創世のアクエリオンEVOL   作:JJ

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第六話 「町に轟く」②

そして,ゲートが消えて再び夕焼けが包み,海に機体が沈む中,互いに両者は睨み合う。

アマタは,目の前の男を仲間を狙う『敵』として。

カグラは,目の前の男を自らの渇望を阻む『障害』として。

互いに対しての認識は重ならず,されど互いに対しての意図は単純にして明白。

 

故に,動けない。

ほんのわずかな失敗が死につながり,それすなわち自らの目標が遂げられないことを意味する。それゆえの静止。

それは,第三者にとっては見逃すはずのない隙となる。

 

動いたのはドナール。その義手に仕込まれた銃口が火を噴く。

銃声は連続して響き,そのたびに地面に薬莢が落ちる。

それら全てにアマタやカグラになんら劣ることのない殺気が籠っており,そこに容赦の二文字はない。

されど,カグラはそれら全てを発射される前に──より正確には,銃撃に先んじた『意』を躱す。

アマタのような技術とは対極に位置する,獣の本能。自らの渇望によって極限まで高められたそれは,あらゆる面で人間を凌駕する。

 

ドナールとて,銃撃で敵を殺害できるなど欠片も思っていない。戦場を生き残ってきた彼の感覚は目前の敵がアマタと同レベル,すなわち自分では正攻法で勝つのは不可能と早々に判断。そして,それ故に敵がアマタのみを脅威と判断した状況を好機と断じ,牽制と誘導の銃弾を放つ。

そう,これらはあくまで布石。

人の身で獣を狩るのに必要なものは,力でも速さでもない。確実にしとめる状況である。

よって。

 

「らぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

咆哮とともに,ゼシカが能力を発動。不可視の衝撃波が席巻する。

ドナールが動いた瞬間に意図を察し,練りに練られた衝撃波。もはや大砲とも称される一撃は,銃撃によって誘導された獣を飲み込む。

 

されど。獣は人間の浅ましい知恵など,力づくに捻じ伏せる。

その身に光を纏い,無造作に振るった腕が,衝撃波を打ち砕いた(・・・・・)

 

「な……アマタと同じ!?」

 

ゼシカとミコノが目を剥く。今目前で行われたことは,ネオ・ランディアでアマタが行ったことと同じ。

 

すなわち,纏意。ゼシカの放った衝撃波がオーラによって構成されている以上,同じオーラで,しかも桁違いの出力でぶつけられれば実体がないはずの衝撃波が砕け散るも道理。

そう,纏意に対抗するには,同じ土俵へと立たねばならない。

よって。

 

アマタもまた纏意を発動。ゼシカの攻撃に対処した隙を突き,その身を一陣の風と為す。敵の意識の隙をついたその行動に恥などなく,ただ殺意のみがある。

されど。獣はそれ以上に遊びがなく,的確にアマタの突きを受け止める。そのまま力づくで押し返そうとする獣をアマタはいなしながらも離れない。いつもならこの状態から投げに転ずるなりするところであるが,この敵にそれを行えば次の瞬間にはミコノに突貫すると確信できる。

故に。

 

「ゼシカ,ミコノを連れて逃げろ!!教官は周囲の避難を!!」

「……だけど!!」

 

ゼシカが抗議の声を上げる。自らの最高の一撃を防がれても心が折れていないことに心強さを感じながら,それ故に叫ぶ。

 

「こいつの狙いはミコノだ!!早く行け!!……信じる!!」

 

この場であの敵に対抗できるのはアマタのみ。それとて持ちこたえられる可能性は未知数であり,伏兵の可能性,戦場がどこまで広がるかの予測すら困難である以上,敵の目標たるミコノを一人にすることはできない。

その理屈と,下手に手を出すと足を引っ張ってしまうと察したゼシカは声も出せず固まるミコノを揺さぶり,ともにドアへ向かう。

 

「アマタ君,……ごめん!!」

「命令だ,……死ぬな。お前には聞かねばならないことが色々とある」

「気をつけて!!」

 

アマタは遠ざかっていく三者三様の声援を聞きながら,ドアをくぐるミコノを認めてより力を込める獣の手を受け流し,そのまま投げようとする。されど獣は身体を無理やりひねり,投げから脱出。ミコノを追おうとする。

──読み通り。

意識が自分から外れた僅かな空白を縫い,アマタは強化を右腕へと集中。いかなる鋼鉄すら打ち砕く一撃が,無防備な獣を撃ち抜く──否。

獣はその寸前に腕をたたみ,鉄槌の拳を側面からはじいて威力を殺す。

そして,両者は再び距離を取る。

 

「オレと,糞女の……邪魔を,するなぁぁぁぁぁぁっ!!」

「……行かせない」

 

本当の激突が始まった。

 

 

 

 

状況は別の場所でも動く。

 

「やはり……!!」

 

カイエン・スズシロは唇をかむ。

彼は『絶望予知』にて現状を察知し,電撃の浴び過ぎで倒れたサザンカをシュレードに任せ,自分は司令部に報告の後に展望台へと向かおうとしたのだが。

スオミ教官からの連絡で,遅すぎることを知った。

 

『現在,アマタ・ソラはアブダクターのパイロットとみられる人物と交戦中。エレメントは避難誘導と民衆の護衛に移行。能力の使用も許可します。カイエンはその場で待機し,自動操縦でベクターイクスに搭乗。海底に沈んだ後反応をロストした敵機体を,能力を使って捜索しなさい』

「!?待ってください!!あいつの狙いはミコノです!!行かせてください!!」

『……ドナールからも同様の報告がありました。前回,あのアブダクターの火力をもってすればシェルターの破壊も容易かったはずなのに,それをしなかった。今回もわざわざ機体から降りて生身で,迷いもなくミコノを襲撃した。何らかの理由がある可能性も否定できません』

「だったら……!!」

『しかし,あの機体が脅威なのも事実。不測の事態が起こる前に抑えることも必要です。どのみち,ミコノでは生身の戦闘は不可能ですから,ゼシカを護衛に下がらせています』

「……了解」

 

その論の正しさは認めざるを得ず,カイエンは通信を切る。

 

 

……誰も気づかない。カグラが機体から降り,生身で降りたのは機械天使を介入させないため,機体を囮として使うためだという事に。

常識で考えれば悪手以前の奇策は,それ故に予想すらされずに獣が意図した通りの効果を発揮する。

 

 

纏意とは,人間を超人にするための技術である。

纏意に至った者の身は,端的に言って鋼そのもの。その身は銃弾を弾く鎧と化し,その打撃は鉄板すら砕く火砲と化す。

ならば,纏意同士の戦闘とは,破壊力と破壊力が激突する,極限の暴力か?

 

否。

相手の鎧を正面から破壊する為の出力を発揮し続ければ,相手の打撃を止める為に鎧を強化し続ければ,その果てに待つのは自壊による自滅である。

如何に最小の出力で敵の鎧を貫くか。如何に的確に防御するか。

彼らの戦闘はそれに終始し,敵の攻撃の『意』を読んで潰し,自らの『意』を隠して通す。お互いの攻撃を潰しあい,流れに乗った者こそが勝利する。ならばその戦闘は軽快さのみかと問われればそうではなく,『意』の早さと『身』の速さ,二つの速度を併せ持った戦闘はもはや意思持つ嵐と形容しても不足はない。

 

アマタは,その基本の体現者。

獣の攻撃を防ぎ,そのままカウンターの掌底。

意識の死角を突いた上段蹴り。

伸びた腕を掴んでの関節技。

オーラを使う者にとっての正道にして完成形。そうならざるを得なかった過去を糧にした攻撃は,順当な結果として獣を削る。

 

一方,獣の戦法はまさに邪道。

そもそも,アマタのことを見てはいるが視ていない。獣が求めるのはミコノのみ。

──コイツは邪魔だ。

──放っておいても邪魔をする。

──なら潰す。

──なかなか潰れないなら潰すまで攻撃する。

 

防御ごと貫かんとする貫手。

組み付いてからの噛み付き。

ただひたすらの連打。

敵の観察を放棄し,ただひたすらに威力と速さだけを追求した無秩序なものであり,当たり前のようにアマタに阻まれる。

元々人間の利点を強化して超人に至るための技術。それを利点を生かさずにただの力押しで行動している時点で,獣は自らを追い込んでいる。

 

獣の攻撃は全て阻まれ,アマタの攻撃はその殆どが獣を削る。故に,この戦闘の趨勢は──

 

全くの互角という形で固定する。

 

アマタが劣っているわけではない。彼は獣の攻撃を読み切り,適切に躱し,威力を殺し,

常に最適解を行っている。

──その最適解で受け止めた,最低限のダメージがアマタに毒のように蓄積する。

受け止めたエネルギーは,移動する。その単純な理屈が,防御の上からの衝撃が,僅かに掠った衝撃波が,アマタを削る。おまけに最適解の結果であるが故に回避も不可能。

無論,アマタも反撃する。紙一重の所でクリーンヒットは躱されているものの,与えたダメージの総量でいえばアマタが凌駕している。

されど,獣は止まらない。ダメージを意識の外におき,ただ狂乱のままに暴力を継続する。

今もまたアマタの拳が顔面を揺らすものの,そんなもの知らぬとばかりにがむしゃらに攻撃する。

 

戦場の激しさとは反対に,趨勢は膠着。少しずつダメージが蓄積している者と,莫大なダメージを精神によって捻じ伏せる者。両者は互いに流血しながらも優劣は定まらず,それ故に戦闘はより単純かつ明白な形に,すなわち精神の耐久へと変わる。

 

先に限界を迎えたのはアマタだった。

 

「……ッち!!」

 

少しずつ自身の動きが遅れてきているのに気付き,舌打ちを漏らす。

アマタは獣から離れず,常に自分に意識を向けさせる位置を保っている。その状態で精密な防御と回避,カウンターを行っているのだから,精神にかかる負担も生半可なものではない。一度自覚した精神の乱れは,底なし沼のようにアマタを捉える。

一方の獣は,その精神の単純さゆえに負担も少ない。しかも,獣と化した原動力である渇望は途切れることなく主を狂乱させる。

 

よって。当然の結果として戦闘の流れは一方に傾く。

動きが鈍った瞬間に獣の肘がアマタの腹にめり込み,傾いだ頭を掴まれ,膝が頭蓋を砕かんと迫る。

アマタはその寸前に能力を発動。暴発した能力はアマタの身体を吹き飛ばし,先ほどミコノが通ったドアのそばまで転がる。

血を撒き散らし,掴みとった猶予は僅か。その僅かな猶予すら,獣は押しつぶさんと迫る。

アマタも立ち上がり,拳を握って迎撃するが,ワンテンポの遅れが致命となる実戦において遅すぎる。

 

その拳は,当たる前から死んでおり──

獣は勝利を確信し,決着の為に疾走する。

 

そして,アマタは逆転への布石を開始する。

特別なことはしない。ただ握っていた拳を開いた,それだけ。そこから落ちた物は──何のことはない,先ほどドナールの義手から排出された薬莢だ。特別な仕掛けもされていないそれは,アマタが撒き散らした血の上に落ち──

それを,獣が踏みつけた。

 

アマタがダメージを受け続けたのはあくまで最適解の結果であり,つまりは獣の動きは完全に読み切っている。よって,決着をつけようとする動きがどのようなものかを予測することは容易い。

 

故に──

渾身の踏み込みから決着をつけようとした獣が,大きくバランスを崩す。

それは血と薬莢で滑ったからであり,つまりは重心すら読み切ったアマタの読み勝ち。

獣はバランスを立て直そうとするが,ワンテンポの遅れが致命となる実戦において遅すぎる。

 

「獲った!!」

 

確信と共に右腕がうなる。拳が無防備な腹にめり込み。

 

「フッ……!!」

 

より深く踏み込み,腕を折りたたんで肘打ち。

 

「覇ァ!!」

 

駄目押しで肩からのタックル。

流れるような三連撃を喰らった獣が,屋上の端まで転がる。

それを見ても,アマタが感じるのは悪寒。この場で終わらせなければいけないという確信に突き動かされるように,能力を最大出力で発動。一直線に飛び掛かり。

 

「そうか……おまえは……オレの……カグラ・デムリの敵か!!」

 

そして,獣はアマタを認識する。

 

悪寒の質が跳ね上がったと同時,アマタは無理やり姿勢そのままに後退。内蔵が悲鳴を上げる程度ですんだことは幸運であり,あのまま突っ込んでいたら死んでいたと確信する。

 

──それすら,甘い。

 

「GAAAAAAAAAAAAA!!」

 

咆哮と共にカグラは飛び掛かる──速い。

これまでとは桁が違う速さ。振るわれる腕は相変わらず荒々しく,されどこれまでとは桁の違う速度と威圧を放つ。

アマタは腕をたたんで防御し──

 

その防御は,さしたる抵抗もなく切り裂かれた。

 

防御に使用した右腕に激痛が走ったかと思えば,まるで獣の爪に切り裂かれたかのような傷があり,そこから生暖かい血が流出する。

 

──否。『ような』ではない。

 

初めてカグラという名を名乗った敵の,四肢の先端。両方の掌と足首から先,その部分のオーラの光がまるで獣のそれかのように形作る。四肢の先端は人に在らざる大きさの禍々しい光の鎧。獣の腕を連想させるそれの先端には同じ光で形作られた爪が存在する。

 

どれだけ強化しようとも,根本的に人類の形状は闘争に向いていない。

それを補うために人間は武器を開発し,ほかの種を,そして同族を殺害する技術を磨いていった。

ならば,オーラ制御の到達点も同じ。より闘争に特化するために自らの全てを託す武器を強化するか創りだす。

それこそが第三位階,『武想』。

現在のアマタには使用できない(・・・・・・・・・・・・・・),オーラ制御における到達点である。

 

よって。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

咆哮と共に振るわれた腕。それから繰り出されしは剛腕の鉄槌か,魔爪の斬撃。それら全てに先ほどまで存在しなかった『アマタ』への敵意があり……それ故に戦闘は一方的なものへと変わる。

 

「ク……ククッ!!そうか……アマタとかいったな,オマエはあの機械天使を操ってたヤツ!!」

 

哄笑とともに,連撃を加える。それは今まで『アマタ』を見ていなかったことの証明であり……今は溢れんばかりの敵意の対象として認めたことの告白。

 

「ああ……うっとおしい!!消えろ!!邪魔だ!!死ねぇ!!」

 

先の戦闘で見せた読みも技も放棄し,ただ純粋な力をぶつける。

おそらくは,これこそがこの男の本来のバトルスタイル。邪道を極め,小賢しい人間の技術を放棄し,生まれ持った強者の力を存分にたたきつける。そのまえでは小賢しい人間の技術(努力)など塵にも等しい。生まれながらの魔獣は,人間など歯牙にもかけぬ。

アマタは強化を両腕に集中。吐血し,裂傷をいくつも刻みながらも致命に至る攻撃を何とか防ぐ。カウンターを取ることなど夢のまた夢。防御するのが精一杯であり──逆に言うならば,防戦ならば成り立っている。

この状況はあり得ない。位階の差は純粋な力量の差であると同義。力そのものの『量』も,力を操る『質』も,上の位階にあがるごとに跳ね上がる。

無論,戦闘は性能のみで決まるものではないが,ゼシカの渾身の能力を軽く防いだことからもわかるように,上の位階の攻撃は下の位階を単純な密度の問題で弾き飛ばす。

そのはずが,アマタの両腕は強化を集中しているとはいえ,いくつも傷を作りながらも渡り合う。本来なら傷どころか骨が折れる,いや腕が切断されてもおかしくはない。

されど,現に今も薙ぎ払われたカグラの腕をアマタは受け止める。腕に衝撃が走り,時に鎧を貫かれながらも未だ戦闘を継続する。

技量だけでは説明できない何かの理屈でもたらされた均衡は,されどしだいに決壊する。

その要因はやはり精神。カグラの渇望がアマタを否定する。

 

「う,おおおおおおおおおおおお!!」

 

感じる敗北の予兆を振り払うように,アマタは叫び,自らの全力以上を振り絞る。

 

──意識が混濁しながら清澄になる。

──自らが何を求めるか,それを否応なく自覚する。

 

それはアマタの原初。カグラの渇望に共鳴し,アマタもまた自らの渇望が目覚め始める。

しかも,この場所はアマタの始まり。自らの根幹と直面するのにこれ以上最適な場所はなく,それを自覚すれば,あるいはカグラに並べ立てるかもしれない。

 

──思い浮かべるのはミコノやゼシカであり,アンヌにアンディにカイエンであり,自らの『仲間』。それすなわち彼の求めしモノ。

 

その記憶は始まりにして根幹。

 

──そんな彼,彼女らから遡り,戦闘しながらも,彼の意識はある一人の少女に辿りつく。

──銀色の髪と紅玉の瞳を持つ彼女こそがアマタの渇望の始まり。

 

故に。始原たる彼女に重なる仲間を守るために渇望は目覚める。

 

 

──奪わせないと猛る。

──失わないと昂る。

──だって彼女は

 

そして,アマタは自らの始まりを自覚し──!!

 

 

 

 

 

 

──アマタを■■■■■■%&%$##”!#$&))(‘&%$#”&+*P(‘$E#”

 

 

 

 

 

 

 

その寸前に,アマタの全ては停止した。

まるで,自らの全てから目を逸らすように。

 

それは,カグラが見逃すはずのない隙であり。

 

「……ハッ!?」

 

次にアマタが知覚したのは,自らの腹部に走る鈍痛と,地面の感覚の喪失。

そうしてやっと,自らが蹴り飛ばされ,屋上から墜落していると理解した。

 

「クッ……!!」

 

すぐさま能力を発動。地面に背を向きながらも,墜落は停止し。

 

「駄目だ……詰んだ」

 

そう自覚すると同時,獣の足がめり込み,次の瞬間には全身がバラバラになったかのような衝撃がアマタを襲う。

 

何のことはない。ただ単純にカグラが自ら飛び込み,アマタを踏みつけただけ。

重力を味方に付けたその攻撃はアマタを地に墜とし,普通に墜落するよりもはるかに大きいダメージを喰らった。

 

「ガッ……ハッ!!」

 

叫ぶことすらできず,うめき声しか出せない。全身の骨に罅が入ったのを知覚。内蔵とていくつかはいかれたのか,口内から血が漏れる。

 

これ以上の戦闘の続行など不可能。

よってカグラはアマタに一切の興味をなくし,自らの衝動に従って少女を求める。自らの渇望以外に価値を求めていない獣は,自らの轍になどまったく意味を感じず──

 

「待てよ,カグラ。まだ終わっちゃいねぇぞ,ストーカー野郎……!!」

 

背後からの声に,振り向く。

その視線の先,アマタとかいう男が,傷だらけで,吐血しながら,今にも頽れてもおかしくない,いやむしろそうならない方が不思議な身体で。

 

眼に意思を滾らせ,立っていた。

 

カグラは無言でその身をかがめる。

それは追跡ではなく,アマタへの攻撃の構え。

 

無視しろと衝動は叫ぶ。

目の前の敵に戦闘能力はなく,背を向けても自らの追跡すら不可能である。

自らの障害にはならない。

 

されど,確信する。

この敵をここで殺さなければ,永遠に自らの渇望は果たせないと。

よって。カグラはその身を疾走させ。

 

不意に流れたヴァイオリンの演奏が,カグラの視界を揺らす。

 

それは不吉な物悲しい音色。精神を揺らし,暴き,破滅を誘う。

本来なら効くはずのないそれは,短い演奏に全てをかけたが故にアマタのみに集中していたカグラの隙をこじ開けた。

 

「待たせたね。このあたりの人払いは済んだ。ここからは俺達のステージだ」

 

アマタの背後でヴァイオリンを構えたのは,金髪の優雅な青年。次元の違う超人が織りなす空気にも,余裕を失わない。

 

「シュレード……」

 

シュレード・エランは静かに笑みを浮かべた。

 

 

 

シュレード・エランを構成する過去は,血に塗れている。

純粋な殺害人数ならば聖天使学園トップ。

そんな彼が初めて殺害したのは,自らの両親であった。

 

当時十にも満たない彼は,端的にいって神童であった。

あらゆる分野においてまぎれもなく天才といえる結果を残した彼。

自らの才能や,周囲からの悪意に溺れずに済んだのは間違いなく両親のおかげ。

自らの高貴な血を本当の意味で誇り,その責務を全うすることに生涯をかけた父。

全てをいたわり,いつくしみ,それ故美しく,強かった母。

 

そんな両親の元では歪むはずもなく,彼は自らの愛する音楽へとその道を定めた。いつか,自分の音色で他者の力になりたい。両親がそうであったように。

 

神童が全てをかけて磨き上げる音楽は,聞く者すべての心を揺らさぬはずもなく。

 

それが,全てを決定した。

 

彼のうちに眠る能力。

それは神童に相応しい力を秘め,されど気づかれない。

 

そう,シュレードの奏でる演奏は素晴らしすぎた。

能力などなくとも人の心を揺らす演奏は,それ故に彼のうちに眠るエレメントを隠し,解き放たれるのを防ぐ。

 

そして,その夜。解き放たれた精神演奏が牙をむいた。

 

日課となった夜の演奏練習。

その日たまたま彼自身が作曲し,奏でるのは悲劇の音色。悲恋をテーマした演奏を聴いた両親は。

 

そのまま二人そろってバルコニーから身を投げた。

まるで,行き場を失った恋人たちのように。

 

演奏を中断し,呆然となった彼は気付く。

演奏が止まったにもかかわらず,周囲には音色が,これまでとは比較にならぬ大きさで満ちていることに。

 

精神の均衡を欠いたことによる能力の暴走は,誰にも止められず。

結果自らの屋敷のみならず,街全てに降り注いだ破滅の音色は,住民の約三割に自らによる死を押し付けた。

 

そこから神童と呼ばれた少年は,悲劇の道を行く。

 

庇護者を失い,自らの全てを失った少年が流れ着いたのは当然のことながら裏の世界。演奏を聞かせるだけで証拠も残さずターゲットが自殺する演奏は,言うまでもなく暗殺に最適。

血塗られた演奏を続け,シュレードはより殺しやすく,より精密に,演奏を磨き続け,自らの能力を完全に掌握する。

自らの大切な世界を失わないために必要なものが,失った末に手に入る。そんな皮肉に自嘲し……

 

「そんな演奏で満足なのですか?」

 

出会った少女は,問いかけた。

透明さと歴史,二つを両立させる少女に見える人物。リーナの娘を継ぐもの。

 

「私と一緒に来てください,シュレード。そうすれば,貴方が本当に求める演奏,それが見つけ出せるかもしれません」

 

シュレードは,その手を取る選択をした。

 

今も彼は奏で続ける。いつか,自分の演奏の意味を見出すため。

 

 

 

シュレードが再度演奏を再開。

奏でられる曲は勇壮にして苛烈な軍歌のごとし。

その対象はカグラ……ではない。

 

先ほどの演奏が僅かでも効果を発揮したのはあくまで不意打ちであるから。警戒されている現状では,万に一つも効く道理がない。仮に奇跡が起こって効いたとしても,敵意に阻まれた状態では与える影響は僅か。

 

よって。対象はアマタ。奏でられる演奏は敵の心を揺らすのではなく,仲間を昂らせる。

アマタもまたそれを察し,シュレードの音色を受け入れ。

 

その効果は,アマタの纏意とカグラの武想の激突という形で証明される。

本来ならあり得ない拮抗。それは単純な力のみならず,反応速度の上昇,深刻な損傷の治癒というかたちでも現れる。

 

これを為したのは脈動するオーラ。

自らの限界をはるかに超えるそれを絞り出し,調律する演奏。アマタと連動して変化するそれは下手を打てばシュレードとアマタの両者を破滅へと導くが,二人の意思はそれら全てを乗りこなす。

 

されど,全てが有利なわけではない。

シュレードとアマタの間に繋がったライン。それを逆流し,アマタの内側からナニかが侵食してくるのをシュレードは感じる。

それは形容することすらできないアマタの精神の根幹。

奇妙なことに,アマタの精神の根幹をなすものであるはずなのにどこかあやふやな印象を受ける。

『それ』はシュレードに牙をむき──

 

シュレードはそれすらも自らの演奏を高める糧とする。正面からぶつかるのではなく,それすら追いつけない高みへと自らを上らせ続ける。

 

古来より優れた芸には神が宿るというが,シュレードの演奏は入神の域。たとえ心臓を抉られようと,意にも介さず奏で続けるだろう。

 

神に見守られし者は,魔獣相手であろうと戦えない理由などない。

力任せの攻撃を技量を以て捌き続けるアマタ。少しずつだが,僅かにカグラを圧しはじめる。

 

カグラの突きを側面から弾き,そのまま顔面を撃ち抜く。

カグラの蹴りを宙に浮かんで躱し,落下しながら踵落とし。

 

それら全てはこれまでとは比べ物にならぬ精度でカグラにダメージを与えるのみならず,その狂乱すら冷やしていく。

 

それはつまり,自らの敗北の可能性に気づいたという事。

アマタとシュレードの連携は,魔獣を祓いうるほどのもの。

 

カグラとて,ダメージを受けていないわけではない。精神的な昂揚で意識の外においていただけであり,それが消えればあたりまえのようにダメージが動きから精彩を奪う。

 

「ク……ソ,がぁ!!」

 

歯噛みするカグラは標的を変更。アマタの脇を通り過ぎ,一直線にシュレードに……演奏の源に向かう。

トランス状態のシュレードは微動だにせず,カグラは勝利を確信し──

 

「かかった!!」

 

その頭を上段蹴りが揺らし,カグラは自分の動きが誘導されたことを知った。

 

「これで……!!」

 

アマタは丹田で気を練り,全てをかけた拳を構え──

 

海の方向から,轟音。

それは今まで沈黙を保っていた機体が,主の命で空中にビームを放った後,海中をグチャグチャにして再度ステルスモードに入ったことなど,気づくはずもなく。

反射的に警戒した隙にカグラは後退。地面に腕を差し入れ。

 

「GAAAAAAAAAAA!!!」

 

咆哮と共に膂力任せに地盤をへっぺ返し,アマタへと投げつける。

 

回避──可能──自らの背後にシュレード──回避を却下──破壊!!

 

飛んできた地盤に拳をたたきつける。表面の破壊よりも内部への衝撃に重きをおいたそれは,対象を一撃で粉々に砕き,周囲に粉煙を撒き散らす。

 

それが払われ,視界がクリアになる。そこにカグラはいなかった。

 

「……あそこか!!」

 

アマタの視線の先,ビルの一つ。その壁面を二本の足で駆け上がり,屋上から屋上へと飛び移る。

 

「追おう。すまないがアマタ,俺を運んで……ガハッ!!」

 

シュレードが吐血する。この戦闘で彼には攻撃一つ当たっていないにもかかわらず。

 

これこそがシュレードが実戦に出ない理由。彼の能力は強力すぎるのだ。人の身にはそぐわないほどに。制御に成功したとはいえ,反動そのものがなくなったわけではない。ただ殺すための演奏とは比べものにならぬ繊細さが要求される強化,単純に能力そのものを跳ね上げる増幅器たる側面を持つ機械天使への搭乗。これらは文字通りにシュレードの命を削る。

 

「シュレード!!……クッ!!」

 

思わず駆け寄ろうとしたアマタの足が止まり,治癒したはずの傷跡が再び開く。先ほどまでの治癒に見えたのはその殆どが高いオーラでの無理やりな応急措置に過ぎず,演奏という魔法が消えれば消え去るのみ。

 

「すまない……限界みたいだ。なんとか動ける程度の回復しかさっきの演奏ではできなかった……君は行ってくれ」

 

アマタは無言で歩み寄り,シュレードの腕を自らの胸に押し当て,演奏が途切れたことで消えかけのラインを無理やりに繋げ,調息を行う。次第に整う呼吸が,アマタとシュレードが同期する。

 

「調息は覚えたな?これを繰り返せば応急措置にはなる。無理はするな」

「すまないな」

 

シュレードの笑みは変わらず,その内面をうかがい知ることはできない。

 

「気にするな,どのみち調息は必要だった」

 

演奏の支援がなくなったことで,彼のオーラは平常値に戻った。先ほどまでの感覚のずれを強制させるためにも調息が必要であったのだ。

 

「行ってくる。シュレードは皆に状況を報告してくれ」

 

黄金の翼をはためかせ,アマタが平常よりはるかに劣る速度で飛翔する。

 

 

 

自らの感じる衝動のままに屋上を跳ねるカグラ。

全身の細胞が熱持つような感覚は,この先にこそあの少女がいると教えてくれる。

カグラの精神に満ちるのは,敗北の苦渋……ではない。彼の頭にあるのは,行動原理たり得るあの少女のみ。

先ほどまでの『アマタへの敵意』も,いうなれば邪魔する者への敵意であり,目に入っていない以上敵意を向ける理由もない。そもそも,記憶しているかも怪しい。

それは敵意を向ける理由としてある意味では健全であるが,その揺るぎなさは人間として異様だ。その人非ざる純粋さが彼を獣足らしめている。

よって,カグラは今や,自らの狂乱を少しずつ取り戻す。再び獣となったならば,彼を止められるはずもない。

 

例え,今飛び移った屋上で待ち構えた,同じ顔を持つ青いエプロンドレスを着た三人の少女でも。

 

「待ってたよ。確かカグラだっけ?早速……死んじゃえ」

 

愛らしい笑みに,悪意を乗せて。少女は微笑んだ。

 

 

戦闘の開幕をきったのはアンヌ。

両脇に佇ませた幻影を突撃させる。

 

カグラはそれに反応し,迎え撃とうとするものの。

 

「!?」

 

接触する寸前,二体の幻影は退避。追うカグラに一定の距離を保ち,敵意が本体に向いたら突撃と退避を繰り返す。

 

(わたしの幻影は通じる……でも反省室で聞いたのが本当なら……)

 

アンヌは自らは動かず,幻影の操作に集中。

 

幻影と獣のダンスは,突撃,反応,回避の三泊を繰り返す。

それもまた,アマタやシュレードに劣らぬ集中力を持つアンヌのなせる業であり,されど獣は方針を転換。

本体に向けて疾走。それは幻影を見破ったのではない。ただ手ごろな敵を倒すという単純なものであり,たとえ残りの敵が攻撃してきて問題ないという自負。

 

──一体目の幻影が襲いかかる。カグラはそれを裏拳で迎撃。当然のことながらすり抜ける。

──二体目の幻影が立ちふさがる。カグラはそのまま体当たり。当然のことながらすり抜ける。

 

そして。カグラが本体へとたどり着き。その腕に力をため。

 

発射と同時,頭に疑問が浮かぶ。

すなわち,目の前の敵もまた幻影であり,なにか罠があるのではないかと。

 

その結果,

 

「つーかまえたぁ……!!」

 

魔爪に貫かれ,血を吐きながらも。アンヌはその場所に留まり,右手でしっかりと自らにつきたてられた腕を掴む。

 

本来ならばあり得るはずのない結果。

されどアンヌは反省室に入れられていた期間にアマタからアドバイスを受け,纏意を完成させていた。

無論,それだけでは位階差によって耐えることはできないが。あえて幻影を破らせたことによって本体への攻撃を躊躇いによって揺るがせた。

この二つの要因によって,カグラを固定し。

 

「離しやがれ……!!」

 

カグラが腕を引き抜こうと全力を出した瞬間。

 

使用していないアンヌの左手が,携帯を操作する。それはあらかじめ用意しておいたゼシカへの空メールの送信であり。

 

身をひそめていたゼシカはバイブを合図に衝撃波を放つ。

カグラの真下──屋上の床を挟んだ真下から(・・・・・・・・・・・・)

自らへの反動すら度外視した,先の一撃以上の威力をもつ過去最大の攻撃は,屋上に大穴を開け,カグラを吹き飛ばす。ゼシカはその隙に自らが明けた穴を通って跳躍。アンヌのそばに立つ。

 

これこそがアンヌの狙い。アマタからの情報から,どのように身体硬化しても不意打ちではダメージを喰らうことは知っており,現状用意できる最大火力を確実に当てるための誘導と固定が必要。

故に,カグラの意識がアンヌに集中した隙を見計らっての,あらかじめ座標を指定しての不意打ちであり,そのためにアンヌは動かず,カグラが自らの腕を抜くことに集中……すなわち,鎧を脱いだ瞬間を狙ったのだ。

 

「これで……」

 

ゼシカはカグラが屋上に墜落するのを見届け。

 

傷だらけの……特に脚があちこち避けているカグラが着地する姿を目撃した。

 

「うそ……効かなかったの?」

「違う……寸前に纏意を消して,拘束から逃れたんだ。完全に効かなかったわけじゃない」

 

それはつまり,乾坤一擲の策が通じなかったという事で。

敵意に満ちた目を見れば,自分たち二人の行く末は明白だ。

だから。

 

「アンヌ,調子は?」

「もう,最高。一撃でオーラ乱されたどころかナノマシンも半分ぐらいぶっ壊れちゃって傷が全然治んないし,今にも倒れそう。ゼシカは?」

「まあ,アンヌよりは健康。精々があちこちの筋肉や骨が悲鳴を上げてるだけ」

「そう,だったら逃げるのに十分だね。わたしが適当に時間稼ぐから,逃げちゃいなよ」

「冗談,それはこっちの台詞」

 

軽口をたたきながら,逃げる意志など欠片も見せない。

例え一瞬先に死が待っていても,逃げる事だけはしたくないとその身全てで語る。

 

そんな彼女らの意思を,獣は意に介さず。

 

「う,おおおおおおおおおおお!!!」

 

彼女らの意思の結果として,少年は間に合った。

黄金の翼は力なく,少年自身も傷だらけ。そんな身で追いつけたのは間違いなく二人の稼いだ時間のおかげである。

 

「と,ど,けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

咆哮と共に,いささかも速さを緩めない。明滅する翼は今にも消えそうであるが,そんなものなど知らぬとばかりにその身を流星と化す。カグラはアマタを迎え撃とうとして,

 

「やらせるか!!」

 

ゼシカの放った,顔面すれすれを通り過ぎた衝撃波が一瞬だけ動きを止めて。

 

アマタはそのまま勢いのままに体当たり。勢いのままにカグラを突き落さんとす。

地面をこすりながら,両者は屋上を横切る。屋上の端に辿りつき,光の翼が消失し,そのまま両者はもつれあい──そのまま落ちる。

 

「間に合え!!」

 

その寸前,アマタの脚をゼシカが掴む。彼女はアマタの意図を察した瞬間に強化を行い,彼を追いかけたのだ。

そのまま。渾身の力で引っ張って。

 

「ど,こ,ん,じょー!!」

 

アマタの身を,屋上へと引き上げた。

それが,彼女らの勝ち取った『勝利』であった。

 

「はあ,はあ。生きてる……?」

「なんとか……アンヌは……?」

「生きてるよ……何とか……」

 

三人はあおむけになりながら,笑う。身自分たちの勝利を誇るように。

 

「そうだ……下に降りないと……」

「脚も怪我してたし,さすがにここから落ちたら死ぬんじゃない……?」

「たとえそうでも,初めて敵の情報を手に入れるんだ……早いに越したことはない」

 

そうして,痛む体を押して階段へと向かったところで。

 

海面から,紅い機体がとびだした。

それは今まで隠れていたカグラの乗機。

それが今になって動いた理由は……

 

「まさか……!!」

 

自分たちが存在するビルのそばで着地する機体を見て,最悪の予想をする。

その予想のとおり,見下ろす先でカグラがよろめきながらも機体に搭乗して。

 

主を迎えた紅い悪魔が咆哮した。

 

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