ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第70話:完全野生体の本能

 冬を間近に控えた極寒の暗黒大陸ニクス、その大地を、凍える空気を切り裂く一体のゾイドの姿があった。姿はへリック共和国の蒼い疾風(かぜ)、シールドライガーを彷彿とさせるが、空気抵抗を減らすために丸みを帯びた印象のシールドライガーとは反対に、そのゾイドは鋭い抜身の刃の様だった。背中に携えた二本の刃が、それを一層高めている。

 

 ブレードライガー。

 オーガノイドの力で進化を遂げたシールドライガーの新たな姿。銀色の小竜オーガノイド、ジークを連れたバン・フライハイトの専用機の位置づけ()()()ゾイドだ。

 機体の額には、盾と獅子をかたどった紋章――レオマスターの証があった。赤い紋章を持つ者はただ一人、アーサー・ボーグマンである。

 すでに将軍になってもおかしくないキャリアと年齢でありながら、昇進話はひたすら蹴り続け、あげくわざと問題を起こして少佐の地位を維持し続けた変わり者だ。故に、彼の通り名は気が狂った(クレイジー)・アーサー。共和国の者は、親しみを込めてクレイジー・アーサーと呼ぶ。

 

 そのアーサーは、久方ぶりの戦場と新たな愛機に胸を躍らせていた。

 バン・フライハイトが生み出した初代ブレードライガーを参考に、遺跡から発掘した古代のシステムを組み込んで作られた共和国の製の新型ライガーだ。

 これまでアーサーが乗り回してきたシールドライガーDCS-Jは機体バランスの悪さ故に操縦困難と言われてきた。だが、ブレードライガーは違う。酷く気分屋で、その上、暴走癖で有名なゴジュラスに迫るほどの狂暴性を秘めている。深く精神リンクを遂げていないと言うのに、少しでも油断すればパイロットすらその闘争本能で飲み込んでしまう。

 アーサーは、そんな機体の反応が面白くて仕方なかった。

 

 ――OSだったか? おもしろい。いい機体じゃないか。

 

 アーサーの任務は失踪したニクス調査隊――へリック共和国機動部隊の捜索だ。ガイロス帝国にて()()()()が発覚し、共和国所属のオーダイン・クラッツが『黒』と判明したのだ。帝国側は皇帝と縁のある()()()()()に派遣を要請したらしいが、共和国とて他国の問題と外から傍観するにとどまる訳にはいかなかった。

 オーダイン・クラッツは共和国の兵士だ。自国の民がしでかした大罪を、我関せずの態度で傍観するなどできよう筈がない。

 それ以前に、アーサー自身も、任務を言いつかるまでもなくここに出向くつもりだった。

 

 オーダイン・クラッツの部隊に派遣されていたレイ・グレックは、アーサーが手塩にかけて育てた次代のレオマスターなのだ。ほっとけないし、みすみす失わせるつもりもない。

 それに、同部隊のトミー・パリスは戦友――エル・ジー・ハルフォードの残した男だ。

 失う訳にはいかない二人の部下のため、アーサーはこの暗黒大陸に向かったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 キュォオオオオオオオオオッッッ!!!!

 

 甲高い、苦しげな悲鳴がチェピン要塞の壁に反響し、辺り一帯に撒き散らされる。それを発したのは細長い口を持つスピノサウルス型ゾイド、ダークスパイナーだ。

 ダークスパイナーは背中の背びれの根元に二つの穴を空け、そこから煙を立ち昇らせながら苦痛にのたまった。苦しげな声で鳴き、尻尾を振り回して防壁を薙ぎ、崩す。

 

 対照的に、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とガイロス帝国特務部隊のゾイドたちは力を取り戻していた。辺り一帯を覆い尽くしていたダークスパイナーの妨害電波が途切れ、拘束が解かれたのだ。

 

 チャンス。

 

 誰もがそれを確信し、一斉にPKのゾイドたちに襲いかかる。ヘルディガンナーに対してはイグアンとブラックライモスがそれまでの鬱憤を晴らすかのように強靭な脚でキックを、硬いドリルで突撃を仕掛けた。ディロフォース達がEシールドを張って砲撃を凌ぎ、その隙に接近したディマンティスが懐からハイパーファルクスを叩きつける。グレイヴクアマの援護もあり、ヘルディガンナーは着実に数を減らしていった。

 むろん、PK側も出し惜しみをする気はなかった。ディオハリコンを注入した、温存されていたゾイドたちを導入し、ダークスパイナーで抑えられていた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)部隊を殲滅しようと躍起になる。

 

『ええい、何をやっているか! ダークスパイナー! キサマの実力はこの程度か!』

 

 ハイデルがコックピットの中で吐き捨てた。ダークスパイナーは激痛にのたうちながら、少しばかりそんなパイロットに怒りを覚えたように頭を振った。

 そして、再び甲高い咆哮を発する。

 

 キュォオオオオオオオオオッッッ!!!!

 

 その時、ヘルディガンナーに大穴を穿ったブラックライモスの動きが狂った。頭部先端のドリルを回転させ、逆方向に激しく回し、そして頭が狂ったかのように我武者羅に暴れ出す。

 最初はダークスパイナーが死力を絞って妨害電波を発したのだと誰もが思った。

 ダークスパイナーは未知のゾイドだ。実はPK側も、搭乗者であるハイデル・ボーガンでさえ、誰が開発したゾイドなのか知らない。

 ハイデルにとっては強力なゾイドであればそれでよかった。己に逆らう愚か者どもを蹴散らし、ひれ伏させる圧倒的な力を持つゾイド。力を誇示できれば、己を頂点に定めさせるゾイドであればよかったのだ。

 

 だから、ハイデルは、その出自を調べなかったことを後悔することとなる。

 

 

 

 突如、一機のブラックライモスが()()()()()ディロフォースにそのドリルの先端を向けたのだ。虚を突いた一撃は、砲撃に晒されエネルギーがそこを突きかけていたEシールドを貫き、ディロフォースの身体に突き刺さり、腹部を貫いた。ディロフォースのコックピットは背中にむき出しの状態だ。ブラックライモスのドリルは腹部を貫通し、ゾイドコアを貫いたうえで背中に突き出していた。それが意味することは……。

 

「な……何をやっている! 仲間を――」

『ウィンザー隊長……ダメです。ライモスの制御が出来ません! 制御システムを乗っ取られたとしか……』

「乗っ取られた? それは……」

 

 ウィンザーの視線がバーサークフューラーの(カメラ)を通してダークスパイナーに突き刺さる。

 ダークスパイナーの妨害電波はゾイドの動きを鈍らせる。ゾイドの制御回路にめちゃくちゃな指令を流し込み、それにより制御システムを狂わせてゾイドの行動を麻痺させるのだ。

 だが、今目の前で行われた惨劇は、それを上回るものだった。ダークスパイナーはゾイドの身体制御を麻痺させるだけでなく、ゾイドの制御を完全に奪い取ってしまったのだ。

 毒々しいスピノサウルスは、激痛と怒りを赤い瞳に爛々と輝かせ、その最奥には侮蔑の意志を浮かべていた。

 「キサマラごときがオレサマの前に立ち塞がるな。所詮、オレサマの操り人形なのだから」と。

 

『ふっ、ははははは! こいつはすごい! ダークスパイナーはまさにこの世の頂点に立つべき私に相応しいゾイドではないか。感謝せねばならんか? ()()に。いや、すでに奴らすら私の下に就くべきよ!』

 

 狂ったようにハイデルは吠えた。先ほどまで罵倒していた己の乗機が発して見せた力に魅せられ、すっかり酔いしれた様に。

 しかし、それがハイデルの失態でもあった。

 ハイデルは知らなかったのだ。このダークスパイナーは、奇しくも目の前で対峙するバーサークフューラーと同じコンセプトを元としていた。元は暗黒大陸に暮らしていた屈強なスピノサウルス野生体だったのだ。

 野生体ゾイドをそのまま戦闘ゾイドに改修することは、すなわち野生体ゾイドの荒々しい本能がそのまま機体に反映されることを意味する。ウィンザーのバーサークフューラーがそうであるように、ダークスパイナーも同じ、野生の本能を色濃く宿している機体なのだ。

 

『はっはっは――――は?』

 

 一瞬、ハイデルは状況が理解できなかった。

 ハイデルはコックピットの座席ごと宙を舞っていた。ダークスパイナーはPKにとっても謎の多い機体だ。いざという時のため、脱出装置を内包されていた。だが、ハイデルはその措置を作動させた覚えはない。

 むしろ逆だ。そのままダークスパイナーのコックピットに座し、これから逆らう愚か者どもを殲滅するはずだったのだ。脱出するなど、現状ではありえない判断だった。

 

 ではなぜハイデルは脱出装置に乗って宙に身を投げ出すこととなったか。簡単である。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()が、自らの意志の元にハイデルを投げたのだ。

 

 ダークスパイナーは、野生体を捕獲し戦闘ゾイドに改装した戦闘ゾイドだ。制御システムによりゾイドの意志や本能が抑えられた旧来のゾイドと違い、ゾイドとの精神的繋がり(リンク)が必要とされる。

 ダークスパイナーがハイデルを投げた理由はただ一つ。

 

 ハイデルは、もう『いらない』のだ。

 

 

 

 脱出装置と共に投げ出され、吹き抜ける冷たい風を叩きつけられながら、ハイデルは見た。薄緑色の装甲を自ら弾き飛ばし。血の様な深紅色のキャノピーを血走った眼光のように輝かせ、薄緑の装甲の裏に隠されていた紫と黒の禍々しいダークスパイナー本来の姿。

 それは、開発した者さえ予定していなかった幻のスパイナー。本来は想定されていない形態、ダークスパイナーの『素体』。

 

 

 

 脱出装置に衝撃が走った。驚いたハイデルが見ると、脱出装置を掴んだレドラーの姿があった。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の者ではなく、PK側のレドラーだ。

 

「なんだ!」

『ボーガン様。ここは撤退を』

「撤退だと!? バカを言え! ここを落されることの意味をキサマらは分かっているのか!?」

『いえ、ドルフ・グラッファー様からの指示です。「――準備は整った。総員テュルク大陸、古代都市トローヤへ集結せよ」とのことです』

「準備が……」

『すでに残されたゾイド、並びに人員、捕虜も積み込んであります。急ぎ、撤退を』

「……分かった。撤退だ!」

 

 眼下で広がる戦闘に向けて、ハイデルは唾を吐き捨てた。圧倒的力を持ちながら蹂躙を始めるダークスパイナーを見下ろし、ハイデルは苛立ちを隠せなかった。

 

「バカにしおって、たかが兵器の分際で!」

 

 

 

***

 

 

 

 ダークスパイナーは背びれから大出力の電波を発した。電波は瞬く間に戦場を駆け抜け、ディロフォースやディマンティスと言った小型ゾイドたちの制御システムを瞬く間に乗っ取る。その後に始まるのは目を背けたくなる同士討ちだ。

 ダークスパイナーの電波攻撃のメカニズムは、早々に距離を取って戦場を見ていたザルカによって伝えられている。しかし、その間だけでも半数の味方機がダークスパイナーの手に落ちた。

 

「乗っ取られた者は乗機を捨てろ!」

『愛機を捨てろって言うんですか!?』

「分からんか! いたずらに兵力まで失うのは得策ではないと言っておるのだ! ゾイドを失い、その上お前たちまで失ってしまえば我々の立て直しがどこまで伸びるか分からん! これが最後ではないのだぞ! ――まだ息のある機体は奴から離れろ。あれは、俺様が相手をする!」

 

 反論する部下たちに、それに倍する怒号をウィンザーは響かせた。

 ウィンザーのバーサークフューラーは、実はまだ制御(コンバット)システムが搭載されていない機体だ。外部装甲や、予定されていた標準装備も設計段階だったのだ。故に、バーサークフューラーは現在ゾイドとの精神リンクのみで動かす機体となっている。そもそも乗っ取られる制御(コンバット)システムが無いため、ダークスパイナーの眼前に立ち塞がってもその制御下に置かれない唯一の機体だ。

 

 ダークスパイナーが長い口にワニのような牙を覗かせ、噛みつきにかかる。バーサークフューラーは身を屈めてこれを躱し、横に回り込んで痛烈なキックを見舞った。弾かれたダークスパイナーは、しかしバランスを保ち強靭な脚力で大地を踏みしめると、長い尻尾を振り抜く。尻尾はバーサークフューラーの顔面を強打し、フューラーは苦しげな悲鳴と共にのけ反った。

 

 ――強い!

 

 ウィンザーは内心で感心しつつ、ダークスパイナーから視線を外さないようモニターを睨んだ。

 ダークスパイナーは、その見た目は忌むべきジェノザウラーに近い二足歩行の恐竜タイプのゾイドだ。だが、特徴的な背鰭はディメトロドンやゲーター、ゴルドスに当たる電子戦ゾイドのそれだった。

 電子戦ゾイドは、体内のエネルギーを用いて強行偵察や索敵などを担当するのが主だ。また、その情報収集能力と情報処理能力を生かし、長距離からの精密射撃を得意としている。ゴルドスはゴジュラス用のキャノン砲をもっての長距離射撃仕様、ディメトロドンはアイアンコング用のビームランチャーを装備したmk-2仕様や地対空ミサイルを装備したタイプが存在する。

 そして、小型のゲーターも含め、総じて格闘戦は端から想定していないゾイドたちだ。

 

 だが、ダークスパイナーはその常識を覆した。

 同じ電子戦ゾイドでありながら索敵や情報収集ではなく、敵機をかく乱、妨害電波の発信、ゾイドの洗脳まで可能とした攻撃的電波攻撃。それに加え、ジェノザウラーに近い前傾二足歩行の形態は高い格闘戦能力を有していた。装備を全て外し、野生の本能のままに戦う狂竜(バーサークフューラー)と一進一退の攻防を繰り広げられている事実が、何よりの証拠である。

 

 ――くそっ、思い出せ。コイツ(テュラン)を捕獲した時のことを!

 

 ウィンザーが完全野生体ゾイドと戦うのはこれが初めてではない。今現在、精神リンクのみで手綱を掴んでいる狂竜の野生体(オリジナル)捕獲を担当したのもウィンザーだった。

 これは初めてではないのだ。野生ゾイドに二度も負けるなど、ウィンザーのプライドが許さない。

 

 ダークスパイナーが再び牙を閃かせて襲い来る。バーサークフューラーのそれより長く、牙の数も多い。一度噛みつかれれば、幾本もの牙でズタズタに噛み千切られてしまう。

 

 ――よし、いくぞ!

 

 フューラーの意志に従い、機体をそのままぶつけに行った。ダークスパイナーの顎がフューラーの頭上で空気を食む。それを確認するより早く、鼻先を持ち上げてぶつけに行く。さらに、顎下を叩かれたダークスパイナーの胸に勢いをたっぷり乗せた尻尾を叩きこんだ。

 ダークスパイナーが怯む。たたみ掛けるべきだとウィンザーは思うが、フューラーの意志は反対に退くことを選んだ。ウィンザーは愛機を信じ、素早くフューラーを下がらせる。次の瞬間、鼻先を閃光が走った。

 荷電粒子砲。

 奪われたディロフォースのものだ。制御を奪い取った配下を操り、まるで一部隊の将のように、電波と言う指示を与えながらダークスパイナーは再び牙を向ける。

 

 ――いいだろう、こい! 熱き戦いだ!

 

 尽きることを知らないダークスパイナーの戦意にウィンザー=バーサークフューラーが笑った。互いに味方機の援護射撃を受け、ダークスパイナーとバーサークフューラーは三度(みたび)爪牙をぶつけ合う。

 

 

 

 刹那、鋭い射線が二機に向けられた。本能で向けられた銃口を察した二機は素早く距離を取る。銃口を走らせた先には、二機のガンスナイパーが立っていた。その上空には警戒飛行を続けるストームソーダーが。

 そして、二機の間を一筋の光が貫いた。蒼いそれは黄色の刃とその根元の銃口を二機に向け、互いを牽制する。

 

『おや? わりぃな。真剣勝負の邪魔をしちまったか』

 

 貫いた光とは真逆に、間延びした陽気な声が轟いた。

 光の主は蒼き刃の獅子、ブレードライガーだ。だが、ウィンザーが知っているそのパイロットとはまるで違う。

 誰だ? バーサークフューラーと一体化しつつあったウィンザーの思考に、疑問が生まれる。

 

師匠(せんせい)? ボーグマン師匠(せんせい)!?』

 

 僅かな沈黙、それを破ったのはレイだった。同時に、ダークスパイナーの呪縛から解放されていたコマンドウルフのパリスも呻く。

 

『なっ、ボーグマン少佐!? どうしてここに……?』

『話は後だ。それより、敵さんはもう引き上げちまったみたいだな。ま、お前らが無事だっただけよかったが』

 

 獅子、ブレードライガーは抜身の刃のような視線をダークスパイナーに送った。野生体ゾイドたるダークスパイナーはそれで怯むほどではないが、消耗した己と対峙する獅子との力の差を感じる程度の冷静さは持っていた。簡単に己の下に降るゾイドではないと、警戒しながら低く唸る。

 

『ちょいと本国(エウロペ)の方で一つの事実が分かってな。無駄に時間を浪費してる場合じゃねぇんだ。残ってるのがこの無人ゾイドを頭にする連中なら、どうにか矛を収められねぇか?』

『それは、どういうことでしょうか?』

『悪いが説明する時間も惜しい。共和国のネオタートルシップが来てるから、そいつに乗ってテュルク大陸を目指すんだ。話はそこで頼む。ここは、おれに従ってほしい』

 

 上空から降りて来たサファイアの疑問に、アーサーは人のよさそうな顔からは想像できない冷静な口調で告げる。

 

『アーサー・ボーグマン少佐。それは、我らガイロス帝国軍も含まれるのでしょうか』

『ああ、おれはルドルフ皇帝陛下とルイーズ大統領の名の元に派遣された。連合軍の指揮権を与えられてる』

『了解した』

 

 ガイロス側の将であるガーデッシュも折れ、ダークスパイナー自身も水を差されてこれ以上戦う気が失せてしまったのか、従えたゾイドたちを向かわせることはなかった。すこし不満げであるが、もはや争おうとはしない。

 

 チェピン要塞前の戦いは、意外な形で幕を閉じようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 が、

 

「ちょっと待ってくれ。ボーグマン少佐」

 

 そこで口を開く者がいた。カール・ウィンザーだ。

 

「俺様の上に立つ者はヴォルフ様ただ一人。皇帝陛下や大統領の名を挙げられても、俺様を止めることはできん」

『ウィンザーさん!』

 

 サファイアが叱責するが、ウィンザーは構わず続ける。

 

「これじゃ納得できんだろ。俺様も、テュランも、ダークスパイナーも」

 

 最後に紡がれたその名に、嘘のように闘志を鎮めていたダークスパイナーの瞳が輝く。

 

「まだ決着はついていないんだ。ダークスパイナー、奴との戦いはケリを付けさせてくれ」

 

 アーサー・ボーグマンの名は、帝国共和国問わず広く知れ渡っている。共和国最強のライガー乗り、七人しかいないレオマスターの、その中でも最強と言われる男だ。階級は少佐だが、実際は将軍の位にあっておかしくないような人物なのだ。その上、今は皇帝と大統領の名を背負っている。それに意見することは、すなわち二国の頂点に意見すると同じ事だ。

 そんな男に対し、ウィンザーは一切の礼儀を無視して告げた。

 

『ウィンザーさん! 今は少佐に――』

『ああ、構わんぞ』

『少佐!?』

 

 しかし、サファイアの説教が始まるより早く、アーサーはあっさりと己の出した指示を曲げて許可を出した。どこか嬉しそうに進み出たバーサークフューラーとダークスパイナーを余所に、唖然とする共和国帝国両軍の兵に、アーサーはあっけらかんと言う。

 

『決闘の邪魔をしちまったみたいだしな。――ほれ、最初に行ったろう? 制圧部隊はチェピン要塞の制圧。残りは生き残った連中をネオタートルシップに積み込め。さぁさっさと終わらせろよ』

 

 どこか釈然としないながらも、両軍はアーサーの指示に従って動き始めた。ダークスパイナーが乗っ取っていたゾイドも、すでにその制御下を離れたのか機能を停止している。ダークスパイナーは、手駒を全て捨てた状態でバーサークフューラーと向かい合っていた。

 

「さぁ、ケリをつけようか!」

 

 ギュァアアアアアアアアアッッッ!!!!

 ギュォオオオオオオオオオッッッ!!!!

 

 二機のゾイドは同時に咆哮し、最後の激突を果たす。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ネオタートルシップはへリック共和国が有する輸送ゾイドだ。ガイロス帝国の保有するホエールキングとは違い、巨大なカメ型ゾイドを元に作られており、背中が盛り上がった展開式のキャリアーを有している。ここからゾイドの発着を行うのだ。

 内部はホエールキングほど大きくはないものの、輸送機としては十分な設備を備えている。

 

「まさか師匠(せんせい)がこちらに来られているとは」

「まぁな。おれも、まさかこんな立場(指揮官)で辺境の大陸に飛ばされるとは思ってもみなかった」

「それも、ボーグマン少佐の仁徳故っスよ」

「茶化すな。……生き残りはお前たちだけか」

「…………」

「そうか……。パリス、お前が気に病むなよ。死んだ奴らは帰ってこない」

「分かってますよ」

 

 アーサーとレイ、パリスが再開したのは実に数ヶ月振りだった。感覚的に怪しいと疑っていた男の下に就き、共に未開の大陸に向かって言った弟子たちを見送るのは、アーサーにとって辛いものであった。だが、こうして無事生きていてくれたことを感謝することも出来た。

 

 レイとパリスは捕虜として捕まっていた際の疲労が溜まっており、そのまま医務室のベッドに寝かしつけられた。「他の兵たちが働いているというのに寝てはいられない」と二人は訴えたが、横になった途端、小さく寝息を立ててしまう。

 どうせ、起きたらまた戦場なのだ。アーサーはそのまま寝かせておくことにする。

 

 アーサーが向かったのはネオタートルシップのブリッジだ。そこには、今作戦の重要人物たちが集まっていた。

 ガイロス帝国特務部隊隊長にして、連合軍に合流したことでガイロス側の総指揮官に当てられたガーデッシュ・クレイド。事前に皇帝ルドルフの密命を受け、ニクス大陸で激戦を繰り広げてきた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)特殊部隊の副隊長、サファイア・トリップ。そして、

 

「遅いぞ! 早く始めようではないか!」

 

 カール・ウィンザー。

 バーサークフューラーとダークスパイナーの最後の激突は、その後の激しい格闘戦の末にバーサークフューラーが勝ちをもぎ取った。完全野生体ゾイドの激しい攻防戦は、その場にいた者たちの手を止め、思わず魅入らせてしまうには十分すぎる戦闘だったのだ。

 ダークスパイナーは消耗の末に鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が鹵獲することとなった。完全野生体ゾイドの知識を持つ者がザルカしかいないため、仕方ない措置であった。現在はバーサークフューラー共々ネオタートルシップの整備工場でザルカ指導の下、修理が進んでいる。

 

「おお、悪かったな。さて、早速だがこれからの話を始めよう」

 

 アーサーの言葉に、皆の視線が集まった。集まった主要メンバーを見回し、アーサーは口を開く。

 

「さっきも嬢ちゃんに訊かれて言ったんだが、実はガイロスの方である事実が分かってな。PKの最終目標だ。暗黒大陸の東部、テュルク大陸と呼ばれる地に眠る古代ゾイドを復活させようって話だ」

「『惨禍の魔龍』ですね」

「耳が早いな。サファイア、だったか」

「私たちの本隊も、数日前にその事実に行きついたそうです。私たちも、この大陸に住んでいる友人から訊いていますから」

 

 サファイアたちがそれを知ったのは、ライン・ホークとの接触の際だ。キリー・ブラックから話を訊かされたライン、それと捕虜となったブラックが話したことで、あらかたのことは特務隊、鉄竜騎兵団《アイゼンドラグーン》ともに掴んでいる。

 

「そっか。なら、話は早いな。奴らがチェピンを捨てたのも、その『惨禍の魔龍』が復活すればいくらでも取り戻せるからだ。おれは直に見てないんだが、あの『破滅の魔獣』に匹敵するゾイドだ。その力のほどは見るまでもないだろ。だから、おれたちはこのままチェピンを目指す。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)さんも、問題ねぇな?」

「はい、先ほどヴォルフ様にも連絡を取りましたから。私たちも一路、テュルク大陸の古代都市トローヤを目指します」

 

 「よし」とアーサーは頷く。ひげ面に右手を埋め、しばし思案してから次の言葉を言い始めた。

 

「それじゃあ、こいつは知られてないだろ。いいか、これは他言無用だ。別にこれからの戦いに深くかかわる事じゃない。ただ、戦うに当たって、おれたちは知っておくべきだと思う」

 

 前置きを入れ、一拍間を開けてからアーサーは吐き出すように言った。

 

「PKの現リーダーの一人。Kと呼ばれる男は、おれたち共和国に所属していたオーダイン・クラッツだ。それともう一つ、このオーダインって奴は――」

 

 アーサーの口から語られた事実は、この戦いの根底で滞留するある想いを表す。

 




これにて三パーティのストーリーが終了です。
次回からいよいよ決戦へ……と見せかけて、裏で動いてたもう一つのお話を片付けます。

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