ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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さーて、いよいよ戦闘開始です。


第45話:海戦勃発

「それは、確かなのだな」

「ええ、間違いありませんよ」

 

 男の疑問に、もう一人の男が答えた。

 

「K殿。まさにあなたの目論見通りだ。いずれは鉄竜どもがやって来ると期待していたが……こうも早いとはな」

「油断はせぬことだ、ドルフ殿。奴らが来たということは、我らの計画が露呈するのは時間の問題なのだから」

 

 Kと呼ばれた男が部屋の外を眺めながら静かに告げる。

 「ヴァルハラ」と名づけられているこの町は、ほんの数ヶ月前まで暗黒大陸に暮らす原住民族たちの主要都市だった。都市と言いつつも、石材を組み合わせて作られた貧相な建物がいくつも立ち並ぶ、ドルフたち元はガイガロスに暮らしていた者にとっては集落と言った方が相応しいものだ。

 異星からの知識を与えられた西方大陸の民族とは違う――惑星Zi独自の暮らしがそこにはあった。しかしPKの介入によりそれは崩された。ヴァルハラは、戦力も上回り協力者も得たPKによって、支配されたと言うほかない状況だ。

 嘗ての穏やかだが平和な街並みは、見る影もない。今は占領当時の傷跡が痛々しい、戦後の町と言った様相を成している。

 

「なに、計画の鍵となるゾイドの片割れはすでに顕現済み。もう一体も、あの小僧がすぐに見つけ出すでしょう。そうなれば、鉄竜どもなど、“魔龍”の前に慄くそこらの蛇も同然」

「油断をするなと言っているのだ。ただの蛇でも、少しの油断が命取りだ」

「心配し過ぎ、というものでしょう。アンダー海にはシンカーの大部隊に加え、暗黒大陸産ゾイド、ダークネシオスも配備されております。海と空からの挟み撃ちには、勝ち目などない」

 

 ドルフが自慢げに語る海戦ゾイド――ダークネシオスはブラキオスを完全な海戦専用にカスタマイズしたものだ。その力は、理論上では現存する海戦ゾイドの全てを上回っている。海戦最強と謳われたウオディックに匹敵するほどだ。

 その力は無論Kも承知している。だが、それでも彼は警戒を緩めなかった。

 

「ゾイドの力というなら、ますます警戒を強めるべきだな。奴らにはそれを補うだけのゾイド乗りが多数存在する」

 

 Kは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)を見縊ってなどいない。むしろ最大限に警戒しているのだ。

 

「奴らとてお前たちと同じ。プロイツェン閣下のお力で生まれたのだ。油断大敵というものだろう」

「それは、その通りですな。ですが、奴らはあろうことか閣下を裏切ったのです。すぐにでも、粛清せねばなりません」

 

 その時、二人が対峙する部屋の扉がノックされ、一人の男が入室する。

 

「ドルフ様。連中がエルガイル湾沖に間も無く到達とのことです。およそ、一時間後に接敵するものと」

「……そうか。失敗は許さんぞ。奴らを、海の藻屑に変えてやれ」

「は」

 

 軽く一礼し、男は退室する。

 退室する気配を背で感じながら、ドルフは向き直り窓を見つめた。ガラスを隔てた先に広がるヴァルハラの街並み。その背後にそびえる山々の向こう側に広がるだろうアンダー海に想いを馳せながら、呟いた。

 

「閣下。あなたを裏切りし御子息は、必ずや我らが打ち取って見せよう。我らは、あなたに全てを捧げし騎士、プロイツェンナイツなのだから」

 

 そんなドルフに、Kは冷めた瞳を投げつけ、瞳を閉じた。

 

「忘れないでいただきたいな、ドルフ殿。これは、『試練』なのですよ」

「……分かっているとも。我らは、彼らの『敵』なのだ」

 

 ドルフは、それまでと打って変わり、寂しげに語気を弱めた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ドラグーンネストのブリッジ。そこにヴォルフはそこに居た。

 ドラグーンネストは海底から浮上し、今は海上を漂っている。ブリッジのモニターに映し出された先には、謎めいた北方の大陸――暗黒大陸ニクスがおぼろげながら映っていた。

 

「ついに、たどり着いたか」

 

 ニクスの地を眺め、ヴォルフは呟いた。

 僅かな温暖期と過酷な寒冷期を繰り返す、人が住むには厳しすぎるとされる大陸。ゆえに、暗黒大陸と恐れられてきた地だ。そこに、自分たちが乗り込もうとしている。戦乱の後始末のためか、はたまた新たな地で戦乱を巻き起こすためか。

 ヴォルフ達は前者の意向でこの地に赴いている。だが、現地の人間にとっては争いを巻き起こす火種を持ちこんだのだ。すなわち、後者の意向である。

 しかし、父プロイツェンが残した遺恨を断つためにも、この地に出向かない理由はないのだ。

 

 その時だ。ドラグーンネストに警戒アラームが鳴り響いた。

 

「敵襲です! 海中より未確認ゾイドが二十。上空よりシンカーも確認しました! その数……一〇〇以上!」

 

 部下の報告にヴォルフは静かに頷き返した。ドラグーンネスト二隻による上陸だ。見つからないという保証は一切なかった。むしろ、敵が鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)を意識しているなら、この反応は当然だ。上陸前の一戦。予想できないはずがない。

 

「ウオディック隊、並びに朱雀隊は直ちに出撃。迎撃を開始せよ」

 

 一切の感情を押し殺し、ヴォルフは命令を告げた。忽ちそれは艦内、並びにもう一隻にも伝達され、ドラグーンネストの腹部と背中のハッチが開き、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の空戦、海戦ゾイドが出撃していく。

 

 海戦の始まりだ。

 海中からはブラキオスを水中専用に改装した機体からの砲撃が、ドラグーンネストに襲いかかる。腹部のリニアレーザーガンが唸りを上げ、ドラグーンネストの巨体に痕をつける。そうはさせじとウオディックが海中を縦横無尽に泳ぎ回り、次々と敵機を葬る。

 だが、その海中最強の座を謳う活躍を見せるウオディックにも死角があった。空だ。海中と空中を切り替えながら襲いかかるシンカーの大部隊には流石に手を焼く。空中ならばレドラーとシュトルヒという空戦ゾイドに大きく劣るが、それも海中に隠れてしまえば問題はない。黒とダークグリーンに塗装された禍々しいシンカーが、双方を行き来できる個性を十二分に発揮している。

 

「ブラキオスの改造機か。火力が高いが、こちらはウオディックで対処可能。厄介なのは、やはりシンカーか」

 

 モニターに映し出された外の映像、並びに戦況を俯瞰し、ヴォルフは半眼になる。この戦いは事前に予想済みだった。だからこそ、護衛にウォディックを増やし、空戦ゾイドを詰み込んで来たのだ。が、敵の数が多すぎた。このままでは戦況が崩されかねない。

 

 ――止むを得ん、か。

 

 暗黒大陸に上陸後のことを考えたら戦力は残しておきたい。行方不明となったガイロス帝国部隊の救出は急務。へリック共和国のオーダイン・クラッツの部隊も捜索すべきである。そして真の目的であるプロイツェンナイツとの決着。戦力の消耗は避けたい。

 ならば、この海戦は確実に勝利し、増援――すなわち後続部隊の道を作らねばならないのだ。

 

「防空ゾイドを出撃させる。ドラグーンネストの甲板上でシンカー迎撃に全力を尽くせ」

 

 ヴォルフの指示に応え、ドラグーンネストの背中から少数の陸戦ゾイドが出撃した。海に投げ出されないよう細心の注意を払い、開いた出撃口を狙うシンカーに猛攻撃を加えた。

 

 

 

***

 

 

 

 戦闘の爆音は、当然ながら艦内にも轟いていた。

 爆音と衝撃波がドラグーンネストを揺らす。本来ならこの地での海戦を予測して海戦用の部隊を先にだし、その後に輸送艦であるドラグーンネストを暗黒大陸に向かわせるべきだった。だが、ヴォルフは海戦と輸送を同時に行うことを選んだ。

 はっきり言って、愚策である。一歩間違えれば全滅という結果は避けられない。だが、ヴォルフはこの作戦を選んだ。そして、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の幹部もそれに同意した。

 その理由はただ一つ。

 

 時間がないのだ。

 

 ある筋からもたらされた情報が全てだ。信頼に足るそれを受け取り、だからこそ、この大博打に打って出たのである。

 

「ま、だからってこんな作戦……ふざけんなっ、て、言いてぇけど」

 

 ドラグーンネスト内の格納庫、そこにローレンジはたどり着く。その眼前には相棒であるグレートサーベル――サーベラ。

 グレートサーベルは脚部にある装備を施していた。海中用のハイドロジェットである。そして、付近のヘルキャットにも同様の装備がしてあった。本来陸戦用のゾイドを申し訳程度に海戦使用に改装。外部武装だけなので、上陸後は強制排除し陸戦用に戻せる。

 

「いくらなんでも無茶苦茶だ。……それだけ情報が欲しいってことだろうが」

 

 相変わらず船酔いの影響は酷い。こんな時にゾイドの操縦などもってのほかだ。だが、やらねばならない。ローレンジも事のあらましは承知している。時間がないのは、百も承知だ。

 

「私たちは先に行きますよ。御武運を。吐かないよう、気を付けて」

「うっせ、……運がよけりゃ、向こうでな」

 

 ヘルキャットのパイロットの言葉に軽口を返す。ヘルキャットたちは光学迷彩を起動させ、次々に海へと飛び込んでいく。激しい海戦の隙間を縫って、一路暗黒大陸を目指していった。

 ローレンジとヘルキャットのパイロットたちは、この戦闘の最中に海中を密かに突破。暗黒大陸に先んじて上陸し、本隊とは別行動をとる手はずだった。本来ならもう少し接近してから移動する手はずだったが、接敵が早かった。この場合は艦内に残り、海戦の勝利を確信してから上陸するのだが、そうも言ってられない事情がある。上陸してから別れていたのでは、時間が足りないのだ。

 

 平和な海の旅は、当に終わりを告げていた。暗黒大陸を目前にして、状況は緊迫の一言に尽きている。

 

 さて、俺も。とローレンジがふらつきながらグレートサーベルに向かおうとした時、ズボンのすそが引っ張られた。振り返ると、やはりと言うべきか、フェイトがいた。

 

「……」

「……フェイト。心配すんのは、まぁ分かるが、俺が……そう簡単に、終わる……人間か? 大丈夫だっ……て」

「……でも、ロージは海中じゃ無能だって」

「……誰、だよ。そんなこと……言ったの」

「タリスさん」

 

 頭痛がひどくなった。出会って数日ほどの人間になぜそこまで言われなければならないのだ。

 そのタリスは艦内に残る手はずだ。この後の彼女の監視は、他のメンバーの仕事だ。

 

 ローレンジは額に手を当て、船酔いの気持ち悪さを押さえながら、諭すように話す。

 

「フェイト。乗る前に、言ったろ。しばらくは……別行動だって」

「でも……」

「向こうに着いたらバンたちと一緒だ。フィーネも一緒。嫌じゃないし、嬉しい事だろ、久しぶりに会えたんだから」

「でもぉ……」

 

 乗艦前に言い聞かせたはずだ。だが、それでもフェイトにとっては辛いのだろう。離れることが。

 

「俺は、いつも通り仕事だ。いつもみたいに、待っててくれよ。な」

「…………うん」

 

 俯き、表情を見せず、されどとても不服そうな気持を表に出し、それでもフェイトは頷いた。小さく。

 

「今回の仕事がカタついたらさ、どっか遊びに行こうや。だから、な」

「絶対、絶対だからね!」

「ああ」

 

 無理やり気持ちを鎮め、フェイトはローレンジから離れた。ローレンジは頭を低く下げたグレートサーベルによじ登り、船酔いを我慢しながら乗り込む。

 

「頼むぜ……ニュート」

「キィ!」

 

 船酔いの影響で操縦に不安が過る。こっから先の操縦はニュートに委ねられる。オーガノイドの力をフルに活用し、サーベラとニュートの意識だけで暗黒大陸を目指すのだ。操縦席に座りながらも一切その役を果たせないことを情けなく思い、しかしこれが最大限の譲歩だと己に言い聞かせ、ドラグーンネストの背中のハッチから飛び出す。

 出て早々、戦闘行為をしないよう祈りながら。

 

 

 

「……は?」

 

 ハッチの先に、龍が居た。

 防空戦闘を行っていたブラックライモスの頭を口に咥え、軽く顎に力を籠め一撃で粉砕する。ぱらぱらとブラックライモスの残骸が海に落ちて行った。

 

「……な、んだ。こいつ……」

『お? 次の獲物はでけぇな』

 

 瞬間、サーベラは横に跳んだ。雨で滑るドラグーンネストの甲板に爪を突き立て、どうにか踏ん張る。龍は四足歩行で首をもたげ、視線だけをサーベラに向けた。それだけなのに、サーベラの警戒心は限界まで引き上げられる。

 

 ――こいつは……やばい!

 

 肌でそれを感じた。船酔いの感覚が警戒心で吹き飛ばされ――てほしい。ニュートを通じてサーベラと繋がっているためか、精神的に多少マシになったと思いたい。ただ、所詮は精神的な部分だが。

 

『ロージ! 大丈夫!?』

「どう、にかな! フェイト、ハッチを、すぐに閉じるように……伝えろ! それから全力で暗黒大陸を目指せ! ここに留まって戦うのは……ヤバい!」

 

 通信機に怒鳴りつけ、しかし意識は目の前の龍に向けている。

 爆音と荒波が吹き荒れるアンダー海に真紅の翼が映える。厳つい顔つきに、貫くことに特化したような造形の尻尾。攻撃的な、禍々しいゾイドだった。

 

『こいつぁ、影の立役者サマじゃあねぇか。テメェとやりあうのは待ち遠しかったぜ』

 

 若々しくも荒々しい声が轟いた。大海戦の只中だというに、その声はローレンジの耳によく届く。

 

 ふわりと眼前の龍が飛んだ。軽く甲板を蹴り、周囲を吹き荒れる風など気にも留めていないかのようだ。

 

『手合わせ願おうか。オレに比肩するのかどうか』

 

 「轟」と音を立てて龍の口から激しい炎が吐き出された。不安定な足場に躱すことも困難で、それを甘んじて受けとめるしかない。

 

「ぐっ……あっちぃ!」

 

 熱がサーベラを、コックピット内のローレンジも嬲った。一気に熱せられたコックピット内は瞬く間に加熱し、玉の汗がどっと噴き出す。同時に、吐き気が喉を突き抜け、どうにか押し込んだ。

 このままだと不利だ。ドラグーンネストの揺れが治まったのを感じ、サーベラは再び横に跳んだ。龍がそれを追う様に首を曲げるが、横に跳んだサーベラは甲板を蹴って龍の股下を潜り抜け、背後を取る。無防備な背中に8連ミサイルを撃ち込むべく振り返り――

 

『はっ、甘いぜ』

 

 龍は自身の下を潜り抜けたサーベラに尻尾を突き出す。先端が槍の様に細く鋭い尻尾が振り返ったサーベラの顔面に迫る。

 だが、サーベラは並のゾイドではない。この星で巻き起こった戦乱の世を生き抜いてきたのだ。歴戦のゾイドである。

 

 サーベラは槍のような尻尾に牙を突き立てた。濡れて滑る甲板に爪を突き立て、尻尾を僅かに口内に進入させながらも、その槍に牙を突き立て、咥えこんで受け止めたのだ。

 

「サーベラ……ナイス。けど……俺もヤバい」

 

 激しく機体が振り回され、ローレンジの口内に酸っぱい味が広がる。それをどうにか飲み込み、ガンガンと痛みを訴える頭を操縦桿で叩き、どうにか意識を繋いだ。

 サーベラは一瞬だが龍の動きを止める。そこにミサイルを撃ち込んだ。発射音と近距離での着弾による爆音、そして煙が視界を遮る。

 相手は飛行ゾイドだ。ならば、装甲は薄い。近距離からミサイルを撃ち込んだのだから、かなりの痛手になっているはずだ。

 

 ――これで、どうにか!

 

 そうローレンジは思う。だが、煙が晴れた先に居るのは、ほとんど手傷を負っていない龍の姿だった。腕の光沢は一切失われず、黒光りする装甲には傷が見受けられない。

 

「……マジかよ。どんな野郎だ」

『はっ、ザンネンだったなぁ。んじゃあ反撃としゃれこませてもらうぜ!』

 

 尻尾に力を籠めながら龍が振り返った。口内からはチロチロと炎が覗いている。尻尾で牽制しながら炎で炙るつもりだ。それが分かっていながら、サーベラは尻尾を抑え込むことで動けない。

 

『チェックメイトってな。あばよ』

『そうはいかないな』

 

 声は、ローレンジが出て来たハッチの方からだった。その声の主が誰かを思考するよりも早く光の柱がサーベラの鼻先を突っ切った。一歩早く、龍はサーベラから離れ、難を逃れる。無理やり尻尾を引き抜いて脱出されたため、サーベラの牙が折られた。

 その衝撃よりも、目の前を突っ切った光線にローレンジは目を奪われた。荷電粒子砲だ。だが、ジェノザウラーのそれよりは細い。出力も大きく見劣りするものだった。

 小型荷電粒子砲。それを搭載しているゾイドは、ドラグーンネストにはその機体しかいない。そして、今出て来るならば、一人だけ。

 

「ジョイス、か! 出てく……んな! 引っ込ん、でろ! うっ……」

『そうはいかないね。あれを今の君一人で対処など不可能だ。……いや、僕にやらせろ』

 

 ジョイスは不敵に笑う。ディロフォースもそれに同調し背中から翼を広げた。ディロフォースのオプションパーツの一つだ。空中戦も可能とするための装備。

 ディロフォースが空中に飛び立ち、龍と相対する。その様は、大型犬に立ち向かう子犬の様だった。

 

「ジョイス! 戻れ! ディロフォースじゃその化け物、相手は……無理だ!」

『うるさい! 僕に指図するな! 行くぞシャドー!』

 

 ローレンジの怒鳴りに、それを上回る怒鳴り声でジョイスは返し、目の前の龍へ立ち向かう。一瞬、ジョイスがジョイスと思えない。そんな錯覚を与えながら。

 

 ――ジョイス……いや、レイヴンか?

 

 ディロフォースかシャドーか。吠えたてながら空中を駆けて龍に立ち向かう。

 

『誰だ? まぁいい。邪魔するなら、消してやらぁ!』

 

 龍が吠え、背中の砲塔が光る。ディロフォースが危険を感じ横にそれるのと同時にそれが放たれた。

 荷電粒子砲だ。再びの光の本流がドラグーンネストの横に落ち、海に風穴を開ける。

 

『させるかぁ!』

 

 ジョイスが吠え、荷電粒子砲を躱したディロフォースが肉薄する。龍の頭上まで飛び上がり、鋭い足の爪を頭部に打ち込む。防御を捨て、攻撃に特化したディロフォースの一撃は、小型ゾイドとは思えない力だった。偶々装甲が薄い箇所だったのか、龍の装甲に――ほんの小さなものだが――傷をつけ、頭部を揺らす。

 

『ふはっ、まさかな。さっすが、エウロペのゾイド乗りは一味違うなぁ!』

 

 龍のパイロットが笑った。どこまでも愉しげに。愉悦に満ちた笑いだった。そして、我知らずジョイスも笑みを浮かべていた。なぜか、ゾイドに乗って敵を叩くことに喜びを感じて。

 龍のパイロットとジョイスは、同じ感情を抱いていたのだ。

 

『楽しいか? オレと同じ種類だって気がしてならねぇな。だが!』

 

 頭上まで肉薄したディロフォースを逃す気はない。龍の背部の装備――パルスキャノンが咆哮を上げた。

 近距離の至近弾。どうにか回避できたのは、半ば反射的に動けたジョイスのセンスとシャドーの補助、そしてディロフォースの驚異的な運動性能があってこそだ。だが、防御をほぼ捨てたような装甲のディロフォースでは掠っただけでも致命傷だ。バランスを崩して海に叩きつけられた。

 

 

 

***

 

 

 

 甲板に現れた強力なドラゴン型ゾイド。その映像は、ブリッジにも届いていた。

 これまで見たこともないゾイドだった。空中を自由自在に駆けながら強力な一撃を叩き込むゾイド。共和国で昔使われていた大型翼竜ゾイド、サラマンダーに比肩、あるいは上回るほどの力だ。

 

「海中はどうなっている!」

「シンカーの爆撃に苦戦していますが、時期にカタがつくかと。空戦も問題はありませんただ……」

「甲板上の奴が厄介なのだな。下手をすれば、空戦ゾイドを全て破りドラグーンネストが沈められかねん」

 

 報告を聞き、ヴォルフは奥歯を噛みしめながらモニターを睨みつけた。

 ローレンジの援護でジョイスのディロフォースが肉薄しているが、時間の問題だろう。ディロフォースなど、すぐに落とされる。例え乗り手が()()()()だったとしても、圧倒的な性能差を覆すことは難しい。僅かな攻防ながら、それを悟らせるだけの力を龍は見せつけていた。

 

「ヴォルフ。あたしも出た方が――」

「だめだ。まともな射撃兵装を持たないジェノリッターではただの的でしかない!」

 

 返答の予想はしていたのだろう。アンナはそれ以上無理強いしない。ただ、悔しげな表情のまま押し黙った。これなら、ジェノリッターの装備を通常兵装のジェノザウラーにしておくべきだった。

 だが、ジェノリッターのままにしたのはアンナの判断だ。未知の大陸での戦いを想定し、使い慣れた装備が対応しやすいと判断したのだ。

 

 海戦が始まることは分かっていた。だが、これほどの空戦ゾイドが存在することは完全な予想外だった。たった一機のために多くの犠牲を強いてしまう。その結果を出すことになり、ヴォルフは己のふがいなさを恨む。予想していながら、

 

 最後の希望となる通信が届いたのは、そんな時だ。

 

 

 

***

 

 

 

 ジョイスが落ちた。

 その事実に、ローレンジは一瞬迷った。ディロフォースのコックピットはむき出しのバイク式だ。海に落ちたジョイスの救助が一刻も早く必要なのは確定。だが、ここでジョイスを助けることはドラグーンネストを見捨てることになる。

 それはできない。

 

 ――くそ、出向く覚悟が足りなかった……いや! そんな後ろ向きな話は後回しだ! 今は……この状況を打開する術を……これだ!

 

 迷うのは一瞬。その暇がない。

 サーベラは僅かに腰を落とす。飛び掛かる姿勢だ。龍を海へ叩き落とし、粗末な海戦装備で海を泳いで龍に致命傷を与えるのだ。そして、速やかにジョイスを救出し、共に暗黒大陸へ向かう。

 海戦が負けていたなどという事態は考えない。そこは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の精鋭ウオディック部隊を信用するしかない。

 自身は船酔いの所為でまともな操縦は出来ない。だから、サーベラとニュートに任せるしかない。だが、それで納得もしたくない。

 ローレンジはゾイド乗りだ。戦場がどこであれ、戦いを全て相棒(ゾイド)に任せて自分は乗っているだけなど到底認めたくない。苦手な戦場での戦いだろうと、意地でも気力は保ってみせる。その気迫だけが、ローレンジを船酔いで倒れさせないただ一つの命綱だった。

 

『次はテメェだ。その後は、デカブツを潰す』

「やれるんならな! 頼むぜニュート、サーベラ」

『はっ、いいぜその熱さ! ぶっ潰したくて堪らねぇ!』

 

 龍が低空飛行で突っ込んできた。焦るな。距離を測って、ほんの一瞬のチャンスで決める。旧大戦時代には、サーベルタイガーでサラマンダーを叩き落とした人物がいたと言うほどだ。そいつにできて、自分にできないはずがない。

 

 そして、見極めた瞬間、サーベラが大地を蹴り――

 

『ローレンジ! ジョイスの救助に行け!』

 

 通信機からヴォルフの怒鳴り声が響く。

 ローレンジは迷わなかった。一瞬で割り込んできた指示に思考を切り替え、龍とすれ違って海に飛び込む。

 

 驚いたのは龍のパイロットだ。直前まで正面から戦うことを選んでいたローレンジが突然逃げたのだ。甲板を低空飛行のまま通り過ぎ、海上で急停止する。

 

『んだぁ? 急に逃げやがって――!?』

 

 ローレンジが唐突に戦闘を放棄したことに龍のパイロットが怒りを吐き出すその瞬間、間髪入れずに衝撃が龍に襲いかかった。背中からだ。振り返る間も無く海面に叩きつけられ、沈む直前に翼を羽ばたかせ空へと舞い戻る。海面が大きく波打ち、ちょうどその場を泳いでいたウオディックの姿が顕になる。

 見かけたウオディックに憂さ晴らしの一撃を加えようと前足を振うが、それより早く背にビーム砲が叩きつけられた。堅固な装甲により難を逃れるが、砲撃は止むことを知らない。

 

『くそっ、一体どこから――』

『――ワシのいねぇ間に随分と賑やかじゃねぇか。おい若造、選手交代だ。ワシの相手をしてもらおうか』

 

 龍が振り返った先に居るのは、真紅の機体色のテラノドン型ゾイド。射撃戦を主としたドッグファイトを得意とする音速戦闘機ゾイド、レイノス。真紅のカラーは、レイノスを譲り受けた人物が鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に似合うよう塗装した結果だ。

 

『今度はレイノスかよ。つまんねぇ』

『バカにすんじゃねぇぞ。さっきまでよりも楽しい空中戦ってのを教えてやるぜ』

 

 不服そうな言葉に不機嫌さを増した男――アクア・エリウスは伸び放題の白髪をかき乱しながら笑う。

 

『さぁ、とびっきりのゾイド戦を始めようじゃぁねぇか!』

 

 真紅の翼竜と黒と赤で彩られた龍の熾烈な空中戦が、幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 大海戦が勃発する前日の事。

 真夜中だと言うに、とある部屋はまだ明かりが灯っていた。

 

「はい、そうです。明日、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は暗黒大陸を視認する地点に到達します。そこが、襲撃には絶好のポイントかと」

『挙げて落とす。希望を目にしたところで一気に叩き落とす訳か。よかろう、すでに手配は済んでいる。君も、よろしく頼むぞ』

「お任せください。我ら、ナイツの誇りにかけて」

 

 通信を切り、会話を済ませた女性士官――タリス・オファーランドは無表情のまま、視線を通信機に落としていた。ずっと。

 




ちょっと無理があったなと思う今回。反省点ですね。

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