奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
……どちら様でしょうか?
この女性は?
突然、見知らぬ女性に呼び止められたことに私は戸惑いを覚えてしまった。
……一夏さんの知り合いにも見えませんし、私やシャルロットさんにこの場に知り合いがいるとは思えませんし……
目の前の女性がそもそも「この世界」にいる友人や知人が限られている私やフランス出身のシャルロットさんの知り合いだとは考えられなかったので、一瞬、私は一夏さんの知り合いがまた人知れず心を奪った女性だとすら一瞬思い浮かんだが、どうやらそれも違いそうだ。
……あ、もしかするとここは男子禁制の場所なのでしょうか!?
よく見てみると、彼女は妙に高圧的な態度だ。
周囲を見てみるとこの売り場には女性しか集まっていない。
ということは男性である一夏さんを呼んだことでそれに違反してしまい、目の前の女性は腹を立ててしまったのかもしれない。
なんてことですか……
これでも、中華民国の総旗艦を務めていたのに……
これでも中華民国の総旗艦として、式典等で海外からの来賓の人々を迎える機会が多くあった。
その為、礼儀作法に関しては一通りの自信はあったつもりではあったが、どうやら、それは私の自惚れらしい。
「男のあなたに言ってるのよ。
その水着、片付けておいて」
「……?」
私が自分の未熟さを嘆いているとその女性から予想も出来なかった言葉が一夏さんに投げかけられた。
一体、この女性は何を言っているのだろうか。
……どうやら、怒っているようには見えませんね?
落ち着いてようやくわかったが、女性は私たちがこの場にいること自体には怒っていないらしい。
しかし、新たな疑問が生まれてしまった。
「ちょっと、待ってください」
私は気になってしまって、訊ねてしまった。
「……?
何よ、あなた」
「雪風?」
女性は私が声をかけて来たことが意外だったのか、少し訝しめに私を見て来た。
一夏さんは何故か妙に機嫌が悪そうだったが、私の行動を見て意外そうな顔をし出した。
「すみません。
一つ訊きたいのですが、どうして一夏さんがあなたが放っりぱなしにした水着を片付けなくてはいけないんでしょうか?」
「何ですって?」
「!?」
「ちょっと、雪風!?」
私はごく普通に感じた疑問をそのままぶつけた。
「何よ、あなた?」
すると、目の前の女性は私に対して不機嫌そうな目を向けて来た。
益々訳が分からない。
彼女を不快にさせるようなことを言ってしまったのだろうか。
「いえ、すみません。
ただどうしてあなたが出したものをわざわざ一夏さんが片付ける必要があるのか気になってしまって」
「はあ?」
「ゆ、雪風!?」
「………………」
私の疑問に対して、女性は顔を顰め出し、シャルロットさんは慌てだし、一夏さんは呆気に取られだした。
何かおかしなことを私は言ったのであろうか。
「お、
「……?
何ですか、それは?」
私の質問に対して女性はまたもや意味の分からない発言をしてきた。
彼女の主張が良く分からない。
確かにこの世界では「女尊男卑」の風潮があるらしいが流石にそんなふざけた理由が動機であるはずがない。
そもそも、制度的な優位性とこういった私人間の紛争が直結するはずがない。
言葉は悪いが、そんな不法が罷り通るのならばそれは最早文明国ではない。
既に今は遠い私の祖国でも欧米の先進国相手に祖国を対等に渡り合える国家にするために明治政府の人々は近代技術の導入や軍の整備だけでなく、幕末の混乱期に結ばれた不平等条約を撤回させるため、こちらが文明国であることを示すために近代法の導入を行ってきた。
この世界は少なくても、「深海棲艦」の存在がいないだけで同じ様な歴史を辿っているはずだ。
この世界の制度上では女性に優位になるものは「白騎士事件」以降、多くなっている傾向があるようだが流石にそれが今、目の前で起きていることに直結するとは思えない。
少なくても、「女尊男卑」が理由でこんな横暴なことをするとは考えられない。
それに神通さんも以前、「学年別トーナメント」の際に似たようなことがあった時に『流石にそんな無法が罷り通ることはない』とも言っていた。
となると、もう一つ考えられるとすれば『男子たる者、婦女子には優しくするように』という精神を曲解しているのではないだろうか。
司令を始めとした「帝国海軍」の男性の方々は私たち、艦娘、特に駆逐艦たちに優しかった。
皆さん曰く『娘や妹を見ているようだ』だったらしい。
「もしかすると、自分が片付けるのが面倒くさいから一夏さんにそれを押し付けようとしているんですか?」
私はまさかと思いながらそう言った。
そして、そのまま
「いえ、まさかそんな
流石に「女尊男卑」の風潮であってもそんなことが理由ではないと考えて少し笑いながら続けた。
俺は雪風の言葉に、いや、態度を疑ってしまった。
最初は目の前の見知らぬ女の横暴さに我慢できなくて反攻しようとしていた。
だけど、それより前に雪風が口を開いて、苦笑交じりに疑問をぶつけた。
その姿に俺は言葉を失ってしまった。
「ひ、
わ、私のどこがよ!?」
まさか同じ女にそんな風に言われるとは思わず、目の前の女は声を荒げ出した。
すると
「え?
だって、自分が出して散らかしたものなんですよね?
自分が散らかしたものは自分で片付ける。
それって世間一般では常識だと思うんですけど……
違うんですか?」
「なっ!?」
雪風は少し呆れながらも殆ど自然体で正論中の正論をぶつけた。
その顔には呆れや疑問はあるが、怒りや憤りは存在せずただ当たり前だという感情しか存在しなかった。
雪風の目は普段と同じくらい穏やかだった。
あの倒すべき相手を倒す鋼鉄の様な眼差しでも、何処か悲しみを込めた目でもなく、今の彼女の目は何色にも染まっていない。
まるで、純粋無垢な子どものようだった。
「うっさい!!
黙らないと、あなたの男がどうなってもいいの!!?」
「……ぐっ!」
雪風の反論の仕様もない主張に分が悪いと思いながら逆ギレした女は俺を雪風の恋人か何かと勘違いしてか、でっちあげの罪で社会的に抹殺することを仄めかしてきた。
雪風の主張は確かに正しい。
だけど、こういう歪んだ考えを持った人間には逆効果だった。
「……?
あなたの男……?それって、誰のことですか?」
「……は?」
「……あ」
しかし、そんな脅迫紛いの発言に対しても、雪風は意味が分からなかったようらしく首を傾げてしまった。
この時、俺は感じてしまった。
脅迫だと分からない脅迫には意味がないということを。
「はあ!?
そいつ、あなたの男なんでしょ!?」
「え!?一夏さんが!?」
一瞬、女は怯むが、自分の優位性を少しでも取り戻したと思ってか俺を指差してきた。
恐らく、これで雪風が少しでも自分に対して譲歩するだろうと思ったのだろう。
ただ、雪風の驚いた表情的に全く意味がなさそうだ。
「いえ、一夏さんとは友人ですのでそう言った関係ではありませんよ……?」
雪風は自分と俺が恋人同士と思われたのが恥ずかしかったのか、照れてはいるが焦りは見せていない。
前回のお姫様抱っこやこの前の水着の時点で思ったが、雪風は割とこう言うことへの羞恥心は高いらしい。
ちょっと、こっちも恥ずかしくなってきてしまった。
「な、何ですって……?
じゃあ、どうしてそんな顔が真っ赤なのよ!?」
「誰だって、そんなことを言われたら恥ずかしいですよ!?」
そんな雪風の乙女過ぎる態度が説得力皆無なのか、女は信じていないらしい。
それともう一つ、ただ友人なだけの人間がこんなトラブルに首を突っ込んで来たことも信じられないのだろう。
ああ……でも、これが雪風だしな……
俺は雪風の一連の言動を目にして雪風の在り方に納得してしまった。
初めて俺が雪風という人間を知ったあの学園初日の出来事。
あの時、雪風はセシリアやクラスの女子が「女尊男卑」の風潮に染まって嘲笑い、俺が「ハンデ」と口に出しその後に引っ込めた瞬間に激怒した。
雪風はこの時代の人間には珍しく、「女尊男卑」の影響を全く受けていない。
それどころか、千冬姉の弟として見られる俺を一人の人間としか見ていなかった。
だけど、そこには厳しさだけじゃなく、優しさも存在していた。
グラウンドの穴埋めの際に俺が困っていると何も見返りを求めずに助けてくれた。
まるで、それが当たり前だと言わんばかりに。
そして、今も雪風はただ人として当たり前のことをしているとしか思っていないのだろう。
あまりにも純粋過ぎる。
でも……
それにしてもおかしいよな?
そんな尊さすらも感じる雪風の姿に俺は一つだけ腑に落ちない所があった。
あれだけ「女尊男卑」に対して厳しい態度を取っていたのに……
どうして、こんなに冷静なんだ?
それは目の前で現在進行系で「女尊男卑」をまるで絵に描いた様な横柄な女、それも極端すぎて稀にさえも見える女がいるにも拘わらず、クラス代表を決める際のことであれ程憤っていた雪風は怒りを見せていなかった。
いや、そもそも抱いてすらもいないのかもしれない。
今の雪風が向けているのは憐れみと呆れだ。
雪風は天然だけど鋭いので目の前の女がどういった理由で俺に絡んで来たのか理解できると思っていたのだが、全くその素振りすら見せていない。
明らかに不自然過ぎる。
まさか、「女尊男卑」に気づいていない……いや、知らないのか!?
いや、でもそれだとあの時のことが不自然だしな……
まるでこの世界じゃ当たり前の光景を知らないとすら思える。
だけど、実際雪風は目の前で起きていることに気づいていないのが証拠だ。
雪風は目の前の女が「女尊男卑」で動いていることに気づいていない。
何か……
最初、会った時から思うけど……
纏っている空気が違うんだよな……
雪風は本当に変わっている。
それは変人とかそういう意味じゃない。
まるで人間の善性だけを集めた様にしか見えない。
確かに時々恐ろしいまでの殺気や怒りを見せつけて来る時があるけれども、それ以上に人としての優しさがそれを上回っている。
人間以上に人間の優しさが見えている気がした。
まさか、宇宙人とか天使とか違う世界から来た人間とかじゃないよな?
我ながら馬鹿馬鹿しい考えだと思ったが、この異世界染みた純粋さを見せる少女に対して俺はそんな感想を抱いてしまった。
「じゃあ、どうしてその男を庇うのよ!?」
いくら「女尊男卑」の社会における暗黙の了解を使おうとしても肝心の雪風には効果がなく、一種の不気味さを抱いてか、女はまだ俺と言う人質に近い存在がいるのに精神的な余裕を失っていた。
今まではこういった脅しが効いていたのに効かない相手が出て来て恐いのだろう。
恐らく、この女は「男=女の装飾品・ステータス」程度にしか思っていないのだろう。若しくはそれ以外は奴隷程度にしか考えていないこの世の中でも稀に見る酷い人間なのだろう。
だから、雪風が恋人でもない俺を庇っているのが信じられないのだろう。
「そんなの当たり前じゃないですか?」
女がヒステリックになっているのを目にして、雪風は益々意味が分からないと困った様な顔をし出した。
「間違ったことを間違っていると言っただけですよ」
「はあ!?」
「……雪風?」
「………………」
雪風は迷いのない目をしながらはっきりとそう言い切った。
雪風の発言を受けて周囲は恐ろしいまでに静まり返った。
そして、誰もが信じられないものを見るかのように雪風を見ている。
俺もただ雪風に圧倒されるだけだった。
「私のどこが間違っているのよ!?」
雪風が意図的にやったわけではない挑発に女は完全に冷静さを失い顔を醜く歪ませた。
本来ならば、その発言自体が根本的な過ちなのだが、それにすらも気づいていない。
いや、誰もそれを指摘すらしてくれないのだ。
「あの……?
本当にわからないんですか?」
遂には雪風はその女をただの可哀想な人間を見るかのような目を向けてしまっていた。
「……!!」
「え」
「……!?
くっ……!!」
だが、雪風のその目は相手に残っていた僅かな冷静さ、いや、理性を失わせるだけだった。
それを見て、俺は考えるよりも先に雪風と女の間に割り込んだ。
「ぐっ……!!」
「……!?」
「なっ!?」
「一夏!?」
その結果、女が衝動的に振りかぶった手は俺の頬に当たった。
「一夏さん!?」
「一夏!?大丈夫!?」
俺が雪風を庇ったことで代わりに女にぶたれたことに雪風とシャルは心配して声をかけて来た。
「……大丈夫だ。
それよりも、雪風は?」
「……はい、大丈夫です……」
雪風は何が起こったのか理解できずにいたが、瞬時に自分の代わりに俺がぶたれたことを理解してショックを受けていた。
だけど
「……どういうつもりですか」
「……ひっ!?」
自分の代わりに俺がぶたれたことが許せないのか、雪風は例の女の方へと顔を向けて今の行動の理由を問い質し始めた。
俺は直感的に今の雪風が向けている目があの無人機に向けている目とラウラに向けていた目と同じであることを察してしまった。
今までの大人しい姿から変わった雪風の態度に女は虚勢すら失っていた。
「私が仮にあなたを不快にさせたのならば謝ります。
ですが、あなたも一夏さんに謝ってください」
「ゆ、雪風……」
「あ、あぁ……」
今まで、全く敵意すら見せることすらなかった温和な姿を見せていた雪風だが、俺がぶたれたことが許せず女に高圧的に謝罪を求め始めた。
女はどうして女である自分が男である自分に謝らなくてはならないのか理解できなくても、目の前の相手の恐ろしさを本能的に感じ取り、何も言いださずにいた。
「ひ、ひいいいいぃぃぃぃ!!?」
「あ……!」
その結果、女が選んだのは逃走だった。
きっと、雪風相手に挑むのは恐ろしいが男の俺に謝るのは虚栄心が許せなかったのだろう
「一夏さん……大丈夫ですか……?」
「雪風……」
女が去ったのを目にして、一瞬、雪風は不機嫌そうにしたが、その後に気持ちを切り替えるように目を瞑ると俺の方へと振り向くと、俺のことを辛そうに涙を目に浮かべながら声をかけて来た。
「ごめんなさい……!!
理由はわかりませんけど、私のせいでこんなことに……!!」
雪風は辛そうに俺に謝って来た。
どうやら、雪風は本当にあの女が何故怒ったのかが理解できなかったらしい。
自分の行動の結果が俺を傷付けたことに罪悪感を感じてしまったのだろう。
その姿を見て、俺は
「……いや、大丈夫だ。
それに謝らないでくれ。
むしろ、ああ言ってくれて俺は嬉しかったよ」
「……え」
自然と、いや、心の底から雪風のあの姿と在り方を否定したくなくてそう言ってしまっていた。
「俺も本当は言いたかった。
でも、俺が何を言っても無駄だったと思う」
俺もあの横暴さに我慢が出来なくて雪風が何も言わなかったら、あの女に反抗していたのかもしれない。
だけど、この「女尊男卑」の風潮ではそれはただ負け犬の遠吠え程度にしか思われず、あの女が仄めかしていたように俺はありもしない罪をでっちあげられていたかもしれない。
「ああいう風に庇ってくれただけで俺は十分、嬉しかった」
でも、何にも囚われていない雪風がありのままに正しい言葉を言ってくれたことで俺の心の中に在った無念さが晴れた気もした。
きっと、あれは雪風だけにしか出来ないことだったのだろう。
「ですけど……」
それでも、雪風は自分の所為で俺がぶたれたことが許せないでいる。
その姿に雪風は本当に優しいと感じてしまった。
「大丈夫だって。
俺だって、伊達に千冬姉の鉄拳とか、那々姉さんのスパルタ訓練とか、色々と「IS」の攻撃を食らってきたわけじゃないんだぜ?
あんなのそれらと比べりゃ、蚊に刺されたようなもんだって」
少し情けない例えであるが、雪風がこれ以上悲しむ姿を見ていたくなくて俺は数々の痛みのことを羅列した。
はっきり言えば、あんなビンタの一発や二発、軽い。
「ぷっ……
すみません……ありがとうございます」
「そうか、じゃあ気にするな」
「……はい」
雪風は俺の今の例えがおかしく思ったのか少しだけだが笑みを取り戻したが、それでも気にしている。
何処までも真面目過ぎる。
でも、一瞬見せた笑顔を見れただけで俺は今回の件であの女の横柄さはどうでもよく思えた。
……女の子の笑顔の一つぐらい、守れなきゃ男じゃねえよな……
ただ、この笑顔を曇らせたという点に対しては怒りは抱いている。
どうして、本心から間違っていることを間違っていると思えて、誰かを守れるこの女の子が悲しまなきゃいけないのか、俺は疑問に思えて仕方がない。
お前は間違ってなんかいないよ……
俺はその真っ直ぐさと優しさを否定して欲しくなくて仕方がなかった。
今回の雪風が例の女性の動機が「女尊男卑」であることに気付かなかったことに関しては次回で説明させていただきます。
また、今回の雪風の問題点を簡単に例えるのならば、
貴族性の社会の中で貴族の特権が余りにも理不尽なのにタイムスリップとかした現代人がケンカを売ってしまったことです。