操縦桿を握りながら、アルテアの戦士であるジン・ムソウは作戦室での会話を思い返していた。
『アイアンシーの出力に余裕が生じた。ミカゲの行いなのは気にかかるが……これを逃す手はない。安定している間に真なる救済を手に入れる』
眼前でイズモ・カムロギがその厳めしい顔に決意を滲ませ、重々しく告げた。
『ま、せっかく伸びたタイムリミットを無駄遣いするわけにはいかないというのはわかるけど、どうするんですか? いっそのことヴェーガ全土にローをばらまいて、手当たり次第にイグラーの回収でも?』
『その方法では仮に見つかったとしても、この世界は耐えきれまい。それに、そもそもの問題として見つかるかどうかも疑問だ。……これまで回収してきたイグラーはどれも基準値の万分の一にも満たなかったからな。同じ理由で、神話型の捜索も却下だ。それよりも、元々の能力値が確実に高いイグラーに狙いを絞る。これまではリスクが高かったが、機体の調整が進んだ現在ならば、手を出す価値がある』
その意味を察し、ジンは自らの唇が僅かに吊り上るのを感じながら、頭の中でいくつもの戦略をシミュレートする。
『了解。僕としてもあのパイロットにリベンジしたいし、レア・イグラー候補もいい対戦相手になりそうだ』
『わかっていると思うが……』
『やりすぎるな、でしょ。最低限機能は残しておきますよ』
説教の空気を察したジンは背を向け、モニターと向き合った。
「……さあって、正体不明のショウタイム、楽しませてもらおうか!!」
作戦前の昂揚感が追想を駆逐し、ジンは衝動のままに次元ゲートの出口に向けて操縦桿を押し込んだ。
*
ミコノ・スズシロは自己評価こそ低いものの、愚かではない。むしろ、人間が本来持つべき強さと聡さを十分に持つ少女である。彼女はネオ・クーロンでの戦闘の後、学園外の施設にて全く成果がなかった事情聴取と能力検査を終え、やっと学園に帰還したのだ。
講義が始まる前に、アマタらに顔を合わせて礼を述べようとしたのだが。
「……あれ?」
繰り返すが、彼女は決して愚かではない。本質的な聡明さは、この学園に来てからゆっくりと、しかし確実に花開いている。そのそもそもの起点となった絆にかんしてはなおさらだ。
よって、彼女は一目見ただけで仲間の異変に気が付いた。そして僅かな迷いの後に講義室を出たゼシカを追いかけ、声をかける。
「ゼシカ、講義が始まっちゃうよ。出なくていいの?」
ゼシカが向かったのは訓練室。迷うことなくシミュレーターを起動させた彼女の背中に声をかける。
「一般教養なんてやってる暇ない。そんな暇があったら、一刻も早く追いつかなきゃ……」
普段とは違う、平静さを失った声と、自分が見た仲間の様子からミコノは一瞬でなにが起こったかを大体察する。
「やっぱりアマタ君となにかあったんだ……でも、今のゼシカは見ていられないよ」
「……アマタを見たでしょ。アイツ、いつもみたいに平静な顔してた。結局、アマタにとって今の私はそれだけの価値しかないってことなんだ。ミコノやアンヌ、それにシュレードみたいな『特別』に匹敵するためには、無駄を抱えちゃいられない」
ゼシカのあまりにも大きすぎる勘違いに、ミコノが絶句した瞬間。
学園の空気を、警報音が切り裂いた。
その意味はこの学園に存在する者全てが理解している。すなわち収穫者の襲撃。
「アブダクター、ダグレア地区に出現、総員第一種戦闘配備!!出撃エレメントは、アマタ・ソラ、カイエン・スズシロ、ゼシカ・ウォン、繰り返す……」
それを聞き、何かに憑りつかれたかのように走り出すゼシカの背にミコノは声を投げかける。
「ゼシカ!! アマタ君としっかり話して!!」
「そのためにも、まずは強さが必要なの!!」
自分の言葉が届かないことに歯噛みしながら、ミコノは走る。
*
戦場に向かうベクターマシン─ゼドにアマタ、シロンにカイエン、イクスにゼシカが搭乗─に、本部からの通信が届く。
『敵機は一機。都市部に侵入してからは中心部に陣取って動かない。データを送る』
映像で見る限り、敵機の全体的なシルエットは人型であるが、異様に肥大化した四肢と、肩に増設されたコンテナが歪な印象を与える。武装は右手が握る小型ビームガンのみだ。
『時折シェルターに向けて照準を合わせているが、発砲はしていない。おそらくは挑発だな。……総司令が命名した呼称は、“ラディウス・グニス”』
「総司令が命名、ね……、有人機ですか?」
『不明だ。ご丁寧にジャミングが仕掛けられている。おまけに遠距離から偵察していた無人機が撃墜されている。このデータもその寸前に送られてきたものだ。だが、あの武装は小出力の光学兵器を絞ることで射程と精密性、そして連射性能を増しているが、一発あたりの威力は低い、ゲパルトなら耐えることができる。
予測狙撃可能範囲のギリギリからゲパルトで距離を詰めろ。決して無理はするな。危険を感じればEVOLに変われ』
「了解」
ゼシカが短く答えるが、短い発音にどこか不穏なものを感じたカイエンが声を上げる。
「待ってください!! 戦場での形態切り替えはリスクが高すぎます!!」
「最初から俺が出ます。仮にあのパイロットと同レベルの使い手なら、一瞬の隙が命取りになる」
『今のお前の状態ではヘッドを務めるのは不可能だ。下手を打てば機械天使の暴走が起こりかねない。リスクと勝算を天秤にかけたギリギリの妥協点だ』
「しかし……」
「問題ない。隙なんて作らない……以後、ゲパルトで接近する」
尚も言い募るアマタの声を、ゼシカが断ち切る。
「進撃合体、GO!! アクエリオン!!」
ゼシカの号令に引きずられるように、ゲパルトの荘厳な姿が現出する。
「アクエリオン、ゲパルト!!」
ゲパルトは不規則な軌道を描きながら市街地に接近するが、敵機はピクリとも反応しない。
「おかしい……何か仕掛けている? 用心しろ」
「関係ない、先手必勝!!」
ゲパルトが放つ誘導弾の乱舞は、与えられた機能を忠実に発揮して敵機をあらゆる方向から襲い──一瞬というのもおこがましい刹那に、一つの例外もなく目的を遂げることなく爆発の花を咲かせると同時、ゲパルトの両肩部のミサイルポッドが爆発する。
何が起こったかなどビームガンを見れば一目瞭然、一丁の携行火器で誘導弾を撃墜と同時にミサイルポッドを破壊したという単純な事実は、敵の力量を端的に示している。
されど。
「まだだ!!」
ゼシカは止まらない。ただひたすらに回転する意思は一瞬の遅滞もなく攻撃を選択、ガンポッドをラディウス・グニスに向け──再度敵機の銃口が閃くと同時、ガンポッドもまた破壊される。
しかしその瞬間にはすでにゲパルトはガンポッドを手放して全推力をもって突撃。それと同時に両腕にガンポッドが追加転送されて。
「喰らえ!!」
脚を地面に突き刺し、加速の勢いのまま旋回。弧を描いた右腕のガンポッドは鈍器と化し、敵機の火器を狙う。
されどそれに対応する敵は常識で測れない。左手が蛇のように瞬発し、後手にも拘らず受け止める。
それこそが狙い通り。
「獲ったァ!!」
ゼシカは叫ぶと同時、ゲパルトの左腕も絡ませ、敵機の腕を極める。
このままでは引き込まれると判断したのだろう、左肘が爆発し、トカゲの尻尾よろしく左上腕を切り離したラディウス・グニスはそのまま後退し、そのまま両者は睨み合う。
「ちっくしょ、逃した。でも、このまま攻めれば届く!!」
「ゼシカ、無茶し過ぎだ!! 逸ると死ぬぞ!!」
「こうしないと勝てない!! アマタは黙ってて!!」
ゼシカは目の前の敵以外の全てを意識から捨てる。次の攻撃で、決着をつけるために。
*
「細工は上々、後は仕上げをご覧じろってね……」
ジンはほくそ笑む。奇しくも前回の戦闘と同様、例の特記戦力は戦場にこそ出ているが、メインは別の操縦者であることは一目見ただけでわかる。そして肝心のメイン操縦者をこれまで見た限りでは、特に秀でることのない在り来たりだ。おまけに動きの一つ一つに焦りが見える。これまでの戦闘が、ただの仕込みを兼ねた様子見だということにも気が付いていないだろう。少なくとも、自分たちの目的であるレア・イグラーとは考えられない。
よって、選択するのは。
「仕留めるか」
これ以上この敵に関わる手間が惜しい。データをあと少しとった後は排除して、状況を動かすべきだろう。
「さあって、君はどうなるのかな? 謎の操縦者さん?」
*
互いを切り裂くような空気の中、先に動いたのはアブダクター。銃火が無造作にも見える滑らかさで機械天使を襲う。
されど機械天使を操るゼシカの荒ぶる意志はそれに対応し、加速器を小刻みに噴射することで躱しながら左側に回り、全火器をもって撃滅せんとする、その瞬間。
「逃げろ!!」
アマタの叫びと同時、敵機のコンテナが展開し、そこから射出されたのは弾丸でも誘導弾でも非ず、されど確かな質量を以て上空からゲパルトを襲う。
「ちっくしょ……!!」
後退してビルの陰に隠れながら、飛来物を確認する。
それはいかなる原理か、建築物の合間の空間に漂う銀に輝く球体だ。機械天使の頭部程度の大きさのそれは戦場に隈なくばらまかれ、ビル街とその上空を光で満たし、動かない。
「解析完了!! 爆発物、火器、共に反応なし!! ただの金属球だ」
「だったら……!!」
再度攻撃を仕掛けようとするゼシカを、カイエンが制止する。
「待て!! あれが何を仕込んでくるかわからない!! せめて密度の薄い場所に移動するべきだ!!」
「あの敵、たぶん人間が動かしている!! これまでの戦闘は様子見だ、一度仕切りなおした方がいい!!」
カイエンに続いたアマタの言葉が、ゼシカの後押しとなった。
「うるさい!! 私じゃ無理だって言いたいの!? 私だって、戦える!!」
「違う……!!」
ゲパルトはゼシカの激昂のままに飛び出すと同時、機体右腕に衝撃力を集中。一気に距離を詰める。
(獲った!!)
ゼシカは勝利を確信する。敵機唯一の武装である火器は相手の左側から接近する自分たちから見て反対側であり、こちら側に銃口を向けることができても正確に狙いをつける前に致命の一撃を放つことができる。そして狙いをおろそかにした射撃は、ゲパルトの装甲を貫くには至らない。
その予測は、側面から誘導弾が撃墜されたことで裏切られた。
「え?」
刹那の意識の空白。その瞬間に背後の装甲の薄い部分を撃ち抜かれ、呪的防御もはじけ飛ぶ。
「か、はっ!! 何が?」
バランスを崩しながらも、右ステップで回避行動。されど光の矢は右方向から襲いかかり、自分から突っ込むような形でその装甲が貫かれる。
「センサーがいくつかイカれた!! 教官、本部での解析は!?」
『今解析を終えた!! あの球体に光学兵器をビリヤードのようにぶつけて反射を繰り返して方向を変えている、球体を破壊してネットワークを寸断しろ!!』
「クッ……了解!!」
ゲパルトはよろめきながらも体勢を立て直すが、四方八方から襲いかかる光の矢はもはや水流のごとき勢いで装甲を削る。
「ち、く、しょぉぉぉぉぉぉ!!」
ゼシカは衝撃に翻弄されながらも最低限の防御でしのぎ、強引に向けた銃口から手近な球体に銃弾の雨を降らせる。
精彩を欠いた銃撃はそれでも金属球を捉え、幾つかの弾が粉砕すると同時に液状化、ビルに飛沫として散らばり──映像を巻き戻すかのように飛沫が一か所に集まり、元あった場所と寸分違わぬ座標に金属球が再生する。
「なっ……!!」
驚きで硬直した一瞬の隙、その瞬間に再生したばかりの金属球が銃火を反射、頭部を狙う。
「が、あああ!!」
緊急呪的防御が発動し、完全な破壊こそ免れるものの、予備含め三分の一がダウンする。
必死に退避しようとするも、連続して襲いくる光の矢はある時は装甲の薄い個所を狙い撃ちされ、次の瞬間には移動しようとした方向から向かい撃たれ、それと同時にミサイルポッドが破壊される。
退避を繰り返すうちに両者の間合いは離れ、もはや状況は一方的な虐殺も同然。完全にこちらの動きを掌握され、反撃の糸口すら見えない。
だが。
「な、め、る、なぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
悪鬼のごとき叫びを迸らせながら、ゼシカはゲパルトを突貫させる。
それは見る者全てが無謀と断ずる愚行。勝算など欠片も考えていない破れかぶれの特攻など、無様な骸を晒す以外にありえない。狂奔のままの加速を包むように光の矢が飛来して。
一瞬の後に、ゲパルトはその包囲を突破した。
その不条理に種も仕掛けもなく、ただ単純に装甲を頼りに受け切ったという無茶を為したのはゼシカの執念、もはや自分の生存すら度外視したそれを喰らったゲパルトもまたひたすらに敵の血を求める怪物と化している。
『信じられません……ゼシカのスピリットレベルが反転しています!! ほか二人とのシンクロを奪って、機体のコントロールを取り込んでいます!!』
『接続をカットしろ!!』
『こちらからの信号を全く受け付けません!!』
本部からの通信など、雑音にしか感じられない。
ゼシカの眼に映るは敵のみ。故に揺るがず勝利を求める。
装甲の大部分を失いながらも、ゲパルトは無限にも思える距離を詰める。
その両手に握られしガンポッドに宿りしは衝撃の力、ただそこに在るだけで世界そのものを軋ませるが如きそれは紛れもなく過去最高、それに砕けぬものなどこの世に存在しまい。
その一撃を届けるための距離が、刹那毎に縮まっていき──
ラディウス・グニスの四肢が、開いた。
アンバランスに太い四肢に内蔵されていたのは無数の砲門、そこから放たれし光の矢は機体を中心に花を咲かせ、それら全てがあるものは直進し、またあるものは反射を繰り返して、結果として為されるは全方位からゲパルトを押しつぶす光の瀑布。これまでの水流とは文字通り桁が違い、街を焼き払いながら迫りくる。
回避など考えるまでもなく不可能、これまでのような装甲頼りの防御は自殺も同然。
だが。
「ああああああアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAA!!」
もはや人間らしさを捨て去ったかのようなゼシカの叫びとともに、ゲパルトが衝撃の力を放出、否、爆発させる。空間そのものに作用するゼシカの衝撃の爆発はビルを粉みじんにしながらも光の瀑布と激突し、霧消させる。
「無茶だ!! 一度退け、壊れるぞ!!」
アマタの声など聞こえない。消し切れなかった光の壁を無理やり通過したことで焼かれながらも衝撃力を右手のガンポッドに集中、集まる力は先ほどの爆発すら凌ぐ。
莫大な力は彼女自身にも負担をかけ、頭蓋が捩じ切れそうな痛みを絶え間なく感じるが、それすらも掌握しているという実感がある。
故に、ゼシカは自分の勝利を確信する。
(届く!!)
右腕を振りかぶり、撃滅の意思を込めて振りおろす。
(私だって、届く!!)
前に、ただ前に。遠い光に、少しでも近づくために。
(アマタに……届く!!)
見据えるは自らの遥か先にいる少年の背中。目の前の敵すら超えて、渾身の一撃を解き放つ──!!
そして。その瞬間に戦闘は決した。
まずゼシカが感じたのは違和感だった。
今まで自分の身体同然に動いていたゲパルトが、まるで水を吸った綿のように重くなったと感じる。
(リンクが切れたの!? せっかく届くのに!! でも、このままいけば……!!)
約束された勝利に向けて、ゼシカは重い機体の制御に集中──できなかった。
ゲパルトがゼシカの意思を離れ、右足を軸に旋回した──それと同時、機体の背後から閃光が貫いた。
「え?」
呆然とするゼシカに構わず、機械天使のシステムがダウン。合体が解除され、ベクターマシンが散開する。
(嘘だ嘘だ嘘だ!! こんなはずはない!! あの瀑布は全部凌ぎきったし、火器も発砲された様子はなかった!! あのタイミングで攻撃を喰らうはずはない!! 何か別の砲門が無い、限りは……)
そして、ゼシカは気付く。放置されていた敵機の左上腕が、本体と同様に展開し、砲門を覗かせていることに。
(まさか……あの左腕は罠!? 私が攻撃に集中した瞬間を狙い撃ちするための布石だったっていうの!?)
手玉に取られたことに歯噛みするゼシカは、溶解と破壊に満ちた廃墟と化したビルの陰に機体を隠す。先ほどの両者の攻撃であらゆる探知機器はその役目を果たさず、もうしばらくは機体のステルスシステムとの併用で凌げるだろう。
屈辱に身を震わせるゼシカは、違和感に気づく。確かにあの攻撃については説明できるが、それなら何故自分はまだこうして生きている? 敵の射撃能力をもってすれば反射を介してもコクピットを狙い撃つのは容易いだろう。そもそも、最後の機械天使とのリンクの異常は何だ? さっきまで、機械天使を完全に支配していた感覚があった。何の前触れもなく切断されるとは考えにくいし、敵の干渉ならば損傷が中途半端だ。
そこまで考えたゼシカは、やっと思い出す。機械天使は一人で動かすものではなく、そして機械天使の操縦権を奪うことができる、自分が知る限り唯一の人間を。
「あ、あ……」
震える手でゼドへの通信回線を開き、そしてゼシカは目撃する。血の気の失せた顔で、意識を失ったアマタを。
声なき悲鳴が、コクピットに響いた。
*
アマタが行ったことは、極めて単純であった。彼はゼシカの暴走に翻弄されている中、敵機の勝利への確信を察知。どんな攻撃が来るかもわからず、無理やりの介入で実質一瞬しかコントロールできないという悪条件の中、それでも対応した──ゼシカのコクピットを狙った一撃を、自らが庇うという形で。
そしてその代償もまた極めて単純。ほぼ暴走状態の機械天使への無理やりの介入、光学兵器の直撃という現象の結果は、彼自身へのダメージとなって現れる。
最高出力の呪的防御に加えて彼自身の全力を振り絞っての防御により、致命傷こそ避けたものの、もはや彼自身の意思では指一本すらも動かせない。
そして、その惨状を把握したドナールは難しい決断を迫られていた。
(……どうする……誰を出せばいい?)
これ以上アマタを戦場に出すのは論外。比喩抜きに次の瞬間に死んでもおかしくはない。だが、問題は機械天使のシステムの異常。先の暴走の影響で本部との回線が機能不全に陥っており、まともに作動するのが通信のみという現状だ。転送システムは予備を用いても、一回が限度であろう。よって、交代はミスが許されない。
だが。
(畜生、誰を送っても勝てる気がしない!! シュレードやアンヌがいない時に……!!)
横を見れば、スオミも同様の苦悩なのだろう、険しい顔をしている。だが、時間に余裕はない。敵機がベクターマシンを発見すればひとたまりもないのだ。
焦りが余計に思考を空転させると理解しながらも止められないループに陥ろうとした、その時。
「エレメントチェンジ!! アマタ・ソラに代わり、ユノハ・スルール!!」
「はい!!」
少女の可憐な、そして強い意志持つ声と同時に、ドナールは『存在しない天才児』─時折実施されるエレメント検査にて、未だ能力が定まっていないにもかかわらずシュレードやアンヌに劣らぬ数値を叩き出し、養成所では若年ながら体力知力共に優秀な成績を残したことからついた異名─と称された少女を思い出し、同時に戦慄する。今の今まで、彼女の存在を思い出せなかった、否、まるで最初から存在しなかったかのごとく、この学園全ての人間の意識から消えていたことに。
そんな彼の脇を通り、空いていたボックスに入るのは宙に浮く緑色の大きな人形──ではない。この場にいる人間が『彼女』の存在を認識した瞬間から、一歩ごとに気配が、匂いが、足音が、姿が少しずつ世界に現れる。
現出したのは十代前半の短い髪をした少女だ。どこか小動物を思い起こさせる印象だが、その顔には闘志が満ちている。
「ユノハ・スルール、出ます!!」
ユノハの姿が消えると同時に血の気が失せたアマタが投げ出され、スタッフが大急ぎで搬送する。
『皆さん、合体しましょう!! わたしがヘッドを務めます!!』
『了解!!』
『う、うん……』
『見参合体、GO!! アクエリオン!!』
ベクターマシンは這うような低空でのフォーメーションを組み──そのまま地面に落下した。
「何が起こった!?」
「不明です、現在システムチェック!!」
「パイロットは無事!?」
「バイタルチェックシステムが動いていません、不明です!!」
「なんてこと……」
スオミの焦りに、応じる声。
「こちらユノハ、大丈夫です!!」
「こちらカイエン、こちらも問題ありません……ゼシカは?」
「あ、あああ、あ」
僅かに聞こえたそれが、ゼシカのそれという事が、聞いている者全ては確信できなかった。
「御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私の免なさい御免なさい御免なさいせいだ私のせいだ私のせアマアマアマアマアマアマアマアマタ」
人間が発する声とは思えぬ音が、これまで繊維を滾らせていたはずのゼシカの口から洩れる。それにこめられるのは、ただ負の意思のみ。
(このタイミングでバッドトリップか!? 畜生、機械天使の異常が発生した時に気付くべきだった!!)
機械天使と搭乗者のシンクロは、搭乗者が機械天使を身体の延長のように操るために欠かせないシステムだ。無論、機械天使が得た情報も搭乗者にフィードバックされる。
しかし、単純な情報量の問題で機械天使が得た情報全てを搭乗者が受け取るわけにはいかないため、ある程度はシャットダウンするシステムを追加している。これにより、戦闘に必要な最低限の情報のみを受け取っているのだ。
だが、あまりにも深いシンクロは、その枷すら飛び越える。その状態を維持し、負担を実感できていない間はまだいい。シンクロが途切れた後、機械天使に合わせる形で拡大した精神が元のスケールに戻ろうとするまでの間に生じる情報の奔流は、自らから生じるが故に逃れることなどできない。
おまけに、揺り戻しの寸前に発生した感情は、拡大した精神のスケールに相応しい衝撃として感じられる。本来のスケールを遥かに超えた感情は、当人の精神を一色に塗りつぶす。
つまるところ、今のゼシカは、自分に対するありとあらゆる否定的な感情に飲み込まれているだろう。戦闘どころか、外界を認知しているかどうかすら怪しい。
(一回しか使えない転送をアマタに使ったのは軽率だったか!! これでは状況は変わらん!!)
歯噛みするドナールは、しかしそこで拘泥しない。過去の判断を後悔するのはいつでもでき、指揮官の任務は現状に対処することが求められていた。
「ベクターマシンのもう一組は!?」
「だめです、まだ戦闘には出せません!!」
歯噛みするドナールは、頭脳を高速で回転させる。
(ベクターマシンを自動操縦で後退させ、シェルターも緊急システムで脱出させる!!軍の支援を要請すれば半分は逃げ切れるはずだ!!)
それがこの戦闘の敗北を意味し、ネオ・ディーバの立場を危うくすることを理解しながらも、命じようとした、その時。
「その指示、待ってください」
背後から弱々しい声がした。後ろを振り返ってみれば、医療スタッフに支えられ、生気がほとんどない痛々しい姿で、それでもアマタは立っていた。
「おまえ、何をしている、はやく手当を……」:
ドナールの声を無視し、ほとんど倒れこむように通信機に近づいて。
「なにやってんだよ、ゼシカ……!!」
*
ゼシカの精神がバッドトリップしていたのは、実際には一分にも満たない。されどその一分は、彼女にとってこれまでの人生すべてを打ち砕くのに十分な密度を持っていた。
聞こえるのは無数の声。
──私は弱い。
──私は愚かだ。
──私のせいで負ける。
それら全ては彼女自身から湧き出る言葉であるが故に、逃れることなどできない。今の彼女に状況を認識することなど不可能、そもそも外界を認識するべき自我そのものが自らを攻撃しているのだ。このままでは敵を待つまでもなく、自分自身で自らの心を押しつぶすだろう。
そして、その結果を何よりもゼシカ自身が肯定している。
ほら、こうしている今も声が聞こえる。
──なにやってんだよ、ゼシカ……!!
──?
僅かに、違和感。しかしそれは自分を押しつぶす声であることには変わりがない。
そう、だから意味はないのだ。反射的に、心の声ではなく、口から言葉が漏れ出たのは。
「私はもう、戦えないよ。だって、届かないもん、勝てないもん、アマタみたいにできなかったよ」
──何で他人と同じようにやる必要がある。ゼシカにはこれまで培った強さがあるだろう?
「だって、それは意味がなかった!! 私が今まで鍛えてきた力じゃ、敵に勝つことも、アマタを助けることもできなかった!!」
──馬鹿だな。ゼシカは何を使って戦っているんだ? おまえが使っている機械天使は、一人で動かすものじゃないだろ。
「誰かに頼ってちゃダメだった!! その甘えのせいでアマタはあんなにも傷付いたじゃない!! もう二度とあんなことは繰り返したくないの!!」
──ゼシカ、それは違う。俺は、皆がいたから勝てたんだ。あたりまえのことだろう?
「え?」
その声は、ゼシカが思いもよらない / 言ってほしかった 言葉を口にした。
──俺の背中に仲間がいる、だから目の前の敵に集中できる。俺の横に仲間がいる、だから一人じゃ戦えない敵にも立ち向かえる。……前の戦いだって、ゼシカたちがミコノを守ってくれたからアイツに集中できたし、ゼシカの攻撃のおかげで勝てた。俺に頼ったんじゃない、俺達は常に一緒に戦っている。……悔いるなとは言わない。その感情は強くなるために必要なものだ。だけど。
声に、僅かに混ざった感情は何なのだろうか。
──自分のこれまでを否定することだけはしないでくれ。自分の進んできた道を否定したら、もう、どこにでも行けなくなってしまう。自分さえ捨てなければ、いつか、今より高く進めるから。……目の前の壁を超すのに自分の力だけじゃ足りない時は、自分がこれまで築いてきた意志が、そこからの繋がりが、背中を押す翼になる。だから、まずは自分を信じてくれ。全てはそこから始まるのだから。
「……どうして? どうしてそこまで私のことを信じられるんだよ…… 私はこんなに弱いのに。自分で自分が嫌いなのに。これまでだって、私がキミにやってきたことは、だれでもできるありきたりのことなのに」
少女の心の底から理解でない問いに。少年は何でもないように答える。
──最初に言ったろ。俺はゼシカを信じている。……初めてだったんだ。対等な立場で協力することも、信頼しあうことも。だから、俺はゼシカ・ウォンという存在を肯定する。ゼシカという人間を創ってきた過去を信じる。……なんて、長々言ってたけど、結局のところ、俺が、アマタ・ソラが、ゼシカを信じたいだけだ。……言い忘れてた、ありがとう。ゼシカのおかげで、俺は生きている。でも、無理はするな。あんまり無茶するのは見てられない。困っていることがあるなら、相談ぐらいはしてくれよ。
そんな、彼らしくない、それでいて彼の紛れもない本音に導かれるように、ゼシカの意識が浮上して。
──そうして彼女は、泡沫の夢から現実へと帰還する。
なんのことはない、当たり前の言葉によって救われた自分に笑いながら、それでも自らの心の内に浮かび上がる暖かさが、自分にとって大切なものであると信じて。
*
「……ゲホゲホ!!」
意識を完全に覚醒させたと同時に、身体もまた正常に稼働。酸素を求めて咳き込む。
「ゼシカさん、大丈夫ですか!?」
通信モニターに映る少女が誰なのか、もうゼシカは思い出せる。
「ユノハ、状況は!? 」
「敵機に動きなし!! とっくに気付かれてもおかしくないのに、何もしかけてきません。上空の金属球の密度が薄い座標でEVOLに合体します」
「了解。昨日は御免。さすがにお化け扱いは悪かった」
「気にしないでください、それよりも、機体そのもののダメージが大きいうえに、わたしたちは直接的な攻撃能力に等しいですから、ゼシカさんの能力が頼りです。ぎりぎりまで能力を練って、一撃で決めます。カイエンさん、わたしのフォローを!!」
「「了解!!」」
ベクターマシンが全機上空へ上昇、フォーメーションをとる。敵機はまるでそれを待ち構えているかのように微動だにしない。
「復活合体、GO!! アクエリオン、EVOL!!」
灼熱地獄と化した街の一角の上空に、EVOLの姿が顕現する──それと同時にラディウスが動く。左上腕以外の全ての砲門から放つ光の矢は滞空する銀球により反射を繰り返し、EVOLを襲う嵐と化す。EVOLに迫るそれらは当然のことながら完璧な包囲を体現し、逃げ道をふさぎながらも主要機関すべてを貫かんとする。
されど、その程度、『存在しない天才児』と称されたユノハにとってあまりにも杜撰。
光学兵器が直撃する瞬間、EVOLの姿が消えた。
必殺を期した光の矢が虚しく素通りするという不条理に、されどジンは冷静であった。
(空間系の能力じゃない、機械天使はあそこにいる……空気と同様の屈折率に変化したのか)
透明であるという事は、目に映らないという事ではない。その物質内で光の進行速度が遅くなり、境界面にて屈折することで向こう側の風景が歪み、物質を知覚するのである。
されど、その理屈をユノハは単純明快な力技で突破する。
そう、彼女の能力により、自分の身体を空気と同様の屈折率に調整するという不条理で。
個体……それも人体や機械を内部も含めて気体と同様の屈折率にしながらも自らの機構になんら影響を及ぼさないという物理法則に正面から喧嘩を売るような事象は、今回の戦闘においてこのうえなく有利に働く。なにせ、光──敵機の光学兵器がそのまますり抜けるのだ。おまけにこの能力の種別は高レベルの幻惑系。あらゆる機械ですらその姿を捉えることができず、接近戦など論じるまでもない。
しかし収穫者もまた手をこまねいているはずもない。
無数の金属球が、その形状を変える。完全な球形から、針のごとき鋭さを持つ錐に。
だが、如何に形状を変化させても、姿を捉えることができない以上はどうしようもないが。
(悪いね……視えてるんだよ!!)
完全な光学迷彩? あらゆる探知機器の欺瞞? なるほど、アルテアの科学技術でもこれを捉えることは難しいだろう。
しかし、ジン・ムソウならば捉えることができる。何よりも明白な、敵の気配を、オーラの形で。
そもそも、オーラを使用する際に敵のそれらを感知するのは基本的な技能であり、それ故に一流の戦士はその技術を高レベルで習得している。おまけにジンの適正は感知タイプ。敵のオーラの流れの感知、予測でいうならカグラすら凌駕している。
(能力に奢った自分を恨め!!)
無数の錐が、EVOLの予測着地地点へと殺到し──それまで充実していた、機械天使の気配が、消えた。
「何処に行った!?」
錐が虚しく通過し、残りを攻撃に備えて自らの周囲に滞空させながらもジンの思考は回転する。
(着地寸前にバーニアでも吹かしたのか、いや、重要なのはそこじゃない、気配を捉える事が出来なくなったのは何故だ……確かにいるのを感じるのに、それがどこなのかが理解できない、刻一刻と気配の認識が薄まっていく……まさか、この能力は、認識阻害、いや、認識消去か!?)
ユノハ・スルールの能力は、隠蔽に特化している。その彼女の全力は、物理的な隠蔽に留まらず、他者の精神にすら介入し、自らの影を踏ませない。
端的にいうなら、彼女は自分の存在を他者の認識や記憶から薄めることができるのだ。この能力に嵌った者は、彼女の存在を知覚していても、それが何を表すのかを認識できず、何らかのデータに彼女の痕跡を発見しても、それを意味ある情報とは理解できない。この能力により、彼女は聖天使学園に所属し、訓練で高い成績をあげながらも自ら姿を現すこの瞬間まで学園のほぼすべての人間の意識から消えていたのである。
無論、こちらに集中しているこの状態では精々が気配の認識を不可能にする程度だが。
(……正面からじゃわたしは絶対に勝てない。そもそも、この認識消去だって、アマタさんやアンヌちゃんには見破られた。でも、この一瞬。わたしの能力がただの自己隠蔽だと思い込んで、認識消去に驚いたこの瞬間に決める!!)
「ゼシカさん!!」
「うん!!」
「今此処に、我らが意志を告げる!!」
二人の少女の祈りが、現実の力となる。
「我は朧なる者。光満ちる世界に、虚しく漂う者」
ユノハは理解している。天才とおだてられようが、この能力は本質的には弱者の逃避。自分が周囲になじめないことへの言い訳が、能力の形となって現れたにすぎない。
「我は儚き者。世界のはてを仰ぎ、虚しく飛び続ける者」
ゼシカは理解している。これまで自分が積み上げてきたものは、敵には届かないのではないかという焦りが、アマタと同じことができると証明しようとした。
「我は弱き者、我は脆き者、故に我が背負うは敗者の烙印──されど我ら、世界と向き合うことをやめぬ愚者なり!!」
だけど、結局のところ立ち向かうことをやめられない。仲間の為、守るべき人のため、並び立ちたい目標──故に、彼女たちは戦うのだ。
「過去を銃身に、決意を引鉄に。放つは意志の弾丸なり──!!」
自身がこれまで積み上げてきたものを下敷きに、決意を以て意志を実行する──!!
「「必殺、
姿を消したEVOLが放つは衝撃力を圧縮した不可視の球体。隠蔽の加護を受けたそれは捉えられることなく収穫者に襲いくる──!!
しかし。
(舐めるな!! 丸見えだ!!)
衝撃の力は、オーラによって形成──言い換えるのならば、搭乗者の気配そのものが形を為したようなもの。如何に隠蔽の加護を受けようが、それを見逃すジンではない。
銀錐の三分の一を盾と変じ、衝撃と激突。喰いとめる。
(……いなせない重さじゃない。でも、出力が高い分こっちの感知能力を乱してくる。あの能力を使われたら感知が遅れる、か……なるほど、こっちは囮で、無防備なところを接近戦で仕留める気か)
だが、それを見逃すジンではない。残りの銀球はすでに自機の周囲に配置し、即席の探知結界と化している。
(どんなに隠蔽しようが、物理的に存在する限りすり抜けることはできない。一つでもふれた瞬間が最期だ、機械天使!!)
勝利の確信が極限の集中を生み出し、機械天使の気配を察知、より確信を深め──驚愕する。
機械天使の気配は、自機の正面──衝撃と盾が激突している延長戦上に存在し、一直線に此方へ向かってくる──違う!! 機械天使が見据えるは今現在も盾と激突している自らが放った衝撃の球体。
「ゼシカさん、メインコントロール移します!!」
「了解!! 派手に行くわよ!!」
衝撃を目指して飛ばしたのは何のことはない、只の拳。特別なもののない、凡庸な拳はそれ故に美しい。ゼシカがこれまで積み重ねてきた鍛錬と意志をそのまま載せたがごとき拳は的確に衝撃球を貫き。
「
ゼシカのオーラが込められた拳と、衝撃の力の接触が生んだのは指向性を持った衝撃の爆発。凝縮された衝撃力の解放は荒れ狂う嵐と化し、一瞬で盾のみならず収穫者も貫く。
胴体を貫かれたまま動かないラディウスは、そのままゆっくりと倒れ伏す。
その静寂が、この戦闘の終わりをあらわしていた。
*
「遠隔操作とはいえ、ここまでやられるなんてね……まあ、中盤からの方針転換がなければ余裕だったけど」
アルテアのメインタワーの一室でジンは呟く。今回の作戦は有人機の遠隔操作の実戦試験も兼ねており、彼はここからの操作で戦闘していたのである。
軽く伸びをしながら息をついたジンは、最優先通信──すなわち最高指導者たるイズモからの通信に気づき、モニタに表示する。
『どうだった?』
「このシステムは使いづらいね。反応が遅れるし、そもそも機体に送れるオーラはせいぜい三割が限界だし。おまけに、こっちの感知が朧にしか感じ取れない。あの程度の隠蔽にしてやられるなんて、僕自身が出てれば無かった……精々が偵察に使えるぐらいじゃない?」
『そちらの報告はあとで纏めろ。それよりも、目的はどうなった?』
「わざわざ長引かせたかいはあったって感じかな? 突っ込んできた時と最後に、神話型の反応が響いたし、あの模造品が鍵ってことは間違いないと思う」
今回の作戦目標は神話型の調査。左腕の仕込みで勝負を決める直前に神話型の反応があったため、再度観測する為機械天使が再び戦闘態勢に入るまでに様子見していたのである。
『どこから反応していた? 観測に長けたあの機体でわからん筈はないだろう』
「イズモも予測していたとおりってとこかな? ……」
ジンが短く告げた言葉は的確で、それ故に厄介な現状をあらわしていた。
『やはり、か……練り直しが必要だな……ご苦労だった、報告をまとめた後は休め』
通信が切れたモニターから目を離し、ジンは嗤う。
彼の脳裏に浮かぶのは隠蔽の加護を振うイグラーだ。今回は彼女にしてやられたが、次はこうはいかない。
「なかなか楽しませてくれる……退屈しないで済みそうだ」
*
「まったく、アマタ君は無茶し過ぎ!! 私が支えてなきゃ今にも倒れそうだったのに。大変だったんだからね、ちゃんとマイクに声が届くような体勢で支えるの」
「面目次第もない」
聖天使学園医務室。戦闘を終えた後に見事に崩れ落ちたアマタは有無を言わさずこちらに担ぎ込まれ、ミコノはその付き添い、戦闘の報告を終えたゼシカとユノハは見舞いに来たのである。
「じゃあ、あのラディウス・グニスは無人機だったのか?」
「その可能性が高いみたい。本部の解析じゃ、前の人型無人機の動作パターンと似た動きをしていたから。でも、動作の精密性が桁違いだったから、システムがアップグレードされたか、単純に操り手の腕が違うかのどっちかだけど」
「あの、街の被害は? 本部から見た限りだと、ひどいものだったけど」
「街の一角が焼き払われていますから、まだ調査は進んでいません。でも、人的被害はそう多くないと思います。一応シェルターにも呪的防御と加護がありますし、ただ、復興には結構時間かかっちゃうと思います……」
「それはユノハのせいじゃない。もちろんゼシカのせいでもない。あそこにラディウスが来た時点で避けられなかった。むしろユノハのおかげであの敵相手に生き残ることができたんだ……常日頃から能力の鍛錬を行っていたかいがあったな」
「あの、前も言いましたけどいつも隠れているのは訓練じゃなくて……」
「? 二人は初対面じゃないの?」
「初めて会話を交わしたのは昨日の夜、ゼシカを一緒に運んだ時。それ以前にもデキる人がいるなって注目はしていた……むしろ、皆が彼女の存在を忘れてたことにこそ驚いた」
言われてみれば、ゼシカはあの時声も上げることができなかった。アマタが聞いた声というのは、自分が倒れたのに驚いたユノハの声か。
「『存在しない天才児』……うん、やっぱすごいな。私はまだまだ未熟ってことか」
そう語るゼシカに、陰はない。どこまでも素直に、自分が足りないことを認めた。
「あのさ、アマタ。身体治ったら私の訓練に付き合ってよ。今はまだ、全然足りないけど、いつか絶対にキミにも負けないぐらいに強くなるからさ」
「……講義が終わった後、ミコノにトレーニングする。それと一緒になら、明日にでも」
「うん、それでいいよ。さて、私達も戻ろうか」
再度身体検査を行うユノハと別れ、ゼシカとミコノは並んで女子寮へと歩く。
互いに無言の中、ミコノが僅かな躊躇の後に口を開いた。
「アマタ君は、朝からずっとゼシカのこと気にしてたよ」
「……そっか」
「明日からの訓練、一緒にやるんだよね。だけど……」
ミコノは一歩分だけゼシカの前に出て、しっかりと目を見据えて。
「負けないから」
「それはこっちの台詞」
二人は僅かに笑い、また肩を並べて歩く。しっかりと、前を見据えて。
*
「……そのまえに、まずは異性として見てもらわないとね」
「雰囲気台無し!?」