奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
『お前が何を背負っているのかわからない……
だけど、
だから、もう少し俺にも頼ってくれよ』
「………………」
一夏さんの言葉を思い出しながら私は逃げる様に廊下を歩いている。
誰にも今の自分を見せないように。
彼の言う通り、私は彼が変に気遣わないようにと過去を話そうとしなかった。
彼がボーデヴィッヒさんとの因縁にセシリアさんや鈴さんを巻き込んだことを悔やんでいたのを察して私は『気負い過ぎるな』と言った。
彼の過去を一方的に知り、自らの過去を隠し偽っているのにも拘わらず。
それが彼の「悔しさ」を助長するようなことと理解しながらも。
明らかに不公平だ。
だけど、私にはそれを正すことが出来ない。
「……話せるわけないじゃないですか……」
誰もいない廊下の中で一夏さんのあの言葉に対する答えを私は呟いた。
本当は話したい。
仮令、彼が頼りなかろうが何だろうか、友人である多くの人々にこんな仮面は付けていたくない。
「「艦娘」も……「深海棲艦」もいないこの世界でどう私の過去を話せと言うんですか……?」
この世界には私のいた世界を形成していた物が存在しないし、歩んで来た歴史も全く違う。
つまり、私の記憶はこの世界では絵空事に過ぎないのだ。
それにこの世界は歪んでいるとは言え、「平和」だ。
平和な世界に戦場を知る私の真実が受け入れられないのは目に見えている。
その証拠がボーデヴィッヒさんだ。
あの戦場を知らない軍人気取りでさえ、ほとんどの生徒たちからは恐れられている。
何よりも篠ノ之さんが私の戦い方を「乱暴」と言っていることから私の存在自体がこの世界にとっては異物なのだろう。
「……『あんな目』ですか……」
一夏さんは私に対して、そう言った。
誰かを助ける時に私がしている目は彼がそのように言う程に歪なものらしい。
きっと、それは
「あはは……
どれだけ時間が経っても……総旗艦として振る舞っても……教え子たちを育てても……
「鬼」の眼だ。
人でも、修羅でもなく、ただ怒りのままに相手を討ち滅ぼそうとする悪鬼の眼。
そんな目を私はしていたのだろう。
私の胸には未だに悲しみと虚しさ、後悔、怒りだけでなく、憎しみすらも残り続けていたのだ。
仲間を失った悲しみを、愛する姉妹を失った憎しみが誰かが死にそうになると止められなくなるのだ。
深海棲艦やあの「悪魔」がいなくなってもなお、同じように生命を奪い取ろうとする輩を目にすると許せなくなるのだ。
「私は……『英雄』なんかじゃない……!!」
こんな浅ましくも愚かな私が英雄なはずがない。
そんな高潔な肩書は私に相応しくない。
痛みにも耐えられたし、戦場に向かうこともできたし、「総旗艦」として他の艦娘の勇気を奮い立たせる役割を果たせた。
けれど、『英雄』と呼ばれるのだけは嫌だった。
本音さんはそんな私の在り方を肯定してくれた。
だけど、私は彼女のような人間に誇られるような人間じゃない。
時折、深海棲艦が沿岸に現れると心の中で何かが騒ぎ出したのだ。
同時に一瞬、思考が止まって身体が動き出しそうになるのを何度も止めた。
そして、戦闘が終わると決まって残ったのは虚しさと何度も前に出そうになった自分への罪悪感だった。
「お姉ちゃん……助けて……」
私をもう一度、『ユキ』と呼んで欲しい。
ただの『ユキ』として扱って欲しい。
こんな悩みを抱える私を『馬鹿ね。アンタ』と笑って欲しい。
私は『英雄』なんかよりも、お姉ちゃんの『妹』として、お姉ちゃんと一緒にいた方が幸せだった。
「私は―――」
泣き言を心から流し続けていた時だった。
「雪風?」
「―――あ」
一週間ぶりにその声が聞こえた。
私はその声がした方へと顔を向けた。
「……神通さん?」
その場にいたのは紛れもなく私の師だった。
「お帰りになられたんですか?」
「はい。先ほど、織斑先生の場所に立ち寄ったところの帰りです」
彼女はこの一週間、フランスに轡木さんの護衛として赴いていた。
シャルロットさんの安全を確保することと、「IS」学園への外部からの介入の芽を摘むことを目的として。
「……どうだったんですか?
例の一件は?」
私は一刻も早く、結果を知りたかった。
神通さんのことを信じていないわけではないけれども、それでもシャルロットさんは私の友人で彼女は私を信じている。 彼女のこれからについては私は知っておきたい。
何よりも私は発破をかけた張本人だ。
この件に関しては私には責任がある。
「……そのことについては私の部屋で話します」
神通さんは誰かに聞かれることを警戒してか自室で今回の件を話すと言った。
確かに誰がどこで聞き耳を立てているか分からない中で話すのは明らかに不注意だ。
我ながら迂闊だったと恥じた。
「わかりました」
私は神通さんに言われるままに神通さんの部屋へと向かった。
おかしいですね……
私は一週間ぶりに顔を合わせた教え子の様子に違和感を感じた。
雪風のことを私は信頼して後を任せていたが、今の彼女はどこかおかしい。
雪風は本質的に優しい娘であり、どこか無理をすることは多々あるなど優しさが悪い意味で発揮されることがあった。
それを私はあの雪風の初陣の前夜と「コロンバンガラ」の前日に痛感させられた。
最初、呉で雪風の才能の片鱗を目にした時は私は心の奥底から恵まれた弟子を得ることが出来たと内心喜んでいた。
『この子を鍛えたら、一体どこまでいくのだろうか?』とその行く末を楽しみにしていたほどだった。
けれど、あの初陣の夜。それが自分勝手な考えだと理解させられた。
私があの夜見たのは戦いに怯える少女だった。
私自身、長門さんや足柄さん、加賀さん、那智さんのような人たちよりも本来は戦いに向いていないと自覚していた。
だけど、そんな私よりも雪風の心は致命的に戦いに向いていなかった。
あらゆる戦いの才能を持ちながらも雪風の心は優し過ぎた。
よく阿武隈さんは『磯風ちゃんは雪風ちゃんの才能に憧れている』と言っていたが、はっきり言えば雪風の才能は確かに戦いにおいては「天才」であったが、性格面では明らかに磯風の方が軍人としては優れていた。
あの佐世保の陽炎型姉妹は良くも悪くも正反対だった。
姉が戦いにおける天賦の才に恵まれながらも戦いによって心が蝕まれるのに対して、妹は才能に関しては常人より上程度なのに軍人としての気質に恵まれていると言う運命のいたずらとも言える巡り合わせだった。
そして、その性格の違いは「コロンバンガラ」に至るまでの間に彼女を苦しめ続けたと言うことを私はあの時、嫌と言う程に実感させられた。
この一週間で一体何が……
最近は何とか落ち着いていたがなぜ今彼女がこうなっているのかが私には分からなかった。
少なくとも、織斑先輩から聞かされた例の一件で心が折れるような子じゃないのは確かだ。
織斑先輩から聞かされたこの一週間で起きた騒動を聞かされ謝罪されたがあんなことで雪風の心が消耗されるとは到底考えられない。
……雪風のことも気になりますが、先輩のことも気になりますね……
目の前の教え子の消沈とした姿を目にしながらも私は同時に織斑先輩に対しても懸念していた。
『……私の力不足だった……』
自らの教え子の過ちを彼女は自らの不徳だと嘆いた。
彼女は教え子であるボーデヴィッヒさんのことを語る際にはまるで一夏君のことを話す時と同じように少し愚痴りながらも楽しんでいた。
『一夏に会わせてやりたい。
あいつが一夏に会ったら惚れるかもな』
先輩はそう言って、いつもと同じように不器用過ぎる愛情を昔、酒の席で語った。
先輩はいつもそうだ。
心の底では誰よりも弟を認めており誇りにしながらもそれを本人の前で出そうとしない。
多分、ボーデヴィッヒさんに対しても同じだったのだろう。
たまに私が
『それを本人の前で言ってあげたらどうなんですか?
言わないと不貞腐れますよ?』
と注意すると決まって
『アイツなら、大丈夫だ……
少なくとも、
とどこか諦めと信頼、自信が混じったような答えを返す。
私は先輩がどうしてあのような顔をたまに見せるのか確信はないけれども察しは付いている。
先輩がどうしてああまで一夏君に対して、あそこまで期待するのか私はたまに謎に思うことがあった。
一夏君は先輩ほど人間離れはしていない。
なのに私の知る限り、個人で世界に影響を与えるあの天才と同じ範疇とも言える先輩が一夏君を『強い』と断じるのか。
きっと、それは彼女が私が世界が変わった日から感じ続けた先輩に対する「違和感」が答えなのだろう。
……先輩、
恐らく、先輩は一夏君に対する基準でボーデヴィッヒさんに接してしまったのだろう。
私もたまに雪風を始めとした「二水戦」の基準を言葉に出して、「IS」の安全性と性能に胡坐をかく人間に発破をかけるが一応は意識しているつもりだ。
だけど、先輩は一夏君の強さをボーデヴィッヒさんに自慢してしまったのだろう。
誰にもマネできることもないそれを。
それも、
……やはり、恐れていたことになりつつありますね
今回のデュノアさんの件とボーデヴィッヒさんの過去。
明らかに世界は目に見えず少しずつではあるが歪み出している。
罪なき人々を巻き込む平和の中での「歪み」。
それが露わになり始めている。
……せめて、この子だけでも守らないといけませんね……
私はこの「歪み」を心ならずとも助長してしまった一人だ。
「もう一人の世界最強」。
そう言った栄光が世界に闇を見せることを遠ざけてしまったのだ。
私や織斑先輩たちの戦いの姿が人々に魅せた姿があまりにも鮮烈過ぎたのだ。
だけど、雪風はこの世界の「歪み」とは関係ない。
この子は幸せになるべきなのだ。
ただ今はこの子が背負っている涙の意味を知ろうと思った。
関係ないけど怪獣の中で一番かっこいいのはガメラ(平成)。
どれだけ自分が守りたいと思っても愛する人間すらも巻き込みながら戦うしかないその悲壮な覚悟
と恐れられようと憎まれようと人間を見捨てようとせず助けを求められるならば可能な限り助けようとするあの優しさは怪獣界でもトップクラスの漢。