人の旅はあての無いものではない。フェイトの両親が残したノートに記された古代遺跡の記録、そこから古代人の謎を解き明かすことも目的の一つだ。
やがて、いくつか関係がありそうな壁画の欠片が見つかり、それを確かめようとローレンジはフェイトの姿を探し――
「あれ?」
いなかった。
フェイトだけではない。ニュートもいないのだ。
すこし集中し過ぎたか? そう思ったが、時間を確認するとさして時は経っていない。となると、フェイトとニュートが勝手に離れたということだ。
「あいつら……もしスリーパーが残ってたらどうすんだよ」
ガリル遺跡は南エウロペに存在する遺跡群では最も大きい。徒歩で探索する部分に関しても膨大な広さだ。
そこで人を探すのは、かなり骨が折れる。
だが、ローレンジの予想とは裏腹にフェイトはすぐに見つかった。ニュートも一緒だ。ローレンジは少し小言を言うべきかと思ったが、フェイトがなにやら慌てた様子で駆け寄って来るので何かあったのかと思考を巡らす。
「あ!? ロージ、こっち来て!?」
言うが早いか、フェイトはローレンジの服の裾を持って強引に引っ張る。
「んだよ!! そんな引っ張んなって!? 足元が悪いんだから……」
「いいから早く!」
「ギィ、ギガゥ」
ニュートにも急かされ、大慌てで駆けた先は遺跡の奥まった一角。そして、そこに一組の男女が居た。探していたが、ここにいる可能性は薄いと思っていた人物だ。
「ロッソ!? ヴィオーラ!?」
「二人とも大怪我してるの!! 早く治療しないと……」
「だな。フェイト、ニュートと一緒にヘルキャットを近くまで連れて来てくれ。それから中に救急セットがあるからそれも」
「うん!! ニュート、行くよ!!」
「キィ!!」
二人が外に停めておいたヘルキャットに向かい、ローレンジはロッソとヴィオーラの怪我の具合を確かめる。ヴィオーラの方は大したことはないが、ロッソはかなりの重傷だ。
「おい、一体何があった?」
「あの後……か。ビアンコとジャッロは……どうした?」
「やつらは無事に逃げたよ。俺がしばらく連中を引き付けたからその隙にな。その後は、メッテルニヒたちはあんたら二人に標的を戻したんだろう。俺はあんたたちを追いかけてここに来た」
「そう、なんだか世話になったみたいだね。ありがとう。
……あの後ね、アタシたちはルドルフを守る方向で動くことにしたんだ。なんだか情が湧いちゃったみたいでね。だけど、見たこともないゾイドに襲われて、とても敵いそうになかった。だから、ルドルフをバンたちに託して、アタシたちはそのゾイドの足止めをして、このザマさ」
「……バンってのは、銀色のオーガノイドを従えた少年、だな?」
ローレンジも出かけた先で何度か聞いたことがあった。賞金稼ぎの間ではもっぱらの噂だ。銀色のオーガノイドを連れた少年とその仲間たちが数々の戦果を挙げていると。その少年の名は、バン・フライハイト。
ヴィオーラが言葉なしに頷く。
「見たこともないゾイドってのは?」
「分からない。ホントに初めて見るゾイドさ。バンたちは、それに乗ってる奴のことをレイヴンって呼んでたけど」
「……レイヴン」
思わず唇を噛む。
ローレンジも名前だけは聞いたことがあった。元ガイロス帝国の一般兵だったカール・ウィンザー曰く、ガイロス帝国最強のゾイド乗り。
ウィンザーは不服ながらもレイヴンのことを教えてくれた。黒いオーガノイドを駆り、彼の通った跡にはゾイドの墓場が生まれると。セイバータイガーに乗り、荒々しいゾイドの操縦をするという。だが、ウィンザー曰くそこに熱は無く、どこまでも冷め、冷え切ってるようであると。同時に、ゾイド戦を楽しみの一環として語り、実力が下の者を見下し苛立ちを覚える、孤高のゾイド乗りだと。
ローレンジ自身はあったことはない。だが、その逸話だけでも這って逃げるので精いっぱいだろうと予想が立つほどだった。自信過剰な熱血漢のウィンザーがそこまで評するだけに、覚える印象も絶大だ。
「厄介なのが出て来たな。あんたらもアイアンコングでやりあったんだろ? 勝てなかったのか」
「ええ、まるで歯が立たなかったわ。足止めが精いっぱいよ」
その情報に、ローレンジは額を押さえた。
そのバンと仲間たちの実力はいざ知らず、レイヴンの脅威は話を聞くだけでも身が凍るものだ。ルドルフを守るという目的もある以上、戦闘は避けては通れない。
そこへ、遺跡の外にヘルキャットが到着し、ニュートに乗ったフェイトが救急セットを落としそうになりながら持ってくる。
ローレンジはロッソの、フェイトはヴィオーラに応急処置を施し、それでひと段落つく。
「ありがとね。お嬢ちゃん」
「む、その言い方はちょっと」
「あっはは、ゴメンゴメン。でも手際は良かったわよ」
「えへへ~」
ヴィオーラとフェイトが少し和やかな雰囲気になって会話する中、動けるようになったロッソはローレンジを連れて遺跡から外に出る。
「すまんな。助かった」
「いや、気にするな。それよりそのゾイドの特徴をもっと教えてくれ」
真剣な表情で問うローレンジに、ロッソは顔を曇らせた。
「あれと戦う気か? あいつの言葉を借りるようだが、俺やお前のような一介のゾイド乗りでは歯が立たんぞ」
ロッソの言葉には重みがあった。実際に戦い、その脅威を身を持って知ったからこその言葉だ。苦渋の決断だっただろう。同じ末路を辿らせたくないという想いが伝わってくる。
「かもな。だけど、やらなきゃならない。あんたもそうだろ」
だが、それは百も承知だ。どんな強敵が相手であれ、会わずして退くつもりは一切ない。それに、ルドルフを守り、プロイツェンを打倒するという目的上、レイヴンは――謎のゾイドは避けては通れない障害だ。
「……お前も、ルドルフを巡る争いに関わっているのか。それも、かなり深く。俺たちに近づいたのも、それが目的か」
「…………」
ローレンジは答えなかった。だが、そのだんまりが、回答であった。
その時だった。閃光と共に一本の光線が放たれた。不気味で、禍々しく、圧倒的な出力を有した光線。
「ロージ!! 今のは!?」
ちょうど外に出たのだろうフェイトが驚いて駆け寄る。だが、それに答える者はいなかった。ローレンジも、ロッソも、ヴィオーラも、禍々しいその光に目を奪われた。
「あれは……まさか、レイヴンか!?」
「アイツ……また来たっていうの――まさかルドルフが!?」
「……今のは……荷電、粒子砲? ……ウソだろ? デスザウラー? いや、あれよりかは細い。だが、出力は十分……」
「ギィィィィ……」
ニュートまでもが低く唸りを上げ、今にも飛び出さんばかりの迫力を身に溜め込む。
「クソォ!! アイアンコングが破壊されてなければ……」
「ロッソ。あんたらのゾイドは?」
「アイアンコングは大破してもうだめだった。ここまではレドラーで歩いて来たのさ。片翼をやられたから飛べないけど」
「分かった……俺は様子を見に行く。二人は?」
「聞くまでもない。俺たちも行こう。事の真偽を確かめねば」
言い切るとロッソたちはレドラーの方に駆けだす。まだ怪我の影響が大きいが、それでもここに残るという選択肢はないようだ。
「ロージ、私も――」
「フェイトは残れ」
ぴしゃりと、言葉を遮ってローレンジは告げる。
「なんで!?」
「さっきのを見たろ。……危険すぎる。ここで待ってろ」
荷電粒子砲を装備しているゾイド。ローレンジの記憶では、それは一体しか存在しなかった。ロッソたちの反応からローレンジの知らない機体である可能性が高いが、それでも今まで相手にしてきたゾイドとは段違いの強敵には違いない。そんなゾイドを相手に、フェイトを連れていくことはできない。それがローレンジの出した結論だった。
「やだ。私も一緒に行く!」
だが、フェイトは折れなかった。
「とっても強いゾイドなんでしょ!! どんなのか見てみたいもん!!」
「見てみたいって……そんな楽観視出来る相手じゃ――」
「――それに、ここに残るよりロージと一緒の方が安全だもん。ロージはすごく強いでしょ。違うの?」
フェイトの言うことも一理あった。もしも相手がデスザウラー、それに準ずるものだったとして、無事に戻れる保証はない。考えたくないが、ローレンジ自身が倒れる可能性も十分にあるのだ。そうなったら、フェイトをここに一人残すことになる。遺跡泥棒などという者が現れる可能性もあり、フェイト一人残すのも安全とは言えない。
なにより、
――……これは、梃子でも折れないな。
フェイトの真っ直ぐな目が、それを物語っていた。ならば、ローレンジにできることは一つしかない。
「分かった。……だけど、余計なことするなよ」
「うん!」
「ギィィィ!!」
「ニュート、唸ってないで早く行くぞ!」
ヘルキャットに乗り込み、光が発せられた場所へ向かう。
――……いざとなれば、……いや、こいつだけ放置はできねぇ。俺も、生き延びて見せる! ……だが
そして、この判断が誤っていたことを、ローレンジはすぐに悟ることになった。
次回は激戦!
そして、共和国の彼が再び登場。