奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「うぅ……またやってしまいました……」
私はまたもや浜辺を遮二無二と走り、いつの間にか浜辺すらも超えて旅館の渡り廊下近くまで来てしまった。
こ、こんな格好で男の人とあんなにべったりするなんて……!
私が再び全力疾走で逃げ出したのは一夏さんに近寄り過ぎたのが原因だ。
しかも、互いに殆ど半裸の状態にも等しいこの水着姿だ。
幸い、肌どうしは密着していないがそれでもあの距離で男の人の裸を見たのも初めてだし、自分の肌を見たのは初めてだったので未だに冷静になれないでいた。
そ、それもあんな沢山の人たちがいる前で……!?
ただでさえ、恥ずかしいのに私は自分がまるで一夏さんに言い寄っている様な体勢を他の生徒たちに多く見られてしまった。
それさえなければ、まだ辛うじてあの場に踏み止まれたが、多数の人間にあの光景を見られたことに元々、限界ぎりぎりだった羞恥心が来て、少しは抑えようとしていたのにもかかわらず逃げてしまった。
は、はしたない女性だと思われていないでしょうか……!?
傍から見れば私のあの姿はどう見ても異性に言い寄る女性の姿だ。
それを見て、他の生徒の人たちも私のことをそう見てはいないだろうか。
す、好きでもない男性にあんなことをするなんて……!?
はっきり言えば、男性に積極的になる女性に対しては金剛さんで大分慣れているつもりだ。
しかしだ。
それはあくまでも好きな男性に対する態度に対してだ。
それに流石の金剛さんでもこんな格好で積極的になってはいなかった。
ただ、金剛さんならばお構いなしな気もしなくはないが。
い、一夏さんとどう接すればいいんですか……?
意中の男性でもない相手に水着姿で近づき過ぎてしまったことに私は一夏さんにこれからどう接すればいいのか分からなくなってしまっていた。
と、とりあえず戻らないと……
シャルロットさんとラウラさんにも迷惑になりますし、それにちゃんと謝らないと……
再び、感情のままに走ったことで二人を振り回してしまったことへの後ろめたさと謝罪の念を胸に秘めて、浜辺へと戻ろうとした時だった。
あれ……?
あれは……?
意外な人物の存在を目にして、私は立ち止まってしまった。
神通さん……?
それは神通さんだった。
どうやら、彼女はまだ水着に着替えていなかったらしく、渡り廊下の近くの日本庭園を見学しているらしい。
……よく考えなくても、この格好でここらをうろつくのはいけませんよね?
周りが見えず、滅茶苦茶に走った結果、更衣室すらも抜けて私はここまで来てしまった。
これはマズい。
他の誰かに見られるという危機もあるが、何よりもこの渡り廊下を超えた先は本館だ。
この花月荘はあくまでも別館を海水浴のために提供してくれているが、それはつまり、裏を返せば本館では水着は控えて欲しいということを暗に言っているようなものだ。
何よりも水着でうろうろすること自体が非常識だろう。
つまり、私のこれからの行動次第によっては風紀を乱すことになるだろう。
……でも、神通さんに挨拶をしないでいくのは嫌ですね……
とっととこの場を後にすべきではあるが、師である神通さんを見かけたのに挨拶もしないで立ち去るのは気が咎めてしまう。
怒られるのを覚悟で声をかけてからこの場を去ることにしますか……
恐らく、神通さんは水着姿でこの渡り廊下にいることを知れば怒るだろう。
ただ、それでも礼儀を貫きたくて私は神通さんに声をかけようとした。
「……神つ―――
―――え」
しかし、声をかけようと彼女に近付いた瞬間、私は困惑してしまった。
「……神通さん……?」
それは彼女の今の様子が異常だったからだ。
神通さんは何時ものお淑やかな一面を消し、まるで鬼神の様な面持ちをしていた。
しかも、それだけでなく、まるで「深海棲艦」と今にも臨戦態勢に入らんとしているような顔だった。
この世界で彼女と再会してから私は彼女のこの様な表情を目にしなかった。
「……ん?君は?」
「……え?」
そんな恩師の久しぶりに見せているこれから戦いに赴くのかと思われる徒ならぬ殺気染みた空気に当てられていると彼女とは違うこの場に漂う空気など知らないと言わんばかりの垢ぬけた声が聞こえて来た。
「……!
あ、あなたは……!?」
「フフフ~ん♪
こんにちは、まだ見ぬチートちゃん?
篠ノ之束さんだよ?」
その人物とは未だに見つからない首謀者に激怒した「白騎士事件」の映像を見た際に私が妙な違和感を抱いた人物、「IS」の生みの親である篠ノ之束博士だった。
な、なんですか……?
この感情は……?
この人物を直に見て私は信じられない感情を抱いてしまった。
なんで……
私はこの人に対して、「あの悪魔」を初めて見た時と同じ気持ちを抱いているんですか……?
私は初対面にもかかわらず目の前の人間に対して底知れない嫌悪感を抱いてしまった。
それも初めて「あの悪魔」と相対した時と同じ様なものだった。
あの「悪魔」を初めて見た時と同じ様に忌々しさや憎しみなど感情的なものではなく、ただ本能的に禍々しさを目の前の篠ノ之束という人間に感じてしまっている。
似ている……?
何よりも私を見る目が「あの悪魔」のものと似ていることに気付いてしまった。
最初、「あの悪魔」と遭遇した時、私はよくわからない悪寒を感じた。
その後、護衛対象を逃がすために僚艦たちと共に戦うが、全く落とせる気がせず撤退戦に移ったが、それでも「あの悪魔」は追いかけて来た。
いや、正確にはむしろ、生き延びた私たちを見て益々楽しそうにしていたのだ。
そして、何度も何度も遭遇するたびに私を見る度に「あの悪魔」は嬉しそうに私を見詰めていた。
今、彼女が向けている目はその目と似ているのだ。
「先輩。この子は私の生徒です。
仮に手を出すというのならば―――」
「……!?」
私にどうやら興味を抱いているというだけのことに対して、篠ノ之博士に神通さんは未だに殺伐とした空気を纏いながら、まるで篠ノ之博士を敵として認識しているように思えた。
「はあ?
束さんは今、この子と話しているんだけど?
マジで空気読めないのかな?
この後輩は?」
「なっ!?」
篠ノ之博士のその反応が私には衝撃的過ぎた。
その態度は最早無礼なんてものじゃなかった。
相手をまるで人として扱っていないようにも思えた。
何よりも私は尊敬する人物をぞんざいにされたことに対して反感を募らせてしまった。
「―――、それでも、私は一人の教師として彼女に手出しをすると言うのならば容赦はしませんよ?」
神通さん!?
篠ノ之博士の傍若無人とも言える態度を気にも留めず神通さんは彼女に対して依然として敵意を向けた。
私は思わず、怯んでしまって危うく他人の前で彼女の名前を呼びそうになった。
あの神通さんがまさか個人にここまでの敵意を向けるなんて思いもしなかったからだ。
「ふ~ん?
妙にその子に肩入れするんだね?
何かこの子と関係あるのかな?」
「!?」
篠ノ之博士は神通さんの反応を見て、私と神通さんの関係を嗅ぎ取ったらしい。
「……私が目をかけている教え子の一人です。
だけど、それだけです。特段、貴女が注目すべき生徒と言う訳ではありません」
「……!?」
神通さんは篠ノ之博士のその追求に対して、私との関係を探られることを警戒してか「生徒と教え子」の関係で押し切ろうとした。
……神通さんがここまで警戒するなんて……
この人は一体……?
神通さんの篠ノ之博士に対する態度は明らかに敵に対するものと言っても過言ではなかった。
私は神通さんがここまでの態度を平常時に見せること自体が信じられなかったが同時に理解してしまった。
この人が……それ程までに危険だと言うことですか……?
神通さんは戦場では普段の清楚さを捨て去るが、それ以外においては仮令どのような相手であろうとも害意を見せることはない。
その神通さんがここまで敵対的な姿勢を貫こうとすると言うことはこの篠ノ之束という人物がそれほどまでの危険人物であることを物語っているようにも思えたのだ。
「じゃあ、別にいいじゃん。
ただの一般生徒ならば束さんがどう扱ってもいいんじゃないかな?」
「……はい?」
「………………」
しかし、そんな神通さんの言葉など馬耳東風と言わんばかりに、いや、むしろ、それを逆手に取るかのように篠ノ之博士は私に対する好奇心を捨てることはなく、私に迫ろうとしていた。
『キヒヒ……!!』
「……っ!?」
そんな彼女の狂気にも等しい私への好奇心に私は自分の目の前で多くの姉妹や戦友を奪っていった悪魔の私への執着心を思い出してしまい、震えてしまった。
「ん~?
どうしたのかな?」
そんな私の忌避感をよそに目の前の彼女は私に近付こうとした。
「……先輩。彼女はどうやら貴方に怯えているようです。
いい加減にしてくれませんか?」
「え~?
どうしてかな?
束さん、君に何かした?
ちょっと、ショックかな?」
私の異常に気付いた神通さんは私を庇うかのように彼女と私との間に立ち彼女を私に近づけまいとした。
「ま、いっか♪
今は無理でも後で学園のコンピューターをハッキングすれば君のことを知れるしね♪
もし気が変わったらしばらく、このロケットの中にいるから話しかけてくれないかな?」
「え!?」
「……!?雪風!?」
その言葉を聞いて私は思わず、彼女への嫌悪感は未だに拭い去れていないにも拘らず、咄嗟に身を乗り出してしまった。
それは私の出自が第三者に知られることへの危機感も存在していたが、それよりも私は衝撃を受けたことがあったからだ。
「どうして、そんなことが出来るんですか!?」
「ん?
いや、そんな束さんにとっては朝飯前のことだよ?
どうして、そんなことを訊くのか―――」
私は神通さんに止められながらも篠ノ之博士に私が今、心の底から抱いた疑問をぶつけようとしたが、彼女は平然とそれに応えようとしたが、それは私の抱いた疑問への答えじゃなかった。
「……私が訊きたいのはそんな事じゃありません。
どうして、そんな明らかに犯罪行為を出来るんですか?」
「―――え?」
私が抱いた疑問。
それは彼女が行う「ハッキング」と呼ばれる犯罪行為を行うことを何も悪びれることなく公言したのかについてだった。
私は「コンピューター」に関してはそこまでは詳しくはないが、それでも更識さんからある程度の現代知識を教えてもらった。
そして、「ハッキング」と呼ばれるものが情報戦と戦略的な面に関して脅威であることであり、何よりも犯罪であることを私は彼女に説明された。
それを目の前の彼女は平然とやろうとしている。
私にはそれが信じられなかった。
「「ハッキング」は犯罪ですよね?
どうして、そんなことをあなたは笑顔で躊躇いもなくやろうとするんですか?」
念のために私は彼女に訊ねた。
いくら何でも神通さんに『先輩』と呼ばれている年齢の人が世の中のやっていいこととやってはいけないことの区別くらいは出来ると思ってのことだった。
私は年齢的には明らかに彼女よりも上ではあるが、学生に指摘されたことで少し煙たがったり、バツが悪そうな顔を彼女はするだろうと考えて、彼女の返答を待ったが
「……?
どうして、束さんがそんなことを気にしなくちゃいけないのかな?」
「え……?」
彼女はむしろ、私が何故そんなことを自分に訊ねるのかと不思議そうに言ってきた。
それはまるで自分が悪いことをしているとは微塵も思うどころか、感じてすらもいないようにも見えた。
余りの異常さに私は一瞬理解が追いつかなかった。
「『どうして』って……
犯罪なんですよ?何か感じることはないんですか?」
私は動揺を抑えながらも彼女にせめて、何か感じることはないのかと訴えたが
「え~?
束さんみたいな天才には他人の作った法律とか、決まりとか、掟とか、しがらみとか興味ないんだよね?
一々、構っていられないしね?」
「なっ!?」
彼女の異常過ぎる答えに絶句してしまった。
彼女はただ『興味がない』と言うだけで自らのしようとしていることが犯罪であろうとも構わないと言い捨てたのだ。
な、なんですか……!?
この人は……!?
私は今までそれなりに善悪双方の人々を見て来たつもりだ。
司令や各鎮守府や泊地の提督、私たち艦娘を常に気に掛けてくれていた帝国軍人の人々を始めとした多少身内贔屓を引いたとしても私は彼らを通じて人の善性に触れたと思っている。
また、逆に私を何度も死地に送りながら、その度に戦友と姉妹を失わせてその責任を取ることすらして来なかった保身に走った人間や戦後、艦娘を利用して権力を得ようとしていた政治家を見て人の悪性にも触れて来た。
しかし、その後者の中にも私はそれは彼らの欲望だけでなく、心の弱さが招くものがあることも知っている。
もし、人の悪性がただの欲望によるものでしかなかったのならば、
だけど、
何よりも他ならない私自身が戦友や姉妹を奪い続けた「深海棲艦」や「あの悪魔」に対する憎しみを捨て去ることが出来ていない鬼の様な心を持っている。
この憎しみを捨て去ることが出来ない時点で私もまた心の弱さが存在している。
そして、私の愛した人も常に自分の弱さと戦い続けて来た。
司令は誰よりもあの戦いで常に苦しみ続けた。
多くの仲間や元上官、部下、友人、そして、自分を愛し続けた女性である金剛さんを失いながらも彼は提督としての地位を途中で放り投げることもなく、自棄にもならず、そして、私たちを
軍の中には私たちをただの兵器として見ている人間もいれば、昔は気付くことは出来なかったが、私たちをいやらしい目で見ていた人々もいた。
そんな人たちもいる中で常に心が弱っていた状況や地位があるにも拘わらず、彼は私たちを大切にしてくれた。
そして、最後には榛名さん一人を選んでくれた。
失恋の辛さも未だに在り続けるが、それでも一人の女性を選び愛してくれた司令はやはり、私が大好きな人だった。
そのような司令でも苦しみ続けるのだから、世間一般で悪人と呼ばれる人だってもしかすると、弱さゆえに悪行に手を染めてしまった人だっているだろう。
しかし、だからこそ、私は驚いてしまっている。
罪の意識や自覚すら感じられない人間がいないなんて……
目の前の篠ノ之束という人物にはそういった弱さが全く感じられなかった。
悪人とされている人々の中に罪悪感を抱きながらも罪を犯さなければならない人やそもそもそれが「悪」だと自覚しながらも無頼漢の如く生きる人々がいるが、何だかんだで自らの行いが「悪」であることを知っている人もいる。
それなのに彼女は全く、それらのことを理解してないようにも私は思えた。
神通さんが警戒するはずです……
私は戦慄してしまった。
こんな人が「IS」の生みの親であり、それを創る天才であることに。
彼女には力への躊躇も恐怖も存在していないようにも思えた。
「すみません。
もう一つだけお聞きしたいことがあるのですが……」
彼女の道徳性が破綻した人格を知ったことである種の恐怖を覚えながらも私はこれだけは訊ねておきたいと思って次の質問をしようとした。
「ん?いいよ?
何かな?」
私は彼女に微かな希望を抱いて訊ねたいことが生まれてしまったのだ。
「……どうして、あなたは自分の妹さんを放っておいたんですか?」
この作品の天災は善悪の概念に囚われない存在として書かせていただきます。