創世のアクエリオンEVOL   作:JJ

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第五話 「魔女」①

聖天使学園女子寮の一室にて、ゼシカ・ウォンは起床する。

 

「……今日から、男女共学か……」

 

ベルリンが破壊された後、発表された聖天使学園の男女共学化。

 

「……ま、ミコノも一軍メンバー待遇で入学だし、楽しそうじゃん」

 

口調こそ明るいものの、戦闘の後まるで用意されていたかのように(・・・・・・・・・・・・・・・)発表されたその二つに浮かれ、違和感を感じとれないほど、彼女は鈍くない。

だがその一方で、強烈な印象を残したある一人の少年を意識してしまうのも確かであり……

 

「考えても仕方ない、か」

 

日光を浴び、背伸びをしながらこびりついた違和感を振り払う。上が何を考えこれまでのシステムを破棄したのかはわからないが、自分たちはその中でベストを尽くすのみである。

 

「……ん?」

 

ふと視線を下に下げ、つい先ほど彼女が連想していた人物を発見する。

 

「……アマタ?」

 

アマタ・ソラは聖天使学園の校庭を走る。

幾人かの生徒が校庭に出始めているが、その誰とも混ざる気配はなく。

そのリズムは一定で、いささかの狂いも見いだせない。

彼女が起きるかなり前から開始していたのだろう、時計のようなその走りは彼が自らの体を完全に覚醒させ、支配下に置いていることの証明だ。

一流のアスリートが走る姿ひとつとっても一般人と違うように、遠目に走る姿を見るだけでも、彼の卓越した身体操作が理解できる。

だが、その姿は。自らを鍛え上げるというよりも、自らに罰を与えているかのような痛々しさを感じてしまい、ゼシカは目を離せない。

結果、

 

「……ハッ!!着替えなきゃ!!」

 

十分ほど呆けていたのに気付いた彼女は、慌てて着替えを開始する。

 

 

 

 

聖天使学園の食堂は、並みのレストランを凌駕する味と種類を誇る。食事が人間に与える影響を考えれば、曲がりなりにも世界の守護者であるエレメントへの投資をおろそかにはできない。(無論、少年少女らを戦場に立たせる後ろめたさもある)

おそらく男女が混ざり合った空間になれるためだろう、昨日まで男子側と女子側を隔てていた敷居がなくなっている。

今はまだ人が少ないが、それでも食堂の中は互いを意識しあう学生の熱気で少し暑く感じる。

 

「早めに来て正解……うわ、MIXが目ぇ吊り上げてる」

 

ゼシカがモーニングセットを注文し、トレイを持ったままあたりを見渡せば男嫌いで有名な委員長が不機嫌な様子で朝食を食べている。同席を申し込むのは避けたほうがよさそうだ。

一人で朝食を食べようか迷う彼女に、声がかかる。

 

「ゼシカ、おはよう」

「ミコノ?身体大丈夫なの?」

 

振り返ってみれば、背後にいるのはミコノ・スズシロ。

昨日の戦闘が終わった後この学園に転入してきた彼女が学園にいるのは不自然ではない。

しかし、今この場にいるのは不自然である。

機械天使を初めて操縦した際の疲労は、素人にはかなりの負担になるはずだが、

 

「スタッフにも信じられないって言われたけど、大丈夫だよ?

 戦闘の後、少しめまいしたぐらいで」

「……なるほど、アマタとは違った意味で特別ってわけね」

 

密かに感嘆するゼシカに気づかず、ミコノは言葉を続ける。

 

「ご飯、一緒に食べない?こういう雰囲気、心細くて」

 

なるほど、確かにあたりをさらに見回せば、熱気に交じり、ミコノへと好奇の視線が注がれている。確かにこの雰囲気で食事するのは心細いだろう。

 

「オッケ。私もさすがに心細かったし、どうせなら……」

 

ちょうど食堂にある人物が入って、トレーを受けとったのを認めたゼシカが、彼に声をかける。

 

「アマター、こっちこっち」

 

アマタは手招きしているのに気付いたのか、なぜか手提げを携えて近寄ってくる。

見かけたときは気付かなかったが、アンディも一緒だ。

 

「いきなり堂々と女子との会話、最高だぜ!!あんがとよ、アマタ!!お前が知り合ってくれたおかげだぜ!!」

「……さっきから、そんなに興奮することか?」

 

喋りながらも、まずは女子が座り、アンディはその向かい側に座る。そしてアマタは、

流れるように──

 

その横を通り過ぎた。

 

「ってちょっと!!これアマタも一緒に食べる流れでしょ!!」

「そうなのか?ってかいいのか?一緒に食べる理由はないが?」

「いや、声かけた時点で察してよ……それに、……」

 

ゼシカはアマタをしっかりと見据え、

 

「前のこと、けりつけなきゃいけないから。……アマタ、私は気にしてないから。それに、こっちこそいきなり殴ってごめん」

 

頭を下げたゼシカに、アマタは僅かにたじろぐ。

 

「……別に、いい。こっちに非があるのは確かだ」

 

アマタの表情に大きな変化はない。だが、目に見えないところで何かがずれたように感じた。

そのまま、アンディの横に腰を下ろす。

 

「わりいな、アマタのやつ、廊下で会った時からなんかピリピリしてて」

「いただきます,と。浮かれてるお前たちが俺からしてみれば違和感ある。男女混ざった空間に、そこまで価値があるのか?」

 

アマタは喋りながら手提げ袋から辞書並みに分厚い冊子を取り出し、食事しながらそのページをめくる。

 

「それ、アクエリア……じゃなかった、アクエリオンのマニュアル?」

「ああ、俺は機械的、プログラム的なところはさっぱりだからな。そっち方面でもアクエリオンを理解しないと……」

 

そうしている間にも、視線はマニュアルに注がれている。その冊子には彼の手で書かれた

ものだろう、いくつかの注釈や走り書きが書かれている。それからも彼がこの難解なマニュアルを眺めているのではなく、頭に叩き込もうとしていることが見て取れた。

 

「でも、おまえは前回の戦闘だって、アクエリオンを完璧に動かして見せたじゃんかよ、それに、カイエンがヘッドだったときだって、おまえのバックアップは凄かった。何をしたかわからねえが、それぐらいはわかるぜ?」

「……俺ができたのは、オーラ的な調整だけ。それ以外が求められたときの対策も必要だ」

「……でもさ、無茶しすぎじゃない?朝だって早いうちからジョギングしてたでしょ」

「あの視線、ゼシカだったのか。別にあの程度、大した無理じゃない」

 

そう語るアマタの口調に、いささかの気負いも見られない。事実、彼にとって、あの程度、大きな負担ではないのだろう。

 

「でも、なんつーか、イメージと違うな」

「なにがだ?」

「お前が努力してる事だよ。あんな無茶苦茶な実力、努力以前に才能の違いってしかイメージできなかったからな、正直、俺の延長線上にお前がいるとは思えない」

 

アンディの言葉に、アマタは口元をゆがめる。

 

「あいにく、俺の力は鍛錬によるものだ。最初からできていたわけじゃない。手に入れるのも、維持するのも、それ以外に方法はない。第一……」

 

アマタは唇をゆがめ、

 

「才能だけの奴なんて、ただの的だろ」

 

不穏な発言に顔が引きつる三人は、続く言葉を聞き取れなかった。

 

「……それに、俺がこれ以上強くなれない以上、錆びつかせるわけにはいかないんだよ」

 

会話が途切れた瞬間、設置されているテレビから聞き覚えのある地名が漏れ出る。

 

「おとといのネオ・ランディアへのアブダクター襲来の際、七十名あまりの死者が出た件について、人類軍はネオ・ディーバを批判する声明を発表しました。今回の戦闘において……」

 

四人に、暗い雰囲気が満ちる。彼らはあの戦いでの当事者であり、その際に出た犠牲に思うところがあるのだ。

アマタが、口を開く。

 

「……ゼシカたちが責任を感じすぎることはない。そっちの働きがなかったら、もっとひどいことになってた。それに……」

 

言葉に、得体のしれない『重さ』を乗せて、

 

「過去のことばっか考えると、死ぬぞ。……ま、ゼシカとアンディは俺が言うまでもなく

分かってるだろうが、な……ごちそうさま」

 

喋り終えると同時、マニュアルを仕舞い、空になったトレーを返却口に反し、食堂を出る。

その後ろ姿は、どこか年にそぐわない、燃え尽きたような印象をゼシカに与え、

 

「……」

 

無言でミルクをかっ込む。

自然な甘みが口の中に広がるが、それでも、心の重みは消えなかった。

 

 

 

 

講義まで、まだ多少の時間はある。

アマタは一人、無言で校舎裏の空間を佇んでいた。

 

「……以外、だな……ここに来てから、らしくないことばかりだ」

 

考えているのは先ほどのニュースを聞いてからの自らの精神の揺れ。

自らが住む場所で戦いに巻き込まれて死者が出て動揺するのも、同じ思いをする他人になにかしらの言葉をかけるのも、彼の思考回路にそぐわない。

 

(……そもそも俺は、あんなふうに上から目線でアドバイスできる人間じゃないだろうが……ま、考えるのは後にするか)

 

思考を切り替え、虚空に呼び掛ける。

 

「いい加減、出てこいよ」

 

その言葉に応じ、木の陰から出てきたのは火球。

アマタはそれを軽くかわし、周囲に視線を走らす。

姿を現すは二人の少年。

前後から挟む彼らは私服を着用しておらず、二軍以下のメンバーだとわかる。

二人の表情に浮かぶは、笑み。自らが一方的に嬲れると確信し、それを疑いもしない醜悪な笑みである。

 

「ひゅー、かっこいい。すべてお見通しですってかあ?」

「状況分かってるぅ?大ピンチじゃん?」

「……一応聞く、何が目的だ?」

 

アマタの問いにも、二人の少年は軽薄な態度を崩さない。

 

「べっつにぃ?ただ、いきなり来て一軍レギュラーなんて、努力してる僕タチが可哀そうじゃん?」

「そーそー、それに女子といきなりイチャイチャするなんて、守護者の自覚があるように見えないんだよねぇ。だから、ま、潰れてくれや」

 

いきなりの襲撃に、何かしらの裏を警戒したアマタだったが、どうやら杞憂だったらしい。

 

(……いや、まだ警戒は必要か)

 

「そんじゃ、まあ、ゲーム開……」

 

少年の発言が止まったのは、特別な理由はない。

ただ単純に、アマタの拳がその無防備な腹に炸裂した、それだけのこと。

 

「……!!」

 

もう片方の少年は一瞬の出来事にパニックになりながらも周囲に自らの能力たる火球を展開、一斉に射出する。

目の前の少年は素手で銃弾を叩き落とすと聞いたが、彼が放つ火球は当たれば大火傷を負う。

故に。

 

アマタはそれらすべてを躱す。

 

スピードが速いわけではない──彼は歩いて接近してくる。

能力を使っているわけではない──彼の脚は、地面をしっかりと踏みしめている。

身体強化しているわけではない──発光現象は見られない。

アマタの歩む姿に恐慌をきたした少年は、より一層の速度を持って攻撃の密度を上げる──その方法では無駄だとも知らずに。

そして、それらすべてが予定調和のように躱された瞬間、

 

彼の姿が五人に分裂した。

それは少年でも、もちろんアマタの意図でもない、第三者の介入。

少年の周囲に、寸分たがわぬ幻影を発生させたのだ。

 

「幻惑系のエレメントか」

 

アマタは呟き、歩みを止める。

 

「し、死ねぇぇぇっぇぇえぇっぇ!!!!」

 

それを好機と見た少年は再び火球を展開、同時に幻影たちも同様の動作を取る。

虚実入り混じった火炎の大波がアマタを飲み込まんと迫り、

 

「ま、関係ないけど」

 

その呟きとともに、アマタの拳が幻影すべてを無視し、少年の顔面を殴り飛ばした。

 

「ふん……いい加減出てこいよ、朝から何の真似だ?」

 

アマタは再度、呼びかける。

彼が最初に呼び掛けたのは少年たちにではない。朝からこの学園を包み込むほどの殺気を発し──そしておそらく、先ほどの戦闘に介入した存在に呼び掛けたのだ。

果たして──

 

「いやーすっごいねぇ、お兄さん」

 

その呼びかけに応じ、校舎の陰から現れたのは一人の幼い少女。

青いエプロンドレスを着込み、金髪をショートカットにした、十二、三歳ほどの少女である。

その愛らしい姿に、先ほどの少年らのような醜悪さは感じない。

だが、アマタの持つすべての感覚は、目の前の少女が自分と同じだと教えていた。

少女は笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「そこのヒトの攻撃を、あえて歩みながら躱したのは、スピードを落とすことで動作を精密にしてたから。スピードを速くするとどうしても単純になっちゃうからね。ま、お兄さんならそれでも躱したと思うけど。

 銃弾を弾くっていう技術も、撃たれた弾を見て反応するわけじゃない。攻撃そのものを見切って、予め構えて防ぐ。どんな攻撃でもあらかじめ来るのがわかってれば避けられる。つまりお兄さんは銃弾よりも動きが速いんじゃなくて、それを使う人間よりも動作が早いんでしょ。

そして、最後の攻撃はわたしの能力を無効化したんじゃない。ただ単純な直感。つまりは経験からくる見切りだね。一歩間違えば大火傷な状態であそこまで自分を信じるなんて、どんな経験をしてきたのかな?

で……」

 

笑みを、より一層深め。

 

「身体強化と硬化を行わなかったのは、わたしに与える情報を少しでも減らしたかったから……間違えてる?」

「……お前は誰だ」

 

自らの思考、技術を完全に解析されても、アマタの表情に変化はない。

 

「名前を聞く前に、自分が名乗るのが礼儀でしょ。教えてよ、お兄さんの名前。興味あるからさ」

「……アマタ・ソラ」

 

それを聞いて、少女は軽くうなずき、

 

「わたしの名前はアンヌ・ウィッチ。お兄さんと同じ、一軍レギュラー。つい昨日まで謹慎だったの。

わかりやすく説明するなら……学園最強の男子エレメント、シュレード・エラン。その彼と対をなす、学園最強の女子エレメントって呼ばれてる。

仲良くしようね、お兄さん!!」

 

そう言って、アンヌと名乗った少女は右手を前に出す。

握り返したその手は、彼の眼には血まみれに見えた──彼と同じく。

 

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