奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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秋刀魚21匹回収。
後、9匹。今の所順調です。
今年は本当に報酬が迷いますね。


第32話「幸運」

「ぐす……ひぐ……」

 

 既に時間の概念すらも忘れるほどに泣いていた私だったが、ある程度泣いたことで区切りがついたのか、ようやく涙が止まってくれた。

 

 ……お姉ちゃん……

 

 それでも私の心の中には切なさと愛しさが残り続けていた。

 結局、どれだけ大きな声で心のままに泣いてもこの悲しみは晴れるものではなかった。

 

「雪風……

 もう大丈夫か?」

 

 一夏さんは私の涙がようやく止まったことを見て、私に声をかけてくれた。

 

「……いや、そうだよな……

 悪い……」

 

「……あ」

 

 しかし、一夏さんはその質問が迂闊なものだと思ったらしく私に謝って来た。

 彼の思う通り、私の心からこの悲しみが消え去ることはない。

 何せ、私自身が未だに口を開くことと喉から言葉を出すことが出来ずにいるからだ。

 

 あぁ……

 そうだったんですね……

 私ってこんなに弱かったんですね……

 

 一夏さんの悔恨を少しでも雪いであげたいと思いながら、私自身がそれを出来ずにいる。

 何時もなら出来ていることなのに今の私にはそれが出来そうになかった。

 そのことで私は気付いたのだ。

 

 何時の間にか……

 本当の自分を忘れてしまっていたんですね……

 

 自分が何時の間にか仮面をつけていたことに。

 死者は決して戻って来ることがない。

 だから、誰も私の悲しみを知ることはない。

 自分の悲しみも憎しみも全て私事に過ぎないからこそ、他人を巻き沿えにしたくない。

 そう考えて私は何時の間にか、「強さ」という仮面をずっと付け続けていた。

 私情をただ心の中に封じ込めて私は生き続けた。

 

 神通さんに再び出会えて私は少しだけ……

 戻れたんですね……

 

 この世界で自分の弱さを曝すことの出来る人間がいたからこそ私の仮面は外れつつある。

 あの人ぐらいしか弱い私の姿を知らないのが理由だった。

 でも、今の私は

 

 お姉ちゃん……

 結局、私……ずっと幼い子供のままだったよ?

 

 お姉ちゃんの存在が私の弱さを曝け出してくれた。

 大好きなお姉ちゃん。

 あの人がいなかったら、きっと私はただ強過ぎるだけの兵器になっていただろう。

 こんなにも切なさと愛おしさを私が持ち続けられたのは彼女がくれたぬくもりがあったからだろう。

 

 ありがとう……

 お姉ちゃん……

 

 こんなにも苦しくて辛くて悲しいのに私はこの感情と共に訪れる彼女への想いを大切に感じるのだ。

 この感情を教えてくれたのはお姉ちゃんだ。

 この痛みを忘れると言うことはお姉ちゃんのことを忘れることに他ならない。

 

「……ありがとうございます……

 一夏さん」

 

「え……」

 

 同時に私はこの弱さが私の心に残っていることを思い出すきっかけをくれた彼にも感謝した。

 

「あなたのお陰で大切なことを思い出すことが出来ました」

 

「大切な事……?」

 

 そう。私は大切なことを思い出せた。

 それはとても大切なもので悲しいものであるが。

 

「それって……一体?」

 

 一夏さんは未だに私のことを心配そうに見つめながら訊ねて来た。

 彼が私を心配するのは当たり前だ。

 きっとそれは彼の優しさなのだろう。

 

「……自分が弱い人間だということですよ」

 

「え……」

 

 私がそう言うと彼は戸惑ったようだ。

 人は弱さ故に過ちを犯すときがある。

 それを私は知っている。

 元々、人間を美化し過ぎれば、人が少しでも道を誤れば我々はそのことに失望を感じ我々はその過ちを犯した人間を切り捨てるか排除することになってしまう。

 だけど、私はそんなことは嫌だ。

 人は誰しもが強いわけではない。

 みんな、誰だって不完全だ。

 そんなことを知っているはずだったのに私は自分自身を勝手にその枠の中から外していた。

 自分が我慢すればそれでいいと勝手に決めこんでいた。

 こんなにも簡単な過ちを私は気付くことが遅くなってしまった。

 

「私にも……

 こんな風に泣く権利がある……

 教えてくれてありがとうございます」

 

 私だって泣いていい。

 そんな普通のことを私は忘れてしまっていた。

 それを私は自分の中で勝手にいけないことだと思い込んでいた。

 それを間違っていると教えてくれたのは私よりも生きている時間が一回り下のこの少年だった。

 こんな大切なことを私は忘れてしまっていた。

 

「……お前、どうして……」

 

 一夏さんは私の言葉に違和感を抱いた。

 それは当たり前のことだ。

 何せ私の発言は『私には権利などない』と言っているようなものなのだからだ。

 

 成長してたと思っていたら……気付いたらただの半人前ですか……

 

 こんな簡単なことに私は二十年も生きてようやく気付かされることになった。

 情けないことだった。

 

「誰かに同情してもらうことが恐かったんですよ……」

 

「恐かった……?」

 

「はい」

 

 私のこの悲しみは私だけが背負うべきもの。

 そう考える様になったのは同情を誘うということが相手にも自分の悲しみを背負わせることになると気付いてしまったからだ。

 そうなれば相手も私に触れる度に傷つくことになる。

 それが嫌で恐くて私は何時から同情を恐れた。

 

「一夏さんも私の涙を見て心が苦しくなりませんでしたか?」

 

「そ、それは……」

 

 今、私が指摘した様に一夏さんは憐憫によって苦しんだ。

 私の悲しみを癒したい。

 私の涙を拭いたい。

 私のことを励ましたい。

 だけど、一夏さんは自分ではまだ力不足と考えて、私が涙を流すことを許すことしか出来なかった。

 そのことに対して、一夏さんは自らへの無力感を抱いたはずだ。

 これこそが同情、つまりは優しさが生む苦しみそのものだ。

 

「私は……

 そんな風に自分の所為で誰かが悲しむことが嫌だから、泣くことを止めていたんです」

 

「なっ!?

 だけど―――!!」

 

 一夏さんは私のその在り方に激昂した。

 そう。結局、臆病だったのは私自身だったのだ。

 他人を自分の都合で傷付けることを私は恐れていた。

 その結果が神通さんだけでなく、あの世界で私と共に生きた全ての人々への裏切りとなってしまった。

 私を愛してくれた姉妹や司令、戦友たち。

 私はあの人たちの想いを裏切ってしまった。

 私は逃げたのだ。

 誰かと向かい合うことから。

 

 まさか……

 篠ノ之博士と表面は違っていても殆ど同じようなことをしてしまったなんて……

 

 私のしたことは篠ノ之博士と変わらないだろう。

 彼女も私も他人の心を顧みなかったという点では同じだ。

 

「お前……それでいいのか?」

 

 一夏さんは私に訊ねて来た。

 そのままでいいのかと。

 

「……私がそう振る舞うことで他の人が傷付かないで済む……

 それならいいと思っていました……」

 

 私は今までの自分の在り方を告げた。

 だけど

 

「……でも、それじゃあいけませんよね?」

 

「……!!」

 

 それが間違っていることを私はこの世界に来てから教えられた。

 いや、違う。思い出すことが出来たのだ。

 

『雪風、確かに君の誰かを巻き込まないようにする姿は尊敬できるだろうし、素晴らしいことだと思うよ?

 でも……だからと言って、自分を蔑ろにしないでよ』

 

『もちろん、私もゆっきーがどれだけ辛い過去を辿って来たかなんてわからないよ?

 だけど……それでもゆっきーが大好きだもん。

 たった5ヶ月の付き合いだけどそれでも大切な友達だもん。

 だから、ゆっきーも自分のことを見下さないでよ。

 私はそんなゆっきーのことを友達だと思ってるんだし、尊敬してるんだから』

 

『……当たり前だろ』

 

 私が哀しみを押し隠そうとすればする程、そんな私を思いやってくれる人たちがいる。

 どれだけ私が仮面を付けようとしても私を心配してくれる。

 そんな彼らのことをただ自分の意地にも等しい弱さで拒絶していい筈がない。

 

 拒絶されたら……痛いですよね?

 

 何よりも彼らの手を振り払うことで彼らが受ける痛みを考えるともう無理だ。

 

 本当に私は出会いに恵まれています……

 

『いきなさい、雪風』

 

『ゆっきー、謝らないでください。

 私はあなたを恨んでないネ。

 ただ、あの子の分も生きてくださいネ』

 

『雪風……今は泣きなさい……

 でも、あんたは生き残るのよ……?もう妹がいなくなるのは嫌よ……』

 

『絶対、大丈夫ですから』

 

『自分のことをそんな風に言わないで……!

 あなたはできる限りのことをやって生きてきただけよ!

 だから、2人の分まで生きよう!?』

 

『ありがとう』

 

『雪風ちゃん……生きて……』

 

 私と関わった全ての人たちは私のことを最期まで気に掛けてくれていた。

 少なくても、私は出会いには恵まれていたと思っている。

 その分、別れがつらかったが、それはかけがえのない人々に出会えた証拠だった。

 今の私ならそれを強く言える。

 別れを否定するということはそれらの出会いまでもすら拒絶することになる。

 そんなことは嫌だ。

 

『あなたとは……こう言った形では再び出会いたくありませんでした』

 

『せめて……せめて……あなたにはもう少し長く生きて欲しかった……

 幸せになって欲しかった……』

 

『生き残ってくれた……ただそれだけで良かった……

 私はそれだけでも良かったのに……』

 

 もっと私に生きていて欲しかった。

 神通さんの願いを私は無下にしてしまった。

 きっと、それは私に関わった全ての人たちも願っていたことの筈だ。

 お姉ちゃんも、磯風も、比叡さんも、金剛さんも、初霜ちゃんも、時津風も、天津風もみんな同じことを願っていたはずだ。

 そして、

 

『雪風……!!』

 

 私が唯一、一人の男性として愛した人。

 私はその人すら泣かせてしまった。

 あの人は私が中華民国に渡った後に、全く私が顔を見せに行かなかったのに私の最期だと知って駆け付けて看取ってくれた。

 でも、その時見せたあの人は泣いていた。

 あの時、私は気付いた。

 

 ……司令。

 あなたは私と磯風の幸せをずっと願っていてくれたんですね……

 

 あの人は終ぞ私のことを異性として見ることはなかった。

 だけど、私と磯風のことを愛娘の様に見てくれていた。

 それは失恋として悲しい話だったけれど、娘としては幸せな話だった。

 きっと20年と言う歳月が私の傷を癒やしてくれていたのだろう。

 何よりも私は好きな人が幸せになってくれたことが嬉しかった。

 でも私はそんな人さえも傷付けてしまった。

 

「だから、全部を話せなくても……

 私が泣きたい時には泣かせてくれませんか?」

 

 もう私は私を信じてくれる人たちから逃げない。

 いや、逃げたくない。

 私は自分を信じてくれた人たちを一度裏切ってしまったからだ。

 だから、私は二度と逃げない。

 

「ああ。分かった。

 それは約束する。だから、俺を信じてくれ」

 

 私の申し出を一夏さんは確かな意思を持って応えてくれた。

 きっと彼は彼で自分が完全に信頼されていないことに悔しさを感じているのだろう。

 それでも彼は私の弱さを知ってくれた。

 

「……ありがとうございます」

 

 その彼の優しさに私は感謝した。

 そして、今度こそはこの優しさから逃げないことを誓った。

 私のことを大切に想ってくれる人たちがいる限りは私は死ぬわけにはいかない。

 それこそがきっと私がこの場にいる理由なのだろう。

 

 ごめんね……

 初霜ちゃん……私、あなたとの約束を忘れてました……

 

 最期まで私や周囲の人々たちのことを気に掛けてくれた私の戦友。

 磯風と浜風を失い、天津風が待っていなかったことで絶望していた私に彼女は自分も姉妹艦が全員戦死しながらも平和になった世界で生きていこうと約束してくれた。

 そのことを私は忘れてしまった。

 本当に私は家族にも教官にも友だちにも恵まれていた。


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