Third battleはブレードライガーとセイバータイガーFTです。
青い
それを成した獅子は、獲物を逃し苛立たしげに唸った。金属生命体の本能が眠るゾイドコアが刺激され、否が応にも怒りの感情を抑えきれない。それは、対峙する緑虎に対してであって、己を捻じ曲げるシステムに対してであって、宥める
「おいおい、少しは頭を冷やせよブレード。そんな我武者羅な動きじゃ、あいつは捉えられねぇぜ」
命のやり取りで、敵を仕留め損なうのは致命的だ。次に危機に晒されるのは、己の命なのだから……。だが、
「そら、次が来るぞ」
ブレードライガーの操縦桿を軽くひねり、癪ながら素直に反応したブレードライガーの真横に、電気を帯びた爪が叩きつけられる。強靭なEシールドを紙切れのように引き裂いてしまう恐怖の爪だ。だが、当たらなければ元々の
叩きつけた爪の代わりに、緑虎は肩のビームライフルを撃ちこんだ。だが、これもブレードライガーを微かに縮こませることで容易に躱す。腹部の三連衝撃砲から空気弾が撃ちだされ、吹き飛ばされると思ったら、それを先読みするかのようにブレードライガーは宙を舞った。
ビームライフルを躱すと同時に溜めを作り、次の衝撃砲を躱す伏線を張る。そして、宙を舞う機体に向けて撃ちだされたミサイルに対してはブースターの噴射角をこまめに変えることで、赤外線の網をすり抜けるように回避する。
まるで曲芸師のようなブレードライガーの動きは、緑虎のパイロットを苛立たせ、同時に興奮させるのに十分な見世物だ。
『おいおイオイ! やってくれンじゃねェのジジイ! バカにしてんのか? それとも、さっさと仕留めろって誘ってんのかよォ!!!!』
緑虎の攻撃は激しさを増す。叩き伏せるような爪、突き出される牙。雨のような衝撃砲とビームライフルの射撃に、吹き荒れる嵐を思わせるミサイル。その全てが、たった一体の高速ゾイドに向けて放たれる。
いかに高速ゾイドと言えど、その攻勢の嵐を全て回避しきるのは至難の技だ。射撃の嵐は掻い潜れても、合間に叩きつけられる爪牙の一撃に対処することが難しい。
一般的に、高速走行下での射撃は命中率が落ちる。人体では到達し得ない高機動の中、同じように高速で動き回る標的に対し射撃を命中させることは困難なのだ。故に、高速ゾイド同士の戦いでは格闘戦にもつれ込むことも少なくない。射撃は牽制に留め、いかに必殺の一撃を叩き込めるか。それが、高速ゾイド同士の戦闘の勝負の分かれ目だ。
だが、アーサーが対峙するレッツァー・アポロスという男は、一般的という枠組みに収まらない男だ。ガイロス帝国に傭兵として雇われていながら、正規軍の誰よりもセイバータイガーの扱いに長けており、シールドライガーを知り尽くしていた男だ。共和国の名だたるライガー乗りの多くが、レッツァーというライガーキラーの前に骸を並べる結果となった。その実力は、レオマスターの一角であるレイが、一度は負けているという事実からも明らかだ。
『ヒャッハハハハハ!!!! 潰レろ、食わレろ! ライガーどもォ! オレの前に沈めェ!!!!』
言動から狂ってるとしか言いようがないレッツァーは、セイバータイガーFTを限界まで酷使し襲いかかってくる。さしものアーサーも、なかなか攻勢に転じる機会を見いだせず、回避に意識を集中する。
セイバータイガーFTもブレードライガーも、すでに機体のあちこちに傷を負っている。戦闘に突入した刹那に襲いかかった衝撃波の所為だ。
アーサーは僅かに息をつける隙間でちらりと視界の端を確認した。スコールのように
二体の大きさはまるで違いながら、驚くことにその力は拮抗していた。ギルベイダーの胸部に装備された
だが、その戦闘を見て、アーサーは瞬時に察した。このままいけば、ライガーが押し負ける。力は拮抗。問題となるのは、ギルベイダーはまだまだ他の武装を投入する余裕があるのに対し、ライガーはすでに全力だと言うこと。機体の大きさの違いによる、武装の積載量の差。
しかし、武装の差などさしたる問題ではない。本当の問題は、ライガーのパイロットにあった。
――あいつ、慣れてねぇな。
見たことの無いライガーだが、それでもライガー――高速ゾイドだ。戦闘形態は大きく変わることはない。
高速ゾイドの真骨頂はスピードを生かした攪乱、そして死角からの強烈な一撃。だが、件のライガーは部隊の最前線に立って防衛線を敷いている。それは――ゴジュラスやアイアンコングのような強襲ゾイドの役目だ。
無論、ライガーがその役目に徹する理由も分かるし、ゴジュラスやコングを凌駕する力の持ち主であることもアーサーには判断できる。だとしても、アーサーにはライガーのパイロットの思考、そして戦法が手に取るように解った。それは、ライガーの戦い方ではない。
――あれが、
意識を引き戻すと同時にブレードライガーを一歩後退させた。眼前に叩きつけられる
が、そこで失敗を悟った。
セイバータイガーFTは爪を叩きつけると見せかけてそのまま大地を踏みしめ跳躍する。ブレードライガーの頭上を通り過ぎ、背後を盗られた。がりがりと爪が大地を削り、セイバータイガーFTが反転する。
『ヒャハハァ、もらっタぁ!!!!』
一撃加えられることを覚悟し、アーサーは身を硬くしながらカウンターを加えるべく身構えた。
だが、その一撃が入る直前、セイバータイガーFTは後ろに跳んだ。その刹那、ブレードライガーとセイバータイガーFTの間に
『わりぃ、おっさん。こいつは、俺にやらせてくれ!』
雄々しく吠えたてたのは、アーサーのブレードライガーのオリジナル。バン・フライハイトのブレードライガーだった。
***
戦場にたどり着いたヴォルフがまず見たのは部下たちを押しつぶす
荷電粒子砲がその辺の大砲と大差なく見えるほど、圧倒的な一撃だ。
味方だと言うのに戦慄を覚える。同時に、バンはブレードライガーのセンサーがあるゾイドを捉えたことを知る。
――やっぱりだ、生きてる!
目指す敵。その存在を認識したバンはその場から離れるべく動き出した。
「バン?」
「フィーネ、悪い。ちょっと行ってくる。ジーク、フィーネとフェイトを頼む!」
フィーネの返答に耳も貸さず、ジークをブレードライガーから二人が乗るシュトルヒに移させ、バンは駆け下りた。そのまま一直線に戦場を横切ると、目指す敵が見えてきた。驚くことに、バンと同じブレードライガーが渡り合っているが、それは事前に通信で知っている。ブレードライガーを駆って戦う男が歴戦の勇士であると知りつつ、バンはその戦場に割り込んだ。
セイバータイガーFTに奇襲をかけるつもりで挑みかかった攻撃。しかし、流石というべきかセイバータイガーFTは素早くバンの接近を察知し、その場を跳び離れた。
そして、ピタリと動きを止めた二機を前に、バンは口を開いた。
「わりぃ、おっさん。こいつは、俺にやらせてくれ!」
『……お前、ダン・フライハイトのセガレか?』
アーサーの言葉に、バンは彼が亡き父を知る人物だと知った。軍に所属していたことの父を知りたい想いがせり上がるが、今はそれどころではない。それよりも、
『あア? 誰かと思えば――小僧! まだ居たのかァ。マグマは飲み込めたかァ? それとも、結局分からずオレ様に教えを乞いに来たってェのかァ?』
「違う! 誰がお前の教えなんか訊くか! けど、お前に用がある」
展開していたブレードを仕舞い、バンはレッツァーのセイバータイガーFTの正面に立った。まっすぐ睨みつけ、一切視線を逸らさない。
「お前を、倒しに来たんだ!」
その瞬間、戦場を重力波が襲った。アーサーがちらりと魔龍の様子を窺うと、上空から翼の付け根に装備された二門の砲塔が煙を立ち昇らせている。古代兵器の一つ、重力砲による一撃が戦場全体を揺らしたのだ。上空からギルベイダーを抑え込む
重力波に押され、バンたちも揺らいだ。だが、膝を屈することはなく、バンの瞳も闘志を失っていない。
「勝負だ! レッツァー!」
バンは、心根の丈をぶつけるように言い放つ。
『お断りだ』
だが、レッツァーの返事は、以前バンと戦った時とは比べ物にならないほどけだるいものだった。
『オレ様はなァ……今! 共和国最強のレオマスターと! 戦ってンだよ! 邪魔すンじゃねェよ、半端ヤロウが!』
半端ヤロウ。レッツァーが吐き出したそれは、バンの胸に深く突き立つ。
そう、バンは半端だからマリエスを守れなかった。半端だから、この戦いでも最前線に立てなかった。半端だから、魔龍との戦いに介入できなかった。半端だから、
「半端だから、俺はお前を倒さなきゃいけないんだ!」
バンには嘗て、想いと意志をぶつける
戦いの最前線に立てず、仲間のためでなく、己のために刃を振うしかないか弱い獅子だ。
獅子――ライオンは、ある程度育つと群れを離れる。広大な自然界を彷徨い、力をつけ、群れの長の座を別の雄から奪い取り、居場所を手に入れる。今のバンは、群れから離れた孤独な獅子だ。力をつけ、再出発に賭ける成熟しきっていない獅子。
「俺は思い上がってた。デスザウラーを倒して、レイヴンを倒して、うぬぼれてたんだ。俺は、もう一度やり直さなきゃならない。相棒と、ブレードライガーと一緒に。そのためには! ライガーキラーとか言われてるお前にぶつけるんだよ、今の俺の全てを! じゃねぇと」
バンの脳裏に過るのは、己と全てが正反対な、黒いオーガノイドを従えた少年。
「
『小僧の独りよがりにオレ様を巻き込むンじゃねェ! 最高のライガー乗りになりてェなら、後でオレ様が懇切丁寧に教えてやるさァ。だから……オレの邪魔をするなァア!!!!』
限界だ。セイバータイガーFTが
降り注ぐ
『オイオイ。黙って聞いてたら、なかなか熱のある坊主じゃねぇの。気に入ったぜ。……なぁレッツァー。お前の言葉にゃ、一つ訂正してやらねぇとなぁ』
Eシールドが破られるのも構わず、シールドを展開したまま突撃したブレードライガーにセイバータイガーFTは大地に落ち、もがいた。
『教えを乞う? 教えてやる? 残念だ、お前には誰かの師になる資格はねぇ。自分のためだけに戦場に立つ奴が、誰かに教えられることなんざ一つもねぇ。戦いってのはなぁ、己の意志だけじゃあ語れないんだよ。ことに、おれたちみたいな『戦争屋』は特にな』
アーサーのブレードライガーがバンのブレードライガーに振り返る。そして、こくりと頷いた。
『やれよ。ダンのセガレ。たとえ負けたとしても、
アーサーは、モニター画面でにっこりと笑った。齢60を超えた老パイロットに似つかわしい、人なつっこいクレイジーアーサーの笑顔。
「はい!」
バンのブレードライガーと、レッツァーのセイバータイガーFTが向き合う。互いに小細工はなしだ。実力が伴わないバンは、一撃に全てを籠めるべくレーザーブレードを広げた。対するレッツァーは、さっさとこの戦いにケリをつけるべく機体を縮こませる。
『オイ小僧。さっきも言ったよなァ、邪魔すンなって』
「ああ」
『意味、分かンだろ』
「でも、あの時お前は俺に負けた。もう一度、負かしてやる!」
『あの時は、テメェの言う通り意識を外した所為で負けた。今度は、外さねェよ。邪魔な障害物を叩き潰して、後ろの老いぼれを討つ』
「やれるならなぁ!」
『いい、返事だ。精々無様な遠吠えを響かせろよ! 半端ヤロウ!』
レッツァーのセイバータイガーFTが駆けた。跳び上がり両脚の
ジークの居ないバンとブレードライガーでは、機体のスペックを全て引き出せない。バンは、ジークなしでは、ブレードライガーを一〇〇パーセント操れない。
だから、Eシールドを張った。バンが初めてブレード――シールドライガーを操れた実感を得たのは、Eシールドを自分の操縦だけで張れた時だ。例え破られると分かっても、爪が叩きつけられ、破れるまで一瞬の時間がある。バンにとって初めてだったEシールドに、逆転のチャンスを見出す。
双電磁爪《ダブルストライククロー》とEシールドが接触し、衝突のショックでまばゆい輝きが発せられた。バンは、その一瞬でロケットブースターを始動し、駆け抜ける。
「いっっっけぇぇぇええええええええええ!!!!」
その瞬間は、バンの視界が妙にゆっくりになった。Eシールドに叩きつけられた爪は、互いの反発力で激しく火花を散らす。その時、セイバータイガーFTはEシールドを足場に跳んだ。Eシールドの反発力と、爪に仕込まれた同等の反発力。レッツァーは二つを衝突させることで互いのシールドエネルギーをショートさせEシールドを破っていたが、今回は反発力で跳び上がった。
そのままセイバータイガーFTはブレードライガーの頭上で構えを取る。
『半端ヤロウ。てめぇは、まだまだ弱ェ』
呟くような言葉。次の瞬間、再びスパークを宿した
苦しげな悲鳴を上げ、ブレードライガーは地に伏せた。
だが、セイバータイガーFTは勢いを緩めない。ブレードライガーを踏みにじり、駆け出し、次の獲物へ獰猛に襲いかかる。
『時間だぜェ――レオマスタァァァアアアアッ!!!!』
離れて様子を見ていたアーサーのブレードライガーに、セイバータイガーFTが飛び掛かった。
一閃。
煌めいたのは、黄色い閃光。
崩れ落ちたのは、上下に真っ二つに斬り裂かれたセイバータイガーFT。
そして、アーサーのブレードライガーは機体一機分ほど前に出ていた。ブレードを、片側だけ展開して。
飛び掛かるセイバータイガーFTに対し、ブレードライガーは一歩だけ動いたのだ。一歩だけ進み、すり違いざまに斬り捨てたのだ。居合の一撃のように。
真のゾイド乗り、共和国が誇る七人のレオマスター、その最強と謳われるアーサー・ボーグマンの、洗練された一撃が、勝負を決めた。
『よくやった。坊主、この敗北をよく覚えておけ。これからが、お前の成長なんだ』
アーサーの言葉に、バンは唇を噛みながら頷く。敗北を噛みしめ、先へ進むために。
ギルベイダーの脅威は、世界を賭けたものでもある。だが、アーサーもバンも、それを無視して、成長のためにこの戦いに全力を尽くした。
アーサーは、部下の邪魔をされればこの先の戦況に関わると言った理由もある。しかし、バンは、完全に個人の意思で戦っていた。仲間を心配してもなお、それを貫けたのは、一つの意志だ。
――俺がいなくても、みんなが必ず解決してくれる。だから!
身勝手と思いつつ、バンは己に集中した。英雄と呼ばれ、驕ってしまった己を、再出発させるために。