ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第51話:友達

 ヴァーヌ平野。

 ニクス南東に広がる大平野地帯は、冬を間近に控えても比較的穏やかな気候を保っていた。北にゲフィオン山脈、西にイグトラシル山脈、東にはもう一つの暗黒大陸、テュルク大陸があった。三方を山々に囲まれ、穏やかな気候を確立したこの地は、大規模な農村が広がる地でもあった。

 

 イグトラシル山脈の山越えという過酷な道筋を通過することが出来たためかバンたちの表情も苦しいものではない。事前にリエンから訊いた情報で、この平野が穏やかであると知っていたからだ。

 平野に広がる田畑は、寒さ厳しいニクス大陸の人々にとって貴重な食料源だ。故に、ここまでくれば安心できると思っていた。

 

 そう、願っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「くそっ、ここもか」

 

 レーダーが捉えたゾイドを判別し、ロカイは舌打ちする。

 ジークドーベルだ。猟犬のように平野のあちこちを嗅ぎ回り、こちらの居場所を見つけ出そうと躍起になっている。これまでトリム高地、イグトラシル山脈と隠れる場所が多く、難を逃れてきたが、この平野では隠れる場所がない。

 ならば山脈に沿った道からセスリムニルに向かえばいい。しかし、それもできない。原因は、深刻な物資の不足だ。

 

 ろくに考えもせずドラグーンネストを飛び出してきたのだ。元から十分な食料は無かったが、それを倹約しつつここまで逃げ延びて来たのだ。それが、ついに底を突き始めていた。今から山越えルートで無駄に時間を費やす余裕は、ない。

 

「なぁリエン。この辺りに補給が期待できそうな村とかないのか?」

「……ある。けど、その村の人たちが連中に協力的じゃないとは言い切れないよ」

 

 リエンはジークドーベルの群れを射抜くように睨み、不愛想に言った。

 最近は少しずつ話してくれるようになったが、それでもこちらから問いかけないとだめだ。自分から話すことなど一切ない。

 「ふぅ」とロカイは重くため息を吐いた。

 この旅はリエンの願いから始まったものだ。あの日、ドラグーンネストの一室での願いは忘れてはいない。

 

『ぼ、僕を……セスリムニルの町に連れて行ってほしいんだ。あなたたちだけで!』

 

 決意の籠った、熱意にあふれていた口調だった。初めて会う人々への複雑な心境。PKに追い回され、その上で会った敵か味方かも分からないロカイ達。それでも、リエンは恐れを振り切って頼み込んで来たのだ。

 バンはその熱意に押され、何としても願いを叶えてやろうと気合を入れた。フィーネは、そんなバンと共に歩んでいくと決めている。ロカイは、自身の成すことに迷いながらも、せめて今居る彼等を守り通そうとここまで同行してきた。

 そしてフェイトは……?

 

 ロカイの中に、疑問が生まれた。そもそもこの旅の発端は、リエンがセスリムニルへと連れて行ってほしいと頼んできたことから始まった。だが、そのリエンは、願いを訴える前までかたくなに口を開かなかった。リエンがそれを言ったのは、勝手に部屋に入ったフェイトと何かあったから。

 

 ――フェイトは、なぜリエンの願いを叶えようとしているんだ? それに、リエンはなぜフェイトにそれを話したのか。

 

 

 

「あ、ロカイ、奴等こっちに来るぞ」

「くそっ、一旦離れるか……行くぞ」

 

 グスタフを起動させ、速やかにその場から立ち去る。セスリムニルから、また遠のいた。

 

 

 

***

 

 

 

 そんな日々が、かれこれ四日は続いていた。少しずつセスリムニルに近づきつつあるが、それに比例して戦闘に陥ることも増えていた。

 できるだけ避けて進もうと心掛けてはいるが、セスリムニルに近づくにつれ、敵の数が徐々に増え始めている。それは、まるで狗たちが狡猾に獲物を誘い込んでいるかのようだ。

 

「いっててて……フィーネ、もちょっと優しく」

「無理よ」

「いやそんな、一言で済ませなくても――いってぇ!」

 

 消毒液を含ませた綿を押し付けられ、バンは情けなく悲鳴を上げた。ジークドーベルの群れとの戦闘に入った際、集団での体当たりを喰らってブレードライガーが吹き飛ばされた時に擦りむいたのだ。

 それだけではない。大小差はあるが、徐々に増え始めた戦闘によりバンは手傷を負っている。そして、バンを援護する為に割って入ったフェイトもだ。

 

「これで、しばらくは保つか」

「うん。このくらい平気だよ」

 

 フェイトも腕に打撲を作ってしまっている。シュトルヒで低空飛行に入った際、ジークドーベルに叩き落されたのだ。幸い機体に大きな損傷はなく、追撃にかかったジークドーベルもロカイが捨て身の覚悟でグスタフの体当たりを喰らわせ、怯んだ隙にバンがとどめを刺した。

 

「情けないな。一番の年長者はおれだというのに、戦闘はお前たちに任せっきりで」

「それは……まぁ仕方ないって。まともに戦えるのが俺のブレードライガーだけなんだし」

「そうそう。それに、わたしロージにゾイドの操縦はいっぱい教えてもらってるもん。小さいからって嘗めないでよね!」

「でも、無茶は禁物よ」

「う、はーい」

 

 直接戦線に立つバンとフェイトほどではなくとも、気遣うフィーネやロカイも多少の疲れが見え始めている。フィーネはバンの補助としてブレードライガーの後部座席に乗ることもあり、バンと共に戦線に立つ。ロカイは出来る限り戦闘にならないよう常に細心の注意と念入りの警戒をしている。

 

「ゴメン。僕の所為で……」

「リエンが謝る事じゃねーよ。気にするなって」

「ああ。怪我したのは、バンの責任だからな」

「ロカイ!」

「はっはは。それだけ声が出せれば十分だ」

 

 食ってかかるバンをさらりとロカイは受け流す。そういうロカイも濃い隈を浮かべ、表面上に表さないようにしつつも隠しきれない疲労が濃く現れていた。バンに軽口を叩きつつも、視線を地図上に落とし今後のルートをずっと考察し続けている。

 

「大丈夫よ。バンもロカイさんも丈夫だから、きっとセスリムニルにたどり着けるわ」

 

 表情が重いリエンを心配したのか、フィーネが優しく語りかけた。それをありがたく思い、だけど、彼らに何も言えなかった。そんな自分に、リエンは腹を立てる。

 

 ――迷惑かけっぱなしだ。僕は……。

 

 

 

 その日は、見つからないよう山の麓の森の中で休むことになった。木々の中にグスタフを隠し、ジークドーベル達を警戒しながらの休息だ。

 口では強がっていたが、連日の戦闘でバンはへとへとだったのだろう。硬いジークの身体を枕に、豪快な鼾を立てて眠ってしまった。ロカイは警戒を緩めないようグスタフのコックピットに座っているが、身体を座席に預け、頭は下を向いていた。フィーネやフェイトも同様。疲れ果て、グスタフの後部座席で眠りについている。

 

 皆が眠りについたころ、ただ一人、リエンだけはそこにいなかった。地図から大まかな場所を把握していたリエンは、現在地からほど近い川に一人で来ていた。

 澄んだ川はゲフィオン山脈から流れ落ちる雪解け水を元に生まれている。穏やかなせせらぎと共に流れる川は、もうじき雪に覆われた平地を流れる唯一の液体へと変わるだろう。ニクス大陸は厳しい寒冷期を迎えるのだから。

 

 ――みんな、もう限界が近い。

 

 川の麓に腰掛け、リエンは彼らのことを思った。

 リエン自身の頼みを、得体のしれないリエンの頼みを快く引き受けてくれたフェイト、バン。それに文句の一つも言わず、ここまで協力してくれたフィーネにロカイ。返しても返しきれない恩を受け取っている。

 

 だけど、だからこそ、もうこれ以上は付き合わせられなかった。

 

 頼んだのはリエンだ。だけど、ここまで過酷なものになるとは、予測と大違いだった。

 バンたちは強い。それは、リエンもここまで一緒にいて分かりきっていた。だけど、もう限界なのだ。

 何故限界か、理由は簡単だった。

 

 士気が尽きかけているのだ。

 

 なんとしてでもやり遂げると言う意思。それが、今のバンたちには足りないのだ。

 現状と似た状況を、バンとフィーネは経験している。一年前の、ルドルフ殿下を帝都ガイガロスに連れて行く旅のことだ。当時は、ガイロス軍は摂政ギュンター・プロイツェンの手中にあった。敵陣の真っただ中を、ひたすらにその中心へと向かう自殺まがいの危険な旅。それを達成できたのは、目的が明確だったからだ。

 バンたちが連れているのは本物の皇太子ルドルフ。その目的は、生きてガイガロスに帰還しプロイツェンの野望を打ち砕くことだ。その目的が明確に示されていた。

 

 対して、リエンはどうだろうか。

 セスリムニルへ行きたいと言う事、PKの支配下にある大地を突き進む現状、よく似ていた。違うのは、ルドルフは目的と素性を明らかにしており、リエンは全て覆い隠していること。その差が、今の現状を物語っていた。

 

 ――ユニアが言ってた、バンとフィーネの旅。僕でダメなのは、人が違うからじゃなくて、僕が何もかも秘密にしているから。

 

 リエンはそのことを知っていた。だからこそ、無謀とも思った秘密裏の行動を頼んだのだ。最初にフェイトにそれを話したのは、ただフェイトが()()()と良く似ていたから。

 

 川面に月が映っている。真っ暗な夜を、煌々と照らす二つの月。真夜中だからか、酷く眩しい。

 

 このままではセスリムニルにたどり着く前に力尽きてしまうだろう。それは、もはや明確だった。それを回避するためには、リエンは全てを打ち明けねばならない。

 

 ――ダメだ! そんなことしたら、きっと……。

 

 仮に打ち明けたとして、彼らは快く協力してくれるだろう。だが、それは彼らをこの先の()()に巻き込んでしまうことだった。ここまで手を貸してくれた彼らだからこそ、リエンはそれに巻き込みたくなかった。

 

 タイムリミットは、もう目前に迫っている。

 

「僕は、逃げたい。……あれに関わりたくない。でも、みんなを巻き込んでしまうのは、もっといやだ」

 

 口に出すと、より恐ろしい事実が想起できた。より一層、怖くなった。

 逃げればいい。心のどこかで、そうささやかれる。

 怖いなら、逃げればいい。全て投げ出し、ニクスの民の役を放棄して、逃げてしまえばいい。所詮、()()()だ。昔から語り継がれてきた、でも、根も葉もない、ただの作り話。だから、いつまでも古い慣習に付き合うことなく逃げればいいのだ。

 囁きは徐々に大きくなる。逃げればいい。誰もいないところへ、自分を知る者のいないところへ。そうすれば、きっと。

 

 

 

「あ、リエン?」

 

 びくりと身体が跳ねた。緊張から、うまく動かせない、ギリギリ身体を捻ると、木々の隙間からフェイトとフィーネが現れた。

 

「よかったぁ。グスタフの近くにいなかったから、どこに行っちゃったのかと思ったよ」

「心配したわ。でも、大丈夫そうね」

 

 二人とも疲労の色が濃い。その姿を見れば、すぐに分かった。

 

「えっと……」

「へぇ~きれいな川だねぇ。あ、もしかして水浴びしようとか? 夜は寒いからやめた方がいいよ」

「ちょっとやりたいな、とは思うけど、今は難しいわね」

「いや、僕はそういう意味でここに来たわけじゃ……」

「眠れない?」

 

 リエンの顔を覗き込むようにフィーネが顔を傾けて腰を下げた。

 

「ちょっと、お話でもしたら気分が紛れるかしら」

 

 「にこっ」と笑いかけ、フィーネは川辺の草木に腰を下ろす。リエンがそれに倣い、するといつの間にかフェイトが持ってきていたコップに川から水を汲み、二人に渡す。

 

「そうね……私のことから、話しましょうか」

 

 そう言いおき、フィーネは自身のことを語り始めた。

 自身が遥か昔、惑星Ziで繁栄した古代ゾイド人の生き残りであること。遺跡で永い眠りについている時、偶然フィーネの対であるオーガノイドのジークを目覚めさせたバンと出会った事。それから、ゾイドイヴの謎を求めて各地の遺跡を巡っていること。

 

「古代ゾイド人?」

「ええ、この大陸にも、私の仲間がいるのかしら……」

「さぁ、どうだろうね」

 

 リエンは曖昧に返す。だが、胸の内ではそれを肯定した。

 リエンは知っているのだ。そもそも、この地(ニクス)に生きる民は皆、古代の大異変を生き延びた者たちの末裔なのだから。

 

「バン……彼と、ずっと一緒に旅をしてきたのかい?」

「ええ、出会ってすぐ、それからずっと。いつも一緒だったわ」

「そう、なんだ。……いいなぁ――あ」

 

 つい口から零れ落ちた言葉に、リエンは思わず口元を抑えた。フィーネは何も言わず優しく微笑んでいる。

 

「じゃあ次はわたしだね! えっとぉ……」

 

 言葉で伝えることがうまくいかないのか、フェイトはどうにか伝えようと言葉を重ねた。

 両親を亡くし、村長の元に身を寄せて暮らしてきた日々。そこに現れたローレンジとの出会い。そして思いついたが吉日という勢いでの旅立ち、それから鉄竜騎兵団のメンバーのことや旅の日々。

 

 その話を訊き、リエンが感じたことは、二人とも孤独だったということだ。

 フィーネは、嘗てを知るものが誰もいない現代に、そこにたった一人で放り出されたのだ。誰も知らない、自分が生きている世界のことも分からない。たった一人で異世界に放り出されたようなものだ。

 フェイトもそうだ。幼いころに両親を亡くし、村でひっそりと暮らしてきた。村の子どもたちや、引き取ってくれた村長との軋轢もあったかもしれない。それでも、強く生き、そして八歳で村の外に出た。自分の意志で。

 

 そしてもう一つ。二人とも、大切な人が居るのだ。フィーネにはバンが。フェイトには、リエンは会ったことがないがローレンジが。

 

 ――二人ともすごいや。僕は……。

 

「……あ、あれ?」

 

 自身の過去を思い返すと、ふと滴が垂れてきた。頬を伝い、コップに湛えられた水に波紋を生む。

 

「さ、次はあなたよ。リエン」

「え?」

「ずっと、心に抱えていても大変でしょう? 大丈夫、ここには、私たちしかいないわ」

「ずぅっと思いつめていても大変でしょ。あの時みたいにさ、ぜーんぶ吐き出しちゃえばいいんだよ。そうすれば、リエンも楽になるし、わたしたちもリエンのことをもっと知れる」

 

 フェイトは、少し申し訳なさそうにしながらも言う。

 

 分かってたんだ。

 リエンは以前、部屋を訪ねてきたフェイトに思わず自身のことを全て話した。フェイトはその全てを余さず訊き、力になると約束した。

 それを、もう一度。そう、フェイトは言っているのだ。

 

 二人の顔を見て、リエンは察した。

 おそらく、フェイトはフィーネにだけ伝えたのだろう。リエンが抱えるものを。

 リエンは、フェイトに全てを話したあの時、誰にも話さないよう頼んでいた。伝わってしまったら、きっと手を貸してくれる。でも、それは手を貸してくれた人が危機に襲われると思ったからだ。

 そのことも、フェイトに伝えていたはずだ。だけど、フェイトはリエンの様子かフィーネにだけは話すと決めたのだろう。

 

「ど、どうして……」

「だってさ、最近リエンちょっと暗いんだもん。なんか考え込んでて。そういうのってね、ため込んで、一気に吐き出しちゃうと後が大変なんだぁ。取り返しのつかないことになるかもしれないから。だからさ、悩んでいることがあるなら、今教えてあげてよ。フィーネにも」

「リエン。私たちのことを気遣ってくれているんでしょう? それは私たちも同じよ。だから」

 

 フィーネの言葉に、全て見透かされていたことを悟らされる。

 その原因が、リエンが感じた通りだとも思っている。だから、今この場を作ったのだろう。事前に自分たちの話をすることで、リエンが話しやすいように。バンとロカイを呼ばなかったのも、フェイトとフィーネなら、同性なら話しやすいだろうから。

 

「で、でも、どうして……」

「どうして?」

「どうして……そこまでしてくれるの? やっぱり、これからのためか? なら、訊かなくていいよ。君たちは僕をセスリムニルまで連れて行ってくれれば――」

「違うよ。リエンが辛そうなんだもん。友達なら、ちゃんと訊くべきでしょ?」

 

 

 

「友……達……?」

「え? 違う? そんなことないよね! わたしはリエンがいろいろ教えてくれた時から友達だって、そう思ってたんだよ?」

 

 フェイトは慌てながらも訴える。だけど、そんなことは気にならなかった。リエンの頭では、フェイトの言葉がいつまでも響き続けている。

 

「友達って……僕が? いいの? それで?」

「いいのって、わたしはずっとそうだと思ってたよ。違うの……?」

「い、いや、そういうことは……」

 

 自分でも何と言っていいか分からなかった。だが、たった一つの感情だけは、理解できる。友達と言ってくれたことに、リエンは、

 

 ――嬉しい。

 

 初めてだった。そんな相手、一人もいなかったから。

 邪魔にならないよう、フィーネは黙って二人の会話に耳を傾けている。だがフィーネも同じであることは、明確だった。

 

「ホントに、ホントに僕は友達でいいの?」

「えっと、いいの訊かれるのも変だと思うけど……友達、だよね?」

「フェイト、自信もって。そう思ってたし、そうなりたいんでしょ」

 

 フィーネが背中を押してくれる。それは、フェイトに対してであり、リエンに対してもだ。

 『友達ってのは、フェイトちゃんみたいな子のことさ』

 数日前のラインの言葉を思い出す。あのころから、いや、それよりもずっと前、初めて会った時からフェイトは友達と思って関わってきたのだ。

 

「うん。リエンがどんなことを溜め込んでるのか、わたしには少しは分かるつもりだよ。あの日、訊いたから。リエンが言う様に、とっても危ないんだと思う。でも、わたしは友達だから、リエンの力になりたい。そのためにもリエン。フィーネにも話してあげて、リエンのことを。全部共有? すれば、わたしたち本当の友達になれるから、ね!」

 

 そこまで言われて、口を噤み続けることはリエンには出来なかった。コップの水を飲み、喉の奥を冷たい水で潤す。せり上がっていた想いを飲み込み、しっかり伝えるんだ。

 

「分かった。じゃあ話すよ」

 

 一呼吸空け、リエンは語り出す。

 

「まず僕の名前。『リエン』っていうのは、あの場での即興。――僕の本当の名は、マリエス・バレンシア。ニクスに伝わる災厄、『惨禍の魔龍』の封印をつかさどる巫女の家系で、当代の封印の巫女だ」

 

 真紅の髪を揺らしながら、リエンは決然と言った。

 

 

 

 

 

 

 それがやって来たのは、今から半年以上前だ。エウロペで起こった『破滅の魔獣』の再誕。その事態を知ったニクスの人々は一人のゾイド乗りを調査に派遣することとなった。

 相手は彼の『破滅の魔獣』だ。半端なゾイド乗りでは、巻き込まれて命を落としかねない。そのため、ニクス最強のゾイド乗りの座にある、ジーニアス・デルダロスが調査に向かうこととなった。

 ニクスの地でのしきたりでは、最強のゾイド乗りであり、彼の黒龍に認められているジーニアスは巫女の護衛を役としていた。しかし、破滅の魔獣の脅威を考えれば、その決定は仕方のないことだ。それに、巫女であるマリエスにとってもジーニアスは苦手な部類で、一時とはいえ離れてくれるのはありがたかった。

 

 それから数ヶ月ほどは、とても安らかな日々だった。

 ジーニアスは人相が良いとは言えず、そんな男が常に警護として張り付いているのだ。しかもジーニアス自身もしきたり等を嫌う人種だ。必然的に、ジーニアスもマリエスも互いに互いを嫌う、ぎすぎすした空気の中過ごす羽目になっていたのである。

 そのジーニアスがいない。マリエスにとって、それは窮屈な空間によどんだ空気と一緒に押し込められていた環境が、一変に改善されたも同然だった。

 

 無論、巫女としての役割が無くなる訳ではない。外出できる時間は限られ、『惨禍の魔龍』を封印するための神事を毎日こなさねばならない。それでも、ジーニアスという存在がいない日々は実に開放的だった。

 月に一度の封印の地に出向く際は、ひっそりとその地に暮らす知り合いを訊ね、外出が許される時間は湖まで釣りに出向き、こっそり借りてきた古代の文献を読み漁る。警護と監視を最悪の空気と共に行うジーニアスがいないのは、本当にありがたかった。

 

 

 

 そして、数ヶ月が過ぎたある日、ジーニアスは帰還した。災厄の始まりを告げる、(PK)たちを引き連れて。

 ジーニアスは、エウロペで邂逅したPKと共謀し、ニクスを襲撃した。ニクス最強と謳われた腕前とゾイド、さらにゾイドを素手で制するという規格外のジーニアスに対抗できる者は、ニクスにはいない。その上エウロペで戦争に携わってきたPKの精鋭とそのゾイドたちが居るのだ。ニクスの人々は、抵抗空しく彼らの蹂躙を許し、太古から続くニクスの大地の支配をあっさりと譲り渡す羽目になったのだ。

 それに至るまでの時間は、一ヶ月もかからなかったほどだ。

 

「PKの目的は、このニクスで増強した戦力を持ってエウロペに凱旋することだと思う。そのために、あいつらは『惨禍の魔龍』を求めたんだ。そして、封印の鍵の一つである僕を欲している」

「だから、逃げてたのね」

 

 フィーネの言葉に、マリエスは小さく頷いた。

 

「本当は、あの時に死んでしまおうと思ったんだ。僕が死ねば、『魔龍』を復活させることは叶わないって、そう思った。だから――」

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)上陸の時だ。戦場を確認したマリエスは、それに巻き込まれて終わればいいと、本気で思っていた。だが、デッドボーダーが打ち抜かれていく様を目の前で視認し、恐怖を覚えた。それに乗っていた人物を知っていたから。祖父の様に優しかった老パイロット。デッドボーダーの搭乗者、バー・ミリオンを。

 だからマリエスは、バンに見つかった時に叫んだのだ。「助けて、殺さないで」と。見知った人物の死からみた恐怖に、決意を緩ませてしまった。

 

「結局、あれから自殺しようにも怖くてできないくて……その時にフェイトに会ったんだ」

「わたし?」

「うん。フェイトは、僕の知り合いによく似ててさ。不思議だけど、話しやすかったし、頼りにしたかったんだ。セスリムニルに行きたいって言ったのも、フェイトならきっと叶えてくれるって、そう思ったから」

「そういうことなら分かる気がするなぁ。わたしもロージに始めてあった時にそんな気がしたんだ。とっても頼りになりそうって。一緒に居たいって」

「なら私も。バンは、いつでも助けてくれる、きっと何かを成し遂げてくれるって、そんな気がするのよ」

「ははは、なんか、のろけ話訊いてるみたいだよ」

 

 マリエスは苦笑する。その表情は、今までのような硬いものではなく、彼女の素の姿の様に、二人には思えた。

 

「……セスリムニルには、PKに対抗しようっていう人がひっそり集結している。レジスタンスの本拠地が隠されているんだ。だから、僕もそこに行きたかった。君たちもPKに対抗するために来たんだろうけど、僕は見知らぬ彼らより一緒にこの地で育ってきた人たちの方が信じられたから。……ごめん、もっと早くに言うべきだったね」

「そんなことないわ。今でも遅くはない。ありがとう、話してくれて」

 

 フィーネがマリエスの頭を撫で、諭すように言った。この場での最年長はフィーネだ。優しく諭す姿は、三人の中では一つ年上の先輩と言ったところか。ならばフェイトは、元気のいいムードメーカーだろう。

 

「わたしたち友達だもんね。これからもよろしく」

「……うん。よろしく、フェイト、フィーネ」

 

 フェイトが差し出した手をマリエスが握り、その上からフィーネが覆った。

 

 

 

「あ、そうだ! 本当の友達が出来たし、ロージのことを紹介してあげるよ」

「ロージ……って」

「フェイトのお兄さん。彼もとっても強いし、頼りになるわ。きっとリエン――あ、マリエス?」

「どっちでもいいよ」

「そう、それならこれまで通りリエンで。きっと力になってくれるわ。ヴォルフさんたちに話すより、まずはローレンジさんに通しておいた方がいいわ」

 

 フィーネがローレンジのことを話す間、フェイトは持ってきていた小型の通信機を取り出す、少々乱暴に弄りながら、ある周波数につなぐと雑音交じりに声が聞こえ始めた。

 

『こんな……夜中に、なんか用か?』

「あ、ロージ! わたしだよ」

『んだよフェイト。脱走したってヴォルフが嘆いてたが、何やってんだお前ら』

「えっとね、リエンってわたしの友達のお願いでセスリムニルって町に向かってるの」

『へぇ、お前に友達ができたのか』

「あ、えっと、マリエス・バレンシアです。妹さんにはお世話に――」

『お、随分と礼儀正しい子だな。フェイトはけっこううるさいだろうけど、仲良くしてやってくれ』

「ちょっとロージ!」

「まぁ、確かに騒々しいですけど」

「リエンまで!」

 

 その後もフィーネも混ざってフェイトを茶化し、場は小さなお茶会の現場の様だった。通信先でローレンジは苦笑しつつ「まったく、こっちの気も知らないで」と呟く。フェイトが話題を断ち切る意味も込めてそれについて問いかけるが、ローレンジにはぐらかされた。

 

 ひとしきり談笑した後、フェイトでは支離滅裂な説明になるためフィーネとマリエスで状況を説明する。マリエスの境遇や役割についても、マリエス本人の口から説明した。

 

『なるほどね。……道理で、こりゃ厄介だ』

「ローレンジさん?」

 

 何か納得したようなローレンジに、マリエスは少し疑問に思った。ローレンジが向かったという大陸の西側はほとんど人が住んでいない。ニフル湿原周辺は狂暴な野生ゾイドの生息地で、人が住むには危険すぎるのだ。

 

『いや、ちょっと思うとこがあってな。ありがとよ。辛いだろうに、顔会わせたこともない俺にそこまで話してくれてよ』

「フェイトのお兄さんなら、信じていますから」

『過剰な信頼だな。フェイトには』

 

 通信先でローレンジは笑った。どこかつっかえていたものが落ちたような、快活な笑い声だ。……そこに若干の諦めを感じたのは、マリエスの考え過ぎなのだろうか。

 

 

 

『ま、ヴォルフには何とか伝えとくよ。そっちも気を付けてな。ナイツの連中、かなり厄介だ。――あ~そうそう、()()には気を付けろよ』

「天馬?」

『フェイト。マリエスにフィーネ、それからバンとロカイを困らせんじゃねーぞ』

「そんなことないもん!」

 

 フェイトが軽く怒って返すより早く、ローレンジは笑いながら通信を切った。フェイトが通信機に向かってぶつぶつ文句を言う姿が、光に包まれる。見上げると、いつの間にか朝日が顔を出していた。

 

「もうこんな時間、戻りましょうか」

「そうだね。ごめん、こんなに時間かけて」

 

 そう言いつつ、マリエスの表情は覗いた朝日の様に晴れやかだった。自分でもわかる、この一夜で、だいぶ気持ちが楽になった。戻ったら、バンたちにも説明しなきゃならない。この旅の目的を、そして、その終着点を。

 マリエスは、覗いた朝日に背を向け、光を一身に浴びながら、歩き出す。

 

 

 

 その少し前に、足早に森を駆けて行く気配が少し気になったが。

 

 

 

***

 

 

 

 戻ってくるとバンとロカイはすでに起きていた。バンはジークを伴って準備体操。ロカイは朝食の準備を終え地図を睨みつけている。

 

「あ、あの、二人とも、話したいことが――」

「そんなのは後にしようぜ。さっさと飯食っちまえよ。早くしないといけないんだろ」

「もう食料も少ないからな。ここからは今まで以上の強行だ」

 

 マリエスの言葉を遮るように、バンとロカイは口々に言うとそれぞれの成すことに集中する。

 

「あの……」

「なぁリエン」

 

 なおも話そうとするマリエスに、バンが言う。準備体操を中断し、マリエスの肩に手を乗せ、バンは脳内で必死に言葉を練り上げるように、言った。

 

「余計なことは言わなくていい。俺たちはお前の友達だし、仲間だ。お前のやりたいことは全力でサポートしてやるから、お前は――お前は……泥船に乗ったつもりで」

「それを言うなら大船だ。泥船ではすぐ沈むだろう」

「そだっけ? まぁとにかく! 俺たちを信じろ! な!」

「あ……はい」

 

 思わず呆けた状態で返事をしてしまう。そして気づいた。ひょっとして、二人にも訊かれていたのではないかと。なら、

 

「バンさん! ロカイさん!」

 

 いきなり大声を出したからか、二人だけでなくフィーネとフェイトの視線も集まった。少し恥ずかしく思いながら、ケジメだと自分に言い聞かせ、マリエスは頭を下げる。

 

「あと少し、僕の所為で大変な目に遭わせてしまいますが、よろしくお願いします!」

 

 空を遮る森の木々の葉、その隙間から朝日が零れ落ち、湿った森をキラキラと輝かせていた。

 




これにて結成、惑星Ziの三人娘(笑)

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