ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第54話:竜騎士、参戦

 黒龍の牙が竜騎士の大剣を捕らえ、刃と牙がせめぎ合う。「ガィイン!!」と身の毛もよだつ金属音が響いた。そのまま噛み砕かんと黒龍は顎に力を籠めるが、その前にもう一本の大剣が黒龍の首に落とされる。黒龍は背中のパルスキャノンで大剣の勢いを弱め、牙を離すと翼を振って飛び立ち、上空に逃れる。

 だが、竜騎士とて易々と逃がしはしない。

 一瞬のチャージの後、細い荷電粒子砲を上空に吐き出した。狙い違わず荷電粒子が黒龍の装甲に突き刺さるが、黒い装甲は僅かな時間しかチャージできていない荷電粒子砲など防ぎきってみせる。

 

 有利を感じてか、黒龍が低く唸った。口内に灼熱を溜め込み、一気に吐き出す。鉄すら溶かす灼熱の業火が竜騎士に降りかかるが、竜騎士は慌てることなく二本の大剣を眼前でクロスさせ、その腹から電磁シールドを発現させ灼熱を防ぎ切った。

 黒龍はそれを意にも介さず灼熱を吐き出し続ける。直接的な灼熱は防ぎきっているものの、竜騎士の周囲の温度が上昇を始める。竜騎士ではなくそのパイロットを蒸し焼きにするつもりだ。

 

「――ちっ」

 

 アンナは舌打ちすると、手元を小さく動かす。それに竜騎士が応え、大剣を腹で受け止める形から刃を敵に向ける形に動かす。そして、裂帛の気合いの元に振り抜いた。

 

 大剣の軌道の元に灼熱が切り裂かれる。のみならず、その軌道で生み出された鎌鼬が、吐き出される灼熱を切り裂きまっすぐ黒龍へと直進した。

 黒龍は甘んじて刃を受ける。所詮は空気が生んだ刃だ。衝撃こそあれ、古代の時代に作られた強固な装甲はそうそう斬り裂かれる物ではない。火炎放射をやめ、翼をはためかせて相手の出方を窺う。

 そこに、驚異的な跳躍力を発揮した竜騎士が飛び込んできた。太く強靭な足、そこに装備されたウィングバーニアを活用した竜騎士の突撃。勢いのまま、再度大剣を振りかぶる。

 

「ほう」

 

 今度はジーニアスが息を吐き出した。黒龍は飛行状態のまま、前足を持ち上げ二足歩行の形態に移行すると大剣を爪で挟み受け止めた。

 

 押し合いだ。竜騎士が突撃の勢いとブースターの噴射に任せて大剣を押し込めば、それを掴んでいる黒龍は空中で姿勢制御しつつそれを押し返す。

 

 ギリギリと、爪と刃がこすれ合う鈍い音が細かく鳴り響く。

 やがて、次の行動に移ったのは竜騎士の方だった。脚部のスラスターを全開にして黒龍の顎を蹴りあげる。その勢いと、蹴り上げられ緩んだ爪から大剣を外し、大地へと跳ね戻った。

 

『ははっ、さっきの英雄モドキとは大違いだ。いいねぇ、いい、すごくいいぜ!』

「お褒めありがとう。でも、あたしはあんたみたいに楽しむつもりなんてない」

 

 大地へ下り立った瞬間から竜騎士――ジェノリッターの口内にはおびただしいエネルギーが充満していた。ガイロス帝国から鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に移籍し、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)専属の技師、ザルカによって調整を施されたジェノリッターは以前よりも強化されている。荷電粒子の充填も以前より素早く、スムーズに成せるのだ

 

「一気に終わらせる!」

『力比べか。面白れぇ!』

 

 上空の黒龍――ガン・ギャラドも飛行形態に移行し背部の砲塔にエネルギーを注ぎ込んだ。ガン・ギャラドの背部に搭載されたハイパー荷電粒子砲だ。ジェノザウラーのように自信を砲塔とするのではなく、外部装備の形で搭載された大破壊の兵器。だが、ガン・ギャラドほどの巨体をもってすれば扱うのは容易なこと。

 

「いくわよ、集束荷電粒子砲、発射!」

『叩き潰せぇえ!!』

 

 上空から叩きつけるような荷電粒子砲。大地から駆け上る荷電粒子砲。

 二本の光の大河は一直線に飛び、虚空にて激突する。

 

 荷電粒子砲は惑星Ziにおける最強兵器だ。圧倒的な熱量、集束された荷電粒子を一点に叩きつける兵器。

 その荷電粒子砲同士がぶつかり合うことは、無論、周囲への被害が尋常ではない。エネルギーとエネルギーがぶつかり合う爆音、次いで四方八方、全方位へ撒き散らされた衝撃波、そして、飛び散った破壊のエネルギーは戦場となったヴァーヌ平野の一部を、大きく変えた。

 

 

 

「はぁはぁはぁ……さすがに、やりすぎたかしら……?」

 

 撒き散らされた衝撃と砂埃、視界を覆い尽くしたそれをうざったく思い、同時に襲いかかった疲労感からアンナは汗をぬぐった。

 ジェノリッターはザルカの改修により、ローレンジのグレートサーベルと似た調整が加えられている。それは、ゾイドの本来の意志を尊重した、金属生命体の意志を抑え込むシステムを取っ払った状態だ。元来狂暴性の高いジェノザウラーはその凶暴性から、いかなるゾイド乗りも受け入れない。狂暴な意志と、破壊衝動がパイロットの精神を汚染し、下手すれば廃人に追い込んでしまうのだ。現に、アンナは自身が乗るまでのテストパイロットの惨状を目の当たりにしている。

 だが、ジェノリッターは一年前の戦闘の末、その意識の根底が大きく変化している。破壊を求める狂暴な精神から、主と共に何かを守り通す騎士としての精神に。ザルカはそれを受けて、アンナのジェノリッターを本来の意識が現れやすい形態へと変化させたのだ。

 

 この改造により、アンナの操縦性は格段に上がった。ゾイド乗りとしての技術だけでなく、ゾイド自身がパイロットの操縦に合わせて自身の肉体を動かすのだ。アンナとジェノリッターのコンビネーションもあり、一年前より大きく強化されている。

 ただデメリットもあった。それは、ゾイドの精神変化による影響をパイロットが受けやすいと言うことだ。

 それが今現れているアンナの疲労だ。荷電粒子砲の発射はジェノリッター自身への影響も大きく、その疲労感が繋がり(リンク)を介してパイロットのアンナにも影響を及ぼしている。

 

 ゾイドに意志を伝えやすくなる半面、ゾイドの外傷や疲労がパイロットの負担にも繋がる。ゾイドとの精神リンクを深めるこの改修は、そういうものだった。

 

「でも、これなら――無傷とはいかないでしょ」

 

 受けた代償も少なくはないが、その破壊的な一撃は凄まじいの一言だった。発射したジェノリッターは踏ん張りを効かせるためにアンカーを落していたにもかかわらず後退。強固な装甲にも傷が目立っている。そして、荷電粒子砲がぶつかった虚空を中心に、大地に大きなクレーターすら生み出していた。

 古代に伝説を誇ったゾイドと言えど、ただでは済まない。アンナは自信を持ってその成果を見届ける。

 

 ちらりとレーダーに視線をやると、ロカイたちは気絶したフェイト、バンをグスタフに乗せ後退し、彼方まで離れたようだ。ブレードライガーはズタボロの状態だが、このまま撤退してアイゼンドラグーンに詰み込めば、後は整備班がどうにかしてくれるだろう。後方の海岸線での戦闘も止みつつあった。

 奇襲をかけたPKとニクスの民の連合軍も、まさかドラグーンネストが確保した拠点を捨ててこの場に現れるなどとは想定していなかったはずだ。後はレジスタンスを回収して一旦海底に避難、戦力を整えてPKに決戦を挑む。彼らが本当にこの地に居るかの確証がなく、増援を出せなかったへリックガイロス両軍も、直接被害を受けたニクスの民の声を聞けば、腰を上げてPK討伐に動き出すだろう。

 

 ――そろそろ、退き時かしら。

 

 戦況を見やり、アンナは判断を下す。もう少し、ガン・ギャラドを引き付ければロカイ達の撤退もうまくいく。

 思考を一時切り、アンナはガン・ギャラドの姿を探す。そして、上空に佇む黒龍を見据え気を引き締め直し――驚愕を覚えた。

 

 

 

 ガン・ギャラドは、健在だった。外傷はあるものの、それが負担になるようには思えない程度の軽微な傷

 

「そんな……エリウスからもらった情報を元にしても、荷電粒子砲同士の衝突を真っ向から受けあの程度なんて……?」

 

 そこでアンナは気づく。ガン・ギャラドだけではない。もう一体、空を駆けるゾイドがその場にはいたのだ。

 夜の闇を切り裂くような純白と、どこまでも続く海のような深い青。そして、その二色を切り裂くような赤。ところどころにメタリックカラーの装甲を纏っており、月明かりを反射して神々しく輝いていた。

 四足歩行に翼を広げたゾイド。頭部には鋭い一角を生やしており、首回りの鬣が風になびいて美しい。その特徴から、ガン・ギャラドのようなドラゴンかと思ったが、それにしては足が細い。大地を力強く駆けるのにふさわしい、しかし細身のある脚だ。顔は細く、ドラゴンのような牙は一本も生やしていない。むしろ、金属生命体でありながらふさふさとした感覚を覚える尻尾も含め、馬と言った方が正しいだろう。

 

 見たことの無いゾイドだった。

 翼を持ち、天を駆け、一角を生やす馬。御伽話に語られる天馬(ペガサス)一角獣(ユニコーン)を合わせたようなそれは、まさしく『幻獣』だった。

 

 

 

***

 

 

 

 グスタフが慌ただしく始動する。背後のトレーラーにはボロボロのブレードライガーが横たわり、それを運び終えたシュトルヒがトレーラーに乗るのを待たずに動き出す。

 

「フィーネ。動かせそうか?」

「ええ、フェイトに合わせてカスタムされてるけど、シュトルヒが動いてくれる。」

「それならそのままついて来てくれ、このまま皆と合流する」

 

 何故アンナがこの場に現れたのか、疑問はあるが今はそれを論じている余裕はない。アンナの言葉からすれば、レジスタンスの基地の入り口付近にドラグーンネストも来ているはずだった。ロカイにできるのは、己が連れる四人の少年少女をそこまで連れて行くことだ。

 

「アンナさん。大丈夫かな……?」

「ジェノリッターも一年前よりパワーアップしてる。空戦ゾイドとの相性は悪いが、大丈夫だろう」

 

 不安はロカイにもあった。だが、迷う余裕はないのだ。背後からはガン・ギャラドとジェノリッターのぶつかり合う激突音が響き続けている。片や『惨禍の魔龍』を封じた伝説のゾイド『黒龍』、片や『破滅の魔獣』から生み出された破壊の申し子『暴君竜』。その戦いは、次元が一つ上なのだ。近くに居ては巻き込まれかねない。

 全力で戦場から離脱すると、彼方に海岸線が見えてきた。すると、そこに一体のジークドーベルが姿を現す。咄嗟にロカイはグスタフを急停止させ、相手の出方を窺う。

 すると、コックピットが開き、一人の女性が姿を現した。桃色の髪に飛行服、ゴーグルを装着した女性は、

 

「ユニア!」

「姫様!」

 

 その姿にいち早く気づいたマリエスがグスタフから飛び出し、駆け寄った。ユニアも、ジーク度ベルから跳び下りるとマリエスを迎える。

 

「ユニアさん、どうしてこちらに……」

「姫様の姿が見当たらなかったので、こちらに来たら案の定。ロカイさん、姫様を守って下さり、ありがとうございます」

「いや、実際に守ったのはおれじゃなくて、バンとフェイトで……」

 

 ロカイはグスタフのコックピットの中で眠っている二人を示す。すると、先に目が覚めたのかフェイトが起き上がっていた。ジーニアスに腹を強く殴られていたが、意識が飛んだだけで外傷は少ないらしい。これで骨の一本や二本折れていたら、ローレンジに何を言われるか分かりたくもない。

 そう、ロカイは胸をなでおろす。が、起き上がったフェイトは目を見開いてロカイを――その背後に視線を走らせた。そして、大声で叫んだ。

 

「ロカイさん! 危ない!」

 

 

 

 一瞬、ロカイには何が起こったか分からなかった。フェイトの声に反射的に身体を捻り、その瞬間、耳を劈く()()()が――次いで激痛が脚を駆け巡る。

 

 ダンッ、ダンッ!

 

 続けざまに爆音が鳴り響く。兵士として鍛え、それを使い慣れてきたロカイだからわかる。それは、銃の発砲音。

 いつもなら反射的な動きで躱せていたかもしれない。だが、先に脚を撃ち抜かれたことが響いた。バランスを取れず倒れるロカイの腹と右腕を鉄の塊が貫いた。

 

「……がはっっ……」

 

 咳き込み、倒れゆく身体を無事な左腕で支える。が、腕一本で激痛の走る体を支えられるはずもなく、ロカイは地面を転がった。

 

 ――敵!? しかし、どこから……まさか!?

 

 ロカイの予想は、最悪の形で背後にあった。振り返ったロカイが見たのは、その状況に口を押えたマリエス。そして、そのマリエスの首を腕で押さえ、片腕に拳銃を持った、ユニア・コーリンの姿だった。

 

 

 

「本当に、ここまでありがとうございます、ロカイさん」

 

 慈愛の籠った女神のような声で、ユニアは呟いた。

 

「ユニア……これ、どういうことだい……?」

「見ての通りですよ、姫様。我々の邪魔者を始末した。それだけです」

 

 ユニアは一切表情を変えず、にっこりとほほ笑む。その仕草で、マリエスは全てを察した。

 

「ユニア。君は、奴らの同行を知るためのスパイだったはず。なのに……それなら、君は……」

「ええ、お察しの通り、私は最初からあちら側です。私の目的のためにも、『惨禍の魔龍』には復活してもらいたいので」

 

 ユニアの言葉が、全てを物語っていた。

 ユニアは、PK側だ。彼女の言う目的が何か、それはマリエスにも分からないが、彼女も彼女の言う目的の元、PKに手を貸した一人だったのだ。

 

「……くっ、ユニア、さん。なら、訊きたいことがある」

「なにかしら?」

 

 ロカイが起き上がれないながらも口を開く。この場で、訊いておく必要があった。

 

「なぜ、マリエスを我々の元に逃がしたんだ。魔龍復活にマリエスが必要なら、逃がす理由がない。レジスタンスを一掃するためとしても、それならあなたが二重スパイをやっている時点でチャンスは何時でもあった」

 

 マリエスはプロイツェンナイツの支配するヴァルハラから逃げ出し、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の上陸したエントランス湾までやってきた。ヴァルハラから湾までかなりの距離がある。ガン・ギャラドを始めとする飛行ゾイドが居れば、追跡と再捕縛も容易だったはずだ。

 ユニアはロカイを見下ろし、次いで降りて来たフィーネとシュトルヒに警戒しながら口を開いた。

 

「そうですね。理由としては、この基地を壊滅に追い込む機を待っていた。それで正しいですよ。姫様がここに戻られたのも、時期としてはちょうどよかった」

「だが、それでは……リエンを逃がした理由にならない」

 

 当然、と言いたげな口調のユニアの言葉を、ロカイは真っ向から斬り捨てた。言い逃れはさせない。激痛にこらえながら、真っ直ぐユニアを見つめた。

 

「あなたには、隠せませんね。私のエゴですよ」

「エゴ……?」

「ええ。どうせ、姫様の運命は決まってしまったのです。私たちがもう一体の封印のゾイドを発見すれば、それで姫様の行く先は決まったも同然」

 

 周囲に陰が落ちた。空から、真っ直ぐ一体のゾイドが飛来してくる。御伽話に出てくる、天馬を体現したようなゾイド。

 

「あれは……まさか……!?」

 

 そのゾイドを見て、マリエスは驚嘆を上げた。舞い降りるゾイドは、ガン・ギャラドと同程度の巨体を持つ天馬のゾイド。神々しいオーラを纏ったそのゾイドは、まさしく幻獣と呼ぶにふさわしい。

 

「決まっているのなら、せめてそれまでは自由にさせたかった。友と出会い、絆を育んで、最後のひと時までを堪能してほしかった。それだけです」

 

 ユニアは微笑んだ。ロカイには、どこまでも歪んでいるとしか思えないが、微笑んだ。慈愛の籠った笑みを。

 

「それがリエンを苦しめるとは思わなかったのか? フェイトやフィーネと出会い、その楽しみを、生きる先に見出す楽しさを知りながら死への道を進ませることへ罪悪感がないのか!」

「姫様はPKが来るより以前からずっと軟禁されていたようなものでしたよ。好きに誰かと会うことも許されず、常に宮殿の中で、限られた世話係との触れ合いしかない日々。最後くらいは自由にさせたい、そうは思わないのですか?」

「だが、ならばこんなことを……」

「私にとっても苦渋の決断ですよ。私が目的を達するには、姫様の犠牲失くしてはありませんから」

 

 ロカイの言葉に、ユニアは耳を貸さない。口では苦渋だのと言っているが、その実、心的に痛痒を受けているとは思えないほど、ユニアは平然としている。その姿が、ロカイには許せず、しかし無力だった。

 

「これ以上の問答は不要です。あなた方には、ここで死んでもらいます。今後、障害となりうるのは目に見えていますから」

「ぐっ……くそぉ」

 

 ロカイの傷は酷かった。起き上がれるかどうかも怪しく、ましてや抵抗などできやしない。だが、ロカイは土を握りしめる。爪の間に土をめり込ませ、それも構わず指に力を籠め、どうにか立ち上がろうと足掻く。

 

「往生際が悪いですね。まだ抵抗するというなら――」

 

 タン。

 

 再び、乾いた銃声が鳴り響いた。

 覚悟を決めたロカイも、一瞬身を硬くする。だが、いつまでたっても最期を与える弾丸の激痛は襲ってこなかった。

 

 

 

 代わりに、一人の少女が台地に倒れていた。

 ロカイとユニアが問答している隙を突いて、ひっそりと接近を試みた少女。この場においても、友達を助けることを厭わず、自らの怪我も押して駆けだした、緑髪の少女。

 

 

 

「……フェイト?」

 

 マリエスが、ユニアが向けた銃口の先に倒れた少女の姿を見て、のろのろと言葉を落した。

 フェイトは、月明かりの落ちる平原の大地に転がっていた。新緑の髪が、平原の草の緑を押しのけて自らを主張している。ただ、平原の緑と新緑の髪を塗りつぶすかのように、その周囲は紅に染まった。

 

「心配いりません。急所は外してます。ですが、あの年の少女には耐えられないでしょう」

 

 淡々とユニアは言った。それも、マリエスの耳には入らなかった。ただ茫然と、倒れ伏した少女の姿だけがその赤い瞳に映る。フィーネがシュトルヒを降りてフェイトに駆け寄っている姿が視界に映る。

 

「フェイト……フェイト起きて! ねぇ!」

「これ以上、この場に居られてはお辛いでしょう。行きましょうか」

 

 ユニアがマリエスを腕で掴んだまま引いた。マリエスは、必死でその拘束から逃れようとするが、ユニアの腕力は強く、子供でしかないマリエスには引き離せない。

 

「離してくれ! お願いだから!」

「姫様。あなたがこれ以上駄々をこねられるなら、私はこの場の全員を手にかけねばなりません。それは、望まれないでしょう。私からの、最大の譲歩なのですが」

「それなら、僕だってここで死んでやる! もう、迷ったりなんて御免だ!」

「そうはなりません。それに、本当にその覚悟がおありですか? 彼らと共に生きることを知ったあなたに、彼らから永遠に別れるなんて」

「簡単さ! 元々僕は死ぬつもりだった。魔龍の封印の巫女なんて、必要ないだろう! 復活の鍵にもなってしまう存在なんか、いない方がいいんだ!」

 

 マリエスはユニアの腕の中で遮二無二暴れた。無論、それから逃げられるはずもない。それでも、マリエスは諦めなかった。

 

 

 

「――いい、よ。リエン」

 

 そんな言葉が、少女の口から放たれる。

 予期せぬ言葉にマリエスは、ユニアも、ロカイもその声の主を見た。声の主は、血に染まった腕を抑え、フィーネに支えられながら起き上がる。

 

「リエン。今は、諦めて、捕まって」

「フェイト……」

 

 マリエスの口から友の名が零れた。フェイトは、そんなともだちに精いっぱいの笑顔を浮かべる。

 

「ロージが、教えてくれたんだ。時には、本当に、どうしようもない……ことが、あるって。どんなに頑張ったって、変えられないことがあるんだ……って」

「そんな……どうしてそんなこと……」

 

 フィーネの手を借りながら、フェイトは激痛に顔を顰め、痛みで流れそうな涙を必死にこらえ、続けた。

 

「絶対にどうしようもない時は、潔く諦めるんだ……って。でも、本当に、全部を諦めちゃいけない。チャンスは、状況をひっくり返す時は必ず来るって。だから、今は諦めて、その機会を探すんだ……って。どんなに辛くても、どんなに悔しくても、次を無駄にしないために」

 

 フェイトが脚を踏みだす。力を込めたせいか、腕から血が噴き出した。声を上げそうなそれを必死にこらえる。

 

「ロージは、強いんだよ。前にわたしが奴隷にされそうになった時や、デスザウラーに飲み込まれそうになった時、絶体絶命って時に、いつも助けてくれた。わたしは、そんなロージの妹だもん。大丈夫、リエンのことは絶対に助ける。だから……」

「リエン。私も同じよ。本当は諦めたくない。こんな形でお別れなんてしたくない。でも、絶対に助けるから。バンがいつも諦めないように、私も、きっと!」

 

 フェイトに続いて、フィーネも断言する。

 フェイトもフィーネも、互いの大事な人について話す時は、いつも楽しそうで、誇らしげだった。あの日の夜以来、マリエスはそんな二人をずっと見ていた。

 

 ――なら。

 

「無駄なことを。バンという少年はジーニアスに敗北した。ローレンジという男も、すでに我々の手の内です。我々の手勢はニクスに散っています。今頃、哀れな骸となり果てていますよ。例え、彼が『破滅の魔獣』の残滓を破ったとしても、彼はもう終わり」

「あれぇ、知らないの? ロージは、そういうのに慣れっこなんだ。負ける側じゃなくて、負かす側だもん」

 

 ユニアの言葉に、フェイトは苦しみを抑えて笑った。どこまで、ローレンジを信じているからこそできる、信頼しているからこその笑顔。

 

 ――僕が出来るのは、これしかないじゃないか。

 

「ユニアさん」

「なんでしょう?」

「僕は……おとなしくあなたに着いて行くよ。でも、その前に、僕の友達に別れを言わせてほしい」

 

 ユニアの桃色の瞳を、マリエスの真紅の瞳が真っ直ぐ見つめた。ほんの五秒ほど、二人は見つめ合い、ユニアは淡々と口を開く。

 

「いいでしょう」

 

 ユニアが腕を離し、マリエスは解放された。一歩一歩、踏みしめるようにマリエスは歩く。フェイトはフィーネに支えられ、フィーネはフェイトを支えながらゆっくり、近づいていく。月明かりの元、三人の少女は向き合った。

 

「ごめん。結局、たくさん迷惑かけちゃって」

「ううん。大切な友達に出会えたのよ。私はこうなっても後悔してないわ」

「わたしも。あ、お別れじゃないよ。また会うための誓いなんだからね!」

「あれ、フェイト元気そうだね。案外平気じゃないの?」

「ロージの妹だもん! このくらい平気! って、そんな訳ないよぉ。すっごく痛い……ロージ、よくこれで動けるなぁ」

「ふふふ、大丈夫、ドラグーンネストに帰ればきちんと手当してもらえるわ」

 

 絶望的な状況なのに、笑みがこぼれた。また会える。そう信じているから、三人は笑うことが出来た。再開は直ぐに来て、その先にはきっとハッピーエンドが待っている。

 マリエスはポケットからペンダントを取り出した。飛龍と天馬の衣装が施された、ニクスの民に伝わるペンダントだ。

 マリエスは声を潜めて言う。

 

「二人ならきっと、()()にたどり着ける。あの人が教えてくれたあれなら、きっと状況を覆せる」

「なんだ、そんなのがあるんじゃん」

「僕はこれからユニアさんたちの監視下だ。手が出せない。でも、君たちならたどり着けるよ。きっと――逆転の一手に」

 

 マリエスが差し出したそれをフェイトが受け取り、フィーネがその上から手を被せた。

 

「約束。私たちはきっと、また会える。だから、それまで……」

 

 

 

『――またね』

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 現れた天馬に、アンナは目を奪われた。

 

『オルディオス……? クソッ、なんの用だ! ユニア!』

『目的は果たしたわ。撤退よ』

『はぁ!? またかよ! てめぇ今いいとこだってのに……』

『どうせなら相応しい舞台でケリを付けなさい。そうすれば、あなたは本当の最強へと向かえるから』

『ああ? ……ちっ、仕方ねぇな』

 

 ガン・ギャラドが背を向ける。あの時と同じように撤退するつもりだ。

 

「そうは、させない!」

 

 ジェノリッターの口内に再び荷電粒子が注ぎこまれた。だが、それを発射するより早く、天から落雷が発現し、ジェノリッターの周辺の大地を揺らした。

 

「くっ、あいつか」

『邪魔はさせない』

 

 睨み上げるジェノリッターを天馬――オルディオスは達観する神の視線で見下ろした。それに、ジェノリッターが委縮する。戦闘に関しては未だ暴君竜の面影を持つジェノリッターが僅かながらも委縮する。その感覚を感じ取ったアンナも、恐怖を覚えた。

 

 ――ガン・ギャラドと同じ。いや、それとは別の強大さ。悔しいけど、あたしじゃ太刀打ちできない、か。

 

 朝日が昇り始めたニクスの地。その霊峰の向こう側にガン・ギャラドとオルディオスは消えて行った。来たるべき魔龍の復活を感じて。

 

 ――でも、なにかしら、この感覚。あたしも良く知ってるような……ひょっとして、あのオルディオスのパイロット。

 

 僅かに感じ取ったその感覚。それを明確な形にできないことにもどかしさを感じながら、アンナは撤退することにした。

 

 

 

 ニクスの地で起こった争いは、この日を境に、一気に加速する。

 


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