奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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この幕間によって、長かった第5章は終わりです。
今回はかなり特殊な話です。



幕間「見届ける者」

「あなた?」

 

 今日も港町から見える平穏な海と空を眺めながら俺は最愛の妻に声をかけられた。

 あれから三ヶ月も経とうとしている。

 大切な娘のような存在を失ってから。

 

「榛名……」

 

 俺は愛おしい妻の名を呼ぶことでその呼びかけに答えた。

 既にあの戦いから二十年以上が経ち、榛名はあの頃の可憐さの面影を残しつつもそこに歳月の重なりで生まれたとても「老い」とは言えない慎ましさと娘たちを育てて来たことで母としての芯の強さも加わった美しさを彼女は放っていた。

 

「……雪風のことを想っていたのですね……」

 

 榛名は俺と同じ様に悲しみを湛えながらも仕方なさそうに微笑みながら指摘した。

 

「……ああ……」

 

 やはり、妻には敵わない。

 妻に他の女のことを想っていたなどと察せられるのは夫としては見っともなく最低で不純なことだろう。

 けれど、俺は

 

「……子ども()達には悪いが……

 雪風と磯風は俺にとっては娘みたいな奴だったからな……」

 

「そうですね……」

 

 雪風を失ったことがあの戦いで磯風を失った時と同じくらい辛かった。

 

「馬鹿な娘たちだ……

 どうして……どうして、俺より先に逝くんだ……」

 

『司令。私に……雪風を……姉さんを守らせてくれ』

 

 あの最後の作戦の前夜。

 磯風は俺の許に訪れそう言った。

 あの作戦は少しでも「深海棲艦」の最大の巣を撃破する確率を高めるために水上部隊を囮とし本命である新生機動部隊とハワイの米軍を送り込む戦略だった。

 戦理としては正しいことであった。

 実際にあの作戦で釣られた「深海棲艦」の戦力は各方面に配置していた部隊をさらに分散させる形になり本命である各国の太平洋の北部と南部、大西洋からの多国籍軍に突破を許した。

 だが、あの作戦に雪風と磯風がいたのは殆どこの作戦を考案した参謀たちの俺への私怨だった。

 あの作戦を立案した参謀たちは中央に戦後の日本の優位性で政治家たちを釣った。

 作戦を確実に遂行させ、その後の国家の発言力を確約させる。

 そこに不自然さはなかった。

 連中の俺や他の提督、艦娘たちとの確執が存在しなければ。

 連中は俺がビスマルク海峡における件で奴らを『臆病者』と面罵したことを根に持ち続けた。

 その結果、あの作戦には雪風と磯風と言う俺にとっては娘同然の駆逐艦が配属された。

 ここまでならば、まだ二人が期待されていると言うことになるだろうが、ここにさらに榛名まで加わりそうになったのだ。

 あの作戦は俺にとって大切な艦娘たちを死地へと向かわせるためのものでもあったのだ。

 

『大将とも在ろう方が私情で人事を変えるおつもりですか?』

 

 あのしたり顔を二度と俺は忘れない。

 今でもあの時の事を考えると、艦載機に縄で空中に括りつけて太平洋を横断させたいほどだ。

 しかも、防寒着なしでだ。

 だが、連中の目論見は半ば失敗に終わった。

 通称、「呉の提督」、「横須賀の提督」とそれぞれ呼ばれていた江口と高橋が大和と話を合わせて榛名だけでも外すことに尽力してくれたのだ。

 その建前は『大和の最大火力と装甲ならば確実に敵の主力の何割かを誘き寄せることが出来る』と言うものであった。

 戦理には戦理。

 その上申は受け止められ、榛名だけは助かった。

 しかし、磯風と雪風は死地へと向かい、磯風は還って来なかった。

 

 親不孝者たちが……!!

 

 雪風は帰還した。

 けれど、結果的に雪風は心を殺され、人としての幸福(・・・・・・・)を拒絶するようになった。

 

『よろしくお願いします!司令!』

 

 ただの航空兵の一人であった俺がまさかの山口提督の推薦で提督に抜擢されて、しばらく理解が追いつくことが出来ずにいながら、初めて佐世保の鎮守府に提督として着任した時、そこで初めて立ち会った艦娘の誕生。

 少し、舌足らずなのか俺を『司令』と呼ぼうとしながら『しれぇ』と呼ぶ姿、他の駆逐艦と比べてもどこか幼げに見て、あどけなさを感じさせるだけのまだ名前のない娘。

 それが雪風だった。

 最初、俺は雪風を見た時、こう思ってしまった。

 

『本当にこんな少女を戦場に出していいのだろうか?』

 

 艦娘が戦うために生まれて来た存在なのは理解していた。

 そんな倫理や道徳を無視してでも人類の為に割り切らなければならないのも理解していた。

 雪風が他の艦娘よりも並外れた強さを持っていたことも理解していた。

 だけど、俺は雪風が優しい娘なのを理解してしまった。

 後に生まれたもう一人の娘とも言える磯風と比べても雪風は強かった。

 しかし、致命的なまでに軍人には向いていなかったのだ。

 

 俺と同じだった……

 

 俺もそうだった。

 俺は一兵士として艦載機で戦うことは怖くなかった。

 けれど、指揮官には向いていなかった。

 山口提督は俺の指揮官としての能力を評価してくれていた。

 それは俺の戦歴からも第三者は間違いなく「是」とするだろう。

 しかし、俺は怖かった。

 大切な仲間を失うことが。

 上官も。同僚も。部下も。

 次々と死んで逝った。

 本来ならば、艦娘の提督と言う役割がなければ俺とは階級が六つ以上は余裕で違ったであろう提督達も、最初、艦娘の提督になると言われた時には色々と茶化していた本来ならば俺も同じように空で散っていた機動部隊の愛すべき同期達も、俺が失ってしまった数多くの艦娘達も先に逝ってしまった。

 なのに増えていくのは「英雄」としての勇名。

 誰もが俺を「英雄」として期待し俺に縋った。

 何度も何度も逃げ出したくなった。

 これ以上、俺に背負わせないでくれと。心の中で悲鳴をあげ続けた。

 そんな俺が戦えたのは死んで逝った仲間達の「死」をせめて平和に繋げるためという決意と未だに俺を信じ続けている部下と同僚の為だった。

 そして、もう一つは

 

『提督!必ず、私と榛名のどちらかを幸せにしてネ!』

 

 そんな俺を愛してくれた金剛と榛名のおかげだった。

 大規模な作戦が起き続ける度に俺は何度も一人で失ったもののことを考え続けた。

 そんな時に俺を支え、部下たちの前で泣く訳にいかなかった俺の涙を見守ってくれたのが金剛と榛名だった。

 最初に佐世保に着任した時、俺は初めて出会った艦娘である榛名の美しさに見惚れた。

 はっきり言えば、一目惚れだった。

 ただ提督と艦娘と言う上司と部下の関係のために個人的に余り関わろうとするのは抑えようとした。

 それが提督としての立場としての最低限の節度だと考えていたのだ。

 そもそも俺は山口提督の下で機動部隊に所属していた時から同僚から揶揄われるほどに女子に対して頑なだった。

 女所帯の艦娘の鎮守府ははっきり言うと心臓に悪かった。

 そんな俺が女所帯に着任と言うのが同僚からすれば冗談の種になったのは言うまでもない。

 そんな風に艦娘と関わろうとしなかった時だった。

 榛名の姉である金剛は俺に積極的に関わろうとしてきた。

 はっきり言うと、俺はああいう女子は初めてだった。

 おかげで困惑してしまった。

 次第に彼女は俺に好意を見せ始めた。

 一体、何時から俺を好きになったのかは未だに分からない。

 でも、彼女がいなければきっと俺は艦娘を大切に出来なかっただろう。

 けれど、その後に榛名まで俺に好意を見せ始めた。

 俺は悩んだ。

 提督と艦娘と言う関係もそうだが、二人の好意を無碍にすることが出来なかった。

 片方を選べば片方は確実に傷つく。

 しかも、二人は姉妹だ。

 それもお互いを大切に想う。

 何度も何度も答えを出そうとした。

 しかし、彼女たちは二人いた姉妹を同時期に失ってしまった。

 そんな彼女たちの前で答えを出すべきではないと俺は判断してしまった。

 そして、戦局も不利に傾いていた。

 この状況で片方を傷付ければ二人の戦意に関わり命を落としかねなかった。

 何よりも俺は二人を愛していた。

 そんな考えはどっちつかずの優柔不断な二股男の世迷言なのは理解している。

 それでも答えを出すことで二人の中、一人がいなくなるような気がして本気で怖かったのだ。

 そんな時、ようやくハワイの米軍が反撃が可能となり戦局に明るみが出て来たのだ。

 その時、俺は決意をした。

 必ず、戦いが終わる前に答えを出そうと。

 だが、それを前にして金剛はいなくなってしまった。

 俺はあの時、後悔した。

 せめて答えを出すべきだったと。

 あの常に明るく、艦娘たちを、そして、俺を励まし続けた笑顔を二度と目にすることが出来なくなったのだ。

 

「提督……」

 

「その名前で俺を呼ぶのか……?」

 

「はい」

 

 俺が再び塞ぎ込もうとした時、榛名は既に退役した俺をかつての呼称で呼んだ。

 

「榛名は何処にもいきません」

 

 榛名は俺を安心させるかのように言った。

 

「榛名は提督の最期を看取るまで決して離れません」

 

 榛名は表向きは辛辣でかなり失礼な言葉を俺へと告げた。

 それはとても夫に対して言うべきことじゃないだろう。

 けれど

 

「……ありがとう」

 

 俺はそれが嬉しかった。

 多くを失ってきた俺からすれば、二度と誰かを失うことは耐えられなかった。

 それも榛名となれば、立ち直れなくなるだろう。

 何よりも

 

「お前も辛いのにな……」

 

 榛名もまた何度も大切な人間を失ってきた。

 金剛を失った後、自分が姉を差し置いて幸せになることを拒絶し、俺を避けるようになってしまっていた。

 それは俺も同じだった。

 金剛を失ったことで俺はしばらく茫然自失となり、榛名にどう接すればいいのか分からなくなってしまっていた。

 そんな時、「あの作戦」で今度は榛名までもを失うかもしれない状況に陥り、ようやく榛名と話し合おうとするがそれでも踏ん切りがつかなくなった。

 けれど、そんな俺と榛名を救ったのは大和、提督仲間だった江口と高橋、他の多くの艦娘たちだった。

 大和を始めとした艦娘たちは榛名に自分の決意と覚悟を伝え自分の出来なかった「夢」を彼女に託し、江口と高橋は俺に『後悔するな』と発破をかけた。

 そして、ようやく俺たちは向き合えた。

 その時、俺は

 

『一緒になって欲しい』

 

 と単刀直入に婚約を申し出た。

 すると

 

『榛名は……幸せ(・・)になってよろしいのですか……?』

 

 榛名は辛そうに答えた。

 榛名は金剛が死んだことで自分だけが俺を独占することに悲しみと劣等感、罪悪感を抱いていたのだ。

 それは俺も同じだった。

 俺も金剛を失ったのに榛名に思いをぶつけていいのかと悩んだ。

 自分はなんと不義理な男だと心の底から感じていた。

 でも、俺は

 

『俺はお前まで失いたくないんだ……!!

 だから、一緒にいてくれ……!!』

 

 そう言って榛名を抱きしめた。

 それは最低の一言だったのかもしれない。

 俺はただ自分の弱さをぶつけたのだ。

 そうすることで榛名が気に病まないで済むと考えて。

 結局、俺は定められた時間の中で金剛と榛名のどちらかを選べなかった。

 そうすれば、榛名も苦しまずに済んだのに俺は自らの情けなさで彼女を傷付けてしまったのだ。

 けれどそんな俺を突き動かしたのは江口と高橋だけではなく

 

『提督!!榛名を幸せにして欲しいと言ったのニ!!』

 

 と金剛に怒られるような気がしたのだ。

 姉として金剛は榛名を愛していた。

 恋敵でありながらも、大切な妹である榛名の幸せも同時に祈っていたのだ。

 

『提督は……ズルいのですね……

 でも、同時にお優しいですね……』

 

 そんな情けない俺のことを榛名は優しく抱きしめた。

 榛名は別れと喪失の辛さを知りながらも俺を看取ると約束したのだ。

 

「……俺が先に逝ったら、お前は長生きしろよ?」

 

 俺は少し意地の悪いことを言った。

 

「提督はお酷いですね……

 榛名は提督を失ったのならば、生きることが出来ません……

 ですので、提督も長生きしてください。

 そうすれば、榛名も長生きできます」

 

「……そうか……」

 

 榛名は笑いながら俺に微笑んだ。

 

 すまん……金剛、雪風、磯風……江口、高橋……みんな……

 しばらく、俺はそちらに逝けない……

 せめて、この榛名との幸せな時間を歩ませてくれ……

 

 今は亡き娘たちや戦友、そして俺と榛名にとって大切な女に俺はそう言った。




やはり、私にはハーレムとか三角関係とかを書ける技量はないらしいです。
ちなみにこの作品の金剛と榛名は実は同時期に提督に惚れてます。
惚れた要因は提督の葛藤です。
情けない提督だからこそ二人は惚れました。

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