ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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どうも、砂鴉です。
五月はハーメルンの中で失踪気味だったゾイド小説が更新されててちょっと嬉しかった。みなさん、忙しいでしょうが楽しく頑張りましょう。

さて、毎度の如く――なのかな?――月に一度の幕間の回。今までがちょっとシリアスだったので今回はコメディーに走り――たかった。私、コメディーな話書くのが苦手なんですよ。結果的には、中身も薄くなりました、はい。
まぁ、今回の主役が馬鹿(アレ)なんで、これでいいかなーっと。

彼らの休日の一幕、とでも考えて頂ければいいです。はい。


幕間その3:NANPA

 人は死ぬとき、花畑を見るらしい。

 この花畑というのは、死する人間にとって最高の光景を意味するらしく、花畑はその例えなのだそうだ。花畑を見るには、一切未練がない満足な死だから、という条件もあると聞く。逆に未練があると真っ暗なのだとか。

 そして、俺様にとって花畑とはまさしく女性たちだ。つまり、女性との交流とは、俺様にとって後悔を失くす極めて重要な使命なのだよ。

 だからな、俺様がナンパすることは生きるために、そして来る死の時に備えての必須事項なのだ。

 だからこそ、ナンパは正義だ!!!!

 

(鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)突撃隊長カール・ウィンザーの言い訳、より)

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

バチンッ!

 

 木々と岩に囲まれた渓谷。とある山の一角にて、その音は響き渡った。

 なんの音か。それはもちろん、ある男の頬が容赦なくビンタされた音である。

 

「は、ははははは。お、俺様が何か気に触ることでもしたかな?」

 

 あくまでシラを切り通すその態度に、再度ビンタが飛ぶ。もう片方の頬がぶたれた男は燃えるような赤髪と同じくらい頬を赤く染め腫らしながらポカーンと言った表情だ。

 男の名はカール・ウィンザー。秘密部隊鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に所属する立派な兵士だ。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の中でも一歩抜きんでた実力――ゾイド戦・生身での戦い問わず――を誇る。その実力から鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の突撃隊長の役を自ら担い、裏事や奇襲を得意とする同僚と共に鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の戦闘において中核をなしている。

 そんな彼だが、ある欠点を抱えている。それは、女性に非常に弱いということだ。ただ弱いということではなく、女性なら年や見た目(見た目は若干範囲があるらしいが)問わず口説かずにはいられない。その性癖は、十歳の少女から七十近い老大統領にまで及ぶ。

 

 そんな彼が、なぜビンタを受けることになったか。その理由は、目の前の女性に対する行動が全てであった。

 

「自分の胸に聞いてみればいいではありませんか」

 

 冷たく言い放つのは長い黒髪の凛とした印象を与える美人。ウィンザーの同僚であり、今回の同行人であるサファイア・トリップだ。

 同じく鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に属する女性だ。飛行ゾイドの操縦を得意とし、ウィンザーとは互いにアクア・エリウスから指導を受けながらゾイド乗りとしての腕を高めている、同僚の間柄な女性だ。

 

 サファイアは踵を返して自身の愛機であるレドラーに乗り込み、霧深い山の空へと消えて行った。残されたのは、ポカーンとアホ面を晒すウィンザーと愛機レッドホーンだけだ。

 

 

 

 

 

 

 デスザウラー撃破から三ヶ月。帝都復興も一段落が付き、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は再出発前に休暇を取ることとなった。ここまで激戦続き、その後は復興に尽力と働きづめだったのが原因で、リーダーであるヴォルフと副官のズィグナーが判断した。

 そこで、ウィンザーは帝都決戦の際にサファイアと約束したデートに行こうと意気揚々と彼女を誘った。無論、サファイアも約束したことだと了承。こうして二人はデートと言う名の気ままな短期旅行に出かけたのである。

 

 ここまではよかった。問題は、この旅の間のウィンザーの行動である。ウィンザーは女性を見かけると口説かずにはいられない。多少の自制は効くが、本人曰くいつまでもため込んでいると禁断症状になりかねない。そのため、この旅の間も立ち寄った村の宿のおかみやら、料亭の給仕やらに声をかけまくった。“デート”と言う名の旅の最中に、である。

 

「むぅ……俺様が何か悪い事でもしたのだろうか」

 

 ウィンザーは霧の中を当てもなく愛機の脚を進めながら考える。

 この霧が厄介だった。すっかり道が分からなくなり、サファイアが上空から道を辿ろうにも、迷路のように複雑な山道は地図を持ち合わせていなかった彼らにはさっぱりだ。

 

「こうして道に迷わせてしまったのがいけないのか? 女性をエスコートできんのは男の恥だからな。うむ」

 

 結局、ウィンザーはそう解釈してひとまずこの山を抜け出すことを考える。レッドホーンのレーダー装備は電子線ゾイドほどではなくとも強力だ。サファイアのレドラーはまだ補足できる範囲におり、山を抜ければ合流できるだろうと判断する。

 

 ――よし、行くか!

 

 行動指針が固まったウィンザーは、そのまま愛機の脚を止めることはなかった――のだが、

 

「……む? あれは……!?」

 

 レッドホーンの眼前。霧深い山道に、何者かの影が現れた。それは三ヶ月前に倒されたデスザウラーとまでは行かなくとも、レッドホーンを凌駕する体高のおぼろげな姿の化け物だ。

 瞬時にウィンザーは判断する。麓で聞いた話では、この霧深い山――イセリナ山には魔物が現れると。目の前の化け物は、その魔物に違いない。

 

「フッ、お前が噂の“イセリナの魔物”か。俺様の名はカール・ウィンザー。恋と戦いに生きる男だ! いざ、貴様を討ち倒し、女性たちからの歓声を手に入れん!」

 

 トリガーを引き、レッドホーンのビームガトリングが火を噴く。砲撃は霧に霞む魔物に吸い込まれ――霧散する。

 勝った。他愛もない。

 ウィンザーは勝利を確信したが、その次の瞬間再び霞の向こうに魔物が現れた。

 

「な……、一筋縄ではいかんという訳か。よかろう! 貴様が強いほど、俺様の魂も熱く燃えたぎる!」

 

 レッドホーンがウィンザーの士気に当てられ低く声を上げる。前足で地面をガリガリ蹴り、頭を低くしてクラッシャーホーンを翳し、突進の体勢をとった。

 

「はっはっは! 射撃が通用しないならば肉弾戦だ!このレッドホーンの突進力、とくと味わうがいい!」

 

 ウィンザーはすっかり頭に血が上っていた。いや、未知の存在という敵を前にして戦闘意欲が抑えられなくなったのだ。こうなってしまったウィンザーは、もはやだれにも止められない。

 

『待って!』

 

 ウィンザーのレッドホーンがいざ突撃を開始する――その刹那だった。ウィンザーに向けての制止を促す声がかけられる。

 その声が全く知らない人物ならば、ウィンザーは気にも留めなかっただろう。例え知り合いだとしても、今の彼を戦場から引かせることなどできはしない。それが見惚れた男ヴォルフだったとしても、今のウィンザーを止めることは叶わない。

 

 

 

 だが、ウィンザーは止まった。勢いをつけていたためレッドホーンの機体が前方につんのめり、慣性で後ろ足を機体の体高以上まで浮き上がらせながらレッドホーンは急停止した。誰の言葉だろうと止まることはないはずだったウィンザー。その彼がなぜ止まったのかといえば……

 

「なにかな? お嬢さん」

 

 その声が、女性の声だったからだ。

 

 ――今の愛くるしさを纏った声音、フェイトちゃんが近いな。いや、だがそれよりも少し年が上だ。だがこのソプラノボイス。間違いなく十代、それも前半。そしてこのような美しい声色は……美少女!

 

 通信越しの声だけでウィンザーはそこまで導きだし、目の前の魔物のことなどもはや眼中になくレッドホーンの向きを反転させる。そして、無駄に紳士ぶったきれいな声色を作ってその声に答えた。

 

『あ、えっと……』

 

 その声の主は若干驚いている。当然だ。危険を感じて声をかけた結果、まるで曲芸のような動きで重武装のレッドホーンが逆立ち――のような格好――をして機体の突進を止めたのだ。驚かない訳がない。

 

『その先、崖になってるから……』

「崖?」

 

 ウィンザーはその言葉にすぐに自身が駆け込もうとしていた方向を探る。

 確かにあった。魔物が立ち尽くすそこは、崖の向こう側だ。霧と魔物の姿で見失っていたが、もしもあのままレッドホーンを突撃させたらレッドホーンは崖下に真っ逆さまだったであろう。

 

「なんと!? 魔物め、この俺様をおびき寄せ崖に落とさせようとは、姑息な手を使いおって!」

『魔物? あれ、ただの影よ」

「……影、だと?」

 

 少女の言葉に、ウィンザーはもう一度魔物を見つめた。背後に立つ少女のゴドスが身体をゆらゆらと揺らすと、目の前の魔物もゆらゆらと身体を揺らした。

 

 ――影……影か。ぬぅ……興が冷めてしまったではないか。だが!

 

 落胆はほんの一瞬。ウィンザーは――自称――恋と戦いに生きる男だ。そして、その二つを天秤にかければ恋の方が重くなるに決まっている。

 

「ふっ、助かったよお嬢さん。俺様はカール・ウィンザーという。このお礼も兼ねて、どこかでお茶と行きたいところだが、いかがかな?」

 

 顔つきと佇まいを精悍なものに整え、ウィンザーは自身が最もカッコ良く見えるだろう表情でゴドスに――それに乗る少女に言った。

 

「え、えぇっと……私はローザ。よろしくね、ウィンザーさん」

 

 そう微笑んだゴドスに乗る少女。その機体の背後の岩陰に何かを察知したが、ウィンザーは邪魔だとその存在をあっさり意識から斬り捨てた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 イセリナ山の山頂。ちょうどレドラーを降ろせる場所を見つけたサファイアは一旦機体をそこに着陸させた。

 

「まったく、ウィンザーさんにも困ったものです」

 

 休憩がてら山頂に立ち、景色を見渡しながらサファイアは呟いた。

 眼下には霧がかったイセリナ山の入り組んだ山脈が広がっている。山頂ほどの高度まで登ると霧も届かない。おかげで雲海に近い景色がイセリナ山から見通せた。この世で一度は見たい絶景とも呼べる景色に、サファイアは感嘆を上げる。

 

「きれい……一人でこの景色を見るのがもったいないほど……」

 

 思わず口を突いて出た言葉に、サファイアは苦笑した。そう思ったことは事実だ。だがその言葉は、現状から言って一人ではなく二人、それもついさっきビンタを喰らわせて放置してきた暑苦しい男と一緒に見たいと言っているようだ。

 

 ――まぁ、彼でも構いませんが。

 

 そんな穏やかなことを考えたのはいつ以来だろうか。用心棒として各地を転々としていた時は、とにかく今日を生きるのに精一杯だった。

 そんな日々に出会った青年。彼の語る“組織”の事が気になり、また幼い少女を連れながらも見惚れるようなゾイド戦を見せてくれた彼の事が気になり、思い切って気ままな用心棒暮らしに終止符を打ち入団した。

 待っていたのは同じ空戦ゾイドを得意とする大男による修練の日々。そして……あのウィンザーに口説かれる毎日。

 当初は期待していたそれと違うと心中で憤慨したものだ。毎日のように口説かれ、さらに無人機について話したら逆ギレする上司。

 当時のサファイアは無人機(スリーパー)を肯定的にとらえていた。だが、その考え方はすでに覆らされている。ゾイドと心を通わし、共に戦った青年の奮闘を見て。そしてもう一つ。

 

 ――あんな、無謀すぎる戦いだというのに、ウィンザーさんはそれを貫いた。

 

 ウィンザーとレッドホーンが、炎を上げながらアイアンコングPK率いる部隊に突撃していくのを見たあの日、サファイアの中で何かが変わった。前日に彼と話していたからだろうか。特攻に近いその行動を、信念を貫いてハーディンを打ち倒したウィンザーの心に魅かれるものを見た。

 それが、安全主義のサファイアに自らを盾にするという行動を選ばせた。デスザウラーとの決戦でのことだ。

 それだけじゃない。一歩間違えたら荷電粒子の光に消えていたライガー乗りの少年の特攻も、それを巻き込まれて死にかけるのも覚悟のうえで援護した青年も、さらに間一髪でそれを救いだした瀕死の上司。それらすべてがそれまでと全く違って見えた。

 泥臭くて、血生臭い。プライドや意地などという自身以外にはまったくメリットがないものに命を賭ける。そんな姿が、昔はくだらなく思えたそれが、今のサファイアには激しく心を焦がす演劇に見えた。一瞬の、ほんの一時のために全てを賭ける熱い想い。魂の雄たけび……。

 

 ――あの日……あの時……、もし私に、ウィンザーさんの様に、想いの向くまま戦う意思があったなら、失うことはなかったのでしょうか。

 

 ふと思い出す。

 サファイアが鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に所属するずっと以前の事。

 共に創り上げ、いつも一つだった『夢幻竜(ドリームドラゴン)』。混乱する戦場で、空から必死で仲間を探し、現状を把握し、分かっていながら冷酷に()()()()判断を下した自分。

 

 夢幻竜(ドリームドラゴン)は、遠く――泡沫という幻の彼方に消え去ったのだ。

 

 許せない。自分が自分を許せない。一人を見捨て、多くを助けた。だが、残ったのは苦く、冷たい感情。だから、サファイアは、人を犠牲としない兵器(スリーパー)を求めた。苦渋の判断を下すくらいなら、それを必要としなければいいのだから。

 

 なのに、

 

 気づいた時には魅せられていた。自動操縦(スリーパー)ゾイドの特性を求めたのに、結局は、人の乗るゾイドの戦いに魅せられたのだ。それをエリウスに伝えたら、彼はいかにも満足そうに、嬉しそうに豪快に笑った。少し、癪に障った。

 

 ――でも、そこまで嫌には思わなかった。

 

 中でもウィンザーの戦いぶりには最も魅せられた。打算も何もない、ただ魂の叫ぶがままに、突撃し、衝突し、打ちのめす。単純だが、見ていて飽きはしない。むしろ心の奥が熱を受け取ったように熱くなる。

 

 ――だからあのように言ったんでしょうね。

 

 そこまでのことを見せてくれた、見せてくれると思ったからこそ、ウィンザーに今回の切っ掛けとなる言葉を投げた。

 こうして離れてみたことで、少しはその気持ちが分かった気になる。確信――ではない。そう感じる自分がいると自覚し、今まで通りで構わないと思った。ウィンザーと自分の関わりはそれで十分だろう。

 

「さて、そろそろ探しに行きましょうか」

 

 霧が少し晴れてきた。これなら、山を抜けるのに時間はいらないだろう。そう考え、サファイアは愛機レドラーに乗り込む。

 ウィンザーはどうしているだろうか。まだ、山の中を当てもなくふらついているのか。理論ではなく直感が行動原理な彼を思いだし、少しおかしくなる。

 

 

 

 その時だった、爆発音が山々に響き渡ったのは。同時に、サファイアのレドラーが影に覆われた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ウィンザーはその後も平常運転の調子でローザを口説き続けた。ローザは若干戸惑いながらも、この嫌に暑苦しい男が害のある存在ではないと判断し、言葉を返す。

 

「ほぅ、この山に隠れ里が。……ぬぅ、そのような話は麓では聞かなかったぞ?」

「魔物のことや、イセリナ山の道が入り組んでて複雑なこと。それに頻繁に霧が発生するから、村の人以外が立ち入ることはないのよ。だれかが案内しない限りね」

 

 ローザの住む隠れ里は山の中に隠され、滅多なことでは発見されないという。それこそ、村の者でなければたどり着くことすら叶わないと言われるほど。

 

「長老様はイセリナの山が私たちを守ってくれるからなんですって」

 

 そう、笑顔のまま語るローザにウィンザーは見とれっぱなしだ。が、彼女が不思議そうな表情を浮かべると慌てて顔を引き締めた。そんなウィンザーがおかしかったのか、ローザは小さく笑った。

 

「……しかし、このような高地でキノコなど生えているのか?」

「崖にひっつく感じで生えてるのよ。この山特産のキノコなの。とっても美味しいのよ。よかったらウィンザーさんも食べてって」

「それはありがたい! そうだ、俺様には同行者が一人いてな。彼女も一緒によいだろうか?」

「もちろん」

 

 ローザはあるキノコを探して村を出掛けていた。ローザには帝国軍に入っている姉が一人おり、その姉が、帝都の騒ぎも落ち着いたから里帰りすると教えてくれたのだ。さらに同僚も連れて行くと言っていた。その時の姉の声音から、ローザはなんとなくあること(・・・・)を察し、やってくる二人のためにそのキノコを探しに来たのである。

 無論、その事情を聴いたウィンザーが黙っているはずもない。すぐにキノコ探しに同行することを申し出たのだ。ただ、その胸の内では目的がまた変わっていることは内緒である。

 

 ――ローザのお姉さま……きっととびっきりのナイスバディの美女に間違いない! それも大人のお姉さんな香りがむんむんと! うむ、ぜひとも一目お会いしたい!

 

 欲望に塗れた感情は表に露出し、ウィンザーはレッドホーンのコックピットで一人気持ち悪い笑みを漏らした。これがローザに聞こえていたら、即刻ドン引きされていただろう。通信回線を切っていたのは幸いだ。

 

 やがて、霧の晴れた山間をローザの先導で進み、とある崖を目前に見上げる地点まで到達した。そこでローザはゴドスの歩みを止め、並行してウィンザーもその場に止まる。

 

「前に探した時はこの崖にあったんですけど……」

「ふむ、ならばこのレッドホーンに任せておけ! 動く要塞の名は伊達ではないぞ」

 

 言うなりウィンザーはレッドホーンの頭を上方に向ける。レッドホーンのカメラを操作し崖を拡大、ウィンザーが虱潰しに確認作業を始めた。事前にキノコの詳細な画像は送られており、後はそれを目視で探し出すだけだ。

 もちろんウィンザーだけがやっている訳ではない。言わずともローザもゴドスのカメラを操作し、崖に映えているキノコの確認作業を行っている。

 

 

 

「あ、ありました!」

「む、どこだ?」

 

 ローザが目的のそれを見つけ出し、直ぐにウィンザーも確認に移った。

 示された場所を拡大すると、確かにあった。崖にへばりつくようにして生えるキクラゲのようなキノコが。

 イセリナ山でしか生息していないらしく、その名は“イセリナ茸”。山の隠れ里に暮らすローザにとっては身近なものだが、実は世間では非常に珍しいキノコだった。共和国や帝国の首都にある高級料亭で使われるような極上の素材である。

 

「でも、これは諦めるしかないですね」

 

 だが、せっかく見つけたのにローザは諦めると言った。

 高所の崖に生えるイセリナ茸の採取は非常に危険だ。だからローザはこれまでゴドスを使って安全に採れるものだけを採取してきた。だが、今回は違う。そう言ったことに目ざとく反応する男が一緒なのだ。

 

「なに、ローザはここで待っていてくれ。俺様が採取してきてやろうではないか」

 

 ウィンザーはポーズをキメながらそう言い放ち、レッドホーンの中にしまってあった崖上りの機材を用いてするすると登り始めた。ローザが止めるまでもない。金具を崖に打ち付け、命綱を垂らしながら確実に崖を登って行く。

 程なくして、崖の半ばに生えていたイセリナ茸の元に到達する。

 

「むぅ、それなりに登りやすい崖で助かるな。……さて、これが高級食材のイセリナ茸か。なんと、野生だというのにかぐわしき香り。料理のアクセントに使うものらしいが、これなら炭火焼でもイケそうではないか。あ、いや、流石に薄いか」

 

 崖からもぎ取ったイセリナ茸を陽光に翳し、背中に背負った籠に放り込んでいく。しばらくそれを繰り返し、背中にかかる重みが十分だと感じたウィンザーは崖下に声をかけた。

 

「ローザ! 今から降りる! 頼むぞ!」

「はい! ウィンザーさんも気を付けて!」

 

 ローザは下で命綱の操作を行っている。本当ならそんな必要もなく一人で下りられるとウィンザーはカッコつけて言ったのだが、ローザの方が頑として譲らなかったのだ。少女に下で支えてもらうなど大の男としてカッコがつかない。それに支えるローザの方が力が足りずに危険だという理由で、彼女を遠ざけることも出来た。

 だがウィンザーはそれをしなかった。今回のイセリナ茸採取はローザが出稼ぎに出ている――とウィンザーは思っている――姉のためなのだ。彼女もやることをやって然るべきだろう。むしろ、役目を与えなければローザが納得しない。

 だから危険を承知でウィンザーはその役を与えたのだ。仮に支えるローザがバランスを崩したとしても、それで被害を被るのは支えを失くして落下速度が速まるウィンザーの方だ。そのぐらい、深く受け入れる度量が無ければ愛に生きるなどできない――というのがウィンザーの意見である。

 

 要するに、少女の想いを自身の安全より優先した、という訳である。

 

「どうだ! このくらいあれば十分であろう!」

「はい! こんなにたくさん……ありがとうございます!」

 

 その危険も、ローザの弾けるような笑顔を見れば清算など安い。むしろおつりがくる。ローザの笑顔が――いや、女性の喜びがそのままウィンザーの幸福であり、生きる糧だ。

 

 

 

 そして、そのためにはもう一仕事こなさねばならない。

 

「さて、目的のブツは目の前なんだ。そろそろ出てきたらどうだ?」

「え? ウィンザーさん?」

 

 ウィンザーが高らかに言い放ち、ローザはそれに驚きの声を上げた。そして、ウィンザーの言葉を肯定するように数体のゾイドが岩陰から顔を出す。

 

 それはこれまでに見たこともないゾイドだった。真横から見れば半円を描くフォルムに見える。頭部と思しき場所からは触覚が飛び出し、機体の横には二連装ミサイルポッドが装備されている。円を描くようなフォルムの装甲には主兵装と思しき武装が散りばめられている。さながら武装した装甲車と言った様相だ。

 見た目からはモルガやグスタフといった昆虫型ゾイドが近い。より正確に言えば、グスタフを小型化し、装甲に武装を埋め込んだような姿。色合いは紫と黒をメインとしており、その姿や色からは帝国ゾイドの印象を覚えた。

 だが、

 

 ――むぅ、見たことの無いゾイドだ。

 

 ウィンザーは元帝国兵だ。しかも、つい最近までその帝国軍と共に帝都復興作業に従事していた。現在のガイロス帝国が戦力としているゾイドはあらかた知り尽くしている。そのウィンザーですら見たことの無いゾイドだった。

 

「あの、この人たちは?」

「おそらくは、君がイセリナ茸を採取したのちにそれを強奪しようと企んでいたのだろう。イセリナ茸は、この山でしか取れないのだろう? むろん、探すにも君のような慣れた者でなければ難しい」

 

 イセリナ茸の存在と集落の外との関わり、それらを総合して、ウィンザーは結論を下す。もっとも、それはウィンザーの独自の視点でしかないが、どうやら当たりのようだった。

 

『ちっ、バレちゃあ仕方ねぇ。お頭! どうしやす?』

『かまうな! どうせ敵はレッドホーンとゴドスだ。コイツらの実験台にしてやれ!』

 

 お頭と呼ばれ、さらにもう一機のゾイドが再び辺りを立ち込め始めた霧の向こう側から現れる。先ほどの謎のゾイドだが機体側面から大地掘削用のドリルが増築され、他の機体より一回り大きい。おそらく強化型だろう。

 

「これを狙って……!」

「ローザはすぐにゴドスに乗り込め。ここは……、こういう場こそ男が身体を張る場面と言えよう!」

 

 ローザを促しつつ、ウィンザーはむしろ隠しきれない喜びをにじみ立たせレッドホーンに乗り込んだ。その間にも謎のゾイドが腹部の車輪で接近してくる。が、レッドホーンはウィンザーが乗り込むまでビームガトリング砲で牽制射撃を行い、謎のゾイドを寄せ付けない。動く要塞と称されたレッドホーンの射撃火力は、並の小型ゾイドを圧倒するには十分だ。

 

「お前たちには聞きたいことがある。そのゾイドが一体なんなのか。この俺様ですら見たことの無いゾイドだ。バックの存在を疑ってもおかしくなかろう?」

『へっ、誰が教えるかよ』

 

 一定の距離まで近づいたところで謎のゾイドの射撃が始まる。機体正面に装備されたガトリング砲が唸りを上げ、レッドホーンを嬲った。が、それだけだ。

 

「ふん、所詮小型ゾイド。このレッドホーンの装甲はびくともせんわ!」

 

 レッドホーンが低く吠え、頭を下げて突撃体制をとった。後ろ足で地面を蹴り、力強く疾駆する。真正面から突撃をかけてくるレッドホーンの迫力はなかなかのもので、敵機も思わず怯んだ。その僅かな時間でレッドホーンのクラッシャーホーンが謎のゾイドに衝突し――弾け飛ぶ。

 

 ――硬い。

 

 それが、初撃からウィンザーが抱いた感想だ。

 レッドホーン唯一の格闘兵装であるクラッシャーホーンの硬度はかなりの物だ。勢いに乗っていればアイアンコングの前面装甲すら突き破ってしまう。だが、目の前のゾイドは球体の装甲で衝突の衝撃を拡散、機体が跳ね飛ぶだけで、装甲に大したダメージを負った訳ではない。球体の装甲は弾丸にも強く、実弾兵器では期待した戦果は望めないだろう。

 攻め手を変えるべきか。ウィンザーはそう考え、有効な戦術を脳内で練る。だが、

 

 ――……むむむ、だめだ! 頭を使いすぎるとパンクしてしまう!

 

 ウィンザーは突撃思考の男だ。相手が固いなら、それ以上の力でねじ伏せてしまえばいいと本気で考えてしまうほどに。故に、そう言った作戦などは全て仲間にまかせっきりなのだ。

 

「突いてダメなら射撃だ! ビームガトリングで蜂の巣にしてくれる!」

 

 背中のビームガトリングが回転し、ビーム弾を次々に吐き出していく。そちらは効果があったのか、直撃を受けた一機が沈黙した。だが、霧の向こうから謎のゾイドはさらに現れた。その数五機。

 そして、現れた五機は身体を丸め、完全な球体へと姿を変貌させる。その様は、まるで枯葉の下で細々と生きるダンゴムシそのもの。

 

『いくぜ! ヴァルガのグラビティアタックだ!』

 

 機体を回転させながらの突撃。全く予想外の攻撃に然しものウィンザーも一瞬あっけにとられた。高速回転しながら迫るゾイド――ヴァルガはそれまでの行動が嘘のような高速で、あっという間にレッドホーンの目前にまで到達し、機体ごとレッドホーンにぶつかった。

 スピードが乗り、さらに装甲も厚いゾイドだ。直撃を喰らい、レッドホーンの装甲がひしゃげ後退させられる。

 

「ウィンザーさん!」

 

 下がっているように言われたローザもその光景に思わず叫ぶ。そして、どうにか援護しようとゴドスの踵を返させた。だが、

 

『おっと、嬢ちゃんはその荷物を譲ってもらおうか』

 

 指示を出した後に姿を消していた盗賊の頭のヴァルガが地中から顔を出した。ドリルをゴドスの首筋に突きつけ、脅迫する。

 

 その間にもウィンザーはヴァルガの連続攻撃を喰らっている。霧が立ち込めたイセリナ山の山間で、ヴァルガは霧の中から突撃をかけ、霧の中に消えていく。ウィンザーが先手を打って攻撃しようにもそれは霧が作った虚像だ。イセリナの魔物すら利用する敵に、ウィンザーは完全に翻弄されている。

 

「ウィンザーさん……」

『どうする、そいつを渡すか。二人まとめてあの世に行くか……?』

 

 迷う時間は、なかった。このままでは二人とも倒れてしまう。それなら、渡してしまうほかない。意を決して、ローザが口を開く――だが、

 

「ローザ! それはお前が姉のためにと探したものだろう! 決して渡すんじゃない!」

 

 ウィンザーがそこに割り込む。相変わらずヴァルガが崖を転がり降りて攻撃してはその勢いで坂を駆け上がって消えていく。すでにレッドホーンの装甲はどこもヒビだらけだ。

 

「でも、このままだとウィンザーさんが――」

「俺様なら心配いらん! 以前イセリナの魔物以上の化け物を相手取ったことがある。そして俺様は生還したのだ。この程度に後れは取らん!」

「だけど……」

 

 ローザの意志はすでに折れかかっている。後一押しだ。頭はそう判断した。

 ――その時だった。場違いな言葉が響いたのは。

 

 

 

『天定まって、(また)()く人に克つ。我ら平和の使者、翼の男爵アーラバローネ!』

『誇り高き嵐の刃、ストームソーダ-を恐れぬならば、かかってくるがいい!』

 

 それは霧に覆われた上空からだ。

 二機の飛行ゾイドが濃霧を切り裂いて現れ、ゴドスに迫っていたヴァルガを衝撃波で吹き飛ばす。

 

「え?」

 

 ローザはその時、耳を疑った。それもそうだろう。突如現れた飛行ゾイド――ストームソーダ―から正義のヒーローの前口上のようなセリフが飛び出し、しかも、その声には聞き覚えがあった(・・・・・・・・)から。

 

 頭のヴァルガはまだ諦めていない。吹き飛ばされたからと言ってもヴァルガの装甲は固く、致命傷ではなかった。自らも機体を球体に変化させ、ゴドスに向かって回転アタックを仕掛ける――だが、その側面に赤いレドラーが舞い降りストライククローを叩きつけた。不安定な体制だったヴァルガはそのまま横転する。

 

『――てぇ、くそっ、一体何が……』

「まったく、ウィンザーさん。いつまで遊んでいるのですか? 見たことの無いゾイドが相手と言えど、あなたが苦戦するなどらしくありませんよ」

 

 赤いレドラーからの声――サファイアがため息交じりにそう言い放つ。それに、ウィンザーはにやりと笑みを浮かべる。

 

「なぁに、心配するなサファイア。ようやく、奴らの動きが見切れて来たのだ。それに、ピンチからの逆転の方が熱く燃えるだろう? 女性受けもいい」

「やっぱり、それですか。……でも、だからウィンザーさんは――」

 

 ――絶対に負けない。

 

 再び濃霧の彼方からヴァルガが駆け下りてくる。その方向をヴァルガの()で察知したウィンザーは、レッドホーンの頭部をそちらに向け、クラッシャーホーンを突き出した。

 

 バキャッッッ!!!!

 

 鉄と鉄、金属生命体の装甲と角が激しくぶつかり合う。だが、レッドホーンの頭は砕けていない。ウィンザーの闘志を宿したクラッシャーホーンがヴァルガの装甲に深々と突き刺さっているのだ。

 

「獲ったぁああああああっ!!!!」

 

 腹の底から歓喜の雄たけびをあげ、ウィンザーはレッドホーンをその場で回転(・・)させる。ハンマー投げの要領で振り回した角――に突き立つヴァルガ――は次に転がってきたヴァルガを強打、ホームランのごとく彼方に殴り飛ばした。

 後は、その繰り返しだ。向かい来るヴァルガは、全てレッドホーンという名の選手が持つヴァルガという名のハンマー――もといバットでかっ飛ばされていく。

 

「……ふぅ。やりきったぜ」

 

 すべてのヴァルガを弾き飛ばし、ウィンザーはすがすがしい顔つきで汗をぬぐった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 盗賊たちは全てどこかに飛ばされていった。クラッシャーホーンに突き刺さったヴァルガも遠心力で吹き飛び、もうどこにもいない。これでは、ヴァルガがどこで製造されたのかも聞き出せない。

 

「まったく、ウィンザーさんは勢いだけで全てやってしまわれるから……」

「だが、俺様の活躍はなかなかだったろう? なぁ、サファイア?」

「はいはい、そうですね」

 

 まるで子供をあやすようなサファイアの態度。だが、ウィンザーはまんざらでもないような――むしろ歓喜に打ち震え喜びを表している。

 

「ローザ!」

「あ、おねぇちゃん!」

 

 ストームソーダーが地面に降り立ち、そこから現れた茶髪の女性に呼ばれてローザは振り返る。そこにいたのは、ローザの姉であるヴィオーラ。

 

「な!? ななな……ローザの姉はヴィオーラなのか!?」

 

 その事実に、なぜかウィンザーが驚愕した。さっきまでサファイアと笑顔で話していたというに、今は驚愕を顔に張り付けて固まっている。いや、僅かばかり恐怖すら浮かんでいた。

 

「……ヴィオーラさん。ウィンザーさんとなにか?」

「帝国軍に居た頃にこいつにナンパされてねぇ。ちょっとお灸を喫えてやったんだけど、効きすぎたみたいね」

 

 いったい何をやったのだろうか。どんな女性でも受け入れると豪語したウィンザーを固まらせるとは……サファイアは、帝都復興以来会っていなかったヴィオーラのもう一つの一面を垣間見たような気分になる。

 

「おねぇちゃん。ウィンザーさんって、そうなの?」

「まぁねぇ、こいつの女癖の悪さは軍の中でも評判だったよ。サファイア、あんたたちのとこでもそうじゃない?」

「ええ。ウィンザーさんの熱心過ぎるアプローチで退団した者が現れるくらい」

 

 サファイアは笑顔で――ただし、何か黒いオーラを纏いながら――そう告げた。ウィンザーは相変わらず固まっているが、この後彼には更なるお仕置きが待っているとだけ言っておこう。なにせ、サファイアがあそこまで言ったというに、懲りずにナンパしたのだから。

 彼が最も恐れる女性の妹を。

 

 

 

「さて、このままここに居座っても仕方ない。ひとまず、村に行こうじゃないか」

 

 一歩引いた位置で場を見守っていたロッソの言葉に賛同し、ヴィオーラはローザを促してそれぞれのゾイドに乗り込む。それでも固まっているウィンザーの耳をサファイアが引っ張り、何か小言を言いながらレッドホーンに放り込んだ。

 そんなウィンザーの情けない姿と彼の本性を見たローザは、ゴドスの中で小さく呟いた。

 

「……かっこよかったんだけどなぁ。やっぱりないわね」

 

 

 

 

 

 

 その後、レッドホーンはイセリナ山の隠れ里にて修理された。その際、ウィンザーは愛機そっちのけで村の女性に声をかけまくり、あげくサファイアに引っ張られて旅を終えて鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に帰ることになったとか。

 

 結局、最後までウィンザーがナンパを辞めることはなかった。それだけの話である。

 




ここらで一言。
三月に書き終わってストックしていた幕間の話、次回でラストなんです。在庫が底を突きました。
その次回は、鉄竜騎兵団のメンバーの一人のお話。渋い系のお話になったかと思います。そして割と短めです。
もう一つ、構想としてはバンを主軸に一つ作りたいなぁと。あ、それより本編書けと、それ以前に現実を片付けろと。はい、その通りです。

余談ですが「このキャラ主軸の話が見たい」というご意見があればどうぞ。生存報告代わりのおまけ話のストックネタに使わせていただくので。出せるかどうかは私のノリ次第になりますが。

あ、コメント・感想稼ぎだと思ったそこの方! その通りです! ……一度やってみたかったんですよね(笑)

それでは、また次回。

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