ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

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第三章も大詰め、ラストバトルの開幕です


第77話:トローヤの戦いⅠ 惨禍の魔龍

 閃光、爆音、最後に衝撃波。

 

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。気づいた時には、己が機体は宙に舞いあがり、そして硬い大地に叩きつけられていた。二五トンを越える重量が――ゾイドの中ではこれでも軽い方だが――衝撃波だけで吹き飛ばされる様は、何かの冗談と思いたかった。粉雪舞い散り、日蝕の隙間から照り出した陽光を反射する中に飛んだ感覚は、刹那の間、夢を見ていたようだった。

 叩きつけられた衝撃で全身が悲鳴を上げる。ゾイドのコックピットは体の各部をシートベルトで防護している。躍動し、激しい重力に晒されながら走るゾイドの操縦は、肉体的な負担も半端ではない。下手すれば、走る際の荷重だけで身体が投げ出されかねないのだ。

 

 男は愛機――長い鼻と小型ながら相手を威嚇するに十分な鋭さの牙を持つマンモス型ゾイド、ツインホーンの重厚なコックピットの中で呻く。

 

「……あれが、魔龍。……まさに、災厄」

 

 狭いコックピットからの眺めは、鉄屑と化したゾイドの残骸の山だ。それを、その辺の石ころのように見向きもしない魔龍の姿に、戦慄以外感じる物はなかった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ズィグナーは愛機ツインホーンのコックピットに座り、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)全軍を指揮して古代遺跡トローヤに向かっていた。

 

 母艦、ドラグーンネストの鋏から続々と進出したグスタフのトレーラーには、数十体のゾイドが積み込まれた。物資も同様に、満載で進軍する。

 その数、主力となるディロフォースが五○、ディマンティスが三○、ブラックライモスが一〇。これに加え、沿岸を回り古代遺跡を目指す別働隊のウオディックが三○、マッカーチスが五○。飛行隊に属するグレイヴクアマが二○。

 ゾイドは基本一○機で一小隊を組む。中隊では三○機、大隊で一〇〇機だ。数だけで言えば、今現在ズィグナーが率いているゾイドは一個大隊に匹敵する数だ。別働隊の方はアクア・エリウスに指揮権が渡っている。

 これに加え、ニクスの民の一人――オスカー・ウラクニスが統率するレジスタンスの存在もある。その戦力は、ジークドーベルが二○とオスカーの駆るガルタイガーだ。

 

 この数、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が誇る輸送艦、ドラグーンネストの積載量ギリギリでもあった。大型ゾイドの数があれば、ニクス大陸への遠征など不可能だっただろう。この一年で、戦力の増強を小回りの利く小型ゾイド――従来のそれよりもさらに小型で、扱いやすいSSゾイドたちに集中していた。そのメリットが活きたと言えよう。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が出せる、最大の部隊だ。

 

 しかし、ズィグナーの表情は晴れなかった。

 

 ドラグーンネストを降りる際、レーダーがある反応を察知している。それは、これから向かうトローヤに凄まじいエネルギー反応を感知したことだ。反応から見て、ゾイドコアであるのは間違いないが、問題なのはコアが発するエネルギーだ。

 まず、熱だけで一万度を超えるエネルギーだったのだ。太陽の表面温度が六千から八千と言われており、これだけでもそのコアが持つエネルギーの総量の圧倒さが推し量れた。察知したエネルギーから、それは球体で、なおかつそのエネルギーは中心に押し込まれている。

 それに対する鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の主力は小型ゾイドたち。圧倒的な力を持つ一体のゾイドに対抗し、どれだけの犠牲が出るか、考えたくもなかった。

 

 これが人と人の戦争ならば、心理戦や物量を活かしての戦略、または兵糧攻めなどやり方はある。奇襲戦も有効だ。それを成せるゾイドが、こちらにはそろっている。

 

 ――しかし……。

 

 今回の相手は、否が応でも団員たちに悪夢を呼び起こしかねない。

 すでに団員たちに連絡は済ませてあった。今回の敵が、一年前に帝国共和国の総力を結集して倒された『破滅の魔獣(デスザウラー)』に連なるものであること。

 二大国家の全力を投じてどうにか討伐することができた彼の魔獣。それに対し、今回はほぼ鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)単体で挑まねばならない。団員たちの不安は、きっとピークに達していることだろう。

 

 そして、問題はもう一つ。その不安を和らげ、精神を鼓舞する総指揮官(ヴォルフ)がいないのだ。

 

 

 

 出立前、当然ヴォルフも愛機アイアンコングmk-2を駆って戦場に出向く手筈だった。常に団員たちの前に出て、団員たちの心の支えでもある若きリーダーの存在は、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の精神的支柱だ。

 だが、いざ出立と言うところで、フィーネがヴォルフを止めたのだ。

 

 曰く、『ヴォルフさんは私たちと一緒に来て。でないと……』だそうだ。

 

 要領を得ない言葉だ。ただ、フィーネがマリエスから預かったというペンダント、それがフィーネの手の中で淡く光っていた。

 

『逆転の一手は、ヴォルフさんを呼んでいるの』

 

 続けられたフィーネの言葉に、フェイトも賛同した。

 本来なら気に留めても、実行まではできないことだ。だが、フィーネは謎多き古代ゾイド人の生き残りで、フェイトもそれに連なる血筋だ。現代文明でも解明できない古代ゾイド人の力が何かを訴えている。

 そして、ヴォルフは一路フィーネ、フェイト、バンの三人と共にケープ遺跡へ、ズィグナーは全軍を率い、現れるだろうPKの防衛隊と火蓋を切ることとなった。

 

「ズィグナーさん、心配?」

 

 通信回線が開かれ、ツインホーンの横に鋭い爪痕を刻みながら歩む竜騎士のパイロットが顔をのぞかせた。

 

「ヴォルフ様のことだ。きっと、我々に勝利をもたらしてくださる。我々は、殿下の舞台に備えて露払いをするまでよ」

「不安そうね」

「それは、お前もだろう」

「……ええ」

 

 アンナの声が詰まった。

 ズィグナーもアンナも、ヴォルフの幼いころからの付き合いだ。ズィグナーは仕える忠臣として、アンナは傍で支えられる幼なじみとして。

 

「……ヴォルフ、あれからずっと思いつめてるのよ。ズィグナーさん、何か知ってるでしょ」

 

 アンナの言う『あれ』とは、帝都決戦の後の事、アレスタでの暴動のことだ。プロイツェンの下で甘い汁を吸っていた市長に対し、その横暴に我慢の限界を迎えた市民たちが暴動を起こし、それに対して市長側も鎮圧のために市民への攻撃を開始。結果、()()居合わせたヴォルフ率いる部隊が市民側に加勢し暴動を治めた、という一件だ。

 当時の市民の一部は、今はガイロス帝国が用意した仮設住宅地、若しくは市民の受け入れの意志を示したエリュシオンに避難している。一部の者は、そのまま永住する覚悟だとか。

 

 アンナは、あの時から鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)は大きくなったと感じていた。志願兵も増え、エウロペ北部で小さな村々を築いていた元ゼネバスの人々も、祖国の再建に助力するようになった。

 だが、代わりにヴォルフは思い悩むことが増えた。何に悩みを持ち、深く考え込んでいるのか、アンナには察することが出来ない。察するには、情報が少なすぎた。

 

「……いずれ、この戦いが終われば、ヴォルフ様も答えてくれよう」

 

 ズィグナーは胸の奥に溜まった空気を吐き出すように言った。ズィグナーも話してくれない。そのことが、少しばかりアンナをイラつかせる。

 

「私は、もともと敵だから、蚊帳の外って訳ね」

「アンナ、そうでは――!?」

 

 ズィグナーが何か言葉を口にしようとするが、それより早く警戒アラームが鳴り響き、二の句を遮った。上空からやってくる未知のゾイド。それに、地上を高速で駆け抜ける、これも見慣れぬゾイドの影。輸送用だが、レーダー設備も充実させたグスタフの内一機が、その姿と数を正確に割り出した。

 

「――来たか。総員、戦闘準備! 道を切り開くぞ!」

 

 ズィグナーの声に応え、グスタフの荷台でエネルギー消耗を抑えていた小型ゾイドたちが一斉に展開する。

 戦場は雪の降る荒野。だが、付近に岩山が点在しており、ディマンティス程度の小型ゾイドであれば潜むことも十分に可能だった。すぐさまディマンティスが岩山の影に息を潜ませ、必殺の瞬間を待ち構える。

 ブラックライモスが横にずらりと並び、主砲の大型電磁砲を彼方からやってくる敵に向けた。その隙間にはディロフォース達が入り込み、Eシールドの準備を済ませる。

 ズィグナーのツインホーンは一歩後ろに下がり、背中の加速ビーム砲を前方斜め上に展開させ、現れるだろう飛行ゾイドに狙いを絞った。

 グレイヴクアマ達も低空飛行を続け、最初に激突するだろう空域を制しに向かう。

 そして、ジェノリッターも大地を踏みしめた。尻尾の冷却部を展開し、脚のアンカーを落して腰を深く沈める。荷電粒子エネルギーが一気に集束し、口内でエネルギーの球を作りだす。

 レーダー上の敵の機動力を見るに、相手は高速ゾイドだ。高速ゾイドは砲撃戦よりも接近しての格闘戦を交えた近接戦闘で真価を発揮する。敵味方が入り乱れる戦場では、荷電粒子砲など容易に撃つことはできない。

 

 であれば、放てるのはこの一撃だけなのだ。

 

 

 

「いくわよ。グラム」

 

 愛機の名。アンナが名づけたそれはある伝説からとったものだ。とある伝説の中で、魔竜の鱗を切り裂いた伝説の剣。二本の大剣――ドラグーン・シュタールを翳す竜騎士の名として、申し分ないとアンナは思っている。

 そして、愛機――ジェノリッターも同じ思いだ。

 これ(大剣)を振うのはまだ。挨拶代わりの荷電粒子砲を凌いだ者がいるならば、この剣の元に斬り捨てて見せよう。

 陽光と粉雪で剣を乱反射させ、ジェノリッター――グラムの瞳がギラリと光り輝く。

 

「発射!」

 

 舞い散る白を飲み込み、全てを破壊する光が迸った。

 

 長い戦いの始まりとなる、破滅の輝きを。

 

 

 

***

 

 

 

 戦況は、一気に泥沼の体をなした。

 開戦の狼煙とばかりに放たれた荷電粒子砲は、彼方から押し寄せる高速ゾイドの群れを薙ぎ払った。だけでなく、ジェノリッターは発射の衝撃をアンカーと強靭な脚力でねじ伏せながら、角度を変えて斜め上の空にも荷電粒子の光を昇らせた。上空から迫る敵機を飲み込むべく、近づかれる前に、可能な限りの敵を倒すためだ。

 

 荷電粒子の煌めきが止んだ痕、そこには数体のゾイドの影が躍っていた。空を駆ける何機かのゾイドは撃墜し、地上へと落下したのが見えた。だが、落とせたのは全体のほんの数機に留まった。残りは、戦意をむき出しにし、空いていた距離を一気に詰め寄せ、小型ゾイドが中心の鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の戦線に躍り込んだのだ。

 目測だが、時速三〇〇キロは優に超えている速度で襲いかかるそれは、赤と銀の装甲を閃光のように輝かせ、展開したディロフォースたちを喰らった。

 赤い装甲に銀の爪といえば、ゼネバス・ガイロス両帝国で運用されたセイバー・サーベルタイガーが真っ先に浮かぶ。しかし、現れた閃光のようなゾイドは、タイガー型よりは僅かに小さく、だが同じくらいの獰猛さを兼ね備えていた。

 

「デス・キャットだ!」

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)と合流したニクスのレジスタンスの一人が叫んだ。

 彼の言う通り、現れたゾイドはデスキャットだ。『惨禍の魔竜』を封印する際、ガン・ギャラドと共に戦ったとされる古代のゾイドの一体だ。

 ガン・ギャラドほどではないが、ニクス大陸の伝承に伝わる圧倒的力の持ち主。古代ゾイドの出現に、その力を知るニクスの民を中心に不安が広がった。

 

「上だ! バトルクーガーもいるぞ!」

 

 上空から鷲と獅子を融合させたような機体が雲間を裂いて現れた。前方に突き出した一角と前足の肩部に装備したビーム砲を黄金色に輝かせ、空を制さんとばかりにグレイヴクアマに襲いかかった。

 大きさからして中型に分類されるゾイドだ。数は両機体とも三○ずつ。数の上では鉄竜騎兵団《アイゼンドラグーン》が勝っているが、どちらも中型の枠を超えた力で蹂躙にかかってくる。

 戦線は、一気に崩壊の音を立て始めていた……。

 

 

 

「臆するな!」

 

 そんな中、最初に戦線を切り開いたのはズィグナーのツインホーンだった。自身の倍は大きなデスキャットに対し、電磁牙(エレクトロンバイトファング)で開いた口に鼻先の火炎放射を叩き込み、ついで鋭い牙を差し込み、投げ飛ばす。

 

「我らがここで膝を屈していかとするか! 戦いは始まったばかり、ここで敵の出鼻をくじき、一気に魔龍諸共駆逐するぞ!」

「お前たち! 我々はPKに屈した無力な守り手ではない! これまで奴らの追撃を逃れ、力を蓄えて来たのはなんのためだ!? PKを我らが聖域から追い出し、我らの姫を救わんがため! 戦うのは、今だ!」

 

 ズィグナーに続き、オスカーも声を荒げた。黄色の機体を躍らせ、背部の小型荷電粒子砲が唸りを上げて上空から強襲するバトルクーガーを焼き払う。

 オスカーの乗るガルタイガーは、小型ながら荷電粒子砲を備え、デスキャットと同じ中型の位にありながらも圧倒的な力を有している。ニクス大陸に現存するゾイドの中でも、デスキャットやバトルクーガーと真っ向から戦えるゾイドだ。

 

 ――流石、指揮官を務めてるだけあるわね。

 

 アンナも二人の奮戦を目の当たりにし、心の奥が熱を帯びるのを感じた。

 最大出力で荷電粒子砲を放ったため、一時的にシステムを休ませていたが、本来ジェノリッターは援護射撃に徹するゾイドではない。爪と牙、そしてドラグーン・シュタールを用いた強力な近接戦闘能力、機動力と防御力も高水準でまとまり、部隊の最前線で猛威を振るうゾイドなのだ。小型ゾイドたちの援護ではなく、自らが前に出て敵を斬り捨て、部隊の突破口を作りだす決戦ゾイド。

 この場でのアンナの役目は、大剣の煌めきで文字通り戦線を斬り開くことにあった。

 

 

 

「グラム! いくわよ!」

『グガァァァァアアアアアッッッ!!!!』

 

 戦場にあってか、嘗ての暴君の面影を仮面の下に宿し、ジェノリッターが駆けた。大剣を翳し、構え、マグネッサーシステムの御蔭で得た二足歩行ゾイドとしては驚異的過ぎる機動力で、迫るデスキャット二機を真っ向から斬り捨てる。

 

「ここで立ち止まってなんかいられないわ。あたしたちは、あいつの――ヴォルフの道を作りに来たんだから!」

 

 ギラリと大剣を輝かせ、鋭い切っ先と湧き上がる闘志を集中させ、眼前のデスキャットとバトルクーガーの群れに突きつける。

 ジェノリッターは現状、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)側の、この場における最高戦力だ。始動する竜騎士の息吹に乗り、ディロフォースが、ディマンティスが、ブラックライモスが、己を奮い立たせるように、それぞれ金属生命体独特の金属質な声で鳴いた。

 

 戦場における重要なポイントの一つである士気を高めることに成功した鉄竜騎兵団は、上回られた個々の力を数で押し切り戦線を突き崩す。

 

 

 

 数と力がぶつかり合う。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)優勢のそこに、突如炎が躍った。

 生き物のように躍動する炎は、まるで地を這う蛇のように二機のディマンティスを飲み込み、焼き尽くす。

 次いで雷撃。雪を降らせる雪雲が、突如電気を帯びて地上を殴りつけた。数体のディロフォースがたたらを踏み、内一機が直接雷に叩かれ、硬直し、倒れた。

 

 恐々と上空を見上げる団員達。その視線の先に、二機のゾイドがいた。

 一機は黒を基調とした四足の龍。反り返った赤い角が、黒龍の威厳を知らしめる。

 もう一機は神々しい白と青を基調とした馬の様なゾイド。背中には鳥のような翼がはためき、頭部からは稲妻のように半ばで折れた、一本の真紅の角がそそり立っていた。

 

 ニクスの伝承に語られる、『惨禍の魔竜』復活に関わる伝説のゾイド。黒龍ガン・ギャラド、天馬オルディオス。

 

『さぁて、ぼちぼち始めるかよぉ』

『私たちは魔龍の守護者、この先へは通さない』

 

 それぞれのゾイドのパイロットが、採択を下すように告げた。天より現れた二機のゾイドはそれぞれ、ここまでの戦いの相手とは一線を科す力を言外に見せつけ、戦場に舞い降りた。

 

 だが、この二機が戦場に現れることは予てより分かっていたことだ。『惨禍の魔龍』と対峙するに当たって、古代の二機との戦いは避けられない。

 しかし、大戦力を向けたところで勝ち目は薄い。現存するゾイドの中で、最高の逸材を用意したところで、古代ゾイド人のオーバーテクノロジーが生み出した太古の災厄を封じるほどの伝説のゾイドには、到底かなわない。大戦力で挑もうと薙ぎ払われるがオチ。小細工をしかけようにも、戦場はそれを認めない荒野だ。

 

 では、ズィグナーたちが取る行動は?

 簡単である。強大なゾイドを相手にするならば、こちらも最大戦力をぶつけるのだ。ゾイドの性能で勝ち目がなくとも、ゾイドは性能と相性ですべてが決まってしまうただの兵器と同一ではない。

 ゾイドは、時に予想を覆す現実――奇跡を起こせる“()()”なのだから。

 

 性能で勝てないなら、最高のゾイドと最高のゾイド乗りのコンビを用意するのだ。

 そう、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が誇る、二人のゾイド乗りを。

 

 

 

 後方、大地を蹴って跳躍する黒い影があった。金属生命体の肉体を表に出した荒々しい機体。今現在、その機体は完成とは言えない。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のある科学者が生み出した凶荒の竜。

 

「おぉぉぉおおおおおッ!!!!」

 

 腹の底から雄たけびをあげ、強靭な脚力と脚部のスラスターを全開に狂竜は黒龍に突っ込んだ。ロクな火器がない狂竜は、しかし野生のころから研ぎ澄ませてきた牙と爪で空中の黒龍に組み付き、地上へと押し倒す。

 

『てめぇは!?』

「俺様はカール・ウィンザー! 愛と戦いに生きる誇り高きゾイド乗りよ! さぁ、噂の黒龍の力、今こそ見せてもらおうではないか!」

『上等だ! ぶっ殺してやらぁ!』

 

 瞬く間に超近接戦を繰り広げ始める黒龍と狂竜。荒野に舞い散る雪を押しのけ、黒龍の吐き出す炎と狂竜の爪による火花が、二機の間を支配した。

 

 

 

『ジーニアス……。さて、なら私はあなたたちを――!?』

 

 オルディオスが腰の砲塔にエネルギーを注いだその時、その背を何かが叩いた。

 稲妻を従える天馬の背に、音もなく忍び寄ったのはこちらも漆黒の機体色のゾイド。だが、先の狂竜とは違い四足の獣だ。鋭く長い牙を持つ猛獣。龍に対する竜、稲妻を従える天馬に対する、漆黒の雷獣。

 

「アンタの相手は――俺だ」

 

 勇ましい口上と共に登場した狂竜とは真逆。静かな、淡々とした口調で告げられる飾らない言葉には、厳冬期を迎えようとしたニクス大陸を上回る絶対零度の冷たさが宿っていた。

 

 オルディオスは機体を激しく上下させ、背中に乗った不埒物を振り落そうとするが、それよりも早く背後の雷獣は自ら飛び降りた。先ほどオルディオスが落とした落雷のように、一息に大地へと降り立つ獣は、白くなりつつある荒野に反旗を翻すような漆黒を翻し、鋭く赤い眼光を宿す。

 機体の心臓部、赤く脈打つゾイドコアに純白のオーガノイドを宿した漆黒の雷獣――グレートサーベルだ。

 

『あなたは、あの時の……』

「色々やらかしてくれたらしいなぁ。たっぷり、訊かせてもらおうじゃねぇの――ユニア・コーリン」

『いいでしょう』

 

 鋭い軌跡で地を駆け、二体は戦場を離れ、古代都市へと舞台を移す。“漆黒の雷獣”と“稲妻の天馬”の戦いが、火蓋を切った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ネオタートルシップが降りたのは、戦場となる古代都市トローヤより西に一〇キロの地点。着陸したその時にはすでに戦線の火蓋は切って落とされており、七キロ先からは爆音と衝撃がひっきりなしに伝わってきた。

 

「ボーグマン少佐、オレ達も行きましょう!」

「慌てるなパリス。おれたちは第二陣だ。分かってるんだろう?」

 

 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)が捉えた高出力のエネルギーは、当然ながらアーサー・ボーグマン率いるガイロスへリック連合軍も探知していた。今現在行われている戦闘は、PK側の視点から考えれば時間稼ぎだ。圧倒的力を持つ強大な一機を完全に目覚めさせるまでの盾役。ここで一気に突撃し、動き出す前に叩くのも有効だが、アーサーはそれが成功しないだろうと読んでいた。

 はっきり言えば、アーサーは『惨禍の魔龍』の復活は阻止できないと予測しているのだ。

 

 ではどうするか。それは、作戦はいたってシンプル。共和国の十八番戦法で、魔龍に対して先制打撃を与えるのである。

 

 アーサーが引き連れてきた部隊は、何も高速ゾイドとその護衛機だけではない。

 長射程のゴジュラスに、同じく長距離射撃用に装備を施したキャノニアーゴルドス。長距離射撃の名機カノントータス。共和国が誇る、遠距離からの重砲射撃部隊だ。

 彼らで倒せないまでも、出来る限り打撃を与える。その先は、援護射撃を怠らないように注意しながら接近し物量で叩く。単純ながら、これしかない。

 

 ――魔龍の情報がねぇってのが、痛いんだよな。

 

 『惨禍の魔龍』は古代の超兵器。彼の『破滅の魔獣』と凌ぎを削ったほどの機体だ。戦うに当たって、参考になるのは帝都決戦時のデスザウラーとの戦闘データだけだ。

 現在分かっていることは、共和国で復活プロジェクトが進められている惑星Zi最大の空戦ゾイド――サラマンダーが小鳥に見えるほどの飛行能力だ。しかし、飛行ゾイドは機体を宙に浮かし、高速での飛行を必要とする関係上、装甲が脆いのが欠点だ。なれば、デスザウラー以上の装甲は、持ち合わせていない可能性が高い。

 小回りの効かない地上での単純な重火力での圧力は、かなり効果があると考えられた。

 

 ――いざとなったら、小僧みたいに、おれもブレードで特攻かますか。

 

 嘗て、アーサーと同じくブレードライガーを駆った少年は特攻に近い突撃でデスザウラーの装甲を貫いた。この世界で最初に誕生したブレードライガー、と言う観点からでは、少年の方が操縦歴は長い。だが、アーサーは旧大戦時代から戦場に立ってきた共和国のエースだ。少年に出来て、自分にできないなど情けない。

 ふと、キャノピー越しに戦場を見据えるアーサーの目が細く締まった。獲物を見据えた獅子の如き覇気が宿り、アーサーは鋭く戦場を俯瞰する。

 先んじて戦闘に移っていた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とPKの防衛隊。そこに、空からの刺客が加わった。後方のゴルドスが捉えた映像には、天駆ける天馬と黒と赤を見に宿す黒龍の姿がうかがえる。話に訊いていたオルディオスとガン・ギャラドであろう。

 PK側の最高戦力と言うカードがこの時点で切られたことに不安を感じつつ、しかし、そのおかげでトローヤの守りは薄くなったと把握できた。

 

 高速部隊を突入させるなら、今を置いて他はない。

 

「ロン・アイソップ大尉。ガーデッシュ・クレイド大尉。ここは、任せていいか?」

『うむ、受け持とう』

『こっちもオッケーだ。存分に暴れて来い、クレイジーアーサー』

 

 嘗ての敵国ながら、素直に応じてくれるガーデッシュに通じるものを感じ、気兼ねなく応えてくれるロンに感謝の笑みを浮かべ、アーサーは通信回線を味方機に向けて開く。「柄じゃないな」と苦笑しつつ、老体を酷使し、張りのある声で言った。

 

「高速戦闘隊に告ぐ。おれたちは、これより戦場を迂回しつつ古代遺跡トローヤに向けて進軍する。魔龍とかいうバケモンが出てきたら、重砲隊の射撃を待って攻撃を開始、魔龍が空に上がる前に、一気に仕留めるぞ!」

 

 ゾイドと兵士たちの勇ましい雄叫びが唱和され、共和国が誇る高速ゾイドたちが一気に地を蹴った。アーサーのブレードライガーを筆頭に、レイのシールドライガーDCS-J、パリスのコマンドウルフACを加え、一気に決戦の地へと駆け向かう。

 

 

 

 徐々に、トローヤ周辺の大地が闇に覆われていく。ふと視線を持ち上げると、まばゆい太陽が顔を出していた。日蝕が終わるのだ。それも、皆既日食。魔龍復活の、最後の条件。

 果たされてしまったのか否か、否が応でも焦りが加速する。

 

 当然と言うべきか、PK側もへリックガイロス連合軍の存在は感知していたらしい。予備戦力と思しき部隊が展開され、高速戦闘隊の前に立ち塞がった。

 だが、槍のような陣形を成して突撃を駆ける高速ゾイドたちの勢いを止めるのは、非常に難しい。立ちはだかるレッドホーンが、ハンマーロックが、アイアンコングPKまでもが、槍と化した獅子と狼の群れに喰らい尽くされ、勢いを弱めることすら叶わない。

 

 勢いに乗った兵士たちの仲には、若干の慢心を感じる物もいた。自分たちは強い、このまま、一気に目的地まで到達できると、ある種安心を覚えてしまう者もだ。

 

 

 

 狂暴なる猛虎が狙ったのは、まさにその瞬間だった。

 

 

 

『ヒャッッッハァァァアアアアアアアッッッ!!!! ライガーどもだぁぁァァアアアアア!!!!』

 

 槍と化した部隊の横からフォトン粒子砲が叩き込まれる。岩山から姿を現したジークドーベル達の荒い射撃だ。それをシールドライガーたちがEシールドを張ることで防ぐが、刹那、割り込んだ緑の猛虎が爪でEシールドを叩き割った。そのまま、驚愕を顔に張り付けたパイロット諸共、シールドライガーのコックピットを粉砕する。

 

「あいつ――レッツァー・アポロス!」

 

 レイが思わず唸った。

 レイたちが指揮官――オーダイン・クラッツの裏切りにあって壊滅した戦闘。その時の、レイの最後の相手がこのレッツァー・アポロスの駆るセイバータイガーFTだった。以前は標準装備だったが、今回はセイバータイガーATが装備するアサルトセットを追加していた。

 

『ライガー、ライガー、ライガー! オレ様に潰してほしい連中がわらわらと……手土産にしちゃぁ豪華過ぎねェカ? さいっっっこうだぜェ、共和国!』

 

 次の獲物を見定めたライガーキラーは、焼け爛れた頬を軽くかき、再び必殺の電磁爪(ストライククロー)を叩き込む。

 

「させるか!」

 

 味方を倒されるわけにはいかない。レイは素早くフォローに入るべく、愛機の歩みを抑え、隊列から外れようとする。が、それよりも早く、先頭から離れた刃の獅子がセイバータイガーFTの眼前に立ち塞がり、牙で爪を止めた。

 

師匠(せんせい)!?」

 

 バチバチとスパークを走らせる爪を牙で押さえた獅子は、そのまま爪先に牙を立て、緑虎を放り投げた。空中で姿勢を制御する緑虎に対し、刃の獅子――ブレードライガーは身を屈めながら威嚇の体勢をとる。

 

「レイ。コイツの相手はお前には早い。ここは、おれが受け持とう。――パリス! 部隊の指揮は任せたぞ!」

『ええっ!? オレっスか!?』

「そうだ。大体、おれは指揮官とか柄じゃないんだ。お前の方が幾分マシだろうさ」

『だけど……ボーグマン少佐!』

 

 パリスは共和国での階級は中尉だ。小隊程度の指揮を任せられたことはあるが、少佐が指揮を執っていた一個中隊の指揮など初めてである。今集まっているへリック共和国高速戦闘隊の面々は、アーサー・ボーグマンという“レオマスター”の名の元に団結しているのだ。早々にその旗本が部隊を離れ、おまけに一中尉の指揮を受け付けてくれるのか。不安である。

 

「心配すんな。ハルフォードの教え子だろうがよ、お前は。高速戦闘隊で、エル・ジー・ハルフォード准将の名を知らねぇ奴はいない。自信持って行け、トミー・パリス中尉!」

 

 アーサーはそんなパリスの心情を察してか、その男の名を挙げた。途端、パリスの不満気な声はピタリと止む。

 

『……分っかりましたよ。――行くぞ!』

 

 パリスの指示に、高速戦闘隊の面々から再度雄叫びが唱和され、妨害するジークドーベルを突き破って前へと進む。高速戦闘隊がトローヤに到達するのは、もう時間の問題だ。

 

師匠(せんせい)! そいつは、俺にやらせてください!』

 

 ただ一人、ブレードライガーとセイバータイガーFTがせめぎ合うその場にレイは残った。

 レイは、過去にレッツァー・アポロスに敗北している。部隊は壊滅し、パリスと二人、PKの捕虜になるという屈辱を味あわされた因縁もあった。

 

「ダメだ」

 

 しかし、それを知っていてなお、アーサーの下した判断は変わらない。

 

「お前にはお前の“役目”がある。分かったら……あー、いや、分かんなくてもいいからさっさと行け」

師匠(せんせい)、そんな無茶苦茶な……』

 

 ため息交じりの愚痴をこぼし、しかしレイはそれ以上反論しなかった。これ以上は無駄だと分かっているのだ。アーサーに師事してきたレイだからこそ、その辺りの判断はつく。

 シールドライガーDCS-Jが部隊の最後尾に加わり、それを見送ったアーサーは、その瞬間に飛び掛かってきたセイバータイガーFTの奇襲をあっさり避けて見せた。

 

『ヒャハハ、コイツがレオマスター最強のジジイの実力かァ。いいねェ、すゲぇぜェ……アーサー・ボーグマン!』

「あいつらにはああ言ったが、あんまり時間かけるつもりもねぇよ。いつまでも指揮官不在ってのは、問題だろ?」

『てめェに用はねェってかァ? オレには、たァっっっぷりあるンだけどなァ!!!!』

 

 セイバータイガーFTが再びボロボロの爪を振りかざす。Eシールドは意味が無いと事前情報から察していたアーサーは、ブレードライガーの意志に身を任せ、機体を宙に躍らせた。

 

 

 

 高速戦闘ゾイド。帝国と共和国それぞれが生み出した獅子と猛虎、それを駆る最強のゾイド乗り(エキスパート)同士が、ここで爪牙を交える。

 

 

 

 その瞬間、凄まじい衝撃波が身を躍らせた二機を襲い、岩山に叩きつけた。全く予想外だったそれに、さしものアーサーもレッツァーも受け身を取れない。機体が激しく揺れ、激痛が身体を駆け巡った。

 

「……くそ、なにがあった……?」

 

 痛む老骨を叱咤しながら、アーサーはキャノピーから覗く愛機の視界を目の当たりにする。

 

 息を飲むような、圧倒的光景を。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 衝撃波は、古代都市トローヤの周辺で戦っていた者たち全てに等しく襲いかかった。

 ガン・ギャラドは空中で吹き飛び、どうにかバランスを保つのに必死だ。

 バーサークフューラーは反射的に足の爪を大地に叩きつけ荷電粒子砲を放つ時と同じように踏みとどまる。それ以外の行動がとれず、ただ衝撃波が過ぎ去るのを待った。

 オルディオスは器用に衝撃波に乗り、攻撃的なそれをどうにか受け流す。だが、受け流すのに必死で他に気を配れない。

 グレートサーベルは岩山の背後に回り、衝撃波が過ぎ去るのを待った。華奢な機体は外に出ればもみくちゃにされそうで、その場から動くことを許されない。

 

 一騎討ちに発展した四機でさえ、ろくに行動ができないそれに、展開していた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とPKも巻き込まれた。ディロフォースやディマンティスは互いにぶつかり打ちのめされ、グレイヴクアマは吹き飛ばされて彼方へと消えていく。バトルクーガーとデスキャットも同様に、唐突な攻撃に反応できず薙ぎ払われた。

 かろうじて対抗できたジェノリッターも、むろん身動きが取れる状況ではない。アンカーを落とし、ドラグーンシュタールを地面に突き刺して、吹き飛ばされまいと踏ん張った。

 

「い、一体何が……!?」

 

 突然ながらどうにか対処できたアンナは、その場でいち早く元凶の姿を見た。そして、この後に覗く災厄を瞬時に想起してしまう。

 

「――ッ! グラム、荷電粒子砲準備、急いで!」

 

 切羽詰まった主の指示に、竜騎士は文句の呻きを洩らすことなく、素早く荷電粒子を収束させる。だが、時間が足りない。すでに災厄は目前に迫っていた。

 

「出力はまだ半分――仕方ない、発射!」

 

 ジェノリッターの口内から光が湧水のように吐き出される。

 惑星Ziを滅ぼしたとされる『破滅の魔獣(デスザウラー)』の最終兵器――荷電粒子砲は、現存するあらゆる兵器を凌駕する。強靭なEシールドでさえ、デスザウラーが放つそれの前では無力だった。

 ジェノリッターのそれはデスザウラーのものほど強大ではない。だが、それでもゴジュラスやアイアンコングといった帝国共和国の最大戦力を沈黙、ないし行動不能に追い込む十分な破壊力を有していた。

 

 その荷電粒子砲に対し、災厄は、まるであざ笑うかのように首の砲塔から火を放った。首に装備された十の砲塔から放たれる短針弾頭(ニードルガン)。荷電粒子砲など簡単にねじ伏せられると見せつけるような四門のプラズマ粒子砲。

 災厄が一鳴きするだけで、粒子砲と弾頭がジェノリッターを飲み込んだ。

 

 

 

 弾頭の雨が治まった時、針の山となったジェノリッターの姿があった。プラズマ粒子砲の一本は荷電粒子砲で逸らしたものの、残りの三本はジェノリッターの周囲の地形を穿ち、不運にも射線上に入った鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)とPKのゾイドを光の中に消し去った。

 

「嘘……でしょ。なによ、これ……規格外も、いいとこじゃないの」

 

 古代都市には大穴が空いていた。その下からせり上がってきたのは、災厄だ。

 その姿は、まさしく(ドラゴン)だった。ガン・ギャラドの四足歩行形態をそのまま大きくしたような、しかし、それで納めてはいけない別枠のような存在だ。

 

 色は全体的に黒い。闇の中でもなお、黒さが目立つ。まさに漆黒だ。黒龍の異名を持つガン・ギャラドよりも相応しいのではないかと疑うほど、全身が黒い。ところどころ、目に痛いマグマの赤と毒々しい紫に染まり、災厄の禍々しさを一層際立たせる。

 脚は一本一本が太く、巨大だ。爪も相応に大きく、地殻変動で寸断されたとされるニクス大陸の切れ目は、この爪が作り出したのではないかと錯覚するほどだ。ゴジュラスすら簡単に踏みつぶせそうな爪は、しっかりと大地を掴み、傷跡を刻んでいる。

 なにより大きいのはその翼。町一つに匹敵しそうなほどの巨体、その全長を上回るほどの翼が雄々しく広げられた。翼の付け根には二門の巨大砲塔がそそり立ち、翼の中ほどには、山すら一閃の内に切断してしまいそうな鋭い回転鋸が備えられている。回転鋸は、背中にも背部武装と言う形で装備されていた。その色は紅い。返り血を塗りたくったかのような、鮮やかな紅だ。

 頭には、共和国ゾイドで見慣れたキャノピーがあった。だが、それもヘルディガンナーのように真紅で、まるで血を被ったような鮮やかさだ。口内にはずらりと牙が並んでおり、顎下から首にかけてには、先ほどアンナとグラムを嬲った十門のニードルガンと四門のプラズマ粒子砲が並んでいる。

 その頭からは、二本の湾曲した角がそそり立っていた。紫色をしたそれは、悪魔の角とでも言うのか、まさしく、惨禍の象徴と言えよう。

 

「まさか……こんな、こんな化け物が……デスザウラーが、可愛く見えちゃうじゃないの……」

 

 驚愕のあまり、アンナは逃げることも立ち向かう事も出来ず、ただただその異様に圧倒された。

 

 その時、龍が呻いた。口内にエネルギーが溜めこまれ、エネルギーが渦を巻いて、やがて球体を成していく。

 

「あ……あ、あ……」

 

 もはや、アンナは抵抗できなかった。それは、アンナだけでない。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の精鋭たちも、PKの老兵たちも、等しく抵抗することの無意味さを忘れた。

 

 すべてが等しく見上げる中、それは放たれた。龍の口から解き放たれた球体は、ゆっくりと空に打ち上げられ――――重力に従い、落下する。

 エネルギー体は、落下するごとに空気との摩擦で燃焼を起こし、灼熱を纏って大地へと突撃する。その光景を目の当たりにし、アンナは思った。その様は、隕石(メテオ)のようだ、と。

 

 

 

 そして、アンナの意識は飛んだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 閃光、爆音、最後に衝撃波。

 

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。気づいた時には、己が機体は宙に舞いあがり、そして硬い大地に叩きつけられていた。二五トンを越える重量が――ゾイドの中ではこれでも軽い方だが――粉雪舞い散り、陽光を反射する中を飛んだ感覚は、刹那の間、夢を見ていたようだった。

 叩きつけられた衝撃で、全身が悲鳴を上げる。ゾイドのコックピットは体の各部をシートベルトで防護している。躍動し、激しい重力に晒されながら走るゾイドの操縦は、肉体的な負担も半端ではない。下手すれば、走る際の荷重だけで身体が投げ出されかねないのだ。

 

 男は愛機――長い鼻と小型ながら相手を威嚇するに十分な鋭さの牙を持つマンモス型ゾイド、ツインホーンの重厚なコックピットの中で呻く。

 

「……あれが、魔龍。……まさに、災厄」

 

 狭いコックピットからの眺めは、鉄屑と化したゾイドの残骸の山だ。それを、その辺の石ころのように見向きもしない魔龍の姿に、戦慄以外感じる物はなかった。

 

 

 

 ズィグナーが感じた戦慄は、生き残った者に等しく与えられた感情だ。

 惨禍の中で生まれる感情は、一つだけ。

 

 絶望だ。

 

 “惨禍”とは「痛ましい(わざわい)」を意味する言葉である。禍――災いは、人に手にはどうしようもない天変地異。人のみでは抗うことの許されない、抗うことなどできない、災厄なのだ。

 

 “惨禍”の名を冠する龍は、嘗て災厄の力を持って“破滅”を冠した魔獣と戦った。惑星Ziの営みを破壊し尽くすまで、災厄を撒き散らしたのだ。

 

 伝承には、『惨禍の魔龍』という忌み名で残されているが、魔龍にはもう一つの名がある。『破滅の魔獣』がデスザウラーであったように、魔龍にも名があるのだ。その名は……

 

 

 

『……ギルベイダー』

 

 戦場に響いた()()()()()()が、その名を告げた。

 

 『惨禍の魔龍』――“ギルベイダー”――と。

 


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