創世のアクエリオンEVOL   作:JJ

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第五話 「魔女」③

聖天使学園校舎裏。薄暗く、人気の少ないこの場に集まるは例外なく異常にして異質。ネオ・ディーバの一軍レギュラーは全員が人類の守護者を名乗るにふさわしい力量を誇り、この中ではもっとも戦闘能力が低いミコノですらもその身に宿す『特性』は彼らの能力となんら劣ることのない。

その集団の中でより異質な、アマタ・ソラとアンヌ・ウィッチ。二人はそれぞれ桁違いの異能と経験を持つことを、初対面時にはすでに察している。

そんな二人は、お互いに距離を取って向かい合い。

僅かそれだけで,両者の間の空気が変質する。

二人の間に言葉はなく、これから起こることを忌避する素振りなど欠片も見せない。

どちらが仕掛けたかなど、もはや問題ではない。二匹の獣が己の牙を見せ合った以上──

 

 

アンヌはその身に光を走らし、自らの身体能力を底上げする。

アマタはその身を半身に構え、迎撃の体制を取る。

両者の闘気がぶつかり合い、腰を抜かしたMIXも、息が荒いアンディも、それから離れたゼシカとミコノも、誰もが動けない。

 

「なんだ、身体強化しないの?せっかくだから銃弾も弾くっていう硬化も見たかったのに」

 

アンヌの軽口に、アマタは答えない。されど、MIXと相対した時とは身にまとう気配が違う。

これから始まるのは『闘い』。先ほどまでの一方的な作業とはすべてが異なる。

僅かに周囲の藪が風で揺れて。

それが開幕の合図。

 

先に動いたのはアンヌ。

挑戦者側から先に動くという戦闘においての定石は、あまりにも正道であるが故にこの戦場においては異常でしかない。純粋な体格では彼女は不利であるが、僅かでも彼女の実績を知る者なら相対した時点で恐怖に震えただろう。

 

身体を発光させ、踏み込みながら繰り出されるはその身を弾丸と化した疾走。その強化は荒く、気動にすら達していないものの生まれる疾さは幼い未熟な身体とは不釣り合い。先ほどのアンディ、MIXの動きを遥かに上回る速度をその身で生み出し、正面のアマタへと突貫する。それは動きの疾さのみに非ず、アマタの見切りをもってしても避けきれないほどに『意』が速い。そして、その程度に留まるはずがない。挑戦者がアンヌであり、それを迎え撃つ王者がアマタである以上、その初撃が疾いだけのはずがなく。小柄な身体を弾丸と化すと同時,虚空から一抱えもある岩石が出現、一直線にアマタの顔面へと向かう。無論、幻覚であり、アマタがそれを見切るのも承知の上。その目的は視界を防ぐこと、それのみである。

されどアマタはその幻覚を無視するかのごとく不動。岩石が接触し、通り抜ける間もその視線は揺るがない。

アンヌもそれは予測済みなのか、一切の動揺も見せずに前進を継続。

距離を半分まで詰めたその瞬間、アンヌが分裂(・・)した。

彼女の能力、幻像生成。物体を『在る』と偽装させることに特化した能力。この能力は彼女がイメージした幻と音を空間へと投影するという原理自体は極めて単純であり、それ故に使いこなすのが難しい。自分がイメージした通りにしか幻を作れないので、精巧な幻を脳内に作り上げなければいけないからだ。それだけやってもできるのは『現出』のみであり、『操作』にどれほどの集中力が要求されるのかは言うまでもない。少しでも集中を欠けば現れるのは悪趣味な立体映像と耳障りなノイズである。

また幻惑系のエレメントの例にもれず、微弱な催眠も同時に行っている。これは幻影故に生じる違和感を感じなくするためのものであり、例えば能力や機械で熱源によって幻か否かを判断しようとしても、幻影を認識したとたんに催眠により乗っ取られ、そこに実体があるのと同じ反応を発生させるのである。

ただし、これはあくまで『幻影を足場にして』かける催眠であり、幻影そのものの不備を隠せるものではない。

催眠そのものも幻影に接触されれば効かなくなる程度の効力なので、同じタイプの能力者は姿を隠して、支援に回るのが大半だ。幻影を操作している際は多大な集中力を要するために動けず、損傷を与える手段がないために直接戦闘は担当できないのである。

 

ただし、その理屈はアンヌ・ウィッチには通用しない。

全く見分けのつかない二人のアンヌはいささかの遅滞も見せず、それどころかより一層加速する。彼女の能力は『増やす』しかできない以上、どちらかが本体であることは間違いないが、本物と寸分たがわぬ幻影を違和感を生じさせずに動かしながら突撃するという離れ業を行いながら、視線と気配と足運びをそれぞれ別方向に向けるという騙しまでやってのける。

二人のアンヌは左右に分かれ、鏡写しのごとく繰り出されるは貫手。それを行う掌は小ぶりな形の良いものであるが、加速を生んだ身体能力で繰り出されしは肉を貫き骨まで達す一撃。

絶妙のタイミングで放たれし攻撃は、左右同時に対処することなど不可能。二分の一で本体に対処しなければ、否。その判断を一瞬でもためらえばその瞬間に貫かれる。

 

されど。アマタは刹那も迷わなかった。

向かって右からの襲撃を無視し、左側のアンヌに向けて迎撃する。

そもそも、彼は朝の一幕で既にアンヌの幻影を見切っていた。そして幻惑系のエレメントはそれが偽りであると強く確信した瞬間に効力を失う。例えばAとB、二人に同じ幻影をかけたとして、Aが幻影を偽りであると強い意志で確信すれば、Aが見ていた幻影のみ霧消する。この場合はBのみが幻影を『在る』ように錯覚するのである。無論、その幻影を“強い意志で『幻影』と確信する”こと自体が至難の業であり、ほんのわずかでも疑念が存在すれば幻覚は認識されてしまうが、アマタはとうに彼女の幻を見切っている。

戦闘前に一撃を止めたのも、幻影に惑わされたのではなく、別方向からの殺気を感じたからだ。

故にこの瞬間も、アマタは幻影が発生した瞬間に本体を見切り、その顔面に向かって掌底を伸ばす。如何に速度に差があろうが、動きさえ読めばカウンターは容易。予定調和のごとく、その掌がアンヌの顔面を襲い──

 

 

アマタの掌底がアンヌをすり抜けた(・・・・・)と同時、三人目のアンヌ(・・・・・・)が側面の藪から飛び出し、そのまま無防備なアマタの横腹を抉らんとする。

アマタの脳髄は自らを騙した幻覚に驚愕しながらも,肉体は反射的に回避を選択。されど攻撃の姿勢で,しかも側面からの奇襲はほんのわずかにアマタの反応を遅らせる。

もしもこの奇襲が、アンヌが用意した伏兵であったのならアマタは一瞬の遅滞もなく刈り取っただろう。戦闘の最初からアンヌがそこに隠れていたとしても、アマタは気付いただろう。しかし、アンヌはアマタを騙しきるほどの幻影をあえてレベルを下げた幻影と同時に出現させたことでそこに本体があると誤認させ、そのうえで気配を隠していたのだ。仕込まれた布石は、ほんのわずかにアマタの動きを止め。その僅かな間は、アンヌには十分すぎた。

放たれる攻撃は決着の一撃。もし仮に躱したとしても、予測される進路に放たれる追撃が確実にとどめを刺す。アマタの飛翔能力を使用したとしても、その刹那の隙がどれだけ致命的なのかは論じる必要もない。そういった意味での詰み。

 

よって。アマタが行ったのは。

 

ほんの一瞬だけ能力を発動、否、暴走。細かい制御を放棄した飛翔の力はその使用者を車に弾かれたかのような勢いで吹き飛ばす。おおまかな方向のみを定めた暴発は、それ故にアンヌの予測の外にアマタを運ぶ。されどその身体は勢いを保持したまま壁にぶつかる─

その寸前に気動を発動。身体を制御して、壁に足を付け、

 

「シッ!!」

 

短く息を吐き、壁を蹴る。小さなクレーターを作り出した脚力は運動エネルギーへと転化し、アンヌに向けて飛び蹴り。強化された身体能力によって繰り出された一撃は、アンヌを地面に打ち付け、二度三度とバウンドさせる。

 

「チッ!!」

 

されど、アマタから漏れたのは舌打ち。アンヌは激突の寸前で後方へ跳び、クリーンヒットを外したのだ。後方へと幾度も跳ねるアンヌと、能力を発動して地面に素早く着地するアマタ。体勢を先に立て直したのは後者であり、それ故に行われるのは追撃。踏み込み、自らの最強の武器である拳を叩き込まんとする。

立ち上がったアンヌは再度分身。よろめいた一人目を無視し、二人目が襲いかかる。

理論的に考えれば、二人目は幻影。経験からの見切りはそうアマタに告げている。

されど先ほど見切れず、今もまた現実と同等の気配持つ幻影と、何より垣間見えたアンヌ自身の技量がアマタに防御という行動を選択させる。

突撃してきた幻影がアマタの身体をすり抜け、その隙にアンヌは後退して距離を測る。

 

そしてそのまま、両者は動きを止める。

アマタは動かない。見切ったはずの幻影が自分を騙したことに警戒しているのか。

アンヌは動けない。純粋な格闘においては相手に遅れをとっていると理解している。

 

 

アマタの一挙一動を全力で観察するアンヌ。その身に異変が発生する。

転がった際に浅く裂いた頬。傷は深くなく、オーラの活性化により治癒能力も増大しているとはいえ、この短時間で変化するはずもない。

されどその傷は瞬く間に出血を止め、まるで映像を巻き戻すかのように傷自体がふさがり、僅かな血痕のみを残して消える。

アマタはそれを見て、僅かに得心したように、

 

「……能力、じゃないな。ナノマシンか?……なるほど、外向きの意識であそこまで強化できていたのは、素の身体能力をそいつで強化していたのか」

 

両者の発するオーラの光はほぼ同一であるが、アンヌの発するそれはアマタに比べて明滅が激しく、不安定な印象を与える。オーラの制御においてはアマタに一日の長があるのだ。

アンヌは笑みを深め、

 

「そ。古代技術の一つ。複雑骨折程度なら十秒ぐらいで治っちゃうし、オーラで強化しなくとも並みのアスリートぐらいならぶっちぎれる。

 おまけに身体の中でオーラが流れる経路を形成して、より効率を増すことができる優れもの。

 このラインのデータを反映させて学園のオーラ制御のマニュアルは改良されたの」

 

アンヌのオーラ制御自体は卓越したものであるが、纏衣に至っているとは言い難い。MIXと同じで、意識の向け方がずれているのだ。しかし、間違った方向に向いているにもかかわらずここまでの戦闘力を得ること自体が異常。

 

「……似たような奴とやりあった事あるが、そいつの場合は回復機能の暴走で人間の形を保っていなかったぞ。

 大体、仮に適合したとしても、その身体能力を使いこなせるかどうかは別問題だ」

 

自らも身体能力の強化に秀でるアマタにはわかる。身体能力の底上げが成功したとして、それを上手く制御するにはまた別種の技術がいる。同じ自動車でも、自家用車とレーシングカーの運転が全く異なるのと同じである。

アンヌは、薄い笑みを漏らし。

 

「生憎、わたしに施された処理はそれだけじゃないし。格闘術ぐらいは脳に入力されているわよ」

「ぬかせ。俺からナノマシンの存在を隠したおまえが、たかが脳に入力されただけのスキルに頼るわけがない。それ頼りの奴なら、とっくに喰らってた」

 

自らが振るう道具に逆に振り回されていた愚者や、天賦の才に驕り、研鑽を怠った豚など、とっくの昔に喰い飽きた──

そう言外に含ませたアマタの意思を、この場にいる中でアンヌのみが感じ取る。

そう、勘違いしてはならない。彼女の脅威は、ナノマシンや脳に入力された技能、能力などの特性ではない。

その特性に頼るのではなく、完全に従えて自分のものとし、アマタに身体強化を使わせるほどに追い詰めた,本当の意味で自らものと化した技術、より正確に述べるならばその根幹となる研鑽と実戦。それこそが彼女を彼女足らしめている。

先の戦闘では二人がかりでオーラによる強化を使わせることすらできなかったことからも、単独で追い込んだアンヌの力量は賞賛すべきである。

しかし結果を見るならば、最初の攻防は互角か、アマタに若干の分がある。アンヌはアマタを騙し切ったのにもかかわらず、ギリギリの所で対応されたのだから。

だが、容易にアマタが有利と言っていい場面ではない。対応したとはいえ、見切ったはずの能力が彼を騙したのは変わらない。

そして何より、

 

「うん、まずは一つ、白星かな?」

 

自らの奇襲を凌がれたにもかかわらず、アンヌはこの攻防においての勝者は自分であると宣言する。

 

「……ああ、確かに。目的を果たしたという点ではそうかもな」

 

両者の視線の先では、ゼシカとミコノがMIXを抑え、二人から距離を取っている。

 

MIXは依然としてアマタに襲いかかろうとしており、彼女を放置すれば足を引っ張られる可能性が高い。そういった理由『も』あってアンヌは突撃の寸前にゼシカにアイコンタクト。その意図を瞬時に察したゼシカはミコノと共に激突の合間を縫って興奮状態のMIXを連れ出したのである。

最初の攻撃で勝負を決めることができなかったのは痛いが、MIXを離脱させるという目的は果たした。

そして。闘争は次の段階に入る。

 

「……やはり、急に見切れなくなったと思ったら、そういうことか。確証はないが、わかってきたぞ。お前の幻覚……」

 

自らの言葉を用い、アマタはアンヌの能力に切り込む。

だが。

 

「確証はない、ね。わたしは確信したよ。お兄さんの能力」

 

アンヌは切り返し、これまで聖天使学園の誰もが触れえなかったアマタの内側に入り込む。

 

「生憎、俺の能力は単純だ。ただ飛ぶだけの能力。見切るようなものはない」

「うん、能力自体はね。でも、なんでその能力をお兄さんは最初から使わないのかな(・・・・・・・・・・・)?」

 

ほんの僅かに、アマタの眼元が動く。

そう、これまでの戦闘で生身、機械天使に関わらず、アマタは自らの飛翔の力を積極的に攻撃に使用していない。せいぜいが空中の敵を追うか、とどめの、言い換えれば確実にあたると確信した時にしか。

空中からの攻撃は、ただそれだけでアドバンテージをとれるはずなのに。

 

「考えてみれば単純。お兄さんの戦闘スタイルは徒手空拳。硬化しなくたってお兄さんに接近戦で勝てる奴なんてこの学園にはいないと思う。だけど、逆に言えばお兄さんの攻撃手段はそれだけに限られている。そして、たぶん……」

 

アンヌはそこで、僅かに言いよどむ。

 

「まあ、そっちはいいか。とにかく、お兄さんの攻撃の全ては素手。だったら、能力だってそれを活かす方法に応用するはず。でも……」

 

一息、

 

「体術の要になるのは地面への踏み込み。どんな応用をしようとも、そもそもの前提で地に足がつかない以上、地上に対しての攻撃パターンは必然的に運動エネルギーをぶつける形になる。ま、それでもお兄さんならやれると思うけど……

 それってどうやっても動きが単純になっちゃうよね。出だしと終わりを見切れば、いや、カウンターを喰らわせればお兄さんの運動エネルギーがそのままそっくり返っちゃう。だからお兄さんは能力を攻撃に使用したくない。自分の持ち味を殺しちゃう能力を軸にするのは危険だから。まあ、能力は使うだけでも体力削っちゃうから、そういう意味では間違っちゃいないよ」

 

おそらくアンヌは、アマタの情報を知りすぐに彼の戦闘記録を集めたのだろう。その口調は確信に満ちている。アマタもそれは理解しているのだろう、その口から洩れる反論は、確認の色が強い。

 

「実は今まで手を抜いていて、俺本来の戦い方が、能力を使った体当たり戦法だったって言えば信じるか?」

「ありえない。お兄さんは無駄に血を流さない配慮をすることはあっても、無駄なことはしない。それに、お兄さんぐらいの腕だとただ突っ込んでくるだけの相手にカウンター入れるの簡単じゃない?なまじ自分が簡単に対処できるから、使いたくないんでしょう?」

 

アマタは無言のままに構える。それがほぼ肯定と同義。

 

「さて、続けるか?」

 

アマタの問いかけに、アンヌは笑みで答える。

 

「続けない理由はないでしょ。ま、ここまでやられっぱなしも癪だし。底力ぐらいは見せてあげるからさ。

 それに……」

 

アンヌの眼に、異様な光がともり。

 

「なるほど、そうやるのが本当のやり方なんだ?できれば硬化の方も見せてほしかったけど、贅沢はやめよっと」

 

再度アンヌは突撃。繰り出されるは連撃の嵐。全身を余すところなく打点と化した連撃は、四方八方からアマタを襲う。その動きは舞踊のように流麗にして苛烈。体格の不利を身体制御で補い、常に身体を速度に乗せ続けることで流れを創る。個人の身で創りし攻撃の濁流は、容易くアマタを飲み込み──

否。アマタはその濁流をねじ伏せる。蹴りを躱し、貫手は弾き、その他諸々を捌き続ける。

両者の発する光がぶつかり合い、薄暗い校舎裏にはしるは閃光の乱舞。その主導権を握るのはやはりアマタ。彼は自分から触れることで攻撃を逸らしもするが、決定的なダメージを与えるには至らない。

 

 

その筈であった。

アマタが最初に違和を感じたのは、十回目の貫手を捌いた時であった。側面へと逸らしたはずであり、現にそうなったはずの攻撃が、想定とは異なる軌道を描いたのだ。それを偶然であると楽観視するほどアマタは甘くない。その証拠に、今も躱したはずの蹴りが掠め、服と肌を浅く裂く。

 

(……動きが段々とキレ始めている?)

 

アマタは確信と同時、攻撃を仕掛ける。

外れようのないタイミングで放った掌底は、アンヌの交差された両腕に阻まれる──だけに傍目には見えたであろうが、実際には違う。僅かに動き、打点をずらしたのだ。

芯をずらされた打撃は威力を軽減され、本来の威力を発揮しない。

そのまま両者は後退し、距離を取る。

 

「……ずいぶん前からだったかな?オーラを練る度に『足りない』って感覚を感じるようになったの。いろいろ試したんだけど、どんな方法でもダメだった」

 

アンヌの独白は、彼女の優れたセンスゆえか。優れた戦闘能力を持つが故に、本来あるべき姿とは程遠いことに気が付いた。

 

「お兄さんの戦闘記録を見て、いや、お兄さんの存在を知った時から感じたんだ。その足りない何かを、お兄さんは使いこなしているって。だから……」

 

言葉とともに、アンヌが変わる。

それは彼女の外見がという意味ではなく、身にまとう気配が、彼女の内部で渦巻くオーラが、その他諸々、つまりは外見以外の全てが変化する。

否。変化はアマタが気動を発動した瞬間から始まっていた。今はそれが、観測できるレベルに達しただけだ。

 

「話は簡単。お兄さんがそれを使っているのを手本にすれば、足りない何かが分かるってことだよねぇ!!」

 

叫びとともに、アンヌの纏う光が眩さを増す。それは一瞬のみのものであったが、それが収まった後に彼女の発する光は、アマタと同様に安定していた。

その理由はただ一つ。

 

「……自力で気動に至ったか」

「へえ、キドウってのが正しい名前なんだ?」

 

アマタが感嘆する。おそらくは先ほどの会話も、彼を観察するための布石であったのだろう。

だが、彼の表情にはどこか納得の色がある。彼女が行ったのは急激な進化ではない。本来彼女が手に入れているはずであった技能を使えるようになったというのが正確だ。

アンヌはアマタから僅かにも目をそらさず、自らに漲る力と、より鋭敏になった知覚を確かめるように僅かに頷き、

 

「MIX、いい加減突っ込もうとするのはやめなよ。アンディも、無理して彼女に付き合わなくていいから」

 

行動を察知された両者が硬直する。

アンヌは一回も後ろを振り返ってもいないし、彼女の視界には鏡など背後を見れるものも存在しない。にもかかわらず二人が今まさに動こうとするタイミングで声をかけた。

気動に至った者にとって、世界を知覚することは常人とは全く異なる意味を持つ。世界に満ちるオーラの流れを感じ、世界と一体になる、それは異なる視点で世界を俯瞰するに等しい。

無論、その感覚に適応できなければ圧倒的な情報量が脳内を蹂躙し、良くて廃人である。もっとも、それはありえないことであるが。

 

「……さて。それじゃそろそろ……」

「ああ。来い」

 

もはや交わす言葉などいらない。

アンヌは決着の意思を身にまとい、最速で距離を詰める。その速度にもかかわらず身体にいささかのぶれもなく、アマタに突貫する。

アマタはカウンターの掌底を放ち、

 

すり抜けた。

何の抵抗もなく、まるで幻影であるかのように。

 

しかし、幻影であるはずがない。彼女は間違いなく実体であり、能力での隠蔽が不可能である以上本体は知覚しているはずなのに。

 

しかし、いつの間にか出現した二人目のアンヌはアマタの懐に入りこむ。身体の小ささを十全に生かした接近は、アマタが彼女を見失ったこともあって僅かな刹那の隙を──つまりは最高の結果を生む。

選択した攻撃は極めて単純にして強力。ただ単純に肘を突き出すのみ。原始的であるが故に強力な攻撃はアマタを完全にとらえ、その身体をよろめかす。

アンヌは追撃しようとするが、アマタは身体を無理やり立て直したのを察知、無理やり移動を中断させる。

アマタはダメージを測りながら、自らに攻撃を当てた現象を推察する。先ほどからの『見切れない幻影』のみでは説明できない。おそらくは、

 

「隠行か」

「うん。専門のあの子に比べたら大したことないけど、お兄さんを一瞬騙しただけで行幸」

 

能力ではなく、純粋な体術としての自己隠蔽。本来は暗殺などに使うものであり、視認していた現状で使用しても、精々気配が薄くなる程度の効果しか発揮できない。それを彼女は『本物同様の、見切れない幻影』と組み合わせることで本来は不可能であるはずの自己隠蔽までやってのけた。その効力は、今起こった事象によって肯定される。

 

「……器用な真似するな。その幻影、応用が利かない(・・・・・・・)はずなのに」

 

ダメージに僅かに表情をゆがませながらも、心底の感嘆を見せるアマタに、アンヌは軽い調子を崩さず応じる。

 

「うわ、やっぱばれちゃうよね。ま、元々これはお兄さんみたいな強いやつ相手の技術だし。色々と工夫こらさないとね。さて……」

 

アンヌが改めてアマタを見据え、

 

「そろそろお開きにしようか?」

 

背後で何人かがずっこける気配がするのを無視する。

 

「おいおい、おまえはやっと暖まってきたとこだろ?ひょっとしたら俺の命に届くかもしれないぜ?」

「よくいうね。今のわたしじゃ、お兄さんには絶対に勝てない。実力以前に知識が足りていない。それに」

 

アマタに背を向け、自分が隠れていた藪を探る。今まで戦っていた相手に躊躇なく背を向けるのは命取りの愚行と評されても仕方のないことであるが、あえて行ったのは敵意がないことを示すが故か。

 

「元々お兄さんに会いに来たのは、ドーナッツをご馳走するためだったし。ちょっとした遊びになっちゃったのは成り行きだよ。ま、鼻明かしたのは楽しかったけどね」

 

ケーキが入った箱を持ち、無邪気に笑うアンヌに毒気が抜かれたのか、アマタも腰を下ろす。

 

「……俺、ドーナッツにはうるさいぞ」

「理事長御用達って噂もあるドーナッツ、おいしいよ?後ろのみんなも、食べていいから」

 

おそるおそる近づくミコノ達とは別に、MIXは背を向ける。

 

「あー、MIX?食べないのは勝手だけど、そのまえにお兄さんに謝りなよ」

「なんで私が……!!貴方には関係ないでしょう!!」

 

声を荒げるMIXに、アンヌは軽い調子で声をかける。

 

「まあそうだけど。ははっ、感情に任せて行動したうえに、周囲の被害を全く考慮しない、それじゃまるで……」

「貴方に何が分かるのよ!!」

「MIXの過去なんて、知らないし、わからないよ」

 

MIXの激昂にすら、アンヌは笑って受け流す。

 

「わたしが知っているのは今のキミだけ。力を競う以前の問題として無様すぎる。それで人類を守る守護者なんて、冗談にもほどがある。いっそお笑い芸人にでも転職しちゃえば?」

「くっ……」

 

客観的に見た事実を冷徹に述べるアンヌに、MIXは歯噛みする。されど彼女とて愚者ではなく、自分の非がわからないわけではない。

 

「……アマタ・ソラ。いきなり八つ当たりして、悪かったわ、御免なさい」

 

頭を下げるMIXを、アマタは一瞥し、僅かに口ごもり、

 

「あ……別に、いい」

「うん、仲良きことは美しき哉。MIXも食べなよ」

 

流れるような動きでアンヌはドーナッツを渡す。受け取ったMIXは逃げるのも大人げないと思ったのだろう、アマタ達とは少し離れた場所に腰を下ろす。

 

「では……いただきます」

 

アマタの挨拶を合図に、食べ始める。

 

「……なるほど、確かにおいしい」

「物足りなそうな顔で言っても説得力ないよ」

 

先ほどまでとは逆の、穏やかな空気が流れる。ミコノやゼシカは最初こそ居心地悪そうにしていたが、しだいに表情が柔らかくなり、雑談する余裕すら出てくる。

ゼシカが呆れたように口を開き、

 

「だけどアンヌ、いきなり無茶苦茶すぎ。それに付き合う私の身にもなってよね」

「べっつにいーじゃん。結果オーライ。それに、ゼシカだったらわたしの合図に気づかないはずも、実行しないはずもないからね」

「おろ?二人は仲いいのか?」

 

ゼシカは苦笑の表情を作り、

 

「私が一軍に上がる前から、色々とね。何回かチームを組んだこともあるけど、そのたびに独断行動したりで大変だったんだから」

「そーいやお前たちは実戦に何回か組んでたっけ。それはそうと……」

 

アンディはアマタへと視線を移し、

 

「何さっきから無表情でドーナッツぱくついてるんだよ?リアクションの一つもなく淡々と喰われているとこっちもリアクションに困るんだが?」

 

アマタは常に機械のような一定のペースを崩すことなくドーナッツを食べている。少なくとも、そこから陽の気配を感じ取ることは不可能であろう。

 

「朝飯の時もだが、お前いっつもピリピリしすぎ。物食ってる時ぐらいリラックスしてもいいんじゃね?」

「……悪いな。こうやって他人と何かを食するのは久しぶりだ。あるべき態度がわからない」

「別に『こうあるべき』なんて考えなくていいよ。今のアマタは私たちの仲間なんだから」

「そうそう。あのスキルとか色々とわけのわからねぇこともあるが、それだけは明らかだぜ?」

 

ゼシカもアンディも、アマタに壁を作らない。それは性格からだけでなく、彼を仲間と認めていることの証だろう。

ほんのわずかに、アマタがほほ笑む。

 

「んで、あの気動だっけ?ぶっちゃけ、俺達の強化と何が違うんだよ?」

「気動の時点では大きな違いはない。ただ、意識を内側の内界に向けることで、結果として心と身体のラグを0にするだけだ。より上を目指すためには必要な技術だな」

「それって、どっちかっていうと仙人とか達人とかの思想に近いよね?」

「ミコノ、よく知ってるな?今じゃ廃れた思想なのに」

 

ミコノが嬉しそうにはにかむ。彼女は家柄上、そういった資料に触れる機会が多かったのだ。

 

「でも、それってあくまで宗教に近い思想でしょ?実戦で役に立つの?」

「この技術は、かつて仙人や達人が至った境地を再定義したものだ。彼らは独力でオーラを制御する術を手に入れていたからな」

「じゃあ、俺もお前に教わってその技術を手に入れれば、達人になれるのか?」

 

思わず身を乗り出したアンディに、アマタは苦笑する。

 

「あくまでそれと同じ技術を手に入れるだけだ。それに、俺は教える事は出来ない」

「?どういう事?なんか悟りを得ないと使えないとか、そっち系?」

「いや、あくまで技術だから、教える事自体は可能なんだ。ただ、俺が教える事は出来ないってだけで」

「……?」

 

 

 

 

 

甘い洋菓子を口に含み、人の声に囲まれて。

彼が思い返すは過去の色。

それは彼の幸福であり、

呪いである。

 

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