カランッ
その音は、室内に嫌に響き、一斉に注目を集めた。
――ヤベェ
ハルフォードと名乗った男の視線がローレンジに刺さる。最初は訝しげに、だがすぐに何かに気づきはっとなる。
「お前は……
――チッ、バレたか
ハルフォードがアクションを起こす前に走り出す。勢いを乗せた身体で彼を突き飛ばし、家の外に飛び出す。
「――中佐!?」
――やっぱ部下が外に居るか!!
部下らしき二人の男が駆け寄って来るのを確認し、その脇をすり抜けるように走る。
「逃がすか!」
一人がそれを押さえようと掴みかかる。が、ローレンジは屈んでそれを躱し、逆にカウンターのアッパーを打ち込む。さらにもう一人が反応するが、その前に足払いをかける。
目論見通り事が運び、二人を一時的に倒した。この隙に全力で走って逃げる。
「――奴は殺し屋の
背後からハルフォードの怒鳴り声が聞こえるが、もう構ってられない。全力で村の外に駆ける。宿の傍を通り過ぎる時、ほんの一瞬躊躇する。宿に置いてきた荷物の中には、ローレンジにとって大切なものがあった。だが現状、取りに戻ったらその時点で袋のネズミだ。
「――クソッ仕方ねぇ!」
一瞬の躊躇を経て、ローレンジは一心に村の外に走り出た。すぐ近くに停めておいたヘルキャットに乗り込み、機体を起動させる。
――クッソォ、こんなとこでアイツと出くわすとか、最悪だ!
以前――といってもほんの一ヶ月前だ。ローレンジが依頼された仕事を果たしたその時、偶然任務で近くを通りがかっていたハルフォードと鉢合わせしたのだ。現場の惨状から正体も見抜かれ、一目散に逃走。一流の殺し屋で通っているローレンジには、あるまじきミスだった。
「いけるか!?」
ヘルキャットは答えない。代わりに、力強い作動音がコックピットを揺るがす。
「よっしゃ! 光学迷彩張って一気に――」
光学迷彩はヘルキャットを特徴づける装備だ。周囲の景色を機体に投影させあたかも何もいないかのように見せる機能。ヘルキャットは脚部に施した消音機能とギリギリまで抑えた熱放射の御蔭で現存するゾイドの中でも圧倒的なステルス能力を持つ。一度姿を見失ったら再発見は絶望的だ。ローレンジがこれまで様々な追手から逃れてこれたのも、単衣にこの機体の高いステルス能力があってこそだ。それを活かした戦法と操縦テクで、様々なゾイドを相手取ってきた。
が、今日この場に限ってヘルキャットの光学迷彩は発動しなかった。
「……あれ? なんで?」
原因を探るっても分からない。整備不良だろうか。だが、そのような不備を犯した覚えはローレンジには無い。……否、一つだけあった。
「あ!? 今朝のガキども!? 勝手にあちこち触ってたからアレか!?」
子供たちを乗せてヘルキャットを走らせる。その優越感に浸っていた時、子供のうち数人が興味本意であちこち触っていたような、あれで何かが狂ったとも思えないが、他に原因も見当たらない。
「くっそ、迷彩なしでやるしかない!!」
機体を村から遠ざけるために走り出す。だが、先ほどの一悶着の所為で、すでに共和国兵たちも自分のゾイドに乗って追撃を始めていた。
機体背後から迫るゾイドを確認。コマンドウルフが二機。おそらく、隊長のハルフォードではなく部下の二人。ハルフォードにはタックルを決めた際に鳩尾を強く殴っているから、それが効いたのか。そうだと願うしか、ローレンジには希望がない。
『逃がさんぞ!』
『よくも中佐をぶん殴ってくれたなぁ! クソガキ!!』
「うっせぇ! こっちだってはいそうですかとおとなしく捕まるかってんだ!!」
怒鳴り返し、村からかなり遠ざかったことを確認して期待を反転させる。
相手はコマンドウルフ二機だ。ヘルキャットよりも最高速度が二○キロ速い。光学迷彩の使えないヘルキャットでは、遮蔽物も何もない砂漠で逃げ切るのは至難の技。だったら、ここで迎え撃つしかない。
状況は最悪だった。コマンドウルフ二機を光学迷彩の使えないヘルキャット単機で向かえ撃つ。盗賊崩れではなく、正規のゾイド乗りの訓練を受けた軍人が相手。しかも、村を飛び出す際に見えた共和国部隊の隊長の機体は蒼い獅子。まず勝ち目がない。なのに、
「……ま、仕方ねぇよな」
ローレンジは一人、笑みをこぼした。背後から追い立ててくるコマンドウルフに対し、壮絶な笑みと共に舌なめずりする。その瞳には、獰猛な狩人が宿った。
「昨日の盗賊よりかは、楽しめるよな♪」
反転し、こちらに向かってくるヘルキャットに対しコマンドウルフの背中の砲塔が火を噴く。
2連装ビーム砲。
走行しながらの射撃だから狙いは甘い。ローレンジはヘルキャットを小さく動かし、それを躱す。そしてお返しにヘルキャットもビーム砲を撃ち込む。コマンドウルフはそれぞれ反対の方向に転身し、それを難なく躱した。
――ここだな。
敵機は二機で挟み込むようにして仕留めるつもりなのだろう。だがそれは、挟み込むうちの片方を崩してしまえば何の意味もなさない。
向かって右側に避けたコマンドウルフに向かう。当然もう一機の方が援護のビーム砲を撃ち込んでくるが、これも狙いが甘かった。難なく躱せる。狙いを定めた方のコマンドウルフも反撃のビーム砲を撃つが、この程度、ローレンジは何度も味わってきたことだ。右に左にと機体を振り回し、コマンドウルフに迫る。
『このヤロォ!』
コマンドウルフのパイロットが吠え、ウルフも吠える。牙に電気エネルギーを溜め込み、接近戦で仕留めようという構えだ。
ヘルキャットがついに眼前に現れ、今だと言わんばかりにコマンドウルフは牙を閃かせ躍りかかる。が、
『なにッ!?』
牙で躍り掛かった瞬間、ヘルキャットはいなかった。直前で跳躍し。コマンドウルフの斜め後ろ上空を舞っていた。機体を回転させながら、その背中の砲塔と腹部の機銃がコマンドウルフを捉える。
「――じゃあなッ!」
二つの砲塔が火を噴き、全弾がコマンドウルフの背中に吸い込まれる。
爆発。さらに撃ち込まれた弾丸の内、数発がコマンドウルフのコックピットを直撃する。
――あ、やっちまった?
コマンドウルフは苦しげな悲鳴を上げ、崩れ落ちた。
『レイカ!? こいつ……!』
憎々しげにもう一機のコマンドウルフのパイロットが吠えた。コマンドウルフもパイロットの意志を汲み、さらに力を溜め込んで襲い来る。
射撃では埒が明かないと判断したのだろう。牽制程度のビーム砲もそこそこに、コマンドウルフは接近戦を挑んでくる。
ヘルキャットは射撃重視の機体だ。格闘戦用の武装は積んでいない。精々体当たりが精いっぱいだ。それも、華奢な機体の所為で反動がデカすぎる。
コマンドウルフの牙が、爪が、次々に繰り出される。それを紙一重で躱し、どうにか射撃体勢を整えようとするが、コマンドウルフの機体後部から放たれた煙幕が視界を遮る。
スモークディスチャージャー。コマンドウルフに装備されている黒煙を噴出する装備だ。
「一旦煙の外に出る……うまくいけば」
コマンドウルフのパイロットもこちらが煙幕の外に飛び出すのは想定済みだろう。おそらく、そこを狙って必殺の牙――エレクトロンバイトファングが控えている。チャンスは一度。
「……よし、いくぞ!」
ヘルキャットが走る。その動きに合わせ、煙の外のコマンドウルフも動く。ローレンジは振動からその動きを予測し、砲塔を合わせる。
「ズシン」とやけに大げさな振動が伝わる。この先だ、この先に居る。ローレンジの指に汗が垂れる。この一度で、決めるしかない!
煙が晴れ、飛び出すと同時に横合いからコマンドウルフが迫る!
『終わりだ! 喰らぇえ!!』
「そいつは、お互い様ってな!」
煙の中から現れたヘルキャットに肉薄するコマンドウルフ。その牙が閃く先に、今まさに火を噴く寸前のヘルキャットのビーム砲があった。
『なッ!?』
コマンドウルフは砲塔の射線からコックピットを守るため機体を横に向ける。その一拍のち、ビーム砲がコマンドウルフの横っ腹に突き刺さった。
乾いた砂を巻き上げて、コマンドウルフが横倒しになる。
倒した。安心感から、ローレンジもヘルキャットの脚を止めさせる
「あー、なかなか面白かったな」
『くそぉ……こんなガキに……!』
コマンドウルフのパイロットは拳を叩きつける。かなり悔しかったのだろう。そんなことは、ローレンジには関係の無いことだ。
「いいゾイド戦だったよ。さて、それじゃあさっさとオサラバさせて――」
『それは出来んな』
ヘルキャットのコックピットに警戒アラームが鳴り響く。
ローレンジがヤバいと感じ、ヘルキャットを再び走らせる寸前――その背中が押さえつけられ砂漠に叩きつけられる。
『見事だったよ。流石は、
ローレンジは叩きつけられた衝撃で頭を強く打ちつけた。一気に意識の大半を奪われ、朦朧とする中、相棒の背中を踏みつけたそれを見る。
蒼い機体だ。雄々しく、勇ましい鬣に、走行時の空力性能を阻害しない流線型のボディ。それは力強く、雄たけびを上げた。戦場を駆け抜ける共和国最速のゾイド。蒼き獅子。
「シールド……ライガー……か。……はは、やりあって……みたかった……な」
己を見下ろす獅子を睨み、ローレンジは意識を失った。