ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第52話:セスリムニルへ

 ヴァーヌ平野は広い。北からの風をゲフィオン山脈が受けきってくれるため、極寒のニクス大陸にあって、比較的穏やかな気候を生んでいる。その広大な平野には多くの農作物が植えられている。この地は、ニクス大陸の一大農作地なのだ。

 農業用の小型ゾイドが主人と共に農地を耕し、様々な作物の種を植え、育てていく。ゾイドたちの機械的な、しかし穏やかな鳴き声が響き渡り、時期が来れば豊富な作物が一斉にその実を実らせ、自然の恵みを人々にもたらす。人々はゾイドを操り、または自分の手で農作業に精を出し、流れる汗をぬぐって北に聳える雄大な山景を望む。

 エウロペの戦乱とは大きく違う、牧歌的な雰囲気が漂っていた。

 

 

 

 それも、過去の話だ。

 PKに侵略された現在、必要な食料の多くを徴収され、全盛期と比べれば痩せ細った体に鞭を打ち、侵略者の食料を育てる。それは、侵略された国の姿でもあった。

 

「酷い、ここまで酷使されてるなんて……」

 

 嘗てを知るためか、その惨状を目の当たりにしたマリエスの声には様々な感情が籠っていた。農業で生計を立てているウィンドコロニー出身のバンも、怒りを内に湛えながらその景色を目に焼き付ける。

 

「場所は違えど、侵略者と蹂躙される者の関係はどこも同じか」

 

 ロカイは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に着き従って旧ゼネバス国民の住む町を巡ったことがある。今だ拭われていない敗戦国の国民の惨状を想起し、現状に重ね合せて嘆くように言った。

 

「セスリムニルも占領下にあるんだな。そのレジスタンスの基地というのはどこに?」

「町の南側です。入り江に洞窟を切り開いて作ったと、そう聞いています」

 

 地図上にマリエスが書き込み、ロカイに手渡す。

 その場所をグスタフのモニター上の地図に示し、ロカイは操縦桿を握って操作した。畑の周囲には毎度の如くジークドーベルが歩いている。巡回のためか、農業従事者の監視のためか。

 

「あいつら……俺がぶっとばして!」

「バン堪えろ。今戦ったら町の中から山の様に敵が湧いてくるぞ。疲労しているおれたちに勝ち目はない」

「くそっ!」

 

 バンは座席を強く叩いた。その横で、フェイトはじっと外の景色を睨んでいた。

 

「スレクスも……ああだったのかなぁ……」

 

 

 

***

 

 

 

 セスリムニルの町から南へ数キロ。そこにはゲフィオン山脈から流れる川の終着点である河口があった。ゲフィオン山脈から流れる川はいくつも存在するが、その川はその中でも最も大きな川である。名を『ゲヴン川』という。

 河口と海を繋ぐ境界線は嘗ての地殻変動の影響で大きな崖と化しており、それは現在も残されていた。そして、その崖の壁面にぽっかりと大きな穴が口を開いている。周囲を崖に阻まれ、西のニクス大陸と東のテュルク大陸を別つように生まれた海域であるそこは、見つけることも難しい。下は深い谷間と海、周囲は崖に囲まれ飛行ゾイドでも発着は難しい。

 

 崖から張り出した僅かな隙間、綱渡りをするような細い道を、グスタフは少しずつ進む。

 

「なぁリエン。他に道は無かったのか?」

「ごめん。僕もずっと軟禁されてて……この場所のことは間者に教えてもらったけど、侵入方法とかは訊いてなくて」

 

 バンの問いに、申し訳なくマリエスは俯いた。マリエスは気にしすぎる性質のようで、バンは手を振ってそれを制す。

 

「いや、気にしなくていいさ。俺たち、何にも分かんないままここまで来ちゃったんだもんな」

「そうそう。だから――頑張ってね、ロカイ」

「話しかけるな。ゾイドで綱渡りなんて肝が縮む」

 

 額に脂汗をにじませながらロカイはグスタフを動かした。グスタフの車輪は、ギリギリ崖の隙間に乗っているが、少しでも踏み外せば一気にがけ崩れを起こし、そのまま真っ逆さまだ。シュトルヒとブレードライガーを先行させればよかったのだが、ジークドーベルの警戒が激しくなっているため一か所に留まるのは避けたい。

 フィーネはグスタフのキャノピーから海を見下ろす。そして一言。

 

「落ちそうですね」

「落ちたらだめなんだよ!」

 

 フィーネの不吉な言葉にロカイはやけになりながら返す。

 しかし、その心配も杞憂に終わり、グスタフは洞窟の入り口に降り立つことが出来た。最も緊張していたロカイが、やっと落ち着けると大きくため息を吐き出す。

 そんなロカイに、フィーネから一言。

 

「落ちませんでしたね」

「落ちたらだめなんだよっ!!」

「はい、それじゃ、行きましょうか」

 

 ロカイのツッコミにフィーネは平然と、素知らぬ顔で涼しく返す。フィーネなりの気休めだったのか、ロカイはしばし頭を抑え、「行くか」と独り言のように呟いた。

 

「たぶんさぁ、フィーネ、緊張をほぐそうとしてくれたんだよね。だけど」

「ああ、ジョークになってないんだよなぁ」

 

 バンとフェイトが囁き、それにマリエスは愛想笑いを浮かべた。

 

 

 

 その時、洞窟内からまばゆい光が襲いかかる。

 照らし眩しさにそれぞれ目を庇う中、洞窟の奥からいくつかのゾイドの足音が響く。洞窟の壁に反響し、まるで全方位から囲まれているかのような錯覚を覚える。

 

『何者か!』

 

 洞窟の奥から声が響く。

 徐々に慣れてきた目で奥を見やると、そこには黄色いゾイドが居た。タイガー系のゾイドに似た頭部に四肢。四足歩行の猛獣タイプだ。全身黄色く、ところどころが黒い機体色。大きさはセイバータイガーより少し全高が低いほど。

 背部からは大型の砲塔がせり出しており、グスタフに照準が合わされている。

 バンたちも警戒し、どう答えたものかと思考を巡らす。だが、それより早く、マリエスが動いた。

 

「ロカイさん、開けてください」

「知っている相手か?」

「はい」

 

 淀みの無い答えにロカイも頷き、キャノピーを開いた。マリエスが立ち上がり、赤いゾイドを見据えながら口を開く。

 

「お久しぶりです。オスカーさん」

『……まさか、姫様……?』

 

 その効果はてきめんだ。赤いゾイドのコックピットが開き、中から一人の男が駆け出してきた。オレンジの短髪の男性。その瞳は、優しげな光が湛えられていた。

 

「間違いない、姫様!」

「オスカーさん、無事で何よりです」

 

 

 

***

 

 

 

 洞窟はかなり深く作られていた。ヴァーヌ平野の地下に広がる洞窟は、嘗ての採掘の跡らしく、そこを少しずつ掘り進めて作られていた。洞窟は途中で分岐しており、その先はニクスの首都、ヴァルハラに通じているらしい。もしものことが起こった際の脱出路としての役割があてがわれているのだ。

 

「連中に攻め込まれた際、ヴァルハラも落とされ脱出できたのはほんの僅かです。姫様も捕われたと訊き、もはや万事休すと覚悟しておりました」

 

 首都ヴァルハラがPKの攻撃を受けた際、外部との戦闘を長らく忘れていたニクスの人々は大いに浮足立った。その隙に彼らの素早い侵攻を受け、ニクスのトップともいえるマリエスの脱出すらままならず、ニクスの戦士たちは再起を期してニクス各地に散った。その後、少しずつこの反乱拠点に集結しつつあったのだが、マリエスが一人でヴァルハラを抜け出し、こうして拠点にやって来たのは想定の範囲外だ。

 無論、嬉しい誤算であるが。

 

 その日は一時の休息となった。実質的なニクスのトップであるマリエスが帰還した事、それはPKへの反乱を企てていたオスカーを始めとするレジスタンスメンバーの士気を大いに引き上げてくれる。

 

 マリエスの帰還を助けたバンたちへの待遇も相当なものだ。人々から口々に礼を言われ、決して多くないだろう物資を振舞っての歓迎。ここまで少ない物資を切り崩しながらの旅を進めてきたバンたちにとって、この宴は非常に嬉しいものだった。

 たくさんの料理が振舞われただけではない。ここまでの道中のことやPKの戦力、それを確認する為という理由もあり宴は夜遅くまで続いた。

 特にバンへの待遇は大きかった。バンが『破滅の魔獣』を倒したという話は、PKがニクスへ侵略する発端となった出来事でもあり、ニクスの人々も強い関心を持っている。バンはフィーネと共に、その時の話を説明するので手いっぱいだった。

 

 

 

「少し騒がしくなって、申し訳ない」

 

 そんな宴の様子を眺めていたロカイの元に、一人の男がやってきた。この基地にたどり着いた時に出迎えた人物、オスカーだ。

 

「いや、気にしないでください。おれたちも、久しぶりにまともな食事にありつけてうれしい限りです。えっと――」

「失礼、ヴァルハラで姫様の教育係を担当していました。オスカー・ウラクニスと申します」

「オスカー殿。おれは、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のロカイと申します」

 

 互いに自己紹介をし、握手を交わす。すると、オスカーは水の入ったグラスを指し出す。

 

「せっかくの出会い、ワインで乾杯と行きたいのですが、生憎嗜好品はもう残っておりませんので……全く、こんな状況だというに、どこぞの誰かが飲み干したとか。申し訳ない」

 

 オスカーは申し訳なさそうに、しかし苦笑を浮かべながら言った。どこか親しみの籠ったその仕草に、ロカイは好感を覚える。

 

「構いませんよ。明日からも忙しくなるのでしょう。……よろしければ、そちらの状況を教えて頂ければありがたいのですが……」

「――それならば私からお教えしましょう」

 

 そこに、澄んだ女性の声が割り込んできた。振り返ると桃色の長髪を流す、はっとするような美人がそこに立っていた。

 

「コーリン! 戻ってこれたのか」

「ええ、どうにか。でも、なんだかすごいことになっていますね」

 

 コーリンと呼ばれた女性は周囲の喧騒を見渡しながら、呆れ半分で言った。

 

「ああ、彼らが姫様をここまで連れて来てくれてな。おっと、紹介していないな。彼女は先日までPKの内部に入り込んで調査をしてくれていた――」

「ユニア・コーリンと申します。あなたがた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のことは存じております。ジーニアスが、申し訳ないことを」

 

 被っていた帽子とゴーグルを外し、ユニアは頭を下げた。美しい桃色の髪が動作に従ってロカイの前で舞い、ほんのりと甘い香りを漂わせた。見た目にも美しいユニアにそのような動作をされると、ロカイとしては答えに戸惑った。

 ただ、同時に思うこともあった。

 

 ――ウィンザーがこの場に居たらなんと言ったか。

 

 ニクスに来る前のビーチでのウィンザーとのやり取り、それを思い返すと、どこか嘆息が漏れてくる。

 落ち着くと同時に、ロカイは一つ疑問を持った。ユニアは『ジーニアスが』と語った。ジーニアスとは、初めて聞く名だ。

 

「ジーニアスは黒龍――ガン・ギャラドのパイロットです。あなた方と交戦したと訊き、一度謝罪すべきと思いまして」

「ああ。ですが、なぜ謝罪など? 彼はPK側でしょう?」

「いえ、……ジーニアスは、私の幼なじみです。ただ戦いの場を求めるためだけに、彼はあちら側についたのです。そもそも、彼ら(PK)をニクスに引き入れたのも彼です」

 

 ユニアの言葉に、ロカイは納得する。見知った人間の所業ならば、謝罪の一つも出てこよう。ただ、そう語るユニアに、ロカイはどこか違和感を持った。それが何かと言えば……。

 

「ジーニアスがあちらに着いてるのは厄介です。だが、希望は断たれておりませんぞ。姫様が無事帰還成されたのだ。これで『惨禍の魔龍』の復活の可能性を断つこととなったのだからな」

 

 酒を飲んでいないのに、オスカーは酔ったような勢いで話す。その勢いと、話に含まれた言葉の一つがロカイの意識を引き付けた。この旅の中でマリエスから訊いていたニクスの災厄のことだ。

 

「『惨禍の魔龍』ですね」

 

 表情でそれを察したのだろう。ユニアが目を伏せながら言った。

 

「ええ、リエン――いや、マリエスからも深く訊けていないのです。あまり話したくないことの様で」

「封印の巫女は“それ”について言及してはならないのです。言霊――それを恐れているのです。私は、そのようなモノに意味はないと思いますが」

 

 コーリン――ユニア・コーリンと名乗った女性は、そう前置きしてから話し始める。

 

 

 

 嘗て、ゾイドの発祥とされたエウロペの大地で、あるゾイドが生み出された。その名はデスザウラー。後の世に『破滅の魔獣』と恐れられる狂気のゾイドである。

 

 デスザウラーが生み出されたのは、嘗ての人と人との争いの果てである。敵対者に勝つために、とある古代ゾイド人が最強のゾイドを生み出そうと研究を重ね、その末に生み出したのだ。だが、デスザウラーはあろうことか開発者の古代ゾイド人にも、さらに惑星そのものに牙を剥いた。

 千を越えるゾイドがデスザウラー討伐のために戦いを挑み、敗北したと言う伝説すら残る。

 その余りの力に、デスザウラーは古代ゾイド人の大半の犠牲の末に封印されることとなったのだが、当時の古代ゾイド人は力をねじ伏せる力を目指した。

 すなわち、デスザウラーを越えるゾイドを生み出し、デスザウラーを倒すのである。

 

 その研究の果てに生み出されたのは二体の巨大ゾイドだ。その片割れが、ニクスの地に伝わる『惨禍の魔龍』である。もう一体は、ニクスでもなくエウロペでもない、デルポイの地で眠りについたと伝わっている。

 

 『惨禍の魔龍』の力は圧倒的だった。デスザウラーと違って空を駆けるゾイドであった『惨禍の魔龍』は、デスザウラーの到達できない高空からの強襲でデスザウラーに対抗した。

 だが、その開発は古代ゾイド人たちの驕りの塊でもあった。

 

 『破滅の魔獣(デスザウラー)』を越えるゾイドの開発は、デスザウラー以上の強大な力を生み出すことである。

 

 当初はデスザウラーと争った『惨禍の魔龍』だが、その本質は『破滅の魔獣(デスザウラー)』と全く同じだったのだ。

 魔獣と魔龍の争いは惑星Ziそのものを崩壊させるほどの激しいものへと激化していく。もう一体の巨大ゾイドの投入も、結果的には争いを激化させる油でしかない。デスザウラーを倒し、星に平和をもたらすはずだった魔龍は、野生の本能を見出し、縄張り争いという名の『惨禍』を惑星にもたらしたのだ。もう一体のゾイドと共に、三つ巴の縄張り争いの果てに惑星Ziの文明を全て破壊した。

 

 古代ゾイド人はそこに来てようやく気付いた。力で力をねじ伏せることが、どこまで無意味なことか、その果てにあるのが、崩壊しかないことに。

 

 これ以上の破壊を防ぐため、古代ゾイド人が編み出した策は魔物たちの封印だった。

 魔獣には二体のサソリ型ゾイドを。

 魔龍には天馬と龍のゾイドを。

 もう一体のゾイドにも、同様に封印をつかさどるゾイドを。

 

 そして、それぞれの封印をつかさどる役割を持った古代ゾイド人を宛がい、それぞれのゾイドを封じることに成功した。

 

 また、魔獣の封印には、もう一つの要があったとされるが、それははっきりしていない。

 

 

 

「これが、私たちニクスの民に伝わる伝承です」

「魔獣に魔龍、そしてもう一体のゾイド。三体の伝説のゾイドの争いですか……」

 

 それは、ニクスの大地のみならず、エウロペの地にも関わる伝承だった。

 この話を、いずれフィーネにも話すべきなのだろうか。フィーネの求めるゾイドイヴに関する事柄だと言うのは、ロカイもすぐに気付ける。

 

「ちなみに、おれの興味本意ですが、そのデルポイに封じられたゾイド、というのは?」

「申し訳ありません。そちらは、私たちの伝承でも詳しいことは語られていないのです。しかし魔獣と魔龍と同じ、決して目覚めさせてはいけない存在――『轟雷の魔神』と、それだけです」

「でしょうね。あのデスザウラーと同系のゾイドがこの星にまだ二機眠っている。そう考えただけで、芯が凍りつきそうだ」

 

 グラスの水を流し込み、ロカイは吐き出すように言った。ロカイがデスザウラーを見たのは遠目で、だ。直接ぶつかり合った訳ではない。しかし、ガイガロスの外から望んだデスザウラーの威容は、目に焼き付いている。

 そのデスザウラーも、原形(オリジナル)ではないとザルカが話していた。つまり、本物のデスザウラーはあの比ではないということだ。嘗て惑星Ziを崩壊させたデスザウラーの脅威。想像するだけで恐ろしい。

 

「その、魔龍の封印というのは?」

「三重構造になっています。この話は、オスカーさんや姫様の方が詳しいかと」

 

 ユニアが視線を投げると、オスカーは軽く肩を竦めつつ、話し出す。

 

「以前姫様から訊いた話です。私如きが話していいのか――いえ、あなたには知っていてもらいたいですね」

 

 そう前置き、オスカーもグラスの水を一気に飲み干す。

 

「一つ目の封印は、封印の地にあります。そこに魔龍の封印装置があり、それを解除できるのは代々封印の巫女の家系にあるものだけ――つまりは姫様の家系です。二つ目の封印は、ゾイドによる封印。先ほどの伝承でも出ましたが、二体のゾイドが封印をつかさどっています。一つは天馬。このニクスの地のどこかに封じられているそうですが、未だ発見されておりません。それに、発見させるつもりもありません。もう一体は、巫女の護衛役を見定める役を負っており、我々は封印当時からずっと共に過ごしてまいりました」

「共に……すると、当時から現代までずっと動き続けていると!?」

「あなた方も争ったでしょう。あのゾイド、黒龍――ガン・ギャラドと」

 

 ガン・ギャラド。その名にロカイは肝を掴まれる思いだった。海上での戦いで鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の空海戦力を蹂躙した黒龍。卓越した技術を持つエリウスと、実験的にディオハリコンを導入したレイノスが居なければ、あの時点で海の藻屑だっただろう。何度攻撃されても決して朽ちない、決して倒れることの無かった黒龍。必殺の一撃を喰らい、翼を引き裂かれてなお健在だった姿がロカイの脳裏に焼き付いていた。

 

「ガン・ギャラド……あのドラゴンゾイドだよな!」

「ロージとジョイスを海に落とした。あいつだよね」

 

 何時から訊いていたのか、バンがその名に目ざとく反応した。フェイトも当時を思い返したのか、苦い表情になった。

 

「二人とも、いつから訊いてたんだ」

「え? 伝承の話あたりかな。すっげぇ難しい顔してるからさ、何かと思って。そういえば、フィーネがリエンに感じる物があるって言ってたけど……フィーネ、どう?」

「ごめんなさい。分からないわ。デスザウラーの事も、その魔龍のことも……」

 

 いつの間にかバンにフィーネ、フェイトも集まっていたようだ。ただ、ここで口論しても始まらないと、ロカイは続きを促す。

 オスカーは、僅かな躊躇いの先、一気に吐き出すように告げる。

 

「最後は時です。封印の地が純白に覆われ、太陽と二つの月が全て重なり合うその時、封印の巫女と封印のゾイドによる儀式の果てに、魔龍は再誕する、と」

 

 伝承を訊き、彼らは揃って重苦しい空気に包まれた。

 

「ですが、魔龍の復活はないと言っていいでしょう。幻獣の所在は我々も掴むことは出来なかった。それに姫様がこちらに居られるのだ。やつらは、封印の要を二つも揃えていないのだからな」

 

 オスカーが空気を換えようと陽気な調子で語った。

 ともかく今日は楽しもう。そして、明日からの戦いへの英気を養うのだ。そんな思考を撒いて、ロカイ達もそれを受け入れ、ささやかな宴は、その後和やかな調子で続いた。

 

 

 

 それを尻目に、マリエスは一人その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 洞窟はヴァーヌ平野のある場所までつながっている。人知れず開いた穴が、もう一つの出入り口だ。月明かり照らす平野に顔を出したマリエスは、雲一つない星空を見上げた。

 マリエスが来たこと、そしてロカイが鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)との橋渡し役となってくれるため、オスカーは鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)との接触を試みると言う。

 PKの目的はエウロペへ帰る事。ニクスの民の一部の望みは、彼らに便乗して暮らしやすい南の地への移住――侵略だ。ニクスの民はこれまでの暮らしを守り続けようと言う“保守派”と住みよい大陸への移住、侵略を目論む“改革派”に別れている。マリエスたちは無論前者であり、後者の考え方の者たちはPKに協力し、ヴァルハラで戦力増強に努めている。

 

 ――どうして、僕らはこうも別れてしまったのだろうか。

 

 一面の星空を望みながら、マリエスは思う。これまでの暮らしを守り、細々と生きて行こうとしていたニクスの情勢は一気に変化した。マリエスの望まぬ、過激な方向へと。

 オスカーたちは改革派の考え方と相容れず、直接叩いて無益な争いを止めようと奮闘してきた。しかし、本当にそうするしかなかったのだろうか。話し合って向かう先を変えることは出来なかったのだろうか。

 もしできなかったのなら、その原因は……。

 

「リエン」

「……なんだ、フィーネか」

 

 振り返ると、洞窟から出て来たフィーネが居た。マリエスと同じように草原に腰を下ろし、星空を望む。

 

「さっきの話、魔龍のことを訊いて分かったの。リエン、あなたは古代の記憶を受け継いできたのよね」

「……その話か――そうだよ。僕は、嘗て『惨禍の魔龍』を封じた古代ゾイド人の末裔。封印の巫女は、その記憶を代々受け継いできたんだ」

「だから、初めてあなたに会った時に私は、あなたから感じるものがあった」

「さすがフィーネ。終焉(エレシーヌ)()希望(リネ)の名は伊達じゃないね」

 

 少々からかうような物言い。フィーネがはっと視線を向けたが、マリエスはあえて何も言わずに見返した。

 

「フィーネ、君も僕と同じ役目を持っている。世界を破滅にも、そして救いにも導く力を。フィーネは、来る時に備えた最後の希望さ。魔獣に対する、ね」

「リエン……」

「僕らは、どうすればいいんだろうね。結局、僕らは争いの中心に立ってしまうんだ。僕は、そのことが本当に嫌だ。それに、どうして、フィーネがついて来てしまったんだろう」

 

 頭を振ってマリエスはある方向に目を向けた。フィーネもつられてそちらを向き、思わず口元を抑えた。

 そこには、この場に現れてはならない一体のゾイドの姿があった。平原の草を揺らし、羽ばたきながら舞い降りる赤と黒の竜。

 

 ――あれは……目の前で見ると、なんて恐ろしいの……!? あれが……。

 

「黒龍、ガン・ギャラド。なんとなく予感はしてたさ。ここにたどり着くまで、そりゃ苦労はしたけど、うまくいきすぎてる。僕らは、嵌められたんだって」

 

 本当なら、一人でこの場に来るはずだった。フィーネが来てしまったのは、本当に誤算だ。フィーネには、バンやロカイ、そしてフェイトには返しきれないほどの恩がある。そして、マリエスにとって大切な友達だ。失くしたくない、大切な。

 

「レジスタンスの戦力は十分。きっと、今からでもPKと全面戦争に出られる。僕は嫌だけど、それしか戦いを止める道がないのなら、僕は……奴を引き付ける囮になってやるさ」

「イイ覚悟だぜぇ、主サマ。そんじゃあお望み通り、ついて来てもらおうか、Kさんがお呼びだからなぁ」

 

 二つの満月が台地を照らし出すそこに、黒き龍とそれを従える波乱のゾイド乗りが姿を見せる。

 

「なかなか、絶景だなぁ。『破滅の魔獣』の鍵と、『惨禍の魔龍』の巫女。別々の大陸のキーマンであるお前らが、そろってるなんてなぁ」

 

 ガン・ギャラドから跳び下りたジーニアス・デルダロスは、くつくつと不吉な笑みを浮かべた。

 




三体の古代ゾイド。
その正体は……すぐ分かるでしょうね。とりま、秘密といたします。

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