奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「海っ!見えた!」
トンネルを抜けるとバスの中でクラスの生徒たちがはしゃぎ出した。
それを聞いて、私もバスの車窓から外を眺めた。
私にとっても今、外に広がっている景色は見てみたくなるものだからだ。
……穏やかな海ですね……
夏の晴天から降り注がれる強い日差しによって照らされた波風以外には何にも影響されていない平穏な海原がそこにあった。
そこには全く、軍事に関わるものが全く視界に入らないのに秩序が保たれた平和な光景が存在していた。
まるで、この平和を楽しめと言わんばかりの光景だった。
人が海と接することに対して、自然を除けば何も恐れることはないとすら思えてしまった。
「お姉様……?
どうしたのですか、その様に物思いに耽って?」
私が港でもないのにもかかわらず、軍が周囲の安全を確保しなくても死の臭いがしない海辺に対して、愛おしそうに眺めていると隣席のラウラさんが声をかけてきた。
「いえ……
やはり、静かな海はいいと思っただけですよ……」
「……?
海ならば、何時も学園の近くにあるではありませんか?」
ラウラさんは私が臨海地区に「IS学園」があるのにもかかわらずこの静かな海原に想いを馳せていることに対して、不思議に思ったらしい。
「……そうですね。
確かに人の賑わう港町や海辺の町もいいですね……
ですけど、この穏やかな海原もいいものだと思いますよ?」
「……?
「WABISABI」というものですか……?
流石、お姉様。
「FUURYUU」にも理解が及んでいるとは……!」
「い、いえ……
そういう訳では……
いや、でもある意味では……これそうなのでしょうか?」
ラウラさんがまるで戦後に長門さんを通じて出会ったドイツのオイゲンさんみたいに日本語を妙な言い方や語調で口に出したことに戸惑いながらも、ある意味では彼女の言う通りな気もして来た。
『天ノ原 フリサケ見レバ 春日ナル 三笠ノ山ニ 出デシ月カモ』
と小倉百人一首の異国にて故郷に出ている同じ月を見て帰れぬ故郷に想いを馳せた歌人の望郷の句を私は思い浮かべてしまった。
私は海を見て、どこか故郷に想いを馳せているのかもしれない。
ただ私の場合は件の歌人とは異なり、故郷と同じものを眺めている訳ではない。
この海の静けさが私たちの世界にあればと思うのは……
いささか、未練ですね……
目の前の海には確かに私たちが望んで止まなかった静寂があった。
恐らく、私たちの知る海と同じ名前と場所であるがそれでも違う海であることを私は切なく思ってしまった。
この静けさを私たちは望んでいた。
それを私は同じ様で異なる場所で感じている。
それが嬉しくも悲しくもあった。
「そろそろ、目的地に着く。
全員ちゃんと席に座れ」
どうやら目的地に近付いたらしく、織斑さんがバスの中ではしゃいでる生徒たちに号令をかけ、彼女の迫力を日頃から知っている生徒たちは一斉に座席に付いた。
そして、そのまま下宿先であるらしい旅館の前に到着し、四台あるバスから一年生全員が降車し整列した。
「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。
全員、従業員のしごとを増やさないように注意しろ」
―よろしくおねがいしまーす―
織斑さんにこれから三日間お世話になる下宿先の旅館のことを紹介されて、従業員の迷惑にならないように注意されて生徒全員が挨拶をした。
勿論、それは当然だろう。
あちらからすれば、「IS学園」という大きな顧客は定期的な大きな収入にはなるだろう。
しかし、学生という客の性質上、騒がしくなるのも事実であり、他の宿泊客にも迷惑がかかる可能性も捨てきれない。
また宿泊客の人数が一気に増えることで従業員の作業量も増えるのは火を見るよりも明らかだ。
自分が客であることをいいことに従業員に横柄な態度を取る人間も少なくないのも事実だ。
そのことから私は客にも客としての相応しい振る舞いがあると理解している。
元帝国海軍として、恥ずかしいことはしないようにしませんとね……
「はい、こちらこそ。
よろしくお願いいたします」
生徒たちが挨拶をすると着物姿のこの花月荘の女将さんらしい女性が物腰柔らく品に溢れた振る舞いでお辞儀で返してきた。
ちょっと、鳳翔さんを思い出しますね……
そんな彼女の振る舞いや纏う空気が帝国海軍機動部隊の母にして、初代一航戦の一人である鳳翔さんを思わせた。
鳳翔さんは前線を退いた後に小料理屋を開いて、そこで女将さんをやっていた。
鳳翔さんの小料理屋は間宮さんの食堂と並んであの大戦の渦中においては人間、艦娘、妖精さんを問わずに帝国海軍にとっては憩いの場だった。
特に南雲機動部隊を含めた空母娘や彼女の艦載機の妖精さんたちは常に戦いの後の彼女の店での一杯や食事を楽しみにしており、鳳翔さんもまた彼女たちが帰って来て食事や晩酌を振る舞うことが嬉しくて仕方なかったようにも思えた。
あの戦いが終わるその日まで誰もがその日常は続くと疑うこともなかった。
そうあの瞬間までは。
あの「悪夢のミッドウェー」の時、谷風の勇戦と山口提督たちの決死の突撃によって救出できた南雲機動部隊所属の正規空母の中で飛龍さんただ一人を除いて南雲機動部隊は壊滅した。
その後も作戦決行前から戦っていた正規空母は飛龍さんを除いて生き残ることは出来なかった。
赤城さんも。加賀さんも。蒼龍さんも。翔鶴さんも。瑞鶴さんも。
そして、彼女たちの艦載機の妖精さんたちも。
「ミッドウェー」の時も「マリアナ」の時も私は主戦場にはいなかった。
そのことから空母護衛を主としていた磯風たち第十七駆隊や舞風たち第四駆逐隊の姉妹たちに対して、私には何もしてあげることが出来なかった。
何よりも磯風たちの鳳翔さんに対する謝罪が見ていて痛々しかった。
……でも、鳳翔さんには飛龍さんや天城さんたちがいてくれました……
谷風、あなたのあの行動の意味は確かにありました……
「ミッドウェー」の後に鳳翔さんの心の支えになったのは生き残った飛龍さんと彼女が育て上げた新生機動部隊である雲龍型姉妹、信濃さん、そして、「マリアナ」で奇跡的に生き残った大鳳さんの存在だった。
飛龍さんが生き残ったのは山口提督たちの奮闘もあったが、谷風の勇気もあった。
谷風は「ミッドウェー」で飛龍さんが反撃後に大破した後に殿を務めた山口提督指揮下の機動部隊と共に主戦場に残り、後に聞かされた私でさえ不可能であると感じた回避行動を続け、敵軍の機動部隊の注意の一部を引き付け、山口提督の突撃を助けたことで飛龍さんや戦場に残された他の機動部隊の人員を救出し、敵軍に一矢報い続けた。
さらに驚いたのは谷風は生還を果たしのだ。
その谷風が救った飛龍さんが後に新生機動部隊に所属することになる雲龍型姉妹や大鳳さん、信濃さんを育てたことであの戦いに勝利することになったのを考えると、谷風と山口提督たちこそ、あの戦いにおける最大の勝利の貢献者なのかもしれない。
「あら?こちらが噂の……?」
そんな時、女将さんはそもそも女子しかいない筈の「IS学園」の生徒たちの中に男子である一夏さんを見つけて、不思議そうにしながらも織斑さんに訊ねた。
ただその目は確かに物珍しいものを見る目ではあったが、決して奇異の目ではなかった。
「ええ、まあ。
今年は一人男子がいるせいで浴場分けが難しくなって申し訳ございません」
織斑さんは女将さんに対して、一夏さんの世界で唯一の男性の「IS搭乗者」ということから生じるIS学園唯一の男子学生という特異性により、例年通りの対応ではなく、特別措置がいることになったことを詫びた。
この件に関しては必要不可欠な考慮とは言え、ただでさえ大変な時期に旅館側にさらなる負担をかけることは避けられないことだ。
「いえいえ、そんな。
それに、いい男の子じゃありませんか。
しっかりしてそうな感じがしますよ」
女将さんは織斑さんの詫びに対して全く気にする素振りを見せなかった。
勿論、客商売という職業柄上からああいった姿勢を見せているとは思うが、彼女の人柄が垣間見えるような振る舞いだった。
先日のあの女性とは大違いですね……
当然、立場や地位に違いがあるとはいえ、先日のあの一夏さんに絡んで来た女性とは全く異なっていた。
女将さんには自らが営む旅館とそこで働く従業員の生活がかかっていることも件の女性との大きな違いだろう。
それでも、これ程の気品ある態度に違和感がないのは彼女の人徳だろう。
何よりも一夏さんや織斑さんに対して、全く恩着せがましくない。
轡木さんがこの旅館と契約している理由も理解できる。
やはり、あの女性が異常過ぎただけですよね……?
私は女将さんの姿を見て、少し希望を持てた気がした。
「感じがするだけですよ。
挨拶をしろ、馬鹿者」
女将さんのまさに職によって培われたのか、彼女本来の人徳由来か、それともその双方から溢れ出る丁寧な姿勢を見ても、織斑さんは少し気掛かりなのか、多少乱暴ではあるが、一夏さんの頭を掴んで頭を下げさせた。
ただ、あれは彼女の本心からの行動ではないだろう。
「IS学園」の教員として、一人の男子生徒ために旅館側に手間をかけさせることや、姉として自分が頭を下げさせることで一夏さんへの特別扱いに対しての不満を抱かせないための行動だろう。
何処までも不器用な人だ。
「お、織斑一夏です。
よろしくお願いします」
「うふふ……ご丁寧にどうも。
清州景子です」
織斑さんに無理矢理頭を下げられながらも一夏さんは多少緊張しながらも挨拶をし、清洲さんもそれに優しく応えた。
その光景はとても日常的なもので全く違和感のないものだった。
負担をかける側が感謝の念を表明し、負担をかけられる側も恩を着せたつもりにならない。
そういった互いを尊重し、対等な目線になる姿勢こそが本当の意味での礼儀作法であることを改めて実感させられた気がした。
やはり、「礼」というものは大切なものだろう。
互いを思いやる心こそが「礼」の神髄だろう。
「不出来の弟で申し訳ございません」
織斑さんは姉としての立場上、殆どお決まりのともいえる弟への卑下を口にした。
ただこんな時でも同じ姉として言わせてもらうが、私は妹をベタ誉めしてしまうだろう。
磯風の料理に関しては別だが。
……いえ、無理して磯風の料理も『美味しい』と言っちゃいそうですね……
と言うか、言ってました……
私の脳裏に佐世保時代に金剛さんが料理するのを見て、それに憧れた磯風が料理を始めたがそのせいで事故と言っても過言ではない料理を作り、それを何時も食べさせられながら妹可愛さの余りに『マズい』と言えず、全く改善させることが出来なかった思い出が蘇ってしまった。
その後、磯風が第十七駆と初めての顔合わせの時に料理を振る舞った際に浦風や浜風、谷風たちに対して、心の中で後ろめたさを感じた。あの時は本当に反省した。
「あらあら。
織斑先生ったら、弟さんにはずいぶん厳しいんですね」
「いつも手を焼かされていますので」
そんな織斑さんの一夏さんに対する厳しい態度を見て、年上の余裕さからか清洲さんは微笑ましく思ったらしいが、織斑さんは教師としての立場上、生徒たちの手前特別扱いする訳にもいかず、その姿勢を崩すことはなかった。
でも、最近の一夏さんはかなり成長していると思うんですけどね……
織斑さんはああ言うが、私は最近の一夏さんを身近で見ていることから一夏さんの成長ぶりには目を引く物があると感じている。
少なくとも入学初日の教本を電話帳と間違えたり、織斑さんのことを普段の呼び方で呼んだりしたり、売り言葉に買い言葉で騒動を起こすようなことはしていないはずだ。
まあ、異性関連のことではその……
最早、女難の相に等しかったり、朴念仁ぶりを発揮していますが……
しかし、それでも一夏さんの周りで騒動が起きているのは否定できないのも事実だ。
ただ悲しいことにその全てが彼の意思とは反して起きることばかりであるため、かなり不憫ではあるが。
「それじゃあ、みなさん、お部屋にどうぞ。
海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。
場所がわからなければ、いつでも従業員に訊ねてください」
―はーい―
織斑さんとのやり取りを終えると清洲さんは女子生徒たちに対して、旅館の施設の利用法を教えた。
流石に旅館と言っても、この人数では普段通りに生徒一人一人の荷物を持って客室に荷物を運べるわけではないだろうし、説明を各部屋でする訳にもいかないだろう。
そのまま、全員が荷物を持って指定の部屋に向かおうとした時だった。
「ね、ね、ねー。
おりむ~」
本音さんが何時もののんびりした速度で一夏さんの背後に近付いた。
やはり思うのだが、彼女の直ぐに誰とでもああいった風に触れ合う態度は一種の才能だと思う。
「おりむーって、部屋どこ~?
一覧に書いてなかったー。遊びに行くから教えて~」
本音さんの間が伸びた質問とは真逆にその質問が周囲に聞こえた瞬間、女子生徒全員に緊張が走った。
明らかに周囲の女子生徒は夜這いでもかけに行くのだろう。
……恐ろしいですね。
金剛さんどころか、普段はお淑やかな榛名さんまでも司令に対して、行っていたからといって慣れてしまうとは……
執務中に二人とも眠くなってそのまま同衾していたりしただけですけど……
夜這いに関しては金剛さん達の影響もあってか、割と私には抵抗感がない。
それに彼女たち二人が本当に添い寝をしてしまっただけだったのも大きいだろう。
ただ、本音さんの場合は万が一のことでもそんな動機ではないと思うが。
尤も、彼女が今回この質問をこの場でしたのには別の目的があるが。
「いや、俺も知らない。
廊下にでも寝るんじゃねえの?」
「わー、それはいいね~。
私もそうしようかなー。あー、床つめたーいって~」
……本音さん、お生憎ですが、この季節では廊下は蒸し暑くてそれどころじゃないと思いますよ?
ですが、海の上で不眠不休よりは陸で横になれるだけいいかもしれませんね……
本音さんの天真爛漫な発言で私は天津風が負傷してから第十七駆逐隊に編入されるまでの間、数々の任務を受け持ってきた時のことを思い出し、不覚にも陸の上で寝れることのありがたみも思い出してしまった。
あの頃は「付随艦」と共に私は至る所から任務を受け持っていたが、あの時の任務量は任務が終わるとすぐにまた任務、任務が終わるとまた任務と任務に終わりが見えず、元から多かった任務がさらに増えてしまい、陸で休む機会が全くなかった。
下手をすれば、私の作戦中の航行距離は地球を五周していたかもしれない。
神通さんの訓練で鍛えられてなかったら確実に潰れていたと思う。
加えて、私たちが休む間もなく任務を行い続けていたせいで司令部や駆逐艦の僚艦からも何処にいるのか把握できなくなり、『呉の雪風も沈んだのか!?』と噂が流れてしまっていたほどだった。
ちなみに私の「呉の雪風」という異名は「佐世保の時雨」という時雨ちゃんと並んで武勇に優れた駆逐艦という意味合いで込められており、僚艦と艦隊の士気を上げるための異名だった。
それと割と親馬鹿な一面があった横須賀の提督も『何をぉ!?だったら、こっちは横須賀の野分だ!』と張り合い、野分の教官だった那珂さんや四水戦一同も参加して色々とハチャメチャして、野分が本気で恥ずかしがっていた。
そのせいで私が久しぶりに司令や生き残っていた姉妹、金剛さんや榛名さん、飛龍さんたちと顔を合わせた瞬間に全員に本気で泣かれてしまった。
不知火姉さんもあの頃はかなり厳しかったが、あの時は表には出さなかったがかなり動揺していたと思う。
特に司令に至っては私を抱きしめて『良かった……!良かった……!ああ、本当に良かった……!』と何度も叫んでいた。
「織斑、お前の部屋はこっちだ。
ついてこい」
そんな一夏さんと本音さんの会話を見終えると、頃合いと見てか織斑さんが一夏さんを連行した。
そう、これこそが本音さんの真の狙いだ。
あえて、全生徒が注目する中で織斑さん、神通さんという抑止力が今日から三日間傍にいることを誇示することで全生徒が夜這いをかけるのを防ぐ。
これで一夏さんの安眠は守られるだろう。
「ふ~、さて、私は―――」
荷物を持って、今日一日は宿から海を眺めていようとした時だった。
「ゆっきー」
「「陽知さん」」
「お姉様」
「―――ぎくっ!?」
「それはダメだよ/ですよ」
逃げ場を失ってしまった。
神通さんとの買い物話に関しては機会があれば、番外編で書きたいと思っています。