創世のアクエリオンEVOL   作:JJ

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第六話 「町に轟く」③

「主そのものが如き紅き魔獣……あれこそミスラ・グニス」

 

一軍メンバーがいない指令室。アブダクターが本格的に起動したことを切欠として怒声に満ちた空間に、不動の重々しい声が響く。その声はさほど大きいものではないにもかかわらず、単純な声量で上回っているはずの喧騒をたやすく飲み込み、部屋全てに届かせる質量があった。

 

「あの機体の名前ですか? 何故……?」

「見ればわかる」

 

不動に質問に答える気はないと判断したドナールは疑問を意識から締め出す。理事長は不動に些かの不審も見せず、問いかける。

 

「市民の避難状況は?」

「ほぼ完了しています……しかし前回の戦闘データから推測される敵機の出力は、シェルターの耐久限度を優に超えると推測されます」

「ならば最優先目標を敵搭乗員の捕獲から市街地の安全確保に変更。イクスは引き続きカイエンにまかせ、ゼド、シロンも発進。現地にて搭乗させてください」

「しかし、エレメントは? 腕輪からのバイタルサインによれば、アマタやアンヌは到底機械天使への搭乗など不可能です。機械天使が解放されたとはいえ、真っ向からの戦闘で彼ら抜きでは厳しいでしょう」

『……俺が出ます。シロンに乗せてください。あれこそ俺に相応しい』

 

部屋にシュレードの声が響く。その声には疲労の色のみならず僅かにくぐもったものであるが、いつもの涼やかさは失われてはいない。

 

「無茶だ!! お前の能力が機械天使で増幅されればどれだけのノックバックが起こるか……!! 第一、あいつらほどじゃないにせよお前だって身体がズタボロのはずだ!!」

『だからこそです』

 

応じた言葉には、短いながらも譲らないという芯がある。

 

『俺の身はズタボロ、敵は強大、されど仲間はさっきまで必死に戦って、なにより友が妹を守ろうとしている……ここで彼らの為に最高の演奏ができずして、なにが天才ですか』

 

たとえ命を失うこととなっても、自らが至高の音色を奏でるために。この場で何もしないようなら、一生をかけてもそれに辿りつけず、ここに存在する意味自体がないと言外に告げる。

 

『俺が戦います。理事長、許可を』

 

クレアは、僅かに瞑目して。

 

「わかりました。こちらから機械天使の設定を変更、機体負担と引き換えに搭乗者へのノックバックを軽減させます」

『感謝します』

 

軽い息とともに通信が切れ、幾人かのスタッフが整備班に連絡する。

 

「これで残りはゼド……。女子の中ではアンヌを除き、MIXが総合力ではトップだが……」

「彼女は常日頃から男女合体への忌避感を表に出していました。腕輪からのデータでもそれが解消された様子はなく、この場で出撃させるのは反対です」

「だったら……ゼシカか」

「ええ、彼女の能力は直接攻撃系。物理的攻撃が乏しい彼ら二人と組むのに不足はありません」

「ならば彼女に通信。私たちは引き続き、避難誘導を。最悪の場合、軍と共同して街から脱出させてください」

 

そう言うと、理事長は続けざまに指示を出す。その一言ごとに状況が動き、それが彼女らの戦場であった。

 

 

 

 

紅い機体がアマタらを見る。その姿は血に塗れた悪魔のごとし。漏れ出る駆動音は獣の歯軋り、排熱は獣の吐息。

搭乗者と対面したアマタ達にはわかる。あの機体は文字通りのカグラそのもの。おそらくは機械天使と似たシステムを用いているのであろうが、その同調の度合いは聖天使学園の誰もが及ばない。

今この場で彼らを肉片に変えることなど、呼吸するかのように容易いだろう。

されど紅い機体は踵を返し、ゆっくりとした足取りで歩き去る。搭乗者の状態を如実に示すようなその歩みは脅威を感じない死に体と呼べるものであるが、その方角を見てアンヌは舌打ちする。

 

「やばい……ミコノを追ってる!!」

「何!? 今どこにいるんだ!!」

「海からは危険だから、陸路で街から離れる手筈だったの!! でも、まだ街から出てないと思う!! へたしたら被害が拡大しちゃう!!」

 

歯噛みするゼシカの懐の通信機が鳴る。本部からの通信だ。

 

『ゼシカ、無事ですか』

「スオミ教官!! アブダクターの関係者とみられる男は機体に搭乗、ミコノが危険です!! こっちにベクターマシンを回してください、私が出ます!!」

『すでにゼドを出しました。 今回の戦闘ではシュレードのシロンをトップにして行います。市街地の被害を最小限にすることを第一目標にして、あの人物の捕獲に関しては生死を問いません。最悪の場合、機体の残骸と身体の一部分さえ現存すれば上出来です』

「了解!! 死なないように気を付けます!!」

 

通信を切ると同時、ゼドが突風と共に到着。トラクタービームを照射する。ゼシカは、顔から血の気の失せた二人を見据え。

 

「行ってくる。二人は少しでも安全な場所にいて」

「ゼシカ、気を付けろ。あいつがあんなよたよたしているのは敵がいないからだ。機械天使が出現すれば……」

「わかってるわよ。たまには私だってできるってことアマタに見せちゃわないとね」

「ああ、それは証明されるまでもない。とっくに信じてるさ」

 

その言葉に、なぜか頬が熱くなるのを感じ──

意味の分からないそれを振り払うようにビームに乗り、搭乗席に座って、気を引き締める──そこでこの座席がアマタもよく座るところだと意識し、鼓動が高鳴るのを感じる。

 

「……なーにやってんだか。そんな場合じゃないってのに」

 

それでも、その表情には笑みがある。二人の前では隠していた不安が、軽くなったのは事実だ。

タイミングを計ったように、シロンから通信。

『待たせたね、親友。そしてゼシカ。挨拶は必要かい?』

「いらない! ただ全力を出すだけ!!」

『いい返事だ──親友も、そう不安そうな顔をしないで』

『……死ぬなよ』

『無理をするなよって言わないところが、俺を理解してくれるね──行こう、旋律合体!! GO!! アクエリオン!!』

 

その短く厳命するかのように吼えた声と共に、三人の身体と心を旋律が包む。それは空気を伝導する音にあらず、精神が共鳴することで奏でられる音色。

その音楽に導かれるように、機械天使の新たなる姿が顕現する。

 

 

その姿はゲパルトやEVOLに比べると細身ではあるが、脆弱さなど微塵も感じさせない。

右手に剣を、左手に盾を備えるが、武装を見るまでもなくその機体そのものが一振りの刃。

無意味な装飾など入り込む余地がないほどに極まっている。

 

故に、その名は。

 

「アクエリオン、スパーダ!!」

 

今此処に、剣の名を持つ機械天使が降臨した。

 

 

 

機械天使は形態ごとに異なる特色を持つ。

スパーダの特色は機動性。本来は防御に使う疑似斥力による姿勢制御と加速能力は他の二形態の追随を許さず、生み出されるのは文字通り疾風の迅さ。

純粋な攻撃力ではEVOLに、防御力ではゲパルトに譲るが。

 

合体が終了した瞬間に、加速。

僅か一歩で最高速に達したスパーダは、その勢いのままに刺突を繰り出す。

迎い撃つはミスラ・グニス。如何に主が傷付こうと、自らに迫る敵に対しての対応など殲滅以外にありえない。

纏意を発動しながら横なぎに振るわれる斧の一撃はただひたすらに苛烈。手負いの獣の狂乱は純粋な暴力と化して天使を堕とす。

されどスパーダの対処は的確。先んじて構えた盾が攻撃を受け流し、渾身の攻撃が凌がれたことによって体勢を崩したミスラ・グニスのコックピットに衝撃の力を纏わせた突きを繰り出す。

 ミスラ・グニスは機体を無理やり捻り、剣を躱す──それだけにとどまらない。魔獣に安全策など存在せず、あらゆる動きが殲滅に直結。体勢を戻す勢いのままに斧を振う。

 

「……甘い!!」

 

 スパーダもまた左腕を振りかぶる。斥力フィールドによって加速された盾は斧が当たる寸前に鉄槌のごとくミスラ・グニスを湾岸地帯へと吹き飛ばす。

 

 これこそがスパーダの速度。敵がどのような攻撃をしてもタイムラグを極限まで減少させることで適切に威力を逸らし、速度を破壊力に転化する。

 それを成すのがシュレードの精神演奏。敵に直接干渉するのではない、その心を読み取り、自らと同調させ、自分たちが作る流れの中に巻き込むことで動きを読み、時には自らに都合よく誘導する。敵すらも自らの旋律に巻き込むシュレードの演奏は戦闘すらも一つの芸術と化す──

 

(……だけじゃ、説明がつかない!!)

 

 ゼシカは内心で舌を巻く。以前にこの機体と戦ったうえ、敵機の搭乗者と相対した彼女にはわかる。あの機体もまた纏意を発動し、自らの性能を底上げしている。それ故にアマタのみがあの敵と戦えたのだ。(彼曰く、自分たちが纏意を使えないのは単純な知識の不足であり、ネオ・ディーバがその存在を知らないことを訝しんでいたが)

 逆に言うならば、機械天使で纏意を使用する敵に相対するには自らも纏意を使用せねばならず、シュレードがいくら優れているとはいえ正面切っての戦闘でここまで渡り合えるとは思えない。

 しかし。

 敵機が振り下ろす斧を盾で受け流し、刺突と見せかけての斬撃。これは躱されるものの、返す刀の一撃が敵機の右腕の装甲に傷跡を残す。狂乱する敵機の蹴りを後退しながら盾で受け止め、ビーム砲をギリギリの所で掠らせる。

 一連の攻防は機械天使が敵機と拮抗しているという証明であり、なによりもゼシカ自身の感覚が機械天使におこっている事実を悟らせる。

 すなわち、纏意。それもアンヌのような身体能力の向上のみといった中途半端ではなく、身体硬化までもこなしている。アマタと比較しても何ら遜色のない。

 

(……どうしてシュレードは纏意を使えるのよ!? 彼の知識は私達と似たようなもののはずなのに!!)

 

 ネオ・ディーバは当然のことながらエレメント能力、引いてはオーラについてのデータの現時点で解明されている全てが集まっており、その学園すらも知らないアマタの技術を、どれだけ優れているとはいえ一介の生徒であるシュレードが知っていたとは思えない。否、もし仮にアマタから教わるなり、アンヌのように盗んだとしてもここまでの精度で──アマタと同等にこなせるものか。

 

疑問している間にも、状況は止まらない。斧の薙ぎ払いを盾で叩き落とし、続いて迫る裏拳は体勢を低くしてやり過ごす。そこから繰りだした、突き上げるような刺突はミスラ・グニスの胸部装甲を掠るにとどまり、再度繰り返される獣の連撃を加速が乗った剣と盾であるものは弾き、また別の攻撃は逸らす。そのあらゆる殺気を的確にいなす動きは、アマタと何ら遜色がなく、等しいと表現しても何ら問題ない──

違和感に気づく。今現在彼女が感じている感覚は、最初にアマタが纏意を機械天使と同調した時と全く同じ──今ヘッドを務めるのをアマタと錯覚するほどに、寸分の狂いもない。否、同じと言って差し支えない。

機械天使のヘッドを務める者は、当然ながら操る機械天使に最も大きく影響を及ぼす。搭乗しているエレメントは機械天使を介して互いに接続すると同義であり、搭乗している間は常時ヘッドの気配を感じる。当然のことながらその気配はヘッドごとに全く異なり、幾度も経験を重ねたゼシカが錯覚するなどあり得ない。無論、纏意の影響とも考えられるが、前回の戦闘でアンヌが疑似的な纏意に至った瞬間の気配は彼女独自のものだった。にも拘わらず、異様なまでにアマタに似せすぎている。そもそも気配とは生理的な呼吸に等しく、ここまで他人に似せることは如何にシュレードともいえども容易ではないはずだ。それでも、あえて似せるメリットは……

 

(……そうか、シュレードはアマタの技能を使っているんじゃない。アマタ自身を写し取っているんだ!!)

 

 ゼシカは知らないことであるが、シュレードはカグラとの戦闘の際、精神演奏でアマタを支援したことにより、精神通話系の能力と同様の繋がりができていた。シュレードはこの繋がりを介してアマタの肉体の状態を把握、合わせた演奏を奏でていたのであるが、それはつまりアマタが纏意を使用した際の各種データの全てを彼が読み取ったことを意味する。オーラの制御とそれに必要な身体の作用、最適な動作。それら全てを知らず知らずのうちに記録していた彼は、機械天使によって増幅された精神演奏を自らにもかけ、読み込んだデータに自分を合わせたのだ。無論、これはアンヌと同じくシュレードに元々纏意を可能にしていたスペックがあったが故であり、それを差し引いても無茶がすぎる。こうしている今でさえ、様々な要因が機械天使とその搭乗者を苦しめている。

 

 第一に、読み込み自体に多大な集中力が必要なことだ。詳細なデータを得る、もしくは読み込むにはアマタ、シュレード両名に多大な負荷をかける。これは実践中であったが故にランナーズハイのように無理やり肉体の負担を無視しているのであり、仮に平穏な時間で同じことを行おうとしたら一週間は寝たきりになるだろう。

 第二に、シュレードはデータの選別をする余裕がない。彼は『どのデータが纏意に必要であるのか』の区別がつかず、『纏意に必要ない、余分なデータ』までも再現してしまっている。それ故にゼシカらはまるでアマタがヘッドであるかのような錯覚を起こしたのだ。

それはつまり技能そのものをシュレードが習得していないことを意味し、『彼自身が纏意を使用した場合』と比較すれば無駄が大きい。

 そして何より。

 

 盾の上を斧が滑り、甲高い金属音が周囲を席巻する。スパーダは腕の加速で巻き込むことによって威力を殺す。されど、盾もまた大きく抉られ、無残な傷跡をさらす。幾度も攻撃を受け続けたことのみが原因ではない、盾の強度にそぐわない速度で振るわれたことで、余計な力が入り受け流しに失敗したのだ。

──そう、纏意はあくまで身体を強化する技能。本体から創られたとはいえ、剣と盾は機械天使の武器であり、身体の一部ではない以上恩恵は微々たるもの。それでも無いよりはマシであろうが、盾も剣も振るわれ、激突するたびに軋みを上げる。一方、敵機もまた纏意であるが、得物である斧は強化などされずとも、豪力によって振るわれた一撃は自らへの反動を度外視して重い一撃を叩き込む。

 

 よって、拮抗もしくは有利に見える戦場はその実危ういバランスで成り立っており、扱う技能が不安定な機械天使、搭乗者のダメージが甚大な収穫者、どちらもほんのわずかなミスで自滅する。

 そして、その状態で有利なのはやはり獣。ただひたすらに目前の敵を押しつぶす攻撃は、単純が故に崩れない。

そもそも、こうして戦闘が続いていること自体シュレードの狙いからは外れている。本来は最初の奇襲で勝負を決めるのがベストであり、幸いにも市街地から叩き出すことで被害を抑えたが、奇襲が失敗した時点で泥沼だ。

 

「シュレード、機体各部に負担が大きい!! 長い間は持たないぞ!!」

 

 オートバランサーの調整など、機体制御を行っていたカイエンが追い詰められた声を出す。ただでさえフレームに負担がかかる高速戦闘を、エレメントのノックバックを肩代わりしている状態で行っているのだ。その状態で戦闘を行っているのはシュレードのセンスあってのものであるが、このままいけば武器を失って敗北するか、機体そのものが自壊して自滅するかの二択。獣を相手に、人間が持つ技術で対抗しているといえば聞こえはいいが、実態は地力で勝っている敵に小細工で対抗しているのであり、それが崩れれば順当に刈られるのみ。  

 よって、シュレードは決断する。

 

「親友、全力で行く!! ゼシカは能力を剣に集中させてくれ、勝負を決める!!」

 

 僅かに息を吸い、全斥力フィールドのリミッターを解除。唸りを上げた機体が稲妻と化し、正面、側面、後方──四方八方から絶え間ない攻撃をしかける。圧倒的な速度と位置取りの巧みさにより、一機の機械天使で獣を包囲し逃がさない。再現された集団の暴力は、容赦なく獣を削る。

 そう見えた。しかし、ミスラ・グニスも止まらない。必要最低限の攻撃のみを防ぎ、斧が、貫手が、蹴りが、速さでは勝っているはずのスパーダを襲う。

状況は消耗戦の様相を呈し、削り、削られる嵐の中でシュレードが口を開く。

 

「今此処に、我が意志を宣言する!!」

 

奉じるは祝詞。自らの意思と願いを世界に奉じて、現実にするための力と為す。

 

「我が旋律は人の魂。

 旋律を紡ぎしは絆。

 故に我、友に旋律をささげよう。

 我は心を奏でる者也──」

 

唱えながらも連撃は止まらない。あらゆる方向から剣を振い続け──

 

鈍い音とともに、剣が折れる。

 無論、偶然ではない。ミスラ・グニスは最も剣に負担がかかるように攻撃を受け切り、剣が折れるような状況を作り出したのだ。魔獣の闘争感覚は、防御に転じても破壊を実現する。そして当然、その隙を見逃す理由はない。ミスラ・グニスは斧を振りかぶり──

 

「必殺、|合奏葬送剣≪アンサンブルレクイエムソード≫!!

 

       ─合奏葬送剣─

  ──ENSEMBLE REQUIEM SWORD──

 

 ミスラ・グニスの斧を、折れた剣から生じた半透明の剣が打ち砕く。それはゼシカの衝撃力が凝縮した剣。純粋な破壊が凝縮されたそれは、激突と同時に斧を砕き、止まらない。芸術的ともいえるカウンター、それを成したのはカイエンの絶望予知。武器を破壊されて敗北するという未来を予知したうえで捻じ伏せる。エレメントが織りなす協奏曲は、敵への葬送曲と化す──

 

 

 

 

 

 

 

 

そのはずだった。

 最初にゼシカが感じたのは悪寒。心を凍りつかせる冷気と同時、機械天使の突きも含むすべてがまるで停止しているかのような錯覚に陥る。現象自体は以前にアマタに殴られかけた時と同一であるが、それとは比べ物にならないほど殺気が濃い。

 

 ──そんな表現すら生温いことを、次の瞬間には理解した。

 

 

「今此処に、我が意志を宣言する!!」

 

 響く声は空気を伝わる振動に非ず。ただ心に響く音無き声。それは距離も壁も関係なく周囲にいる者すべてを捉え、離さない。

 

「我は求めし者。

 我は奪いし者。

 我は渇えし者。

 故に我、万象悉く喰らいし獣なり──

 我が渇望、阻む者は喰らうのみ!!」

 

 伝わってくる感情は極限の飢餓。それ以外の感情など喰らいつくし、それでもなお満たされない。最早怨念と同等、いやそれ以上に肥大化した飢えは立ちふさがる全てを平等に喰らいつくす。

 

「必殺、|獣躙乱舞≪ジュウリンランブ≫!!」

 

 

           ─獣躙乱舞─

       ── BEAST INFRINGE DANCE──

 

振るわれる腕が剣を打ち砕き、踊るような追撃が機械天使の構えた盾を襲う。一撃で盾がへし折れ、二撃でさらに細かい破片に分断され、三撃で機械天使を市街地まで吹き飛ばす。

 避難はぎりぎりで完了したらしいが、それに気を配っている余裕はない。現状で問題なのは、敵が意志のみで詠唱を行い、普通に口で唱えたのでは間に合わなかった状況で発動したことでも、後手の敵が完璧に対応したことでもない。ここまで一方的に力負けしたことだ。オーラの量で単純に考えて、敵は一人分、こちらは三人分。純粋な量で考えれば、こちらが言うまでもなく有利であり、正面からの技のぶつけ合いで負ける道理はない。にもかかわらず負けたという事は、それだけの理由がある。

 そしてそれは、敵機の四肢の先端に存在する獣の手甲、脚甲を見れば一目瞭然。

 すなわち、武想。量の差を格で押しつぶす。これまでの戦闘では纏意に留まっていたが、生身で武想が可能であった以上は機体に搭乗した状態で不可能な道理はない。シュレードはそれを理解していたこそ速攻を選んだのであり、むしろ今まで使わなかったことがこちらにとって望外の幸運であったと言ってよい。

 そして、その幸運が終わった以上、天秤が釣りあうように不幸が襲ってくるのは自明の理であり──

 

『ク、クククククククククク』

 

 広域通信から洩れる声は愉悦。まるでようやく異なる環境に慣れたとでも言うかのような、暗い爽快感がある。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 咆哮と共に、蹂躙が始まった。横なぎに払った右腕がほぼ機能を失った機械天使の左腕を粉砕し、次いで払われた左腕がなけなしの防御を行った右腕を粉砕、駄目押しと言わんばかりに回し蹴りが機械天使を跳ね飛ばす。

敵も大技の連発は不可能であるのか、ただ単純な獣の体術であるがそれを以て幸いであるとは口が裂けても言えない。むしろ純粋な力の差により機械的に一片の不確定要素もなく追い詰められる。

 もし仮に、シュレードが完全に纏意を習得していたらここまで一方的な展開にはならなかっただろう。アンヌが行ったように、戦闘している最中からでも武想を学び、拮抗することができたかもしれない。彼はそれが可能なだけの力量がある。されど、絶望的なまでに時間が足りない。時間をかければ纏意を完全に理解して戦場に出ることも可能であったが、状況がそれを許さなかった。そして纏意を完全に習得していない以上、より上位の位階を使用できるはずもない。唯一機械天使が有利な点があるとするなら、武想は使用者の精神を反映するために使用中は常時自らの心象を垂れ流ししているに等しく、シュレードにとっては読み取りやすいことであるが、それを加味したとてギリギリの延命が精一杯だ。

 無造作にも見える攻撃が振るわれるたび、主要なシステムのどれかがダウンする。サブモニターに映る機体状況はとっくに警告ウインドウで埋め尽くされており、無事な部位など一つとしてない。

 

「メイン動力炉機能停止、非常電源に変更……転送システムも負荷で機能停止……さすがに、ちょーっとやばいかな?」

「脚部メインフレームに深刻な損傷、斥力システムも五分の四が機能停止……シュレード、高速機動はもう保たないぞ」

 

 状況は絶望的を通り越した破滅的。されどここで引くわけにはいかない。それは仲間の身が危険にさらされるから──のみに留まらない。この敵はこれまでのアブダクターとは根本から異なる破滅の歯車。考えたくもないことであるが、仮にミコノを手に入れたとしてこの敵が手を引くとは微塵も考えられず、自分たちには理解の及ばない理屈で破壊を振りまくことが容易に想像できる。

 故に、引かない。最早死に体の機体を引きずりながらも、背を向けることだけは決してない。その気概は微塵の疑いもなく美しいと表現できる。されど、現実は無常。現実の担い手である魔獣はより一層攻撃の激しさを増す。

 そう、意志では魔獣に及ばない。だが、その意志で、その輝きで、確かに力と覚悟を得た者もいるのだ。

 

 機械天使のコックピットに、秘匿通信が流れる。

 

『聞こえるか、みんな。あと少し堪えてくれ、俺が隙を作る。止めは頼む』

「アマタ!? 無茶だ、気づかれたら終わりだぞ!!」

「大体、アマタの身体はボロボロでしょ!! 馬鹿なこと言ってないで、早く逃げて!!」

 

『死に体が何言ってる……いいからお前たちは止めまで力をためておけ。さすがに一人であいつに止め刺すのはきついから、見せ場は譲ってやるって言ってるんだ。素直に受けろ』

 

応じる声は彼らしくないふてぶてしさがあったが、自然と胸に響く。おそらく、こちらがアマタの地に近いのだろう。

 

「やれやれ……無茶を言う、みんな、耐えられるな?」

「当然!!」

 

 仲間を信じ、攻撃を必死で躱す。斥力システムによる加速は使わない。それは、とどめの一撃のためのものだ。

 

 

 

「……今言った瞬間に、攻撃を放ってくれ。俺は自分で逃げるから、巻き込む心配はない」

 

 指示を出し終えたアマタは、建物にもたれかかったアンヌに声をかける。

 

「悪いな、後は自力で逃げてくれ……」

「いいよ、どのみちお兄さんがうまくやんなきゃ終わりだし……ま、存分に無茶やってよ」

 

 苦笑を浮かべる。無茶苦茶だということは何よりも彼自身が自覚しているのだ。あの状態の機械天使に止めの為に力を温存しながら凌げというのは酷であるし、今から自分がやろうとしていることも負けず劣らず無謀だ。少なくとも、学園に来る前の彼ならば別の……自分独りで状況を変える手を模索していただろう。それがどれだけ不可能に近くとも、決して他人を軸にした方法など選択しなかったに違いない。

 その変化の理由を、彼は自覚して。

 

 

 

 

 そこから一気に、自らの根幹へと没入する。

 

 黄金の光に包まれながら求めしは自らの全盛期。必要なのは精神の覚醒。かつての自らの在り様を再現することで、自らの枷を解除する──!!

 

その瞬間。

 

 

「あああああ、ああああああああ、ああああ……AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 この世ならざる叫びがアマタの口から洩れる。それはカグラの獣の叫びとは全く異なる人の叫び。悲嘆、絶望、拒絶、ありとあらゆる悲の感情をかき混ぜたかのような、そのどれでもないような。それを理解できる者は誰も居ない。そう、アマタでさえも。

 

──想い出すのは自らが生まれた日。それからの日々が走馬灯のように駆け抜けやめろ知らない違う違う違うこんな過去は知らないあっちゃいけないあってはならない嘘嘘嘘俺は自分は僕は僕は彼女に愛否否否そんなはずはないそんな事実はないあの日々は楽そんなことがあるわけない僕は俺は欲しかった否否否手に入れたNONONONONOだけどだからこそ彼女は僕を違う違う違う違う違う違う違う違う──そうだ、俺は

 

 

 

──彼女に、■■れてなど、いなかった。

 

 

|訳の分からない≪・・・・・・・≫記憶と情報が脳内を席巻する。さっきまでの光景や感情など知らないし記憶にない。周囲の状況など気を配っている余裕はなくアンヌが何か言っているのも聞こえない。

ただ、自らに残された僅かな光、そこに向かって飛翔する──!!

 

 

あるいは。アマタがその情報に向き合わず、ただ負荷として飲み込まれかけたのは幸いであったかもしれない。もし彼がそれを自覚すれば、ここに脅威がもう一つ発生した可能性もある。

それはアマタが醸成した悲しみ。カグラの飢えになんら劣るもののない闇そのものであるのだから。

 

 

 

 

 

 

 それに最初に気づいたのは誰だったか。

 

 突如として奔った閃光がミスラ・グニスの胸部──コックピットを掠めた。それは人間大の大きさの光の尾を引く彗星。彗星は大きく旋回すると獣の攻撃をかわし、再度突撃。それが誰であるかなど今でもなくアマタであるが、彼の能力を幾度か見たゼシカですら確信が持てない。

 果たして、彼の能力はあれほどまで速く、そして鋭かったか?

彼女とて生身のアマタの能力を多く見たわけではない。だがそんな彼女でさえわかるほどに今のアマタは違う。そもそも目に映らない。身に纏う光が残像として認識されるだけで彼自身の姿は認識できない。それでいて動き続けるコックピットに直撃しないまでも掠り続ける操作は精密。どちらも彼女の記憶にあるアマタと比較しても隔絶していて──

 

それが些細な差異であると、遅ればせながらに理解した。伝わってくるのは感情の波動。その発生源はアマタであるが、これははたして同一人物か? まったくと言っていいほど気配が異なる。生身でも機械天使でも、アマタが身に纏う気配は例えるなら氷の容器に詰められた炎。冷静さと熱情を使いわけ、両立させる。されど今垂れ流されているのは極限の悲嘆。狂うほどに泣き叫び、それでもまだ足りないと嘆いている。そこに冷静さも熱情もなく。

 

故に、確信する。今のアマタは、全てにおいてズレている。

ゼシカは現在機械天使に搭乗している中では最も彼自身と接触していた時間が長く、それゆえの確信。今のアマタは何らかの手段でこれまでとは段違いの力を得たのであろうが、それは彼自身が意図していたものとは程遠く、暴走に近い。今現在は打ち合わせ通りに動いているように見えるのも、彼が悲嘆に飲まれる前にやろうとしていたことをなぞっているにすぎず、彼自身とは程遠い。

そして、そんな無様な姿を獣が見逃すはずもなく。

 

 コックピットに直進したアマタに、轟音と共に腕が振るわれる。これまでとは異なる殺しの動き。殺意を乗せ、動きを読み切った上で振るわれた魔爪はがアマタを正面から飲み込むのをゼシカは見ることしかできず──

 

 

 

 

 同じころ、揺れる軍のジープの中で。

 

「駄目だよ……」

 

 ミコノは呟く。周囲を固める軍人の機嫌な表情など気にする余裕はない。

 彼女は状況を視認しているわけではない。それどころか、音すらも轟音としか感じられず、そこから状況を把握することなど不可能だ。

にも拘らず、彼女は状況を理解している。ゼシカが感じているアマタへの危惧も、彼女自身のように理解している。

理屈はわからないが、理由はわかる。それはおそらく、ゼシカが彼に向ける想いは、自分と同じだから。ささやかだけど譲れない、大切な想いだから。その想いが、力をくれるから。

 

「そうだよね……ここで黙ってるんじゃ、この想いの意味がないよね……」

 

 だから、彼女は意志を届ける。同じくあの場にいて、力を貸せないことを歯がゆく思っている彼女へと。

 

「お願いなんてしないよ……力を貸すから、一緒に戦おう!!」

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 魔爪がアマタを飲み込み──そのまますり抜けた。獣が驚愕で一瞬だけ硬直し、その隙に腕を伝いアマタが疾走する。一連の現象は少し離れた場所でより顔色を悪くし、建物にもたれかかりながらも凄みに満ちた笑みを浮かべるアンヌを見れば彼女の介入であると理解できる。されどあの獣を騙すほどの幻影は彼女自身の再現しか創造できないはずであるが……

 

 アマタはそのまま、コックピットに向かって直進……すると見せかけ、さらに加速しながら上昇。狙いは頭部、加速に乗ったまま拳を振り上げ、敵機は反応できず。

 頭部が宙を舞った。

 これがアマタの狙い。もし仮に常時防御されていることは間違いないコックピットを直接狙ったとして、オーラの防御を集中されて傷一つつけられなかったろう。これまでの戦闘から機体構造は機械天使と共通点が多いことは容易に想像でき、メインカメラなどが集中しているであろう頭部を狙っていたのだが、最初から頭部を狙ったとしても、容易に躱されだたろう。故にあえてコックピットに当たらない攻撃を仕掛けたことで狙いがそこであると誤認させたうえで頭部を破壊する。

 無論、それで動きが止まるのは一瞬であるが。

 

「今だ!!」

 

 機械天使はその隙を逃さない。込めるのはゼシカの激情。アマタを危険にさらしたふがいなさ、彼に託された思いそれら彼女自身にも理解できない混沌とした感情の爆発が衝撃に転化し、右足に集中。

 

「あ、た、れぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

斥力システムを全て犠牲にしたドロップキックは、魔獣を吹き飛ばし、幾度もバウンドさせ、海の上まで運び。

 

 

「え?」

 

 待ち構えたかのように開いた次元ゲートが、敵機を飲み込んだ。それきり、周囲に満ちた殺気も鳴りをひそめる。

 

「勝ったの……?」

 

 そう問いかけるゼシカには、疑問の色が濃い。

 

「ああ、そうらしい……ガハッ!!」

 

シュレードが吐血する。この戦闘での負担は、彼の身体をアマタの支援を行った時とは比べ物にならないレベルで蝕んだのだ。

 

「シュレード!? くそ、俺がコイツとアンヌを運ぶ!! ゼシカはアマタを!!」

「ごめん!!」

 

合体解除し、ゼシカはアマタのもとに向かう。

幸い、彼は巻き込まれることもなく市街地で体を休ませていたが。

 

「あ、あ、あ、あ……」

 

身体のあちこちが異常な強化により内出血を起こし、瞳孔は異常なまでに開き、身体は氷点下ののように震えが止まらない。

抱きかかえたゼシカにも反応せず、呻き声を出すだけ。

それは、彼が得た痛みが莫大なことを示していて。

 

 ゼシカは自問する。アマタは強い。心も体も。なのになぜ、ここまで追い詰められているのか。

彼だけじゃない、シュレードも、アンヌも、何故あそこまで傷付いたのか。

 

 

問うまでもない、自身が弱かったからだ。もっと強ければ、アンヌにあんな無茶をさせずに済んだ、シュレードにあそこまで負担をかけずに済んだ、カグラをアマタ一人に任せずに済んだ!!

 

「ちくしょう……ちくしょーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 自らの非力を嘆く少女の叫びが、この戦闘の幕引きだった。

 

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