――何度目の死を迎えただろうか。
俺の身体はどういう死を迎えても時が戻ったかのように元通りとなった。
文字通り訓練というやつである。
相手は本物の英霊だ。
戦闘経験や技術は完璧に受け継いでいるが、いざという時に身体が怯えで消極的選択をしてしまう俺では歯がたたない。
死亡回数が50を超えた頃だろうか。
恐怖よりも悔しさが勝るようになる。
愚直に、技術的に矛盾した槍を振るう。
振るう。振るう。振るう。
振るう。振るう。振るう。
ソレしか知らぬかのように愚直に槍を放ち続ける。
槍兵の戦闘経験はソレを否定もしないが肯定もしなかった。
――ただ、槍は最初よりずっと軽く感じられる。
「――!?」
赤い騎士が僅かに驚愕に満ちた表情をする。
そう。本来の大英雄クー・フーリンの速度に英霊エミヤでは「目」以外は着いては来れない。
金属の弾き合う音が増える。
まるで機銃のごとく鳴り響くそれらも、不快感はなく、心地良い。
朱槍の連撃に一歩、また一歩と後退する赤い騎士。
そして――
「うぉぉぉぉぉぉ!」
「――クッ!」
奴の手から双剣の片方が弾き落とされる。
油断はない。
かの剣製の英霊の武具がこれで終わりなはず無い。
急所へと朱槍を再び放つ。
無理にガードしようとする赤い騎士の残った剣は、彼を守りはするがやはりその手から弾き落とされる。
「――チィッ!」
だがソレと同時に衝撃を受けて後方に跳ぶ赤い騎士。
思わず舌打ちを鳴らす。
そう、彼は「弓兵」でもあるからだ。
双剣を片方弾き落とした際に創り出していたのは剣ではなく、弓だった。
「――I am the bone of my sword」
初めて盾を展開された時は戦闘に意識を向けていなかったため聞き取れなかった弓兵の詠唱が今度ははっきりと耳に感じられた。
創りだした螺旋の刃を持つ剣にして矢。
数瞬入れずにそのまま真名を解き放たんと引き絞られる。
しかし、此方も見ているだけではない。
奴が跳んだ時点で自分を中心に足元へと朱槍を奔らせる!
「
クー・フーリンが死期に刻んだとされる決死のルーン。
その陣を布いた戦士に敗走は許されず、その陣を見た戦士に退却は許されない。
今回は自らを強化するべくその力を発揮する。
「――
弓兵の必殺の一撃が放たれる。
螺旋を描き空間すら捻じ切るこの矢をこの至近距離で回避することは不可能。
彼は本来弓の英霊。獲物がどのように動こうとも外れる道理はない。
だが、彼が必中の弓の英霊ならば――
この身は最速の槍の英霊――
戦場にて弓兵の一撃で無様に倒れる道理もまた、無い。
矢が放たれて着弾するまでの刹那、槍兵と化した自らの足の筋肉が一気に膨張し先程のルーンが光輝く。
そして、矢とすれ違う様に、赤き弓兵に向けて跳んだ。
◆
その目を持って赤き弓兵は確信する。
放った矢にして剣は空間を捻る。あの至近距離を通過すれば忽ち槍兵の身は絡め取られ宝具の最後の爆発である
空間を巻き込むことで回避不可の矢。そして回避できようとも爆発を起こす砲弾。自分もその被害は多少受けるだろうが腐ってもかの槍兵の力を借り受けているのだ。このくらいの代償は在ってしかるべきである。自らは二重に王手を仕掛けたのだ。
なんの因果か座から呼び出されてなんの努力もせずに力を手に入れた素人を殺すように喚ばれた。
甚だ不快ではあるが、強制力には逆らえず、ならばと一思いに殺した。
何度も何度も殺し、それでも怯えながら向かってくる相手に思わず心のなかで毒づいたものだ。
自分は、こういった人種に挑まれ続ける運命でもあるのかと。
その思いを直ぐに自ら鼻で笑った。
力がない頃は挑み続け、力を得てから挑まれ続ける。
ある意味自然の摂理だ。
50を超える死を経験し少しはマシになった少年だが、今回の敗北は響くだろう。
これで終わるはず、そう思った。
そう、所詮は少し死線を味わっただけの素人…そう判断したと同時に自らの過ちを弓兵は悟る。
◆
「うぁぁぁぁぁぁ!!!」
痛みに耐える事は出来る身体ではあるが精神は悲鳴を上げながら突撃する。
すれ違いざまに背中は矢の回転を受け肉を削られる。
だが、それで済んでいる。かの神秘である宝具の力の一端に文字通り触れてもだ。
その原因はクー・フーリンのスキルの一つ「矢避けの加護」。
先ほどのルーンは脚力の強化とともにスキルの強化も行っていたのだ。
出来るかどうかはクー・フーリンの知識が教えてくれたので迷うことはなかった。
回避はできないが奴の矢の威力を大幅に軽減できたのだ。
奴が二重の策を貼ったのは、原作で奴の力を知っている俺でも理解できた。なら、此方も同じ数かソレ以上の策を貼るだけだ。
思考は一瞬。既に空中の弓兵は目前である。
時間がとても遅く感じられる。
だが勝利の確信はしない。
その無様さと臆病さが一般人である俺の武器だからだ。
弓兵は直ぐに双剣の投影に入ろうとしたが詰みである。
「貫け!
爆発が後方で起こり足が飲まれるが懸命に相棒である朱槍を突き出した。
ソレは弓兵の最も信頼する双剣をくぐり抜け――
その心臓を貫くのだった。
◆
ボロボロの体の俺は、けれども立っていた。
身体中が滅茶苦茶痛いしどう見ても余裕に立っていられない傷だが戦闘もまだ可能だ。
さすがクー・フーリンの戦闘続行スキルは伊達ではなかった。
赤い弓兵…英霊エミヤは体の一部が光の粒子となり霧散し始めている。
やや罪悪感を顔に出してしまったのか、「やれやれ」と言った風に此方を見て皮肉げに笑った。
「自分を殺し尽くした相手にそんな顔ができるとは…本当に一般人のようだな」
「む…まあそうかもだが…」
ムカつく事実を言うやつだ。
剣を交える以外の初めてのコミュニケーションからして皮肉っぽい男だった。
まあそんなキャラクターだから味があって好きなんだが…
「強すぎる力は君のような者にとっては必ず害になるだろう……」
もっともな言い分だ。使いこなせない力の無様な部分はしっかりと体験させられたばかりである。
「だが、仮にもこの私を倒したのだ。それなりにやっていけるだろうさ」
なんてことを言って、皮肉な笑みと共に消えていった。
言いたいこと言って消えるとかずるい奴だと思ったが、原作からしてそんな感じだったと思いだし、思わずにやける俺だった。
「終わったかの?ご苦労さん」
「うぉ!?いきなり現れるなよ…」
サーヴァントの力でも気配を感じれなかった先ほどの輪郭のぼやけた様に映るよく視認出来ない老人はいつの間にか最初の机や書類とともにすぐ隣に在った。
「ま、無事合格したしこれから適当なところに送るぞ」
いよいよか。
アレを経験した俺はあんまり油断しないだろうし多分大丈夫かな。
危険が多いところならアルトリアの「直感」スキルなんかが有利じゃなかろうか。
なんてことを思っていたら爺さんが次の言葉を続けた。
「まあどこに行くかはわからんが元気でな。向こうに着く頃には傷も治ってる筈だしの」
「おう、アンタは書類書いてただけだったが、いろいろサンキュー」
「事実じゃがはっきり言うのぉ…それではな」
軽く手を振った瞬間世界が崩れだす。
まるでブロックの塊だったかのように白い世界は長方形の四角に分解されていき崩落していった。
当然足場も崩れて俺も落ちていく。
「ちょお待って。絶叫系のアトラクションの内臓が上がる感覚俺嫌いなのぉぉぉぉ」
まあサーヴァントの力を得るとそういうの大丈夫だけど心がね?
俺は闇へと落ちていった。
◆
「いったかのお」
何もない黒い空間で老人は下を向いた。
この空間では上下左右どころか方角もないようなものだが、彼はどうやら概念的に下に落ちていったようだし、良しとしよう。
「よい、物語になるといいのお。その先はお主の願った世界じゃ」
祈るように老人は呟く。
曖昧な輪郭は、少しだけ人間のものに視えた。
ああ――君に幸あれ。