ZOIDS ~Inside Story~   作:砂鴉

89 / 175
激闘トローヤの三戦
First battleは、フューラーとガン・ギャラドです。


第79話:トローヤの戦いⅢ 狂竜VS黒龍

 炎が、舞い散る粉雪を一瞬で融かす。

 振るわれる爪と尻尾が、小さな白を吹き飛ばす。

 突き込まれる槍を咥え、投げ飛ばす。

 

 何度目か分からない回数地面を転がり、二機のゾイドは向かい合った。しかし、それも一瞬で、瞬時に二機は駆け出し、互いの牙と牙を噛み合わせた。

 

 黒と赤の機体色の黒龍。漆黒の肉体を晒す狂竜。二体のゾイドは、熾烈な格闘戦を繰り広げていた。

 

 互いの装甲は傷つき、へこみ、ボロボロだ。否、装甲が薄い分、狂竜の方が損傷は大きい。だが、内に燃え盛る闘志は、両者とも一切尽きることが無かった。

 

「さすがだなぁ、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)。強者だらけだ」

「ほぅ、その言葉が言えるということは、俺様の仲間たちと剣を交えてきたみたいじゃないか」

「ああ」

 

 ドラグーンネストの甲板で激突したグレートサーベル。パイロットが不調ながら、ゾイドの方がパイロットを引っ張り上げ、不利な体勢ながら善戦した。

 続く海上でのレイノス。華奢で小柄な機体ながら、ガン・ギャラドをすっかり翻弄した。巧みな操縦テクと、周囲の配下の援護射撃を考慮し、性能差では段違いのガン・ギャラドが振り回されたのだ。

 そして、マリエスを助けるためにやって来たブレードライガー。この戦いは、あっさりしたものだった。レイノスとの戦いで思い知らされた技術。それを思い返し戦った刃の獅子は、拍子抜けするほどつまらなかった。

 最後に、竜騎士ジェノリッター。互いの持てる技術、闘志、戦闘に駆けるすべてを打ち込んだその戦いは、ジーニアスの心を震わせるほどのものだった。

 

「その、締めがテメェだ。退屈させねぇよ、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)!」

「そうか」

 

 短く返し、狂竜は荷電粒子砲を撃ち放った。集束量を抑えた、牽制の一発だ。ジーニアスはガン・ギャラドを宙に飛ばし、その射線の上を通過した。口内に灼熱を宿し、一気に解き放つ。

 これに対し、狂竜は素早く身を翻させた。吐き出された火炎放射から逃れるように、一気に走り出したのだ。荒れる荒野を駆け抜けるその速度は、二足歩行ゾイドの常識を打ち破るものだった。荒れ果てた大地を、巨体ながら軽快に駆け抜けていく。それだけでなく、大地を蹴って方向転換し、ガン・ギャラドを振り切ろうと駆けた。

 

「ちょこまかと……!」

 

 火炎放射を吐きながらの追撃は難しいと判断し、ジーニアスはガン・ギャラドを停止させた。飛行形態のまま、背中のパルスキャノンにエネルギーを回し、狙いを定めて連続で撃ち放つ。

 

 駆け抜ける閃光、次いで爆発。油断なくその様を見守るガン・ギャラドに対し、巻き上がった砂煙の中から狂竜が飛びだしてきた。バチバチと放電を起こす電磁牙(エレクトロンファング)がガン・ギャラドの眼前に迫る。

 

「ちっ……」

 

 ジーニアスは舌打ちし、ガン・ギャラドを一旦下がらせた。あのまま火炎放射を放っても良かったのだが、今回の相手はそれで止まるような相手ではない。“肉を切らせて骨を断つ”を本気で実践するような人間だ。無駄に傷を負い、致命傷を与えられては敵わない。

 

「ふぅ、……お前、ニクス最強らしいな」

「あ? その通りさ」

 

 断言するジーニアスに対し、ウィンザーは「ハッハッハ!」と突然笑い出した。

 

「なるほど、エリウスのおっさんが言う通りだ。蛙がおるわ」

「……なんだと?」

「蛙だ。“井の中の蛙”だろう? キサマは」

「だと……!?」

 

 ガン・ギャラドの背中、大型の砲塔にエネルギーが注ぎこまれた。ガン・ギャラドが装備する、外付けの荷電粒子砲――ハイパー荷電粒子砲だ。

 

「その減らず口諸共、荷電粒子の彼方に消えろ!」

「ふっ、受けて立とう!」

 

 互いの荷電粒子砲が一気に集束し、衝突、そして爆発。大陸を揺るがす爆発が、再び巻き起こった。

 

 ぶつかり合う二つの荷電粒子砲。一つは打ち上げ、一つは打ち落とされる。

 奇しくも数日前、黒龍は竜騎士――ジェノリッターと荷電粒子砲で戦った。互いの粒子砲を真っ向からぶつけ。力比べを行ったのだ。その時は、拮抗し溜まりに溜まったエネルギーが大爆発を引き起こした。

 

 バーサークフューラーは、ジェノリッターとは異なる出自で生まれたティラノサウルス型ゾイドだ。創り出したザルカ曰く、既存のゾイドとは全く違った性能を萌芽させる、全く新しいゾイドだという。それは、デスザウラーから零れ落ちたジェノザウラーをも上回ると、ザルカは予測していた。

 その装備は、前例たるジェノザウラーを元に作られていた。ジェノザウラーの外装を参考に、バーサークフューラーの『素体』は完成したのだ。主だった装備がまだ完成していないとは言え、ジェノザウラーとその改造機ジェノリッターに匹敵する力は有している。

 

 だから、この荷電粒子砲対決で勝るのはバーサークフューラーだ。少なくとも、ウィンザーはそう予測していた。

 

 

 

「――な、なにぃ!?」

 

 押し込まれる。バーサークフューラーが漆黒の身体から吐き出す荷電粒子砲は、ガン・ギャラドが叩きつけるハイパー荷電粒子砲に、少しずつ押されていた。

 脂汗を滲ませながら、心中で驚愕するウィンザーに対し、ジーニアスは勝利を確信した愉悦で、顔を歪ませる。

 

「勝った、とでも思ったか? 鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の特攻ヤロウ」

 

 にやりと歪ませた表情は、まるで主の意志を表すかのようにガン・ギャラドにも伝わり、硬い鉄の顔を歪め、嘲笑っているかのような表情を見せる。

 

「テメェは馬鹿だ。テメェが、オレとテメェらとの戦いの記録を見た上でこの戦いに臨んでるように、オレだってテメェの戦いの記録を訊いてきたさ」

 

 背中の砲塔から吐き出される滅びの光が、バーサークフューラーのそれを少しずつ追いやった。徐々に、光はバーサークフューラーに向かって押さえつけられる。

 

「テメェはこう思っただろうさ。あの竜騎士と互角だったなら、狂竜(そいつ)でも互角に戦えるだろうと。確かに、面白れぇ機体だ。コブラスのヤロウと戦ってるみてぇに、テメェの機体の意志ってのを、ひしひし感じるぜ」

 

 バーサークフューラーは、荷電粒子砲発射の衝撃を抑えるアンカーが装備されていない。元々、アンカーは後付けの外部アーマーに付属するよう設計され、素体の状態では全力の荷電粒子砲を発射することが想定されていないのだ。

 叩きつけられるハイパー荷電粒子の衝撃と、自身が吐き出す荷電粒子砲の衝撃に、爪を打ち付けた大地がビキビキと嫌な悲鳴を上げた。

 

「だが、竜騎士と戦った時のコイツは、真の黒龍じゃねぇ!」

「なん……だとぉ!?」

「足りないんだよ。コイツのエネルギーを全て引きずり出す、とっておきの鉱石(ディオハリコン)がなぁ!!!!」

 

 ジーニアスは得意げに叫んだ。

 ガン・ギャラドは、オルディオスと同じギルベイダーの封印に関わったゾイドだ。だが、以前ジェノリッターと戦った時、ガン・ギャラドはオルディオスの介入が無ければ荷電粒子砲の衝突の衝撃を耐えることが出来なかった。

 同じ封印のゾイドでありながら、二機の間に表れた力の差とはなにか。答えは簡単である。

 ジーニアスが言ったように、普段のガン・ギャラドには注入されてない“それ”があるからだ。ガン・ギャラドの力の源である、ディオハリコンが。

 ディオハリコンは、ゾイドの潜在能力を引き出す代わりにゾイドコアに多大な負荷を与える。小型の、生命力の弱いゾイドであればあっという間にエネルギーを使いつくし、死を迎え、石化する。ある程度の力を持つ大型のゾイドであろうと、コアの寿命を著しく消費してしまう。

 ディオハリコンは、()()()()()()のエネルギーとニクス大陸の鉱石が混ざり合って生まれた物だ。そのエネルギーは、()()の力を孕んでおり、唯一対抗策となり得たガン・ギャラドでなければ。完璧な制御下には置けないからだ。

 

 そして今、ガン・ギャラドは真に力を取り戻した。鉱石の()()()()()()と共に、災厄を封じも目覚めもさせる力を、完全に取り戻したのだ。

 

 ガン・ギャラドの装甲が、少しずつ紫色に染まって行く。同時に、身体のあちこちがライトグリーンに発光し始めた。機体の赤かった箇所は紫に。あちこちにライトグリーンのラインが文様のように走り、黒い機体を輝かせた。

 

 『惨禍の魔龍』を封じ込めしゾイド、『黒龍』ガン・ギャラド。これが、真の姿。

 

 

 

「オレの、『ニクス最強』の前に、沈め!!!!」

 

 ハイパー荷電粒子砲の輝きが、大地に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 ジーニアス・デルダロスは、そもそもニクスの人間ではなかった。

 彼の両親は探検家で、惑星ZIの全土を旅し、その成果を様々な集落で売りさばき、物々交換し、旅に必要な食材を手にして旅を続けていた。

 そんな両親と共に育ったジーニアスに転機が訪れたのは、彼がまだ五歳の頃だ。暗黒大陸を旅していたある日、ジーニアスと両親は襲撃を受けた。当時から閉鎖的な暮らしをしていた、ニクスの民による襲撃である。

 

 別の大陸から来た余所者。ニクスの民は、それを受け入れるつもりがなかった。『郷に入れば郷に従え』それを押し付けるように、無断の進入という罪で、ジーニアスの家族は襲われたのだ。

 

 ジーニアスが生き残ったのは奇跡だ。捕まり、拷問され、しかしその中でニクスの民に見出されたのだ。ジーニアスが持つ天賦の才と、ジーニアス自身の体質に。

 

 人の力はたかが知れている。ゾイドと言うはるかに上回る存在がいる惑星Ziでは、特にそうだった。だから、人は刃を、鋼を武器とする。

 ジーニアスがもつ体質は、武具に頼る人の努力を無に帰すものだった。鍛え抜かれた刃をなまくらに変え、弾丸を弾き返す鋼の肉体。そして、どんなゾイドも跪かせる、高い親和性。ゾイドとの精神的繋がり(リンク)を極限まで高める素質。

 そんな力を持つジーニアスだからこそ、ニクスの民は、彼らが守る掟の守護者に相応しいと感じたのだ。

 

 

 

 捕まり、開放され、ひたすら修行にはげんだジーニアスは、一つの教訓を得た。

 

 ルールは、破ってはならない。定められたそれを破ることは、己を不利に追い込んでしまう。知らなかったでは済まされない。ならば、慎重に事を選ぶべきだ。

 

 だが、その教訓はジーニアスを縛り付けるものだ。ジーニアスは自身が置かれた状況を嫌い、それを覆すものを求めた。

 

 その末に目指したものは、『最強』の称号。

 『最強』であれば、自身を縛り付けるものはない。

 『最強』になれば、すべて自由だ。

 『最強』となれば、もう、誰にも負けはしない。

 『最強』を得たなら、約束を果たせる。

 

 何時しか『最強』は、ジーニアスの生きるすべてだった。

 

 『最強』はオレ一人でいい。オレが唯一無二の『最強』となれば、誰にも文句は言わせない。『最強』であり続けたい。ルールを破らず、しかしその枠で『最強』になる。

 

 それこそが、ジーニアスの見出した『最強』だった。

 

 

 

 

 

 

 ――だが、なんだ?

 

 自問する。これまで不本意な、勝利も敗北もない形で別れてきた鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)に、その構成員の中でも『最強』を自称した男に、ジーニアスは勝った。主サマ(魔龍)の守護者であるという立ち位置を貫き、自らが科した『ルールの中での最強』に、ジーニアスはなった。

 少なくとも、その目的を達成できたはずだ。

 

 ――なのに、なんでだ?

 

 ジーニアスはさらに問う。

 目的を達成し、目指す『最強』の姿に近づいた。そのはずなのに、なぜだか、()()()()()()()()

 

「オレは、カール・ウィンザーを倒した。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)最強を名乗った男を、倒した。なのに、なんだ? この渇きは……?」

 

 渇き。ジーニアスは、渇いていた。目的を達成し、目指すそれに限りなく近づいたはずなのに、どうしても満足できない、満たされない。

 

 求めたものと違う? これで、最強とは言えない? 足りない。なにが足りない?

 

「……鉄竜どもを、全部喰らえば……満足できるか?」

 

 口に出し、少し納得した。そう、あくまで自分は『自称最強』を倒したに過ぎない。真の最強を倒したとは言えない。鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)には、まだまだ強者が残っているのだ。

 竜騎士を駆る女。

 空駆ける翼竜の男。

 漆黒の雷獣を従えた青年。

 

 全てを喰らい尽くせば、より『最強』の座に近づける。

 

 その時だ。戦場である荒野を巨大な衝撃波が襲った。少し前にギル・ベイダーが落とした隕石(メテオ)が再び来たかと思ったが、それとは違う。衝撃は大地に叩きつけられて発散されたのではなく、空中で四散していた。

 

『全軍に告ぐ』

 

 全周波数で、男の声が響いた。同時に、眼下の鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)のゾイドたちが息を吹き返したかのように吠えた。己を鼓舞し、主の出現に士気を鰻上りにさせる。

 戦場を見渡すガン・ギャラドの目が、一体のゾイドを捉えた。遥か彼方に臨む、一本角を掲げた赤い獅子。新たに出現したそれは、敵のリーダー。

 

「……あれを喰らえば、満足できるかぁ!」

 

 ジーニアスは舌なめずりする。空腹の果てに獲物を捉えた肉食竜の如き壮絶な笑みで、己の中に闘志が湧き上がるのを感じ取った。

 決めた。あれを喰らう。焼き、引き裂き、喰らう。最強の証を刻み付ける。魔龍(主サマ)の守護者たる証を、このテュルク大陸に知らしめるのだ。

 

 獲物を見据えた黒龍が、再び飛びだす。

 

 

 

 

 

 

 だが、

 

「やらせん!」

 

 黒龍の眼前に、黒き狂竜が現れた。荷電粒子砲同士の衝突が巻き起こし、未だ滞留する煙の中、背中に真紅の翼の残像を残し、爛々と輝かせた瞳に闘志のみを宿し、狂竜は黒龍に喰らいついた。

 

「っ――だとぉ!?」

 

 唐突のそれは、ジーニアスにとって奇襲だった。倒したと思っていた相手が、到達し得ない高度に現れたのだ。予想しろと言う方が無茶だ。

 不意を突いたバーサークフューラーは、ガン・ギャラドの頭に噛みつくとそのまま機体を回転させ、ガン・ギャラドの上をとった。振り落されるよりも早く片方の翼に噛みつき、電気を纏った牙(エレクトロンファング)で噛み千切る。

 

 「ガキンッ!」と火花が散るような音を立て、翼は噛み千切られた。ガン・ギャラドの強靭な生命力ですぐさま翼は再生を始めるが、のしかかられている所為でバランスを取ることが出来ない。翼の再生まで体勢を保とうにも、無理があった。ガン・ギャラドは堪らず大地に叩きつけられた。

 隕石を打ち付けたような衝撃と共に、ガン・ギャラドは大地と狂竜のサンドイッチにされる。ガン・ギャラドは槍のような尻尾を背中に回すが、逆にその尻尾に噛みつかれ、振り回されて投げ飛ばされた。必殺の間合いだったはずなのに、流れるようなカウンターだ。

 

「クッ……ソがぁ!!!!」

 

 怒号と火炎を吐きだし、ガン・ギャラドは二足歩行に形態を変化させた。地上での格闘戦ならばこちらの形態の方が優勢だ。二本の脚で大地を踏みしめ、ゴジュラス張りの安定感で迎え撃つ。

 バーサークフューラーは、近づくと同時に素早く尻尾を振った。ガン・ギャラドはそれを受け止め、お返しとばかりに投げ飛ばそうとする。が、その背を何かが殴った。鋭い爪を叩きつける一撃は、傷口がむき出しのガン・ギャラドにとって手痛いものだった。その隙に向きを直したバーサークフューラーが、短い腕を振るい爪で引き裂く。片腕が飛び、ガン・ギャラドは悲鳴を上げた。

 

「テメェ! 勝負の邪魔をすんじゃねぇ!」

 

 口内に火球を生み出し、吐き出す。上空を飛ぶ不埒者(レドラー)に向けたのだが、宙を自由自在に跳び回るレドラーにはあっさり躱された。

 そのレドラーに乗っているのは、サファイアだ。バーサークフューラーが荷電粒子砲に晒される刹那、割り込んだレドラーが、装甲が無く重量も軽いフューラーを掻っ攫うことでフューラーは荷電粒子砲の直撃を逃れていた。そして、ガン・ギャラドに奇襲を仕掛けたのもレドラーとのコンビで、だ。

 

「貴様、最強だとか言っていたな」

「ああ! だからどうした!」

 

 噛みつくような勢いで尻尾を繰り出す。バーサークフューラーの頭を狙ったが、それは僅かに頭の位置を下げることで躱された。

 

「たった一人で最強とは……はっ、笑わせる」

 

 バーサークフューラーは、ボロボロだった。装甲は傷だらけ。片腕が溶けており、真っ赤に赤熱している。それだけでなく片足もすでに半分融解しており、自由に動けているのが何かの冗談のようだ。

 

「ジーニアスだったな。貴様、花畑を見たことがあるか?」

「何が言いてぇんだ!」

「花畑はな、美しいものだ。一種類の花が整然と立ち並ぶ様もあれば、多くの花が群生し、映える景色を生み出すこともある。美しいものだ。だがな、目先にとらわれるのではない、花畑を構成するのは花だけでない。水、土、空気、多くの要素が重なり、下地となり、美しい花畑の景色を生み出すのだ」

 

 僅かな集束の荷電粒子砲が放たれる。咄嗟に射線から逃れるが、それは放射線状に広がりガン・ギャラドの装甲を嬲った。

 

「俺様は女性を花と考えているが、花だけでは美しさも半減だ。形にならない。花畑はな、多くの要素を結集させて生み出す作品なのだ。女性の美しさは、彼女たちの祖だった環境、影響を及ぼした周りの人々、その全てが重なり合い、美しい女性を生むのだ。それは、貴様の言う最強も同じだ」

「――なんだと?」

 

 バーサークフューラーが跳び離れる。そこに、場違いな小柄な影が飛び込んできた。二足歩行の恐竜型、貧相なコックピットと小さなミサイルポッドを装備したそのゾイドは、常識はずれの速度でガン・ギャラドの足元に突っ込み、尻尾のレーザーカッターを叩きつけた。

 

『悪いねぇ。一騎打ちを邪魔する様だけど、あたいもこの戦いに参戦してんだよ!』

 

 ガン・ギャラドの片足にダメージを叩きこんだのは小柄な歩兵ゾイド、マーダだ。そのパイロットは、高速で敵に突っ込みかき乱す、夢幻竜の爪。

 小型ゾイドの一撃で倒れることはなく、ガン・ギャラドはすばやく迎撃態勢をとった。尻尾の槍を突きだし、すれ違い様のマーダを貫き――大質量の砲弾の直撃に揺らぎ、捉えること敵わない。

 

『まったく、そのゾイドで無茶をする! 年長者はフォローするのが役割だろうが!』

 

 怒鳴り、愚痴を入れながら正確な砲撃を叩きこんだのは、少し離れた位置に構えたモルガだ。背中にAZ120mmグラインドキャノンを背負ったキャノリーモルガ。それを制御するのはロカイだ。

 

『いやー、あたいの性格じゃ無理だねぇ。真っ先に突っ込んで後ろから来る若人の道を作る。それも年長者の役目だろ?』

『あなたは突っ込み過ぎだ! 見てるこっちがひやひやする』

 

 絶え間なく叩きつけられる弾丸に、ガン・ギャラドの巨体も揺らぐ。直撃の衝撃がガン・ギャラドの体勢を崩した。空に逃れようと再生しかけの翼を始動するが、一閃するレドラーがそれを再度引き裂いた。

 絶え間なく続く砲撃に、その間を縫って一撃を叩き込むマーダにレドラー。その連携は、賞賛に値するほど見事なものだ。

 

「逃がしませんよ。守護者の一角、ここで仕留めさせてもらいます」

 

 レドラーに乗るサファイアが淡々と告げる。逃れる術を失い、間隔を空けながら急所にレーザーカッターとミサイルを叩き込むマーダに、少しずつ武装が破壊されていく。

 

「どうなってやがる! オレは、最強なんだよぉ!!!!」

 

 四足歩行形態に移行し、背中のハイパー荷電粒子砲発射口に再度エネルギーを注ぎ込んだ。だが、一気に駆けこんだバーサークフューラーが発射口を咥え、牙を軽く差し込んでから離し、回転して尻尾で薙ぎ払った。

 

「最強とは、俺様も目指しているものだ。だが、俺様は一人でその座を手にしようなどと思わない。たった一人で手にしたところで、美しくないのだ。一輪の花を無造作に投げるのと同じでな」

 

 満身創痍のガン・ギャラドの前に立ちつくし、ウィンザーはバーサークフューラーの意志に流されず、むしろ自らの意志に同調させながら叫ぶ。

 

「俺様が目指す最強は、仲間と共に勝ち取るものだ! 仲間とともに切磋琢磨し、影響し合い、その果てに手にするものこそに意味がある。貴様のように守るものを――ましてや、か弱き女子(おなご)を捨ててまで手にしようなどと思わん! 男なら、女を守ってこそだろうが! 貴様のように諦め、たった一人で手にした最強の座に、興味などない!」

 

 怒鳴りつけられる言葉は、ジーニアスの目指すものを否定する。形を変え、歪めながらルールを守り、その上で手にする最強など意味が無いと、ウィンザーはジーニアスの全てを否定した。

 

「なら……」

 

 だったら、

 

「なら、テメェの目指す最強は! 周りの奴らを『屈服』させられんのかよ!」

「屈服だと? 馬鹿馬鹿しい! 俺様は、この鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)だからこそ最強を目指せるのだ。一人一人の思いが違えど、全てを纏め上げ、一つに向けてくれる(ヴォルフ様)がいる! 皆が、それぞれ別々の目標を掲げようと、その全てを一つの目標へと淘汰させてくれる男が居る! だからこそ、俺様は地位も、居場所も、家族も、全て捨ててここ(アイゼンドラグーン)に入ったのだ! 奴等と共に最強を目指したいからこそ、貴様との戦いに全てを注ぐのだ! 奴らと共に、全員で最強になってやると誓ったのだ!!!!」

 

 吐き出した感情を叩きつけるように、ウィンザー=バーサークフューラーはジーニアス=ガン・ギャラドの額に額を叩きつけた。

 

「貴様の目指す最強はなんだ! それを受け入れて、認めてくれる者は誰だ! それを探す努力を積んだのか! 貴様は、目指す目標を掲げつつ、達成する“場所”を諦めていただけだろうが! 『()()()()()()()()』に、意味などあるのか!!!!」

 

 

 

 唾付け吐きつけられた言葉が、ジーニアスの心に反響する。

 ジーニアスは、ほんの僅かな時間、記憶の中に己を溶かした。記憶の奥底に溶け込んでいたそれを、己を縛り付けるニクスの生活の中でついに勝ち取った『ニクス最強』という座を思い返す。それと同時に得たのは、『ニクスの守護者』という立場。

 

 ――そうだ。

 

 ようやく気付いた。己を縛っていたのは、己が壊そうとしている掟ではない。ジーニアス自身だ。

 ジーニアスは掟を己に刻み、その枠組みの中で『最強』を目指そうとした。

 

 

 

 それこそが――()()()だったのだ。

 

 ジーニアスが己に科した枷は、ジーニアスを縛り付けた。それはニクスに住まう者として、ジーニアスが自ら自身に縛り付けた枷なのだ。

 この枷がある限り、ジーニアスには限界が存在し続ける。『主サマ(マリエス)を守る事こそ最強の証』と自らに言い聞かせている限り、ジーニアスの最強はその域を突破できない。

 

 ならば、ジーニアスが真に最強を目指すならば、その枷を取り除かねばならない。

 

 

 

「……オレは、『最強』になるんだよ!」

 

 ジーニアスの枷は、ニクスの大地で暮らすうちに、ジーニアスが自ら己に縛り付けたものだ。自らに科した枷を外せるのは、己のみだ。

 

 ガン・ギャラドが一際強く吠えた。大気をビリビリと振動させ、圧倒的な破壊の意志を籠めた音は、それだけで纏わりつくものどもを痺れさせる。マーダを、レドラーを、キャノリーモルガを。唯一縛られないのは狂乱の竜、遥か古代より生き続けて来たガン・ギャラドと互角に渡り合った、鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)最強の男が駆る、バーサークフューラー。

 

「主サマは、要らねぇ! オレは、独りよがりでも『最強』を目指す。オレは、どんな手を尽くしてでも『最強』になるってェ誓ったんだからなぁ! カール・ウィンザー! オレは、オレが最強になる事こそに意味があるんだ! テメェの価値観とは相容れねぇんだよ!」

 

 ガン・ギャラドが灼熱を吐き出した。凍りつくテュルクの大地を一瞬の業火が焦がし、焦土と化した大地に再生させた翼を羽ばたかせ、ガン・ギャラドは空へと舞いあがる。

 

「魔龍殺しの名声はテメェらにくれてやる。だが! 次はねぇ! 今度は、出会った運の悪い奴を片っ端から喰らい尽くす! 精々ぬるいエウロペで震えてな! 鉄竜どもが!」

 

 大音響の咆哮に乗せ、ジーニアスは叫んだ。そして、そのままテュルクの大地から遠ざかる。

 それを、ウィンザーはじっと見つめていた。黒龍の去った方向は南東。その先にあるのは、中央大陸デルポイだ。ニクスとはまた違う、そこもウィンザーたちにとっては未開の地だ。

 

『ウィンザーさん。いいのですか?』

 

 通信機からサファイアが問う。ガン・ギャラドとジーニアス・デルダロスの脅威は大きい。この先、どのような災厄がもたらされるかと考えたら、見過ごすべきではなかった。

 

『……奴の意志は、よく分かった。奴との決着は持ち越しよ。今度は、俺様が戦うかどうかは分からんが』

 

 灼熱を冷やす粉雪が舞い散る中、ウィンザーはガン・ギャラドの後姿を見送った。その背に、再戦の闘志を燃やして……。

 

 

 

『まぁ、今のあたいたちじゃ追撃なんて無謀過ぎだからねぇ』

『カッコつけてないで早く戻りますよ。ギルベイダーが残ってます』

『戦場では大局を見据えて行動するように。そう申したはずですよ。いつまで呆けているのです?』

「わ、分かってる! お前たち、すぐにヴォルフ様の下へ急ぐぞ!」

 

 ライン、ロカイ、サファイアの三人から口々に言われ、ウィンザーはバーサークフューラーをギルベイダーへと向けさせた。

 

 惨禍の魔龍は、健在だ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。