*
少女の話をしよう。
そもそもの始まりは,“リーナの娘”と呼ばれる女性エレメントであった。
彼女らは 歴史の転換時にその姿を現し,人を導くことで歴史を変える,そのように噂されていた。
それが真実かどうかは,関係がない。重要なのは彼女らが確かに存在したことと,彼女らがきわめて強力な,『聖女』とも称される能力者であったことだ。
そういった逸脱した存在には往々として信仰が付随し,『教団』とよばれた組織も,リーナの娘を聖女と崇めていた。
そのことを責めることはできまい。遠い存在にあこがれるのは人間の常であり,それが人を前進させる原動力ともなる。
しかし,『教団』は彼女らではなく,彼女らがもたらす導きを求めた。
間の悪いことに,歴史の転換にしか姿を現さず,導きもしないはずのリーナの娘が,歴史に関係なく,しかも直接的に人間を救ったことが彼らの欲望を加速させた。
聖女は確かに存在する。なのに,聖女は自分たちを救わない。
聖女なら自分たちを救ってくれる。なのに,聖女は自分たちを救わない。
自分たちは救ってほしい。なのに,聖女は自分たちを救わない。
救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ,救ってくれ!!
──狂気は廻る。加速し加速し加速した狂気は,あらゆる組織,人材,その他諸々を汚染し,取り込んだ果てにシンプルな答えを出す。
救ってくれないのならば,創ればいい。
自分たちを救ってくれる聖女を。
本来は唯の妄想で終わるはずだったそのアイデア。しかし,彼らの熱情と,あらゆる種類の研究機関や財力,権力を自らのものとした組織は,不可能を現実と化した。
原型とするのはリーナの娘の生態データ,その切片。
同じものを作り出すことは無理でも,目標さえわかっていれば近づけることができる。
それは例えば,古代技術であるナノマシン。適合する確率は百分の一以下であったが,それだけあれば問題ない。
それは例えば,技術や知識を『埋め込む』学習装置。調整の為に七十人ほどの乳児の脳が焼き切れたが,小さな犠牲だ。
それは例えば。
それは例えば。
彼らにとって幸いであったことは,自らの熱情の基となるものが,救済という普遍的な理解しやすいものであったことだろう。
それ故に惹かれる人間に限度はなく,あらゆる技術が集約し,あらゆる財を消費し,あらゆる干渉から隠されたのだから。
なお,余談であるが。
元々利用する予定であったクローン技術は,早くに製造される個体が身体的に貧弱であったことが判明した。
そのため,健康な素体を安定して供給する必要に駆られたが,この点に関しては大きな問題にはならなかった。
なにせ,教団は規模──単純な人数においても莫大と表現できるものであり。
人間が人間を『生産』することなど,一定の数さえあれば微々たるコストで可能であるのだから。
──幾多も失敗作を経て。
そうして,『彼女』は完成した。
『彼女』に名前はない。求められているのは機能でも存在でもなく,ただ救いだけなのだから。
──おお,おお,おお!!
──救ってくれ!!救ってくれ!!救ってくれ!!
彼らは群がる。僅か三歳ほどの少女に,救ってくれとすがりつく。
少女は自らに施された処置により,彼らが望むことと自分が生まれた理由,そしてそのために彼らが何をやってきたか,正確に理解し。
そして。
危険なカルト集団を鎮圧するために派遣された特殊部隊が見たものは,夥しい死体だった。
生存者は0。研究施設は全ての機材,データが破壊されており,何を求めていたのかすら,わからない有様であった。
その後,その集団に関係があったと目される施設が次々と襲撃されたが,その犯人は明らかになっていない。
──同じころ,闇の世界に奇妙な人物のうわさが上がる。
あどけない少女でありながら,闇をさすらう『それ』を人はいつしか|魔女≪ウィッチ≫と呼んだ。
*
アルテア界のメインタワー。あらゆる意味でこの世界の中心たる指令室は、喧騒に包まれていた。
「アイアンシー、メインシステムへの負荷増大!!」
「コアの反応低下!!」
「マニュアル7-12を適用しろ!!」
彼らの喧騒に必死さはあるが、混乱はない。それはこの程度、日常茶判事であることを示し、つまりはこの世界そのものが刻一刻と死に向かっていることを示していた。
アイアンシー。本来の目的から外れた余剰出力のみでアルテア全土を賄うほどのエネルギーを生み出す、文字通りにこの世界そのものを支えるシステム。この世界の希望となるはずであったそれは、なまじ生かし続けるが故に苦難を与え続ける拷問具となっていた。
指示を出し終え、アイアンシーが小康状態となったことを確認したイズモは深く息を吐く。これはいずれくる滅亡の先送りにすぎず、レア・イグラーを組み込むか、原因そのものを解決しない限り未来はない。
そのことを誰よりも知っている彼は続けて指示を出そうと口を開き、
「おやおや、相変わらず騒がしいですね、イズモ」
何の脈絡もなく、舞う花びらと共にその人物は指令室の中央──床の上という意味ではなく、3次元的な中央、つまりは空中に姿を現した。
その人物を一言で表すなら、白。白紙を更に漂白したかのような肌を、より白い衣服で包み、全身がほのかに発光している。
無論、その人物は只人ではない。白く長い髪から生やす白く小さな翼も、全身にまとうその雰囲気も、全てがヒトではないと示している。
その人物こそ、トワノ・ミカゲ。アルテアの唯一人の神官である。
その荘厳ともいえる気配は、容易くこの部屋を席巻──否。もう一つの気配が相殺する。
その気配の基など論じる必要は無い。この場でミカゲに匹敵しうる人物など、アルテア界の最高指導者、イズモ・カムロギ以外にはありえない。その気配はただ重圧。ミカゲが現れたことによって部屋に満ちた興奮も、自らは一言も漏らさずに押しつぶす。
「……ミカゲ、何故起きた?」
イズモの苦々しい声に、尊敬や信頼は一切存在しない。むしろ、強敵と向かい合っているかのような緊張感と威圧がある。
「ええ、機械天使に目覚めの口づけをされたものでね」
抽象的な物言いは、彼(そう表現していいのか、そもそも性別が存在するのかもわからないが)の変わらぬ悪癖だ。
「……まあ、いい。それで何をしに来た?わざわざ目覚めの挨拶をしに来たわけでもあるまい」
そう、イズモは知っている。ミカゲにアルテアに対する忠誠や愛など、欠片も存在しない。あるのはただ、自分のエゴのみ。
あらゆる意味で人間を超越した怪物こそがミカゲの本質だ。
「何、この世界に福音をもたらそうと思いましてね」
その言葉とともに、花びらが舞い、
「!?次元ゲート起動!!」
「第4格納庫より、ロー・グニス三機が起動!!コントロール受け付けません!!」
指令室を混乱が襲う。言うまでもなくこの異変の原因は目前の神官だ。彼の持つサイキック能力と、次元ゲート建設に多大な援助を行った知識を用いれば、この程度は容易いだろう。
「貴様、何の真似だ!?」
イズモの怒号に、より一層笑みを深め。
「言ったでしょう、福音だと。ほら」
ミカゲの指し示す先、グニス三機が花びらに包まれ、姿を隠したままゲートをくぐる。
「偽りの機械天使よ、精々踊るがいい」
そう呟くミカゲから感情は読み取れない。それは感情の色が無いのではなく、むしろ逆。あまりにも莫大な、狂気ともいえる熱量が、色を読み取られることを拒絶している。
「さあ、幕を開けよう。私の神話を始めるための」
*
聖天使学園裏の林は、生徒の隠れた訓練スポットとなっている。この場所はオーラのバランスが整っているため、オーラを利用する彼らにとって効率が良いのだ。そのことを意識している学生は少数派であるが、それもまた集中したい生徒にとっては都合がよい。
つまるところ、この場所はアマタにとって最適な場所であり、現に彼はかれこれ二時間ほどこの場所にこもっているのであった。
彼が行っているのは型の確認。その動きは見栄えなど欠片も考えられていない、ただ敵の息の根を止めるためのものであるが、特化しているが故の刃のような美しさは見る者の心を掴む。
少なくとも、この瞬間にいきなり出現したアンヌの表情には感嘆の色がある。
アマタは顔を向けずに、
「……またか、何か用?」
アンヌは頬を膨らませ、
「ドーナッツ食べ終わった後、いきなり姿を消したのはお兄さんでしょ。二人で内緒話したかったのに」
「俺は話すことはない。大体、俺達みたいな外れ者が,あまりつるむべきじゃないだろう」
「つれないね、わたしたちは似た者同士なのに」
「それこそまさかだ」
アマタは顔をアンヌへと向け。
「俺とお前は全く別だ。さっきのことからもわかる。お前はこの学園の仲間として存在している。それは俺にはできないことだ」
「いやいや、お兄さん、その言い方だと自分は仲間になれないみたいに聞こえるよ?」
「そう言っているんだよ、俺は。戦いはするし、協力はするが、それだけだ。俺は決して『仲間』にはなれない」
誰にも口にしていない自らへの認識を、あたりまえのように話す。
アンヌはそれを聞き、
「あーやめやめ、そんなダサイ嘘はやめようよ。わたしはお兄さんの本音が自分のことのようにわかるんだから」
そのまま切り捨てる。
「『自分のことのように』、か。それこそ冗談。お前の始まりこそ俺と似ているかもしれないが、選んだ道は違う。その一点だけが俺とお前の違うところであり、その一点故に俺たちは重ならない」
「違うね、お兄さんは全ての面で間違っている。MIXもそうだけど、物事の本当に大切なことは、意外に単純なんだよ。ただそれから目をそらすか否か、それだけ」
両者の視線がぶつかる。
先に折れたのはアマタだった。
「……俺も相当人に好かれないが、お前も無茶苦茶だな」
「これでも色々と配慮してるんだけど?さっきも、本当の意味での弱点は言わなかったし」
両者に流れる空気は、単純な親愛とも敵対とも違う、曖昧なものだ。
おそらく、次どちらかがとるアクションによって、向かう先は決定される。
そんな不安定な状況を動かしたのは、どちらかの言葉でも動作でもなく、
「アブダクター、イグナス地区に出現、総員第一種戦闘配備!!出撃エレメントは、アマタ・ソラ、アンヌ・ウィッチ、ゼシカ・ウォン、繰り返す……」
「へえ、粋な計らいじゃん」
「無駄口叩かずに、行くぞ」
*
指令室では、ドナールが不動に詰め寄っていた。
「何故あの二人を組ませたのです!?リスクが高すぎます!!」
この世界において、古代の遺産が幾度も深い傷跡を残したことからもわかるように、古代技術は一度タガが外れればただひたすらに破壊を振りまく。それが、かつて世界を救った機械天使の模造品であるならばなおさらだ。世界を救えるという事は、世界を壊せると同義なのだから。
否、そもそもあの機械天使は、本当にただの模造品であるのかすら疑わしい。
訳の分からない技術を、訳の分からないままに使うしかないのが現状のネオ・ディーバであり、これまでは少しでも制御するために戦力を抑えなければいけなかった。
今はそんなことを言っていられる状態ではないが、先の戦闘で実証されたように特別な素質を持つエレメントが操る機械天使は人類の手に余る。アンヌによって同等の事態が起こらない保証はないし、そもそもアマタ、アンヌ両名とも性格に問題がある。
されど、詰め寄られた不動は余裕の態度を崩さない。
「真への恐れから逃げ続ける者に、未来はない」
彼の視線が向かう先が分かるものは、誰も居なかった。
*
「……敵は蜘蛛三体、ただし見たことない反応が重なってる、か。万が一の為にわたしとお兄さんが出て、安定感のあるゼシカにサポートさせるってわけ」
「……あいつらが向かう先に再開発地区があったよな?」
草原地帯を見下ろしながら、ゼドに搭乗するアマタが問う。
「まあ,ほとんど廃墟だけど。って言っても、『公式には存在しない居住者』が数えきれないほどいるよ。……シェルターもないし、軍が本腰入れて救助するとも思えない。私たちでやるっきゃない」
質問に答えながらも、ベクターシロンに乗るゼシカが感じたのは違和感であった。
自身が不調なわけではない。アンヌも相変わらず気楽な様子だ。
だが、只一人。アマタ・ソラが身に纏う気配に、どこかズレを感じてしまうのだ。それを言葉で表すのは難しいが、その音無き不協和音とでも言うようなそれは、壁を越えてきた夜や今日の朝に一瞬だけ感じたものであった。
訝しむゼシカに気づかないのか、それとも気づいたうえで無視しているのかはわからないが、アマタがコールする。
「開戦合体、GO!!アクエリオン!!」
掛け声とともに,EVOLが姿を現す──そんな無駄な時間を使う必要は無い。
合体しながら疾走し、完全に終了する時にはもう懐に入り込んでいる。
敵の戦力があやふやな以上、選択肢は限られる。彼が選んだのは極めて単純にして明快、初撃必殺。繰り出されし拳はオーラを練りに練った神速の一。機関部を貫き,いとも容易く残りの機体も刹那と待たずに粉砕するはずの拳は,
何の抵抗もなく,そのまますり抜けた。
貫通したわけでも,アンヌの能力のような幻でもない。
拳が接触した部分が花びらのように変化し,拳圧で吹き飛んだのだ。
「!?」
反射的に拳を引き,後退する。それと同時,吹き飛んだ部分が巻き戻しするかのように元の場所に集まり,装甲の質感を取り戻す。いささかの痛痒もないことは明白であった。そのまま機械蜘蛛は何事もなかったように前進を再開。──速い。
これまでの蜘蛛型とは違う,重力を感じさせない軽やかな動き。三匹の蜘蛛は,跳ねるかのように機械天使に襲いかかる。
「お兄さん!!」
「了解」
アンヌの掛け声とともに,EVOLが三体に分身。蜘蛛もまた狙いを変更し,一体につき一匹の蜘蛛が脚部の爪で突き刺す。
「そこ!!」
二匹の蜘蛛の爪が幻影をすり抜けたのを尻目に,EVOLは貫手を放つ。
狙うは学園で予習した急所の一つ。おそらくは電子頭脳が搭載されていると考えられる部分だ。さすがに精密な機器を花弁に変換できないだろうと考えたアマタの予測は,
全身を花びらに分解したアブダクターによって,容易く裏切られる。
「ッ!?」
精密機器や動力機関がどうとかいう問題ではない。花弁の嵐はそのままEVOLを包み込む。その意味を察したアマタは合体を解除──それとほぼ同時に蜘蛛の形を取り戻したアブダクターが組み付こうとして,空振る。
機体そのものに損傷はない。だが。
「ガッ!!」
脱力感を感じたと思えば,アマタの全身から脂汗が吹き出ると同時,吐血する。
通信画面を見れば,アンヌも同様の状態になっている。
「二人とも,どうしたの!?」
ただ一人無事だったゼシカが,焦って声をかける。
「……経絡を乱された。もう少し触れていたらこれじゃすまなかった」
機械天使と搭乗エレメントとのシンクロは,習得した技能を天使の身で再現するための要だ。しかし,逆に言えば天使への干渉が逆流してエレメントへ直接ダメージを与えることも可能である。
この攻撃はEVOLのオーラを乱すことで呪的,物理的な防護をかいくぐり,アマタとアンヌの経絡をズタズタにしてダメージを与えたのだ。体調を回復,安定させようともオーラの流れそのものが乱れていてはどうにもならない。ゼシカは二人ほどオーラの制御が熟達しておらず,シンクロが薄かったのが逆に幸いした。
アマタは調息により息を整え,何とか立て直す。
更に。
「コード,リカバー!!」
短い叫びとともに,アンヌの呼吸が落ち着き,脂汗がひく。彼女のナノマシンはアマタのようにオーラに依存しないため,速やかかつ確実な回復が可能である。
自らを立て直したアマタ達は上空へと退避。それを尻目にアブダクターはその脚を動かす。
「やばい……再開発地区に向かってる!!あのペースじゃ,20分もかからない!!非難の状況は!?」
「まだ終わっていません!!いえ,どの居住地も受け入れを渋っていて,立ち往生しています!!」
「そんな……最低でもシェルターに入らないと危ないのに!?」
「しかし,解析はできました。敵の各個体の内部に,直径3メートルほどの高エネルギー体有り!!その部分がコアであり,敵の形状を維持していると予測されます。その部分を破壊するか,一定の時間か距離,形状変化した場合,元の状態に戻れずに分解されます!!」
「……だからずっと花びらみたいになってないのか,でも!!」
ゼシカは機体を急降下させ,転送されたデータを基にアブダクター一機のコアの位置を特定。
「シュート!!」
呪的刻印が為された弾丸が推測されたコアの位置を貫くと同時,機体の機首をあげ,急上昇。
「やった!?」
「いえ,まだです!!コアが機体内部を移動して,攻撃をかわしました!!」
「嘘!?」
ゼシカは驚愕するが,現実としてアブダクターは無事な姿をさらしている。
アンヌはそれを確認し,
「だけど,収穫はあった。気づいた?」
「うん,対空砲火が来なかった。いつもなら積極的に撃ってくる距離だったのに」
「たぶん,あの分解を搭載したから。詳しいことはわからないけど,あの銃口はハリボテ」
「だったら,遠距離戦の……『点』の攻撃じゃ,無理だ。アレを倒すには『面』で焼き払うのが一番らしい。ゲパルトの武装を本部に要請すれば……」
「ウチにそんな持ち合わせはないの!!そんなの今まで使ったこともなかったし……!!」
万が一,広域破壊兵器を装備した機械天使が制御を離れたらアブダクターなどとは比較にならぬ脅威と化す。そういった理由もあって,聖天使学園が所蔵する兵器には広域破壊が可能なものはない。
「それよりも,必殺技は?流星平身低頭槌ならあいつらを一網打尽に……」
「あの攻撃は狙いが大雑把なうえに隙も大きい。一機でも生き残ったらこっちがやられる!!」
つまるところ,打つ手なし。彼らの手札では,殲滅などできない。
よって。
「再合体だ。無理して倒す必要は無い,どうにかして避難までの時間を稼ぐ。アンヌ,能力,全力で行けるか?」
「持たせてみせる」
「それしかないか……よし,やっちゃる!!」
不退転の意思と共に合体しようとしたその瞬間。
『いや,その必要は無い』
聖天使学園の通信網に,映像が割り込んできた。
映る人物は人類軍の高級な制服に身を包んだ男。顔は意図的に隠されており,そのことが不穏を感じさせる。
『余計な挨拶は省く。私は人類軍に所属するものだ。故有って顔をさらすことはできないが,コードが本物であることは理解いただけたかと思う』
その口調には明らかに愉悦の色がある。人類軍ならこの状況はとっくに把握しているのだろう。
ドナールが忌々しげに答える。
「それで,人類軍の方が何のようで?」
『そう緊張することはない。これはただの通告だ。我々があの敵を殲滅するという』
「何……?」
本部にいるほとんどの人間が機嫌な顔をする。人類軍の武装ではアブダクターに対抗が不可能であるのは周知の事実であり,それ故にネオ・ディーバが設立されたのだ。
『私たちが用意した新型衛星ビーム砲なら,あの敵を丸ごと焼き払うことが可能だ。貴殿らに出る幕はない』
「忘れたのか?あの兵器はアブダクターに大きなダメージを与えることはできないという計算が出ている。それ以前に,察知されて避けられるのがオチだ」
『今回のものは呪的処理された特注品だ。それに,奴らがどうしても隙ができる瞬間に攻撃すれば問題ない』
隙ができる瞬間──戦術としてこれ以上ない正しい言葉には,この状況とは全く異なる不吉の色がある。
「具体的には……?」
『なに,』
それが,なんでもないかのように。
『再開発地区の不法滞在者を捕獲している隙に衛星から撃ちこむ。捕獲時ならば回避も防御もできまい』
その瞬間,確かにその場の全員の呼吸が停止した。
「正気か!?一体何人死ぬと思っている!?」
『0だ。公式に存在しない以上,犠牲者としてカウントされることはない』
「ちょっと待ってよ!!……!!」
『現に貴殿らは対処できていない。これ以上貴重な機械天使とエレメントを傷つけることもないだろう。早急な撤退をお勧めする』
皮肉げな笑みとともに,通信が切れる。
「クソ,切りやがった!奴らめ,自分たちの実力をアピールしてアブダクターへの対処の主導権を取りかえす気だ!!」
「そんな……結局,ただの縄張り争いじゃないですか!!」
「ああ,だが止められない。たとえこっちが巻き込まれても,『敵を倒すための有効な行為』で黙認される!!」
「司令,どうすれば……」
スオミの不安げな言葉にも,不動は泰然とした笑みを浮かべたまま答えない。
ドナールは僅かに目を閉じ,唇を固く引き結んで。
「撤退だ」
その一言を絞り出した。
「!?もう一度言ってください!!」
「撤退だ。そこにいるとお前たちまで巻き添えを喰らうぞ」
ドナールは表面上は毅然とした態度を崩さず,機械の義手を自壊しそうなほどに固く握りしめながら,それでも撤回しない。
何故なら,その重みを背負うことが彼の選んだ道であり,それを覆すことは,彼が失った者すべてを裏切ることだと信じるから。
ただ,自分がまた命を取りこぼしたこと,その事実と責任は忘れないでいようと思った。
*
命令を下す側の人間が如何に覚悟をしようとも,実行する側の負担がなくなるわけではない。それは覚悟が無意味というものではなく,まったく別のものであるが故に関係することができないというだけだ。
アマタもまた,葛藤していた。
彼は現状の自分では殲滅できないことも,軍の戦略の正しさも理解しており,撤退すべきと理性は判断していた。
その判断はこれまで幾度もアマタを助けてきたものであり,にも拘らずアマタは動けない。
基地に戻ることも,命令に逆らうこともできず,ただ固まっていた。
頭が疼く。
何をやっているんだと自嘲する。
今更他人を見捨てることをためらうのか?そんな資格が自分にあるのか?最悪のエゴイストである自分に?
──身体が重い。
──自らが捨てようとしている生命の重さに圧倒される。
──それはネオ・ランディアでの戦闘でも感じなかった重みであり,今になって意識するようになった理由は明白だ。
(……ツケがきたのか。あの学園で,らしくないことをしたツケが。そもそも俺に,誰かと関わっていいはずがなかったのに……)
自らのスピリットレベルが急速に低下するのを,どこか遠く感じ……
「なーにかっこ悪いことしてるのさ?まだ戦えるでしょ,お兄さん」
気楽な声と同時,イクスがアブダクターを急襲する。
「な…!!」
「……そうこなくっちゃ!!」
戸惑うアマタを置き去りに,ゼシカも攻撃を仕掛ける。
ドナールが怒鳴る。
「……強制テレポートさせろ!!」
「駄目です,受け付けません!!機体側からロックされています!!」
「馬鹿な!?そんな設定は不可能だ!?……まさか,アンヌ!?」
「へっへー,『こんなこともあろうかと』って台詞,ロマンだよね」
「プログラムをいじっていたのか!!だが,それは仕込んでいることを知っている者の機体にしか使えないはず……ゼシカも共犯か!?」
「ヤバ,ばれちゃった!?こりゃ何がなんでも成果を出して得点稼ぎしないと割に合わないね!!」
あくまで軽い調子で,二人は攻撃を続ける。
アブダクターも足を止め,応戦する。
「……無茶だ!!下手したら死ぬぞ!!」
アマタの呼びかけに,最初に答えたのはゼシカだった。
「ま,アマタにゃ私なんかより状況のやばさはわかってるだろうね。でもさ……ここでやんなきゃ,私は私を許せない!!」
その声には,アマタが二度と取り戻すことはできない,自分への誇りがあった。
──羨ましい,と。素直にそう思う。その光は,未来に向かう意思は,彼がどれほど鍛錬しても手に入らないものだから。
──その光を最初から持っているゼシカやアンディも。
──過去を飲み干し,決意を手に入れたミコノも。
──そんな奴らとともに並べるアンヌも。
誰も彼もが眩しい。だから,アマタは距離をとるしかなかった。
そんな存在と並ぶことなんて,自分にはできないから。
だが。
「お兄さん,確かに,わたしたちは外れ者さ。まともな道なんて歩めない。でもさ。自分のやりたいことにまで嘘をついちゃ,本当に何もなくなっちゃうよ。……どうせ,『正しい道』なんて選べない。だったら,間違っていても,無様でも,行きたい道を胸を張っていこうよ。何も残らないかもしれないけど,それでも,」
「……後悔を減らすことぐらいはできる,か」
アマタは,僅かに微笑み。
「……う,おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
叫びと共に,コアに向かって急降下。質量と加速を武器にした鉄槌は当然のように躱されるが,地面に接触する前に急上昇。
「……へえ,かっこいい顔してるね。でも,今日の主役はわたしだよ!!」
「了解……悪いな。ついつい寝ぼけてたようだ」
「うん,やっとアマタも調子戻ったみたいだし,いっちょ行きますか!!」
三人の意思が一つになる。機械天使を媒体に,それぞれの想いが響き,重なり,その奥へと導く。
そこに在るのは無限の混沌。可能性の海。
そして。
「……
アンヌはそこから,自らの可能性を掴みとる。
それは彼女の能力の在るべき姿。
自らに脈動するその能力を完全に支配し,
「逆襲合体,GO!!アクエリオン!!」
少女が叫ぶ声は凱歌のごとく。
創りだされるのは蒼き巨人。
無骨さと荘厳さ,矛盾を両立させるが故に,操るエレメントの本質をこの上なく表現する。
「アクエリオン,ゲパルト!!アンド,ガンポッド追加装備!!」
その姿を現したゲパルトの左手に,追加のガンポッドが転送される。
「……これもアンヌの仕込みか?」
「ガンポッドは常に追加転送できるようになっているから,そのシステムをちょちょっとね」
ゲパルトは地面に降り立ち,ホバー走行で地面を滑りながら牽制の銃撃を放つ。
牽制とはいえど,アンヌの闘志は本物。放たれた弾丸はこれまでとは比較にならぬ精度でコアを狙う。それらはすべて躱されるが,敵の注意はこちらに向いた。身体を花びらと化し,襲いかかる。
機動力が低いゲパルトでは,避けきれない挙動。されどゲパルトは細かくステップを踏むような挙動でそれらすべてを躱す。
アマタはその感覚に驚嘆する。
(この動き……硬化こそないものの,強化だけなら纏意に匹敵している!!この短時間でモノにしかけているだと!!)
アマタは知らない。
アンヌはアマタと戦闘した後,自らが掴んだ感覚を忘れないように幾度も繰り返していたことなど。
アブダクターは蜘蛛に戻り,ゲパルトは敵が市街地に向かわないよう,適度な距離を保って射撃を続ける。
「よし,……とは言っても,あんまり時間をかけ過ぎちゃ,軍は私たちごと丸焼きにするだろうね……この距離で撃たれちゃ,再開発地区への被害はやばいし,どうする?」
「当然」
アンヌの出した答えはシンプル。
「一気に決めるだけ!!ゼシカ,能力フルパワーでかして!!」
「がってん!!」
ゼシカの放つ衝撃の力が,銃口に集まる。
そして。
「今此処に,我が意志を宣言する!!」
機械天使が唸りを上げる。これより開演するは,人の意思そのものが力を持った新たなる奇跡。人間の可能性,そのもの。
「我が身は泡沫。定かなるものを持たぬ者。
我が血肉は我が物として生まれず,我が力は偽りより出でしもの。
されど我が意志は偽りに在らず,故に我は我が意志を信ず。
我は偽りを以て,真を為す者也──」
紡ぎだされるは自らの気概,自分の譲れない芯。
その想いは機械天使に共鳴し,意思を力と為す。
「必殺,
──幻影人形劇──
──PHANTASMA PUPPET STAGE──
繰り出されるのは四体の分身。そのどれもが本物と同じ存在感を持ち,銃口に光を蓄え,アブダクターを包囲するように散らばる。
……アンヌの能力の特色として,応用の広さがあげられる。
幻影は彼女が脳内でイメージしたものを現実に投影しているので,イメージしたものなら際限なく投影可能なのだ。
しかし,そこに彼女の限界がある。逆に言うならイメージしたものしか投影できないのだ。
例えば,真っ白い紙をイメージする。一見簡単なように見えるが,眼を近づければわかるように,表面の質感や僅かな折り目など,情報量は莫大である。無論,普段は意識しないが,そういった細かな情報をおろそかにすると累積したズレが違和感を生じさせる。この違和感こそが幻惑系エレメントを破たんさせる原因であり,それ故に彼らは絶大な集中力を持って能力を発動させるのである。
ここからも,並みのエレメントでは及びのつかない精巧さを持つ幻影を操りながら,自らも高速戦闘を得意とするアンヌの力量のほどが分かる。それでも,本当の意味で寸分たがわぬ幻影は創れない。
そして。アンヌはある時期になって気付く。自らがどれだけ精巧な幻影を作成しても,最早自分には違和感しか感じなくなったことに。それはつまり,自分と同レベル,もしくはそれ以上の敵において,自らの能力が通じないことを意味していた。
これでは意味がない。故に,彼女は自らの能力の新たなる使用法を考察し。
結果,選択したのは応用性の廃棄。何でも投影できる利点を捨て,確実に騙しとおすことのできる『一』を磨き上げる。何でもできると言えば聞こえはいいが,実際はあまりにも応用が利きすぎて持て余していたのも確かである。
幻影として選んだのは最もなじみ深いもの,すなわち自分自身。これが結果的には大正解であった。
彼女自身も気づかなかったが,アンヌはこの時点で高いオーラ制御能力を習得していた。それに伴い高い身体制御能力と知覚能力を無意識に行使することで,目に見えない衣服の細かな汚れどころか,繊維の一本一本まで正確に再現する幻影を取得したのである。
奇しくも同じ幻惑系のエレメントである,『存在しない天才児』と系統は異なる,攪乱に特化した能力。この幻影は現在の自分しか再現できず,また同時に操るのは二体が限度という弱点こそあるものの,アマタすら見切ることのできないそれは確実に敵を抉る布石となる。
そんな幻影を機械天使の身で行えば,もはや見切ることなどできはしない。あらゆる探知を欺瞞する絶対の嘘。
負担が少ないが故に分身の数も倍となり,幻影の包囲を見破ることなど不可能──されど,敵はその上を行く。その身体から分離した僅か一片ほどの花びらが,三体を取り囲む機械天使のうち,最も近い一体の脚部に接触。そのまますり抜ける。
それはすなわち幻影である事を表し,それさえわかれば問題ない。包囲の穴とわかったその方向に三機が突撃する。もし仮に残り四機が発砲したとしても,確実に一機は残る。隙だらけの相手から距離を取るもよし,仕留めるもよし。
そして。
右の銃口で一機。左の銃口で二機。接近された機械天使の放った砲撃が,機械蜘蛛のコアを貫いた。
そのまま二機が花びらと散り,左側の二機もコアにダメージを受けたのか各部が崩れ,地面に倒れ伏す。
つまるところ,この幻影の包囲は本体へと誘導すると同時,本体の攻撃を幻影と誤認させることで避けられることを防ぐためのもので,それ自体おかしい。先ほど花びらがすり抜けた説明がつかない。
……確かに,あれは幻影だった。
機械天使は三機のベクターマシンで構成される。メインとなる機体は上半身を構成し,残り二機はバックパックや下半身を構成するのだ。アンヌは密かに機体を変形させたまま合体を解除し,下半身とバックパックを幻影で構成した。つまるところ,アブダクターが確実に幻影であると判断されたそれは,その実上半身と武器のみが本物であった。当然のことながら,ゼドとシロンも同様である。
これこそが
「ラスト!!」
ぎごちなく動く残りに向けて,銃口を向けて。
引き金を引こうとした瞬間,
「!?上空に次元ゲート発生!!」
「何だって!?」
退避し,上空を見てみれば確かに上空に次元ゲートが発生している。
「増援か?」
訝しむアマタ達を余所に,アブダクターが花びらに分解し,四方八方に散らす。
「ちっ……」
必死に避けるゲパルト。死に体とはいえ,あの花びらがどれほど凶悪か身に染みて理解している。
それに紛れ,
「あっ……」
大きく欠けた赤い立方体が次元ゲートに飛び込んで,ゲートが消えた。
「今のって,コア?どうして……」
ゼシカの声にこたえられるものは,誰も居ない。
唯一人,不動のみが険しい顔をしていた。
*
アルテアの指令室は興奮に包まれていた。
「エネルギー転移,成功しました!!」
「セントラル・コア,反応上昇!!」
モニター上の数値が上がるごとに,興奮の度合いが高まり,ミカゲを讃える声がする。
無理もない。今上昇しているのはこの世界の命そのものなのだから。
アブダクターのコアに蓄えられ,今コアへと移されたのは機械天使の最後の攻撃。ゼシカの最大出力の衝撃であり,高密度のオーラそのもの。
移された側であるコアと比較すれば取るに足らない量であるが,異なる世界のそれはコアと反応。結果的に急激な出力上昇を引き起こしたのだ。
無論,誰にでもできる所業ではない。アブダクターの改造も,エネルギーの転移も,ミカゲが行う奇蹟の御業。
故に民は熱狂する。希望はここにありと。
唯一人,イズモは違った。
あくまでこれは一時しのぎ。この反応は長続きせず,いずれ枯れ果てるのが伸びただけ。そしてなにより,これは人間でいう拒絶反応に近い。コアが衰弱しているとはいえ,転移されたエネルギーが僅かだったことが幸いしたが,同じ手は二度と使えない。もし繰り返せばそれは自殺と同義だ。
「やはり,希望は自分たちの手でつかまねばならんな……」
イズモは低くつぶやいた。
*
「……まったくもー。大活躍したのにこれはないんじゃない?」
「その言葉,何回も聞いた。そしてまた言おう。こうしなければ組織は成り立たないし,そもそもアンヌが余計なプログラム仕込んだことが問題だったんだ。正直,この程度で済んで感謝すべきだと思うが」
「そーそー。反省しなよ」
「ゼシカも同罪だろ」
反省室で三人が愚痴る。彼らは学園に帰還した後流れるように説教を二時間ほど喰らい,そのまま反省室へ直行したのである。反省室は牢屋のようになっており,アマタの隣にアンヌ,向かい側にゼシカが入っている。
「ま,教官方も軍への対処でてんてこ舞いだし,しばらくはおとなしくしてるよ。軽く聞いた話だと,民間人を犠牲にしようとした性急な判断があちらこちらから批判されてるらしいし」
「どーせ私たちが失敗してたらその批判している人たちは軍の味方だったろうさ。ま,結果オーライってことで」
気楽な調子の女子二人に,アマタは溜息をつく。
「……そういえば,初めて会ったときから俺のこと色々と知ってたみたいだけど,あれって」
「お察しのとおり,ゼシカから聞いたの。朝食時間の後呼び出してね。いろいろ聞いたよー。例えば女の子に言った歯の浮くようなセリフとか」
アマタがゼシカをジト目で見る。
「いや,さすがにいきなり仕掛けるとは思ってなかったから……」
「……まったく……」
「……いーじゃん。かっこいい台詞だし。その後戦闘記録とかも見て,ビビッときたんだ」
「……俺からも,一つ聞いていいか」
「何?」
「アンヌは何を見た。何を以て『アンヌ』になった」
彼の問いは,おそらく自分とは全く異なる道を通った自分自身へのものだった。
「別に,特別なことはなにも。わたしは普通に生きて,普通に戦った。きれいなものがあった。醜いものがあった。救えた人がいて,救えなかった人がいた。希望があったし,後悔もあった。……そういったものすべてがわたしを作った。うまれながらにきめられたことじゃない,過去の経験全てが。だから,わたしはわたしでいられる。わたし自身を偽らないように……ようするに,わたしは当たり前の人間だってことよ」
「……そうか。やっぱおまえと俺はぜんぜんちがうし,おまえの言うようには生きれない」
アンヌが口を膨らませる。
「でも,そんな奴らと『仲間』になることはできる。……これからも,よろしく頼む」
そういったアマタの顔は,まるで照れているようで。
アンヌとゼシカは,顔を突き合わせて笑った。