奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「ん?箒ちゃんのこと?」
「そうです」
私が目の前の彼女に訊きたかったこと。
それは彼女が自らの実の妹を今まで神通さんに任せっぱなしでいたことについてだった。
本来ならば、こんな聞き方は失礼だろう。
しかし、先ほど、彼女の破綻した道徳観を見せつけられたことで私は実の妹のことすらも彼女は無関心なのではないかと不安になってしまったのだ。
それはかつて姉がいた妹として、妹がいた姉としての感情だった。
けれども、当然ながら、彼女もまた各国政府に追われている身として、妹である篠ノ之さんと接触を控えていたということも考えられるので責める気にはなれなかった。
ただ私は同じ姉として、そして、妹として彼女に実の妹への愛情があるのかを確かめたかったのだ。
「ん~。
まあ、箒ちゃんが連絡をくれなかったからね~。
「……はい?」
しかし、返って来たのはまたしても質問の内容に反して、まるで日常的な会話をしているかのような答えだった。
何よりも彼女の『
そこには実の妹と生き別れたことになったことへの悲哀が全く以って見えてこなかった。
そして、同時に家族と引き離された妹への憐憫の欠片すら存在しないようにも思えた。
「……自分から連絡する気はなかったんですか?」
彼女に念のために私は再び訊ねた。
恐らく、彼女の発言から篠ノ之さんは何らかの手段で彼女との連絡手段を有していることが窺える。
そして、それは裏を返せば彼女もまた妹に連絡することが出来るということでもある。
それでもこの世界における最重要人物とも言える彼女が無暗に連絡をするのは篠ノ之さんを危険に晒す可能性も高めてしまうことも否めないので彼女なりに妹の安全を考えての行動だと思わなくはない。
むしろ、そうであって欲しかった。
「どうして、束さんがそんなことをしなくちゃいけないのかな?」
「……え」
けれども再び彼女は私が予想も、いや、予想はしていたがそうであって欲しくなかった答えを突き付けてきた。
「『どうして』って……
篠ノ之さんはあなたの妹ですよね?
それもたった一人の……
その妹がたった一人でいたんですよ?
少しでも、連絡を入れようとする気にはならなかったんですか?」
私は改めて事細かく彼女に妹への扱いの是非を問うた。
別に私は篠ノ之さんと親しくない。
むしろ、彼女には敵愾心すら持たれている。
それでも私は同じ妹として彼女が今まで実の妹である篠ノ之さんに連絡をしなかったことを訊ねなくてはならないと思ってしまったのだ。
何よりも私は
今、考えてみれば、篠ノ之さんは私と同じ痛みを抱いていたんですね……
それなのに私はそのことに今さらになって気づいてしまった。
もう少し、早く気付き、彼女と寄り添うべきだったのかもしれない。
神通さんとすら溝が埋まらないのにさらに関わり合いのない私が何をしても逆効果だったかもしれないが、それでも何かしてあげられたはずだった。
なのに私は恋愛観を巡って彼女を勝手に毛嫌いしてしまっていた。
私は自らの浅はかさを恥じると同時に目の前の篠ノ之束という彼女の実の姉に妹である篠ノ之さんにどう向き合っているのかを訊きたかった。
「え~?
だって、箒ちゃんが連絡をくれないんだもん。
用があるのなら束さん的に何時でもwelcomeなのに」
「………………」
私は愕然としてしまった。
そして、同時に理解してしまった。
この人は
この人……自分の中で世界が完結してます……
私は自分でも早計だと思っているが、いや、むしろそうであって欲しいと思いたいが目の前の彼女の内面を把握してしまった。
この篠ノ之束という人間は神通さんが警戒するということや、「IS」を創った人物であり、そして、篝火さんを含めた誰もが認めるほどに才能に満ち溢れていることから規格外の天才なのだろう。
しかし、彼女は致命的な欠点を抱いている。
それは他人の痛みへの無関心だ。
仮令、どんな悪人であろうとも他人が苦しむことに人間は苦しむことに人間は多少なりの刺激を受けるはずだ。
いや、正確にはそれが苦しみであるということを知覚できると言うのが正しい言い方だろう。
しかし、目の前の彼女にはそれらが見受けられない。
彼女はそもそも他人が持つ苦しみそのものを知ることも見ることもしない。
自分のしたいことだけに没頭し他人を顧みない。
自分の世界だけで生きているとしか言いようがなかった。
だから、他人の痛みを理解しようとすらしていない。
そもそも「他人の痛み」と言う概念そのものが存在しないのかもしれない。
「あなたは……!
自分の妹のことを何とも思っていないんですか!?」
「……!雪風!」
私は神通さんが制止するのを他所に冷静さを失って四度彼女に訊ねてしまった。
神通さんから篠ノ之さんの過去と神通さんが彼女にしてしまったとされる「裏切り」で受けた彼女の心の傷の理由を知っていることから私は目の前の篠ノ之博士の無関心さが許せなかった。
篠ノ之さんは一人だった。
家族と引き離され、幼馴染で初恋の相手であろう一夏さんとも会えず、やっと神通さんと安息を得られると思った矢先に再びそれを奪われた。
その彼女の孤独を目の前の彼女は知ろうともしなかったのだ。
あの寂しさを……この人は……!!
姉妹全員を奪われ、25年以上ものの間、孤独による悲しみの中で私はずっと生きて来た。
日が落ちるまで訓練と職務に没頭することで紛らわし、夜になって眠る時に広く感じてしまう寝室の中で虚しさを感じ、夢の中に落ちることで今までのことが夢であると多少の安らぎを得られたと思っていたら、朝になって目を覚ますとそれが現実であるということを再び認識しなくてはならなかった。
そんな毎日を私は繰り返した。
それがどれだけ切なくて悲しくて辛いのか目の前の彼女は考えもしなかったのだ。
「箒ちゃんは大切だよ?
だって、世界でたった一人の妹だし♪
だから、「専用機」を作って箒ちゃんのお願いで持ってきたんだよ?」
「……っう!」
その一言で私は自分を抑えきれなくなった。
「そんなことで彼女の心を救えると考えているのならば、あなたは
「……え?」
「……雪風……」
彼女の呆れるしかない妹への接し方とその中身の伴わない愛情と言うことすら烏滸がましい発言に私は激怒してしまった。
「いや?何言っているのかな?
失格?束さんが?訳が分からないんだけど?」
篠ノ之博士は一見すると変化を見せていないが、何処か心が揺れているような気がした。
どうやら、篠ノ之さんに関心があるのは事実なのだろう。
ただし、関心があるだけだが。
「あなた……
本気で妹が欲しいものをあげるだけで姉として胸を張れると言えるんですか?」
目の前の彼女は妹の要望に応えてそれで姉としてのやれることをしたと思っているが全く違う。
彼女は妹が自分に感謝することだけしか目に映っていない。
これだと、子どもを放置していながらただお小遣いだけを与えたりして育児をしていると胸を張っている親と同じだ。
『はあ~……仕方ないわね。
ほら、ユキ。私の半分あげるからそんな顔しないの』
昔、私が自分の間宮のアイスの券を失くしてしまい、泣きそうになっていた時にお姉ちゃんは自分のアイスを半分分けてくれた。
あの時、食べた間宮のアイスは今まで食べたものの中で一番美味しかった。
何よりも私はお姉ちゃんの優しさが嬉しかった。
「お姉ちゃんと言うものは、妹が泣いていたらそれを止めてあげたいと思いたくなるものなんですよ!!
あなた、一度でも妹さんの涙を拭ってあげたいと思わなかったんですか!?」
「いや、だから、箒ちゃんの頼みでいっくんとの連携も兼ねた「専用機」を―――」
「妹さんの悲しみも知らないでよくそんなことを言えますね!!」
「―――?」
私は目の前の彼女の独善とすら言ってもいいのか分からない無関心から来る浅慮さが我慢できなかった。
「あなたは……
妹さんに何か言うべきことがないんですか?」
「『言う事』……?
あ、箒ちゃんとの感動の再会の際の言葉だね?
成程、確かにそうだね―――」
「謝罪の言葉ですよ!!」
「―――え?
謝罪?どうして?」
私は本来ならば呆れかえって何も言えなくなりそうになったが私は彼女が妹である篠ノ之さんに言うべき、いや、言わなくてはならないと思ったことをはっきりと教えた。
彼女は今まで妹を放ったらかしにしたことを物で釣るというやり方だけで全て帳消しにしようとしている。
どうやら、彼女は篠ノ之さんのお願いで「専用機」を製造し、それを篠ノ之さんに渡そうとしているらしい。
この時点で社会的に考えれば彼女も篠ノ之さんも咎めるべきことであるが、この短時間のやり取りで彼女が世界や周囲の人間がどうなろうとも構わない人格であることから敢えて、それは置いておくとして、成程、確かにある意味では彼女の行動は妹のおねだりに応える姉としての一面だろう。
けれども、彼女は妹を妹として見ていない。
理由は簡単だ。
「あなたは……
妹さんが自分に関わろうとしない限りは放っておいたんですよ?
それで妹さんが『「専用機」が欲しい』と言ってきてから会いに来た……
妹さんに拒絶されるのが怖くて、妹と向き合うことをしようとしなかっただけじゃないですか!?
自分の都合のいい時しか会いに来なくて、何が『感動の再会』ですか!?」
『雪風、立ちなさい。
あなたは
既に私を除いた姉がいなくなった今、私の次の姉はあなたなのです。
そのことを忘れることだけは許しませんよ』
目の前の彼女は結局逃げている。いや、逃げていることすら理解できないだろう。
私は知っている。
どれだけ、相手に嫌われようが、憎まれようが、恨まれようが大切な妹の為ならば仮面を被り続け涙を流すことすら自分に許さなかった姉の姿を。
それがどれだけ辛いのかは私は想像するだけで怖くて仕方がない。
それでも、あの人、不知火姉さんは長い間、悪役を演じ続けていた。
あの人はその辛い役目を私たち、妹にさせないために全て自ら背負い続けたのだ。
「いやいや、だから束さんは何時でも箒ちゃんにwelcomeなんだって。
なんでわかってくれないかな?」
私の叫びを受けてもなお、目の前の彼女はそれでも理解できないらしい。
まるで、自分にとって都合のいい夢物語に逃げるかのように。
彼女は妹が自分を頼るという一方的な関係でしか、妹との関係を築けていない。
私にはそれが歪に見えてしまう。
「妹がいてくれるんですよ……」
「ん……?」
「……雪風、もう……」
私は彼女の歪んだ姉としての姿を見て悲しくなってしまった。
私には既に失ってしまったかけがえのない宝物たちがいた。
十一人もいたのに、誰もいなくなってしまった。
妹がいてくれる。
生きていてくれる。
それだけでどれだけ幸せなことだろうか。
「姉として……
してあげられることがあるのに……
どうして……」
いつの間にか、私は涙を流してしまっていた。
今まで胸の中で蓋をしていた後悔がドッと胸に押し寄せ泣くのをこらえることが出来なかった。
私は姉として、天津風に、時津風に、磯風たち、多くいた妹たちに何もしてあげられなかった。
特に舞風に至っては本当に恐かっただろうし苦しかっただろう。
もし妹の誰かと命を交換できるのならばしてあげたかった。
守りたかった。
守ってあげたかった。
なのに私は守れなかった。
「……雪風、もういいです。
あなたは皆さんのところに戻りなさい」
「……はい」
「ちょっと!?
まだ束さん、この子と話をしたいんだけど?」
「……先輩。
私と一戦交えたいのならば、構いませんよ?」
「うわ~……
面倒臭いからパスかな?」
涙を止める方法がなかった私に対して、神通さんはこの場を離れることを促した。
篠ノ之博士は私の意思に反して、まだ話したかったらしくて引き止めようとするが、神通さんが牽制してくれたことで渋々諦めたようだった。
神通さんの発言は明らかに徒事ではなかったが、それでも今は甘えたかった。
今の私は愛してくれた姉たちと愛する妹たちを失ったことへの悲しみと後悔が蘇り、会話どころか声や何かしらの主張をすることすらままならないだろう。
姉として……私は……
篠ノ之博士を見て彼女への怒りを感じると共に戸惑いを感じてしまった。
彼女を姉として失格な人間と断じておきながらも、妹に間違ったことをしておきながらも何かしてあげられることに私は姉としての自分への自責の念を抱いてしまったのだ。
そして、同時に私は自分が姉として妹たちに何もしてあげられなかったことで目の前の彼女に自分が救われたいがために詰ったのではと疑惑を持ってしまった。
私はただ自分に言い訳がしたかっただけなのかもしれない。
そう感じてしまったのだ。