砂漠を進むこと一日。周囲を警戒しながら進み続け、再び巡ってきた夜になってようやく目的地にたどり着いた。
――場所聞いといて正解だな。普通だと分かりゃしねぇ
遺跡は砂漠の真っただ中、砂に埋もれるようにして存在した。人一人がやっと入り込めるような隙間。それが遺跡の入り口だ。もっとも、それはあえて遺跡の入り口を小さくし、発見を防ぐための工作。明らかに、人為的なものだった。何者かが……おそらく探していたザルカが潜んでいると見て確実だろう。
ローレンジはもう一度辺りの反応を確かめる。というのも、ここに来るまで一体のゾイドとも出くわしていないのだ。情報に会ったセイバータイガーにも、辺りに屯している可能性がある盗賊にも、そして、野生のゾイドにも。
――ま、大体予想はつくけど……
一旦遺跡から離れ、先ほど見つけたゾイドの残骸に向かう。
コマンドウルフだ。四肢はもぎ取られ、腹部が抉られている。そしてコックピットは完全に破壊されていた。パイロットがいたとして、生きている可能性は万に一つもない。
その近くにはレッドホーンの残骸。その量からして、二機分。こちらも腹部を抉り取られ、コアがない。ビームガトリングらしき鉄屑もあった。おそらく、前日にローレンジと戦った盗賊の者だろう。
ほんのわずかな時間とは言え、顔を知っている者の変わり果てた姿にローレンジも顔をしかめた。
「ずいぶん酷ぇな、こりゃ」
いくら殺し屋だって、ここまで惨い殺し方はしない。ただの快楽殺人、ゾイドを破壊することに意義を示した変質者。いや、その目的は一つしかない。
「コアが目的ねぇ。何に利用するのか……」
ゾイドのコアとは心臓のことだ。コアさえ残っていれば、ゾイドは再生能力を持って破壊された部位を再生することが出来る。故にどんなゾイドでも、コアを破壊されれば死は確実。
が、そのコアを抜き取って利用する術は、ローレンジは知らない。
「行ってみれば分かるか」
周りに敵影は無い。噂のセイバータイガーもいないのであれば、今のうちにザルカの確保に向かおう。そう決めて、ローレンジは遺跡の入り口の砂を退けにかかり――
――反射的に跳んだ。
射撃音に次いで爆音。派手に砂が巻き上げられ、遺跡の入り口の砂を吹き飛ばした。
砂地に降り立ち周囲に目を向ける。すると、暗い砂漠に赤い影が躍った。
速い。視界に入ったのは一瞬だ。一瞬で視界から外れ、赤い影は広大な砂漠に消えた。否、ヘルキャットの背後に回った。
――来る!
再び跳躍。そのまま空中で姿勢を変え、背後から襲いかかった影を前方に捉えたまま砂地に着地した。
『見事だ。これほどのゾイド乗りは久しぶりだな』
コマンドウルフの残骸を踏み潰し立つ敵機は、鋭く長い牙を有する赤いゾイド。嘗て、ゼネバス帝国で開発され、一時は地上最速の称号を得たゾイド。その俊足と大型故に併せ持つことが出来たパワー。それゆえ、“赤いイナズマ”と称された。
「サーベル――いや、セイバータイガー。出やがったか」
姿勢を低くし、いつでも飛び出せるように構えながら様子を窺う。
「俺は、ステファン・スコルツェニー。元はガイロス帝国の軍人だった者だ。貴様は?」
「ローレンジ・コーヴ。
ローレンジが名乗ると、スコルツェニーはからかうように短く笑った。
「ははっ、なるほど。
「いんや、標的《ターゲット》はザルカってじーさん」
「ザルカか……それならこの先に居るぞ。だが、そうはさせん。閣下の命令でな。奴は死守せねばならん」
「……へぇ。ま、こっちも仕事だからね。容赦する気はないよ。
言いつつ、ローレンジは自分の顔に笑顔が浮かぶのを押さえられなかった。
セイバータイガー。ガイロス帝国の主力高速戦闘ゾイド。それを、見事に操るだろうステファン・スコルツェニーという男との戦闘が、愉しみで仕方ない。悪鬼の微笑が、ローレンジに宿る。
「でも、あんたは楽しめそうだし、なかなかいいゾイド戦ができそうだ。今日は少々妙な気分だが……始めるかっ!」
ヘルキャットの背部ビーム砲を発射する。同時に、セイバータイガーが最小限の動きでそれを躱し、真っ直ぐ突っ込んで来る。その進路から外れるようにして、ヘルキャットを躱させる。
「逃がさんっ!」
セイバータイガーの背部ビーム砲が回転し、照準をヘルキャットに固定、発射する。振り向きざまにヘルキャットはそれを自身のビーム砲で撃ち落とし、再び相手の横合いを突くために砂漠を駆けた。
セイバータイガーも素早く反応し、今度は背中のミサイルを撃ち込んだ。三発だ。不規則に跳びながら、確実にヘルキャットを目指して飛んできた。
「地対地ミサイルか……」
ローレンジはヘルキャットの腹部の機銃を掃射。襲い来るミサイルは全て破壊された。しかし、それに気を取られた相手を確実に仕留めるため、セイバータイガーそのものが飛び掛かっていた。鋭く伸びる牙――キラーサーベルを閃かせて。だが、
「へぇ!」
ヘルキャットはその軌道を事前に察知していたかのように、セイバータイガーの下を潜り抜けた。その上で、素早く反転しその背後にビーム砲を撃ち込む。
無防備なところを撃たれ、セイバータイガーが悲鳴にも似た声を上げる。
「ほぅ、なかなかやるじゃないか。俺のセイバーに攻撃を加えるとは」
「まぁね。セイバータイガーのことはよく知ってるから」
「そうか……だが、勝つのは俺だ!」
啖呵を切って、再びセイバータイガーが躍りかかった。先ほどの失敗を踏まえ、今度は無闇に跳躍したりしない。肩に装備されたビームガンでヘルキャットの動きを牽制する。
ヘルキャットも腹部の機銃を掃射し牽制。だが、ヘルキャットよりも頑丈な装甲を持つセイバータイガーはそれを強引に突っ切って突破。両脚の爪――ストライククローでもって叩き伏せにかかった。
これをヘルキャットは全力で横に回避。だが、今度はスコルツェニーの方が上手だった。ヘルキャットの回避方向を予測し、それに合わせてストライククローを浴びせかける。
ガキンッ!!
ヘルキャットの左前脚を掠める。ギリギリ回避には成功したが、たった一撃でヘルキャットが受けた損害は多大だ。
「左前脚損傷……嫌なのをもらったな」
「どうした? セイバーのことは良く知っているんじゃないのか」
「そうだけど、アンタが一枚上手だったことで。いいねぇ、楽しいゾイド戦だ!」
機銃では損害を与えられないと判断し、ローレンジは背中のビーム砲をメインに切り替える。だが、単純な狙撃はセイバータイガーに通用しない。あっけなく躱される。
二機は、その後も互いに致命傷を与えることが出来ず砂漠を駆ける。決定打となる一撃が、なかなか当てられない。
――けっこうやるなぁ。まさかここまでのパイロットだったとは。楽しめるのはいいけど、本命前に消耗するのも厄介か。
スコルツェニーは今回の依頼の件に深くかかわっているのだ。それに閣下と言っていた。あの男に通じているのだ。なればなおの事、生かしておく気がしない。
だが、同時に辛い。これほどのゾイド乗りを、打ち倒したら確実に殺すと決めているのだ。それは依頼がどうこうではなく、殺し屋であるローレンジの矜持だ。
――もう少し消費は抑えたかったけど……やるか!
ヘルキャットの姿が霞みのごとく消える。光学迷彩だ。ヘルキャットを特徴づける隠密装備。
「光学迷彩? 無駄なことを、いくら姿が見えずとも、レーダーが捉えて――」
次の瞬間、ヘルキャットが姿を現しビーム砲を撃ち込む。タイガーのカメラがそれをモニターに表示、スコルツェニーは瞬時にそれを見、反撃に三連衝撃砲を撃ち込む。だが、ヘルキャットは一発撃ったらすぐに姿を消した。再び光学迷彩を使ったのだ。
「またか。次は――」
再度レーダーの反応に意識を向けるが、次の瞬間にはヘルキャットは背後をとっており、姿を現してビーム砲。そして、また姿を消した。
「くっ……ちょこまかとすばしっこい。それに、これは……!?」
再び出現。ビーム砲を撃ち、姿を消す。そしてまた別の場所に現れる。
「翻弄されているのか? 俺が?」
「そーゆーこと」
今度は眼前に現れたヘルキャットが、セイバータイガーの腹部を狙撃した。至近距離からの衝撃にさすがのセイバータイガーも悲鳴を上げる。
「くそっ、しっかりしろセイバー!」
「レーダーがこっちの位置を捉えてモニターに反映するにはほんの一瞬。そりゃ感じ取れないような短い時だけどタイムラグが生じる。戦闘の最中だったらレーダーも頼るけど、突然視界に入ったなにかを肉眼で捉えようとするのが人間の常だ」
ローレンジの声が、通信ではなく全方向から響いている。少なくともスコルツェニーにはそう感じられた。
「だけど視認する前に光学迷彩で消える。レーダーに頼ろうとするけど、見えるところに突然何かが現れたら意識はそっちにとられる。人間って、そういうもんだからな。……だからあんたには俺は見つけられない。俺は倒せない」
眼前、目と鼻の先にヘルキャットが現れた。スコルツェニーは思わず視線をヘルキャットに向け、そして反射的に三連衝撃砲のトリガーに指がかかる。だが、それより一瞬早く……
「ば、馬鹿な……!?」
ヘルキャットのビーム砲が、セイバータイガーの喉を撃ち貫いた。激しい地鳴りと共に、セイバータイガーの巨体が砂漠に倒れる。コックピット内で衝撃に襲われ、倒れた拍子にスコルツェニーも投げ出された。
「ぐっ……あ……」
地面が砂地だからか、想像していたよりも衝撃は薄い。それでも、コックピット内で受けた衝撃とゾイドから投げ出されたショックで全身が激しく痛んだ。
そこに、ヘルキャットから飛び降りたローレンジが歩み寄る。懐からおもむろに拳銃を引き抜いて。
立ち上がろうとするスコルツェニー。それより早くローレンジが拳銃を撃つ。撃たれた脚から激痛が走り、スコルツェニーは転げまわった。
「がぁ……キサマ……」
「悪いね。俺、殺し屋だから。
カシャンと音が鳴り、ローレンジが新たな弾を詰める。それを見上げて、スコルツェニーは震えが走った。驚くほど冷徹な瞳。金色の、だが冷たい瞳は、およそ彼の見た目には似合わない。とても、十六歳の少年の目とは思えなかった。そう、それは、人殺しの目。
「お、お前……ホントに殺し屋なんだな。うわさで聞いてたが、ただの噂かと思っていたよ」
「よく言われるよ。普段と、仕事してる時のギャップが酷いってな。あの人に鍛えられた賜物か……でも、これが俺なんだよね。……仕事、果たさせてもらうよ」
「そ……そうか、だが、俺も閣下からの使命を言いつかった身。ここで死ぬわけにはいかない!」
スコルツェニーも素早く拳銃を取り出す。そして、砂漠に二発の発射音が響き渡った。
ローレンジが、膝をつく。
赤い血が夜の砂漠の砂を濡らす。それを見て、スコルツェニーは我知らず笑った。
「ははは……勝った! 俺が! 薄汚いゼネバス帝国の残党と罵られてきた俺が! ガイロスの連中に馬鹿にされてきたスコルツェニー家の俺が! このガキを――殺し屋“
スコルツェニーは、力尽きて倒れる。骸となったその身体は、もう動かない。
「すげぇ人だな」
顔をしかめて、ローレンジはドクドクと血が流れる左足を庇う。ローレンジがスコルツェニーを撃ち抜くよりも早く、彼によって撃たれたのだ。脚を貫いたそれは、彼の執念が籠っていた。一歩間違えれば、刺し違えていた。
「あー……あ。まだ、先があるってのによぉ」
ヘルキャットが主に近づき、屈む。中にしまってある救急セットを使えと促しているのだ。
「サンキュー。助かる」
足の応急処置を済ませる。弾は貫通しており、中には残っていない。唯一の救いだった。だが、速やかに目的を果たし、最良の治療を施さねば悪化は避けられない。最悪、脚を諦めなければならないかもしれないのだ。
「……行くか。……ヘルキャット! 遺跡の中に入るぞ、いけるか?」
ヘルキャットは大丈夫だと言わんばかりに頷いて見せた。
乗り込む直前、ローレンジは振り返る。視線の先には、満足げな死に顔のスコルツェニー。
「思えば……哀れ、だな。こいつ」
真実を知ったらなんと思うだろうか。
ローレンジの仲間に今回の依頼を――ザルカの暗殺を依頼した人物が、スコルツェニーの崇拝する“閣下”だと知ったら。
「いや、いまさら気にしても仕方ない。行くぞ」
ヘルキャットに乗り込み、遺跡内に突入する。その顔には、少しの後悔が浮かんでいたことを、ローレンジ自身が気づくことはない。
サーベルタイガーは「戦場の赤いイナズマ」なんて二つ名を持っていたらしいですね。旧世代のゾイドのことな上、旧バトルストーリーも読んだことないので真偽は分かりませんが。
今回のタイトルの意味は、まぁそういうことです。