奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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秋刀魚漁……
祥鳳さんの限定ラストの可愛さに打ちのめされました……
え?イベントでの堀り作業?ははは……
物欲センサーが働いたのか、レア艦は全く掘れませんでした(笑)


第31話「太陽の涙」

「ぐす……えぐ……」

 

 雪風は姉の話をし始めてから最初はとても嬉しそうに話をしていた。

 それなのに突然、涙を流し始めその後泣きじゃくり始めた。

 

 こんな雪風……

 初めてだ……

 

 俺は今まで見た事のない雪風の姿に困惑してしまった。

 雪風の第一印象は真面目で礼儀正しいといったものだった。

 初対面の時から雪風はどこか大人びていた。

 そして、途端に凛々しくなる。

 そんな中でも日常は穏やかで俺達を見守ってくれる優しさもあった。

 でも、今はその面影がなかった。

 ただ泣いて泣いて、何を言えばいいのか分からないようだった。

 今の雪風は小さな子供のようだった。

 

 どうすればいいんだ……

 俺は……

 

 俺は何て言えばいいのか分からなかった。

 雪風がどうして泣いているのかすらわからなかった。

 俺みたいな奴が声をかけていいのかすらわからなかった。

 

 情けないな俺……

 女の子一人の涙すら止められないなんて……

 

 俺は無力さを感じた。

 あの雪風が走り去った夜、俺は人生で初めて人には触れることすら許されないことがあることを知った。

 それが仮に善意によるものであっても、却ってそれが相手を傷付けることになることを。

 俺は恐い。

 

 もし……同じことをしたら……俺は……

 

 以前と同じ様に雪風の心を傷付けることが俺は恐くて仕方がなかった。

 あの無理をした笑顔が未だに俺を躊躇させる。

 もう一度、あの笑顔を見せられることが嫌だ。

 

 俺は……

 

 情けない自分を殴りたいとも思っているが、それでも前に進めない。

 結局、俺は雪風を傷付けているだけだ。

 

『……ではお詫びとして私の話を聞いてくれますか?』

 

 ……!

 

 そんな時、俺の脳裏に浮かんだのは雪風が家族の話をした時のことだった。

 あの時、雪風は仕方なさそうに笑っていた。

 

 ……ああ。そうか……そうだよな……

 

 雪風がどうして家族の話をしてくれたのか、俺は気付き、自分の臆病さを捨てようと決めた。

 雪風が自分の家族の話を、それもきっと雪風にとってはあの目をする事と今、雪風が泣いている事に繋がるものであろう悲しみの根源である話をしてくれたのは俺の為だった。

 俺は早とちりで雪風の過去に触れてしまった。

 その事を理解し、再び雪風を傷付けることになりそうになり俺は謝罪した。

 その事で俺が自分を責めていると雪風は俺に『自分の話を聞くこと』を罰としてくれた。

 それは俺がこれ以上、罪悪感で自分で自分を苦しめることがないようにという雪風の優しさだったのだ。

 それなのに俺は自分が雪風を傷付けることが怖くて逃げだそうとしてしまっている。

 自分を救おうとしたこの優しい女の子を見捨てようとしているのだ。

 

 そっちの方が許せない……!!

 

 卑怯なことをしそうになったことへの憤りを踏み台にして俺は雪風に声をかけようとした。

 

「雪風」

 

「……なんですか……?」

 

 俺は先ず、泣いている雪風の意識を俺に向けさせることから始めた。

 これで少しでも雪風が自分の心の中に存在する悲しみばかりに囚われない様にと俺なりに考えたことだ。

 

「……雪風にとって、そのお姉さんは大切な人だったんだよな……?」

 

 俺は訊くまでもない当たり前のことを訊ねた。

 こんなにも泣いているということは雪風にとってはそのお姉さんが大事な存在だったことの証拠だ。

 そして、そんな大切な人の話をしているのに泣いているということはそれはつまり、その人は()()()()()と言うことだ。

 

『私の目の前で()()()誰も死なせない……!!!』

 

 あの無人機の襲来時に見せた雪風の悲しみすら感じさせたあの目とあの『二度と誰も死なせない』という決意の言葉。

 

『……本当は篠ノ之博士が羨ましかったのかもしれませんね……

 私は』

 

 束さんへの雪風が見せた羨望。

 

 わかっちまったよ……

 畜生……!!

 

 俺は今、後悔している。

 雪風の抱えていた悲しみは俺なんか触れていいものじゃなかった。

 雪風は大切な人を()()()()失ったのだ。だから、人の死には敏感だったのだ。

 「IS」に対する考え方。

 鈴やセシリア、さらにはあの時は険悪だったラウラさえも救おうとした時の剣幕。

 シャルロットに『強く生きろ』と言った理由。

 そして、自分が死ぬかもしれないのを承知で無人機からの攻撃から庇って俺を助けようとした時の何処か安らかな顔。

 

 悲し過ぎるよな……

 こんな強さ……

 

 俺は雪風が強く在る理由を知り圧倒されると共に悲しくなった。

 千冬姉とは異なる強く在る理由。

 それは「後悔」が理由だったのだ。

 悲壮過ぎるその在り方に俺は泣きそうになった。

 

「……当たり前です……

 だって、世界で一番妹である私を……

 愛してくれたお姉ちゃんなんですから……」

 

「そうか……

 そうだよな……」

 

 雪風は俺の問いにそれが自然の摂理であると言わんばかりに迷うことなく答えた。

 『世界で一番自分を愛してくれた姉』。

 雪風に躊躇うことなくそう言わせるということはその雪風のお姉さんは雪風にとっても最も大切な存在だったことを物語っている。

 

『本当の優しさって何だと思います?』

 

 雪風は確かにそう言った。

 「優しさ」の意味を俺に教え、ただ甘いだけでは優しくないことを俺に示した。

 そんな優しさと厳しさを同じ様に尊ぶ雪風が言うのだから、きっと雪風の言う『お姉ちゃん』とは雪風のことを心の底から愛してくれていたのだろう。

 

 他人の俺じゃあ……

 足元にも及ばないよな……

 

 そんな世界で雪風を最も愛する人の前では、俺なんか霞むなんて次元じゃない程に関われないだろうし、雪風にかけるべき言葉も取るに足らないものになるだろう。

 なら俺に出来ることはたった一つだけだ。

 

「……じゃあ、泣いていいと思うぞ」

 

「……え」

 

 雪風に心のままに思い切り泣いてもらうことだった。

 

「そんなに大好きな人がいなくなって悲しいのなら泣いていいのは当たり前だろ?

 悲しかったら泣いていいんだよ。 

 雪風って何となくだけどさ……

 なんか辛いことがあれば無理して我慢するだろ?

 確かにそういうことは強さかもしれないけど……

 だからって、泣いちゃいけないってことはないだろ」

 

 俺なんかの言葉じゃ雪風の不幸や悲しみを癒せないのは百も承知だ。

 千冬姉の名前を守るどころか、ラウラの件で俺は二度も人の命を助けられなかった。

 そんな俺に出来ることは少なくても泣いている時には泣くの我慢するのを止めてもらうことだった。

 涙を流すことを止める権利は誰にもない。

 それも大切な誰かの為のものならば尚更だ。

 人前で泣くのを恥じるという考えや美徳は確かにあるだろう。

 だけど、それは涙を流すことを許さないということでは断じてないはずだ。

 だから、俺は雪風には泣いて欲しかった。

 悲しみを全て無くすことは出来なくてもそれが一瞬でも雪風にとっての安らぎになるのならば泣いて欲しかった。

 

「……泣いて……いいんですか……?」

 

 雪風は弱々しく訊ねた。

 その様子はまるで、子どもが大人にやっていいかだめかを訊ねる様にも思えた。

 この聞き方だけでどれだけ、この少女が今まで泣くことを律して来たのかを理解できてしまった。

 

「……当たり前だろ」

 

 俺はその問いに簡潔に返した。

 泣くなんて当たり前のことを雪風は我慢していた。

 そのことが辛かった。

 その涙を止めることも、拭うことも出来なくても、せめて泣いていいことだけを俺は肯定したかった。

 

「わ、分かりました……

 な、なら……」

 

 既に呂律が回らなくなりながらも雪風は俺の願望を聞き容れてくれたようだった。

 

「わ、私は……

 う……うああぁあぁああああぁああああああああああああぁあああ!!!」

 

 今までの何処か抑えようとしていた泣き方と打って変わって雪風は大きな声で泣き始めた。

 途切れたかと思えば、再びその声は繰り返されていた。

 まるでこの夜の海に響き渡っている押しては引いていく波の様に何度も何度もその声は続いた。

 

 

 

 あの女が……

 泣いている……?

 

 一夏と陽知の様子を見ていた私は理解が出来ず、呆然としてしまった。

 最初、私は一夏が陽知に告白をしているのだと思って、居ても立っても居られず、その場に乗り出そうとした。

 

『……本当は篠ノ之博士が羨ましかったのかもしれませんね……

 私は』

 

 だが、陽知のその一言に私は止まってしまった。

 私は当初、それを聞いた途端に陽知のことを他の人間と同じで姉さんのことを、私のことすら何も知らないで憧れている人間だと感じた。

 姉さんは天才だ。

 昔から私はそう感じた。

 あらゆる才能に溢れ、私が真面目一本に取り組んでいた剣道さえもあの人はまるで私の努力を嘲笑うかのように彼女にとってはその剣道すらも数多くある才能の一つに過ぎなかった。

 そんな姉さんと比べられることが嫌だった。

 何よりも姉さんは自由過ぎた。

 私にはないものを持ちながら、それを使うか使わないのかはあの人の気分次第だった。

 加えて、あの人は私以外の家族である両親にも無関心で私が両親と離れ離れになったことすら興味を持つことはなかった。

 その姉さんを『羨ましい』と陽知が言ったことに私は『何も知らない人間がそんなことを言うな!』という反感を抱いてしまったのだ。

 だが、その次に出たその言葉に私はまたもや憤りを鎮めることになってしまった。

 

『……昼間の事なんですが、私篠ノ之博士に対して、『どうして妹さんのことをほったらかしにしていたのか?』と訊ねたんです』

 

 陽知はまるで私のこの数年間の孤独を知っているような発言をしたのだ。

 いや、陽知は知っているのだ。

 私の過去を。

 そして、その原因ともなった姉さんにそのことを追求したのだ。

 私には陽知の行動が信じられなかった。

 あの姉さん相手にそんなことを訊ねることが出来る人間がいるなんて思いもしなかったのだ。

 その時に私はこうも思ったのだ。

 『何故、姉さんにそんなことを訊くのに『羨ましい』と感じたのか?』と。

 姉さんが家族を無下にする人間なのは妹である私が最も知っている。

 そんな姉さんの一面を知りながらどうして羨ましいと言えるのかが私には解らなかった。

 

『……私が姉であり、妹だからです』

 

 陽知はそう言った。

 自分が妹がいて、姉がいると。

 その意外な事実に私は困惑すると共にようやく何故陽知が姉さんに対して反抗的な質問をしたのか分かってしまった。

 陽知は姉として、妹として姉さんの私への態度が許せなかったのだ。

 しかし、それでもあの女が姉さんを『羨ましい』と言った理由がわからなかった。

 そして、続け様にあの女は

 

『はい!

 世界で一番かっこいい姉さんです!』

 

 最初に姉を自慢し

 

『はい。

 とっても強く優しい姉さんでした』

 

 次に姉を誇り

 

『あと、私たちのことをよく笑わせてくれた人でした』

 

 最後に姉を慕った。

 それを聞いて私は増々、あの女の言う羨望が分からなかった。

 一体、何を思って姉さんにそんな感情を受けたのか本気で分からなかった。

 私の方こそ陽知が羨ましかった。

 友達が多くて仲間想いの長女。

 陽知曰く、厳しくてもそれでも妹たちに対して愛情深い次女。

 妹を笑顔にするのが好きで妹に慕われる三女。

 そんないい姉たちがいながらどうして私の姉さんが『羨ましい』と言えるのかが私にはわからない。

 むしろ、私は陽知に嫉妬してしまった。

 私が持っていないものを陽知は持っているのだ。

 それなのに陽知は姉さんを羨ましいと言えるのかと、私からすればその発言はただの自慢話にしか感じられず無神経にも思えた。

 

『それでですね~、もう一人のお姉ちゃんなんですけど―――』 

 

 陽知は続けてまたもや姉自慢をしようとした。

 その時の陽知は本当に嬉しそうな笑顔だった。 

 まさか、あの女がこんな笑顔が出来るとは思いもしなかった。

 

『―――あ、あれ……?』

 

 陽知は突然、泣き出した。

 その時、私は何が起きたのか理解できなかった。

 

『あ、あれ……?

 どうしたんでしょうね?

 あはは……』

 

『おかしいですね……?

 あれ……なんで……止まらないんでしょうね……?』

 

 陽知は無理に涙を止めて笑顔を取り繕うとしていた。

 

『お姉……ちゃん……』

 

 だが、その言葉を皮切りに陽知は遂には笑顔をすることすら忘れて、泣くことを我慢できずむせび泣いた。

 一瞬、その陽知の姿を見て私は『あの女は涙を流して一夏の同情』を誘っているという考えがちらついてしまった。

 私も最初はそう思おうとした。

 そうした方が楽だと思ったからだった。

 けれども、

 

『……当たり前です……

 だって、世界で一番妹である私を……

 愛してくれたお姉ちゃんなんですから』

 

 一夏の質問を受けて答えた陽知のその言葉に私は偽りがないと感じてそんな風に考えることが出来なくなってしまっていた。

 そして、陽知の涙は失ってしまった姉を偲んでものだということを知り、陽知が姉さんに『羨ましい』といった真の意味を私は知ってしまったのだ。

 陽知のまるで小さい子供の様な泣き顔に私は嫉妬によって他者の誰かを偲ぶ涙を貶してしまった事に罪悪感を抱いてしまったのだ。

 

『……泣いて……いいんですか……?』

 

 陽知のその言葉を耳にして私はどうして、陽知が気に食わなかったのも理解してしまった。

 私はあの女が恐かったのだ。

 圧倒的な強さを持ち、常人では追いつけない所に常にいて、全く弱音を見せない姿に私は人間らしさを感じなかったのだ。

 まるで、姉さんと同類の人間の皮を被った存在だと思い込んでいたのだ。

 そんな風に思っていた相手に一夏が惹かれることに私は嫉妬を抱いてしまっていた。

 だけど、あの女は私と全く変わらない人間だったのだ。

 何よりもあの女が流している涙は私が決して流すことが出来ない眩しいものだった。

 

「私は……」

 

 自分の浅ましさを私は恥じた。

 あの女と同等の力を得れば、対等の立場に立てると私は思い込んでいた。

 だが、一連の流れでそれが全くの間違いだと私は思い知らされてしまった。

 

 もう遅い……

 

 同時に私は手遅れになってしまったことに気付いてしまった。

 私は姉さんに頼ってしまった。

 永遠に陽知の様な人間にはなれないということを私は痛感させられた。


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