西エウロペ大陸。
ここは、西端には北エウロペの砂漠地帯――
しかし、ここ一年は、この地で新たな国を興そうという試みが行われており、少しずつではあるが人の営みが増えてきた。だが、この地がもっと豊かになるにはまだまだ先だろう。
そんな西エウロペには、小さいながらも街が築かれている。それはプルトン湖とヒッポクレネ湖という湖のほとりにある小さなものだ。元々山脈地帯が多い西エウロペでは、湖の畔ぐらいしか人の営みを満足に築ける場所が存在しない。その町はほんの小さなものだが、これまで戦火の飛び交っていた南エウロペと比べれば随分と穏やかで、平和な暮らしが約束されている。
そんな西エウロペ大陸だが、生活を営むには厳しい環境であると同時に、もう一つ特徴がある。それは、古代遺跡の数だ。
南エウロペ大陸にはガリル遺跡を始めとした多くの遺跡が、また北エウロペ大陸にはオリンポス山山頂を始めとした遺跡が数多く眠っている。だが、この二つは西エウロペ大陸よりも人口が多く、そのためすでに多くの遺跡が発見、調査されている。
それに比べて、西エウロペ大陸はまだ存在すら知られていない遺跡が数多く眠っている。無論、冒険家なる者たちが密かに遺跡に踏み入り、探検を行っていることは事実だ。だが、それらの者たちも拠点となる町が少なければ満足な調査を進められない。準備を整えるにも、それ相応の物を揃えようと思ったら、遠くガイガロスで行った方がいい。だが、それだと目的の遺跡まで時間がかかりすぎる。調査で得た収穫よりも出費の方が多くなるのだ。
そのため、西エウロペの遺跡はまだ多くが眠りについたままである。
タウ高原。
西エウロペに存在する高地の一つであるそこにも、遺跡があった。古代ゾイド人が滅亡する前に残したとされる古代遺跡の一つ。年月が経ち、すっかり風化した遺跡は朽ち果て、嘗て栄華を極めた古代ゾイド人の叡智も、もはや形を保つだけでやっとである。
西エウロペは太古の時代も暮らしにくい環境にあったのだろうか。遺跡の質も大きさも、南エウロペの物と比べれば大きく劣っている。だが、それでも古代ゾイド人が残した遺跡には違いなかった。
古代ゾイド人の謎は、未だ明かされていない。惑星Ziの今を生きる者たちは多くが「地球」という星からの移民、そして数少ない原住民族――ゾイド人の子孫たちだ。そのゾイド人たちにしても、過去に大繁栄を築き上げた古代ゾイド人がなぜ滅亡したのかは分かっていない。故に、古代遺跡の調査は惑星Ziの過去を知るための重要な手がかりなのだ。
そして今、この名もなき古代遺跡を一人の少年が歩いていた。
簡素な服の上に外套を纏い、静かに遺跡の中を歩んでいる。懐中電灯の光でおぼろげに浮かび上がる少年の顔立ちには、まだまだ幼さが残る。だが、それ以上に疲れた顔をしていた。それは、ただ肉体的に疲れたというのではなく、精神的に疲弊しきったような、やつれきったような、そんな表情を浮かべていた。
少年の傍には一体のゾイドが居た。漆黒の小竜型ゾイド――オーガノイドである。蒼い瞳を遺跡の壁面に走らせ、興味深げに壁に描かれた壁画を眺めている。
少年はいくつかの壁画を眺め、その場で感じたことをノートに書き留める。それが何を意味しているのか少年には分からない。自分がすることの意味すら、少年には分かっていなかった。だが、ノートに走らせるペンは止まらない。少年は、今それしか考えていないのだ。ただ、彼に言われた通り、自分を動かすだけ。
「……グゥオオ?」
その時、傍にいたオーガノイドが小さく呻く。
「――?」
少年はオーガノイドの呻きに目を細め、ノートに走らせるペンを止めると訝しげに辺りを見渡した。
おかしなところは、ない。遺跡内は先ほどと同じように静まり返っている。不気味なほどに。
「グァアア……」
だが、オーガノイドは警戒を緩めなかった。何かがいる。そう確信するかのようにその場から離れず、周囲の様子を窺い続ける。少年も被っていたフードを軽く持ち上げ、視野を広げて辺りを見渡す。
少年の表情は相変わらず死んだような表情だ。だが、瞳の奥に覗く警戒心は一切緩められていない。
名もなき古代遺跡の奥。そこで襲い来るとしたら、同じように遺跡の発掘品が目当ての者――盗賊。一瞬の隙が命取りだ。表情こそ死人のそれだが、一部の隙を見逃さない心構えは流石と言える。
やがて、少年の耳にほんのわずかな足音が木霊する。すぐにそちらに警戒の目を全て向け、そして少年は自身の失態を悟った。
「とぅっ!」
背後から何者かが飛び掛かってきた。ぼふっと背中にかかる軽い重量感。後ろから襲われたというに、それを予測した少年はさした驚きも見せず振り返る。
「ねぇ、驚いた? 驚いたよね? いきなり背後からこれだもん驚いたよね!? ね、ジョイス?」
ジョイス。そう呼ばれた少年は自身の背中に飛び掛かってきた少女に苦笑を浮かべ、先ほどの死んだような表情からは想像もできないような優しい笑顔で言った。
「別に」
ぶっきらぼうな言葉だ。だが、それは少年のいつもの態度だった。この一年、共に旅してきた少女はそれが分かっているから――だが、不満げになる。
「もう、ジョイスっていっつもそんな感じだよね。もっと面白い反応を期待したのにさ」
「さぁ、僕は思ったことを口にしただけだよ」
「だから面白くないの! ほら、ロージだったらグチグチ言うのに、ジョイスってなんにも反応がないんだもん」
「別に構わないだろう。僕はこんなもんさ」
それ以上話してもジョイスから望んだ反応はない。そう判断した緑髪の少女――フェイトは先の岩陰に声をかける。
「ニュート、もういいよ」
「キィ~~?」
すると、岩陰から純白の機体色をしたオーガノイドが顔をのぞかせた。オオトカゲ型のオーガノイド、ニュートである。
ニュートの姿を見て、先ほどの僅かな足音はニュートの物だとジョイスは把握する。大方、ニュートに気を盗られた隙にフェイトが背後から脅かそうという魂胆だったのだろう。
ニュートはすぐさまフェイトに駆け寄り、その頭を少女に擦り付けた。まるで猫のような仕草だが、ジョイスにとってももはや見慣れた光景だった。
「ところで、そっちはどうだったんだい?」
「あ、そうだった。ジョイスにもそれを聞こうと思って探してたんだ」
そう言ってフェイトは首に提げていたカメラを指し出した。
「ちゃーんと、気になったものは全部写真に撮ったんだよ。後はザルカに現像してもらって、みんなで確認するんだもん!」
そんなフェイトの様子に、ジョイスはよほどいい成果があったのだろうかと僅かに期待を抱く。ジョイスが見て回った限りでは、期待できるような成果は確認できず、今回も空振りかと思っていたからだ。
「それじゃ、ザルカに連絡しようか。たぶん、外に出たら日が落ちてるかな」
ジョイスが腕時計を確認しながらそう言うと、フェイトは「え?」と心底驚いた顔で自身の時計を確認した。
「ホントだ! これじゃまた晩御飯作る時間がないってザルカが言うよ。そしたらまた缶詰め! これで三日連続缶詰めだよ!」
旅から旅の根無し草生活では、まともな料理を作れる時間はあまりない。よほどのことがない限り、保存の効く缶詰めや最近開発されたレトルト製品だ。
嘆くフェイトを尻目に、ジョイスは手持ちの通信機を弄って外に待機しているはずのザルカに繋げた。
「ザルカ。そろそろ引き上げるよ」
いつもハイテンションな風変わりな老人、ザルカの馬鹿笑いが響いてくるとジョイスは予測し通信機を遠ざける。しかし聞こえてきたのは、久しぶりに聞く若々しい青年の声だった。
『お? ジョイスか。分かった、飯の準備は出来てるから早くしろよ』
「ああ……ってローレンジ? もう帰ってきたのかい?」
「え! ロージ帰ってきたの!?」
ジョイスが溢した名前に目ざとくフェイトが反応した。通信機をひったくる勢いでフェイトが迫り、だがジョイスはそれを少女の手が届かないところまで持ち上げる。フェイトの勢いでは、ひったくった勢いのままどこかに弾き飛ばしてしまいそうだったからだ。その所為で通信機が壊れでもしたら、大いに困る。
「ちょっと! ジョイス、それ貸して!」
「ひとまず落ち着いてよ。怖くて渡すに渡せない」
「大丈夫だよっ! だからっ、ほらっ、早くっ!」
なんとか通信機をかすめ取ろうとフェイトはジャンプするが、ジョイスはそれを見越して巧みにフェイトの手から通信機を離す。
『あー、何がどうなってんのか知らんが早く帰ってこい。シチューが冷めるぞ』
「シチュー!」
一瞬で踵を返し、フェイトは遺跡の出口に向かって走り出す。ニュートがそれを慌てて追いかけ、その様をぼんやりと観察しながらジョイスは通信機を口に近づけた。
「たぶん、彼女の歓迎があるよ。晩御飯を台無しにするのだけはやめてよね」
『まだそれを言うか……大丈夫だよ。………………たぶん』
非常に不安な言葉を残し、ローレンジとの通信を切る。軽く息を吐き、隣を見ると黒いオーガノイド――シャドーがジョイスの顔を覗き込んでいる。
「どうした? 僕の顔に何かついているのか?」
シャドーは小さく、だが嬉しそうに唸り、早く行こうと主を急かした。そして、ジョイスも優しい笑みを浮かべ、促されるままに遺跡の出口に向かい始める。
***
「ずいぶん、丸くなったなぁ、あいつ」
鍋の中身を掻き回し、嘆息しながらローレンジは呟いた。
「それは、お前にとって期待通りなのだろう。あれを共に連れて行くと決めた時から」
「まぁな。噂で聞いた帝国最強のゾイド乗りが、あんな
そう言いつつお玉で掬い取ったトロリと滴る汁を小皿に乗せ、味見する。現在の同行者の中でまともな料理が作れるのはローレンジだけだ。フェイトはまだまだ危なっかしく、ザルカは言わずもがな。そして……、
「だがおかげで扱いやすかっただろう? 記憶喪失ならば面倒だが、記憶が逆転したのだからな。レイヴンは」
「逆転ねぇ。面白い現象だし、おかげで扱いやすいのはそうだけど、不安定なのは確かだ」
シチューの味を確かめながら、ローレンジはジョイス――レイヴンのことを思い出す。
レイヴンを発見したのは帝都決戦から三ヶ月後、ザルカとフェイトとの三人でゾイドイヴの謎を解明する旅に出ようとした矢先だった。
発見時にはすでに生死の境をさまようような状態で、直ぐに知り合いの医者に診せた結果、精神的にも体力的にも疲労困憊だったという。医者は、今現在生きているのが奇跡だと驚いていた。その診断を聞いて、ローレンジもこのまま衰弱死するだろうと思っていた。
だが、レイヴンは奇跡的に息を吹き返した。看病の甲斐があったからか、はたまたずっと傍で見守り続けたシャドーの御蔭か。何はともあれ、レイヴンは生き延びたのだ。
だが、その代償に失ったものは大きい。
「ここは……どこ……?」
記憶喪失だと、皆が思った。
バンとの戦いで壮絶な敗北を喫し、その後ロクな手当てもないまま、生き延びるための物資もないままに三ヶ月彷徨い続けたのだ。シャドーが介抱していたとしても、無理からぬことだ。
だが、レイヴンの記憶喪失はただの記憶喪失ではなかった。
それは、何か覚えていることがないかと色々と尋ねていた時だ。名前を聞いた時、レイヴンははっきりと答えた。
「名前……ジョイス」
初耳な名前だ。だが、一人だけその名に心当たり――否、レイヴンがその名を語った真実を知る者がいた。
「ジョイス……か。そりゃ、レイヴンの
レイヴンは彼を拾ったプロイツェンが付けた偽名である。本当の名は、名づけたプロイツェンすらも知らないものだった。
とある事故により、レイヴンは家族を失った。そして、そこに駆け付けた共和国のある部隊に拾われたが、彼らもプロイツェンにより壊滅。その際プロイツェンが気まぐれでレイヴンを拾ったのだ。それが、レイヴンが帝国軍に属する経緯でもある。
ちなみに、なぜローレンジがそれを知っているかと言えば『いつか相対した時、精神的揺さぶりをかけて戦況を有利に進めるため』である。ここまで知ることが出来たのも、ローレンジの経歴と技術、伝手ありきだ。
そして、話を聞いて行くうちにレイヴンが自身の遠い過去の話を覚えており、最近の出来事を全て覚えていないことが発覚した。
それらから考察するに、レイヴンはバンとの戦いに敗北したショックで“レイヴン”としての記憶を失い、代わりにこれまで己の内に封じ込めてきた嘗ての自分――“ジョイス”としての記憶を表に出している。それまでのレイヴンがジョイスだった頃の記憶を覚えているかは不明なため、覚えていたと仮定すると記憶の一部欠損ということになる。そうではなく、レイヴンの時にジョイスの記憶を封じ、忘れていたのなら、記憶が逆転したといえるだろう。
ひとまずレイヴン――ジョイスの判別のことはさておき、ローレンジとザルカは彼の今後について話し合った。このままジョイスを病院に置いておくという選択肢がまず一つ目。だが、レイヴンはプロイツェン側の筆頭だったという事実がある。何らかのはずみで正体が露見した場合、彼の今後はあまり明かりが見えない。
そもそも、一度こうして関わってしまった以上、それっきりにすることがローレンジには出来なかった。赤の他人なら斬り捨てるなど造作もないが、すでに関係を作ってしまっている。
だから、ローレンジが選んだのはジョイスも共に連れて行くことだった。その前に、ジョイスに必要最低限のことを伝えることにする。
一つはジョイスの家族はもういないということ。辛い現実であるが、こればかりは覆せない事実だ。オブラートに包むこともせず、ありのままに伝えた。
もう一つは、その日から今日までずっと意識を失っていたということ。
こちらは真実ではない。嘘だ。
ありのままに真実を伝えるとしたら、ジョイスがこれまでたくさんの命を奪ってきた事実を突きつけることになる。レイヴンなら耐えられるだろう。自身の罪としてではないが、自身の行った殺戮を受け入れないということはない。
だが、目の前にいるのはジョイスだ。記憶の中ではまだ幼い少年で、家族と団らんの時を過ごしていただろう記憶に生きている。ジョイスの意識では、大量虐殺をした事実を受け入れられないだろう。まず、そちらを嘘と認識してしまう。最悪、そのまま発狂してしまうことすらありえるのだ。
善人だったジョイスにレイヴンの悪行は耐え切れない。人は、重すぎる罪から逃げたがる生き物だから。
真実を伝えることは大切だ。いつかは伝えなければならないだろう。だが、今ではない。もっと精神が安定して、受け入れる体制が整ったその時に伝えるべきだ。
そうして、ローレンジたちはジョイスという仲間を加え、各地の遺跡を巡る旅を続けていた。
「まだその時ではない、のだろう?」
「まぁな。この一年でだいぶマシになってきたが、ジョイスにレイヴンのことを伝えるのは早いな。でも、いっそレイヴンの記憶を戻らせるように働きかけてもいいと思う。それはそれで大変だけど」
「そのために、完成したばかりの試作機を取りに行ったのか」
「さぁてな。どっちにしろ、こいつはジョイスに渡す。不安だけどさ」
ザルカの問いに曖昧な答えを返し、
前傾姿勢な二足歩行ゾイド。そのシルエットはガイロス帝国の主力量産機となったレブラプターに近い。だが、その大きさはレブラプターよりも一回り小さい。特徴的なのは、鬣の様に首回りを覆う襟巻だ。
足は細いが、鋭い爪が大地をしっかりと捉え、軽快な動きを可能にしている。その足と尾にはブレードライガーのそれを参考にしたレーザーソードを持ち、襟巻にはシールドライガーに及ばずとも小型ゾイドとしては十分なEシールド。さらに口内には小型ながら荷電粒子砲を装備。小型ゾイドとしては破格の機動性と攻撃力を手にしている。
「形式名『ディロフォース』。ジェノザウラーの荷電粒子砲にブレードライガーのシールドとブレード。これまで存在しなかったゾイドの装備を搭載した傑作と、ワタシは自負している。ここまで乗ってきたのだろう? どうだった?」
「まぁ、機動力に関しては申し分ない。このサイズで三○○キロだからな。向こうでテスト時の映像を見たが、攻撃力も満足いく。むしろ、このサイズでなら十分すぎるくらいだ。シールドがあっても防御面に不安有り過ぎだが、コンセプトからして防御は捨ててるんだろ?」
「うむ。高い機動力と格闘戦に砲撃戦、このクラスの機体としてはどちらもハイスペックを誇る。強襲部隊のサポート機としては十分な性能を付与できたはずだ」
「そうだな。ただ――」
鍋を混ぜる手を止め、蓋をするとローレンジはディロフォースの背中を指差す。
「操縦席むき出しってなんだよ!」
そう、従来の小型に分類されるゾイドと比べても、ディロフォースはさらに一回り小さい。それでもコックピットの場所を作れるだろうに、あろうことかディロフォースの操縦席は背中、しかもそこに操縦桿やモニターを設置して操縦できるようにされただけで、パイロットを守るそれは一切ない。
「斬新だろう? それに、それを言うならサイカーチスもパイロットが露出する設計だ」
「斬新とかそんな問題じゃねぇぞ! サイカーチスだって周囲に装甲があったり、パイロットの背後は守られてる。だが、こいつは完全むき出しだ! ゾイドじゃなくてバイクとかホバーボートに乗ってるようなもんじゃねぇか!?」
「なにを言う。ゾイドと共に風を感じどこまでも走る。それこそゾイド乗りの醍醐味だと聞いたが?」
「直に風を感じてどうすんだ! レースとかならいいかもだけどさ、こいつは新しいゼネバス帝国の顔になるゾイドの一体なんだろうが! ゆくゆくは主力量産機。それがこれでいいのか!?」
「イイ!」
「よくねーよ!」
満面の笑みで親指を立て、汚れた肌とは逆に真っ白な歯をむき出しにして“いい笑顔”を浮かべるザルカ。思わずその顔面に拳を叩きつけたくなる。
元は帝国最強のゾイド乗りだったと言えど、今のジョイスにその頃の記憶は一切ない。ゾイド乗りとしての知識や技術が残っているかも分からず、そんな状態で操縦席むき出しのゾイドに乗せるなど不安しかない。おまけにレイヴンはゾイドが嫌いだと発言していたらしいが、ゾイド嫌いはジョイスの頃からだったらしい。相変わらずシャドーを連れまわしているのは変わらないが、果たしてジョイスはこれを受け入れてくれるかどうか。
「だが連れて来たということは結局乗せるのだろう? それと、もう一つの試作機はどうだった?」
「ああ、あれか。一様試作段階? ってのを見て来たけど、よく俺の話だけであそこまで再現できたよな。おかげで――
「フハハハハ! お前さんの
「だろうな。従来のゾイド以上に、ゾイドとの相性がものを言う。はっきり言って、二年三年で実用化ってのも厳しいくらいじゃないか?」
ディロフォースを受領しに行った際、
ローレンジがもたらした情報を元に、ザルカが作り上げたゾイドだった。それが表に出てくるのはまだ当分先の話だ。そもそも、機体設計の問題から、乗りこなせる者が現れるかどうかすら不明なのだ。
「さて、その話はさておき、襲撃が来るぞ」
「は?」
襲撃。そう聞いて一瞬ローレンジの意識が冴える。素早く辺りを見回し、意識下で索敵する。が、その必要がないと気付いたのは、自らに少女が飛び込んできたのと同時だ。
「ロ~ジぃ~!」
「お、っとぉ、危ない危ない、ホントに飯を台無しにするとこだった」
遺跡から駆け戻ってきたフェイトを軽く受け止め、シチューの入った鍋を倒してしまわないよう気を付ける。
「あのなぁ、何回言わせんだ。急に跳びつくなって。前みたいにメシが台無しになるかもしれねぇだろ」
「えへへ~、その時はさ、ロージがもっかい作ればいいんだよ」
「……お前、今日は飯抜き」
「え!? なんで!?」
「うっせぇ! 飯作る苦労も知らずに、んなこと言うなら飯は抜きだ!」
そのままローレンジとフェイトは互いに言い合いを始める。もはや見慣れたその光景に、遅れて戻ってきたジョイスは興味も示さず勝手にシチューを皿に盛って食べ始める。そして、ふと見慣れないゾイドがいることに気づいて、かすかに怪訝な表情を浮かべた。
「……あれは?」
「ああ、お前のゾイドだよ。そろそろ、ジョイスも乗るゾイドがあったがいいと思ってな」
「あ! あれってザルカが設計した新しいゾイドだよね。わたしも近くで見た~い!」
ジョイスの疑問にローレンジが答え、フェイトがディロフォースに気づいて一目散に走っていた。フェイトが離れた間にローレンジは残り三人分の皿にシチューを盛り、自身も食べ始めた。
「僕の、ゾイド……? 前にも言わなかったっけ。僕はゾイドが嫌いだ。だから――」
「だから乗りたくないなんて我侭は聞かねぇぞ。ちょいと厄介な用事も出来たし、ジョイスも自分の身は自分で守れるよう、ゾイドの乗り方を覚えとかねぇとな。まぁ、心配ないと思うが」
ローレンジの言葉に、ジョイスは目を細めた。ローレンジの言葉の意味を窺うようにじっと見つめる。
「何かあったか。これまでなら、厄介事は全てお前が引き受けたというに、ワタシにも関わる要件なのだろう?」
「ああ、ディロフォースを取りに行ったときにハルトマンから聞いたんだが……」
そこでローレンジは皿の中身を一気にかき込み、食べ尽くすと一つ息を吐いて告げる。
「遺跡探索はいったん中止だ。これから、暗黒大陸に移動することになった」