ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

46 / 175
待たせたな。


はい、ちょっとやりたかっただけです。
さて、とんでもなく長い第三章『暗黒大陸編』いよいよ始まります。

毎日20時1分更新ですので、ゆっくりお付き合い下されば非常に嬉しく思います。


暗黒大陸編
第36話:異変


 それは、もう何年、何十年も前の話だ。

 

 とある小さな町の、小さな酒場。嘗てこの星に移住民がやって来た際、彼らが暮らしていた島国の文化を懐かしみ、作られた酒場だ。板や石ではなく、畳というある草を編んで作られた優しい肌触りの床が、客を迎えてくれる。

 その酒場の最上質の一部屋で、二人の男が杯を酌み交わしていた。

 

 一人は落ち着きを払った様子の黒髪の男。メガネをかけた冷静そうな顔つきだ。しかし、その眼鏡の奥に覗く瞳や表情には、どこか柔和な感覚を抱かせるやさしい表情だった。見る者を安心させてくれる、穏やかさがあった。

 そしてもう一人は、彼とは正反対だ。見た目からしてまだ若いが、その頭髪は真っ白だ。それも長い。たなびくような白い長髪は、まるで気品ある馬の鬣のように、煌びやかで、威厳を見せつけている。眼光は鷹の様に鋭く、言うなれば、王者の風格を漂わしている男だ。

 

「本気か、大層な野望だな」

「あの日からずっと、この胸に抱いて来た大望だ。いまさら撤回しようなどとは思わん」

 

 落ち着きを払う黒髪の男の茶化すような物言いに、たなびく鬣の様に雄々しき白髪を揺らし、もう一人の男が頷く。

 

「私の人生全てを捧げて来たのだ。あとどのくらいかかるか、私にもわからん」

「そうだな……ひょっとしたら、お前が生きている間では成し遂げられんかもしれん」

「そうなれば……息子に託すさ」

「生まれてもいない息子まで巻き込むか。血みどろの道を。親の情がないな」

「ふっ、まだ親でもなんでもない。だが、私に使えるだろう駒は全て使わせてもらう」

 

 白髪の男は抑揚のない声で呟く。だが、黒髪の男は分かっていた。

 白髪の彼が、誰よりも家族という存在を望んでいることを。すでに亡き家族を、愛していることを。いずれ手にするであろう息子も、その愛に育まれて強く育つだろう。大望に人生を捧げながら、家族へ愛情を注ぐことを、忘れることはない。必ず。そう信じている。

 黒髪の男は一息に杯の中身を呷った。苦みを含んだ酒が喉を通り、胸が熱くなる。

 

「妄信的になるな、ギン。お前には、俺がついているのだから」

「ああ、そうだな。ダッツ。お前には苦労を掛ける」

「気にするな。お前に助けられたあの日から、俺はお前と共に生きると誓ったのだ。お前が野望の果てに悪鬼となり果てようと、行きつく先が地獄だろうと……最期までお前に尽くす」

 

 言葉通りの意志をその瞳に宿し、黒髪の男(ダッツ)白髪の男(ギン)を見据える。

 

「私は、恵まれたものだ。お前のような親友を得ることが出来た」

 

 ギンも残っていた酒を呷った。ダッツが空いたギンの杯に酒を注ぎ、ギンも注ぎ返す。これが最後だ。互いに杯を掲げ、掲げた。

 

「我らの屈辱を晴らさんがため」

「我らの大望を成し遂げんがため」

 

 それぞれの夢へ向かって。言葉は違えど、共に大望へと向かわんがため。二人は、杯をぶつけ合った。

 

 

 

 それは、現在より二十年以上前の話。

 大望を語り、共に歩むことを選んだ男たちの、破滅の序曲だった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 その大陸は極寒の風が吹きすさんでいた。

 すべてを凍てつかせる吹雪。暴風を伴う極低温の風は、油断すればその地に生きる野生のゾイドですら氷の中に閉ざす。

 温暖期は大地が待ち望んだかのように緑で覆われ、雪解け水がもたらす豊富な水資源はその地に住む生物に豊かな環境を与えてきた。だが、それが一転、寒冷期ともなると一歩外に出ることすら憚られる冷気が、全てを蝕んでいく。

 

 この星に異星からの移住者が下り立ってから幾年もの時が過ぎ、初めてこの大陸に足を踏み入れた者は、新たな故郷――西方大陸エウロペに帰還してこう語った。

 

 『とても人が住めるような場所じゃない。雪と氷に閉ざされた、暗黒の大陸だ』と。

 

 さらに、エウロペで交流が育まれた惑星Ziの原住民――通称ゾイド人との交流の末、現在の呼称に落ち着く。

 

 その名を、『暗黒大陸ニクス』

 

 最初にニクスに踏み入れた者は運が悪かった。彼らはちょうど、示し合わせたかのようにニクスの寒冷期に、それもそのピークに当たる次期に足を踏み入れたのだ。以来、その話が広がるにつれニクスに足を踏み入れる者はいなかった。エウロペ全土の解明すら終わっていない現段階では、それ以上未知の大陸に突き進むのは無謀と判断されたのだ。

 それ以来、ニクスに足を踏み入れる者はいなかった。故に、その全貌は未だ謎のベールに包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極寒の暗黒大陸。だが今の季節は温暖期だ。比較的穏やかな気候、豊かな湿地帯の植生が、この地に住むゾイドたちの糧となっていた。無論、それはゾイドだけではない。

 金属生命体と呼ばれるゾイドは体の深部から外骨格に至るまでその大部分を金属細胞が形成している。この惑星Ziの環境だからこそ進化し育った生命体だ。だが、この星に住む生命はゾイドだけではない。ゾイドから別れた進化の道をたどったゾイド人。金属細胞を体の一部分に留め、地球と呼ばれる星と似たような身体構成を持つ生物も存在する。また、それは地球人の来訪により、彼らが持ち込んだ地球の生物の遺伝子から、より顕著になったと言える。

 

 故に、この星に住んでいる生命体はゾイドだけではない。

 

 暗黒大陸の中心より東に逸れた場所に存在するウィグリド湖は、実に多くの生命体が生息していた。周囲をゲフィオン山脈とイグトラシル山脈に囲まれ、山々から流れ出す湧水がウィグリド湖を満たす。さらにウィグリド湖から流れ出した水は川となり、アース平野を流れ、暗黒大陸を二つに分かつ海へと流れ出した。

 この海は惑星Ziに地球人が下り立つよりも昔、遥か古代に起きたある大異変によってもたらされたと云われる。

 

 さて、そんなウィグリド湖には、恵まれた環境と豊かな湿地帯から多くの淡水魚類が生息していた。周囲の山々には種々雑多な鳥類、哺乳類、爬虫類など実にたくさんの生物が生息し、この湖を憩いの場としていた。

 

 

 

 そのウィグリド湖に、一人の子どもがいた。

 椿のように美しい真紅の髪を肩口で切りそろえた、小柄な子どもだ。中世的な顔立ちから、彼を少年とすべきか、はたまた少女とすべきかの判別はしない。

 彼は近くの木の枝と持ち込んだ糸で作った手製の釣竿を振い、シャフトする。細腕で振り抜かれた釣竿は良くしなり、装着された釣糸を湖面に落とす。シャフトし終わると、彼はその場に座り込む。釣竿を近くの石で固定し、持ってきた鞄から一冊の本を取り出し、栞を指と本の表紙の間に挟み目線を文面に落とした。

 彼は熱心にその本を読みふける。難解な、一見なんの意味もなさないだろう記号が立ち並んだものだ。

 それはただの書物ではない。書いてある文字を読み取ることは、復興しつつある現代の技術をもってしても不可能に近い。それもそのはず、その本は遥か古代に作られたものだ。遥かなる時を経てなお、まるでつい昨日作られたばかりのような本の質は、それが作られた当時の技術レベルの高さを物語っている。

 昔の書物や遺跡に残された記述と言ったものは、内容を理解できなければ意味がない。彼が手にしているその本も、遥か昔の知識を現代に伝える唯一と言っていい手がかりだが、生憎、その意味を――文字を理解できなければ何の意味もなさない。無用の長物だった。

 

 少なくとも、これを読むことが出来る者が存在しなければ。

 

「……通称、OSとでも呼ぶのかな。ゾイドの精神に直接作用する。でも、その基本システムはゾイドに多大なストレスを与え、それに反発させて『怒り』によって性能を向上させる。ゾイドの意志を度外視した、欠陥システムだね」

 

 パタンと音を立てて書物を閉じ、その中身を頭の中で反芻し、彼はそれを鞄の中にしまいこんだ。そして、意識を竿に戻す。竿先は相変わらずピクリとも動かない。早々掛かるはずもないかと、彼は鞄の中を漁り、先ほどとは別の古代書を引っ張り出す。

 湖の中では淡水魚が竿先のエサを突き、しかし針には触れないように齧り取る。上空ではそんな淡水魚を狙って野鳥が旋回し、湖畔にはそれをどこ吹く風と小動物たちが水を飲みにやってくる。湖のほとりの、いつもの光景だった。今日は、そこに小さな人間が一人座っていた。ただそれだけの話。

 

 彼はまだ目を通していなかったそれの中身に大きな期待を――それと若干の諦めを感じながらページをめくり始め、

 

 

 

 風が舞った。

 

 自然に起きた風ではない。それまで長閑な湖畔としか言いようのない場所だったそこに狂ったような風が舞い踊り、湖面は風に煽られ激しく荒れた。異変に気付いた魚たちは湖の底に潜り込み、上空を旋回していた鳥たちは強風にバランスを崩しながらもどうにか体勢を整え、遠くへ去って行く。動物たちも泡を食ったように慌てて茂みの奥へと消えて行った。

 長閑な昼下がりの湖畔は、一転して来る嵐を思わせるような風が吹きすさぶ、荒々しいものへと変化する。

 そんな中、彼はさっと竿を上げ、糸を回収すると適当な木の枝に巻きつけて鞄にしまう。

 その僅かな行動の間にも、風は勢いを増していた。荒れ狂う風は強風から突風へ。彼の服を激しくはためかせ、上空から影が躍った。

 彼が見上げる先でそれは姿を見せる。

 

 真紅の翼が日を透かして赤く輝く。メッキが入った銀の装甲は陽光を反射してギラギラと光を発する。そして、威圧感のある黒い頭部は鋭い牙と凶悪な眼光を宿していた。

 四本足の鉄の塊――否、そのゾイドは湖畔を威圧するように堂々と舞い降りてきた。

 その姿は、一見ドラゴン型の飛行ゾイド――レドラーを彷彿とさせる。が、レドラーより一回りも二回りも大きく、その背には巨大な砲塔を背負っている。尻尾はレドラーの様にブレードを内蔵しているのではなく、尻尾そのものが突き刺すのに特化した、槍のような攻撃性を宿す。

 

 やがて、重々しく降り立ったそれは四本の脚を湖畔にめり込ませ、荒々しく一声吠えた。そして、頭を湖畔まで降ろし、コックピットを開く。そこから一人の青年が姿を現した。

 

 一言で言えば、派手な男だ。短い短髪は山々に降り積もる雪の様に白い。だが、それは雪解けで、泥にまみれてくすんだような白だ。頬には深い切り傷が刻まれている。

 惑星Ziに住む人類は顔に刺青が現れていることが多い。これは厳密には刺青ではない。元々ゾイド人が持っていたという金属細胞の名残である。

 惑星Ziに元から住んでいるゾイド人は、進化の元をたどればゾイドと同じだ。金属生命体であるゾイドの身体を構成するのは金属だ。進化の枝分かれの末に誕生したゾイド人も、その名残があって然るべきである。嘗ては全身を金属化させる「メッキ化」とも呼ぶべき力を持っていたが、近年のゾイド人にはその力は退化して存在しない。だが、嘗て持っていたその名残として金属皮膚が刺青の様に現れているのだ。異星移民との交流が生まれたエウロペでは、両者の血を引く者もいるが、彼らにもこの特徴は現れている。

 

 現に、先の彼も両頬に赤い刺青が入っている。

 

 だが、現れた青年はそれとは違う。それは自ら自身の頬に傷を作り、そしてその傷跡を深く残したのだ。さらに耳には穴を空けてリングを嵌め、腕には機体の手足の装甲と同じようにギラギラと輝く腕輪。そして、植物繊維を加工した衣服は、暗黒大陸の極寒の環境に適したもの――動物の毛皮を加工したそれをさらに目立つように加工した「コート」なるものを羽織っている。

 どこから見ても異質のような男だ。青年の姿を視界に収め、彼は小さく息を吐き出した。その息には、呆れや疲れと言ったものが入り混じっている。少なくとも、前向きな意識は一切含まれていない。

 

「よぉ主サマ。今帰ったぜ」

 

 コートを風にはためかせ、彼は堂々とコックピットから跳び下りる。両手をコートのポケットに突っ込んだまま、僅かに膝を屈め衝撃を吸収、それも一瞬で済ませ、無造作に歩み寄る。

 

 彼は、そんな無礼講な態度の青年から顔を背ける。

 

「帰ったからと言って、わざわざあいさつに来なくてもいいよ」

 

 彼は不愛想にそう返す。

 さっさとこの場を去ってくれ。そんな意志を言外に漂わせ、だが青年は意にも介さず、むしろにやりと笑みを深めた。

 

「んだよ。こっちは()()()で“仕方なく”、“わざわざ”出向いてやってんだぜ」

「あなたは役があって出かけていた。少しは疲れを癒して来ればいいだろ」

 

 青年があえて強調しながら言葉を発し、彼は不愛想に言葉を返す。ここまでのやりとりでも、この二人の間がかなり険悪なのは良く分かる。

 

 そもそも、彼は青年のことが嫌いだ。

 彼が派手な格好をするようになったのは『東方大陸』から流れてきた旅人の話を聞いてからだ。なんでも、その旅人はこの惑星Ziでなく移住民族が元々住んでいたという地球の文化に興味があった。そして、彼は自身が調べた知識を青年に披露したのだ。

 その中で青年がある文化に着目し、何に魅かれたのか今の様な格好をするようになった。「不良」だとか。斜に構えるその心意気が気に入ったらしい。

 

 ではなぜその嫌いな青年が彼の前に現れるのか。それは、暗黒大陸に暮らす彼らの伝統に準ずるものだ。

 彼はこの大陸に暮らすものにとってある特別な意味を持っている。それは指導者という立場ではなく、実力者という訳でもない。しかし、彼は大切な存在なのだ。

 

 大切な存在には守り手が必要だ。その守り手に選ばれたのが、青年である。

 確かに、青年はその性格や態度、普段の言動など問題が山積みである。しかし、彼らの伝統に乗っ取るならば、最も()()()()()()()()が守り手の立場に着かねばならない。そして、その基準はゾイド乗りとしての腕の強さ――戦いにおける強さである。

 

 加えて、青年は選ばれたのだった。彼らにとって特別な意味を持つゾイドに。

 

「はっ、守ってやってるオレにその言い方はねぇだろ。感謝こそされ、煙たがれるスジはねーぜ」

「別に守ってほしいと頼んだことないし、その必要もない。こんな古臭い伝統、いつまで貫くつもりなんだ。変化しない生物はいずれ滅びる。文化だって、その限りじゃない」

 

 彼がそう愚痴ろうと、伝統を遵守する習わしが変わることはない。彼はより一層深く、ため息を吐いた。

 

「ずいぶん嫌われたみてぇだなぁオレも。……ま、いちよう報告をしてやろうか」

 

 青年はわざとらしい口ぶりで言い、彼に近づいた。

 

「エウロペでのごたごたは、どうやら決着がついたみてぇだ。破滅は免れた」

「……まさか、()()()()()が倒されたの?」

 

 青年の報告に、嫌悪感しか見せなかった彼が、初めてそれ以外の感情を見せた。驚愕、歓喜、そして――疑惑。

 

「主サマなら分かってんだろうが……あれは偽物だ。伝承に語り継がれる『破滅の魔獣』サマは、あの程度の小物じゃない。まぁ姿形はクリソツ。今のエウロペの技術は、なかなか眉唾なモンを見せてくれるぜ」

 

 若干興奮気味に語る青年の姿から彼は、青年がその様をどこからか観察していたのだろうと予測する。青年は乱暴な性格で、争い事を素直に好む。彼が守り手を決める儀式に戦いに参戦したのも、ただ戦う場を求めて、そして、彼が目指す『称号』を手にするためだった。

 

「おもしれぇ連中がいたぜ。ぶっちゃけやりあってみたかったが、消耗した状態じゃあつまんねぇからな。今回は見逃してやったまでよ」

「ほどほどにしなよ。君が暴走したら誰が――」

「――オレを止めるかって? 止められる奴なんかいねぇよ。どこにも、な。オレは、『最強』だからな」

 

 口端を持ち上げ、青年はにやりと笑った。

 同時に、日の当たる湖畔に影が落とされる。何事かと彼は視線を持ち上げ――その光景に思わず息を飲んだ。

 

 

 

 そこに、鯨がいた。

 巨大で、真っ赤な機体色の鯨が三機も宙を漂っている。

 彼はその鯨を見たことがある。最も、それは野生での姿だ。護衛の者を連れて海を望んでいた彼の目に移った野生の鯨。惑星Ziの広大な海を悠々と漂い、時に大津波すら引き起こすほどの大ジャンプを見せるこの星で最も巨大なゾイド。

 むろん、それを輸送用に改造してエウロペで使用されているという話も知っていた。大海を優雅に漂う鯨たちは、広く深い海だけでなく、どこまでも高く澄み渡った大空をも漂うことを可能にした。

 

 輸送用の巨大ゾイド――ホエールキングだ。

 

 空を漂うホエールキングの姿を見たのは初めてだ。だからこそ、彼は驚き、そして心の中で僅かに興奮もした。何せ彼は子供だ。彼らにとって大切な、重き存在であっても、彼自身の根っこにある子供心だけは手放せない。

 だが、彼は今だけはその子供心に後悔を覚えた。そのホエールキングたちは、彼に喜びと興奮を与えるために姿を現したわけではない。

 

「なかなかの光景だろ? これから面白いことを始めてくれるそうだぜ」

 

 面白い事?

 青年がくつくつと笑う様からは、どうにも嫌な予感がしてならなかった。そして、それは現実となる。

 

「――ッ!?」

 

 ホエールキングの口が開き、そこから高出力のエネルギー波が迸った。

 それを成したのはホエールキングではない。その口に立つゾイド。それが圧倒的な閃光を放ったのだ。

 一瞬、走った閃光は瞬きする間も無く大地へと突き立ち、発されたそれとは別の閃光が走る。次いで爆音、最後に炎が上がった。まるでその場で火山が噴火したような、見る者に恐怖の感情を抱かせる一撃。

 

 ――あっちには町が……ヴァルハラの町が!

 

「まぁ待てよ。町には直撃してねぇ。威嚇射撃だ」

 

 青年は慌てず騒がず、だが愉快気に表情を歪ませながら言う。

 威嚇射撃。そう青年は言ったが、それにしては威力が大きすぎる。何人か、いや何十人かが巻き込まれていてもおかしくない。なのに、こいつは一体何を笑っているんだ! 心の底から怒りがこみ上げ、だが、何もできないと判断を下すしかない。

 爆発音を聞いて茂みから一体のゾイドが飛び出してきた。華奢な機体、細い足の恐竜型ゾイド――マーダである。彼がこの場にひっそりと来るために乗ってきたゾイドで、お世辞にも戦闘力が高いとは言えない。先ほどの爆発に関わっているであろう青年に、力づくで問いただすには心もとない。

 

 そもそも、青年は()()()()()()()()()()という常識はずれな前科を持ち合わせていた。

 

 もう一度、上空のホエールキングを見据える。一種の先祖返りともされる彼の視力は、ホエールキングに刻まれた()を模した紋章を瞳に映した。それは、最近エウロペで起きた動乱の首謀者の男の私兵部隊のものだ。いずれ暗黒大陸にも被害が及ぶ可能性があるとして、その情報が仕入れられ、青年が監視に出向いていた。

 

 彼の者たちの名は――P(プロイツェン)K(ナイツ)

 

 彼は鋭い視線を青年に投げた。あの印を見たことで、青年がエウロペでなにをやったのか、全てが把握できた。この青年は、何を企んでいるのか。

 

「ジーニアス……お前!」

 

 怒気を隠すこともせず、彼は青年――ジーニアス・デルダロスを睨みつける。

 彼も分かっていたことだが、そういう敵意の視線にジーニアスはことさら満足げに笑った。

 

「まぁまぁ、楽しもうぜ主サマ。エウロペでの“破滅”は片が付いちまったんだ。だから今度は! このニクスで! “惨禍”の物語をよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 そんな二人の様子を遠くから見つめる視線があった。傍らに白の獅子王を従え、黒髪の少年はにっこりと笑顔になる。

 

「うんうん。さっすがジーニアスさんだ。混沌を呼び込むのはお手の物だね」

 

 

 

 それは、帝都炎上から六ヶ月の月日が経ったある日の事。従うべき主を亡くしたナイツたちの、反抗と試練の始まりだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。