ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第22話:黒いイナズマ

 ヴォルフが隠された基地を飛び出しレーダーの示す方向に機体を走らせると、そこにボロボロのレッドホーンBGが居た。背中のビームガトリング砲が破壊され、機体の左後ろ脚の装甲が完全にひしゃげている。それを引き摺る様にして、這う這うの体で歩みを進めている。

「ウィンザー! ザルカ博士!」

 

 怒鳴りつけるようにしてヴォルフは通信機に叫んだ。それを受けて、二機のゾイドからの通信が返って来る。

 

『……ヴォルフ様よぅ、すまねぇ。敵を……連れてきちまった』

『まったくだらしない奴だ。ワタシが居なければあの時点でとっくに死んでいただろうに』

 

 かすれた声でウィンザーが、それと対照的にザルカはいつもの自信たっぷりな声量で答える。

 ヴォルフはアイアンコングmk-2のモニターに目をやる。まだ少し距離があるが、数十機のゾイドが迫って来るのが見えた。

 

「二人は下がってくれ。敵が来るぞ、迎撃態勢! 距離のあるうちに、出来る限り多く仕留めるのだ!」

 

 ヴォルフの指示に従いレッドホーンの小型版というべきゾイド、ブラックライモスが進み出て背中の大型電磁砲を構える。シンカーは一旦森の中に隠れ、接敵した際に奇襲をかける準備を整えた。ヴォルフもアイアンコングmk-2の長射程対地ミサイルのトリガーに指をかけた。その横に、ズィグナーのツインホーンが並ぶ。

 

『敵機の数はこちらのおよそ四倍。……ヴォルフ様のことは、このズィグナーが必ずや守り抜きます。御武運を』

「お前もな、ズィグナー」

 

 そして、レーダーに捉えたテラガイストの部隊が射程範囲に入る。

 

「全機攻撃開始! テラガイストの部隊を寄せ付けるな!」

 

 圧倒的戦力差の中、戦線の火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

***

 

 

 

「ローレンジさん。早く降りてください。自動操縦のその機体の動きは、とても人間が耐えられるものでは……」

 

 サファイアの言葉を、ローレンジは黙殺した。黙したまま、グレートサーベルのコックピットに座り、操縦桿を握りしめて動かない。

 

「すでに戦闘は始まってます。このままではヴォルフ様もズィグナーさんも……その機体を戦線に出せば、勝てるかもしれないんです。だから……」

「お断りだ」

 

 サファイアの言葉を、ローレンジははっきりと否定した。コックピットを開き、真っ直ぐサファイアを見上げる。

 

「ずっと離れていたけど、やっぱりコイツは俺の父さんのゾイドだ。コイツは俺が動かす。自動操縦なんてので、勝手に動かされてたまるか」

「なぜですか!? 自動操縦ならローレンジさんが乗る必要はない、必要以上に傷つかなくて済むんですよ!? それが、どうして……」

「……本気で、言ってんのか……?」

「え……!?」

 

 その時のローレンジの目を見た瞬間、サファイアは戦慄を覚えた。半眼で睨み上げるローレンジの視線は、どこまでも底冷えしている。彼と会って初めて、サファイアは怖いと感じた。

 

「……エリウスのおっさんの受け売りだけどな。自動操縦(スリーパー)――無人機の戦いは、どこか違う。ゾイド戦とは呼べない。確かにパイロットの命の奪い合いは無いかもしれない。だが、ゾイドを勝手に戦わせて……そんなの、コンピュータのシミュレーションでしかないだろ。そんなのに、俺はこいつを含めたくない」

「ローレンジさん……」

「だから――動けよ! もう一度、父さんと走っていたお前の姿を、俺に見せてみろよ! なぁ!!!!」

 

 サファイアは、ローレンジの言葉に微妙な違和感を覚えた。ローレンジは、自動操縦と呼称されて戦ったグレートサーベルを見ていない。あの時のグレートサーベルは、コンピュータに制御された機械兵器ではない。金属生命体であるゾイド本来の姿の様に、サファイアは思えた。

 

 ――自動操縦じゃない……まさか、ザルカ博士は自動操縦に改装したって言ってたけど、そうじゃない。別の形に組み替えたのだとしたら……!

 

 伝えるべきだろう。サファイアはそう思い、グレートサーベルを動かそうと躍起になっているローレンジにもう一度口を開こうとする。だが、

 

「ねぇロージ。なんか、違うよ」

 

 フェイトだ。サファイアと同じくコックピットのすぐ近くまで登って来たフェイトが口を開いた。

 

「ロージ、わたしがシュトルヒに初めて乗った時に言っていたよね。ゾイドは生き物だからって、強く想えば、きっと応えてくれるって。今のロージは、全然違う」

「……ち、がう……?」

「たぶんだけど、今のロージじゃダメ。ロージがそのままじゃ、サファイアさんの言う自動操縦に換えたって絶対に動かない。絶対動いてやるかって、グレートサーベルもそう言ってる」

 

 何の確証もないだろうに、フェイトは断言した。グレートサーベルの意志を代弁する。

 

「……言ってる? フェイト、お前、なに言って……?」

 

 ローレンジの問いにフェイトは答えない。代わりに、視線を逸らして格納庫に残されたもう一機のゾイドを見た。シュトルヒだ。

 

「サファイアさん。あれ、確かわたし専用に改装してくれてたんだよね」

「え、ええ、そうですけど……まさか!?」

 

 サファイアの言葉を最後まで聞かず、フェイトは駆けだした。鉄錆びた橋を渡って、シュトルヒのコックピットに向かい、乗り込む。

 

「……今のロージじゃダメ。お願いシュトルヒ。ヴォルフさんたちを助けたいの!」

『シュカァア!』

 

 シュトルヒは短く鳴き、マグネッサーウィングを羽ばたかせ、地面すれすれを飛翔し格納庫から飛び出した。

 

「フェイトちゃん!」

「……フェイト……俺には、動かせないって……!?」

 

 

 

***

 

 

 

「くっ、さすがにきついか……」

 

 ヴォルフのアイアンコングの拳が、カウンターサイズを構えて迫ったレブラプターを叩き伏せる。もう一機のレブラプターは、ズィグナーのツインホーンが牙で押さえ鼻で投げ飛ばす。さらに別方向から来るレブラプター部隊は、ブラックライモスが頭部のドリルで正面から突き崩す。だが次の瞬間、空から黒いレドラー――ブラックレドラーが舞い降り尻尾のブレードでブラックライモスの一機の大型電磁砲を切断した。

 

「あのレドラーが厄介ですな。私が!」

 

 ツインホーンの背中のミサイルポッドが発射される。だが、レドラーはそれを華麗に躱し、逆にレーザーブレードを用いていくつかのミサイルを切断した。

 

「かなりのやり手か……」

「ははは、私のレドラーに当てられるものか!」

「あいつは……サファイアのレドラーを墜とした奴――リバイアスか! ツインホーンでは無理だ。私が――」

「いえ、まだやれます。ミサイルが尽きるまでは奴を寄せ付けません! ヴォルフ様は、地上部隊の掃討を。それにまだ奴が」

 

 テラガイストの部隊はレブラプターとハンマーロックを中心としていた。だが、ゴドスもいくつか混ざっており、さらにその奥にはあの時のゴジュラスも確認された。

 

「ゴジュラスに対抗できるのはヴォルフ様のアイアンコングmk-2のみ。余計な傷はゴジュラスを退ける障害となりましょう」

「だが……」

「その躊躇が命取りだ!」

 

 ミサイルの止んだ隙を縫って、ブラックレドラーが低空飛行に入った。尻尾のブレードを展開し、背面飛行のままアイアンコングのコックピットに迫る。

 

「しまった!?」

 

 気づいた時には遅かった。ブラックレドラーのブレードがコングのコックピットを切り裂く――寸前に向きを変え、肩を掠める位置をブレードが通り過ぎる。次いで、ビーム砲の射撃がコングの頭の上を通り過ぎた。

 

「ヴォルフさん!」

「今の声……フェイトか!?」

 

 後方から飛んできたのはシュトルヒ。フェイト専用に改装された機体だ。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の所有する機体は全て各ゾイド乗りに合わせた調整がなされている。ゾイドの数以上の兵員を有する軍では一部のパイロットと機体のためにしか採用されない整備方式だが、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は少数精鋭の兵士とゾイドを持っている為、この方式を採用してきた。

 これは、パイロットとゾイドの相性をより高め、その性能を遺憾なく発揮できるようにするためだ。だがそれは、決められたパイロット以外では性能を発揮しにくい機体になるという欠点を持つ。

 シュトルヒはフェイト用に調整を施したため、今それが出てくるということはフェイトが乗っているのは間違いない。

 

「なぜ出て来た! こんなところに出て来るんじゃない!」

 

 思わぬ出来事に、ヴォルフは戦闘中であるにもかかわらずフェイトに怒鳴った。

 

「ヴォルフさんたちが危ないのに、わたしたちだけおとなしくなんて嫌だ! わたしだってロージにゾイド戦を教わったし、ロージの操縦をずっと見て来たもん! 少しくらい助けになれる!」

「見てきただけで実戦が務まると思うな! 下がっていろ!」

「でも我慢できない!!」

 

 シュトルヒは華麗に宙を舞い、ビーム砲で地上の敵ゾイドを攻撃する。唯一の空戦戦力だったシンカーを墜とされていたことから、ヴォルフ達には大きな助けになる。

 

「それにシュトルヒのバードミサイルならレドラーだって倒せる。そうすれば――」

「そのレドラーは普通のじゃない! 機体性能も、パイロットの腕も段違いだ! サファイアもそいつに負けているんだぞ! フェイトに勝てる相手ではない!」

「その通りだ」

 

 ツインホーンのミサイルを回避し、レドラーが再び攻撃態勢に移った。顎下の機銃で激しく銃撃し、シュトルヒは何とかそれを躱す。

 

「フェイトと言ったな。情報が間違ってなければ、お前はまだ10才だろう? ――ガキが、私を倒せると思うなッ!!」

「シュトルヒお願い! せめてあのレドラーだけでも倒せれば――」

 

 空からの攻撃を無くすことが出来れば地上部隊の負担も減る。それは間違いでなく、フェイトも遠くから戦況を見てすぐに気付いた。そして、それを最初の目標にこの戦場に乱入したのだ。

 そうすれば、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の仲間たちを守れると。

 

 

 

 シュトルヒの背中からバードミサイルが発射される。高性能コンピュータにより高い命中精度を誇るシュトルヒ最大の武装だ。直撃すれば、レドラークラスの飛行ゾイドは撃墜できる。だが、

 

 バードミサイルは、ブラックレドラーの尻尾のブレードであっさり切断された。ブラックレドラーの機体の背後で、バードミサイルが空しく爆散する。背面飛行から戻ったブラックレドラーは、前足の爪でシュトルヒを押さえ、そのまま地面に押し付ける。

 

「きゃぁぁぁああああああ!!!!」

 

 シュトルヒの機体が強く地面に押し付けられ、コックピットが激しく揺さぶられた。叩きつけられた衝撃が小柄な体を嬲る。だが、フェイトは決死の想いでビーム砲のトリガーを引いた。

 ビーム砲がレドラーの左前脚を破壊するが、その爆発がシュトルヒの機体をも傷つける。

 

「フェイト!! くっ、こいつら……」

 

 ヴォルフが助けに回ろうとするが、その眼前にライオン型の高速ゾイド、ライジャーが立ちはだかる。

 

「あのシュトルヒのパイロット、なかなかいい腕をしていたな。射撃が正確だ。まだ子供だが、よほどいいゾイド乗りに教え込まされたか……危険な芽は潰さねば」

 

 ライジャーに乗っているのはテラガイストの幹部のガルドだ。今回の襲撃部隊の司令官である。

 

「ヴォルフ様、ここは我らが」

「フェイトちゃんは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の大事な癒しですよ! きっちり守ってやらないと!」

 

 そこに、ブラックライモスを駆る鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の隊員が割って入る。

 

「お前たち……その言い草はいろいろおかしい気もするが……みすみす死なせたりはせん!」

 

 ヴォルフのアイアンコングが駆けた。だがすでにシュトルヒを押さえつけたブラックレドラーは右前脚のストライククローを振りかざしている。

 

「このガキ……私の機体に傷をつけた事、後悔して死ねッ!!」

 

 ブラックレドラーのストライククローがコックピットを切り伏せる。その刹那――

 

 

 

 黒いイナズマが駆け抜ける。

 

 

 

「――なにっ!?」

 

 漆黒の雷光がブラックレドラーの眼前に姿を現し、ブラックレドラーを叩きとばした。二・三度横転し倒れるブラックレドラー。そして、それを成した黒いゾイドが、シュトルヒを見下ろした。

 

「あれは――グレートサーベル! ようやく来たか」

 

 自動操縦ながら絶大な戦力である機体。その登場に、ヴォルフは胸をなでおろす。

 だが、グレートサーベルはその場を動かず、ただ黙してシュトルヒを見下ろしていた。

 

「……あ、……やったね」

 

 傷ついた体を起こして、フェイトはモニターに目を向けた。そこには――

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「――フェイトちゃん!! ……ッ!! ローレンジさん、降りてください。フェイトちゃんまで行ってしまって、私たちにできるのは、その機体に任せることしか――」

「――こいつ、俺の言うことを聞かないんだ」

 

 ローレンジは、サファイアの言葉を無視して吐き出すように言った。サファイアはどこか先ほどまでと違うローレンジの態度に戸惑いを覚える。そんなサファイアの様子に気づいた様子もなく、ローレンジは独白を始める。

 

「一つ思い出した。こいつは最初から言うことを聞かなかったんじゃない。少しずつ聞かなくなったんだ。そうだな、俺が師匠の下で技術を磨いていた時だ」

「師匠……?」

「俺が殺し屋の道に踏み入った切っ掛けさ。あの人のおかげで、俺はそういう技術を身に着けて、ガキであることを逆手にとって仕事が出来るようになった。……ただ、そっちの技術が向上するのに並行して、こいつはますます言うことを聞かなくなった」

 

 ローレンジは天井を仰ぎ、操縦桿を握っては離し、感触を確かめる。

 

「分かったんだ。こいつは、そうやって殺し屋の道に傾いて行く俺が嫌いだった。……こいつ、父さんのゾイドだけど、もっといえば俺の祖父(じい)さんが使ってたらしい。で、その時の話を父さんから聞いたんだ。祖父さんがこいつをサーベルタイガーからグレートサーベルに強化し、嘗ての部下の敵討ちに向かった時だけ、こいつは不機嫌だったってね。でも、共にゼネバス皇帝を守るために戦った時は意志が同調したみたいだったとも」

「ゼネバスの皇帝!? ローレンジさん、あなたのお爺さんは……」

「父さんとはウマが合ったらしくてさ。一時期はガイロス帝国でその武勇を馳せたとか。三銃士の再来とか言われたらしい。その時のこいつの姿は、俺も今でも覚えてる。こいつは誇り高いゾイドだ。私怨なんかで戦うんじゃなくて、誰かを守る意思があって初めて戦う。そうだな。野生のゾイドが我が子を守るために戦う様に……こいつはそう言う戦いこそ自らの戦場と見定めている。例外もあったぜ。強敵との戦いとかさ、血沸き肉躍る戦いは、こいつの好物だ。でも、基本は守るための戦いだ。だから、腐った道に行った俺の言うことを聞かない。結果、俺が初めて人殺しを成した時、こいつは完全に俺を見捨てた」

 

 過去に想いを馳せ、ローレンジは静かに語った。そして、全てを悟ったように続ける。

 

「……そういうことさ。あの時から――いや、最初から俺にはこいつを動かす権利なんてなかったのさ。フェイトが言ってたのも、たぶんそう言う事だろ。こいつに乗った時の俺は、動かせない憤りともどかしさでいっぱいだから。こいつ(グレートサーベル)のことなんて何一つ意識しちゃいない」

 

 ローレンジは操縦席に深く腰を沈めた。痛む足を投げ出し、操縦桿から手を離す。そして、納得したように目を閉じた。

 

「それじゃあ、もうこのグレートサーベルには乗らないんですか!?」

「そうだな。その資格はない。もう二度と、俺はこいつに乗らない」

 

 目を閉じたローレンジの表情は、悟りを開いたように安らかだった。納得し、満足し、もういいと体で意思を表す。

 サファイアはそれを見て、ローレンジの何かが抜け落ちたように思う。覇気というべきか。それとも、心の奥底にあった狂気というべきか。

 

 

 

 

 

 

「…………けど」

 

 離した手を再び操縦桿に添え、強く握り込む。痛む足に無理やり力を籠め、体を起こして目を開いた。抜け落ちたそれが、空の瓶を満たすようにローレンジの中に吸い込まれる。

 

「けど…………、もう二度とお前には乗らない。そんな資格、俺にはない。だから……今回だけでいい! この一度でいい! 今戦場に出てる奴ら――ヴォルフを、ズィグナーを、フェイトを! 今の俺の仲間――鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のみんなって家族を二度と失わないために!! 一緒に戦ってくれッ!!!!」

 

 その瞬間、グレートサーベルのコックピットが勢いよく閉まった。グレートサーベルの目に鋭い眼光が宿り、機体の全身に力がみなぎる。

 

 

 

 いける!

 そう思ったがグレートサーベルはまだ動かない。操縦に従わない。やがて、じれったそうにコックピットのモニターにある言葉が表された。それを見て、ローレンジはふっと息を吐く。それが起動の最後の(トリガー)だったとすると、忘れていた自分が間抜けに思えて仕方ない。

 

「頑固な奴だ。その名で呼べと?」

『グルルル』

 

 喉を鳴らす低い声でグレートサーベルが唸った。この行動や、コックピット越しに伝わって来る想い。グレートサーベルはその名で呼べば不満であろうと動くくらいはしたのかもしれない。

 

 ――とんだ頑固者じゃねぇか。この老いぼれゾイド。

 

 

 

 思わず笑ってしまい、晴れやかな表情でローレンジは叫んだ。

 

「俺も忘れてたよ。お前の愛称。……よっしゃ、行くぞ! サーベラ!!」

 

 サーベラ。

 愛称がないのも不満だろうとローレンジの父が名づけ、そう呼ぶようになった。ローレンジ自身は知らないことだが、父とサーベラが心を通わし、世界を駆けるようになったきっかけは、この名づけだった。

 

 

 

『ガァァアアアアアアアアッ!!!!』

 

 格納庫を崩壊させるような咆哮を高らかに上げる。それを聞いたサファイアが、整備兵が、あまりの音量と迫力に耳を押さえて蹲った。その場の人間たちを平伏させ、それに気を良くしたようにグレートサーベル――サーベラは走る。嬉々として格納庫を飛び出し、嘗て「密林の黒いイナズマ」と称されたサーベラは、その名に恥じぬイナズマのようなスピードと鋭い足取りで瞬く間に戦場へと駆けていく。

 

「あれは……フェイトのシュトルヒか!? サーベラ、まずはあっちだ!」

 

 サーベラは進行方向を修正し、一気にシュトルヒとそれを抑え込むレドラーに肉薄、ストライククローでレドラーを殴り飛ばす。

 突如その場に襲来し、立ちはだかるそれを薙ぎ払う動きはまさに暴風と呼ぶべきか。久々に自らの通称の由来となったそれを――今度はサーベラの明確な意思と自らの操縦によってそれを成したことに思わず笑みがこぼれる。

 ズシンッと音を立てて着地し、シュトルヒを見下ろす。

 

「……あ、……やったね」

「フェイト、後で色々言うことがあるからな。そこに居ろよ」

「はーい。でも、やっぱりロージはすごいね。もう、サーベラと仲良くできたんだ」

「? 今回だけだ――ッ!」

 

 振り返り、そのまま8連ミサイルポッドを撃つ。それは、突如現れたグレートサーベルに向かっていたハンマーロックたちを一気に迎撃する。さらに他の火器も火を噴き、ブラックライモスとツインホーンに群がっていたゴドスをあっという間に撃破する。

 

「無茶苦茶な攻勢に出たなぁ、ったくよぉ! おいヴォルフ! ここは俺に任せろ! お前はあそこに居るゴジュラスを叩け!」

 

 間に合わないと思っていたヴォルフは、突如として現れた暴風とイナズマの波状攻撃ような動きを見せるグレートサーベルに目を疑い、次いでローレンジの声に面食らう。

 が、すぐに状況を理解する。

 

「ローレンジ!? ――分かった! 必ずゴジュラスは倒す!」

「頼むぜ。こいつでもゴジュラスは分が悪い」

 

 そう言いおいて、ローレンジはサーベラを走らせた。ゴジュラスという強者と戦えないことを不満に思いっつ、サーベラも素直にその操縦に従う。向かう先は――テラガイストの司令官、ガルドの乗るライジャー。

 

「以前は自動操縦だったが、パイロットがついたか。面白い!」

「ほざけ! 俺のいない間に鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)ぶっ潰してくれた礼、たっぷり返してやらぁ!!」

 

 ライジャーの速度は旧時代のゾイドながら時速三〇〇キロを超すほどだ。現存ゾイドに引けを取らないどころか、上回っている。

 そのライジャーがレーザーサーベルを閃かせ、超高速で襲いかかってくる。だが、ローレンジとサーベラは慌てることなく、紙一重でそれを躱し、逆に攻撃を外して泳いだライジャーの身体に己のキラーサーベルを突き立てる。

 

「なにッ!?」

「前にも戦ったことがあるんだろ? だったら、こいつの反射神経は化け物だって知ってるだろ?」

「ばかな!? 人間の反射神経でついてこれるはずが、そんな操縦が……まさか、それほどゾイドとの精神リンクが深いと!? 現行ゾイドでそんな操縦が――」

「ザルカが弄ったらしいからな。その産物だろうよ。俺にはよく分からねぇが――ッ!!」

 

 激しく首を振り、ライジャーを投げとばす。空中で身をかわすことのできないライシャーの身体を、ローレンジとサーベラの目がロックオンする。身を動かし、背中に装備されたソリッドライフルの照準にセットした。

 

「――これで終わりだ」

 

 トリガーを引く。ソリッドライフルが火を噴き、ライジャーの身体を貫いた。

 爆散するライジャー。その直前になにかがライジャーの頭部で光ったのを確認しローレンジは舌打ちする。そして、深く息を吐いた。

 

「……病み上がりで無理をしたな。さて、ヴォルフの方は……」

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおッ!!」

 

 ヴォルフのアイアンコングmk-2がゴジュラスに迫る。ゴジュラスは背中のバスターキャノンでそれを迎撃しようとするが、ヴォルフがコングの背中のウィングブースターを巧みに操作し砲撃を躱す。逆にビームランチャーの砲撃がゴジュラスの機体に突き刺さった。

 

「ぬぅぁあっ……こやつ、以前よりもやりおるわッ!」

「ローレンジがあそこまでやってくれたのだ! この私が、役目を果たせんでいかにするか!!」

 

 ゴジュラスは元々格闘戦に重きを置いたゾイドだ。バスターキャノンの追加装備をすることで遠距離戦にも対応したが、元から遠距離戦を想定されたコングの方が、射撃戦では上だ。

 

「ぬぅ、ここでやられるわけにはいかんのだ! まだ、我らの目的は成し遂げられてはいない!」

 

 業を煮やし、ゴジュラスが走った。巨大な二本の脚で地面を踏みしめ、ハイパーバイトファングを翳し疾駆する。

 

「目的は成し遂げられてはいない、か。それは我らも同じだ! テラガイスト、貴様らを打ち倒し、我々はプロイツェンを討つ!」

 

 ビームランチャーとミサイルを全弾撃ち放ちゴジュラスを迎撃する。だが執念というべきか、ゴジュラスは背中のバスターキャノンと左腕を失ってなお、勢いを損なわない。

 

「キサマら鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)はいずれ、ガルド様の強大な障害となりうる。今ここで潰す!!」

 

 ゴジュラスのハイパーバイトファングが、コングが突き出した右腕を喰らう。

 会心の一撃だ。レザールは、思わず口端を持ち上げて笑った。勝ったと、確信を得た。

 

 そうであるとヴォルフは予想し、その予想に笑ってしまう。

 

「……どこかで聞いたな。肉を切らせて骨を断つと。レザールだったか? これで終わりだ!」

 

 残されたコングの左腕を振りかざし、コックピットに振り下ろす。一瞬何かが閃き――直後にゴジュラスのコックピットが叩き潰された。

 

 

 

「はぁはぁはぁ……これで、なんとかなったか」

「ヴォルフ!」

 

 振り返ると、ローレンジのグレートサーベルが居た。ボロボロながらフェイトのシュトルヒも、ズィグナーのツインホーンも、ブラックライモスも。

 

「ふ、この戦力さを覆したか。流石だ」

「破れかぶれの指揮官の所為で散々だったけどな」

「ローレンジ……。ヴォルフ様がゴジュラスを倒したのが決め手です。連中の残党も敵わぬと見て撤退した様子。殿下のおかげです」

「何を言う。それを成せたのは――崩れかけた戦線を救い上げたのはローレンジとグレートサーベルだ」

 

 ヴォルフの言葉にローレンジは苦笑を浮かべた。そして、名残惜しむように操縦桿を撫でた。

 

こいつ(サーベラ)に乗るのは今回だけだ」

「なに? では、お前のゾイドは……」

「また探すさ。もうこいつに、未練はない」

 

 清々しい表情でローレンジは答える。それを聞き、ヴォルフも「そうか」と一言返す。だが、

 

「ロージ、その……サーベラはこれからも自分に乗れって言ってるよ」

「……え?」

「成長した腕をもっと見せてみろって。サーベラも待ってたんじゃないかな? ロージがサーベラに乗るに相応しくなるのを」

 

 フェイトが笑顔で言い、ローレンジは改めてコックピットを見渡した。今まで、何度乗っても感じることの無かった躍動感を、全身から感じ取ることが出来た。

 

「……そうか。んじゃ、よろしく頼むぜ、サーベラ」

 

 サーベラは満足げに一声吠えた。高らかに、新たな主と再び世界を駆けることが出来るのを喜ぶように。

 

 




というわけで乗換えイベントでした。
次章予告の伏線、ようやく回収できました。サーベラを野生体っぽく表現したのは……主人公補正という奴かな。ゾイドが生き物であり、サーベラが新たな相棒となる点を強く表現するにはこれが一番しっくりきた。

そして、ひそかに盛り込ませてたゴジュラスVSアイアンコングはいかがでしたでしょうか? このためだけに、二回に渡ってヴォルフとレザールをぶつけたんですが。
アニメではこの組み合わせでの激突が無かったのでどうしても盛り込みたかったのです。

さて、今回より第二章も折り返しです。残り13話分、お楽しみください。

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