奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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不知火と秋雲に私服来ましたね。
オータムクラウド先生は黙っていたら普通に文系少女だと思います。


第28話「優しさの意味」

「では、はじめにデュノアさんの件を話しますね」

 

「はい」

 

 神通さんの私室に入ると私たちは互いに向き合い、この一週間で起きたことについて語ることになった。

 どうやらフランスにおける交渉の結果を話してくれるらしい。

 私はそれを平静を装って聞こうと思った。

 

「……先ず、フランス政府ですが……

 先方の表向き(・・・)は『デュノア社に騙された』と弁解しましたよ」

 

「……!

 と言うことは……!」

 

 神通さんの口から出て来た言葉の意味を理解した私は高揚した。

 

「はい。恐らくあなたの考えていると通りだと思います。

 それと「デュノア社」に関しては轡木さんが『シャルロット(・・・・・・)・デュノア氏の待遇改善とラファールの契約を継続する代わりに今の経営体制を是正すること』と言う旨を突き付けましたよ」

 

「……それが、今の最善(・・)ですか……」

 

「ええ」

 

 続けて神通さんの口から出て来た轡木さんが「デュノア社」と交わした取引。

 あれ程、シャルロットさんを苦しめた「デュノア社」に対して憤りを感じているが、同時に「デュノア社」がシャルロットさんにとっては必要不可欠な(・・・・・・)存在であることも理解していた。

 轡木さんが出してきた条件は「デュノア社」にとっては命綱に等しかった。

 厄介なことであるが、シャルロットさんはフランス政府にとっては致命的な存在だ。今回の件を喋られる前に口封じで「デュノア社」全体に全ての責任を押し付ける形で彼女も巻き込まれかねない。

 となると、「デュノア社」の存続はどうしても必要となって来る。

 しかし、だからと言って「デュノア社」に何の報復も制裁も科さない訳にはいかない。

 こう言ったことは言葉は汚いが少しでも甘いところを見せると相手を付け上がらせ、終いには他の企業や国家まで便乗や模倣しかねない。

 だからこそ、轡木さんは「デュノア社」にそこまでの大打撃を与えずにシャルロットさんの身の安全を確保するための条件として今回の取引を持ち込んだのだろう。

 今の経営陣。

 つまり、それはシャルロットさんをスパイと言う、下手をすれば使い捨ての駒にしたのは彼等だろう。

 今の経営陣はシャルロットさんの父親だけでなく、彼の妻の近親者が大部分を占めている可能性がある。

 となると、シャルロットさんがスパイとして送り込まれたのは「デュノア社」の内紛争いもあるのだろう。

 シャルロットさんは愛人との間に生まれたとは言え社長の娘だ。

 しかも、「愛人の娘」と言うのはつまりは他の親族からすれば、途中から湧いて来たのに相続権を持つと言う目の上のたん瘤に等しいはずだ。

 今回の件はシャルロットさんを遠回しに亡き者にする謀略の可能性もある。

 だから、轡木さんは今の経営陣の失脚を条件にすることで今回のことをそこまで大っぴらにしないのだろう。

 今の「デュノア社」は「第三世代」の開発に遅れていることで既に危ういが、今回の件で「デュノア社」への世間への風当たりが厳しくなるのは目に見えている。

 さらにはとんでもない爆弾としてシャルロットさんの身の上がある。

 彼女の話から聞いた印象ではあれはほとんど「虐待」だ。

 仮にこのことが世間に公表されれば「デュノア社」は最早、壊滅したも同然だ。

 株価の大暴落ぐらいなら軽いぐらいで下手をすれば経営困難で倒産だ。

 しかも、こちらとして幸いなのは「この手」を使った場合、シャルロットさんを無条件で悲劇のヒロインにすることでフランス政府や「デュノア社」に非難が行くだけで彼女には同情の目にしか向けられない。

 加えて、こちらにはもう一つカードがある。

 それは「ラファール」の契約だ。

 「第三世代」の開発が遅れている「デュノア社」からすれば、「ラファール」の契約を切られることは死活問題だ。

 それだけでなく、恐らく今回の件ではシャルロットさんの「虐待」や「スパイ」の件を除いても彼女の性別の偽装を公表されることは避けられない。

 その時に「デュノア社」に打撃がいくことは避けられない。

 その際に「IS学園」が「ラファール」の契約を切られることは何としても避けたいだろう。

 以上の二重の攻めによって轡木さんと神通さんは「デュノア社」にとっては最低限の(・・・・)制裁だけで手打ちにすることでシャルロットさんの身の安全を勝ち取ったのだろう。

 

「シャルロットさんの安全は確保されたんですね……!」

 

「はい」

 

 彼女が持ち帰った結果に私は喜びを込めて確認し彼女は肯定した。

 彼女たちは確かにシャルロットさんの身の保証を勝ち取ったのだ。

 それも文句のつけどころのない結果を。

 

「……後はデュノアさん次第ですよ」

 

「……そうですね」

 

 神通さんの言う通り、後はシャルロットさん次第だ。

 既にお膳立ては出来ている。

 後は彼女が勇気を出して実父相手に自らの覚悟を突き付けるだけだ。

 それだけで本当の意味で彼女は自由になれる。

 どうにせよ、これで彼女の件についてはひと段落着いた。

 私は安堵した。

 しかし、それは次の瞬間破られることになった。

 

「ところで雪風、訓練の件ですが……

 私はしばらく顔を出さないことにしました」

 

「え!?なんでですか!?」

 

 神通さんの衝撃的な言葉を受けて私はその言葉の真意が理解できずその理由を訊ねた。

 折角、戻って来たと言うのになぜ彼女が訓練を指導しないのかを私には理解できなかった。

 何よりも彼女の口からそんな言葉が出て来たこと自体信じられないのだ。

 

「あなたたちが自主的に動いているからですよ」

 

「え?」

 

「あなたたちは自らが一致団結して自主的に訓練をして切磋琢磨し合っている……

 それを私は先輩から教えられました。

 ……そんな中で私が出たらそこに水を差すような真似をするように思えてしまうんです」

 

「そ、そんな……!

 私はそんなことは……!」

 

「フフフ……その反応は嬉しいことです……

 でも、もうこれは決めたことです」

 

「……そんな……」

 

 神通さんの意思は固かった。

 確かに今、私たち五人は自分たちの意思で動いている。

 言うなれば、それは同格同士の結束だ。

 目的は『セシリアさんの無念を晴らす』と言う共通の目的で動いている。

 そして、厄介なことに神通さんはその場にいなかったうえに教師と言う立場にいる人だ。

 公的な立場とは言えないが、実質的に立場は神通さんの方が上だ。

 教師と生徒と言うのは厳密には上下関係ある訳ではないが、それでもそう言った認識が生まれてしまうのも仕方ないのかも知れない。

 今まで対等の立場同士であった私たち五人の集まりの中に神通さんと言う目上の人間が来ると調子が狂うのも否めなくない。

 神通さんはそれを理解したうえで言ったのだろう。

 

「ですが、一つ気掛かりなことがあります」

 

「え……?」

 

 神通さんの意思が変わらずこのまま話が終わると思っていたが、神通さんは一気に神妙な面持ちを向けて来た。

 それを目にして彼女が何が気掛かりなのか分からなかった。

 

「……あなたは今、何を悩んでいるんですか?」

 

「……!」

 

 彼女の問いかけに私は言葉を失った。

 

「な、何を言っているんですか?」

 

 私は無駄だと解っていても隠そうとした。

 彼女はきっと私の「あの姿」を目にしている。

 だから、問いかけて来ているのだ。

 だけど、話すわけにはいかない。

 この事はあくまでも私の問題だ。

 他の人間に心配や迷惑をかけるわけにいかない。

 私が意固地になっていると

 

「……二十年経っても、あなたは変わらないんですね」

 

「……?」

 

 神通さんは穏やかな声で何かを懐かしんだ。

 彼女が何を言っているのか理解できずにいると

 

「……あなたの「初陣」と「コロンバンガラ」の時を思い出したんですよ」

 

「……!

 なぜ、今それを……?」

 

 彼女の口から出て来たその二つの言葉を聞いて、彼女が何を以ってそれを語るのか解らずさらなる悩みを抱いた。

 確かにあの二つの出来事の前夜も神通さんとの関わりがあった。

 前者は私が本当の意味で彼女を信頼し敬愛し、後者は私が彼女を傷付けてしまった。

 なぜそれらの出来事が今出て来るのか理解できなかったのだ。

 

「……あなたはいつもそうですね。

 自分が辛いと言うのにそれを話そうとしないで無理をする。

 優しい(・・・)娘なのは変わっていませんね」

 

「……『優しい』?」

 

 神通さんは嬉しそうに私のことを『優しい』と言った。

 自らが沈んだ前夜の出来事なのになぜ彼女がそう言えるのか分からなかった。

 それ以上になぜそれら二つの事で私のことを『優しい』と言えるのか分からなかった。

 さっきまでは二つの出来事と言う「式」が出て来て困惑したが、今度は『優しい』と言う「答え」が出て来て結論に至る「過程式」が与えられずに来たに等しく私は迷ってしまった。

 なぜ彼女がそう言うのかが私は本当にわからなかった。

 

「そうです。雪風……

 あなたは優しい(・・・)娘です」

 

 神通さんはそんな私の戸惑いを知ってか知らずか重ねるように私を『優しい』と言う。

 

「……何が言いたいんですか……?」

 

 私はこれ以上、彼女にそう言われるのが耐えられなくてその言葉を否定しようとした。

 昔の私ならきっと、それは正しいかもしれない。

 けれど、今の私は違う。

 私が優しかったら、一夏さんに本当のことを言えるだろうし、「深海棲艦」への憎しみを捨てられるはずだし、何よりも「生命」を脅かす存在にその「憎しみ」を向けないはずだ。

 神通さんがどうしてそう言うのか私には出来なかった。

 これ以上、私をそんな風に評価して欲しくなかった。

 私は彼女がそう言う風に言える人間じゃない。

 

「……あなたはどうして、そんな風に苛立っているのですか?」

 

「……ぐっ!そ、それは……」

 

 神通さんは今私の心の中で渦巻いている苛立ちを見通した。

 ダメだ。

 神通さん(この人)には敵わない。

 元上官だからと言う意味ではなく、この人相手には強く出れない。

 

「……はあ~……だから、あなたは優しい(・・・)んですよ。

 そうやって自分の非を少しでも感じると感情を押し殺そうとする。

 悪役を演じるなんてあなたには無理なんです」

 

「ぐっ……!」

 

「それに自分が『優しい』と言われると否定する人の大半は本当に優しい(・・・・・・)人なんですよ」

 

 神通さんはため息混じりに呆れたように言う。

 自分でも悪役が苦手なのは自覚している。

 

「……そうですね。

 話したくないなら、話さなくてもいいです。

 ただ……あなたの問いに返させてもらいますが、先ほどの廊下のあなたの後姿はあの「初陣」の時のあなた自身と重なったんです」

 

「……え」

 

 神通さんがなぜあの夜の事に今回の件を結び付けようとするのか、なぜあの「初陣」の夜のことで私が「優しい」と言うことになるのか、それがなんで「優しさ」に関係するのかが私には理解できなかった。

 あの夜はただ私は戦いに慣れていなかったのだ。

 ああなるのも当たり前のことだ。

 

「……あの夜、あなたは自分が戦いを『怖い』と思っていることを誰にも話そうとしませんでした」

 

「……はい。

 恥ずかしいことですが……」

 

 私は神通さんにそう言われると気恥ずかしさを感じた。

 尊敬している神通さんに指摘されただけでも十分恥ずかしいのだが、あの時の姿を他人に言われるのはかなり恥ずかしいのだ。

 

「……いいえ。

 それは当然の感情です。

 むしろ、私はそう思っていてくれて良かった(・・・・)と今では感じています」

 

「……!」

 

 神通さんは私が怖がったことをに関して『良かった』と断じた。

 それを聞いて私は彼女がなぜそう思ったのかを理解してしまった。

 いや、正確には私も彼女と同じように感じる経験をして来たのだ。

 

「……それはあなたが命を蔑ろにするような子じゃない証拠ですよ」

 

「……神通さん」

 

 神通さんが言ったことは私も戦後中華民国で私が部下と教え子を持った後にこの身を以って知ったことだ。

 中華民国で初めての教え子たちの「初陣」の時、私は何時ものように己の中の憎しみを抑えながら戦場に向かった。

 自分が感情に呑まれれば教え子たちが危険に晒される。

 それが怖かったからだ。

 しかし、その初陣の中で一人の教え子が無茶をしたのだ。

 幸い、その子は死ぬことはなかったうえに味方にも損害はなく、その子は戦果を挙げた。

 だけど、帰港後私はその教え子の頬を叩いて叱責した。

 あの子が無茶をした時、私の心の中から「憎しみ」が薄れあの子の生存しか頭になく、あの子のことを戒めねばと思ったのだ。

 教官と総旗艦になってからは私は教え子が命を軽んじる時があれば、生きた心地がしなかったのだ。

 

「そして、あなたが優しいのはその「恐怖」を抱きながらもそれを他人に打ち明けることを自分の中で他人の負担になってしまうと思ってしまうことから考えられます……

 ただ、それは気負い過ぎる(・・・・・・)と言う欠点でもありますが」

 

「……『気負い過ぎる』……ですか……」

 

 再び他者、しかも何よりも尊敬し私と同じ世界の人間である彼女に言われたことに私はその言葉が重く感じられた。

 

「きっと、それはあなたの「優しさ」故のことですので私には何とも言えません。

 他人を想えるからこそあなたは弱音を見せようとしない。

 それを一概に『間違っている』等と私には言えません。

 でも、その「優しさ」が残っていることに対しては……ただただ嬉しいと思っています」

 

「……っ!」

 

 続けて出た神通さんの私への肯定の言葉に私は心が苦しかった。

 神通さんは私が変わっていないと信じている。

 けれども、私は変わってしまったのだ。

 「あの戦い」が終わっても何時までも、人類の未来が繋がっても、部下や教え子たちを大切に想っても、「深海棲艦」がいない世界に来ても、私の心には「憎しみ」が残り続けているのだ。

 そして、それは時に生命を脅かす敵に対して向けられる。

 彼女の信頼が私には辛かった。

 

「違います……!!

 私は―――!!」

 

 とうとう耐えられず私は泣いてしまった。

 もう我慢の限界だった。

 

「―――憎いんですっ!!

 お姉ちゃんを……!!時津風を……!!天津風を……!!十六駆の皆を奪った敵が……!!

 磯風や浜風たち十七駆も……!!

 朝潮ちゃんや満潮ちゃん、霞ちゃん……!!「二水戦」のみんなも……!!

 舞風を嬲り殺しに近い形で……野分を悲しませて……!!

 姉妹のみんなを……!!

 大和さんも……!!矢矧さんも……!!金剛さんも……!!比叡さんも……!!朝霜ちゃんを……!!

 初霜ちゃんを……!!

 呉の提督も……!!横須賀の提督も……!!多くの兵士たちも……!!

 みんな、奪った「深海棲艦」がぁ……!!」

 

「……雪風……」

 

 私は自分の心の中の醜さをぶちまけた。

 本当は割り切るべきなのかもしれない。

 でも、どれだけ年月を重ねてもどうにもならなかった。

 「深海棲艦」を前にすると「憎しみ」が湧いて、それを抑えるために『どうすれば殲滅できるのか?』を考えてようやく冷静になれて、そして、部下や教え子のことを思い出してそれを拭うことできた。

 それでも帰港すると拭いきれない「憎しみ」が蓄積していることに気付いて部下や教え子を自分の「憎しみ」に巻き込まないように自分に言い聞かせる日々だった。

 そして、それはこの「深海棲艦」のいない世界に来てもあの「無人機」が鈴さんの生命を奪おうとした時に蘇ってしまった。

 加えて、私が今回それを見せたのはボーデヴィッヒさんだった。

 相手がどれだけ軍人として嫌悪する相手でも私は「憎しみ」をぶつけるのは間違っていると感じるのだ。

 何よりも相手は一方的に襲い掛かって来る「深海棲艦」やそもそも生命の宿っていない「無人機」とは違って人間だ。

 同じように生きている。

 私は自分が怖い。

 この「憎しみ」が取り返しのつかないことを招いてしまうのではないのかと不安なのだ。

 

「私は……!!

 優しくなんか……!!」

 

 神通さんに否定してもらおうと私は泣きながら『自分はそんな人間じゃない』とぶつけようと思った。

 

「……「憎しみ」を持って何が悪いんですか?」

 

「……え」

 

 しかし、私の否定は神通さんの言葉で遮られてしまった。

 その言葉を発した神通さんの顔は何時になく険しかった。

 

「私だって、憎い(・・)です」

 

「……神通さん?」

 

 神通さんの口から出て来た私と同じ言葉に私は思わず困惑してしまった。




「優しさ」に多くの形があると思います。

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