アースコロニーはオアシスを中心に作られた村だ。その名の由来は、砂漠を形成する砂の下にある硬い岩盤だ。岩盤を、惑星Ziを形成する大地と定め、この名がつけられたらしい。
村に入る前、ローレンジがヘルキャットを近くに置かしてもらえるよう交渉した際に教えてもらったことだ。
――岩盤ねぇ……砂漠の地下には古代遺跡があるって話だが、その天井か?
ローレンジは逗留するために少量の荷物を取り出し、鞄を肩にかけてぼんやりと歩いていた。村は小さなもので、オアシスの象徴たる湖を囲むようにして田園地帯が、さらにそれを囲う様に土を固めた住居が建っていた。典型的な、砂漠のオアシスの村だ。
ローレンジはとりあえずといった思考で適当な村人に宿の場所を聞く。宿は村に一件しかなく、それもあまり機能していることはないそうだ。
当然だ。へリックとガイロスの二大国家の首都が存在する南エウロペと比べ、この北エウロペはまだまだ開拓途上の辺境の地。さらなる地を求める開拓者が来たとしても、その目的はもっと先――北エウロペを越え、海を越えた先にある【暗黒大陸ニクス】か【中央大陸デルポイ】のどちらか。
その中継地点にするにも、そこに向かうための港町が存在する。ニクス大陸に向かうならニクシー港。中央大陸に向かうならロブ港。
つまるところ、砂漠のど真ん中に位置するこの村は、旅人が立ち寄るような場所ではないのである。
――うん。まぁ、悪くねぇな。
案内された部屋のベッドの寝心地を確認し、一つ伸びをする。
ヘルキャットの狭いコックピットに揺られての砂漠横断。日中は茹だるような暑さで、夜は震え上がる冷気に包まれる。そんな砂漠の過酷な環境にさらされた身体は、粗末なベッドだろうと快適さを感じられるほど疲れ果てていた。
ふと、窓から外を眺めるとすでに日が傾いている。もうじき、砂漠に夜の帳が落ちる。砂漠は、極寒の世界へと変貌するだろう。
――今日は休んで、明日村長を訪ねてみりゃいいか……。ただその前に。
明日の方針を定め、ローレンジは一つ頷くと起き上がってベッドを離れる。部屋に案内された瞬間から投げ出した鞄の元へ行き、中から封筒を取り出す。
中には一枚の写真が入っていた。真っ赤なサングラスをかけ、金髪を針のように逆立てて豪快に笑う老人。今回の目的――ターゲットの顔写真。
ザルカ。
ガイロス帝国の研究者の一人だ。嘗て帝国の上層部だけが秘密を知る、謎の大型ゾイドの研究に携わったとされている。その研究が多大な危険性から中止されたのは今から九年前。そして、秘密裏に行われていたその研究の舞台は、古代遺跡の存在するエウロペの屋根――オリンポス山山頂遺跡。
ローレンジの脳裏に、あの日の光景が過る。
一瞬の閃光、そして大爆発。それまでの平穏をすべて破壊し、自分を今の様に汚れた生活に導いた原因。
――ザルカはあそこで行われたことを知っているはずだ。あの日、あの時、一体何があったのか……ザルカに問いただせば、その真相が攫める。俺の村を壊滅させた、元凶を……。
ぐしゃり
我知らず力の籠っていた腕が、写真を握りつぶす。
なぜ、重要な研究に携わっていたザルカが追放されているのか。なぜその暗殺の依頼が出たのか。そんなことは、ローレンジにとってどうでもよかった。
ただ、運がよかったと思う。
己を歪めた原因、それに近しい情報源が目と鼻の先に。しかも依頼という形で舞いこんだのだ。
ザルカを暗殺する必要はない。暗殺したようにみせかけて、こっそり奴から聞き出せばいい。その後は……気に入らなければ――殺す。
躊躇しなくていい。いつものことだ。あれに拾われ、この道の術を学んでから、それは全て己の力だ、己の術だ。
――……まぁ、とにかくザルカの目撃情報と遺跡のありか、それが分かればいい。
気づけば、外には夜の帳が落ちていた。夕食はお金の節約で頼んでいない。保存食を少しかじり、ベッドに横になる。久しぶりのべッドだからか、とてもよく眠れた。
***
翌朝は珍しく寝坊した。
ローレンジは慌てて朝の準備を整え、階下に降りた。苦笑しながら朝餉を出してくれる宿のおかみに礼を言いつつ、あわただしく朝餉を平らげる。辺境の村の小さな宿だったが、その味はなかなかのもので満足できた。
そうして、すでに日の高くなった村に繰り出した。
穏やかな村だ。男たちが畑仕事に精をだし、女たちは井戸端会議をしながら洗濯、その他家事を行う。少し村の外に目を向ければ、村では手に入らない物資を運ぶため、輸送用に改造された昆虫型ゾイド――モルガが村を発つところだ。
――うん、穏やかな村だ。
ローレンジは懐かしい気持ちと溢れる感情に苛まれながら、どうにか平静を保って数人の村人に話を聞いて回った。
「この爺さんかい? うーん……わるいね、知らない顔だ」
「見たことある?」「いいえぇ、まったく」
「なに? 古代遺跡? さぁ……西の方にいくつかあるって聞いたけど……」
「遺跡ねぇ……オリンポスのお山は違うのか」
結果は……芳しくなかった。予想はしていたことだがザルカのような人物を見かけた話は一つも聞かない。ザルカが潜んでいそうな古代遺跡の場所はいくつか分かったが、それらは砂漠に点在しておりすべてを回って探すのでは骨が折れる。どこかに絞るべきだろう。
「……あいつらに相談するかぁ」
今回の依頼をローレンジに回してくれた者たち。昨日通信していた相手のことを思い出す。今のローレンジにとって唯一の仲間であり、信頼できる者たちだ。
村の一角の壁に背を預け、ぼんやりと思考を巡らす。被った笠の隙間から覗く太陽はサンサンと照り付け、直接浴びればあっという間に日焼けするだろう。疲れを助長する日射だ。
視線を持ち上げ、あてもなく歩きながら再び村を見渡すことにする。
さっきまでは働く人々が目に映ったが、今は別の人々が見渡せた。村の至る所で遊ぶ、育ちざかりの子どもたちだ。まだ十にも満たないだろう年頃。小さな村の中でさえ、たくさんの発見を見いだせる年頃。世界がまぶしく見える年代。
――俺も、あんな時が……いや。
頭を振ってそれを追い出す。泡沫に消えた懐かしい村の日々。思い出したところで何になる。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんって旅の人?」
「え?」
後ろから服の裾を引っ張られ、振り返るといつの間にか村の子供たちが集まっていた。笠を被って、村の人間とは少し違う雰囲気。そこから旅人だと推測されたのだろう。
尋ねられてから少しの間が空き、やがてローレンジは柔らかな笑みを浮かべた。
「……ああ、そうだよ」
「ホント!! ねぇねぇ村の外のお話聞かせてよ! お~い、みんな~! この人が旅のお話聞かせてくれるって!!」
少年の呼び声に、一体どこに隠れていたのかというほどの子供たちがワッと集まってきた。その様は、親が持ってきた餌を心待ちにする小鳥の様で、微笑ましい。
「旅の人ってことはさ、ゾイド乗ってんだろ! どんなゾイド!?」
「ねぇねぇ、海って行ったことある? どんなところ?」
「町のお話が聞きたい! 村よりもずっと大きいんでしょ!?」
「あーまてまて、順番順番。そうだな、とりあえず俺の相棒……見に行くか?」
「「「行く!!!!」」」
その後、ローレンジは子供たちと一緒に村の入り口まで行き、子どもたちを見守るための数人の村人を加えてヘルキャットの元に向かう。コックピットは狭いが、小さな子供を一人ずつ相乗りさせるには問題ない。子どもたちの大歓声を聞きながら、ヘルキャットで砂漠を少し走り回った。
それから、せがまれるままに旅の話。といってもローレンジの経験だとどうしても薄暗い裏社会の話が多くなる。だからローレンジ自身の経験から厳選して、村の子供たちが喜びそうな話題を話していった。
やがて、時刻は昼をすっかり回った時間になってしまった。
「――さて、もういいだろ。そろそろ昼飯が喰いたいし」
「えー!? もっと教えてよぉ」
「あのなぁ、みんなもお腹が空いただろ? それに俺まだ村長さんに挨拶もしてないし。……ホントは昨日する予定だったけど疲れてすっかり後回しにしちまった」
「え?」
「ああいや、なんでもない。ところでさ、ちょっと村長さんとこに案内してくれない? 用事があって」
半ば強引に、話を断ち切るようにローレンジは尋ねた。
「村長さん? だったらあの子に連れてってもらえば早いよ」
「あの子?」
ローレンジが聞き返すと、子供たちの集団の中から一人の少女が進み出た。他の子どもたちと同じで十にも満たないだろう年頃。さっきまで期待に目を輝かせていた少女。
他の子どもたちに気を取られて良く見ていなかったが、少女は特徴的な外見をしていた。他の子が黒髪だったり茶髪だったりするのに対し、少女は緑色の髪をしていた。砂漠には似合わない、新緑の木々の葉のような緑。そして、翡翠色の瞳。
「えっとね、わたし、村長さんの家に住んでるの。だから案内してあげるね!」
口を開けて笑顔を見せる少女は、まるで太陽の様に明るかった。
今回、ゾイド戦はありません。あ、先に言いますと次回もないです。ゾイド作品の見どころというべき個所が無しでごめんなさい。