ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第41話:刃の獅子と赤き角

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)と彼らが集めたゼネバス帝国復興を夢見る者たちが住むこの町は、エリュシオンの名がつけられた。町というにはまだまだ発展途上ではあるが、それでもいくつかの施設を有し、少しずつではあるが惑星Zi有数の都市へと発展の道を辿っている。

 そのエリュシオンのはずれ。そこは未だ荒れ果てた荒野が広がっている。町に巻き込むのではなく、今後も必要となって来るだろう軍の演習場として放置されている区画だ。

 そして今、そこに二体のゾイドが向かい合っている。

 

 片方は青く機体色に鋭角的なボディ。背部に備えた黄色く輝く光刃(ブレード)が特徴的なゾイド――ブレードライガー。

 もう片方は、前身が炎の様に真っ赤に染められた重厚な機体。全身に武装を満載した動く要塞の異名を持つ、惑星Ziで最も多く量産された大型ゾイドとも云われるゾイド――レッドホーン。背部にビームガトリング砲を装備したBGカスタム機だ。

 

「では、両者とも準備はよろしいか?」

 

 その二体のゾイドの中心には、もう一機のゾイドがいた。直立する小型の恐竜型ゾイド――イグアンである。その搭乗者は、ガイロス帝国軍から鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に移った男、名をヒンター・ハルトマンという。

 

「ああ、俺はいつでもいいぜ」

「はっはっは! 俺様が否と言うか? さっさと始めようじゃないか!」

 

 対峙する二体のパイロット――バンとウィンザーは互いにやる気満々で答えた。

 二人の答えを聞き、ハルトマンは軽く息を吐きだし、深呼吸して、合図を放つ。

 

「――では……試合開始ッ!!!!」

 

 イグアンの頭部のビーム砲が火を噴き、その音を合図に青と赤の二体のゾイドが猛々しく咆哮を上げた。

 

 

 

***

 

 

 

「あ、始まったよ!」

「だな」

 

 その光景を少し離れた所から眺め、ローレンジとフェイトはのんびりと観戦する。

 

「ねぇ、ロージはどっちが勝つと思う? やっぱりバンかなぁ。だってデスザウラーを倒したし、ロージとも互角に戦えるんだもん」

「さぁて、どうだろうな」

 

 どっちつかずな答えを出し、それ以上言葉は発さずに戦況を見守る。戦場となった荒野では、青き獅子と赤き要塞が激突する。

 

 

 

 そもそも、なぜバンとウィンザーが戦うことになったのか。それは、バンが暗黒大陸調査に同行したいと言ったことから始まる。

 

 そのことをローレンジがヴォルフに伝え、ヴォルフはバンの同行に際し一つ条件を付けた。それが、今行われている戦闘の由来だ。ヴォルフはゾイド戦で試合をし、その結果で判断すると告げたのだ。

 それを聞いたバンは「ローレンジじゃないなら楽勝だぜ!」と自信ありげに語っていた。

 また、ウィンザーもデスザウラー戦で活躍したバンとは一度戦ってみたかったらしく、かなり乗り気で戦闘に乗り出した。

 

 観戦するのは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の主だった面々。ヴォルフにアンナ、ズィグナー、サファイア、ロカイである。ザルカとジョイスはディロフォースの調整に手が離せず、エリウスはまだ合流していない。

 

「しかし、ウィンザーさんには荷が重いのではないですか? レッドホーンは主力大型機として強力な機体ではありますが、所詮は重武装型のゾイドです。高速戦闘ゾイドとの一対一(タイマン)では、分が悪いかと……」

 

 ロカイがそう口にした。

 現に、戦場ではブレードライガーの三〇〇キロを超えるスピードに翻弄されるレッドホーンの姿があった。レッドホーンは全身の武装を駆使し、ブレードライガーの接近を許さない。が、それもEシールドを使われればすべて弾かれる。ウィンザーの敗北は濃厚だ。

 そもそも、バンはルドルフを帝都に送り届ける旅の中で幾度となく帝国軍と戦ってきた。追撃部隊に派遣されたゾイドは主にレブラプター、その指揮機としてレッドホーンも数多かっただろう。

 バンはレッドホーンとは戦い慣れているのだ。

 

「バンの実力は確かです。彼の実力を推し量るなら、ローレンジがやった方が適切では? ローレンジは我々の中でもトップクラスでしょう?」

 

 ロカイの言葉にローレンジは答えなかった。ただ、少しバツが悪そうな顔をしていたが。

 

「分が悪い。確かにそうですが、ウィンザーさんは並のゾイド乗りではありませんよ」

 

 サファイアが断言するように言った。それは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の古参メンバーならだれもが確信していることだった。ロカイが訝しげな顔を浮かべ、それにズィグナーが重ねるように言った。

 

「ああ、ウィンザーが我らの前衛を務め続けるには、それ相応の理由があるのだ」

 

 そして、ヴォルフがそれを肯定するように、一言付け加えた。

 

 

 

 「ウィンザーにはここ一番の勝負強さがある。ローレンジも負かすくらいな」と。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 バンはあえてウィンザーの出方を窺っていた。バン自身、これが実力試しだとは理解している。最初はローレンジが出てくると思っていたが、相手は初めて戦うカール・ウィンザーという男。その乗機はレッドホーンBG。

 戦い慣れた相手だ。だが「油断は禁物」。アーバインから教えられたそれを――癪に思いながら――守り、慎重な戦いを心掛けた。レッドホーンの射撃に攻めあぐねているように見せかけ、迂闊に手を出してくるのを待っているのだ。そこを一撃で切り払う。

 

 ――だけど、あいつ動かねぇぞ。

 

 レッドホーンは試合開始からその場を離れない。四肢で地面に踏ん張り、ひたすら牽制射撃に従事していた。

 

「……フィーネ、そろそろ仕掛ける。行くぞジーク!」

「バン、気を付けてね」

『グゥオオ』

 

 レッドホーンの周囲を窺うように走るのをやめ、その場で旋回。ブースターを噴射して一気に突撃する。

 

「ブレードオープン! いくぜぇ!」

 

 ブレードライガーのスピードは伊達じゃない。ブレードに注がれたエネルギーとそのスピードから来るパワーを合わせれば、レッドホーンはおろかアイアンコングほどの重装甲でも易々と切り裂ける。

 レッドホーンは正確にブレードライガーを狙い撃つ。それを右に左に機体を振り回し、時には跳躍も交えてバンは全て躱しきった。そして、あっという間にレッドホーンまで到達する。後はすれ違いざまに斬り捨てるだけ。

 

 ――勝った!

 

 バンはそう確信した。

 

 

 

***

 

 

 

 ロカイは言葉を失った。

 バンがブレードライガーの刃でレッドホーンを斬り捨てようとした刹那だ。あろうことかレッドホーンは自ら前に進み出て、ブレードライガーの股下に自らの頭を突っ込み、角をその腹に突き立て、一気にすくい投げたのだ。

 

「そんな……一歩間違えればレッドホーンが切られていたんですよ! しかも、いくらレッドホーンが突撃戦もこなせるゾイドとは言え、あの速度で突撃するブレードライガーと正面衝突なんて……」

「一歩間違えりゃレッドホーンが砕けてもおかしくない。その通りだが、ウィンザーはこういうところに賭けて来るんだよな。万に一つみたいな賭け。僅かでもタイミングがずれていたら死ぬかもしれない賭け。だけど、あいつはいっつもそれを成功させる」

 

 苦虫をかみつぶした顔でローレンジは呟く。

 実はローレンジがウィンザーと戦った時も同じような形で敗北を喫していた。何度も戦い、様々な作戦で挑んでも同じだった。

 ここ一番の時に、常にウィンザーに一歩後れを取る。

 

『はっはっは~! どうしたバン! それがデスザウラーを倒した男の実力か!?』

 

 得意げに高笑いしながらウィンザーは振り返った。すくい投げられ、さらにレッドホーンの尻尾のビームガンが無防備なブレードライガーを叩いたのだ。攻撃をかけたのに、見事なカウンターを決められてしまった。

 

『くっそぉ……まだまだぁ!!』

 

 ブレードの基部に装備されたパルスレーザーガンを放つが、補助武装であるそれでは火力が足りず、レッドホーンの重装甲には然したる痛痒を与えられない。

 

『甘い! 射撃とはな、こういうことをいうんだ!』

 

 逆にレッドホーンの全武装が火を噴いた。ビームガトリングにリニアキャノン、ビーム砲などなど、その全てがブレードライガーに注がれる。咄嗟にEシールドを張るが、一点集中の火力強化を施したBGカスタムの火力に、ブレードライガーはじりじりと押されていた。

 

「これ、本当にレッドホーンですか? ブレードライガーをここまで押し込むなんて……」

「ウィンザーさん、すごーい……」

 

 そのあまりもの光景に、ロカイだけでなくフェイトも唖然とした。

 ロカイはレッドホーンの持つスペックを理解しているから、フェイトはバンの実力をその眼で見たことがあるから、この番狂わせには驚きを隠せない。

 

「ヴォルフ。ウィンザーってさ、あのレッドホーンに乗ってどのくらいだっけ?」

「確か帝国軍に入隊して、実力を買われて入隊一年後からだったはずだ。それからずっととして……七年くらいだったか?」

「相当ガタが来てんじゃねぇの? 帝都決戦でも無茶してたし。だけど、それでもってあれか。相変わらず、ウィンザーも化け物だろ」

「ほんとね」

 

 ローレンジが愚痴り、アンナも同意した。バンはジェノザウラーを単機で倒したほどだ。それ以降もフィーネと二人で旅を続け、その過程で、一人でゾイド戦を行ってきたのは聞くまでもない。それに対し、ウィンザーは互角の戦いを繰り広げていた。

 繰り返すが、レッドホーンとブレードライガーが一対一で戦えば、明らかにレッドホーンの方が相性の面で分が悪いのに、である。

 

「……じゃあさ、ロージはウィンザーさんが勝つと思うの?」

「いや、正直分からねぇ。バンはゾイド乗りとしての技術とか、そういうのを越えた力を持ってるからな。それに、ロカイが言ったようにゾイド同士の相性もある。どっちに転んでもおかしくねぇよ。ただ……そうだな、カギは、レッドホーンがあの操縦に耐えられるか……かな」

 

 

 

***

 

 

 

 レッドホーンの弾幕から逃げ延び、再びスピードを生かしての翻弄に入りながら、バンは尋ねる。

 

「フィーネ! ライガーの調子は?」

「さっきのEシールドでエネルギーをかなり使ったわ。このままだと、エネルギーが尽きてライガーも動けなくなる」

「くそっ!これ以上長引かせられないか。でも、それは向こうも同じだよな」

 

 レッドホーンも弾幕の雨を降らせ続けているが、後先考えていないような弾幕では、そろそろ弾切れが近い筈だ。そうバンは予測し、再度突撃をかけるために旋回する。

 

「次で決めるぜ! 行くぞ!」

『よかろう! 勝負だ、バン・フライハイト!』

 

 ブースター全開で、しかし機体を制御しレッドホーンの砲撃の雨を潜り抜けながら一気に肉薄する。ウィンザーも、躱されて抜けられるのは承知の上だ。先ほどと同じように衝突覚悟で突進する。

 

『――っ、ほう』

 

 だが、ブレードライガーはすくい投げられる前に自分から跳躍した。瞬時にレッドホーンのビームガトリングが火を噴くが、その前に腹部の二連ショックカノンの砲撃でそれを牽制する。

 レッドホーンに飛び乗り、その背を足場に跳躍するブレードライガー。ジークのサポートもあって機体を制御し、バンは空中で向きを変える。

 それは、ローレンジが得意とする戦法だ。相手を飛び越え背後をとり、敵が振り返る前に必殺の一撃を加える。バンはブースターの噴射角を調整し、空中からレッドホーンの背に斬りかかった。

 

「これで、終わりだぁあ!」

 

 バンの口から気合が迸る。

 背中でそれを受け、だがウィンザーは全く動じることなく、逆に自らも闘志を吐き出す。

 

『それでこそだ。バン・フライハイト!』

 

 レッドホーンの前足で大地を横に蹴り、前足を浮かせて180°ターンを決める。その勢いのままレッドホーンの横顔を迫りくるブレードライガーに叩きつけ――

 

『――っ、なにぃ!?』

 

 突如レッドホーンの後ろ脚が砕けた。機体の限界だ。ウィンザーの一か八かに賭ける戦法にレッドホーンの機体が耐え切れず、脚の関節部が悲鳴を上げたのだ。

 ウィンザー自身も想定してなかったハプニング。ここ一番で発生したそれを修正するには、時間がなさすぎる。

 

 

 

 そして、ブレードライガーは地に足を着けると同時に低い姿勢で駆け抜け、レッドホーンの左足を斬り捨てた。

 

 地響きを立てて大地に伏すレッドホーン。

 勝った。バンはそう確信した。だが、

 

 

 

「バンっ!」

「なっ、ライガー!?」

 

 ブレードライガーの腹部が爆発し、ブレードライガーは悲痛な叫びと共に地に伏した。

 

 レッドホーンがターンした時に撃ち放ったビームガトリングだ。それがブレードライガーの腹部を貫き、致命傷となったのだ。

 

 

 

 バンとウィンザーの戦いは、引き分けに終わった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「くぅ~~、熱い戦いだったな! 俺様は満足だぞ! バン・フライハイト!!」

 

 降りてくると同時に髪をかきあげ、清々しい顔でウィンザーは言った。その言葉通り、ウィンザーは大満足で歓喜に打ち震えている。引き分けという微妙な結果であるが、ここまで戦えたのでウィンザーとしては満足なのだろう。

 だが、一方でバンは、少し落ち込んでいた。

 

「俺が勝てたのは、レッドホーンの後ろ脚が砕けたから。あれが無かったら、俺はブレードを当てることもできなかったよ。……俺の負けだ」

「バン……でも、本当に良い戦いだったと思うわ。三銃士のみなさんが言っていた、気持ちのいい戦いだったと思う」

「フィーネ……ありがとな」

「そうだとも! 勝敗など気にするな! しかし……うぬぅ、無理をさせたか? ブレードライガーの動きについていくためにかなり脚を使ったからな」

 

 レッドホーンの損傷具合を確かめつつ――しかし、ウィンザーは然して悩みはしなかった。「ザルカがすぐに治してくれるだろう!」と開き直り、バンの肩を強く叩いた。

 

「いてっ、な、なんだよ?」

「はっはっは! こんな熱い戦いは久方ぶりだ。どうだバン? 一緒に飯でも食おうじゃないか! サファイアが試合が終わったら昼食にしようと言ってたからな。そこで――あっと!」

 

 そこでウィンザーはバンの背後に目をやり、途端バンのことなど眼中にないと言わんばかりにバンの背後にいた少女、フィーネに駆け寄った。

 

「さきほどの戦いで怪我はなかったかな? お嬢さん」

「え、ええ、別に大丈夫よ」

「そうか。泥臭いゾイド戦に付き合わせてすまなかったな。改めて、俺様はカール・ウィンザー。恋と戦いに生きる誇り高きゾイド乗りだ。どうかな? この後一緒にお茶でも……?」

「おいウィンザー俺は――」

「――うるさい! 野郎は黙ってろ!」

「うわ、なんか態度変わってねぇ?」

「私は構いませんよ」

「むお! 本当ですか! では、俺様がエスコート致しましょう。どうぞ」

「あ、待って。ライガーやレッドホーンを」

「そうでしたな。――おいバン、早くしろ! フィーネさんがお待ちだぞ」

「なんでそうなるんだよ……」

 

 「もう、わけわかんねぇ」と、バンはぼやきながらブレードライガーに戻って行った。それにフィーネが着いて行ったのを見て、ウィンザーがショックを受けたのは、バンたちが気づくことはなかったが。

 

 

 

「……負けた」

 

 ブレードライガーのコックピットに戻り、傷ついたブレードライガーをエリュシオンに向かわせながらバンはポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 結果は引き分けだ。

 だが、バンを連れて行っても問題はないとヴォルフは判断し、バンの乗艦も許可した。

 

「それで、ローレンジ。いったいなぜバンを戦わせたんだ?」

 

 エリュシオンの私室にローレンジを連れてきたヴォルフはそう問いかけた。

 

「え? 実力を確かめるためじゃないの?」

「バンの実力なら当に分かってる。そもそも、同行させるのに実力を確かめる必要性があまりないからな。何か別の意図があるのだろう?」

 

 共にヴォルフの部屋に来ていたアンナが疑問を上げ、ヴォルフは苦笑しながら答える。

 今回の条件をバンに掲示したのはヴォルフだが、それを提案したのはローレンジだった。

 

「おい共犯者、分かって聞いてるだろ。……まぁ、ちょっとな。バンの最近の話を聞いたらさ、一度ウィンザーとぶつけた方がいいと思ったんだよ」

「最近の話……やはりそうか。まぁ、あれほどのことを成したのだ。それに陥ったとしても、ある意味仕方ないか」

「ねぇちょっと、あたしだけ分からないんだけど」

「え? なに? 分かんないの? アンナ馬鹿?」

「ちょ! ローレンジそれどういう意味よ!?」

「いやー、話の流れで分かるかと」

「なによそれ! ねぇヴォルフ、あなたは理解したんでしょ! ちょっと教えなさいよ!」

 

 ヴォルフは二人の会話を聞いて苦笑をしつつ、アンナにそれを伝えた。アンナは少し苛立たしげに、話を聞くと納得したように頷いた。

 

「……なるほどね。バンは十五だったわよね。そんな気持ちを持っても、まぁ当然かしら?」

「あいつの性格上、そうなる可能性は薄いと思ったんだけどな。周りに持ち上げられたんだろうかね? 少しずつ、あいつも意識してない内に、心のどっかに積み重ねちまったんだろうさ。まぁ、誰だってそうなることはあるから」

 

 ローレンジのいう「そうなること」は、実はアンナも経験したことがあった。誰もが乗りこなせず、オーガノイドを持つレイヴンという特例を無視すれば唯一ジェノリッターを乗りこなせた、認められた時の気持ち。それに近い。

 

「でも、ローレンジ。あんたバンをどうしたい訳?」

「ん、最高のゾイド乗りになってほしい。それだけかな」

 

 すまし顔で言うローレンジにアンナは「ずいぶん肩入れしてるわね」と呟いた。

 

「それで、ヴォルフ。俺たちをここに呼んだのはその話をするためじゃないだろ」

 

 ローレンジが僅かに睨むような目でヴォルフを見た。ヴォルフは「ふっ」と息を吐き、それに返すべく口を開いた。

 

「実はな。PKの脱退者が我らに加わるのだ。なんでも、ガイロス帝国の重鎮、マグネン様からの紹介だそうでな」

「マグネン……ああ、なるほど」

 

 ヴォルフはそれ以上答えず、机の引き出しから一枚の書類を取りだし、二人に見えるよう机の上に置いた。

 

 それを見、ローレンジは口の中で軽く唸った。

 

 

 

 その書類にある写真には、オレンジの髪色をした女性が写っている。どこか見覚えがあるとローレンジは思ったが、それが思い違いではなく事実だと理解するのは、記された名前からだった。

 しっかりとした両目からは彼女の真面目な気質が見て取れる。まだ僅かに幼さが残る顔立ちに、しかしローレンジが記憶する()に似た芯を感じさせる。

 さらにもう一つ。ローレンジの芯の部分に語りかける何か……。

 

 二人が書類に目を通したのを見計らって、ヴォルフがその名を紡いだ。

 

「元PK師団所属、タリス・オファーランド少尉だ。今回の作戦にて、PKの内情について密告してきたそうだ」

 

 ローレンジは、どこか運命のようなものを感じた。あの日、無事では済まないだろう戦いに赴いた男の面影を持つ、彼女との出会いを予感して。

 


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