瞬間。白と黒が夜空から堕ちる星の様に振り下ろされた。
それは自らに振り下ろされた凶刃に他ならない。
向かい来る死を見惚れるようにゆっくりと眺める。
反応できないはずがない。
この身は既に人を超越しているのだから。
理性が警告し、力を得た身体が警鐘を鳴らす。
このままでは黒き刃は腹部を突き刺し、白き刃は頭部を跳ねるだろう。
手には朱槍。
怯えるような心と巧みな技量。2つの矛盾を抱えた懸命の一振りが2つの死を弾き返す。
舞う火花。迂闊にも再び見惚れる。
その隙を逃すはずがない。
迂闊な自分を仕留めようと目の前の死の具現でもある男は幾度も2対の双剣を振るう。
また、恐怖に駆られてそれを弾く。
弾く。弾く。弾く。
終わらない剣戟。
常人なら既に体力が尽きているであろう戦いは無限かと思わせるほど続く。
「ッ!ぁ…ハァ…ハァ!」
悪態をつく余裕はない。
この程度で疲れる身体ではない。追いついていないのは自らの精神だ。
自分はこのような戦いを行える…否、戦う人間ですらなかったのだ。
疲れているのは心だ。
同じレベルの実力の者同士の闘争とは、本来高揚感をもたらすというが全く感じられないのは心が対等ではないからだ。
しかし、人は馴れるものだ。
少しずつ、少しずつ勝手に反応していく身体と、心の齟齬が埋まっていく。
朱槍は手足の延長線上のように動く。
自らを中心にそうあるのが当然のように暴風のごとく目の前の「敵」を弾き飛ばす。
そう、能力値や技術では自分の方が上なのだ。
負ける道理がない。
負けるとしたらそれは正に互いの切り札の切り所、もしくは性能に他ならない。
そう。切り札だ。
自らの手元のソレがなんであるかを思い出し馴れた手付き、熟練の動作、初めての感覚という矛盾に身を任せる。
こんな駆け引きなどなくとも、この槍は必ず相手を仕留めるのだ。
もっと早く使うべきだった。そう自分の中の理性が後悔を滲ませる。
その時。
なぜ愚かで未熟な、戦いの経験など一切ない自分の理性なんぞを信じたのか。
虎の威を借る狐は気づかない。気付けない。
けれどもその神秘は本物で眩く。
一時だけ自分の心を照らした。
「
魔力が、否。
神秘が高まる。
赤き朱槍を俺は神話の様に……放つ!
「
先程までとは一転した気迫で放たれる朱槍に敵である男の驚愕は一瞬。
けれど…
その唇に小さな笑みが浮かぶ。
いや、『彼』は戦闘中にそのような事はしないだろう。
ならば自分が感じ取った笑みは何か。
そう、敢えて言うなら雰囲気が笑ったのだ。
「■■■■――」
男が何かを呟く。
何をしようが無駄だ。
放たれた朱槍は心臓を穿つことは『決定』している。
槍は2対の双剣をくぐり抜けありえない軌道を描き対峙する男の心臓に向かう。
いや、正確にはもう刺さっている。
そう在るのが、かの英雄の魔槍なのだ。
「――――え?」
男の眼前に現れた桃色の巨大な花びらがソレを阻んだ。
と同時に――
「――あ」
男の振るう白い剣が瞬く間に俺の首をはねた。
そして流れるように手足を両断する。
この身体は死ににくい事を良く解っている。
見事という他ない。
自分も彼のことは情報でならよく知っていたはずなのに。
切り札を先に切ったことで、いや、そもそも知られていた
切り離された身体では叶わぬことだが彼に喝采を。
ソレに比べて自分は――
ああ、なんて、無様――
次こそは間違えないようにしないと。
薄れ行く意識に対峙していた赤い騎士を思い描きながら視界と感じられる世界は白く染まっていった。
◆
「平和だな…」
桜の花びら舞う登校ルートを通りながら俺、
高校生活もこの一年で最後だ。
かけがえのない時を過ごせたかと言ったら疑問は残るが、まあ今のところ悪くはない。
大好きなアニメ、ゲームも追いつけないほど毎月新作が来るし、友人たちとソレについて語り合う時間はきっと幸福なのだろう。
その好きな作品の様に波乱万丈な事や、刺激にあふれた非日常とは無縁で、寂しさは残るが、人生こんなもんだろう。
『嘘だね。全然納得してないって顔してるよ』
「――え?」
まるで見透かしたかのような少女の声。
周りを見渡せど声の主は見当たらず、不思議な感覚で俺は首を傾げる。
気のせいだと断定するが聞こえた言葉はあまりにも自らの人生の不満を突いたかの様で、心に小さな棘を埋め込まれたような錯覚に陥る。
納得してないだって?
納得できるはずもない。
だが、納得できなくても理解しなければこの世界――現実からは置いて行かれてしまうのだ。
正義の味方や悪の秘密結社なんて世の中にはきっと存在しない。あったとしても、きっと自分が思うよりドライなものなんだろう。
自分の好きな物語は夢や希望に溢れている。だが、現実はその悉くを裏切るのが道理だ。
夢や希望が現実にあふれていたら、フィクションは存在できないだろうから。
それが俺の持論だ。
自分には特別な力なんてなくて、そんなものもきっと手に入らない。
世の中に在ったとしても凡才な自分では到達すら出来ないことだろう。そしてソレは、自分が思い描いているものとはきっと別物でとてもドライなものなんだろう。
非日常を求めるのは物語という隣の芝生は青いからか――
「それとも、現実があまり好きでないからだろうか?」
『じゃあ捨てちゃえば?』
今度ははっきりと聞こえる少女の声。
水面に水滴を落とすと出来る波紋のようにその声は染み渡っていき、不安は布に染みこむ水のように広がっていく。
『貴方の本当にしたいこと、なりたいもの、
薄々感じていたこと、将来探すべきもの、見つけ出すべきものを、少女の声はすべて否定した。
「嘘だ」と叫びたくなる気持ちが心に溢れる。
そんな世界はあんまりだ。
俺は、この先どれだけの努力を重ねても物語の登場人物のような何かを得る生は得られないというのだろうか。
だが、何故かその時少女の言葉は真実だと解ってしまう。
言葉では表現できず、頭に直接計算式を叩き込まれるかのように野中健は可能性を見せられた。
「あ…そうか…俺…結局…」
平凡な幸せを過ごす未来が在った。悲惨な結末を迎える未来も視えた。
だがどれも、現在の野中健を満足させるものは無い。
知らず膝をつく、瞳には涙が溢れている。
慌てて周りを見渡すが世界は徐々にぼやけていた。
『ね?だから貴方の未来を頂戴な。代わりに望むものをあげるから』
ぼやけ続け、焦点の合わない世界に反比例して少女の姿は白い雪のような印象を与える、可憐な姿だった。
だが、その姿を自分は好きな創作物でよく知っていた。
「イリヤ…?」
そう、自分のよく知り、好きな作品のFATEシリーズで登場するキャラクターの一人だ。
やはり自分はおかしくなってしまったのだろうか。
現実に絶望して二次元のキャラクターを幻視してしまうとは…
『ああ、貴方にはそう見えるんだ…で、どうする?契約する?私に未来を渡せる?』
どうでもいいことのように俺の問いを聞き流して、俺に再び問をかけるイリヤの見た目を持つ少女。
「選択肢…あるのか?絶望を魅せられて、よく解らない内にに理解させられて」
『それもそうね。でも私なら貴方に用意できるわよ?』
「…何をさ?」
『物語のような人生を!喝采を!夢を!希望を!』
――ああ、それは野中健には都合が良すぎる存在だ。
けれど、世界に残された未練を根こそぎ奪われた男が選ぶものなど決まっている。
それが悪魔の契約であろうとも、もうその手を取る以外考えられない。
選択肢等、とうにないのだ。
「契約しよう。名前も知らないし、脅迫のようなものだったけど、なんだかアンタは信じられるような気がするんだ」
『名前はいつか教えてあげる。信じて正解よ。ようこそ。
彼女の差し出した手をそっと握る。ぼやけた世界はガラスのように砕け散り、現実という悪夢は消え去った。
地面も空もないが、落下していく感触に、絶叫モノのアトラクションに乗る時と同じ、腹の中が浮き上がる嫌な感じだけがやけに印象に残るのだった。
◆
気がつけば、白一色の世界。
別に雪が降っている訳ではなく、ただ白く、どこまでも続くように広いのだ。
あたりを見回せど白色ばかりで何もない。
「おーい!」
途方に暮れていると、遠くに白い机で何やら書類仕事をしているかのような老人がこちらを見ている。
声の聞こえた方向からしてあの老人が自分を呼んだのだろう。
何やら姿のぼんやりした老人だ。うまく視認できないというか、ここに来る直前のぼやけた景色みたいだ。
気にしても仕方ないと立ち上がって老人のいる方へと向かう。
すると、とても遠くにいるように思えた老人の前に瞬時に移動した。
移動したのが自分か老人化は判断がつかない。
驚きで地面を確認していると老人の声に遮られる。
「何もわからんよ。そういう場所だ」
「そういうものなのか」
「そういうものじゃ」
「そうか」
「そうそう。お主、転移希望者じゃな?適当だけど権威ある書類と一緒に来やがって、迷惑なやつじゃ」
クエスチョンマークを多数浮かべるような状況である。それにしては初対面で迷惑者呼ばわりはひどくないだろうか。
自分はあの少女と契約したが…少女が権威ある存在だったのだろうか?それとも――
「疑問はもっともだが、そういう場所じゃ。望む能力を、見合った容量だけ振り分けて異世界に送る。ここはそれだけの場所だよ」
「ま、マジか…すげえな。まるで――」
「物語の中のようだろ?だが事実ここは存在している。さあ、何が必要かね?」
「じゃあ――!?俺も物語の登場人物みたいな人生が――」
「そんなもんは大前提じゃわい!欲しい異能を聞いてるんだ」
異能――異能!!
歓喜で感情がコントロール出来ない。
自分が神様転生…この場合は転移なのか?――のような目に会えるとは…!
一体どんなモノがいいだろう?
やっぱ宝具?それともスキル?
どの程度の制限かは「見合った容量」だけって言ってたがどの程度なんだ?
「…FATEのサーヴァント全部の能力って容量足りる?」
「お前さんそりゃあ――余裕だわな」
「うぉぉぉぉぉぉぉすげぇぇぇ!」
「けど、それはお前さんが望むものじゃないじゃろう?適度な制限が必要なはずじゃ。お前の物語のために」
そう言いウインクする老人。
案外茶目っ気が在る性格なのかもしれない。
しかし、俺もソレは思っていたところである。
どんなサーヴァントの能力も得られる。確かに万能だ。
だがただでさえ持て余しそうな強大な力なのだ。何かしら制限を入れたいと俺もすぐには思った。
なぜ最初にすべてのサーヴァントの能力を選べるか問うたのは、「能力の容量」とやらどこまでが限界なのか知るためである。
「じいさん…解ってるな」
「まあ、全サーヴァントの能力な時点でアレじゃがのう」
「そうは言っても自分の第二の人生がかかってるんだぜ?多少は強力な能力が欲しくなるもんさ」
「まあの。さて、能力じゃが…」
老人…爺さんはどこから出したか虹色の書類に羽ペンを走らせる。
流れるように描かれる文字を目で追ってはみたが、何語なのか以前に文字とは「認識」できなかった。
やっぱりここは不思議空間のようである。
「宣言したクラスのサーヴァントの能力を得る。しかし他のサーヴァントに切り替えるには半日かかる。サーヴァントのメリットもデメリットも負うことになるが、精神への影響は微弱…こんな感じでどうじゃ?」
「乗った!」
爺さんの提示した能力は実に俺好みだった。断る理由はない。
飛ばされる世界によっては厳しいかもしれないが、サーヴァントの力が効かないような危険な世界ではどのみち俺では長く持たないだろう
思案に耽っていれば、爺さんは先ほどの虹色の書類に何か文字のようなものを書き足し、書類は光の礫となり消え去った。
…自分自身が変わったようなところは感じられない。
だが、確かに能力の使い方は解る。
自分の中にナニカが形成されていく感覚。
「最初はどのサーヴァントにするべきか…凄い能力じゃあ使い切れるかわからないし――生存率が高いあのサーヴァントにでもしようかな」
「ならば言うが良い。君の
老人に促されるまま、俺はサーヴァントへと変化する言葉を告げた。
「チェンジ!『ランサー』!『クー・フーリン』!」
言葉を吐き出すように告げれば身体を駆け巡るのは熱。
まるで違う生物になったかのように力が漲る。
広がる視界。
漲る魔力。
すべてを掌握した時、この世のどんなモノと戦っても負ける気はしなかった。
「――あ?」
身体を駆け巡る力を感じていると手中に現れる朱い槍。
あまりに美しく。神秘を感じるその槍はこの身が変化した英雄。「クー・フーリン」の所有する伝説の武器…宝具だった。
「名付けるならシャドウサーヴァントといったところか。鎧などはお主がその英霊の力を掌握すれば具現化するだろうよ」
「シャドウサーヴァント――」
自らも呟いて、自分の中でその力の存在を噛み締めるように意識した。
これなら誰にも負ける気がしない――!
「これこれ慌てるな。転移先によってはそのままじゃ間違いなく死ぬぞ?」
「この俺が死ぬって?今の俺が?爺さん。これならどんな世界でもやっていけるさ!」
「まあそうなるわな。一般人が力を手に入れてそうならん場合は少ない。まあお前さんのために練習相手は用意してあるよ」
「練習なんていらないって…ぇ?」
面倒だと告げる直前。白と黒の閃光が視界の隅に走る。
優秀なこの身は、脳がいくら間抜けでも、容易くそれらを朱槍にて迎撃した。
急な事態に鼓動が早まる。俺を殺しに来たアレはなんだ!?
それと同時に理性は理解する。
そう、あれはよく知っている。
なんせ自分の一番好きな作品のキャラクターの一人だ。忘れるはずがない。
目の前には赤い騎士が立っていた。
お互いに何者かなど確認するまでもなく、殺し合いは開幕を告げる。
未熟な己はそうして、初めての最期という矛盾を迎える事になる。
ああ――なんて――愚か。