(どういうこと!?アクエリオンとは、何!?)
女性エレメント主任教官にして司令補佐、スオミ・コネピは混乱の極致にあった。
突如ベクターゼドF型に搭乗していたアンディ・W・ホールが勝手に排出されたかと思えば、入れ替わり一般人のカップルが搭乗し、男の方が叫んだ名、アクエリアではなく
彼女にとっての問題はそれだけに留まらない。
「バカな……グイゼ・ストーンの封印を破っただと!?」
「禁断の名を、何故!?」
司令とドナールの混乱は、未知の状況からではない。事態を理解しているが故のそれだ。彼ら二人と彼女を隔てているのは時間。二人がネオ・ディーバに在籍している期間は、彼女より長い。
(だからといって、納得できない!!私も守護者達を預かる以上、知る権利はある!)
「司令、アクエリオンとは何です!?アクエリアとは、何だったのです!?」
「……アクエリアは、神の武器を人の手で扱えるよう、分割されたモノ」
そう語る司令の目は、未だモニターに釘付けになっている。
「本来、神とは両性具有。男と女、どちらでもあって、どちらでもない、完結した存在だった。だが神に作られしヒトは、男性と女性に別れ、完全ではなくなった」
「アクエリアは、不完全な姿だった……?なら、アクエリオンこそが真の、完全体とでも言うのですか!?」
「ああ……だが、」
バギィ!!という音が、司令の言葉を遮る。見れば、ドナールの義手が押さえつけられていたパネルに、ひびが入っていた。
「いかに人の手が加えられていようとも、神の力に手を出したヒトに何が起こるか、想像できるか?」
そう語ったドナールは、まるでなにかを堪えるようだ。
スオミはモニターに視線を戻す。アクエリオンの姿は神々しい。モニター越しからもこれまでとは桁が違う力を感じ取れる。そう、あまりにも強すぎて、神々しいとしか感じられない。アレをヒトが操るなど、信じられない。
理性ではなく、本能でこれまで男女合体が禁じられていた理由を理解する。アクエリアが人にとって強力すぎる力なら、アクエリオンは人が住む世界そのものに干渉できるほどの存在だ。それを防衛の為に利用しても、護るための一撃で人類どころか地球が壊れてもおかしくはない。
自分が何も知らずに関わってきたモノ、人類の守護天使と信じてきたモノに、スオミは初めて恐怖を感じた。
「これって……アマタ君、アクエリオンって何?何が起こっているの?」
正気に戻ったミコノが聞くも、アマタに答える余裕はない。未知の感覚がアマタを翻弄している。
──自らがアクエリオンそのものになったように感じる──
──アクエリオンに当たる風が、自分に当たるかのように錯覚する──
──どのようにすればアクエリオンを動かせるのか、理解できる──
──そして、改めて目の前の敵の強大さを実感する──
「こいつは……」
「ミコノォ!!」
コックピットに先ほどアクエリアから響いてきたのと同じ声が響く。スクリーンにおそらく通信用であろうウインドウが表示される。アマタは彼を自分らとは別のベクターマシンのパイロットと直感した。
「無事か!?ミコノ!!」
「やっぱり、カイエン!?」
「知り合いか?」
カイエンと呼ばれた男はミコノよりも年上に見える。アマタが注目したのは青いパイロットスーツに包まれた彼の体つき。細身だが無駄なく鍛え上げられたそれは、間違いなく最高の訓練を受けた兵士の物だ。
「その男から離れろ、ミコノ!!貴様、テロリストか!?それともアクエリアの情報を狙うスパイか!?」
「あいにく、一般市民だ。だいたい、そんなこと言ってる余裕はない」
「貴様……!ぬけぬけと、」
「来るぞ!!」
彼らの会話を、紅いアブダクターの突進が中断させた。
アブダクターは加速そのままの勢いで体当たり。
「ぐうっ!!」
アマタは操縦桿を掴み、アクエリオンEVOLの両腕をクロスさせガード。だがその動きはぎごちない。
いかに操縦方法を理解しているとはいえ、自分が操っている身体が巨大な人型という事実が、動きにズレを生じさせる。
イメージするといい。自分がいきなり巨人になったとして、今までと同じように歩けるか。否。視点の違い、身体のパーツの大きさの違いがこれまでの身体と誤差を生じさせる。
また、アマタは操縦方法を習得しているわけではない。あくまでマニュアルを読んでいるかのように理解しているだけであり、実感とのズレもまた動作を阻害する。
故に、アクエリオンEVOLの身体は衝撃を吸収しきれず、後ろによろめく。
その隙を逃がす敵ではない。追撃の蹴りがEVOLを襲う。それはEVOLの腹に命中し、天使の身体を吹っ飛ばす。
「が、ああああああ!!」
吸収しきれない衝撃がアマタを襲うも、その中で必死にバランスをとる。ー成功。何とか転倒は防いだ。
だが、アブダクターが持つ巨大な斧が横薙ぎに迫る。
「クッ……!」
すんでの所で後退。ギリギリのところで攻撃を避ける。
「何をやっている!!もっとしっかり動かせ!!」
「無茶言うな!こちらとら初めてなんだ!」
「ちょっと、落ち着きなよ、カイエン!!」
モニターにカイエンとは別のベクターマシンのパイロットが映る。整ったスタイルを赤いスーツに包み、つり目をした女性だ。
「どう見たって、この二人、私たちが護るべき一般市民じゃん!!何怒鳴ってんの!?」
「男の方は、ベクターマシンを動かしている!!エレメント能力者だ!!」
「ネオ・ディーバに所属していない能力者だって多いし、それら全てがどっかの組織に所属しているワケないじゃん!!それよりも、教官、彼ら二人、排出してください!!」
ベクターマシンからとは異なる通信が入る。見れば、『司令室』と表示されている。
「とっくにやってる!!だが排出どころか、強制合体解除すら受け付けない!!こっちからは一切のコントロールができない!!」
「嘘……」
女性エレメントがうめく。無理もない。アクエリア、否、アクエリオンは今までに見たこともない形態に変化した上に、操縦の要たるヘッドは素人。そのまま戦うしか選択肢がない。
だれもが身近に迫る敗北を幻視する。そこから繋がる結末に恐怖する。
───────唯一人、アマタ・ソラを除いて。
(
今までこちらを吟味するかのように立ち止まってたアブダクターが接近。抱きしめられるほど近くまで距離を詰め、
拳が、脚が、斧が。
それら全てによる絶え間ない連続攻撃がEVOLを襲う。それは巨人の姿をした嵐だった。一切の無駄をそぎ落とした獣の動き。一つ一つが戦艦すら破壊する攻撃の連打に晒される。
「グ、ガァァァァッァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
EVOLも必死で防ぐ。
拳を腕で止める。
蹴りを上げた膝で防ぐ。
斧を後退して避ける。
だが、防ぎきれない。EVOLの巨体がジリジリと下がる。絶え間ない、もはや一つとしか感じられない衝撃が搭乗者を襲う。
その猛攻によって、最初に限界が訪れたのは、機体でも、搭乗者でもなかった。
「もう……嫌ァァァァァァッ!!」
ミコノの精神だ。
「アマタ君、逃げよう!!乗り込めたんだから、降りられるよね!?」
「ちょ、少女、気持ちはわかるけど、状況見て!!」
「喚くな、ミコノ!!」
エレメント二人に怒鳴られ、ミコノの肩がふるえる。だが、彼女の涙は、嘆きは止まらない。
「もう、無理だよ!!このままじゃ、死んじゃうよ!!」
未だ続く衝撃以前に、戦いの空気そのものが少女を飲み込む。身近に迫る暴力の存在は、今まであたりまえに生きてきた少女の心をへし折る。
それは恥ずべきではない、当然のこと。それを乗り越えし者かどうかが戦う者かそうでないかを分けるのだから、ミコノの反応は必然だ。
だから、アマタは声をかける。
「
「え?」
一瞬、ミコノの息が止まる。何のことはない、意図すら不明な彼の一言が、まるで今、目の前の脅威よりも恐ろしいもののように。
「答えろよ、ミコノ・スズシロ。本当に逃げたいのか?」
一方、アマタも自分の言葉に驚いていた。おそらくこれから語る言葉は、自分が一番言ってはいけない言葉と知っているが故に。
だが、口は動く。
「おまえ、言ったよな。自分はできっこない子だって。それでいいのか?そこに閉じこもったままで。それは楽だろうさ。あきらめていれば傷つかない。傷つかず、可哀想な
自分で言い、自嘲する。
(こんな事、逃げ出した俺が言えた義理じゃないって事は分かっている。だけど……)
言葉は止まらない。止める必要はない。
「その先には、何もない。『無』だ。自分で動かなきゃ、何も為せないし、手に入らない。唯延々と一人遊びしているだけだ。それでいいのか?」
「おい!何を……」
怒鳴ろうとしたカイエンは、異常に気づく。
これまで一方的に猛攻を受けてきた自分たちに、
無論、敵の猛攻が止んだ訳ではない。むしろ、勢いを増している。だが、EVOLに大きなダメージはない。
「ちょ、これって……」
ゼシカも気づいたのだろう、目を丸くしている。
EVOLは敵の猛攻を、嵐のような打撃の連続を、全てさばききっている。
それだけではない。いつの間にか二体は、市街地の中心から、山岳部に移動していた。まるで、周囲の状況に配慮したバトルフィールドに、EVOLがおびき寄せたかのように。
「ありえない……」
こんな事を?養成所上がりでもない、はじめてベクターに触れた一般人が?自分たちも初めて経験する、未知の形態で?あまつさえ、妹と会話する余裕さえ見せて?
理性が不可能と叫ぶ。体験している事実を否定する。
けれど現実は変わらない。
依然、猛攻はいっそうの激しさで継続するが、EVOLはそれら全てを防ぐ。
「こいつは、一体……?」
人は未知をおそれる。カイエンの目には、少年は目の前の敵以上の怪物に見えた。
その異常に、ミコノは気づかない。
「だって……だって仕方ないよ!!」
ただ、叫ぶ。彼の言葉は、彼女の自分でも気づいてない深いところをえぐったから。
「私にはできっこないもん!!今この場所で、私はこの機械天使を動かすこともできないし、アブダクターを倒す手助けもできないもん!!」
彼女の言葉は真実だ。どんなに意志があっても、どれだけ強く望んでも、大きな流れはささやかな抵抗ごと押しつぶし、奪う。それをアマタは何よりも知っている。なぜなら、奪われ続けたから。そこから、未だ抜け出せないから。
だからこそ、
「そんなことは聞いていない」
自らの言葉が、翻って自分を傷つける。自らの傲慢に吐き気がする。自分にできないことを人に押しつけて良い道理などない。
……少なくとも、生きながら腐ることを選んだアマタには。
その事実に目をそらさず、問いかける。
「おまえはできっこない子のままで、本当に良いのか?それだけを答えろ。何に恥じることのない、自分の意志で」
それは、これ以上、自分と同じ闇を、他者に背負わせたくなかったから。自分で自分を殺し続け、死に続けている者を、これ以上、作りたくなかったから。自己満足といわれようとも、それは錆つき、摩耗した彼の心に残る炎。
その炎は、ミコノの心を照らす。
───ミコノ・スズシロには、エレメント能力がない───
それ自体は、問題ない。能力者が世界に受け入れられるほどに多いとはいえ、人類全体の割合で見れば10分の1にも満たないのだから。
だが、スズシロ家は代々能力者の家系。その力を持って、世界に尽くすことを誇りとした家であった。
ミコノは、そんな家に生まれた出来損ないだった。
そんな彼女の過去は、ある情景に集約される。
───顔、顔、顔───
自分にエレメント能力が無いことを知り、同情しながらも侮蔑した大人達。
それにもかかわらず、護ってくれた家族。
悔しかった。能力がないなら、他のことで誇ろうと思った。そうすれば、家族に報いられると思った。
-結局、何一つ結果が出せなかった。それがつらくて、家族から失望されるのが怖くて、逃げ出した。最初からあきらめていれば傷つかないから。そうすれば、もう無駄な努力をしなくて良いから。
アマタは知らないだろう、彼女の過去を。ただ言動から何かを察しただけだ。
だけど───
「いやだよ……」
静かに、口を開く。
「もう、できっこない子でなんていたくない!!」
「おいっ、ミコノ、何を言って……」
兄の声でも止まらない、止まりたくない。
「何もできないかもしれない、負けるかもしれない、死ぬかもしれない、でも、これ以上、始まる前からあきらめたくなんかない!!」
それは少女の叫び。無力である現実から目をそらさず、それでも、と。
「そうか…………おまえは強いよ。俺なんかより、ずっと」
初めて、アマタの顔に笑みが浮かぶ。それは見逃しそうな僅かなものだったけど、とても自然なもので。
「さあ、反撃といこうかァ!!」
そこからは一瞬だった。
攻撃をはじかれ、よろめいたアブダクターの腹に天使の拳が飛ぶ。たまらず吹っ飛んだ敵はすさまじいバランス感覚で体勢を立て直すも、EVOLはその間に追跡。もう一発パンチを見舞う。
アマタが先ほどまでアクエリオンを上手く動かせなかったのは、サイズや実際の動作とのズレからだ。彼はその誤差を、実際に敵の攻撃をさばき続けることで修正した。
結果、今のアマタはアクエリオンを自らの身体同様に動かせる。
アマタの顔に壮絶な笑みが浮かび、二人のエレメントに指示する。
「つー訳で、おまえらもこいつぶっ飛ばすのに協力してもらう」
「待て、素人が口出しするな!!」
「ケッ、んな事言ってる場合か?それに……」
アマタの視線が、さっきまでいたネオ・ランディアに移る。
───崩壊した町並み───
───避難していく人々───
───倒れたアブダクターから市民を救助しようとしている、軍人達───
それら全てが、アマタの心に怒りの火を灯す。
「こっちも住んでた街ぶっ壊されて頭きてんだ。いまさら止まる気はない」
「ふざけるな、何様のつもりだ!」
「俺か?俺の名は……」
アブダクターが再度、接近。斧の一撃を見舞うも、軽く横に動くことで躱し、カウンターの蹴りを食らわせ、アブダクターを地面に転がせると同時、一瞬、息を吸う。
その名は彼の誇り。
■ ■ として作られた彼が、自分を『人間』にしてくれた『彼女』に初めて与えられた、最初にして最大のモノ。
その名は彼の呪い。
今も彼を苛む、拭い去れない過去の象徴。
けれど今は、彼女の言葉を支えにしたいから。思いは偽りだったかもしれないけど、その言葉が生きる力をくれたから。闇から一歩、自分の脚で踏み出したミコノ・スズシロにこたえたいから。
「俺の名は、アマタ・ソラ!!
最高の舞台で名乗る役者のように叫ぶその声は、この世界そのものに自らの存在をたたきつけるかの如く響いた。