ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第3話:緑髪の少女

 フェイト。

 名を聞かれた少女は、そう名乗った。

 聞いてもないのに少女は自分のことをたくさん話してくれた。

 フェイトの父親は、嘗て優秀な飛行ゾイド乗りだったそうで、旅が好きだったとか。そして、一人で暗黒大陸ニクスに行き、そこでフェイトの母となる人物に出会ったのだとか。

 

 ニクスはまだまだ未開の地だ。そこに人が居たなどとても信じられない。だが、まだ見つかっていないが原住民族だという可能性も捨てきれない。

 

 少女の両親は、二年前までこの村にいた。過去形なのは、すでに少女の両親が亡くなっているからだ。村を襲ってきた野良ゾイドとの戦いで、両親共々命を落としたそうだ。そしてフェイトは現在村長の家で暮らしているという。

 

 なんとなく、ローレンジは少女に共感を覚えた。それは、両親を亡くしている境遇が同じだったからだろう。違いと言えば、フェイトには周囲で守ってくれる人間がいて、ローレンジにはそれがいなかったこと。

 

「ねぇローレンジさん、無理しなくていいと思うよ?」

「は?」

 

 唐突に、フェイトがそう切り出しローレンジは目を丸くする。

 

「だって、旅のお話をしている時のローレンジさん、ちょっと暗かったもん。辛い事だったら、話させちゃってごめんなさい」

 

 ぺこりと、フェイトは頭を下げた。だが、その仕草はきちんと謝っているのだが、あどけなさの強い少女の風体からして可愛らしい。思わず吹き出してしまう。

 

「?」

「あーあー、気にしなくていいよ。どーせ昔のことだし。しっかしフェイトはその年のわりにしっかりしてるなぁ。まだ八才だろ?」

「ローレンジさんも年のわりに年を食ってるって言われるんじゃない?」

「……ガキの言う事じゃねぇ……当たってるけど」

 

 ローレンジもその生い立ちからどこか達観した面持ちをしていると思う。だが、目の前の少女もそれに通じるくらいに達観している。

「……ふふ」

「……はは」

 

 互いに、合図もしていないのに同時に吹き出す。それがおかしくて、一緒に笑う。

 

「……あ、あそこ! あそこがわたしのお家なんだ! 今呼んでくるから待ってて」

 

 フェイトは他の民家と変わらない土づくりの家に飛び込み、大声で呼びかける。

 

「おじい~、お客さんだよ~!」

「客?」

 

 家の中から皺の深い老人が現れた。だが背筋はぴんと伸びており、老いを感じさせない佇まい。老人は家に飛び込んできたフェイトの頭をやさしく撫で、目を細める。次いで、玄関に立っていたローレンジに鋭い視線を向けた。

 

「君が客か? 若いな」

「はい。少し聞きたいことがあって」

 

 老人――村長の眼光は鋭い。昔はいっぱしの戦士、ゾイド乗りだったのだろうか。

 

「あがりなさい」

 

 村長に促され、ローレンジは家に通された。

 

 

 

***

 

 

 

 二人で宅に着くと、気を利かせたフェイトが飲み物を入れたコップを盆に載せて持ってきた。が、危うく転びそうになり、慌ててローレンジに支えられる。

 

「えへへ……ありがとう」

 

 ニカッと笑顔を浮かべ、コップを卓に並べるとそのまま期待に目を輝かせて座る。どうやらこのまま聞くつもりらしい。

 

「フェイト。少し外で遊んで来たら――」

「やだ」

 

 村長の促しも無視。これは梃子でも動かないと観念したのか、村長は小さく苦笑しコップを傾ける。

 

「――して、聞きたいことというのは?」

 

 ローレンジは、ポケットから一枚の顔写真を取り出し村長に渡す。昨日の夜、我知らず握ってしまったからしわくちゃだ。だが、顔を確認するには問題ない。

 

「……うっわ~、すっごく濃いお爺さん」

「ふむ、この者を探していると?」

「ガイロス帝国の科学者、ザルカだ。マッドサイエンティストとして手配されている。俺は、捜索の依頼を受けた……賞金稼ぎだ」

 

 依頼を手にした経緯は語る必要がない。当たり障りのない言葉で己の身の上も語る。

 

「……ねぇ、“まっどさいえんてぃすと”……ってなに?」

「やってはならん研究を行い、追放された者……いや、まだ知らんでもよい」

 

 頭に疑問符を大量に浮かべるフェイトはまぁ、いいだろう。ローレンジも話しを進めることにする。

 

「見たことないなら構いません。で、そいつはこのあたりの古代遺跡に潜んでいるそうですが……何か心当たりは?」

「……いや、分からんな」

「古代遺跡の場所はいくつか聞きました。変化があったとか、些細なことで構わないので……」

 

 地図を取り出し、砂漠に点在する遺跡の場所を記したマークを見せる。だが、やはり村長は難しい顔をしたままだった。

 

「ワシ等はこの村の周囲くらいしか知らんのでな。この子の両親なら、遺跡巡りをやっとったから何か分かったかもしれんが……」

「ま、仕方ないですよね」

 

 この子、とはフェイトの事だ。フェイト自身から両親が遺跡を巡っていた話を聞いていたから何か可能性が攫めるかとも思った。だが……。

 

「あー悪いな。嫌な話にしちまって」

「ううん。わたし、おとうさんとおかあさんのことあんまり覚えてないの。気づいた時にはおじいと一緒だったから……あ、でもね! おじいのことは大好きだよ! ――そうだ! せっかくローレンジさんがいるんだし、お昼ご飯食べたいな! ね、おじいそうしよ!」

「ふむ、まぁよかろう。ローレンジ殿、少しお待ちいただけますかな?」

「ああいや、お構いなく」

「遠慮は無用じゃ。フェイト、食器を取ってきてくれるかい?」

「はーい」

 

 フェイトは立ち上がって食材を取りに行く。こうして話していた場所は囲炉裏を囲んでおり、さっきから美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐっていた。

 

「そうじゃ、一つ」

 

 村長は何かを思いついたように地図を探ると、一つの遺跡を指差す。この村からそう離れていない、だが砂漠のど真ん中に埋もれるようにして存在する名もなき遺跡だ。

 

「この遺跡の周辺でセイバータイガーを見かけたと、村の者から聞いた」

「セイバータイガー?」

 

 セイバータイガー。

 ガイロス帝国が保有する大型のトラ型ゾイド。高速戦闘を得意とする、現存する帝国の大型ゾイドの中でも最速と名高い強力なゾイド。多数の火器を有し、大型ならではの強大なパワーを持ち合わせる。それに前述したスピード――その最高速度は時速二四○キロメートルにもなる。

 その設計は、共和国の蒼き獅子――シールドライガーの元になったとも云われる。高速戦闘ゾイドの元祖ともいうべき機体だ。もっとも、現在のセイバータイガーは開発当初の機体よりパワーアップしており、元祖の機体とは別物ともされるが。

 

「セイバータイガー……帝国の主力機ですか。こんな辺境の砂漠にいるとは……確かに怪しいですね」

 

 帝国の主力大型機といえば、村に来る前にローレンジが倒したレッドホーンがある。だがレッドホーンは大型ゾイドの中では量産数が最も多く、一介の盗賊が使用できる最高クラスの機体ともいえる。大型ゾイドの中で最も民間に出回っている機体だ。そして、帝国で使用されているものにはダークホーンと呼ばれる強化機体もある。

 それと比べてセイバータイガーは辺境の盗賊如きが扱える機体ではない。

 ゾイドの希少性もあるが、そもそも高速ゾイドの操縦にはパイロットの技量が大きくかかわる。飛行ゾイドのそれほどではないが、かなりの高速――それを阻害することの無い操縦テクが要求される。さらにその高速を保つために装甲も薄い。中型のコマンドウルフや小型のヘルキャットならまだしも、大型のセイバータイガーやシールドライガーはそれだけ操縦が難しいのだ。

 

「村の子供たちはあまりゾイドを見ておらん。セイバータイガーが現れたと知れば、こっそり見に行くものが出るかもしれんからな」

 

 その言葉にローレンジは納得した。だから村長は、フェイトに食器を取りに行かせたタイミングで口を開いたのだ。確かに、ローレンジが知るべき情報だ。だが、フェイト(こども)達には知られたくない。だからだろう。

 

「ローレンジ殿。ワシからも頼もう。村の周囲にそのような輩がいるとなるとワシらも安心できん。必ずや、そのザルカという男を――」

「分かってます。俺も、個人的に聞きたいことがありますし……」

 

 沈黙が流れる。

 程なくしてフェイトが食器を持って戻って来て、昼餉となった……のだが、

 

「村長! あ、すいません」

 

 乱暴に扉が開け放たれ、焦った顔の村人が駆け込んできた。村長は別に気にしてないように澄ました顔で振り返る。

 

「別に良い。して、なんじゃ?」

「ええ、それが……共和国の人が……」

 

 ――共和国!?

 

 ローレンジの心臓が激しく高鳴り、危うく器を落しかける。それを寸でのところで治め、表面上は平静を装い、粥を食べる。

 

「共和国軍か……構わん、通せ」

 

 ――ヤ、ヤバい予感しかしねぇ……。

 

 粥を食べつつ、口に含んだまま器を置き懐に手を伸ばす。小心者のようだが、軍が来て警戒しない訳にもいかない。

 そして、開け放たれた扉から一人の男がやって来た。共和国の軍服に身を包んだ三十代くらいの軍人。共和国軍の兵だ。

 

「初めまして。私は、へリック共和国独立高速戦闘隊隊長。エル・ジー・ハルフォード中佐です」

 

 ――マジかよ。

 

 「カラン」と、ローレンジの手に最後まで残っていた匙が器に落ち、乾いた音を立てた。


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