奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
「やはり、来たな……」
「はい……」
私は本来ならば招かざる客と言っても過言ではない篠ノ之先輩の来訪について先輩と協議している。
何時かは来るであろうと予測していたが、やはり、警戒すべき人物の存在に私たちは気を抜く訳にはいかなかった。
「……今回はあいつは何をして来るのだろうか……」
先輩は自分への後ろめたさを感じると共にこれから起こるであろうことに対して危惧を表した。
篠ノ之先輩には前科がある。
そもそも「白騎士事件」という世紀の大事件を引き起こしていることもあるが、最近になっても例の無人機襲撃事件は彼女が犯人だ。
前者に関しては「IS」のデモンストレーションであり、後者は一夏君の「白式」と箒ちゃんの様子を見るためと言う動機である。
今回の彼女の来訪の目的は箒ちゃんに「専用機」を持ってきたという点から、確実にその「専用機」の実戦データ取りと箒ちゃんのデビュー戦と言う理由で何かしらのことをしでかす可能性が高い。
「……先輩、恐らくですが……
事前に対策を施しても無駄でしょう」
「……そうだな……」
私たちは天災の襲来を把握していながらも、そのことに対して対策を講じることが出来ないような無力感に陥った。
恐らく、私たち教員が総動員で彼女を鎮圧しようとしても、篠ノ之先輩は先手を打ってくるか、理不尽な方法で切り抜けるだろう。
私たちの使用する「専用機」が起動出来ないようにハッキングを行うこと位、あの人ならば造作もないことだろう。
加えて、彼女自身を拘束しようとすれば確実に周囲への被害は甚大なものとなり、彼女ばかりに戦力を割けば、彼女が作り出す火種への対応は確実に後手に回ることになる。
完全に彼女の掌の上で私たちは踊るしかなかった。
あの時……
雪風が来た時にあの娘の前で躊躇さえしなければ……
私はあの時、雪風が来たことで鬼になる覚悟に躊躇いが生じてしまった。
雪風の為ならば、罪を背負うこと位は出来ると思っていた。
しかし、悪鬼となる自分を愛しい教え子に見られることへの覚悟が私には出来ていなかったのだ。
「すみません。先輩……
今回の件は私の責任です……」
そして、今回起きるであろう事件は私に責任が存在する。
私が箒ちゃんへのケアを怠らなければ、いや、それ以前に彼女の保護者としての自分を優先しておけばこんな事にはならなかったはずだ。
「私は……保護者として……いえ、教師としても……失格です……」
箒ちゃんに向き合えなかったのは完全に私の落ち度だ。
あの子が嫌悪していた実姉を頼ったのは日々、力を付けている一夏君に置いて行かれることと一緒に訓練をすることが出来ず他の一夏君を取り巻く女の子たちとの恋の競争に乗り切れなくなっていることへの焦りが理由だ。
そして、それを生んでしまったのはあの子が「専用機」を持っていないことから来る一種の周囲への劣等感も存在するが、何よりも一夏君が力を付け始め、彼との交流の機会とも言える訓練の場を設けているのが彼女が許せないであろう裏切り者の私だからだ。
あの子を傷付けまいとしてしまったことが……
新たな火種を生むことになってしまった……
本当は私もあの子と向き合いたかった。
それでも傷だらけのあの子の心に触れることが出来なかった。
何よりもその傷を創ってしまったのは他ならない私自身だ。
どう顔向けすればいいのか分からなかったのだ。
『あなたは……
妹さんが自分に関わろうとしない限りは放っておいたんですよ?
それで妹さんが『「専用機」が欲しい』と言ってきてから会いに来た……
妹さんに拒絶されるのが怖くて、妹と向き合うことをしようとしなかっただけじゃないですか!?
自分の都合のいい時しか会いに来なくて、何が『感動の再会』ですか!?』
雪風の篠ノ之先輩へと向けたあの悲痛な叫びはその言葉を向けられた本人よりもその場にいた私の方が心苦しかった。
私もまた、自分の都合で本来ならば向き合うべき相手である箒ちゃんを篠ノ之先輩と同じ様に結果的に蔑ろにしてしまった。
私は臆病になってしまっていたのだ。
雪風の師として、私は恥ずかしかった。
「何を言うんだ、川神。
お前はよくやったよ……
お前以外に篠ノ之のことを想えた奴はいなかったさ……
先生もそう思っているさ」
「それは……」
自責の念に駆られる私に先輩は、私たちの剣の師であり、箒ちゃんの父親である先生のことを出して慰めようとした。
箒ちゃんの両親の所在は私すらも知らない。
理由は「重要人物保護プログラム」の対象者を護衛する人間は一人だけを担当することを義務付けられていることで担当する対象者以外の情報を知ることが出来ないからだ。
これは一種のリスク分散だ。
対象者の中、一人の護衛に失敗した場合に他の対象者の所在が露呈しないためと、護衛する側の中に万が一、スパイや裏切り者が出た場合に備えてのことだろう。
その為、私も長い間、箒ちゃんの両親に会えていない。
先輩は慰めてくれているが、果たして箒ちゃんの両親は私のことをどう思うだろうか。
大切な娘の心を酷く傷付けた私のことを怒るだろう。
結局、私は箒ちゃんの心を癒すどころか、さらに傷を広げるだけだった。
そんな私が先生たちの名前を出すのは烏滸がましいことだろう。
……いえ、懺悔なんかよりも私にはすべきことがありますね……
けれども、私はそんな自己満足な後悔よりもやるべきことがあることに気付いた。
「先輩、ありがとうございます」
「……川神?」
私は覚悟を固くさせてくれた先輩に感謝した。
私には私にしか出来なかったことがあった。
きっと、それが箒ちゃんに出来る私が唯一してあげられることの筈だ。
雪風……
ありがとうございます……
あなたは一度だけでなく、二度も私に道を示してくれました……
同時に私はこのことに気付かせてくれた教え子に感謝した。
彼女は私のことを探照灯の灯火だと思ってくれているようだが、私からすれば、彼女こそが私の灯火だ。
姉さん……那珂ちゃん……
力を貸して下さい……
そして、既に遠き思い出になってしまった姉妹たちに私は自らの目論見が成功することを祈った。
「ふ~……
しっかし、まさかカワハギの刺身を食べられるなんて思いもしなかったな」
温泉から上がると千冬姉と那々姉さんが教員同士で明日の「IS」の試験運用とデータ取りのことで相談することがあるとされて宿泊部屋を追い出されたことで俺は旅館内を散策しながら、俺は今日の夕食に出た昨今では半ば高級魚化しているカワハギの刺身が出たことへの感激が蘇ってしまった。
シャルもワサビをまさか、あんな山の状態で食べるなんてな……
また、俺が本わさが出たことに感激したことで興味を覚えたシャルが山盛り状態のわさびをそのまま食べてしまったのは驚いてしまった。
「セシリアもそうだけど、やっぱりここら辺はアジアと日本の文化の違いなんだな」
正座を長い時間したことで足が痺れてしまったり、箸の使い方に悪戦苦闘しているセシリアの様子も思い出し、やはり、文化の違いは大きいと感じた。
外国人の友人が今までは鈴だけだったことから忘れてしまっていたが、よく考えてみれば鈴は日本と同じ箸を使う中国出身で日本で過ごしていた時期もあった。
西洋と東洋の違いを感じさせられる体験だった。
「さてと、久しぶりに千冬姉にマッサージをしてあげられるといいな」
久しぶりの姉弟水入らずの状況になることから俺は部屋に戻った後に千冬姉にマッサージをしてあげたいと思った。
普段、苦労をかけさせている分、それ位のことはしてあげたいと思ってしまったのだ。
俺がそろそろ部屋に戻ろうとした矢先だった。
「……ん?
あれは……」
旅館の外で誰かが浜辺の方を眺めているのを俺は見つけた。
それを見て、俺は何故あんな所にいるのだろうと思って近づいてしまった。
「……雪風?」
そこにいたのは雪風であることを俺は理解した。
どうやら、雪風は温泉に入った後に夜風に当たりたかったのか、それとも潮騒を嗜みたかったらしい。
その姿は他の女子たちと同じ様に浴衣に身を包んでいることと夜の海を眺めていることもあり、非常に愛らしいものだった。
……と、とりあえず、昼間の事……
謝っておこう……
昼間、雪風は鈴が溺れたことを俺が口に出した瞬間に俺に密着しそうになる程に近づいて来た。
そして、我に返ると、今度は悲鳴を上げて何処かへと走り去ってしまい、その後にまともに会話できなかった。
最近、気付いたことではあるが、俺はどうやら女子を怒らせることを無自覚にしてしまうらしい。
今回の件も恐らく、俺に原因があるのかもしれない。
……と言っても、何を謝るべきか分からないのに謝るのも何かダメな気がするんだよな……
けれども、いざ行動に移そうと思った矢先、俺は何を謝るべきなのか分からないのに謝るというのは却って、相手に失礼な気がして来て、止まりそうになってしまった。
いやいや……!
きっと、雪風は俺が傷付けたんだから、ここで謝らないと男が廃る……!
それに大事なのは傷付いた相手の心に対する思いやりだ……!
よし、行くぞ!!
そんな葛藤と迷いの中でも雪風のことを傷付けてしまった事実があるのだから、謝りたいという一心で俺は前に出ようとした。
「お、お~い?
雪風?」
とりあえず、俺は雪風に声をかけた。
「……え……あ」
雪風は波の音と夜風に身を委ねていたのか、それとも、目の前の月と星に満ちた夜空と海原を眺めていて気付かなかったのか、俺を見て意外そうな顔をしていた。
あ……こんなに綺麗な空と海だったんだな……
雪風のその様子を推測しようとした結果、逆に俺の方もこの星空と夜の海の光景に気付かされることとなり、心を奪われそうになった。
「IS学園」でも夜の海は見れるが、それでもこんな満天の星空と海が延々と続いているような幻想的な空間は見られない。
成程、雪風が海を眺めたくなるのも無理はない。
むしろ、この光景に気付かせてくれた雪風に感謝したくなってしまう。
いやいや……!
礼よりも先ずは謝罪だろ、俺!
危うく、当初の目的を忘れそうになったが何とか踏み止まることが出来た。
「一夏さん?
どうしたんですか、こんな時間に?」
雪風は夜中に俺がこの場にいることに戸惑ってはいたが、怒っている様には見えなかった。
「い、いや……
ちょっと、千冬姉と那々姉さんが明日のことで話し合いを初めてな。
だから、夜の散策をしようと思っていたら雪風の姿が見えたから」
「……そうですか」
俺がこの場にいる理由を明かすと雪風は淡々と答えた。
やっぱり、これって怒ってるのか……?
その雪風の短い答えに俺は雪風が何か感情を押し殺していると感じ取り、先ほどの見解が早計であると思って不安が高まった。
一応、怒られることは覚悟していたがやはり、怒っている人間に声をかけるのは勇気がいる。
「ゆ、雪風……!」
けれども、俺は既に謝ると心に決めていたのですぐに振り絞って雪風と向かい合った。
「い、一夏さん?
どうしたんですか?」
俺の態度を見て、雪風は動揺し出した。
どうやら、昼間の件は雪風の心を深く傷つけてしまったらしい。
何と言うことだろう。
俺はまたしてもやってしまったらしい。
これは決定的だ。
それを見て、俺は益々、謝らなくてはならない衝動に駆られてしまった。
「ごめん!!」
「え!?ちょ、ちょっと、何で謝ってるんですか!?」
本当は土下座をしたいところだったが、流石にそこまでやると俺はともかくとして雪風が困ると思って、とりあえず、頭を深々と下げることまでにしておいた。
実際、雪風はこの謝罪だけで困惑している。
そう考えると、この選択は正しかっただろう。
「とりあえず、頭を上げてください!
一体、どうしたんですか!?」
「あ、あぁ……そうだな。
ごめん……
とりあえず、雪風、ごめんな?」
謝罪をしたにもかかわらず、再び雪風に迷惑をかけてしまった事に心苦しさを感じたが、それでも昼間のことを謝りたくて、俺は頭を上げると重ねて謝罪した。
「だから、何で謝っているんですか!?」
雪風は俺のことを遠回しに非難しているのか、俺の謝罪の意味を問い質してきた。
これは困ったことになった。
実は俺は雪風がどうして、ここまで気分が沈んでいるのかが分かっていない。
恐らく、近付き過ぎたのが理由だと思うが、いくら何でもあそこまで恥ずかしがるとは思わなかったのだ。
それなのにここで分からないと言えば、雪風はさらに傷つくことになる。
それでも女の子に暗い表情をさせたことに謝らなくてはならないだろう。
「いや、だって……
お前、何か辛そうにしているだろ?
それって、
俺が考えられる限りの理由で指摘すると
「えっ!?」
雪風は動揺しだした。
やはり、今の雪風は感情を抑えようとしている。
きっと、彼女にとってはあの件はとても傷つくことだったのだろう。
俺はそのまま、謝る体制に入ろうとしたが
「み、見てたんですか……?」
「え?」
まるで、俺が見ちゃいけないものを見たことに驚いているような反応をした。
あ、もしかすると……
一人で海を眺めていたのを見られていたのが嫌だったのか?
俺は雪風が驚いているのは自分が海を一人きりで眺めていた姿を見ていたことによるものだと思った。
確かに人目を避けて一人で落ち込んでいるのを見られるのは割と嫌なことだろう。
嫌な気分の時に誰かに放っておいて欲しいと思う時はある。
きっと、雪風はそんな気分だったのだろう。
「あ、ああ……
ごめんな。見られるのは嫌だよな、普通は……」
俺は本人が望んでもいないのにあの姿を見てしまって雪風を不快にさせてしまったことを謝った。
クソ……
余計に雪風を傷付けてしまった……
なんでこうなるんだ……
謝ろうとしたのにさらに相手を不快にさせてしまったことを俺は嘆いた。
「そうですか……
でも、あんな所であんな風に大声を出したり、感情的になっていれば誰でも気づいちゃいますよね?
一夏さんは悪くないですよ」
「え」
雪風は何処か観念したかのように悲しそうな表情を押し殺したかの様な微笑みを浮かべて俺を責めようとしなかった。
だけど、俺は雪風のその言葉の羅列に違和感を感じてしまった。
そもそも俺の知る限り、雪風は大声なんか出していない。
仮に『海の馬鹿野郎!』と叫んでいると言うのならば、ともかくとしても雪風のキャラ的には正直想像できない。
それに『あんな所』と言うが、これは明らかに俺が声をかけたというには時間が経ち過ぎている。
あらゆる意味でおかしい。
あれ?じゃあ、昼間のことを言ってるのか?
雪風が大声を出したのはあの昼間のことだと振り出しに戻りそうになった時だった。
「……本当は篠ノ之博士が羨ましかったのかもしれませんね……
私は」
「……え」
雪風の口から考えもしなかった人物の名前が出てきた。