ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第47話:上陸、暗黒大陸ニクス

 ニクス大陸の中心都市、ヴァルハラ。その一角に黒龍が舞い降りた。負傷したのか、片翼は生々しい金属生命体の()が滲み出している。鉄の肉と機械が入り混じったそれは、ゾイドの語源が「ZOIC ANDROIDS(動物のアンドロイド)」であり、人と同じ()()であることを頷かせる確たる証拠だ。

 

 黒龍――ガン・ギャラドから降りた青年はサングラスを外し、忌々しげにその傷跡を睨みつける。

 

「……クソがぁっ!!」

 

 怒りのままに拳を地面に叩きつける。

 拳と地面が接し、「バキャッ」という嫌な音とが響く。拳が砕けたのではなく、地面が()()()音だ。飛行ゾイドの発着目的でもある、頑丈なコンクリートで固められた地面が。

 青年は黒に染まった己の腕を眺め、もう一度、今度は建物の壁を殴りつけた。石造りのそれも、あっさりと拳圧に負けボロボロと破片を崩す。

 

「俺は……俺はニクス『最強』なんだ。あんなぽっとでのヤロウに致命傷負わされて逃げ帰るなんて、ありえねぇ……ありえねぇだろうが!」

 

 青年は、怒りのままに愛機であるガン・ギャラドの脚を蹴り飛ばす。普通なら青年の脚が砕けるだろうが、ガン・ギャラドが僅かに唸り、装甲にひびが入った。それでも、青年は()()()()()に愛機を蹴るのを辞めない。

 

「ジーニアス。その辺で止めときなさい」

 

 余りの剣幕に誰もが遠巻きに見つめるしかない。そんな青年――ジーニアスに冷ややかな声がかけられた。ジーニアスはピタリと動きを止め、憤怒の形相でそちらを睨みつける。

 

「あなたの驕りが原因よ。鍛錬は欠かさない。あなたがいつも言ってたことだし、あなたも辞めてはいないでしょう」

「うるせぇ、あと少しだったんだ。あと少しで、あのヤロウを仕留められた。なのに、横槍いれやがって……」

「ガン・ギャラドだって全力を出せる調子ではないわ。それにあのレイノス、たぶん鉱石の力を導入していたわ」

「だから、なんだってんだ?」

「私は、このまま戦っても無駄って言っただけ。それが正しいって判断したのは、あなたでしょう」

 

 あくまで淡々とジーニアスの言葉を否定する女性。飛行服にゴーグルの付いた帽子を被る女性は、淡い桃色の髪を梳きながら呆れ顔でジーニアスに言い募る。

 ジーニアスが戦場から離脱したのは、彼女からの言葉があったからだ。熱くなり過ぎていたジーニアスは彼女の言葉を検討、そして撤退を決意したのだった。屈辱的な撤退を。

 

「そもそも、あなたの目的は、――を連れて戻る事。戦場をかき乱すのではないはずでしょう?」

「はっ、バカ言え。俺が戦場に出てなにもしないわけねーだろ! 連中もそれぐらいわかって俺を動かしてるはずだ!」

 

 にやりと笑い、堂々と言い放つジーニアスに女性は頭痛でも感じた様に額を押さえた。

 

「んだよ、ユニアよぉ」

「呆れてものも言えないのよ。……もう、計画立て直し」

「あ?」

「なんでもないわ。それより、八つ当たりしてる暇があったら鍛錬でもしたら? 良くも悪くも、あなたほどのゾイド乗りを彼らがほっとくはずがない。再戦の機会はいつでも与えられる。違う?」

「……まぁ、確かにそうだな。ふん、じゃますんなよ!」

「それは私が言いたいのだけど……」

 

 ジーニアスは外していたサングラスを付け直し、多少なりとも機嫌が直ったのか大股で歩き去って行く。それを見送り、ユニアは恐々としていた整備兵たちにガン・ギャラドの整備を指示する。整備兵たちはユニアの言葉に安堵の息を吐き、そして慌ただしくガン・ギャラドに取りついて行く。

 ユニアはその様を流すように眺め、自身も役目を果たすためにその場を去った。

 

「……どうか、御無事で……」

 

 一言、祈る様に呟いて。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 エントランス湾では戦場の後始末が行われていた。

 ディロフォースにディマンティス、グレイヴクアマなど、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が初めて戦場に投入した小型ゾイドたちは予想を上回る戦果を生んだ。ゾイド個々の能力は非常に鋭い。ディロフォースは素早さと一撃の力に、ディマンティスは集団戦法に、グレイヴクアマは低空からの戦闘にそれぞれ十二分な力を発揮した。だが、小型ゾイドでありながら各々の得意分野に特化させた性能なため、どのゾイドも装甲が大きな犠牲となっている。

 これが、新鋭小型ゾイドの欠点であり特徴だ。中型に分類されるゾイドに迫る能力を持つ反面、装甲が紙に例えられても仕方ないのである。マッカーチスは重装甲を持ち合わせているが、その分機動力が犠牲になっている。

 今回の戦闘でも少なからず犠牲は出ている。幸い死傷者の数は最小限に抑えられたものの、初戦から犠牲を強いてしまったのは悔やんでも悔やめない。

 

 ――すまない。君たちの献身に報いるためにも、此度の一件は必ず……!

 

 報告を訊き、ヴォルフはその後悔を心の中に押し込んだ。戦場に来ているのだ。犠牲を強いないよう注意を払っても、被害をゼロで抑えられるのは珍しい。戦場の指揮官は、誰もが犠牲を強いないように苦心し、それでも避けられない犠牲を背負わねばならないのだから。

 早く弔ってやりたい気持ちはあった。だが、それは後だ。今はこの一件を早急に解決すること。それが、ヴォルフ自身に課せられた使命なのだから。そして、なによりヴォルフの心を蝕むことは……、

 

「ヴォルフ様……」

「分かっている」

 

 心配しているのだろうズィグナーに、抑揚のない声でヴォルフは返す。普段と変わりないように振舞うが、どうしても、後悔と悲しみを抑え込めない。そんなヴォルフを、ズィグナーは静かに見つめていた。

 

「ヴォルフ様、通信です。これは……コーヴさんから――」

「――繋いでくれ!」

 

 後悔と懺悔にふけっていた思考が急速に現実へと引き戻される。

 指示を受けた通信兵が通信回線を繋ぎ、やがてモニター上には映し出されなかったものの、つい昨日別れた友の声がブリッジに響く。

 

『…………スト……応答しろ……コーヴだ……ホントに直ったのか?』

「こちら、ドラグーンネスト一番艦。ローレンジ・コーヴさんですね」

『お? 直ったか。そうだ、こっちは暗黒大陸に上陸できた。それで――』

 

 通信兵が周波数を合わせ、徐々にローレンジの声が鮮明になってきた。ヴォルフは安堵の息を吐き、無茶を頼んだ友に労いの言葉をかけ――

 

「ロージ! だいじょうぶだった!?」

「あんた! ホント無茶ばっかりねぇ、結構ギリギリだったんじゃない?」

「ローレンジ! 無事なんだな! よかったぁ……俺、お前が死んじまったかと」

「よかった、無事なんですね」

「はっはっは、さすがだ! お前なら、この程度造作もなかろうな!」

 

 ブリッジに集まっていた者たちが一斉に声を上げた。口々にローレンジの無事を喜ぶ姿に、随分と好かれているなとヴォルフは感じた。

 

『だぁー! 一斉に喋んな! なに言ってるか分かんねぇよ!』

 

 耐えかねたのか、ローレンジが先ほどの五人に負けない音量で怒鳴り返す。今度は通信兵がその洗礼を浴びることになった。スピーカーだけでなくイヤホンにも耳を傾けていたため、完全に耳がバカになったか。

 ヴォルフは一旦他のメンバーに目配せし、代表して自身が口を開いた。

 

「無事のようだな、ジョイスもそっちに居るのか?」

『まぁな。――あっと、ちょっと休ませてるが』

「そうか」

『そっちは? 上陸できたのか?』

「ああ、お前が相手した龍はエリウスが撃退に成功した」

『マジか。あのおっさんも化け物だな』

「イメチェンしたのか、風貌も化け物らしくなったぞ」

『なんだそりゃ』

 

 ローレンジとヴォルフで笑い合っていると、背後から濁声の怒鳴り声が響いた。エリウスが化け物呼ばわりされたことに目ざとく反応したのだ。吹き出してしまったバンと隠す気もない笑い声を響かせるウィンザーに対し、濁った白の長髪を振り乱したエリウスの怒号がブリッジに響き渡る。

 

「ふふっ……我々は、エントランス湾に上陸した。手荒い歓迎もあったが、どうにかこの地にたどり着いたよ」

『エントランス湾か……。うん、なるほど。こっちはニフル湿原の南端。貰った地形データによると……カオスケイプ、だな』

 

 ヴォルフがちらりと視線を投げると、ブリッジクルーがモニターにニクス大陸の地形図を示し出した。以前、暗黒大陸を冒険したと言う冒険家が現地の住民からの情報提供で創り上げた地図で、地名などもその時聞いたものらしい。それによると、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)本隊の居るエントランス湾とローレンジのたどり着いたカオスケイプ、ニフル湿原の間には高い山脈が横たわっている。合流するには苦労しそうだ。

 

「ふむ……ならば――おっと」

 

 そこでヴォルフは一旦会話を区切り、アンナに向き直る。

 

「アンナ、すまないが彼女を連れてきてほしい。話がある」

「分かったわ」

 

 アンナが退出し、次いでバンに振り返った。

 

「バン、それにフィーネとフェイト。君たちはあの子の様子を見て来てはくれないか」

「え? 何で俺が……?」

「あの子からはいろいろと訊きださねばならない。さっきまでロカイが話していたのだが、どうも芳しくないらしい。年の近い君たちの方が、あの子も話しやすいかもしれん」

「でも……」

 

 バンが渋っているとフィーネが耳打ちした。何を言ったかは分からないが、バンはそれで納得したようだった。

 

「分かったよ。んじゃぁ行ってくる」

「失礼します」

 

 バンはぶっきらぼうに、フィーネはきちんと頭を下げてブリッジを後にした。

 

「ロージ、約束だからね! これが終わったら遊びに行こう! 絶対、絶対だよ!」

『ああ、分かってる』

 

 二度、三度と念押しし、フェイトもパタパタとブリッジから退出した。

 ブリッジに奇妙な沈黙が流れる。

 

「……あー、ゴホン」

『んだよ』

「いや、相変わらず兄貴やってるな、と思ってな」

『うるせぇ茶化すな。さっさと本題に入れ』

 

 どこか気恥ずかしげにローレンジが捲し立てる。ブリッジに苦笑が溢れ、それが聞こえたのか通信越しにローレンジの機嫌が悪くなったと感じた。

 

「さて、まずはこちらで遭遇したゾイドのデータを送る」

 

 通信兵が指示に応え、数体のゾイドのデータをローレンジ側に送った。向こう側でローレンジがそれを眺め、軽く唸った。見たこともないゾイドの姿に興奮したのか、若干声に陽気さが混じっている。

 

『あいつは“ガン・ギャラド”か。それに、“デッドボーダー”“ジークドーベル”ブラキオスっぽいけど、“ダークネシオス”ねぇ。……どいつも見た事ねぇ、暗黒大陸産の未知のゾイドってわけだ』

 

 海上で強襲してきたドラゴン型ゾイド、ガン・ギャラド。

 シンカーと共に海戦で現れたブラキオスの改造機、ダークネシオス。

 上陸戦で苛烈な攻撃を仕掛けてきた狗型ゾイド、ジークドーベル。

 ディメトロドンの護衛機だった二足歩行恐竜型ゾイド、デッドボーダー。

 いずれもガイロス帝国軍に属していそうな外観だが、それ以上に禍々しさが半端ではない。黒を基調とした機体色は、暗黒の名を冠する大陸で出会うゾイドとしては、これ以上ないほどのインパクトがあった。

 

「こちらはディロフォース、ディマンティス、マッカーチス、グレイヴクアマで応戦した。被害は出たが、どうにか初戦はこちらがもぎ取ったよ」

 

 続けてヴォルフは被害報告を抑揚のない声で答えた。

 

『そっか。……こっちも気を付けとく。で、今後の方針は――』

「ああ、まだ二人そろっていないが――」

 

 ブリッジの入り口を振り返る。すると、示し合わせたかのように扉が開き、サファイアが入ってきた。

 

「――そろったな。始めようか」

 

 ヴォルフの言葉にその場の全員の目が引き締まる。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)全体の総司令官、ヴォルフ・ムーロア。副司令官、ズィグナー・フォイアー。空戦部隊――朱雀隊の指揮官となったサファイア・トリップ。強襲部隊――青竜隊の隊長であり、特攻隊長などと陰口を叩かれているカール・ウィンザー。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の教官であり、補充要員として様々な戦況に対応する玄武隊の頭、アクア・エリウス。本人は否定しているが、今回特務部隊――白虎隊の指揮官ポジションに収まったローレンジ・コーヴ。そして……

 

「こら、ワタシ抜きで勝手に始めるな」

 

 鉄竜(アイゼンドラグーン)に属する科学者兼軍事開発責任者、ザルカ。

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が誇る主要メンバーが一堂に会す。本来ならば、本拠地の留守を任されているヒンター・ハルトマンもこの場に通信で居合わせる予定だったが、先の戦闘で通信機が本調子ではないため仕方がない。

 

「では――ザルカ。ゾイドの状態は?」

「負傷機体も多い。修理にしばらく時間を費やす。修復可能な機体をもう一度全機出すには、一週間は欲しいな。ああ、例の機体は気にするな、調整は万全だ」

「サファイア、エリウス、ウィンザー、各隊員の状態は?」

「はっ、朱雀隊は問題ありません。負傷者若干名。ですが、いずれも軽傷で今後の行動には支障はきたさないかと」

「俺様の部下たちも問題ない。あー若干犠牲が出ちまったが、弔い合戦を意識してか士気は上がってる。むろん、俺様自身の怪我もどうということはない」

「海戦部隊の方もどうにか動かせる要員が揃ってる。ワシの直接の部下も問題ねぇ」

「ふむ、ローレンジ。お前の方は?」

『メンバー全員ニクスに散ってる。無事は確認できたし、言われた通り情報収集に励んでる。この後、一旦合流する予定だ』

「ズィグナー、ドラグーンネストは」

「二番艦の右側の鋏が損傷、修復に努めてますが……時間がかかります。一番艦は装甲を削られた程度、心配はいりませぬ」

 

 各メンバーの報告を耳にし、ヴォルフは情報を整理しつつ顎に親指を当て、思考を巡らせる。視線は下に、暗黒大陸の地図上に落とされている。

 思考はこの戦いの結末に向けられていた。ヴォルフは、結末の出来事を()()()()()。正確には、その予感があった。何が何でも()()は避けねばならなかった。そして、そのためには時間が惜しい事が分かっている。

 (PK)はこの大陸のどこかに拠点を持っている。一つや二つではないだろう。おそらく、彼らがこの大陸に足を踏み入れた半年余りの時間ですでに支配を盤石に固めているのだ。それを鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の現存戦力だけで突き崩すのは難しい。

 加えて、目的はそれだけではない。行方不明となったガイロス帝国ガーデッシュ・クレイド率いる特務隊、並びにオーダイン・クラッツ率いる機動部隊の行方を探らねばならないのだ。

 

 散開して捜索範囲を広げるか? それは未知の大陸ではあまりに無謀だ。だが、当初の予定がそれなのだ。状況に応じて柔軟に対応するのが指揮官としての役目だが、状況を深くまで読めない以上、無理に方向転換させるにもリスクは大きい。

 

「……本隊はここを確保。朱雀隊、青竜隊からメンバーをえりすぐり、大陸北部の調査に向かわせる。ローレンジは白虎隊と共に大陸西部を探索だ」

 

 出した結論は、当初の予定通りに動くことだった。細心の注意を払いつつ、痕跡を全力で洗い出す。それに対する向こうのアクションに応じて手を打つ。後手に回るが、情報戦で上を行かれている以上、これは仕方ないと割り切る。

 

「殿下、大陸東部のこの地点、ウィグリド、アース平野辺りにニクス原住民の都市があると聞いております。こちらへは?」

「ガイロス帝国特務隊が行方をくらましたのは大陸北部へ向かうイグトラシル山脈の山越えルートだ。連中に捕まった可能性を考えても、この北部にその痕跡があると見る。ニクス原住民の都市は、敵の主力が待ち構えていよう。今すぐ向かったところで敵の戦力を見ると勝ち目は薄い。まずは周りから探索する。ガイロス、へリック各国も増援を計画していると訊いているからな。奴らと雌雄を決するのは、両国の援軍を得てからだ。だが、此度の戦い主力は我々だ」

 

 エントランス湾の上陸戦ではドラグーンネストの戦力の七割を投入しての戦いだ。だが、ニクスに潜むPKの戦力は元々の兵力に加えて現地で増強されている。今本拠地を攻め行っても、返り討ちは目に見えていた。

 

 あるいは、こうして手をこまねさせて時間稼ぎすることが、敵の本当の狙いなのかもしれないが……。やはり時間稼ぎか。

 

「それから、エリュシオンとの通信復旧を急げ」

「はっ」

「今回の暗黒大陸行きは読まれていた。おそらくガイロス帝国内部……、考えたくはないが、我々の中に内通者がいるかもしれん」

 

 ヴォルフがポツリと吐き出した言葉は、主要メンバーのみならずブリッジクルーにも激震を与えた。今回のPK掃討任務の依頼人はガイロス帝国だ。今回の件については、ガイロス帝国の首脳と密会を重ねた上での隠密行動でもある。

 それが意味することは、すなわちガイロス帝国首脳陣にPKと繋がっている可能性を示唆している。そして、最も怪しい人物もすぐに見当がついた。

 

「見当は、ついているのですね」

「そう見えるか? サファイア」

「ええ」

 

 アイスブルーの瞳から射抜くような視線がヴォルフに向けられた。ヴォルフは、素知らぬ顔でそれを流す。

 

「他に意見は?」

「……ワシから一つ」

 

 エリウスが髪をかき乱しながらある一点を指差す。そこは暗黒大陸の極東地点だ。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が上陸したニクス大陸から切り離された、テュルク大陸と呼ばれる場所だ。

 

「ここ、ここにはなにもねぇのか?」

「事前情報にはその大陸については何もなかった。ただ、現地の者たちの話では、忌まわしき災厄が眠る地、と訊いたらしい」

「災厄……ねぇ……」

 

 思考の表層に浮かんだのは一年前の帝都。町を破壊し尽くしながら我が物顔で闊歩した“破滅の魔獣”。災厄と呼ぶにふさわしい蹂躙劇を見せつけた、彼の魔獣だ。それに匹敵する何かが眠っている。そんな予感が、一同の頭を過る。

 

「他には」

『ヴォルフ。一つ、お前に訊きたいことがある』

 

 次に通信越しのローレンジが口を開いた。普段と違う、言葉を選ぶように躊躇い『なんつーかさ……』と彼らしくもない躊躇があった。だが、程なくして覚悟したのか決然と言い放つ。

 

『お前、()()()()見抜いてる?』

 

 

 

「ヴォルフ!」

 

 蹴破るような勢いでアンナがブリッジに飛び込んできた。ドラグーンネストの扉は船舶よろしく扉が重い。気密性が高く、僅かな隙間から海水を侵入させない作りだ。

 

「あ……」

 

 ブリッジのメンバー全員の視線を一斉に浴び、アンナは場の空気を完全にぶち壊してしまったことを察する。だが、それで躊躇したのは一瞬だった。よほどのことだったのか、謝罪するより先に口が動いた。

 

「あの人――タリス・オファーランドが艦内のどこにもいないの!」

 

 その瞬間、爆発音が艦内に響き渡った。

 

 

 

***

 

 

 

 数刻前。

 

 バンは勇み足で艦内の廊下を進んでいた。それにフィーネも同調する。二人とも、はやる気持ちを抑え込むのに必死で、後から追いかけてきたフェイトが追いつくのに無理をしていることにも気づかない。

 

「いた、ロカイ!」

 

 やがて、ある一室の扉の前で弱った顔をしているロカイを見つけ出したバンが駆け寄る。

 

「バン――っと、どうした? そんなに急いで」

「それはいいから! えっと、あの子は」

「この中だが――っておい! そんなに慌てるんじゃない! まだあの子も落ち着いていないんだから」

 

 すぐさま扉を開けようとするバンをロカイは慌てて止める。

 

「ほら、フェイトだってお前たちに追いつくので必死じゃないか。少し落ち着け」

「え? あ、わ、わりぃフェイト!」

「ううん……平気……ふぅ」

「ごめんなさい。気持ちが焦っちゃって」

 

 フェイトの様子をみて、バンとフィーネは自分たちが想像以上に逸っていたことにようやく気付いた。

 

「と、とにかく、ヴォルフさんに言われたんだ。あの子と話して来いって」

「その状態でか? 今のお前たちじゃ、あの子を警戒させるだけだ。食堂でお茶でも飲んで気持ちを落ち着けてからでも、問題ないだろう?」

 

 ロカイの提案に乗り、四人は一旦食堂へと移動する。食器を洗い終え一休みしていたオルディに一言断り、お茶を用意してもらって一服する。すると、少し落ち着いたのかバンがゆるゆると口を開いた。

 

「えっと、ロカイはさぁ、俺とフィーネがゾイドイヴを探してること、知ってるよな?」

「ああ、ルドルフ殿下の護衛前はそれが目的だったのだろう?」

「そのゾイドイヴなんだけど、フィーネはそれに関係するものとかから意識っつか、記憶っつか……」

「感じるの。ゾイドイヴに関わるなにかを。それで、昨日あの子を見た時、それに似た感じがしたから、もしかしたらゾイドイヴについて知ってるのかなって思って」

 

 バンの言葉を引き継ぎフィーネも説明に加わる。

 所詮は感覚的な話だ。しっかりと理屈を含めて説明することはできない。だが、それでもどうにか説明しようとバンは頭を捻る。ひねり出した言葉とフィーネの補足も含め、さらに熱を籠めてロカイに説明した。

 

「うーん、……つまり、あの子がゾイドイヴに関する何かを知っているかもしれない。だから何とかそれを訊きだしたい、ってことだな」

「ああ! だからここでもたついてる場合じゃないんだ。状況が状況だし、早く訊かないと――」

「――バン」

 

 逸る気持ちでせっつくバンに、ロカイは穏やかな口調で返す。

 

「あの子は、どういう状況でここに来たのかは分からないが、相当せっぱつまっていたんだ。様子からして何かから逃げていたようにおれは思う。今のお前もそうだが、あの子はそれ以上に気持ちが落ち着かないんだ」

「そ、それは……」

「そんな時に今のお前が上からいろいろ訊きだそうとしても無理だ。おれはそう思ったから少し時間を空けようと思った。それに、お前やフィーネ、フェイトならゆっくり落ち着いて話が出来ると、そう思ってヴォルフ様に頼んだんだ」

 

 ゆっくり、諭すように言うロカイにバンは口を詰まらせる。

 ロカイは嘗て共和国に捕らえられた捕虜で、祖国に帰ろうとがむしゃらに足掻いていた。その結果が共和国首都ニューへリックシティでの惨禍で、多数の死者を出したのだ。そして、それを非難し怒りをぶつけ、同時にロカイの事情に哀しみを覚えたのは、バンだ。

 

「今のあの子に必要なのは、気持ちを落ち着ける時間。それを親身に聞いてくれる存在だ。おれと同じ結果――とまでは言わないが、少なくとも今、あの子に詰め寄ることは良い結果はもたらさない」

 

 ロカイの一言一言が、バンの心に染み入る。嘗て、共和国の捕虜だったロカイは、その状況から逃げようと必死で、周りのことなど一切目に入っていなかった。その状況は、バンも苦い後悔と共に覚えている。

 だから、その言葉は逸っていたバンの心を沈めさせることが出来た。

 

「……分かった。ゾイドイヴのことは気になるけど、ひとまず後回しだ。それでいいよな、フィーネ」

「うん」

 

 フィーネはすでに心得ていたように頷く。

 

「じゃ、フェイトも――あれ?」

 

 そう言ってバンは振り返り、そこにフェイトはいなかった。

 

「ロカイ、フェイトは?」

「うん? そう言えば、いつの間に……さっきオルディさんと話していたような?」

「フェイトちゃんならさっき出て行ったわよ~。あんたたちの話が長いから先に会って来るって」

 

 オルディは今夜の献立のメモ帳に視線を落としながらのんびりとした口調で言う。

 

「オルディさん! おれの話訊いてました!?」

「訊いてたわよ~。でも、それはバン君とフィーネちゃんに対してでしょ。フェイトちゃんには必要ないわ」

「だからって――」

 

 ロカイが席を立ち、バンとフィーネも後に続く。オルディはぼんやりとそれを眺め、「ロカイも大変ねぇ~」と呟き、夕飯の仕込みをするため厨房に戻って行った。

 

 

 

 大慌てで部屋の前にたどり着くと、部屋の戸が僅かに開かれる。その陰からフェイトが顔を半分潜り込ませ、バンたちを見つけると手招きする。唇に手を当て、人差し指を立てる姿からは、静かに来いと言っているかのようだ。

 

「な、なんだぁ?」

 

 バンは思わず間抜けな声を出すが、直ぐにフィーネがその口を押え、同じように人差し指を立てる。バンは手で謝罪し、廊下に他の人が居ないことを確認し部屋に入った。次いでフィーネ、最後にロカイが続き、部屋の戸が静かに閉じられる。

 

 部屋は臨時のゲストルームとなっていた。隣は救護班が待機する部屋であり、何かあればすぐに駆けつけられるようになっている。

 そして、部屋のベッドの上にその子は居た。見た目から十歳前後と思しき子は、大きすぎるベッド一つを占領し、しかし布団にくるまって小さくなっていた。

 

「この子ね、リエンっていうんだけど、お願いがあるんだって。それで、バンにフィーネ、それからロカイさんなら協力してくれると思うんだ」

 

 フェイトは向日葵のような笑顔でそう話した。ロカイがバンを諭し始めてからほんのわずかな間だが、たったそれだけでフェイトはリエンと仲良くなったのだろうか。リエンは若干怖気づきながらも、不安そうな視線をフェイトに投げている。

 

 恥ずかしがりなのか、布団で顔の下半分を隠している。首筋でばっさりカットされた真紅の髪は、ここまでの道中がどれほど辛かったか想像させるようにボサボサだ。だが、それが彼の印象を悪くするかと言われればそうでもなく、むしろ神秘的なものを感じさせる。

 フェイトが彼の肩を叩く。元気づけるようなそれに、彼は意を決して顔を隠していた布団を降ろした。ほっそりした頬、両側にゾイド人特有の赤い刺青が入っており、髪と同じ赤――ルビーを思わせるような真紅の瞳が印象的だ。

 そして彼は、声を震わせながら訴えた。

 

「ぼ、僕を……セスリムニルの町に連れて行ってほしいんだ。あなたたちだけで!」

 

 バンは、その状況にどこか既視感を覚えつつ、また、目の前のその子が因縁深い()を思わせる風貌だったことに、驚きを隠せなかった。

 




これで、本章の序章的な部分は終了です。あ、はい、『序章』的な部分が終わりました。やっとです。
次回からは3パーティに別れて、別々の物語になります。

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